ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その⑪

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今日はドイツを出発し、ベトナムに向かう日です。

朝はハムやチーズのある豪華なサンドイッチで朝食。早めに出発して駅へ。オレンジジュースでビタミンを補給。ICEは期待通り15分遅れ。

1時間ちょっとで空港に到着。駅から空港内部までがちょいと遠く道に迷います。

ざっと見ただけで500以上のチェックインカウンターがあり、空港の巨大さがわかります。また迷いました。

PCを通過し搭乗口の前でSC(セキュリティーチェック)です。
MP5(ピストルの弾を連射出来る小型機関銃)を持ちボディーアーマー(通称防弾チョッキ)を来た警官がいました。

警備体制が脆弱です。

武器を持ったまま飛行機の一歩手前まで行けるのならば、重武装した警察官が数人いても奇襲すれば簡単に倒せます。あとは人質を取って飛行機に駆け込めばハイジャック完了ですね。

テロを警戒するならSCが絶対に先です。武器を空港奥まで持ち込めるならば武装警官など何の意味もありません。日本でも・香港でもタイですらSCが先です。フランクフルト国際空港は警備体制が悪いとの烙印を押されました。

SCをくぐると待合室とキオスクがあります。500mlペット水が2.8ユーロ。ビールが5ユーロ。パンも高額だった。手持ちが無いので、ビールを買って、ノイバイ空港で買ったクッキーを食べて過ごします。

というわけで、ドイツは好感度マイナスのまま去る事になりました。
飛行機の搭乗率は103%でギュウギュウ詰めでした。
隣では50代男性と30代愛人がラブラブモードでしたので、気になって仕方なかったです。

ドイツ滞在費

ジャーマンレールパス 202ユーロ
その他交通費 66.6ユーロ
宿泊費 236ユーロ 7泊
メッセ入場料 20ユーロ
その他入場料 10ユーロ
寄付・大道芸 20ユーロ
食費・酒代等 225.4ユーロ (一日平均28.1ユーロ)
第三回ドイツオフ手出し US60ドル

総額 780ユーロ+US60ドル
残金20ユーロ

モシさんが食事代を出してくださったお陰で、とてつもなく安くあがりました。


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ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その⑩

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明日はドイツを出国し、ベトナムに移動する日です。

話はちょいと変わって、スーパーのレジ打ちの話。
ドイツ・オランダではレジ打ちのおばさんは、皆さん座っておられます。今まで、日本で何の疑問もなかったのですが、レジ打ちが立っていなければならない理由はどこにもありません。

しいて言うならば、「座ってレジ打ちをするのは、お客様に対して失礼だ」とかこのあたりでしょうか。

しかし、長時間立ったままで作業するのは、やる側にとっては非常につらいものです。(やった事はないので、想像)

サービス残業など過酷な労働を強いる「ブラック企業」の話が、よく友人の日記に出てきますが、立ってやるレジ打ちもブラックと呼んでいいと感じました。

日本でもレジ打ちは座ってやるという風習が根付く事を祈ります。
だって立ってる必要はどこにも無いんですから。
必要な時だけ立てばいいのではないでしょうか。

話がそれたついでに、ヨーロッパの物価で書き忘れていた内容をば。

ガソリンレギュラー 1.4ユーロ
赤ワイン 1.9~5ユーロ (テーブルワイン)700ccくらい入り。

アムステルダムから朝一番のICEでも飛行機に間に合うのですが、初日から故障し信用が無いのでデュッセルドルフまで戻り、なるだけ空港に近づいておきます。もちろん第三回ドイツオフのためでもあります。

アムステルダム駅は4a・4bなどとプラットホームの呼び名が少し変です。二階建てになっていて、区別の為かと思っていましたが、違いました。

同じホームにaとbがあります。どういう事かといいますと、駅は非常に長く一つのホームに2列車が同時に停車出来るというわけです。そんで、aはオランダ北部向け、bはドイツなど南向けの電車が停車するというわけです。

これは中々便利なシステムだと思いました。

それで、4bからフランクフルト行きの電車に乗るわけですが、タバコを吸っていると日本人のご一行様がいました。

話を聞くと、農業研修でオランダ視察に来たらしく、ついでに昨日は一致団結して飾り窓に行ってきたそうな。たぶん全員でというのは裏切り者が出ないようにする為でしょう。

ガイドさん付きのツアーなようで、ガイドさんがあれこれと案内していましたが、話をしていた一人が、「故障で電車が動かなくなったため、ホームが変更になったので、移動しましょう」と誘ってくださいました。

うわ、超危ねえ。危うく列車に乗れなくなるところでした。
7bに移動します。
それにしても故障しすぎだろ。

列車に乗り込むと、また日本人らしき女性がいました。

早速「日本人ですか?」と尋ねると「そうですよ」と返事が。

「デュッセルドルフまで行くのですが、テーブル席を確保しているんで、いっしょにどうですか?」と誘うと「OKと返事」

若い女性の一人旅なので、自己紹介しておいたほうがいいかなと思い、「福岡県の小倉から来ました」と言うと

「ええ?あたしも小倉出身ですよ」と推定年齢21歳の女性は答えます。

1/47かける1/5(福岡県人口比)くらいの確率をツモりました。

しばらく話をしていると、疲れているのか僕の口臭が嫌なのかわかりませんが、あまり話に乗ってこなくなったので、放っておきました。

検札が来て切符を見せると、オランダからの券が無いと言われました。行きは駅で事情を説明し24ユーロの代金を払いました。
帰りはアムス駅の切符売り場に行き、事情を説明すると、「この切符(ジャーマンレイルパス)なら追加を支払わなくていい」と言われたので、念を押して確認してから切符なしで列車に乗ったのでした。

なぜか31ユーロを支払いました。別にいいけどね。

ビールを飲み飲み2時間少々でデュッセルドルフに到着。21歳の女の子(推定)に別れを告げて、例の宿に向かいます。ついでなんで、寄り道をせずに最短ルートを通ると何分かかるか計測。24分でした。やはり15分では無理ですね。

途中路面電車と、高級そうなアウディーが衝突事故を起こしており、道路と線路は大混乱でした。電車を降りて駅に向かう群衆に逆らって歩きます。交通量が車・電車ともあれだけあれば事故も多いはずですなあ。

宿到着。スタッフはいなかったので暗証番号を押して中に入ります。ロービーの大型ソファーで寝て、スタッフを待ちます。

途中フランス人旅行者が来て、やはり入れなかったので鍵を開けて中に入れてあげました。

「ここはいい宿かい?」と聞くので

「清潔だけど、スタッフの態度が悪い」と答えておきました。

スタッフが来て受付をします。
僕もお願いしますと言ったら、「先客がいるだろ後にして」と言われます。(軽くブチっ)

僕の番になりましたが、フランス人に出していた椅子は引っこめて椅子をくれません。(二度目 ブチっ)
予約はしてない旨を伝えると端末を叩いて、「ああ今日は生憎一杯で予約が無いと泊まれないね。」

初日の親切なスタッフが、データの見方を教えてくれてましたから、空きが7-27ある事はわかっていました。

猛烈に腹が立ちましたが、怒るのがバカバカしくなり、別の宿に行くと言って出て行きました。途中さっきのフランス人が「なるほどね」と声をかけてきました。

当然ですが、宿でマナーの悪い事をした覚えは一切ありません。
アジア人はそんなに嫌いかよ。
ちなみに一番態度の悪いこのあんちゃんは、殴られたのか左目が少し閉じています。ついでに失明すればよかったのに。

サブで調べておいたホテルヨーロッパに向かいます。徒歩8分。
調べておいてよかったな~。

35ユーロもしましたが、2ベッドの広い部屋です。朝食にはジャムだけでなく、ハムもありましたし、牛乳とオレンジジュースもありました。

モシさんと連絡をとり、またしても迎えにきてくださることになりました。感謝!!

シャワーを浴びてゆっくりしてるとお迎えが到着。

行き先はビアホール。旧市街のほうのお店だったので、車を止めてしばし夜の街を案内していただきました。

ライン川の河川敷にもビアガーデンのようなものがありましたが、本日はお休みのようでした。

夜のライン川は多少雨が降ったせいか、水量が多く力強さと尊大さを感じました。

ビアホールではまた、わんこビールです。モシさんは車で来ているのと、明日もお仕事ということで、1-2杯しか飲まれませんでしたが、僕はジャブジャブ飲ませて頂きました。

ここで一緒に撮った写真が無いのが非常に残念です。次回は福岡でモツ鍋食べながら撮りましょう。

ちなみに店員さんに撮ってもらおうとしたら、カメラを持っていかれてしばし戻って来ず、店員さんらは自分達の写真を勝手に撮っていました。ドイツ流サービスだと思います。

韓国料理屋にしてもここにしても、日本人のお客さんがいて、何やら仕事の話をしていました。この街は本当に日本人が多いです。

この日は第三回ドイツオフ回ということもあり、投資話とは別の話題で盛り上がりました。

その話題とはドイツ鉄道の遅れについてです。

僕は

①鉄道が遅れた場合のダイヤ再編成プログラムがしっかりしているから、15~20分遅れで済んでいるのではないか?という主張。

モシさんは

②そのようなプログラムが無いから15分以上も遅れたままではないのか?という主張。

結論は出ませんでしたが、そういう話で盛り上がりました。

前回・前々回と食事代はご馳走になっていたので、ここは僕が支払いますとカードを出したのですが(ユーロはほぼ残っていなかった)カードが使えないということで、支払いはまたしてもモシさんにしていただきました。あまりにも申し訳ないので、米ドルを少し出しておきました。モツ鍋は僕がご馳走しますので・・・・。

というわけで、次回は福岡でお会いしましょうと約束し、第三回ドイツオフ回は閉幕したのでした。お疲れ様でした。

ホテルに戻ると、出掛けに1cmほどチャックを開けていた薬入れのポシェットのチャックが全閉になっていました。

薬入れには日本に持ち帰る為のコイン類が入っていて、1ユーロ玉2枚、2ユーロ玉2枚を確認して出てきました。その他コイン多数。

確認してみると1ユーロ玉1枚と2ユーロ玉1枚が無くなっていました。

被害総額3ユーロ。

こんな面倒な事をなぜやったかと言えば、高校時代の世界史の先生が、イタリアで留守中に現金だけをホテルで抜き取られたので、注意するよう言われていたからです。

世界史の赤沢先生ありがとう。(戸畑高校)

ホテルの従業員が合鍵で侵入したのでしょう。

現金は全て持ち歩く派なんですが、襲われると全て失ってしまいますし、どっちがいいのかはわかりませんね。

というわけで、ドイツのホテルで盗難事件にあったのでした。

続く。
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ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その⑨

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宿に戻ると開いてました。

早速チェックインし、二泊分の宿代60ユーロを払います。

「日本人がひとりいるけどその部屋でいい?」

と聞かれたので「その部屋がいい」とお返事しました。

部屋にいた日本人に福岡から来た事を告げると、僕も福岡です、第一経済大学を卒業したばかりです。と

またしても1/47をツモりました。やるぜ九州男児!

就職先が無かったらしく、スロットで稼いだお金で二ヶ月ほどヨーロッパを旅しているそうです。オランダ合法の怪しげなタバコをプカプカやっているので、返事の速度が遅く少し反応が鈍いです。

日本語以外は、英語も殆どしゃべれないと言っていましたが、旅は何とかなるという理論で旅してると言ってました。この後はパリに戻り鉄道でロンドンに向かい、友人に会った後アイスランドに行くということで、さすがにアイスランドは羨ましく思いました。

晩御飯は、中華ならハズレが無いだろうとホテルの近所の中華料理屋に行き、チャーハンと麻婆豆腐(二人でわけた)ビール二本でひとり25ユーロ。ちょっと贅沢しすぎでした。味はオランダなら十分すぎるほど美味しかったです。

それから、天気のいい内に飾り窓をということで、見学に行きました。

飾り窓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%BE%E3%82%8A%E7%AA%93

女性の観光客も多く、中々賑わっていました。僕は結婚して子作りが終わるまでは、お遊びはしない事にしているので老後なってから行ってみたいと思います。

部屋に戻ると同僚君はまたまた怪しげなタバコを吸い、僕は室内の同じ空気を吸っていましたが、やはり直接吸わないと効果は無いようで何も変りませんでした。ビールと赤ワインで乾杯して就寝です。


翌日はオーナーでもある大阪出身の女性が朝ごはんを作ってくださり、美味しくいただきました。身なりのいいオーナーは「小マダム」といった雰囲気で、思った事をズバズバとおっしゃる、みかけよりずっと豪快な方でした。

ホテル my home

http://plaza.rakuten.co.jp/hotelmyhome/

とても親切な方で、色々とアムステルダム情報を教えてくださいました。やはりオランダの合法タバコ政策により、年中を通して宿泊客は絶えることが無いそうです。

売りに出ているホテルなど無いか街を歩きながら不動産屋を探してみましたが、見つかりませんでした。

宿泊客に困らないならば、経営計画も立て易いのですが、オランダは付加価値税(消費税みたいなの)だけで19%あり近いうちに北欧並みの25%に上がると予想されているそうです。「そんなに儲かるもんじゃないわよ」とおっしゃってました。

この日も町歩きをして、セックスミュージアムなどを見学し、半日はビールでまったりしていました。動画を撮ってきましたが、出来損ないのお化け屋敷みたいな物なので、UPするか悩み中。

カルロスさんからアムステルダムで、美味しいレストランを探してくるよう使命を与えられていたので、オーナーに聞いてみたところ、飾り窓地区にある 「南記 ナムキー」というお店が一番だと聞いて晩御飯に出かけます。このあたりは中華街になっていました。

途中アコーディオンオルガンを弾く少女がいましたので、動画撮影後ポケットの小銭を放り込むと、「もっとお金をちょうだい」と言われたので、ちょっとしらけてしまいました。

この場合は、「ありがとう。もう少しくれたらもう一曲すごいのを弾くわ」とか言えば盛り上がるのになあと思いました。



僕はエビチャーハンとビールで17ユーロ。味付けが薄かったので、備え付けの醤油を少々たらすとベリグーな味になりました。

オランダでの美味しい食事理論をまとめるならば、最終的な味付けは各自好みでやって仕上げる必要がある。ということにしておきます。

そして宿に戻り、ビールとワインとウイスキーの残りで宴会をして寝ました。

今日は手抜き。w
続く


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ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その⑧

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昨日は戦車博物館を堪能し、ブリーメンの夜を堪能しました。
ホットドック系ではブリーメンに最高賞を贈ります。

話変わってタバコの話。

おとといくらいにマルボロひと箱4.6ユーロというお話を書きました。
旅の途中で出会ったベルリン在住のお兄ちゃんに聞いたのですが、いわゆる日本のタバコというのはヨーロッパでは「シガレット」と呼ばれているそうで、タバコと言えば袋や缶にお茶葉のように入った物が出て来るそうです。

それをタバコ巻き機または、自分の手で巻いてフィルターを着けて吸うそうです。自分で巻くとシガレットの数分の一でタバコが吸えるそうです。(目の前で巻いて吸ってました)

つまり政治家は日本のタバコと西洋のシガレットを比較して、値段が安いの高いの云々言ってるわけで、葉っぱの量り売りをせずにタバコの税金を上げるのはいかがなものかと思う。

葉っぱの状態で売ってくれれば、僕は自分でタバコを巻いて吸います。

日本の政治家が知ってやっているのか?知らずに言ってるのかは判断出来ませんが、「西洋と同じレベルの」と言うのであれば、条件も同じにしてもらいたいですな。


話戻って、今日はアムステルダムに移動です。

ブレーメンからデュイスブルグへ 7時44分発 10時10分着 EC101

デュイスブルグからアムステルダム 11時26分発13時25分着 ICE126

ECは上から2番目の速度ですが、この区間はICEと変らない時間で移動できます。

検札の怖いおっさんも来るのですが、このときrjoyさんが言ってた、DB(ドイツ鉄道)のネエネエの意味がわかりました。

日本では検札も、乗り越し切符も車掌の担当なんですが、DBでは乗り越し・乗り換え切符専門で販売するお姉さんがいました。
どの人も若い女の子でした。

デュイスブルグでは乗り換え待ちの時間が長いので、駅の両側に出てみて、さらに駅内を探索です。

モバイルショップに行って、なぜか通話出来ないと携帯を見せると、残高が足りないんだよ。と言われました。

つまり僕がシムを買った時はシムと残り1セントの状態で買ったわけで、通話料のクレジットは別売りなのでした。15ユーロ払ってチャージしてもらいました。

これでやっとデュッセルドルフさんと連絡取れるなあ。

後日通話してみたのですが、ドイツ国内の通話で、2分1.7ユーロくらい。日本にかけたときは全て一分以内で2ユーロでした。

東南アジアほどお得な安さではないですが、日本の携帯の約1/3で済みました。

ちなみにボーダフォンでは「*100#」 を押して発信すると、残高が無料で表示されます。

ツーリストは空港で売っているツーリスト向けシムを買ったほうがいいかも知れません。

駅内で新しい具材を発見!ただちに買い付けます。
今回はカツレツをフランスパンに挟んだものです。
言い忘れていましたが、日本のフランスパンと違い、モッチリして噛み切れないとうな生地ではなく、サクサク・パリパリと噛み切れる生地です。日本もこのタイプを使えばいいのになあと思う。
きっと在日ドイツ人も同じ事を考えていると思います。

カツレツサンドは予想に反しました。水分が足りないので、口の中がパサパサです。持っていた「トマトマーク」(トマトを歯磨き粉のような状態にしたもの)で誤魔化して食べました。

ちなみにトマトマークを買う時、トマトケチャップとどっちを買うか悩みましたが、ケチャップは瓶入りの大型で重量のかさむものが多く、しかたなく軽量のトマトマークにしたのでした。旅行用小型チューブ入りトマトケチャップが欲しい。

ICEの隣に座ったお兄さんは、ドイツ人でフリーの映像カメラマンでした。英語で会話しました。親切なこのお兄さん、オランダ国内に入ると、初ヨーロッパの僕に「ほらオランダ国内に入ったよ。見てごらん、車のナンバープレートが黄色だから」と教えてくださいます。

なるほど、オランダは黄色だ。

それにしてもこのICEは実に遅い。200kmを2時間もかかるなんて、九州の特急にちりんのほうがよっぽど速いんじゃないか?

オスナーブリュックとブリーメンの間は約100kmで、車内の速度計は250kmとかって表示されてるけど、途中停車無しで1時間かかった。速度計は見栄を張って+100kmくらいしている気がします。 (行き)

アムステルダムに到着。

この街すごいなあ。魔女の宅急便そのままだし。黒猫がいまにもしゃべりだしそうです。アムス駅はどうやら東京駅のモデルになったようで、ほぼ同じような形をしています。

まずは宿に荷物を置きに行きます。
しかし、宿は閉まってる。
深圳の町でホテルが改装中だった悪夢がよみがえります。
しばらく座っていると、親切なフランス人が「そこのホテルは夕方6時にならないと開かないよ」

そ、そうなのか!ありがとうシュルブプレ。

しかたないので宿の近所のコーヒショップに観光に出かけます。
重い荷物を持って。

ビールを注文して隣のアメリカ人老夫婦とお話をします。
この夫婦、かわるがわるマリファナを美味しそうに吸っていました。

「日本でも買えるのかい?」と聞くので

「多分買えるよ、でも刑罰がとても重い」「アメリカでは?」

「買えるよ、でも見つかると捕まる」

そんな話をしていると、入り口にタムロしていたちびっ子ギャングが(年齢20歳前後)口論を始めました。

「お前ら俺らの縄張りで何やってんだ」みたいな雰囲気です。

アメリカ人老夫婦はビビリあがってしまい、「私たちはホテルに戻るわ!巻き添えを食うわよ。あなたもホテルに戻ったほうがいいわ」

さすが銃フリーのアメリカ人、危険を察知するや否や速攻で退散します。僕も店を出ます。

ところでオランダって銃社会でしたっけ?

続く。

ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その⑦

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昨日は宿に戻ったら、リビングで美女軍団3人と、アルゼンチン・チリのおじさんらがまだ話しこんでいた。

一番積極的なロシアン嬢が、ジョニーも参加しなさいとおっしゃるので、隠し持っていたバーボンを持って参加した。

ジョニーはだいたい何歳なんだという話になり、いくつに見えるか?という英語が咄嗟に出ず、身振りでいくつに見えるかやってみると、23歳とか25歳とか27歳という意見が出た。

なるほど、東洋人は若く見えると言うのは本当のようだ。

「で、いくつなんだよ」とおっさん張りの声の調子で聞いてくる。
かなり酒がまわっていますなあ。

しかたなく「それは軍のトップシークレットなんだ」といえば大爆笑!

「教えたら君らを殺さなくてはならない」(映画トップガンより)

といえば、転がってさらに大爆笑。お酒のお陰ですな。

この後は酔っ払いオヤジ化したロシアン美女軍団に、しばしいじめられながら過ごしたのでした。

というわけで、日が変わって訪欧でオフ会に次ぐ第二の目的である、「ムンスター戦車博物館」に向かいます。

さすがにこのハイスペースで日記を書くのはきついので、今日の分は動画で楽をしようと思っていましたが、結構書くことがあるなあ。

朝早くICEでまずブレーメンに向かいます。
7時半に出て、10時14分ブレーメン着

11時にブレーメンから快速で出て、12時21分にムンスター駅到着

乗り換えの最も少ない便を選びました。それにしても5時間・・・

列車の旅は結構好きです。ICEの座席は向きが固定されており、日本のJRのように席の向きを変えることが出来ません。実に不便です。

途中、エッセン・ドルトムント・ミュンスター(ムンスターではない)・オスナーブリュックなどに停車しました。ドルトムントでは駅前で大きな開発事業が行われているらしく、かなりの数の建設クレーンが動いていました。

ドイツの鉄道は15分ほどよく遅れると書きましたが、原因がわかりました。まず、大陸の町は日本と違って網の目上に点々と存在します。日本のように大都市を直線で結ぶ事は出来ません。

それから、恐らく洪水対策なんでしょうが、線路が5mほど盛り土した上にあります。しかも単線です。鈍行を追い越す際は田舎駅で複線化してある部分で行われます。

どこか一箇所で故障や事故があると、玉突き式に列車が遅れてしまうのです。

戦争映画でアメリカの司令官が「お、ドイツの攻撃が始まったようだな。(砲弾の炸裂音を聞いて)」別の指令官「それじゃあ今がちょうど3時だ」というシーンがあるほど時間に正確なドイツ人。しかし、構造的欠陥によって列車が遅れてしまう。

日本なら間違いなく「時間を守る為に複線化じゃ」となるでしょうね。

鉄道オタク談義は終わりにして、ムンスター駅到着。
アイフォンで撮影した地図で歩いて博物館に向かいます。
15分で到着。

意外にも、オタクだらけと思っていた博物館は、一般の人が多数いて、カップルも多く、あちこちでチューしてます。

戦車オタクは殆どいないとおもいますが、ユーチューブにアップした動画をどうぞ。二枚持って行った生き残りのほうのメモリーカードのものです。

第二次大戦のものだけでなく、現代のレオパルド2やゲパルト・MLRS、なぜかメルカバなども展示してありました。最後のはキングタイガーだけで撮影しました。


http://www.youtube.com/watch?v=rw8UOKi4M3Y

http://www.youtube.com/watch?v=59IurlYfaJE

http://www.youtube.com/watch?v=ym3uHxI4jjg

http://www.youtube.com/watch?v=H1OL0-QhfjM

http://www.youtube.com/watch?v=i87lB2-ClP0

http://www.youtube.com/watch?v=GShQz9QqejQ

http://www.youtube.com/watch?v=E6GFfcbvmsM

http://www.youtube.com/watch?v=TwSQfK_kSlg

一回目はじっくりと見て周り、二回目はどう撮影するか考えながら見て周り、三回目でカメラを回しました。戦車博物館は動画で嫌になったでしょうから、博物館の話は端折ります。

駅までの帰り道は別のルートを歩いたのですが、綺麗なアパートが立ち並んでいました。結構空室があるようです。大家の悩みはどこも一緒のようですなあ。

本来はムンスターに一泊して(ホテルで35ユーロ程度と安い)ゆっくりしようと思っていたのですが、デュッセルドルフ滞在が一日延びたのと、翌日曜日は鉄道の本数が激減するので、朝一番に出ても、次の目的地アムステルダムに到着するのが夕方になってしまうので、大都市ブレーメンまで戻り一泊する事にしました。

宿はデュッセの宿にあったバッパー宿の小冊子で選びました。連日2万歩の大行進で疲れていたので、個室49ユーロにしました。高いですが、非常に綺麗でゆっくりする事が出来、疲れもリセットされたのでした。

今回の旅行はダメコン(ダメージコントロール・要は健康管理ね)がしっかりと出来ました。病気や腹痛など気を使ったので、快適に旅をすることが出来ました。病気になったら何もできませんからね。

予定変更で泊まったこの街「ブレーメン」は、大当たりでした。
夜に街を散策したのですが、大きな教会・素晴らしい街並みと電飾(といっても窓の明りが多いだけ)と夜という条件が重なり、ファンタジックな気分てんこ盛りです。ドイツに行かれる方は、是非ブレーメンにお立ち寄りください。夜が最高ですよ。煉瓦造りの建物の味わいがなんとも言えません。

ちなみにブレーメンは地元の人の発音だと「ブリーメン」です。ブレーメンでは通じないかも知れません。

ブリーメンはあちこちにフランクフルト+小型フランスパンのお店や屋台があり、もちろん食べました。盛んなだけあって、この組み合わせ最高の味でした。

長いので続く。

不動産競売サポートビジネスを始めました。

テーマ:
引退して1年。
金持ち父さんの言うとおり1年休みました。

これからは特技である不動産競売の経験と知識を生かして、人の資産構築に助力していきたいと考えています。

専用ページはこちら。

http://ameblo.jp/keibaimaster/

現在受注が多く、注文の内容によっては順番待ちになります。

ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その⑥

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ドイツの物価を少々

当時のレート 1ユーロ=113円 (空港両替は120円)

キヨスク・雑貨店など一般価格

ミネラルウォーター 500ml 1.2ユーロ (空港内2.4~2.8ユーロ)
ビール 500ml 1.5ユーロ
ピザパン 15×20cm程 2.2~2.8ユーロ
ニワトリ丸ごと 6ユーロ
トマト中 6個 2ユーロ
じゃがいも・タマネギ 7~8kg 2~3ユーロ
フルーツジュース 1L 1~3ユーロ
タバコ マルボロ一箱 4.6ユーロ
牛乳 1L 1.5~2ユーロ
卵 忘れた
電車代 日本の3~4割り増しくらい
フランスパン 大 1~1.2ユーロ (安いね)

ディスカウントショップ

ビール 500ml 0.7~0.9ユーロ
水 1L 0.7~0.8ユーロ
フランスパン 小 0.3ユーロ
タバコ 売ってなかった
ポテチ ぎっしり入って 0.8ユーロ

日本食の定食 10ユーロくらい(デュッセルドルフ 加賀屋にて)


朝起きて、食堂で朝食。具材は持たないので、パンとジャム。ピーナツバターって美味しいね。ソーセージ状のビニールフィルムに入っているレバーペーストのようなものもあって、生で食べられるのか観察していると、皆さん生で食べているようなので、真似して食べてみる。パンに塗ってね。

うまいじゃん。日本では食べている人を見かけないのはなぜなんだろうな~。昨日のお姉さんとちょいと話をする。どこかに出かけるそうな。

昨日のあまりのビールを飲みながら、今日はまったり過ごすかなあとぼんやりしながら地球の歩き方を見ていると、ウッパタールを思い出した。

ウッパタールは地名で、高架の吊り下げ式モノレールのある街だ。
子供の頃に読んだ、「世界の電車大百科」にでてきていたやつで、「いつか乗ってやる」と思っていたものが、電車で20分の所にある。

「行くか!」と予定を変更し、お昼前に宿を出る。この日の夜はモシさんと第二回ドイツオフ回の予定だが、近いので帰ってくるのに支障は無いだろう。

DB

http://reiseauskunft.bahn.de/bin/query.exe/en?datesel=custom

をアイフォンでチェックするといい時間に快速がある。
アイフォン便利だなあ。

電車で20分も走れば、違う料理もあるかもと、デュッセルドルフ中央駅では調理パンをあえて買わなかった。

快速はどこにも停車せずにウッパタール駅に到着。20分走りっぱなしだからけっこうな距離を走ったと思う。片道4.5ユーロ。

ホームから地下に降りて、長い連絡通路の中に、ついに発見!フランクフルト屋さんだ。小型フランスパンにソーセージを挟んだだけというシンプル仕様。もちろん買いましたとも。2.5ユーロ。

アイフォンで撮った写真があるんだけど、方式の違いでUPできません。おいら本当にPCが弱い。方式変換どうやるんだろ。

うましうましと食べながら持参したペットボトル水で流し込む。
やはりドイツのソーセージにハズレはない。

長い連絡通路を抜けると、そこはモノレールの駅だった。なんと言う名前かしりませんが、このモノレール1900年創業らしい。どんだけ古いねん?

ドイツの鉄道系には改札というのが無くて、その代わりに車掌がしょっちゅう検札にくるらしい。切符無しで乗っていると問答無用に数倍の罰金を科せられるというので、まずは切符を買わなくてはいけない。

しかし買い方は複雑で、旅行者の僕にわかるはずもない。超困った。

しばらく悩んでいると「きゃん あい へるぷ ゆー」と親切なお声がかかった。

振り向くとそこには美少女(推定年齢17歳)が立っていた。切符の買い方が分からない旨を告げると、お互いたどたどしい英会話でやりとりの後、なんとか切符を買う事が出来た。

「どうしてそんなに親切にしてくれるのか?」と尋ねたら
「私はピアノを習っていて、先生は~まりこ(苗字は聞き取れなかった)さんで、日本人を見かけたら親切にしてあげてね」といわれているらしい。

まりこ~~~~!あんた偉いよ!超素晴らしいよ。
音楽は心を癒すと言うけれど、音楽で人助けまでやってしまうなんて偉大すぎるよ!

この瞬間ジョニーが選ぶ、世界で有名な日本人ランキング1位にまりこ先生が選ばれました。パチパチ!

デュッセルドルフか、ウッパタールその周辺に住むまりこ先生ありがとう。

そして、この美少女の英雄的活躍により、逆転満塁さよならメガトンホームランで、ドイツの好感度+無限%あ~~っぷ。

しかし最高は+100ポイントなので、+100ポイント。
(もちろん彼女が美少女だったからではない。おばあさんでも+198ポイントあげてましたよ)

思い出 プライスレス 出会いっていいよね。お金じゃ買えないもん。

そしてついに少年時代の心に戻ったジョニーは興奮度200%でモノレールに乗ったのでした。一回1.3ユーロ。

このモノレール、なんと川の上を走ります。もう少し言えば、川の上が線路になっています。川の両岸から三角形に鉄骨を組んで、進行方向にレールの柱を取り付けてあります。

ゆえに見晴らし最高です。(ちょっと怖いけど)
土地代の高い町は川の上に鉄道を引くといいですね。

説明じゃわかんないだろうから動画をば。

1分30秒目くらいからがわかりやすいです。

http://www.youtube.com/watch?v=dhsB0MtplD0

5駅ほど乗って、なんとかマーケットという名の駅で降ります。
マーケットというだけあって、お店が沢山あります。小雨が降ってきましたが、ブラブラと歩きます。デパートに入り、ベトナムのお師匠さんの家族へのお土産を買いました。

トップモデルというブランド名の日記帳(娘さん用)気に入ってくれたらしい
日本とちょっと違うトランプ(息子さん用)
もうちょっと買いたかったが、珍しいものが無かった。
日本で有名なおもちゃ「黒髭危機一髪」はドイツでは黒髭ではなく、熊のプーさんだったのは新鮮でした。w

そしてここにもいい場所にはマクドナルドが・・・・ドイツには必要ないと思う。セットが4ユーロくらい。

ドイツの多少田舎町を堪能して帰路についたのでした。
ちなみにウッパタール駅周辺も探索しました。

宿に戻ると何だか騒々しい。
昨日から泊まっているロシア人の美女軍団が食堂でワーキャー騒いでいる。

声をかけるのもなんなので、部屋からビールを持ち出して、リビングでチビチビやりながらモシさんからの連絡を待つことにした。

リビングにいたアルゼンチン人のおじさんが話しかけてくる。えっ?スペイン語話せないの?じゃあ英語でと会話する。ドイツでプラスチック製品の見本市があるので、来ているそうな。
デュッセルドルフやフランクフルトではメッセと言われる見本市が多いそうな。

おじさん曰く「世界中でもっとも話されているのはスペイン語だ。君も英語なんて勉強しないで、スペイン語を勉強しなさい」ですと。

そうなのか?

そうこうしていたら、ロシアン美女軍団と連れの少数ロシアンボーイが流れ込んできた。

当然話しかけられる。英語だ。ほろ酔いお姉ちゃんらは、女子大生と女子高生のグループで、2週間ヨーロッパを旅行しているそうな。

そこに韓国人のお姉さんと(僕が日本人だと知ると、その後一切話しかけてこなかった)、チリ人のおじさんが入ってきて、会話がはずむ。5カ国の人間が共用するのは英語だ。

ロシア人が英語を話すのはとても奇妙な気がしました。
聞けば、モスクワでは英語を教える学校が多数あるらしい。
ドイツ語もあるらしい。フランス語もあるにはあるらしい。

「日本語は?」と聞けば「残念だけど、聞いたことが無い」という答えが・・・・残念。そうすると元アルジゲート証券社長のイリーナさんは実に偉いと思ったりする。きっとウラジオストックならば、日本と近いので日本語学校があるはずだ。モスクワはヨーロッパのお隣だしなあ。

そうすると、ロシアという国は日本と国境があり、しかもヨーロッパとも国境があるわけで、実に大きい国なのだと知識ではなく実感したのであった。(よく考えるとアメリカとも国境がある)

美女軍団数人は日本に興味があるらしく、色々と質問を受けた。そこで、「日本に来てみたい?」と聞けば「う~ん、特には」という返事が。やはり日本は極東・・・遠い国のお話のようだ。

しばらく世間話をして皆さんお出かけになります。「今からパーティーをやるの。ジョニーさんも一緒にいきましょうよ」と僕的好み度2位の女の子が誘ってくれます。

ロシア好感度 +50ポイント (番外編)

しかし僕はモシさんと先約があるので、「ごめんなさい。友達を待っているので行けないんだ」と断ります。「じゃあ、またいつかね」と出かけて行きました。こんなおっさんも誘ってくれるなんて、優しい人たちです。

その後モシさんが迎えに来てくださって、同じビルの上の階の商社に勤めていらっしゃるYさん、それにデュッセルドルフ駐在の方々で韓国料理を食べに行きました。

Yさんの勤めている商社は、なんと300年以上の歴史があるというものすごい商社でした。

http://www.mikisangyo.co.jp/corporate/index.html

商社を目指すジョニーとしては色々と教えて頂きたかったのですが、一回くらいの飲み会では中々時間が足りませんね。

モシさんが海外投資をやられているのを初めて知ったらしく、モシさんの話に興味深く耳をかたむけていました。

モシさんが、ショートだロングだオプションだ、と話をするともう全く宇宙語ですねという顔をしていたのが面白かったです。

この日も盛り上がりまくっての第二回ドイツオフ回でした。

ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その⑤

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朝はゆっくりしようと思ってましたが、早く目が覚めてしまいまずシャワーを浴びます。

朝食の時間になったので、食堂にいくとパンとジャム類が置いてありました。

昨日の豪華夕食の残りを持って帰っていたので、レンジでチンしてパンに挟んで食べました。豪華な朝食を見ていた白人男性にもすすめると喜んで食べていました。

天気はあまり良いとは言えず、ヨーロッパ特有の鉛色の低い雲が重々しく頭の上に広がっていました。日本ではこういう雲は、もうすぐ雨が降る前触れですが、ヨーロッパでは降りそうで降らない天気が続きます。

さてと、大好きな街歩きに出発です。宿を出てまずボーダフォンショップに向かい、新しいシムカードを購入。なぜか5枚も渡されて困惑です。カードを入れてボーダフォンの電波が入るのを確認して外に出ます。

適当に電車どおりを歩きながら、Tシャツ屋や古コイン屋のショーウィンドーを覗きつつ、日本人通りのインマーマン通りに出ます。

日本人通りというだけあって、日本食屋や日本語が目立ちます。
地球の歩き方2007~2008にはしっかりと書いてある「三越」は既に閉店していて、ホテルニッコー関係の事務所になっていました。

そういえばフランクフルト支店も閉まっていました。ちょいと悲しいです。中央駅まで戻り、観光ガイドに一切出てこない駅裏に行って見ると、そこは公的機関や図書館、公園に住居となっていました。

いかにもヨーロッパ的な半公園風通りを歩くと「ああ、ヨーロッパにいるんだなあ」と感じます。「お~シャンゼリーゼー~」ドイツだけどね。そんな歌が頭の中で鳴り響きます。

再度インマーマン通りに出て、突き当りまで行くと、そこはデュッセルドルフの商業中心地です。デパートがあります。

ちなみにここの突き当たりは高架の道路の始まりなんですが、その支柱の細さと言ったらもう「激細」です。こんなので2車線の道路を支えていいものか?と思いました。

しかもこの支柱の形状は三角形で上に行くほど細くなっています。どんな神経で設計したのだろうか?

そしてふと阪神淡路大震災で倒壊した高速道路を思い出しました。あの当時ニュースか特番の解説で、「25年前のドイツの最新式建築手法で建てられた」と解説がありました。

しかしよく考えてみれば、ドイツって地震の無い国じゃないですか。そんな国の最新建築手法なんて、何の効果も期待できないのではないか?と思いました。

デパートのシャドー・アルカーデンは買い物客で賑わっていました。地下のフードコートに行けば色々なレストランがありました。その中の一軒、安の字を○で囲んだ推定店名「マルヤス」のショウウィンドーに奇妙な文字が・・・。

「鮪定食」 まぐろていしょく

しかし、料理サンプルはどう見ても「しょうが焼き定食」です。思わず写真に撮りましたが、写真はご存知の通りありません。モシさんお願いします。

一階に金物屋があるんですが、綺麗な白で統一された店内は非常にオシャレでした。「オシャレな金物屋」なんて日本には絶対に無い気がします。

デパートを出て少し西に行くと有名な「ケーニッヒスアレー」に出ます。ケーニッヒスアレーとは、長い堀沿いに公園とブランド品店が並ぶ、かなりヨーロッパ的でオシャレな市民の憩いの場です。

ケーニッヒスアレーから宿は近いので、パン屋を探しながらあるいたのですが、あれだけあったパン屋は帰り道には無く、パン屋を探しているうちに宿に着いてしまい、さらに捜し歩くハメになりました。

運よくディスカウントショップを見つけ買い物をします。ビールとツマミを探します。小型のフランスパンも買いました。生ハムみたいなのが沢山安く売っているのですが、「ナマで食べられるのかわからず」相当に悩みましたが、長旅でもありおなかを壊してはいけないと考え、ポテチみたいなのにしました。

ディスカウント店ではさすがにビールが安く500mlで0.7~0.9ユーロでした。

宿に帰ってビールを飲み飲みまったりしていると、大きなバックパックを背負った日本人らしき女性(推定年齢38歳)が現れたので、すかさず「日本人ですか?」と聞けば「そうですよ」と。やったね。

彼女はまず買い物に行きたいというので、僕が行ったのと逆方向のディスカウントショップに行きました。

こっちのほうが超近い。

宿に戻って彼女はシリアル、僕は昨晩の残りをフランスパンに挟んで一緒に食事をします。

彼女の話を聞けば、なんと、何と!?

日本を出て500日に近い超ベテランのバックパッカーでした。
やったね。安宿万歳!バッパー宿に泊まった甲斐がありました。

ところがお互いに自己紹介をしているうちに、僕が不動産で食ってる事に異常に興味を持ったらしく、延々と質問攻めに合うのでした。

お陰で彼女の旅行話はあまり聞けませんでした。

彼女は元旅行代理店に勤めていて、貯めたお金で世界一周旅行に出たとのこと。最近多いワンワールドチケットではなく、個別にチケットを買って旅してるという事でした。

南アフリカのケープタウンから旅を始めて、アフリカ東海岸をずーっと北上してきたそうな。僕は思わず、「危なくないですか?マラリア大丈夫でしたか?」と聞いたのですが、

「いや~、こっちが拍子抜けするほど観光地化されていて、びっくりしましたよ。女性一人でも全然平気です」と。

う~ん。世の中はどんどん進んでいるもんだなあ。アフリカが安全ならもう世界中どこでも安全なんじゃないか?と思いながらもにわかには信じられない話でした。

彼女はその後ヨーロッパを周り、北米南米に行き、ヨーロッパに戻り、なぜか南米が懐かしくなりもう一度南米に行き、またヨーロッパに戻ってきたそうです。このペースでいくと日本に戻るのはあと2年はかかりそうです。

それにしても、一度も日本に戻らずに500日ってのはものすごいですね。大阪出身で、名前は聞くのを忘れました。

この日も2万歩ほど歩いて疲れていたので、ビールのアルコール君も手伝ってくれてスヤスヤと眠れたのでした。

ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その④

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パンの話ばかりになっていますが、元々この旅行はノリと勢いで始まっていて、極貧旅行必至だったわけで、安上がりな調理パン系食事にどうしても気がいってしまいます。

中央駅を出発して今日と明日の宿バックパッカーズドデュッセルドルフに向かいます。

説明によれば駅徒歩15分とあります。
迷いながら進み45分で到着。

グーグルマップをアイフォンの画面写真機能で呼び出して、プリントアウトした地図も持っていったのですが、ちょいと迷いました。アイフォン大活躍。

グーグルマップは日本国内の出来はいいですが、外国のはそうでもない気がします。縮尺が多少おかしい気がします。

到着後説明を受けてチェックイン。「オランダを周ってから戻ってくるんんだけど、8日9日あたりは部屋は空いてますか?」と聞くと、この宿一番の親切な若者が、予約リストと表の見方を教えてくれました。

「大丈夫20人以上空いているから心配ない。今予約しとく?」

と聞くので、

「空いてるなら、直接来ます。予定は流動的だし」と答えておいた。

「他に日本人は泊まってる?」

端末を叩いて国籍をチェックしてくれます。

「今日はいないけど、明日とあさってはいるよ」

出会いが楽しみだなあ。

さて、いよいよ三年越しのモシラガーさんと初対面です。
モシさんは自家用車でお迎えにきてくださいました。

初めてだというのに、機知の仲のようにお話をします。
だって、ず~っとメールでやりとりしてたんだから、もうお互いの事は大概知ってます。

オフ会会場は地ビール工場の経営する(多分)ビアホール、料理はもちろん地元のビールにドイツ名物ソーセージ。それに豚のすね煮込み揚げのような料理です。

見た感じ・・・・デカっ!
モシさん曰く「ドイツ人はばあさんでも一人でペロリとたいらげるから驚きですよ」と。

やはりドイツ人は大食いだなあ。w

ソーセージは日本ではあまり見かけない「血」を使った物などもあり、これがもうむちゃむちゃうまい。目からウロコのうまさです。

今まで食べていたのは何だったんだろうか?

ドイツ好感度 +30ポイント トータル -70ポイント

赤ウインナーしか食べた事が無い人が、メーカーブランドの「シャウエッセン」とか「アルトバイエルン」を食べた時のような衝撃です。

ドイツに行く人は是非食べて欲しいです。人生観が変りますよ。

料理を食べながら、お互いの投資話に花が咲きます。
成功した話。失敗した話。悔やまれる話などなど。

モシさん、ヨーロッパで孤高の投資家だけあって、ヨーロッパの経済事情に超詳しいです。銀行の体力が限界に近いこと、政府の債務の問題など次から次に情報を教えてくださいます。

またいち投資家として、会社に勤めながらやる投資の限界なども感じていらっしゃるようでした。不動産だけで食えるジョニーさんが羨ましいともおっしゃっていましたが、海外支社をもつような企業で働けるモシさんのほうがずっと羨ましいですよね。

ビアホールは「わんこビール方式」です。
200ccくらいのグラスのビールが減ると、ボーイが勝手にビールを持ってきて、新しいグラスを置いていきます。

デュッセルドルフのビールは「アルト」と呼ばれる種類のもので、色は少し黒いです。味はイギリスの「ギネスビール」を少し薄くしたような感じで、これもまた「まいう~」です。10杯くらい飲んだかな。

ドイツのソーセージは日持ちしないそうで、それだけいい材料を使っているのでしょう。

チェーン店にしてやれば、新しい物好きの日本人の間で繁盛するのは間違いなしですね。体力が付いたら是非やりたいです。

ドイツ人は豚肉が大好きなようで、豚肉の調理が非常に上手です。

モシさんにはこの日の食事をご馳走していただき誠に感謝です。ヨーロッパ滞在中はもう一度はオフ会をやろうと約束してお開きになりました。


この日は非常に盛り上がって夜遅くまで飲み明かし、宿に帰ったらバタンキューで即座に寝てしまいました。

続く

ドイツ・オランダ・ベトナム旅行記 その③

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僕の旅行記は、僕の主観と言う色眼鏡を通して書かれています。
いい事だけ書いても、悪い事ばかり書いても良いのですが、素直に感じた事や発見した事を書いています。中には「そんな事も知らないのか」、と思われるかも知れませんが、その辺のところご了承ください。


証券取引所を後にして、ランチすることにします。歩きながらパン屋のショウウィンドーを眺めて来たのでアタリはついています。
欧州中央銀行の裏の通りにあるパン屋です。

本当はフランクフルトでフランクフルトを食べたかったのですが、なぜか売っていません。ちなみにフランクフルトという地名は、ドイツに多数あるらしく、ここはフランクフルト・アムマインという名で区別されています。

このパン屋は、サンドイッチが主流のようで、沢山の種類のサンドイッチが売られていました。ピザ生地のような円形の土台にハムやサラミ、野菜などが入っていて、上からまたピザ生地が乗ってサンドされています。僕は生ハムみたいなのをチョイスしました。

直径27-28cm程度の大きさの円形のサンドイッチを半分に切ったものが一つ3.8ユーロ。それを鉄板の上に置き、上から鉄板を下ろして圧力をかけてはさみ、温めてくれます。

温まるとさらに半分に切って、2つを包装してくれました。その辺に座って食べたのですが、これが実にうまああああ~~~いいい。

生ハムの塩気と、野菜と、とろけたチーズと、パン生地が奏でる重層のハ~モニー。

「まさに美味しさのフルオーケストラじゃ」

もうあまりの美味しさに2つともペロリとたいらげてしまいます。
恐るべしドイツ。これを食べる為にドイツまで来てもいいやと思ったくらいです。

ドイツ好感度 +50ポイント獲得 総得点 -50ポイントに回復

歩き疲れたので、その辺のパブに入ってビールを飲みます。
後で知ったのですが、ドイツにはビールの酒蔵が6000以上もあり、生ビールのようにして飲むビールは、たいていその土地の物しかありません。

地元っ子も地元のビールしか飲まないようで、ここフランクフルトでは「ピルス」と呼ばれる種類のものしかありませんでした。(雑貨店で売ってる缶は別)

ピルスは軽く飲みやすい感じで、女性に好まれるような味でした。
もちろん、まいう~です。

中央駅からドイツが誇るという超特急「ICE」でケルンに向かいます。ケルンではケルン大聖堂がお目当てです。

混んでいたので座席を確保出来ず、困っていましたが、次の空港駅でかなり降りたので座る事が出来ました。ケルンには1時間ほどで到着しましたが、なぜか車内放送がえらく長い。

何かトラブルがあったらしく、ケルン中央駅の隣のケルンドイッチェ駅のホームに滑り込み、皆さん降車しだしました。

しかたないので、降りてみると日本人らしきおじさんがいたので、「にほんじんですか?」と尋ねたら「そうです」と答えが。おじさん曰く「列車が故障したので、ケルンには鈍行に乗り換えなくてはいけない」という事でした。

ドイツが誇る最高時速300kmの超特急ICEは、初乗車にして故障し運行停止になったのでした。

ドイツ好感度 変らず そんなこともあるねやね

そしてこのおじさん御一行、なんと福岡県久留米市から来た事が判明。1/47の確率を一発ツモでした。w

なんでも、グループ内にいる夫妻の娘さんがドイツ人と結婚し、ドイツで出産したので、仲のいい御近所さんを誘って「ドイツってどんな国じゃ?」ツアーをやることになって来たそうな。

そういうわけで、ドイツ人の旦那さんが通訳してくれたので、ICEの故障情報は鉄板の話となったのでした。なむ~。

ケルン中央駅に到着、駅を出るとそこは大きな広場。左を見ればもういきなりケルン大聖堂が丸見えです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%B3%...

中に入る前にじっくりと外の彫刻を見て写真を撮りまくりました。

・・・・・・データ無いけど・・・・・・

入り口は数箇所あって、駅側は天使や聖職者のものが多いです。
扉などはライオンの顔の彫刻があり、ドアノブが複数あったりします。面白いのは駅側の扉やその周辺には、悪魔やゴーストの彫刻がある事。

外敵から身を守るのであれば、敵役はイギリスやフランス軍のマークを付けた兵士の絵でいいのですが、悪魔ということになれば恐らく当時は悪魔の仕業と思われていた病気「ペスト」から教会を守る為の彫刻だと思いました。(僕の勝手な想像です。詳しい人がいたらアドバイスください)

内部も素晴らしく動画も撮りまくりです。海外に出るたびにユーチューブにUPする動画を増やすのが趣味となりつつありますが、今回は戦車博物館くらいしか動画が残っていません。
非常に残念です。

神父さん(牧師か?)が抱えている募金箱にお札を入れて、手を合わせると、あろうことか「プイっと」横を向いてとっとと歩いて行ってしまいました。

しかも白人がコイン(1ユーロかせいぜい2ユーロである)を入れると、「あなたに神の加護がありますように」みたいな事を言いながら、なにやら手振りで祝福しています。

なんじゃそら。

なんじゃそりゃ。

ええかげんにせえよ。

神のもとには皆平等じゃないのか?

ファッキンニガー事件より、空港の警官事件より腹が立ちました。

素晴らしいケルン大聖堂を見て、キリスト教に改宗しようとマジで考えていましたが、一瞬でキリスト教が敵になりました。

ケルン大聖堂の神父は実にたるんでいると、ベネディクト16世に手紙を書いてやります。

ドイツ好感度 マイナス∞% しかし最低は-100ポイントなので、結局-100ポイント。



ケルン大聖堂を後にして、デュッセルドルフのモシラガーさんの元に移動です。

ICEの次は地域快速のREことレギオナル・エクスプレスに乗ります。

DBは6段階に列車速度がわかれていて、速いほうから、ICE・EC・IC・IRE・RE・RBとなっています。

車両も殆ど速度に合わせて違っているようなので、けっこうわかりやすいです。

恐らくヨーロッパを始め、大陸はそうなんでしょうが(北海道も似てる)街の塊があって、森か畑が続いてまた町の塊といった感じの面積構成です。

だから街と街の間はけっこう距離があり、快速は小さい駅はすっ飛ばしますから、移動速度は意外と速いですね。

デュッセルドルフに到着。中央駅はどこでもそうなんですが、Hbf(ハウプト・バーン・ホーフ)としか書いてありません。デュッセルドルフ駅とは駅の正面に書いていないので、行った事が無い中央駅は、どこの駅かわからないです。

それだけ中央駅というものの存在感が強いのでしょう。
俺が中央駅やねん。w

デュッセルドルフはフランクフルトと違って、円形サンドイッチが無く、日本でも見かけるフランスパン系サンドイッチです。後は、ピザが多い。駅になぜかピザハットがあるんですが、けっこう売れています。

ピザが美味しい地域で、チェーン店のピザ屋があるのが不思議でなりません。また世界中どこにでもあるマクドナルドも、駅前ではないですが一等地にありお客さんが入っています。
本当に不思議ですね。

それにしても、旅行記の日数進むの遅いなあ。
旅の最初のほうは覚えてるけど、途中は忘れてるかもw

続く。