子ども達と自然に暮らそ!

十和田で耳つぼジュエリーのおうちサロンをする傍ら、
子育てがラクに楽しくなるように、
自然食、自然療法などを取り入れながら、
子ども達との自然な暮らしを提案しています。


テーマ:
「母の想い」というテーマが
最近私のブログでは多くなっています。
 
なぜだか最近、
そこにアンテナが立っているようです。
 
ここのところ、
講演会や、いろいろな人に会って、
感じるところがたくさんあるけれど、
なぜか全く違う内容なのに、
私が受け取るメッセージは
「母の想い」なんです。
 
この前は、
『あおもり食命人』の講演会で、
「人・心・命をつなぐ食を伝える」
と題して、柴田真佑さんが
お話しされていました。
 
その中で、柴田さんの
お母さんとのエピソードが
印象的でしたので、
ちょっと紹介しますね。
 
警察にお世話になるような
暴れん坊の父の元、
母はどんな時でも
朝ご飯を作ってくれていた。
毎朝台所ではトントントンと、
軽快な包丁の音で目覚め、
下に降りてみるとみそ汁のにおいが漂う
そんな朝。
でも、父が警察のお世話になったとき、
母は夜中に警察に呼び出される。
それでも、朝には急いで台所に戻り、
自分のために朝ご飯を作ってくれていた。
でも、包丁の音は重々しく、
寂しげな音でした。
そんなときの母の後姿は
小さく感じました。
そんな父だったもので、
自分も高校時代には荒れて、
あちこちでケンカして歩きました。
でも、真っ先に手を出すくせに、
これ以上やばいぞ、って頃になると、
必ず「もういいじゃないか」
と止めに入った。
「真っ先に手を出したお前が
何で止めるんだ」と言われて
考えると、
やっぱり脳裏に浮かんだのは
あの、小さい母の背中だった。
父のために、
母はずいぶん苦労していた。
あの母に、
これ以上苦労かけたくなかった。
 
毎朝、どんな時も台所に立ち、
朝ご飯を作ってくれた
あの母の後姿には、
無条件の愛があった。
子供がお腹すかせちゃいかん、
ちゃんとご飯だけは食べさせなくちゃ。
子供を生かさなければ、
そんな母の想いが、
ブレーキになった。
 
そんな話でした。
 
だいぶ前に、
『弁当の日』の竹下先生の話の中でも、
お母さんの話があったのを思い出した。
その時紹介していた話が、
『はなちゃんのみそ汁』。
 
『はなちゃんのみそ汁』は、
ご存知の方も多いかもしれません。
25歳で乳がんが見つかり、
その後、お腹の子供のためにと
抗がん剤をやめ、
食が体を作るのだと、
玄米菜食を始めます。
そして命がけで出産。
母になった千恵さんは
余命残り少ないなかで、
娘のはなちゃんに
何を遺してあげられるのか、
自問自答しました。

千恵さんがはなちゃんに遺したもの、

それは「みそ汁の作り方」でした。
千恵さんはガンになったことで、

「食が体をつくること、

食が命をつくること」に気づきました。


「生きる力を身につけてほしい」と、

はなちゃんに

「みそ汁の作り方」を教えたのです。

 

 

お母さんというものは、

命の危機にさらされたとき、

子供を生かしにかかります。

子供が一人で生きていけるように。

食うに困らないように。

 

はなちゃんは、5歳でお母さんを亡くしてから、

台所で毎朝みそ汁を作り続けます。

 

そして、小学校3年生の時の作文で

こうつづっています。

 

ママへ
はなはね、

ママに伝えたいことがあるんだよ。
それはね、

おべんとうが全部作れるようになったこと。

びっくりしたでしょ。
おかずは、

ばあばから作り方を教えてもらった
たまごやきと、

パパから教えてもらった

ブタ肉とピーマンのしおこうじいため。
ごはんには、

ゆかりのふりかけをかけたよ。

こんど作るときは、
あとかたずけも全部するって

パパとやくそくしたんだよ
お風呂のそうじとせんたくは、

少しさぼっているので、

4年生になったらがんばる。
やくそくするから、

天国で見ててね。
人の悪口を言わない。

笑顔をわすれない。

全部ママが教えてくれたこと。
むずかしいな、いやだな、こまったな、

と思っても、なんとかなるもんね。
「きりかえきりかえ」って

ママがよく言ってたもんね。
はね、もう泣かないよ。がんばるよ。
安武はな

 
子供に伝わるのは、
母の深い愛と、
台所に立つ母の後姿。
はなちゃんも、
きっと生前のお母さんの後姿を
感じながら台所に立っていることでしょう。
 
親の背を見て子は育つといいます。
後ろ姿は、どうだ!すごいだろう!って
見せるのじゃなく、
日頃の人となりを、
見られているんですね。
 
子供に遺したいものは何か?
子供に見られる後ろ姿はどんな姿?
 
今の大学生の食事を調査したところ、
ほとんどの学生が、
ちゃんとしたご飯を食べていない。
 
一日目・・・
朝は食べない。
昼は菓子パン一個。
夜は居酒屋で飲み。
 
二日目・・・
朝食べない
昼クラッカーとコーラ
夜カップラーメンとコーラ
 
そんな感じの食事。
そんな食事で
集中力が出るはずもなく、
そんな食事を続けていたら、
体は冷え、
結婚後も不妊が多くなるのも
うなづける。
 
色とりどりの
栄養バランスのとれた食事を
とりましょう。
なんていうのは、
誰もがみんな知識としては
知ってることです。
 
でも、果たして、
家庭の中で、
台所に立つ母の背中は、
子供の記憶に残っているのだろうか?
ちゃんと自分で健康管理のできる子に
育つかどうかは、
家庭の中の台所にかかっているように
思えてなりません。
 
毎朝、
みそ汁を作る母の背中を
多くの家庭で見せていってほしいものだと
切に願います。
 
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テーマ:
十和田にある新渡戸記念館で、
あいぼんの卒論発表を聞き、
改めて、というより、
初めてか?
新渡戸稲造がどんな人であったのか
知りました。

 
今日はちょっぴり
お勉強チックな記事になります。
 
かつて十和田は、
今の十和田湖となった火山活動による
火砕流でできた広い台地でできており、
火山灰土壌で雨水もすぐに地中に入り、
樹木も育たず、
しかも、ヤマセのため、
作物も育たない原野でした。
 
そこに、新渡戸傳(つとう)が目を付け、
開墾し、今に至ります。
傅は、稲造のおじいちゃんでした。
 
そんな、十和田にゆかりのある
新渡戸稲造については、
5000円札になった人で、
「武士道」書いた人、
ぐらいのイメージしかありませんでした。
でも、
幼くして父、母を失い、
結婚後も最愛の息子を幼くして亡くし、
悲哀の人生だったこと。
札幌農学校教授、
東京大学の教授、
東京女子大初代学長
などを務め、

教育に、尽力した人であったこと。
息子遠益(トーマス)を亡くした
悲しみから、
「遠友夜学校(えんゆうやがっこう)」
という貧しい子供や、
勤労青少年が無料で学べる
学校を作ったり、
特に、女性や子どもの
教育に心を尽くした人であったのです。
 
母の影響で、
外国に興味を持ち、晩年は
「太平洋の橋となる」ことを目指し、
国際連盟事務次官となり、
「ジュネーブの星」と呼ばれる
人格者として人望を集めていました。
軍事に走る日本を憂い、
命尽きるまで、
平和を訴えていました。
 
今回、新渡戸記念館で
新渡戸稲造のお話を聞き、
全然知らなかったな~って。
知ろうとも思わなかったな~って。
 
私、歴史は大の苦手なんです。
過去のことに興味はないと言いながら、
暗記するのが苦手なもので、
ず~っと、
歴史には触れないようにしてきました( ´艸`)。

 
でも、歴史を知るのも
面白いものだと、
改めて思いました。
過去から学ぶこともあるのだと
気づきました。
 
今回、あいぼんのお話で、
興味深かったのは、
ジャンヌダルクと
関係づけた点。

ジャンヌダルクといえば、
フランスをイギリスから救った英雄として
知られていますね。

 
ジャンヌダルクが活躍したのは、
百年戦争の末期になります。
それまで、7か月以上続いていた
イギリス軍の包囲を
わずか1週間で開放しました。

ジャンヌ17歳の時でした。
ジャンヌの活躍により、
シャルル王太子は、
シャルル7世としてフランス国王に即位します。
その後、シャルル7世の裏切りに会い、
ジャンヌは異端審問で
魔女裁判にかけられ、
19歳で火刑となります。
 
ジャンヌがこのような行動をとった
きっかけは、13歳の時に聞いた
「神の声」のためでした。
 
新渡戸稲造も、16歳の時、
実は、「神」を感じる神秘体験をしています。
 
稲造は、それゆえか、
ジャンヌダルクを敬愛し、
後に、ジャンヌダルク生誕の地を
訪れています。
 
そして、二人の共通点は、
「犠牲と奉仕」の
生涯であったということ。
 
そして、稲造の理想の女性像は、
母せきと、ジャンヌダルクであったと
言えるでしょう。
かつての女性は、
「家をおさめること」が女性教育の理念であり、
「日本女性の生涯は、
奉仕献身の一生であった」と述べ、
日本女性に母の姿を垣間見ます。
しかし、女性は、
「自己否定」の生き方を選んでいるのであって、
男性の奴隷ではないと、
男女平等を訴えています。
 
と、同時に、
「自己を犠牲にしてまでも、
自分自身をより
高次の目的のために役立たせる」
というような、
ジャンヌダルク的な女性像も
理想として持っていました。
 
今回、新渡戸稲造のお話を聞いて
思ったのは、
大切な人の死別という
辛さがあったからこその
武士道であり、
母への想いがあったからこその
女性教育だったのかなと。
 
母もまた、
お父様、おじいさまのように、
立派でいなさいと、
離れて暮らす稲造を元気づける手紙を
送っていましたが、
やはり、ここにも、
大きな母の愛を感じたのです。
 
国を憂うる思いと、
母が子を憂うる思いは
同じこと。
憂いは愛からくるけれど、
その感情は、
全く同じではない。
愛は、欠点をも愛するが、
憂いとは、欠点があるがゆえに憂うる。
 
母が憂うるのは、
子を愛してるからこそ。
でも、
憂うるのではなく、
ただ愛したい。
そんな風にも思うのでした。
 
同じ歴史でも、
ひも解く人によって、
解釈は違うのかもしれない。
事実は同じでも、
そのとらえ方には正しいも
正しくないもない。
でも、
歴史から何を学ぶのかが大事なのかな、
そんなことも思うのでした。
 
そんなあいぼんの卒論が
読んでみたい!という方、
あいぼんの卒論が手に入りますよ!
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テーマ:
あいぼんこと平岡愛ちゃんが
十和田にある
新渡戸稲造記念館で
新渡戸稲造についての卒論発表会をするために
十和田にやってきた。
 
今回、
あいぼんがうちに泊って行ってくれたのだけど、
そのときの感想が
とてもうれしいものだった。
 
 

*感謝があふれすぎるとわたしは*

 

感謝があふれすぎると
わたしは独り言がふえるようだ。

感謝があふれすぎると
わたしは涙がでるようだ。


感謝があふれすぎると勝手にどんどん
全身全霊ありとあらゆるところから
「ありがとう」があふれてくるようだ。

 

「感謝のエネルギー」って最強すぎる。

 


新藤 幸子さんを通して
神戸のお母さんに対しての
「ありがとう」も溢れてきた。

お母さん、ほんまにすごいよ。
お母さん、まじでありがとう。


そして新藤家のみなさん、
本当にありがとうございます。

朝からしあわせすぎました。

 

 

*「ありがとう」に包まれて*

 

いつからやろう?

面と向かって素直に
「お母さんだいすき!」
と伝えられなくなったのは。


なぜやろう?

身近な人にほど「ありがとう」を
伝えることを忘れてしまうのは。

 

「あたりまえ」は「ありがたい」

普段「あたりまえ」だと思ってること。
それは全部キセキでしかないということ。

だからすべてに「ありがとう」

この世もあの世もどの世でも。
すべてのみんなに「ありがとう」

 

「あたりまえ」の大切なことを
思い出させてくれた新藤家に感謝です。

 

 

 

あいぼんに対して、

私は、母のような気持でいます。

大好きな友達であり、

かわいいかわいい

もう一人の子供です。

 

母というものは、

いつの時代も、

子どもに対して抱く思いは、

 

幸せになってもらいたいんです。

愛される人生を送ってほしい。

健康で元気でいてほしい。

食べるものに困らないでいてほしい。

 

だから、

苦労する姿を見たくなくて、

つい、いらなく口出ししちゃうこともある。

時には、強すぎる母の愛が

重く子供にのしかかり、

子どもを縛り付けちゃうことだってあるかもしれない。

「こうなったら幸せになれる」

っていう母の思い込みがあったりすると、

なおのこと。

そうやって、反発してしまうことも

あるかもしれない。

母が考える幸せ像と、

子どもの考える幸せ像がずれていると、

かみ合わなくなっちゃうのかもしれない。

 

でも、

忘れないでいてほしい。

母はただただ、

子どもに幸せになってほしいと

願っているだけ。

 

小さなころは、

母の愛は、

ストレートに子どもに向かい、

ストレートに母に帰ってくる。

でも、

「おかあさんだいすき」って、

素直に言ってくれる時期って、

結構短くて、感覚としては

低学年ぐらいまでかな~。

 

成長とともに、

そんなの恥ずかしくて言えなくなるのか、

母の愛があるのが

当たり前だと思ってしまうのか、

いつからか、言葉に出して

大好き、ありがとうって、

言われることもなくなってしまう。

 

ただ、

子どもがどんな態度だろうが、

実はいつでも、

母の愛は変わらずそこにある。

 

そして、私は、

みんなの母のようでありたいと

そう思っている。

 

いろんな方たちの

母のようでありたいと。

 

ここ(home)に戻れば、

変わらぬ母の愛がある。

心疲れた時に

ほっとぬくもりを感じられる

母の愛に気づかされる、

そんな場でありたい。

 

 

 

新渡戸稲造の言葉に

 

『to beというのは

to doというよりも

はるかに重んずべきものぞ。

汝、善なるべし、

しかして汝のなすところ

皆善なるべし』

 

「こうありたい」という思いは

「こうしたい」という思いよりも

ずっと尊重されるべきものだ。
まずは善人たれ、

そうすればあなたがする事は全て

善い事であるに違いないからだ。

 

皆さんは、

どうありたいですか?

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