2011年08月27日(土) 23時47分20秒

考える力を養うにはを考えた

テーマ:ブログ sakaturnの投稿
題名はたいそうな事を書いていますが、4歳の子供を育てる親として、自営業者としての自分自身のことを考えていました。

ここ二日くらいで、「考える力」を考えさせられることがありました。

価値観も含めて変革の時代にあるなと思う現在において、先にことが全く読めないと思わせます。

そんな時代だからこそ、子供には高学歴をと考える親御さんもいらっしゃると思いますし、そのこと自体は悪いことではないと思います。

個人的には決して子供に高学歴は望みませんが、困難に立ち向かっていくことと、それに伴って考える力は身につけてほしいと思っています。

それを身につけるために子供の頃からできることは、勉強することではないでしょうか。

先日ツイッターでもつぶやきましたが、私は最終学歴は中卒で十分だろうと中一くらいまで本気で考えていました。

国が義務教育は中学までと決めているのに、何でこんなに嫌な勉強をしてまで高校に行かなければいけないのか。
それよりも、中卒で働いたほうがお金も稼げるし、良いじゃないかと。

様々な学歴の方がいらっしゃるので、最終学歴を問題にはしませんし、全てのことを否定しません。
しかし、私自身のことで言えば上記のことは単純に勉強から逃げているだけでした。

それは学生である自分自身にとって一番の困難であり、嫌なことは勉強だったからです。

それが明らかに変わったのは中三の時でした。
まぁ、「親にさせられた」と言えば聞こえは良くないですが、今となっては「親がきっかけを与えてくれた」と思います。

話を本題に戻しますが、では勉強をやれば良いのかと言えばやはりそれだけでは駄目で、そこに結果を求めなければと思います。

スポーツで言えば、練習ばかりしていて結果が出ない。
もちろん、人間それぞれに伸びるタイミングなどはあると思いますが、練習していればそこに必ず結果が出るはずです。

「以前の自分よりも早いタイムで走れる」、「早いボールを投げられるようになった。打てるようになった。」などです。

それは大会や試合で結果が出るものだと思います。

勉強も同じで、勉強をしていればそこにテストという形で結果が出ます。

しかし、反面テストの点数が悪かったからといって、それだけを批判しても何も得られるものがありません。

なぜその点数だったのか、どこが自分はわかっていなかったのか、何にもわかっていなかったのか。

そんな反省点を見出すのがテストではないかと思います。

それを見つけ出し、修正していくことにより、より上を目指す。

これは受験でも同じことです。
高校までは次のステップのために、受験勉強をするわけですが、仮に志望校に落ちたからといって悲観する必要もなく、親の私が非難するなんてもってのほかです。

それは結果論であり、それまでの努力や経過が問題なわけです。

反対に、志望校に通ったからといって、成功者面するなんてことももってのほかです。

人生の成功なんて死んでもわからないようなことに対して、たかだか受験に成功したくらいのことは成功とは言わないのではないでしょうか。

認めることは、それまでの努力と経過です。

そんなことを通じて考えることを身につけて欲しいと思っています。

確かに、社会に出た後にその荒波に揉まれることにより身につけることもできます。

しかし、学生時代以上に結果が求められ、結果が出なければ最悪解雇。
自営業者ならば最悪倒産、廃業。

結果よりも経過なんていう生易しいことは言えない面があるのも社会です。

そんなリスクが高すぎる状況よりも、学生時代のほうが適しているのではないでしょうか。

もちろん、それには健康な体と健全な精神が前提にあることは間違いありません。

コメント

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1 ■無題

ウチは学歴は関係ないと思うよ。

本当に学ぶべき事は社会に出てからだと思う。

高校中退のウチが言ったら言い訳になっちゃうけどね(笑)

2 ■>舞理彩さん

そう。学ぶことは社会に出てから。
それをできるだけ早い段階で学ぶことができるためにも、考えることだけは学生の間に身につけて欲しいし、そのことが親よりももっとレベルの高い段階で苦労することにつながる思うんよね。

3 ■無題

考える事だけなら勉強以外でも身に付ける事が出来ますね(笑)

遊び、趣味、普通の会話など色々な所に考える事が出来る要素いっぱいありますよね。

それを気付かせる事が親の役目?だとウチは思ってますよ。

って難い話をしちゃいましたね(´Д`;)

もし、嫌な思いをしちゃったなら申し訳ありません

4 ■>舞理彩さん

うんにゃ。嫌な気持ちやらせんよ。
考える力だけなら、勉強以外でももちろんできるよ。
それ以外に俺の望みは一般的に子供が嫌がる勉強に立ち向かっていくことなんよ。

もし、うちの子が勉強ができて運動ができないのなら、運動に対して同じことを求めるよ。

5 ■無題

なるほどね。

でもそれはあまりオススメはしないかな・・・

子供は大人が思ってる以上にストレスが溜まりやすいし、それが原因で病気になったりするから。

人それぞれの考えもあるし、今までウチが言った事はウチ自身の考えなので御了承下さい。

でもサカターンなら大丈夫だね(*´∀`*)

6 ■>舞理彩さん

あ~、それを心配してくれたわけね。
これはあくまでも俺の中にある気持ちであって、俺の中の自分自身の指針みたいなもんかな。

臨機応変にやっていくよ。

俺は親のそんな態度がプレッシャーでもあり、自分への期待の現れでありといろんな気持ちやったけど、延々させてもらったと思っとるんよ。

7 ■無題

いや~(*´∀`*)

サカターンと久々にこんな討論したかったから(笑)
楽しかったよ~(*´∀`*)

8 ■色々と経験しましたが、

確かに、自分自身で考える力が小さい頃からあったら、人生少しは違ったかも?と思うことは多々あります(苦笑)

高校で軟式野球に入って一番後悔したのは、小学生の時に野球部に入らなかったこと。

実際は親の間違った認識で止められましたが、子供の時にしか出来ないことがあることを実感させられましたからね。

また、あの高校に入ったのも親の学歴崇拝が原因でしたが、結果ついて行けず、地元の単位制高校へ転校したのは自分の意志でした。

振り返ると結果だけを求められるのは無謀な部分もありましたし、身の程を知って経過と結果を確認し、検証出来たらそれで自分自身を知ることが出来ますしね。

大人になって何が一番後悔するかと言えば、ワタシの場合は自分のやりたいことをやって来たかどうかですね。

結果はどうあれ、自分自身に納得出来ないまま社会に出ても、自分に自信が持てない訳で何をして良いのかも判らないままですしね。

地元に限らず、高校、大学といわゆる高学歴の学校を出た人も複数知ってはいますが、
彼らは必ずしも社会に出て成功者になってる訳ではないですしね。

ワタシの目から見れば、どういう経歴を辿っていても自分自身を知ることが出来た人のほうが生き甲斐を見つけ、自分自身が納得出来る人生を歩んでいるように見えます。

9 ■>げんたろうさん

>どういう経歴を辿っていても自分自身を知ることが出来た人のほうが生き甲斐を見つけ、自分自身が納得出来る人生を歩んでいるように見えます

人生のテーマのようなことですが、私も様々な苦労をしてきた中で現在の位置づけに至ったと思います。

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