本日はお声がけ頂いて
有楽町にあるふるさと回帰支援センターで行われた、
Mie Cafe Vol.3「三重が求める人材!活躍の場」のある暮らし
というイベントに行ってきました。


まずふるさと回帰支援センターなるものを知らなかった事を反省。
各自治体がここに出張所を出していて、

移住で必要な情報提供を行われていました。

雰囲気もすごく入りやすく、日曜日という事もありたくさんの方がいました。


本イベントでゲストスピーカーだった
夢古道おわせ支配人の伊東将志さんとは、
実は2011年頃に別の仕事でお会いしました。
その時からすごい方がいるなと思っていたのですが、
初めて取り組みの話を深く聞かせて頂きました。

本当に素敵な方です。


伊東さんが、
「地域活性」という言葉は嫌いというか無い!

みたいな事をfacebookで書かれているのを見かけ、
本日もそういった事を言われていたのですが、

その気持ちはすごく私も分かります。笑

「地域活性」をあえて別の言葉で置きなおすと、

その地域の経済を創り続け、
地域内外に関わる人を増やしていく事

だと思っています。


もちろんながら、
その地域はその地域の人がいて成り立つので
当社のように東京に軸足がある人はその地域の主体では無いと考えています。
ただこの後に書く、都市と地方の関係変化を考えると、
その地域の主体で無い人や組織も場合によっては強力なパートナー

に成ることが出来る時代になったと考えるようになりました。


そんなわけで、
今、都市と地方がどういう関わり方をしていくべきかを考え続けた結果、
私は都市と地方を繋いで経済を作り出す事が
我々の出来る地域活性だと定義し、地域活性事業という名の事業部を作りました。

今は数千万規模ですが、今後主力事業として伸ばして行く予定です。


地域活性という言葉を使うと、
一言で言うとすごく夢見がちor勘違いな人たちがたくさん来るから

使いたくないのはよくわかるなぁと思いながら本日の話を聞きました。

それでも導入としては「地域活性」という言葉で
いろんな接点で興味を持った人と話せると考え、

この名前を付けて事業部化しています。
はじめは夢見がちでも、勘違いでもいいと思っています。

自分もそうでしたからね。笑
なんで勘違いでもいいのでぜひ当社に連絡ください。笑

 

 

つらつらと地域活性事業の名前フォローが続きました。笑

 

 

先に「地域活性」から書いてしまったのですが、

都市と地方の関係について。
 

最近本を読んだりgoogleで調べたりと
いろんな意見をインプットをしているのですが、

いわゆる今の都市と地方の関係ってのは歴史が浅いです。


下記 土木研究センター

http://www.pwrc.or.jp/thesis_shouroku/thesis_pdf/0807-P010-011art_kawasaki.pdf

の資料によると、
1945年以降に都市と地方の構図はどんどん変わっていっているようです。

まだその激しい変化の中いあるというのが正しいのではないでしょうか。

 

 

1888年(明治21年)は東京より新潟の方が人口多かったそうです。

歴史を紐解いていくと確かに必然性がありそうですが、

たったの130年前は今とは全く違う日本の構造だったようです。

 


こういうデータを見ると、
「地域活性」という言葉が出来てくる意味も理解できるなと
感じられてなりません。
また都市が地方とどう繋がるべきか、
双方の視点からも当社としては解を持って取り組む所存です。

 

 

詳しくはHPにて。
旬八研究所というブランドで展開していきます。



ちょっと今日のブログながいわ。すみません。

AD