酔虎伝-酔ひどれ人生

カクテル・酒・うまい店・・・
将棋と映画とその他の話題・・・
あと・・・あー、もう面倒くさい(爆)


テーマ:

2007年10月。



日本将棋連盟は、真部八段(当時)が2007年11月1日から2009年度末までの1年4カ月間、病気療養のため全棋戦を休場することを発表した。



だが・・・



10月30日に行われたC級2組順位戦での真部vs豊島戦。



真部さんは体調の異変を感じ、先手が67銀と引いたところで投了を告げた。



午前中、僅か33手での投了だった。



酔虎伝-酔ひどれ人生-真部絶局・幻の△42角



投了後すぐに、病院に運ばれた。



その病室で、弟子の小林宏六段(当時)に、



”次に△42角と打てば、俺の勝ちだった。誰か、あの続きを指してくれないか。”



と言ったそうだ。



何と言う棋士魂!



病で、病室にかつぎこまれてもなお、棋士は己の将棋のことを考えているものなのか・・・



真部さんは、もし自分が△42角と指したら、相手が長考に沈み、体調の悪い自分は投了の機を逸すると考え、△42角を指さずに投了したそうだ。



※事実豊島さんは、”△42角と指されたら、絶対に長考した。”と将棋世界で述べている。



しかし、それから1ヶ月もたたぬ11月24日、帰らぬ人となった。



まだ55歳。



日本将棋連盟は、同日付で九段を追贈した。



この話しには続きがある。



11月27日のC級2組順位戦、村山慈明vs大内延介戦で、豊島vs真部戦と同一局面が出現した。



34手目大内は、ここで△42角と打ったのだ!



そして村山は長考すること110分!



真部の予言は当たった。



この対局は、△42角以降は大内優勢で進んだが、結果は村山の勝ちで終わる。



大内は、真部がこの局面で△42角を発見していたことは知らずに指したが、のちに事情を知った大内さんは、



”残念だな。勝ってやらなきゃいけなかったな。”



と語ったそうだ。



奇しくも村山vs大内戦のあった日は、真部さんの通夜。



まるで空の上から、自分の絶局を再現し、



”△42角を指してくれ!”



と叫んでいるかのようだ。



そして、この話しには更に続きがある。



翌年3月の将棋大賞の選考で、豊島vs真部戦の△42角が升田幸三賞特別賞を受賞した。



村山vs大内戦では指されたとはいえ、選考対局は豊島vs真部戦。



この対局では実際には△42角は指されていない。



実際に指されていない手に対し、升田幸三賞が授与されたのは初めて。



だが、真部さんの言葉から、真部さんの体調が良ければ指していたはずだし、”指されたのと同じ”とみなされた。



あれから3年。



筆者の心の中では、いつまでも、この”幻の妙手”が色あせることはない・・・






今宵もしこたま酔って候

しからば御免




AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

宇多田叱るさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。