第1320回「虚無への供物 その3、第2章」("猫"的ミステリ) | 新稀少堂日記

第1320回「虚無への供物 その3、第2章」("猫"的ミステリ)

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 第1320回は、「虚無への供物 その3、第2章」("猫"的ミステリ)です。第1章の終わりに、アガサ・クリスティの「アクロイド殺し(殺人事件)」の故事にならって、事件関係者が集まって、マージャンをすることを決めています。じいやの分裂症は重症化し、田舎に帰していますが、精神病院に収容されたようです。五色不動の祟り(懲罰)を書き記した手紙を病院から寄こします。


 氷沼家の財政も逼迫し、家族会議で屋敷を手放すことにします。そして、マージャン(4人打ち)をすることにします。メンバーは次の通りです。

① 氷沼蒼司(そうじ)・・・・氷沼家の実際的な当主。

② 氷沼藍司(あいじ)・・・・蒼司と従兄弟。素人探偵のメンバー。

③ 氷沼橙二郎(とうじろう)・・・・蒼司たちの叔父。息子・緑司が生まれたばかり。緑司は赤ちゃんながらも眼に重度の障害を持つ。

④ 八田皓吉(幸吉)・・・・氷沼家の番頭的存在。関西弁の男。

⑤ 藤木田老・・・・氷沼家の縁戚。素人探偵のメンバー。

⑥ 光田亜利夫・・・・氷沼家の友人。素人探偵のメンバー。


 二人が抜けるわけですが、藤木田老と亜利夫は、しめし合わせて、必ず一方が抜けるようにします。全員の行動をチェックするために、チェック表すら作ります。全員の行動をチェックするためですが、性格も併せて観察します。今夜は徹マンです。しかし、リャン荘が終ったところで、橙二郎が抜けます。居候している書斎(2階)に引き上げます。


 夜明けと共に、マージャンを終えますが、危惧を感じた5人は2階に上がっていきます。その理由は、ガスの元栓は氷沼家では開けっ放しにしているのです。閉じたり、明けたりしますと、火の消えたガスが、開けた途端に噴出し、事故原因にもなりかねません。部外者である八田が用心ため閉めたのです。それをお茶を沸かすために、やはり部外者の亜利夫が開けたのです。


 2階の湯沸かし器もガス漏れを起しています。橙二郎の部屋は施錠されています。外から鍵を使うと、部屋の中からかけた鍵が落ち、部屋が開きますが、・・・・。今回はさすがに警察を呼ばない訳にはいきません。橙二郎は、ガス中毒で亡くなっていたのです。


 警察は、事故当時の状況から、事故と断定します。橙二郎がガス・ストーブを付けっ放しで寝ます。それが八田が元栓を閉めたために消え、亜利夫が再度開いたために、ガスが充満した・・・・・。著者も触れていますが、1955年の時点では、さほどガス事故がなかったため、警察の捜査も甘くなっていたのかもしれません。2人に、特にお咎めはありません。


 ですが、素人探偵団が検証を加えない訳はありません。各人の行動記録もチェックされています。そして、藤木田老は、亜利夫に不思議な言葉を投げかけ、帰っていきます。老人は全てを知っているのでしょうか。さびしそうな表情を浮かべて去っていきます。最後に残した言葉は次のとおりです。そして、藤木田老は物語から消えていきます。


 「だが、最後にいうておこう。"アラビク"(ゲイバー)での推理くらべでは、ユウの話が一番真相に近かったんじゃ。これだけでは間違いのないところじゃて。まもなくユウも、本物のセイタカ童子やら不動明王やらに会うことだろうが、ぜひよろしくと伝えてくれ。ミイは何もかも知っておったとな」  


 亜利夫の推理が最も荒唐無稽だったのです(前回参照)。ですが、この何気ない一言は、この長い小説の中で、決して矛盾していません。アンチミステリと見るかどうかは別にしまして、いまのところ論理破綻はありません。


そして、氷沼家の叔母が入っていた老人ホームが全焼します。叔母を含め90人ほどの老人たちが亡くなります。さらに、不思議なことに身元不明の遺体も混じっています。著者の視点に、事故死(無意味な死)に対する考えが次第に露わになってきます。久生は、許婚である牟礼田を日本に呼び戻します。


 帰国した牟礼田は、今回の一連の事件を"無意味な死"と断じます。かれは、今回の一連の事件を予言していた男です。前回の推理くらべと同じく、亜利夫、久生、藍司の順番に、各人の推理が展開されます。


亜利夫の推理・・・・彼は部屋にあった人形に注目します。自動人形だったのです。密室の中で、ガス栓を開けたと・・・・。犯人の名前は指摘しません。推理の前に、"グラン・ギニョール"論が展開されています。グラン・ギニョールとは、フランスの荒唐無稽な人形劇です。


久生の推理・・・・久生は、「あんた、バカ?」と言わんばかりに、亜利夫説を否定します。ガスの噴出孔はシャンデリアの取り付け部にあったと言うのです。犯人は、部屋に入り最初にストーブの栓を閉めた男と断定します。藍司は、自分だと名乗り出ます。きまずい雰囲気です。


藍司の推理・・・・彼の推理は第三者の介在を前提としています。謎の無頼漢・鴻巣玄次です。睡眠薬で眠っている橙二郎を湯沸かし器のある部屋に連れ込み、そこでガス中毒死させます。そして、部屋に戻したところで、ストーブのガス栓を開け、ドアは機械式トリックで密室とした、という推理です。


 牟礼田は、前回の推理と、今回の推理を全否定した上、玄次なる人物は存在しないと断言します。紅司の鞭の痕はアレルギーのためだったと説明します。しかし、・・・・。存在したのです。それも第三の犠牲者として登場します。次回も、続けて「虚無への供物」を書きます。