2011年08月14日(日) 13時22分00秒

7月31日まとめその1(気仙沼市浦島小学校体育館ライブ)

テーマ:東日本大震災関連
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約1ヶ月ぶりの被災地。
日々、目まぐるしく状況が変化していくその現場を1ヶ月離れていたことに正直、不安があった。
状況が変われば人の気持ちも変わっていく。その変化についていけるのだろうか。

果たして、1ヶ月ぶりの避難所ライブは、まさに1ヶ月分の変化を持って僕を迎えた。
最大の変化は今日予定している4本のライブが全て「いわゆる避難所でのライブ」ではないということだった。
今回もライブをコーディネイトしてくれたヒゲオくんに「なぜ今回は避難所がないのか?」と聞いた。

今回、避難所でライブをやらなかった理由は2つ。
まず、学校の体育館のような典型的な避難所自体が減ってきている、というのが理由のうちの小さい方。
そして大きい方の理由というのが「避難所でのライブには行きたくても行けない人が増えてきた」という事だ。

現在、避難所生活を送っている方は「仮設住宅の抽選に何度もはずれ続けている人」か「収入等の問題により避難所で暮らすしかない人」である。ご存じの通り、仮設住宅で暮らし始めると様々な支援が受けられなくなってしまう。食事は自分で用意しなければならないし電気代も自分で払う。
震災により仕事を失ってしまった方や、働き手を亡くしてしまったご老人等は仮設住宅では生活が出来ないのだ。

つまり、現在も避難所で暮らしている方は「被災地の中でも最も厳しい条件に置かれた方々」と言っていいだろう。

一方、仮設住宅で暮らしている方や、アパートや親戚の家等に身を寄せている方、自宅が無事でそこで暮らせている方でさえも、被災地での生活はハードだ。今まで普通にそこにあったものがなくなったのだ。ご家族を亡くされた方もたくさんいる。そんな人達にも歌を届けたいし「聴きに行きたい」という声が僕の元にまでも届いてくる。

しかし、避難所で暮らし続けなければならない人達のところに、仮設住宅当選者や自宅で暮らせている人は顔を出しにくい。その心境は被災していない僕らにも容易に想像ができる。
震災から間もなく5ヶ月。その5ヶ月という月日が、少しずつ人々の生活に「差」をつけていったのだ。

「だから避難所でのライブはやめたんです」ヒゲオくんの話を聞いて深く納得する。
「今回は誰でも集まりやすい場所を何ヶ所か選びました。たくさん人が来ると思います」

ということで3度目となった気仙沼での避難所ライブがスタートした。
前日、宿泊していた一関市内のホテルを朝8時前に出発!


9時に気仙沼市内でヒゲオくん御一行と合流し、僕の車は駐車場に置かせてもらってヒゲオくんの車に乗せてもらう。
今日は彼の同級生チームが全面的にバックアップしてくれることになっているとのことで頼もしい。

約2ヶ月ぶりの気仙沼だが、随分片付いたところとまだまだ手つかずに近い所の差が激しくなっていた。

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神社の鳥居もそのままだ。

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これは市街地。

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海水に浸かったままの車はこの通り。

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アスファルトが流された道路は応急処置で砂利道に。

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撮影のために何度か車を停めてもらいつつ、僕らは市街地(元市街地、か)を抜けて1本目の会場「浦島小学校体育館」へ。

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昭和38年に建てられた校舎。

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校庭には仮設住宅が建てられていた。この数日後から入居が始まるとのこと。
当然ながらこの学校の子ども達は校庭が使えなくなるのだ。

可愛らしい名前のこの小学校は震災前まででも全校生徒25名という小さな学校だったが、震災後は転校せざるを得ない子ども達がいたために全校生徒は13名となった。職員と教員が合わせて9名。ほぼマンツーマンに近い状態である。見方を変えれば非常に贅沢な教育を受けられる学校と言える。
今回、5月まで避難所として使われていた体育館を僕のライブのために貸してくれたのだという。
学校をあけるためにお休みだった教頭先生が出校してきて下さった。いやあ申し訳ないです…。


前回、気仙沼を訪れた時に「鶴ヶ浦生活文化センター避難所」にお邪魔した。(その時の模様はこちらを)
そこで「次に来る時には氷川きよしを歌えるようにしてきます」とあるお母さんに約束をした。
ヒゲオくん曰く「あの避難所の方には浦島小学校に来て下さい、と伝えてあります」と言うことだったので待っていると、チラホラと見たことのある顔が客席に見えた。「お帰りなさい」などとと声をかけられる。「お帰りなさい」って良い言葉だなあ。

しかし肝心のあのお母さんがいない。
「氷川きよし練習してきたのになあ」と残念そうに言うと、後に座っていた男性が「俺、迎えに行って来ます!」と立ち上がった。え!?今から!?何分ぐらいかかるんでしょうか…。「5分ちょっとで戻ります!」と言い残し、本当に体育館を出て行ってしまった。
…しばしあっけに取られる私。会場は爆笑。…それじゃあ待ってる間、何曲か聴いて下さい、とライブを続けること約10分。本当にあのお母さんがやって来た。「慌ててきたから入れ歯、忘れてきたよ」とか言ってる!またまた会場大爆笑!
それではお母さんのために練習してきた歌、歌います。氷川きよしで「きよしのズンドコ節」。
もちろん「きよし!」のところは「サトル!」になるわけだが、これがまた盛り上がること!

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朝10時スタート。しかも奥まった場所にある学校ということで10数名のみの参加だったが、いい空気が作れた。10数名の時は10数名でしか作り得ない空間があるのだ。
体育館の音の響きの完璧さもあって、非常に気持ちよく歌わせてもらった。


最後にそのお母さんと再会を記念して1枚。
「氷川きよしより上手でした」と言われてしまいました (>_<)

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「再会する」っていいもんだな。
特に被災地では強くそう思う。


人が集まりにくいのがわかっていたにもかかわらず朝10時からのライブにしたのは、午後になるとここに通じる唯一の道路が冠水して通れなくなるからだ。
地盤沈下と潮の満ち引きによる冠水。それがこの地域での日常となってしまっている。
岩壁の補修が早く進みますように、と願いつつ次の会場へ。

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(その2に続く…)
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