特許翻訳 A to Z

特許翻訳歴25年、業界改善を目指した情報発信歴22年。
自らの試行錯誤に加え、参加者数のべ1000名を超えるセミナーや講座、年間50名前後の個別相談などを通して得たスキルアップのヒントをお届けします。


テーマ:

翻訳の可能性と不可能性を扱った「文字を訳すのか、文化を訳すのか」の中で、カタカナの功罪について言及しました。
これについて、もう少し考えてみようと思います。

■音訳語としてのカタカナ
カタカナ語というのは、基本的には単なる「音の表記」にすぎません。

特に外来語をカタカナで表現するとき、その行為は、少なくとも最初は翻訳ではなく音訳です。

『広辞苑』で「翻訳」を引くと、「ある言語で表現された文章の内容を他の言語になおすこと」とあります。
文章ではなく文でも構わないとして、ようするに「ある言語を母語とする人が聞いたり読んだりしてとらえる内容を、別の言語を母語とする人が同じように聞いたり読んだりしてとらえることができるようにする」プロセスが、翻訳だと言えるでしょう。

広辞苑でいう「なおす」が何をどこまで含むのかにもよりますが、外来語に対応する日本語が存在しないがゆえにカタカナで表記する場合、これは日本語に「なおして」いるのとは、少し違うように思います。

「white shirt→ワイシャツ」のように聞こえるままカタカナで表記された語もあれば、「vinyl→ビニール」のように発音より文字面の音訳に近い語もありますが、いずれもカタカナになった時点で、元の語が持つ語義は一旦失われるからです

現代人にとっての「ワイシャツ」や「ビニール」のように、時を経て社会に普及したカタカナ語であっても、少なくとも最初に輸入されたときになされたのは音訳だといって差し支えないはずです。

このことは、当て字を考えてみれば良くわかります。

ご承知のとおり、外来語を音訳で受容する手法はカタカナに始まったものではなく、昔は漢字でなされていました。
アメリカを亜米利加、イギリスを英吉利と書く例が典型です。

そして「亜」「米」「利」「加」という文字の意味は、Americaの語義とはまったく関係ありません。
「亜米利加」という文字はAmericaという国を表記したものだと読み手が知っていれば、その意味するところが伝達されるにすぎないのです。

砂糖菓子を意味する「confeito」を「金平糖」、「ブキ」と聞こえる「book keeping」を「簿記」と訳した例のように、音訳としての当て字に意味を重ね合わせることに成功した例も若干あるにはありますが、こちらのほうが例外です。
たいていの当て字は原語の語義とは何の関係もなく、カタカナ語は、これと同じようなもの

たとえば江戸・明治の時代には、ひとつの外来語に対して「翻訳語」と「当て字」あるいは「カタカナ表記」が混在していました。
一例として、1872年に出版された『世界商売往来. 〔正〕』という書籍から酒類の項を下に示します。
※リンクをクリックすると、国会図書館デジタルライブラリーにジャンプします。13コマ目に下の画像と同じものがあります。



「葡萄酒」は翻訳で「ウアイン」は音訳(読み仮名)、「亜瀝」や「三鞭」は当て字で「アレーキ」「シャムハン」が音訳、「エール」や「リキュール」は音訳ですね。
亜瀝「酒」、エール「酒」などとあるので、厳密には単なる当て字や音訳とは少し違って翻訳の側面も否めませんが、日本語にないものを表現している時点で、これはやはり音訳でしょう。

■音訳語は、翻訳語になり得るか?
音訳としてのカタカナ語は、ある程度以上社会に浸透すると、意味を持つ「翻訳語」に変化するように見えます

たとえば、computerという単語をいまどき「電算機」などと訳す翻訳者はおそらく皆無で、10人いれば10人とも「コンピューター」という同じ訳になると思います。
違うとしてもせいぜい、音引き記号「ー」を使うかどうかという差がある程度でしょう。

このように、もとは音訳にすぎなかったカタカナ語でも、社会の中で共通認識が得られるレベルまで普及すれば、その音訳語は翻訳語として機能していると考えることは可能です。
単に音を表記しているのではなく、日本語におきかえているのと同義になるからです。

ただし、英語のcomputerは、
one that computes; specifically :  a programmable usually electronic device that can store, retrieve, and process data (Webster)
であって、大きさや形状を問いません。

デスクトップパソコンやノートパソコンはもとより、大規模システムのスーパーコンピューター、各種電子機器に組み込まれているマイコン、銀行のATMもスマートフォンも、computerの範疇に入ります。
かたやカタカナで「コンピューター」と聞いてATMやスマートフォンまで瞬時に頭に浮かぶ日本人は、少数派だと思います。

私たちが「コンピューター」というカタカナを使うとき、computerなるものを、互いになんとなく「漠然と」伝えたつもり・伝わったつもりになっているだけではないか、ということです。

もちろん、その「伝えたつもり・伝わったつもり」が日常生活で実害を生じることは滅多になく、読み手あるいは聞き手が自分のイメージで「コンピューター」なるものをとらえてくれれば、ひとまず十分です。

それでは、wine=葡萄酒(翻訳語) vs. ワイン(音訳語)の場合は、どうでしょうか。
ワインを見たことも聞いたこともなく「ウアイン」ではさっぱり理解できない明治の日本人も、「葡萄酒」なら意味の推測くらいはできたはずです。

ここで、英英辞典の定義によれば英語のwineは必ずしもブドウが原料であることを求めていません。
ブルーベリーワイン、梨ワイン、イチジクワイン、キウイワインなど実にさまざまなワインが流通し、「ワイン」という語が定着した現代にあっては、むしろカタカナの「ワイン」のほうが原語に近い意味を伝達できているという言い方も、可能だろうと思います。

いずれにしろ、カタカナのおかげで外来語の導入が容易になったのは間違いなく、カタカナには利点も多くあります。
同時にカタカナは、意味を伝えているようで実は伝えていない語を大量に「生産」しました。

だから、カタカナの「功罪」なのですね。

話をコンピューターに戻すと、英語のcomputerに「計算尺」や「そろばん」を含む文脈の場合、computerは翻訳可能でしょうか。
(計算尺って何?という人は、Googleで画像検索してみてください。)
あるいは、音訳由来の「コンピューター」を、使えるでしょうか。

英語では、slide ruleです。これを含む文を、書籍から抜粋します。
例)
What is computation? In virtue of what is something a computer?  Why do we say a slide rule is a computer but an egg beater is not? 
(Patricia Smith Churchland 他 著 『The Computational Brain』 p.61から抜粋)

For any of you who don't remember what this is, the slide rule is a “primitive” computer that was used before the calculator.
(Daniel Freeland 著 『Encouragement on the Road of Life』 p.81から抜粋)

上記からもわかるように、計算尺は、computerです。さあ、どうしますか?
続きは、次回に。

■関連記事
文字を訳すのか、文化を訳すのか

 

 


インデックスへ

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

水野麻子さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります