パソコン音痴とプログラミング その2
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からの続きです。
お客様の環境がさまざまだったおかげで「必要な範囲の」ソフトを使えるようになってはいきましたが、相変わらずのパソコン音痴、機械音痴。
1996年に法人を設立し、ほどなくして夫が勤めていた会社を辞めて一緒に自営業になってからは、機種選びから環境設定まで、機械まわりのことは業者任せから夫任せになりました。
自分の使うソフトのことはまぁ分かっても、それ以外のことはまるでダメ。
97年に翻訳者支援のウェブサイトを立ち上げたときなど、ホームページ作成ソフトはもとより画像処理ソフトも上手に使えず、メソメソ泣きながら(ほんとです)作っていました。
ワードにはマクロプログラムというものが存在し、それがどうやら便利そうだということに、夫との会話から気付いたのは、翻訳者として独立後ずっとずっとずーーーーーと後になってからです。
今では、秀丸エディタとワードでは、簡単なプログラムなら自分で書けます。
ただ、8ヵ国語翻訳と同じで、事前に勉強したわけではありません。
お客様とのあいだに解決したい課題が生じたときに、そのつど必要な手段を考え、状況に応じてプログラムにしたというのが近いです。
つまり、現地調達。
たとえば、A社とB社の両方から打診があって、普通に翻訳していたのでは(物理的にオーバーフローで)どちらかを断らなければならない場面。
でも、どちらのお客様も何とか受けてもらえないかと、粘りに粘ります。そんなとき、「両方のお願いを聞くにはどうすればいいか」と考えて、自動化できそうなところを探す。
そのために必要な既存のツールを探す。なければ、自前で用意するといった具合です。
わたしのプログラミングは、こんな具合にいつも「やりたいこと先にありき」でした。
プログラマーになる気はありませんでしたし、プログラミングのプロになるつもりもありません。
大事なのは、お客様にとって嬉しい結果になること。
つまり、お客様にとって少しでも望ましいアウトプットをするために、わたしに「できることを、できる範囲で」しただけなのですね。
それがたまたま、ときにはマクロプログラムという手段だったというだけのことです。
ワイルドカード置換で解決すればそうしますし、既存のソフトウェアの機能で解決すれば、(わざわざプログラムを書かずに)そういうものを利用します。翻訳ソフトや一太郎を校正用に使うのなどは、まさにその典型。
いつも、問題解決にプログラムを書くわけでもないのですね。
ただ、こういう動機でも回数が重なれば上手になります。
わざわざ勉強しなくても、何度も出てくる英単語やフレーズは自然に覚えてしまうのと同じで、プログラムも(失敗作を含めて)何百と書いていれば、簡単なものは自然に書けるようになるわけです。
裏を返せば、自分にとって「課題」「目的」にならないことに関して、プログラミングは全然できません。
基礎がないですから…。
ということで、プログラミングのできるパソコン音痴は、じつは「自分にとって必要なプログラミングだけしかできない、パソコン音痴」です。
未知のオランダ語で翻訳ができるのに、目の前の原稿にある範囲から少しでも外れたオランダ語だとまるで分からないのと似ていますね。
ようは、現地調達の問題解決ということです。
余談。
わたしはいまだに、ビデオデッキの操作ができません。仕事で必要なDVDやビデオがあると、夫や子どもに使い方を教えてもらうのですが、必要性を感じないからか全然覚えられないのです。
一時期、ディスカバリーチャンネルのサイエンス番組だけ時々見ていた時期が1年程度ある以外、もう20年以上テレビとは無縁の生活をしています。
ビデオやDVDとも、ほとんど無縁です。
いまや、テレビのリモコンの使い方も、怪しいかもしれません……。
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● パソコン音痴とプログラミング その2 ←現在地。
○ スキルアップと対象の明確化
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1 ■アイデアの源
お話をうかがっていますと、とてもパソコン音痴とは思えません。がしかし、プログラムを作ってしまうあたりは、『火事場の馬鹿力』ではなく、『必要は発明の母』 ですね。 失礼しました。