母さんと石川遼くん

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昨日石川遼くんがゴルフの国内大会で優勝しました。

石川くんは、私の母が大ファンだった。

母は5月に癌で死んだ。3月末からホスピスに入っていたけど、おなかが腹水でぱんぱんに大きくなって動けなくなっても、腸が完全閉塞してまったく食べられなくなっても、そして意識がなくなるちょっと前までも、よく石川くんの話をしていた。

私「おかーさんほんと遼くん好きやね~(やや呆れ顔)」
母「あんたは誰が好きとね」
私「ナダル」
母「へぇあんなんが好きと?趣味わるー。めんくいじゃなかったとね。」
私「ひどい(T T)」

こんなとりとめのない会話も、今となっては貴重な思い出。

5月にパサージュ琴海でプロゴルフの試合が開催されることが決まってから、絶対見に行く!と化学療法をしながらはりきっていた。でも今年の1月に再発して入院して、二度と家に帰ることはなかった。

棺桶に遼くんの写真でも入れてやろうかと思ってたのに、バタバタして結局しそびれた。最期が近いのはわかっていたから、前もって用意しとくべきだったなあ。

試合は見てないけど、ニュースで、プレーオフで優勝を争っていた選手がパットを外して優勝が決まった瞬間、喜びよりも敗れた相手を気遣って苦しげな顔つきになった石川くんを見て、母が遼くんを好きなった理由が少しわかった気がした。


私は石川くんのファンではないけれど、母さんの分までこれからは石川くんを応援していこうと思う。

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黄色

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このところ週末よく実家にかえっている。末期癌で療養中の母に会うためだ。

「しばらく休んだら?」とも上司から言われたが、毎日ずーっといたって病状がよくなるわけでもないし、私も平日は仕事があるので…とりあえず休みの週末だけということで。もっと悪くなって今日か明日か明後日か、という状況になれば平日でも休みとるだろうけど、まだそこまでではないので。

1~2週間毎に会うたびに少しずつ状態が悪くなっていくのが、見ていてつらい。

今は末期ということでホスピスに転院し、根治的な治療は全くせず、麻薬による鎮痛と栄養補給のみ。腹部の転移リンパ節が10cm以上になり(おそらく20cm近く)腸閉塞の状態で食事は全くできないのでIVHをしている。

食事をするという人間にとっての最大のよろこびのひとつである行動がこの3ヶ月ほとんどできていないのが、なんともやりきれないけど、仕方がないとそこらへんは家族も本人もあきらめている。

最近は痛みが強く熱発も頻繁で嘔吐症状も増加しているとのこと。麻薬の投与量に制限がないのが、ありがたい。

そして、今週末また会いに行った。


黄色くなっていた。


ついにここまできたか…。まだ総ビリルビンは2くらいだから顔や目は普通で最初は気づかなかったけど、「ちょっとおなか見せてよ」といって腹部を見たとたんに、黄疸が出てるのがわかった。ビリルビンは5くらいになると黄疸の代表的な所見である眼球結膜に表れるけども、場所によってはこのくらいの数値でも出てくるんだな~と、妙なところで勉強になった。

閉塞性黄疸になるほどにリンパ節が腫大しているか、肝転移がすすんでいるかのどちらかということはすぐにわかった。実際肝酵素もすべて上昇していたし、CRPは10近く、貧血もすすんでいる。

母は自分の病気のことも、余命いくばくもないこともすべて知っている。ホスピス行きも自分で決めた。それでもやはり黄疸のことは言えなかった。父もおそらく黄疸のことにはまだ気づいていない。だから誰にも何もいわなかった。言ったって苦しめるだけだし。これからもっと全身が黄色になっていくので、おのずとわかってくるだろう。ホスピスなので減黄はしない。

黄疸でまっ黄色になって旅立っていく患者さん何人も見た。母もああなっていくのか…。でも人が死ぬのは当たり前のこと、決して悪いことではないのだと、よく末期の患者さんをみて苦しむ家族の人と話をしたりした。みんな少しずつ、葛藤しながら、受け入れて、いく。そういう職業柄、自分が患者の家族の立場になっても、同じようにとらえることができる、という面はある。人の死というものに対して免疫ができている、というか。もちろん他人と家族ではすこし心境は違うけども、基本的なところは、変わらない。

まだ頭はしっかりしているし、話し好きな母は今もよくしゃべる。それが家族にとっての救いであり、本人にとっても生きる活力になっている。

来週末また会いに行く。
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ジョージくん

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オリンピック、始まりました。

私のバンクーバー五輪観戦のメインイベントは、すでに終了(爆)

スピードスケート男子500mでした。
それは、このアメブロでもおなじみの加藤条治くんが好きだからです。
4年前のトリノ五輪で好きになって、それからずっと応援してきました。
トリノで挫折を味わって以降も、なかなかうまくいかなかった。怪我に苦しんだりアメリカへ修行したり、格下と思ってた長島さんにいつのまにか追いつかれてたり、今シーズンも好不調の波が激しくてなかなか安定できなくて、韓国の2人はめちゃ強いし、五輪直前にはスタートで悩みスランプ、

…もう… メダルとか… 

無理じゃね?

とか思ってた…ごめん!!!

だから今回の結果は、うれしい。銅メダル、おめでとう。

でも、その一方でやっぱ手放しで喜べない部分もある…1回目、いいタイムと順位につけて、金を取れるチャンスがあっただけに。
欲深いファンでごめんよ。

2回目、あんだけ悩んでたスタートばっちりうまくいったのに、そのあと失速しちゃったなあ。いや~実際途中まではかなり金のチャンスは高かったんじゃないかな。同じように、同じやり方で走っているはずなのに、微妙にタイムが、足さばきがずれるのは、どうしてなんだろう。やっぱこれがメンタルの影響、てやつなのだろうか。。。

でも、「ぎりぎり合格(本人談)」。
想像より重かった銅メダルは、4年間の苦難がつまった証だから、かもしれないね。
いつも一番いい結果が得られるとは限らないしね。いつも調子がいいとは限らないしね。大切なのは、そのときの状況でベストを尽くす。
それは、十分示してくれた。だから、ファンとしては満足です。
ちょっとほろ苦さと切なさの混じった試合後の表情やコメントも、加藤くんらしくてよかった。

メダルとったから露出増えまくりだね。ネットでも、いっぱい名前見る。加藤くんがイケメンだと思ってるのは自分だけかと思ってたら結構そう言っている人が多くてびっくり。まあ活躍したらカッコよく見えるってのもあるか。あでも私は前から好きなのでメダルは関係ない。


次のソチはどうすんのかなあ。今回銅だったことで、次へのモチべにはなりそうなんかな。金だったらもうやり遂げた感でいっぱいだろうしね。でも今25才ってのは微妙だなあ。25っていっても誕生日来たばかりだし、ソチ五輪は29才なりたてほやほやで迎えるから、ぎりぎり…いけるかな?
トリノ6位→バンクーバー3位→ソチ…

やっぱ続けてほしい(^^)
これからもずっと応援していきますよ。


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最近思うこと

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癌で闘病中の母の病状があまりよくない。1月に再開した化学療法が全く効いておらず、腹部の腫瘍が16cmになっているという。12月の時点では5cmだった、それが1月は9cm、そして現在16cm。。。

あまりにも早い進行に先生達も家族も戸惑うばかり。

来週からメニューを変えて化学療法を再開するそうで、それが効いてくれるのを祈るしかない。


先生はかろうじて「末期」という言葉を使わなかったけど、限りなく末期に近い状態だ。
最悪の状況も考えて、心の準備はしておかければいけない。

別れの日は、いつか必ずやってくる。こんなに早くなりそうとは思わなかったけれど。

もちろん希望はもっているさ!しかし、2ヶ月で10cm育つ癌を甘く見るほど楽観的にもおめでたくもなれない。
少しでもよくなってほしいという気持ちと、覚悟しなければいけないという思いとが錯綜して、感情が混乱して憂鬱な毎日。

お母さんがいなくなっちゃったらお父さんが一番辛いだろうなあーー。淋しさのあまり会社やめて自暴自棄になって酒に走ってアル中になっちゃうんじゃないか心配。弟も、まだ20代そこそこで母親をなくすのは辛いだろう。母をとても慕っている叔母も落ち込むだろうなあ。そら私だって辛いけどさあ…家族の一員として、母がいなくなったあと彼らをどうやって支えていけばよいものか、そんなことまで先回りして考えてしまう始末。。。

一緒にウィンブルドンをいつか観にいこうね~って言ってたのを思い出す。それももはや夢のまた夢なのかな。
あぁ神様!母の病状がなんとか持ち直しますように。おねがいします。




九州人は雪に弱い

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明日は早朝から大雪らしい。

どうしよう…明日朝から飯塚に行かなくちゃならないのに…。

福岡市内から飯塚へいく道はいろいろあるが、どれも必ず、山道を越えなくてはならない。

いつも使う道は、犬鳴峠。冬場はときどき通行止めやチェーン規制あり。

たまに使うのが八木山峠。一般道もあるし有料道路もあるが、どれも冬場はありえないくらいすぐに通行止め。

他には、高速で若宮ICまでいくという方法もある。

明日の朝は間違いなく犬鳴と八木山は通行止めかチェーン規制がかかるであろう。

実はチェーンつけたこと一度もない…九州ではつける必要ないのです…
チェーンはこの2年くらい車のトランクのすみっこに絡まっております。。。

私にとってはチェーン規制=通行止め。

やっぱり明日は高速かなあ。

高速が通行止めなら、もうだめだ。「今日は行けません」と言うしかない。。。

さて、明日の朝どうなることか。