もうすっかり春の気配が濃くなってきました。

それを思うだけでうれしくなってきます。

 

やっとこ3月に調香師の資格のテストを受けられることになりました。

レッスンをはじめて5年。

長かったなぁ。

 

嗅覚っていちばん敏感な感覚器官。

敏感であるが故に

日常生活の中で影響を受けやすい部分でもあり、

ちょっとしたことで感覚は歪んでいく。

 

わたし自身も昨年の今頃

早く調香師の資格を取りたいという焦りから

感覚が歪み

とうとう香りが作れなくなるところまでいってしまって

凹みまくりの1年でした^^

 

*

 

感覚が歪むと

視野が極端に狭くなって

生活の中にある潤いの部分に光を当てられなくなる。

 

梅の花に足をとめてみたり、

あたたかな日差しをみあげてみたり、

こころをうるおわすことへのアンテナが働かなくなって

ただ足早に目的をこなすことだけにしか

こころがいかなくなる。

笑顔がなくなる。

 

 

いまならどこかに春の兆しがきっとある。

意識して

春のエネルギーを探して、身体にぐいっと吸い込んで。

 

こころがほんのり広がって

自然とこころにあたたかな気配が広がるから。

肩の力が抜けてにっこり笑顔になるから。

 

そうしたら、自然と

春の芽吹きの勢いがからだに宿って、

ぐいんと行きたい方に進んでけるから。

 

 

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今年の徳島は例年に比べると

よく雪が積もって、厳しい寒さです。

 

雪の日の早朝

駅までチャリで雪をかき分け、バスに乗る。

 

真っ暗でこころもとなかったところに、おひさま。

なんだかこころに灯がともって、ほっとする。

おひさまってエネルギーのかたまりだ。

 

*

わたしはおひさまのちからを見くびってた。

 

先生に

「君はおひさまの香りを作るほうがいい」って言われた時、

なんだかがっかりやった。

おひさまの香りなんか子どもっぽいし、

深みがないやんって。

もっと深みがある月夜の香りや星空の香りが作れるようになりたいって。

 

でも、最近の雪続きの中で

おひさまのあたたかさや力強さ

なにより安心する感じがリアルに分かってきた。

 

ぜんぜん子供っぽくない。

おひさまが出ただけで

みんなが笑顔になるって、すごい。

 

そして、

わたしが作りたい香りも

お作りした方がほっとして、笑顔になれる香り。

おひさまそのものやん^^

光の香りやん^^

 

*

 

3月3日(土)午後から

高松で

辻先生の調香の勉強会があります。

わたしは別件の用事で行けませんが、

勉強会のお世話をされている方に取り次ぎはできますので、

参加されたい方は

saika312@gmail.com へお問合せください。

 

 

 

 

 

 

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自画自賛やけど、

テーマ:

高松で不定期に開催されている辻先生の調香の勉強会

勉強会に初めて参加した人はたいてい「わたしのカルマ」というテーマの

香りを自分で作ります。

1月に勉強会に参加されていた方もみなさん

首をひねりながら作られていました。

 

カルマっていきなり言われてもなんじゃらほい?って感じやのに

それを香りで表現しろって言われてもねぇ…。

 

先生の勉強会はいい香りを作ることが目的ではなくて

自分の根幹を香りで表現して

表にあぶりだしてくることが目的。

 

訳も分からず作るからこそ

鮮明に自分の根っこがあぶり出される。

 

カルマって自分の業

前世に積み重ねたもの

生まれながらにある、自分の土壌

 

*

 

実はわたし、今まで「カルマ」の香りを作ったことがなかったので、

勉強会でみなさんが作っていらっしゃるのに混じって作りました。

 

前世なんかちんぷんかんぷんやし、

業が軽いんか、重いんかも分からんし、

使う香料はいつもと違うものを指定されるしで…

しばし

放心状態。

 

その時、ふと先生がカルマの話の中で

小さい時に死んでしまった子供の話しをされていたことメモが目に留めりました。

幼い子をなくすということは

とても悲しいことだけれど、

その子はその純真なこころで親のカルマを持ち去ってくれるんだ。と。

 

実はわたし、第一子を生む前に流産していまして、

あの時のあの子もそうだったんだと、

とってもあたたかな気持ちになって^^

その気持ちをイメージしてカルマの香りを作りました。

 

「白梅の子」と名付けた香りは

優しくそっと香ってくる。

けれど、ただ優しいだけでなく、ぴりっとさみしい感じもして、

先生にも「ほんまにええかおりや」と

久しぶりにほめていただけるものになりました。

 

*

 

きっと以前のわたしだったら、

カルマと聞けば、自分が背負っているものをダークに捉え、

イメージして香りを作ったやろうなと思う。

 

けれど、

わたしが見る方向はおひさまの方なんだって

腑に落ちてからのわたしは

ダークな方を見る時もあるけれど、

できるだけ光がさす方を見られるようになってきた。

 

カルマと聞いても

ただダークなだけではない、

そこに柔らかな光が少しでも差し込むようなものをイメージできる。

あたたかなまなざしを向けるようなものをイメージできる。

 

自画自賛で恥ずかしいけど、

でも

ああ、わたし変わってこれたな。って

胸を張れる感じがする。

 

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1個前の記事の続き的な記事です。

 

あたまで感じてることと

たましいで感じてること。

これの違いをとらえることに関して。

 

さっきまでフラメンコの仲間との飲み会~

3月に開催される発表会のことを話してて

 

あ~間違わずに踊れるかな。とか

前よりもうちょっとうまくなれるかな。とかドキドキする気持ちと

あ~楽しみ。ってワクワクしてる気持ちと

自分のなかに二つの気持ちがあるなって感じてた。

 

ドキドキしてるのはあたまで感じてることで

ワクワクしてるのはたましいで感じてること。

 

*

 

調香のレッスンの時に

なんでみんな生活に不満はないけれど、

満足感を味わえないのか。っていう話になった。

 

満足感っていうのはたましいで感じること。

一方、

あたまで感じてるのはたいてい自分のたりないところへの気持ちであったり、

まわりとどう関わっていくのかっていう外向きの気持ちであったりする。

 

あたまで感じてることばっかり追いかけてると

たましいでかんじてることが置いてけぼりになって、

見えなくなる。忘れちゃう。

それが満足感を味わ得ない理由やと先生は説かれた。

 

さっきのフラメンコの発表会の話で言えば

間違わないことや、うまく踊ることばっかりを求めだすと

踊りを純粋に気持ちよく踊ることが分からなくなる。

いくらうまく踊ってもそこには満足感がない。

っていう仕組み。

 

*

 

これ、香りを作れなくなってた時の私にもあてはまるなぁって

しみじみ思う。

 

うまく作ること

いい香りを作ること

人に求められる香りを作ること

こんなことばっかり追いかけてるうちに

純粋に香りの世界を楽しむ気持ちが観えなくなって…

え~い

もう調香やめてやる!!!って投げやりになってたなぁ。

 

*

 

毎日、生活は不足がないけれど、

満ち足りた感じがないっていう人は

あたまで感じてることと

たましいで感じてることをよく感じてみると、ああ、そういうことかって

わかって、

自分が大切にしないといけないもの

たましいがもとめてるものが見え安くなるんやないかと思います。

調香のレッスンに京都へ。

京都は雪がちらついていた。

快晴の徳島とはえらい違う天気でびっくり。

 

2週間前の高松の勉強会から

ぐぉんとレッスンの内容が進化しててびっくり。

 

*

 

先生の香りに対する考察はとどまるところがない。

どんどん変化と進化を繰り返す。

だから、

前に言うてたことと

今、言うてることが違うこともよくある^^

 

こちらも

前と今とはとらえ方が違うんやなと

変化をしないと

先生の進化にはついていけなくなるwww

 

2週間でぐぉんと変わるんやから、なかなかに大変。

そして、

いままでの調香・これからの調香の

ちょうど境目にある進化やから、これまた大変。

 

けれど、

どこかでその大変さを楽しんでるわたしもいる。

まだまだ知らない世界がそこには広がってるんやって。

冒険に踏みだすような、見たことのない世界を見られることへ気持ちが膨らむ。

 

*

 

これまた大変と思うのは

あたまで感じてることで、

気持ちが膨らむのは

たましいで感じてること。