先週の金曜日から今週の火曜日まで仙台に行ってきた。
具体的な行動計画はなかったが、今行かなければ一生後悔するだろうとおもったし
今被災地は何を必要としているかを自分の目で確か、広める必要があると思い
ずばっと決めてぱっと行ってきた。
13:25に釧路駅発のスーパー大空に乗り込み、3時間半かけて南千歳へ行き、乗り換えて
苫小牧へ。
19:00に苫小牧港発仙台港行きの太平洋フェリーで15時間揺られ
翌朝の10:00に仙台港に着いた。
仙台港に近づくにつれ、まさに山となったがれきの山が見えてきた。
他の誰よりも熱い視線でフェリーの窓からそのがれきの山を眺めている人がいたので
「地元の方ですか?」と尋ねると「元東電の職員です。このたび私は怖くて
東電をやめました。逃げてしまいました。だからボランティアの方々には
感謝感謝でことばもありません。本当にごめんなさい」
と一方的に語りだした。
そして「私被爆しております。へへ」とおどけていた。
船を降りるとき一人の男性が「ボランティアの方ですかぁ?もしよかったら私たちの活動手伝いませんか?」
と話しかけてきた。
その活動とは、地震と津波によって被災したペットを保護する活動だった。
俺は、実際の被災地で人間を救いたいと思っていたため
動物たちがかわいそうではないということではなく
とりあえず「考えておきます」といって結論を濁した。
すると彼は「あそうだ。スコップ団がある。あそこなら被災地の現場で役に立てますよ」
ということで、俺は即答で「ではそこに連れて行ってください」と快諾した。
スコップ団とは民間のボランティア団体(彼ら自身はボランティアという言葉を気に入ってはいないようで
「お手伝いする近所のニーチャンネーチャンな存在」としていると思う)で、おもに津波によって荒れ果てた家の瓦礫や家電、砂などを家から掻きだし最後は廃プレッシャーシャワーできれいに洗い流すという活動を行っている。
http://blog.goo.ne.jp/cheapdust
被災した子供にバースデーケーキをプレゼントするといったようなことも行っているようだ。
俺はそれ以上詳しいことは知らないし、とくに知る必要もない。
それぐらいやっていることがシンプルでわかりやすい。
「困っているから手伝う」
「土日だから手伝う」
「自分にできることがあるからやる」
たぶんそれぐらいの動機で彼らは動いている。
もちろん人それぞれ活動する理由はあるが、
活動の動機は全然重要じゃない。
要はやるかやらないか。
スコップ団の団長はまだ若いと思われる。
生意気な人間だが何時間か彼を見ていると、素晴らしい面をもった人間だと気づく。
彼の言動の裏には、いつも「活動を続けるためにはどうするか」という目的がはっきりしている。
たとえば、天気が著しく悪い時は中止する。
それはもちろん怪我人が出ないようにするためだが、
もう一歩その先の「怪我人が出てしまうことで活動ができなくなる恐れがある」
という至上の愛がある。
団長はじめ団員には本当に頭が下がる。
宮城県にサポートに行きたいと考えている人は、スコップ団で活動することもよい選択肢だろう。
直接サイトで問い合わせてもいいし、直接集合場所に現れてしまえば話が早い。
http://blog.goo.ne.jp/cheapdust
話はもどり、俺は声を掛けてくれた男性のおかげですぐに何人かの力になることができた。
余談だが、その男性は同じ釧路出身ということも発覚し、何か運命を感じた。
現場では瓦礫の撤去。
素人の俺は「こりゃむりだろー」と思っていたが、
なんとあれよあれよというまにきれいに!
自然の力もすごいが、人間の力も捨てたもんじゃない。
行き先も分からず連れてこられた俺は、団員の方にホテル付近まで送ってもらい、
その日は風呂に入ってすぐに寝た。
翌日は朝から山元町というところで家の片づけ。
雨季ということもあり、雨がザーザー。
その日朝起きた時、自分の握力がほぼ消滅していることに気付いた。
ジュースのタブを開けられず、前歯を使って捻り開けた。
一軒目を終え、次の現場へ移動しようとしたが、雨が強くなりすぎやむなく中止。
団員の一人が「見てもらいたいものがある」ということで、
車に乗って福島県の県境まで海岸線を走らせた。
そこには息切れを起こすような光景が続いていた。
防波堤と道路が完全に崩壊。
津波が来る直前には、2km先の海底が見えるまで引き潮があったという。
残されたのはコンクリートの基礎だけ。
これなら形を留めたほう。
道路も崩壊。
数キロに渡って瓦礫の山が続く。
元自動車学校。
なぎ倒された墓石。
遺族の無念が伝わる。
ここは山元町磯浜という海岸沿いの町で、数kmにわたって町が存在していたが、
現在はすべて流された。
1000人以上が亡くなった。
おそらく現在も行方不明の方がたくさんおられるのだろう。
余り物事に動じないように生きてきた俺だけど、この光景は悲しすぎる。
一度見てみるといい。
言葉が出ず、というか言葉はいらない。
最後に皆が疲れているところ無理を言って集合写真を撮らせていただいた。
みなさん、本当にお世話になりました。
これからも体に気をつけて活動してください。
ありがとう。
三日目は、被災したペットを保護しているドックウッドという場所で動物の世話のお手伝いをした。
被災したのは人間だけじゃない。
俺は猫担当になり、トイレの掃除をしあとは猫をひたすら撫でて遊び相手になってやった。
猫たちを見ていると、なんだかぽろぽろ涙が出てきた。
一日も早く飼い主のもとへ戻れますように。
「どしたの」
こんなときでも当然生まれる命がある。
日本中の18歳以上の肉体労働のできる健康な男女に言いたい。
被災地はまったく人間の数が足りません。
それは行けば分かる。
行かなければ分からない。
圧倒的に人員が足りません。
数万円のお金と数日間の休日と家族や恋人の理解と健康な体を持って被災地に行けば、あなたは絶対に役に立つ!
あーだこーだ言い訳を見つけてはボランティア活動をしない口実をつぶやき
政治のせいだと耳にたこができたフレーズを繰り返している多くの日本人よ。
簡単なことだ。
あなたは絶対に人の役に立てる。
無理をする必要はない。
しかし、この広い日本に無理をせずとも何人の「数万円のお金と数日間の休日と家族や恋人の理解と健康な体」を持っている人がいるだろうか。
みんな行けばいい。
おそらく自体は急良好するだろう。
仙台からの帰りのフェリー内で「すみません今朝の朝刊はありますか?」と係員に尋ねていたおばさんに笑いをもらい今回の活動は幕を閉じた。
俺はこれからも募金活動をし、しかるべくタイミングでしかるべき団体へ寄付を続ける。
まずはスコップ団。
彼らがダンプを買えるお手伝いをささやかながら続けていきたいと思うのだ。