この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の軌跡
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「この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の軌跡」 集英社 門田隆将著
2009年10月25日 台湾・金門島
ほんの15年ほど前まで、外国人の訪問も許されず、台湾人さえ自由に立ち入ることができなかった国境の島。
そこは、常にせかいが注目し続けた国債対立の最前線だった。
ある時は、万単位の兵士がこの海峡を力づくで押し渡り、またあるときは、この海峡を挟んで数十万発の発砲の砲弾が飛び交う戦いが行われました。
多くの若者がこの海峡を越え、そして二度と故郷に帰ることがなかった。
私は、60年前にこの地で戦争に参加したある日本人の思いとここで命を散らした若者たちの無念を知るためにはるか日本からやってきた。
台湾領でありながら、台湾本島からは180キロも離れ一方大陸からはわずか2キロしかしか離れていない金門島。大陸にへばりつくように浮かぶこの島はなぜ今も台湾領なのだろうか。
台湾と台湾海峡を守るために日本からやってきた謎の男。その日本人は敗戦から4年たった1949年、ある恩義を台湾に返すために“命をすてて”この地へ姿を現したのである。
第二次世界大戦後、自由主義陣営と共産主義陣営とのむき出しの覇権争いが世界各地で行われていた。
その中でも質的にも量的にも最大の熾烈な激突が中国大陸で繰り広げられた。
国民党の蒋介石と共産党の毛沢東との間で行われた血で血を洗う激戦-いわゆる「国共内戦」はここ金門島で決着がついたのである。
それは、誰にも予想し得なかった「国民の勝利」に終わった。敗走に敗走を重ね、雪崩をうって駆逐されていた国民党軍がこの戦いにだけ“大勝利”するのである。
それは、まさに「奇跡」としかいいようのないものだった。その陰に実はその日本人の力が大きく係わっていたことを知る人は少ない。
元日本陸軍北支那方面軍司令官・根本博中将。

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