ひなさんのブログ

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7月18日~20日の三日間、『ほつまつたゑ』の縁の神社を巡って来たよ~ドキドキ

 

まず、巡った聖地の紹介をする前に・・・旅の目的を書きます。

 

旅の目的は、時空の歪みを匡(ただ)すこと。

それには、正しい祓ゑ言葉の音を使い、その聖地に立ち、本気で向き合うこと。

 

これが私の生まれて来た目的、それが私の幸せだと理解したことが多々あったからです。

 

昨年から本当に色々な出来事が嵐のように過ぎ去っていきました。

 

それでも自分の意思は全く変動がなく、むしろ更に強まりました。

 

なぜ今、世界中の人の心が荒んでいるのか・・・

 

単に人間関係の問題だけでしょうか。

 

いいえ、見えない理由が根深く広がっていることに気が付いたのですが、何せ見えないので理解して頂けないかもしれません。

 

その理由は、「暦の変更」です!

 

縄文時代から弥生時代には、暦の変更は長い間行われていませんでした。

 

この時代は太陽暦太陰暦の融合を行いながら、両方の暦を使っていました。

 

太陽暦とは、地球が太陽の周りを周る周期を基準にして作られた暦です。

太陰暦とは月の満ち欠けの周期を基準にした暦です。

 

しかし、太陽暦と太陰暦にはその周期による誤差が生じてしまします。それを三年に一度の閏年を設定し、調整してきたようです。

 

しかし、調節しても農作業に影響を来してしまいます。

 

そこで、合わない五日間を空白にしました。

 

その計算は、

 

一年三六五日あるので、六十周期の十干・十二支では、六週します。

すると三六〇日になり、一年の長さでは五日間余ります。

 

この五日間の誤差を「ウツロヰ」という神が教えてくれたようです。

 

ここから「ウツロヰ」は自然の「空」(くう)に当たる神だと思われます。

その後、この神は空の大将軍を呼ばれ、恐れられてきました。

 

ウィキペディアより

 

「大将軍」

 

大将軍(たいしょうぐん、だいしょうぐん)は陰陽道において方位の吉凶を司る八将神(はっしょうじん)の一。

 

魔王天王とも呼ばれる大鬼神。仏教での本地は他化自在天。


古代中国では明けの明星を啓明、宵の明星を長庚または太白(たいはく)と呼び、軍事を司る星神とされたが、それが日本の陰陽道に取り入れられ、太白神や金神(こんじん)・大将軍となった。

 

いずれも金星に関連する星神で、金気(ごんき)は刃物に通じ、荒ぶる神として、特に暦や方位の面で恐れられた。


大将軍は三年ごとに居を変え、その方角は万事に凶とされ、特に土を動かすことが良くないとされた。

 

大将軍の方角は三年間変わらないため、その方角を忌むことを「三年塞がり」と呼んだ。

 

ただし、大将軍の遊行日(ゆぎょうび)が定められ、その間は凶事が無いとされた。年毎の方位は十二支によって以下の通り。


亥・子・丑の年 - 西の方角
寅・卯・辰の年 - 北の方角
巳・午・未の年 - 東の方角
申・酉・戌の年 - 南の方角


遊行日は以下の通り。
春の土用(立夏前):甲子日~戊辰日(東方に遊行)
夏の土用(立秋前):丙子日~庚辰日(南方に遊行)
秋の土用(立冬前):庚子日~甲辰日(西方に遊行)
冬の土用(立春前):壬子日~丙辰日(北方に遊行)

 

 

 

そうなのです。三年という周期で大凶方位が決まり、その年の中でも、土用(季節と季節の間)の五日間だけは大丈夫なのです。

 

今ではどうですか。今では「大将軍」などという言葉すら知らないで、三年間の大凶方位を無視して、土を動かしたり、家を建て直したり、引っ越ししてしまったりしています。

 

今現在の暦は太陽暦で生活しています。正式にはグレゴリオ暦(新暦)です。

この暦を使っている以上、三年の間に五日の狂いが生じ、閏年で調節しても、土用を知らず、その間の節目に儀礼儀式を太陰暦で行っていません。

 

神社の大祭も殆どのところは新暦で行っています。

ここに問題があります!

 

月は女性性を表します。ある時期において、女性の役割を政事ごとの中の祭祀から排除したのだと思います。

 

その時代は特に飛鳥・奈良時代です。

 

そして仏教から密教が栄えた平安時代においても、女性が神仏の世界に入ること(女人禁制)が禁止されました。

 

しかし、古代は逆でした。つまり、聖地に入り、神々との直接対話を許されたのは女性だけでした。その役割が巫女でした。(後に斎王という国付きの巫女の役職が有名)

 

その斎王の一人に、垂仁天皇の御子であり、斎王の「ヤマトヒメ」(倭姫)がいます。

 

今の伊勢神宮の場所を決めた巫女です。

 

現在の伊勢神宮の場所が決まるまで、実に三人の巫女(鏡と剣で巫女を分けた。鏡だけでいえば、豊鍬入姫(とよすきいりひめ)と倭姫の二人)実に九十年もの歳月がかかりました。

 

 

なぜ伊勢神宮はこんなにも遷宮したのでしょう。

 

元伊勢という神社をあげれば、小さな場所まで数えきれないほどあります。

 

そこに、「時空の歪みを匡す」ということが大きく関わっています。

 

崇神天皇の前に立たれた天照大御神の御心を知り、豊鍬入姫命は大役を仰せつかりました。

 

そしてここで良い!と思う場所に一度「天照大御神」の御魂を治めるのですが、また動かします。そして次の代の天皇、垂仁天皇の巫女、倭姫に託されます。

 

そして倭姫も同じく、霊感でここで良い!と決めるのですが、しばらくして治まらず、何回も遷宮します。

 

その理由は「大凶方位避け」でした!

 

それだけ日本の土は穢れてしまっていたのでしょう。

それは、暦の変更によるものでした。

 

弥生時代の次の時代の古墳時代は移民たちから入った時代でした。天皇のお墓も古墳に変更されました。つまり土に埋葬されたのです。

 

古代から使われていた真賢木による暦から、渡来された暦に変更された時代は古墳時代でした。

その証拠は

 

百済から入った暦を使っていた証拠が出土されたことを見れば分かります。

 

それまでは古代の「ホツマ暦」でした。先ほど書いたように太陽暦と太陰暦の和合調整の暦、真賢木の暦です。

 

今の暦も使いつつ、精神的な日には太陰暦で過ごすのも古代へタイムワープする意味は非常に深いです!月見

 

そんな意味も込めて、古(ゐにしゑ)の度へあなたを誘いましょう!

 

先づは和歌山県縁のワカ姫の神社から!

 

始めは

和歌山県和歌山市和歌浦中3丁目4−26にある

「玉津島神社」に行こうと思いました。

 

しかし、途中で

 

「日前(ひのくま)神宮・国懸(くにかかす)神宮」という看板が目に入り、『ほつまつたゑ』一章を思い出し、先にここを参拝することにしました。

 

それは、

 

『ほつまつたゑ』 一章二十二節

 

紀志井国(きしいくに)  天日(あひ)の前宮(まえみや)

玉津宮(たまつみや)  造れば休む

天日宮(あひみや)を  国懸宮(くにかけ)となす

ワカ姫の  心を留(とど)む

玉津宮(たまつみや)  枯れたる稲の

若返る  ワカの歌より

和歌の国

 

とあるように、今の和歌山県の名の由来は、「ワカ姫」からきています。

ワカが上手な方だったワカ姫は、稲についた虫を祓う呪文を歌にして、見事な豊作を実らせました。

 

この歌にあるように、虫によって枯れている稲を、呪文の歌を祓いの儀式にのせて虫を去らせ、見事に若返らせたことから、今の「若返り」という言葉の語源はこのアヤから出ています。



ここから、「若返り」とは、本来あるべき姿に戻るという意味になりますね。

 

 

そして、

 

天日(あひ)の前宮(まえみや) 玉津宮(たまつみや)

 

という箇所の「天日(あひ)の前宮」ですが、天(あ)は天照大神のことで、方位は「北」です。

そして「前宮」とは、天(あ)に対して御前という意味で、天照大神の向かいという方位は「南」で、正宮「向津姫」(ホノコ)=(セオリツヒメ)のことです。

 

ということは、この「日前神宮・国懸神宮」の祭神は当然

 

天照大御神と向津姫(セオリツヒメ)です。

 

大きな神宮でした。二つ並んでいます。

 

 

日前神宮です。

 

こちらは国懸神宮。

 

入ると、看板を発見。

「左:日前神宮」

「右:国懸神宮」

と書かれていましたが、これは私たちから見て、左と右と書いているのであって、

本来は、左の方が上位ですので、左に国懸神宮ですね。

だって天照大御神の方が上位ですから・・・

でも、神社のお社は看板の場所通りです。

 

看板をみて、左(男性)=「た」、右(女性)=「か」、その中央を通る参道は、「ま」ですね!

 

「たかま」(高天原)の完成!

 

だからこの神社は空気が違いました。

広い参道の両方に「た」と「か」がありますから・・・

 

実は、この神宮は、元々玉津島神社付近にあったそうです。

そしてこの場所は伊太祁曽(いたきそ)神社があった場所だったそうです。

玉津島神社のあたりからここに移転してきたようです。

 

また、日前神宮・国懸神宮は伊勢神宮に匹敵するほど、神階(神位)を授けられなかった神社の一つ。神階(神位)が無かったのは伊勢神宮と日前神宮・国懸神宮だけです。

なぜなら別格の最上格だからです。

 

東の玄関は伊勢神宮ならば、西の玄関は日前神宮・国懸神宮です。

 

そりゃあそうですよ。『ほつまつたゑ』の中の天照大御神、向津姫、ワカ姫、アチヒコ(ヲモイカネ)が入っている神社ですから。

 

あ、ちなみに、ワカ姫がアチヒコに一目惚れした場所が玉津宮=玉津島神社です。

玉津に遣いとして来ていたアチヒコを見て、

 

「この人が私の旦那様になるお方!」

 

と決めた場所でした。

 

ワカ姫は大変な才能ある方を見初めてしまいました。

なぜなら、天照大御神の左の臣であったアチヒコを皇室の中に婿養子に入れるということは、左の臣という役職が空白になってしまうからです。

 

また、アチヒコは日読(ひよみ)というものを作る役職でもあったのです。

つまり、暦製作者。

 

これは非常に重要なことです!

しかもこの当時、アチヒコは日読宮(ひよみのみや)で暦を作りました。

 

暦は、人類が初めてこの地に降りた時から、天の真賢木(あめのまさかき)という木の枝で数えていました。これは今の榊の一種です。

 

親木に接ぎ枝していたようです。

接ぎ木できるのはアマキミ(天皇)だけで、その代役は許されませんでした。

この時はまだ男女の性別がなかった時らしいです。(一体どれほど前なのでしょうね~)

 

(この時から接ぎ木の技法があったのですね~。今でも天皇お手植えの木が神社にありますが、これが起源です)

 

しかし、男女の性別が出来、性交によって子供を産むようになると真賢木(まさかき)は枯れていき、(代行できないので)ついに六代アマキミのオモタル・カシコネの代になって、途絶えてしまいました。

 

そして、傍系(直系ではない)であるイサナギ・イサナミがその後を継いだのです。

 

暦は一度途絶えましたが、辛くもヒタカミの国(今の仙台市あたりが中心だった)でも真賢木を並行して植え接いで(継いで)いたため、そのときの東の君であった豊受大神(五代タカミムスビ)は、自分の娘を嫁がせ、天照大御神を天からもらい受けたのです。

 

こうして、暦を中央政府(当時は富士山あたりにあった)に返しました。

 

ここから分かることは、東北にはアマキミと同じ位の役職があったということになります。

 

真賢木はアマキミ本人しか接げない儀式でした。それがヒタカミの国でも行っていたとしたら、東の君の豊受大神もまたアマキミ(天皇)と同格だったことになります。(天皇だったといってもいいかもしれません。豊受以降、誰一人として「君」(きみ)という言葉は出てきませんから・・・

 

実際、『ほつまつたゑ』を読むと、東の君がお立ちになった時が理解できます。

それは、六代アマキミにお世継ぎが生まれなかったとき、国は大きく乱れ、乱れた情勢を一時的に立て直すその代役として天皇と同じ位を持っていたようです。

 

そしてまだ天照大御神が生まれる前に豊受大神が大嘗(ををなめ)祭も行っていたことが、『ほつまつたゑ』四章六節に書かれています。

 

豊受神(とよけかみ)  東の君と

道受けて  大嘗事(ををなめこと)も

真賢木(まさかき)の  六万年(むよろ)に尽きて

植え継ぎは・・・

 

こうして、暦は何とか引き継がれました。

そして天照大御神の時代もアチヒコが暦を作り、陰陽が偏った年た月日には、ワカ姫をはじめとして、向津姫も共に女性が中心となって祓いの歌を詠いました。

 

ワカ姫がアチヒコと婚姻してからは、その後をアチヒコとワカ姫の子のタチカラヲが暦作成の役職を継ぎました。

 

そしてなんと、この日読宮は、「伊雑宮」なのです!

そしてこの宮を建築したのもアチヒコなのです!

 

そう、今の宮大工さんの創始者ですね!

 

そしていざ玉津島神社へ!

 

 

 

玉津島神社入り口

 

玉津島神社の本殿

 

和歌浦湾です。

 

 

昔は島が点在していて、和歌の中に出て来た素晴らしい景色だったようです。

 

こんな場所で素敵な男性を見初めたワカ姫さんはとても情熱的な方だったのかもしれませんね。

 

今の女性の強さと当時の女性のとは違う気がします。

 

どんな状態になってもうろたえない強さがあったのかもしれません。

それは祓いという武器があったからかも・・・

 

こうしてワカ姫から始まった私の旅は伊勢へと続いたのでした。

 

神社に参拝する時、このように『ほつまつたゑ』からヒントを得ると体中の氣が駆け巡りますね!

 

少しでもこのブログが皆さんの参拝のヒントになれば幸いです。

 

続きはまだまだ・・・次回へ

 

ものすごい隠れ聖地へ皆さんを誘いますよ~!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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