サダーカのブログ

このブログは、サダーカ代表やヨルダンに訪問したボランティア、学生の皆さんが、主にヨルダンでのシリア人の状況、彼らの想いを伝えるために綴るものです。サダーカの活動や日本でのイベント等についてはWebsiteをご覧下さい!


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週末を使ってヨルダンを訪れた。想像以上に色々な変化が見て感じられた。6月に一度日本に帰国し、その後8月にカイロに引っ越したので、ヨルダンは約4か月ぶりだった。

 

ヨルダンでの二日間を終え空港の隅でノートを整理しようとパソコンを取りだした。書きたいことは頭の中にもたくさんあった。怪我をして施設にいた少年がシリアに戻り家族と再会して喜んでいるという話、減り続ける国際社会からの援助に対してシリア人の就労機会を作ろうと奔走する友人との話、あるいは爆撃で怪我をして仕事もしていないのに妻が5人目の子を妊娠したという深刻なおめでたい友人の話…。そんなことを思い出すままに書き始めた時、携帯電話にメッセージが入った。久々のダマスカスの友人マリアムからだった。「どうしてもアブドッラがまさと話したいといっている」。という連絡だった。アブドッラ(50代の共通の友人)はスマホを持っていないので、アブドッラの次男ハッサンに空港のWifiを拾って電話をした。ハッサンは19歳、高校を卒業し専門学校に通う学生だ。これまでメッセージのやり取りはしてきたがしっかり話すのは初めてだった。「お父さんからまさに相談があるんだ。実は僕のお兄ちゃん、オマルのこと知ってるだろ、今年専門学校の3年生であと6単位とれば卒業なんだ、でも兵役への招集がありこのままだと前線へ送られる。前線へ送られたらもう帰ってくることはない」。

 

ハッサンは思った以上にきれいな英語を話した。ハッサンとその兄オマルは僕がシリアにいた2005年、当時7歳と9歳だった。とても元気な兄弟でよく一緒にサッカーをやった。当時の少年の顔と携帯電話のプロフィールの成長した青年の顔を両方思い浮かべながら話を聞いていた。正直既に何故電話をしてきたかは想像がついた。ハッサンは続けて言った。「オプションは二つ。お金を払って兵役を一年延期するか前線へ行って帰らぬ人になるか」。予想通りお金が必要だった。余り明るい話では無いと覚悟はしていたが携帯電話を耳にあてながら一人空港でうずくまり頭を抱えた。シリア国内の状況は、完璧にはほど遠いにしても少なくとも暴力は収まりつつあり、物価も落ち着いてきていると友人から聞いていた。空港ビルのガラスの向こうに映る明るい光を見ながら気を取り直し「で、いつまでにいくらお金が必要なの」。と聞くと受話器を離し父親に確認した後すぐに「2000ドル、今月中に払わなければならない」。と答えた。「分かった、いくらなら払えて、いくら必要?送金方法は?」と聞くとハッサンは隣にいる父親に話をしながら「700ドルは払える。送金方法は・・ウェスタンユニオン(海外では著名な送金代理店)なら大丈夫だと思う、明日確認して連絡するよ」。

 

その後ハッサンの父親が直接話をしたいと言って電話を替わった。「まさ、元気かい。調子はどうだい。家族は元気かい。子どもたちはどうだい。カイロへ移ったんだって。カイロとダマスカスどっちがいい?」といつもの挨拶をすますと声のトーンを落とした。「まさ、この電話でどれだけの迷惑をかけているか。本当に申し訳ない。ただ、もうどうしようもない。私たちにはもう家も何も残っていない。辛うじて私の収入だけだがそれも何の足しにもならない…。もう一度、本当にこんな電話をして許してほしい。」自分の親の世代にも近い友人からそう言われて、僕は必死に言い返した。「僕は今たまたま問題ない環境にいる、そっちは今どうしようもなく大変な状態にある。でも僕が明日、あるいは一年後どうなるかなんて誰も分から無い。だから僕は今できることをするだけだよ」。電話がハッサンに戻った。ハッサンは父の言葉を繋ぐように謝罪を繰り返した。「ハッサン、今君ができることは僕に謝ることでは無く、厳しい環境の中でどうやって仕事を得るか、両親を助けるか、あるいは少し余裕ができたら近所の人を助けられるのかを考えることだ。明日の連絡を待ってるよ」。

 

電話を切った時には既にフライトの時間が近づいていた。荷物をまとめて搭乗口に向かって歩きながら、随分偉そうなこと言ったと思い返す。ハッサンは去年両親や親戚を助けようとアルバイトをしながら渡航費をかき集めトルコへ渡った。しかし仕事がなかなか見つからず業を煮やした彼は、トルコの東の港からギリシャへ向かうゴムボートに乗ってヨーロッパへ向かおうとした。相談されたマリアムはそれだけはやめろと止めた。その時僕にも連絡が来て、馬鹿なことは辞めろとまさからも言ってほしいと言われてメッセージをしたことを覚えている。そのボートに乗った25人の青年たちは地中海に沈んだ。

 

マリアムによればハッサンの兄オマルは内気で寡黙な男だという。ダマスカスに張り巡らされたチェックポイントで言いがかりをつけられ滅多打ちにされたこともある。結局僕の電話にも彼は一度も出てこなかった。色んな想いを抱えながら飛行機に乗った時には既に23時を回っており二日間のヨルダン滞在の疲れが出てきて朦朧とした。

 

眠い目をこすりながらカイロの空港を出て、涼しい夜風にあたりながら、この6年間こういう類の話が飛び込んできたと気に必ず感じる虚無感をまた感じる。

(写真はヨルダン滞在中に頂いたシリア料理、ほんとに美味しく頂きました。)

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