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2017-01-24 18:54:08

女は度胸

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 札幌美容形成外科を開業して12年です。  圧倒的に多いのが女性のお客様です。  つくづく感じます。  女は度胸♡がある。  ほんとうです。  男として恥ずかしいですが、  こと手術に関しては、  女性が  男性の何倍も度胸があります。       ■         ■  もちろん個人差はあります。  私の個人的経験で、  エビデンスはありません。  遠くから手術に来てくださったのは、  全員女性です。  男性の患者さんで、  海外からいらしてくださった人はゼロです。  忘れられない100万ドルの笑顔の女性もいらっしゃいます。       ■         ■  患者さんによく説明する言葉です。  交通事故で、  同じ程度に重症で、  大出血したら、  助かるのは女性です。  エビデンスはありません。  女性は、  妊娠出産という役割があるので、  神さまが出血に、  強く作られたというのが、  本間仮説です。       ■         ■  手術はなるべく痛みが少ないように、  さまざまな企業努力をしています。  偏屈ながんこ医者ですが、  手術は丁寧にしています。  ありがたいことに、  昔、手術を受けた患者さんが、  また来院してくださることも多くあります。  眼瞼下垂の再発もあれば、  別の手術で相談もあります。  62歳でもがんばって手術をしています。  女は度胸があると思います。 
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2017-01-23 19:40:29

埋没法に向かない目

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 毎年1月から3月までは美容外科の繁忙期です。  特に多いのが目の手術です。  札幌美容形成外科で多いのが、  眼瞼下垂症手術です。  若い人から、  年配の方まで、  幅広い年齢層が手術対象です。       ■         ■  18歳で高校を卒業する時は、  人生で一番のチャンスです。  はっきりした統計はありませんが、  日本人で一番多い二重手術は、  埋没法です。  札幌美容形成外科で多いのは、  他院で埋没法を受けたのに、  取れた  …という患者さんです。       ■         ■  ちゃんとした先生のクリニックだったら、  最初に埋没法を受けたクリニックで相談するように説明します。  世の中には、  信じてはいけない美容外科があります。  倒産してしまった美容外科もあります。  そんな患者さんは、  手術をお引き受けしています。  中には、  もともと埋没法に向かない目の人がいます。       ■         ■  目をこするくせのある人、  まぶたが厚い人、  そんな人は、  切る手術』をしても、  元に戻ることがあります。  まぶたが薄い人、  脂肪の少ない人、  コンタクトをしていない人、  そんな人は埋没法でも、  幸せな目をキープできます。       ■         ■  私が手術法を選ぶ時には、  その人の人生を考えて手術法を選択します。  いろいろな事情で、  この先、再手術を受けるのは難しい人には、  最初から切る手術をすすめます。  神さまは不公平です。  重い目は、  自分の責任ではありません。  親をうらんでもダメです。  親を説得していっしょに来てもらってください。  眼瞼下垂症手術をおすすめしますomoime
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2017-01-22 16:04:28

東急ハンズ札幌店が札幌駅前に移転

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 平成29年1月21日、北海道新聞朝刊の記事です。  東急ハンズ札幌店が札幌駅前に移転_東急百貨店へ年内に  生活雑貨大手、東急ハンズ(東京)の札幌店(札幌市中央区南1西6)が年内に、JR札幌駅前のさっぽろ東急百貨店内に移転することが1月20日分かった。売り場面積や取扱商品などは今後詰める。個人消費の低迷が続く中、交通アクセスの良い駅前に同じグループの店を集約することで、集客力を高める。  東急ハンズの延べ床面積は1~7階の計約9千平方メートル。さっぽろ東急百貨店の売り場面積は1~10階の計約3万平方メートル。百貨店側が現在の売り場を一定程度縮小し、ハンズが移るスペースを確保する。札幌駅前には札幌エスタに競合店の「札幌ロフト」などもあり、慎重に店舗形態などの調整を進めるとみられる。  東急ハンズは文具や調理器具、美容用品、家具のほか、パーティーグッズや日曜大工の資材など幅広い品ぞろえが特長。札幌店は若い世代を中心に支持されているものの、大通地区の市電通り沿いにあり、 札幌市営地下鉄 駅と直結していないのが難点だった。  一方、さっぽろ東急百貨店は開業から40年以上がたち、新しい顧客の掘り起こしを課題としてきた。同店があるJR札幌駅前地区は、 北海道新幹線 の札幌延伸を踏まえた再開発が見込まれている。同じ建物に店舗をまとめることで、集客の起爆剤となると判断したもようだ。東急ハンズ広報は「今の段階でお話しできることはない」としている。  東急ハンズは1976年設立。直営やフランチャイズで国内外73店舗(2016年11月現在)を展開する。2016年3月期の売上高は948億円。札幌店は1998年に開業した。 20170122-1 20170122-2
(以上、北海道新聞より引用)
      ■         ■  昨日の北海道新聞朝刊に載っていました。  こちらもトランプ大統領就任記事に隠れて目立ちませんでした。  札幌美容形成外科にとっては、  とても重要な記事です。  札幌駅前が、  ますます重要になりました。  開業は場所が命です。       ■         ■  私はデパートは苦手です。  もともと田舎者なのです。  着るものなどは、  全部奥さんにお任せです。  唯一注文するのは、  駐車券を入れる胸ポケットがついたシャツくらいです。  奥さんが買ってきたのを着ています。       ■         ■  そんな私でも、  東急ハンズは大好きです。  JA帯広厚生病院を退職して、  札幌中央形成外科副院長に採用していただいた、  平成10年(1998年)に、  東急ハンズ札幌店が開業しました。  東急ハンズは、  当時の札幌中央形成外科から近かったので、  よく行きました。       ■         ■  今でも東急ハンズにはたまに行きます。  時計を修理しました  ちょうど一年前に、  東急ハンズでお世話になって、  札幌美容形成外科の時計を修理しました。  とてもありがたかったです。  東急ハンズのお兄さんに感謝しています。  東急ハンズは大好きです。       ■         ■   今年は、  札幌駅のエスタにニトリさんが出店します。  札幌市北区北24条ではじまった、  似鳥家具店、  世界のニトリに成長し、  札幌駅前に出店です。  きっと大成功します。  北海道新幹線の開通を見据えて、  札幌駅前が熱いです。  ニトリさんと東急ハンズの開店が待ち遠しいです。
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2017-01-21 19:00:52

母が語る無念

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 平成29年1月21日、朝日新聞電子版の記事です。  朝刊では、  トランプ大統領就任記事の陰になって目立ちませんでしたが、  読んでいて涙が出ました。  電通という会社が、  ほんとうに変わってほしいです。  心から高橋まつりさんのご冥福をお祈りしています。       ■         ■  自殺した娘の電通入社「誇りに思えない」母が語る無念  「電通と合意に至りましたが、娘が帰ってこないことには変わりありません。『娘に報告できたら』『どこかで生きてて見ててくれたらいいのに』と思う気持ち。ただ、それだけです」  電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が過労自殺してから1年余。母親の幸美さんは1月20日、再発防止策や慰謝料の支払いについて、電通との合意書に調印した。この日開いた会見で語ったのは、安堵(あんど)というよりむしろ、無念の心の内だった。  幸美さんによると、まつりさんは残業が多い電通の労働環境を理解したうえで、「ブラックなのは知っている。会社を変えたい」と入社を決めたという。  入社後はネット広告を扱うデジタル部門に配属された。7部門から選ぶ配属希望で、もっとも希望しない7番目に選んだ部署だった。それでも、電通に入ったことに誇りを持っていたという。  「でも、(私は)今は誇りに思えない。悔しい」。  幸美さんは会見で、言葉を詰まらせながら、電通への思いを語った。今回の合意文書で「和解」という言葉をいっさい使わなかったのも、電通のすべてを許したと受け止められたくなかったからだ。  「私たちの人生には、失敗という文字はない。いくらでもやり直しができます」。まつりさんは高校の入学式で、新入生の代表として、そうあいさつしたという。  しかし、試用期間が終わり、本採用となった昨年10月以降、連日の残業で身体は疲れ切っていた。仕事で強いプレッシャーも受けるなか、うつ病を発症した。  「人生はやり直せる」。そう考えることができないほど、心理的に追い込まれていたのかもしれない。  娘と同世代で、長時間労働に苦しむ若者に伝えたいことは――。記者にそう問われ、幸美さんはこう答えた。  「若い人は努力して入社して、成果を求められ、(それに)こたえようとして頑張っていると思いますが、頑張りすぎないで。どこかにSOSを出して欲しいし、逃げて欲しい」  そして、娘の言葉を繰り返した。  「やり直しはできるんです」(大内奏) 20170121
涙ながらにコメントを読み上げる、高橋まつりさんの母親の幸美さん=20日午後5時21分、東京・霞が関の厚労省、遠藤啓生撮影
 電通が解決金支払いを約束 高橋さん遺族側と合意書  広告大手、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が2015年12月に過労自殺した問題で、高橋さんの遺族と電通は1月20日、再発防止策や慰謝料などの支払いに関する合意書に調印した。電通は今後、再発防止策の実施状況について年1回、遺族側に報告することを約束した。  まつりさんの母、幸美(ゆきみ)さん(54)と代理人の川人博弁護士らがこの日、記者会見して明らかにした。合意書の調印には、23日に引責辞任する電通の石井直社長が出席。「会社における働き方を根本から改善したい。遺族との合意事項を着実に実行することを誓う」と述べたという。  合意の主な内容は、電通がまつりさんの自殺について深く謝罪する ▽18項目の再発防止策を講ずることを明確にし、遺族側に実施状況を毎年12月に報告する ▽「慰謝料等解決金」を支払う――など。再発防止に向け、電通が川人氏を講師とする管理職向けの研修を3カ月以内に開き、幸美さんが発言する時間を設けることも盛り込んだ。  再発防止策には電通がすでに打ち出した内容も含まれるが、川人氏は「遺族側が毎年報告を受けることについて約束した。本当に再発防止策が実施されるのか懸念されたので、報告をきちっとするよう強く要求した」と合意の意義を強調した。幸美さんは、合意に踏み切った理由として、電通がサービス残業をなくすこと、パワハラの防止に全力を尽くすと約束したことなどを挙げ、「強い決意を持って改革を実行していただきたい」と強く求めた。  電通はこの日、「改めて高橋まつりさんのご冥福を深くお祈りするとともに、ご遺族に心よりおわびする。二度と同じような出来事が起こらないようにするため、すべての社員が心身ともに健康に働ける労働環境を実現するべく、全力で改革を進めていく」とのコメントを出した。 ◇ 高橋まつりさんの母・幸美さんが配布した文書(全文)  本日、合意しましたが、娘は二度と生きて帰ってこないし、抱きしめることはできません。 娘が死ぬほど辛かった、死の原因となった連続の深夜残業・休日出勤。これらの業務が私的情報収集・自己啓発などの名目で業務として認められていなかったこと。  このことが原因で、娘の残業申告時間は月70時間に収まっていました。  そのため、娘は産業医との面談も受診もしていませんでした。  これらが業務として認められていたら、残業時間を正確に申告することが許されていたら、娘はどこかで誰かに救われていたかもしれません。  娘は死なずにすんだかもしれません。  「ハラスメントや長時間勤務に関する相談が本人からなかった。」といわれていますが、彼女のメールには、くり返し「会社に行くのが恐い。」「上司が恐い」「先輩が恐い」「相談したことがわかったら恐い」とありました。  電通における社風「体育会系レベルではない異常な上下関係」「年次の壁は海より深い」と娘が言っていた社風であるのに、新入社員が相談できる相手は年のごく近い先輩だけしかいなかったのです。  人事に相談しても有効ではなかった。  12月には特別条項まで出されていました。  11月に勇気を出して、人事や上司に相談していたのに、誰も娘を助けてくれなかったのです。  娘が生きていたら、誰かが娘を助けてくれていたら、娘は今でも電通のために働いていたでしょう。  娘の希望どおりに英語や中国語を活かして仕事をしていたかもしれません。  そして、娘の描いていた夢のとおり、将来は母と弟を招いてハワイで結婚式を挙げ、子どもを産み、母を東京に呼んで一緒に住んでいたかもしれません。私は、娘と一緒に孫を育てていたでしょう。  日本の発展に貢献するために教育を受けてきた娘は、それを実現することができたでしょう。  私は今でも娘を抱きしめることができたでしょう。  みなさんは、このことをしっかりと心に刻んで下さい。  彼女の配属希望では、デジタル部門は7部門中一番希望しない7番目でしたが、娘は電通の仲間として迎えられたことを誇りに思っていました。  世間では、彼女は電通に入社しなければよかったのにと言われています。  こう言われていることを返上できるよう、ひとり残らずすべての社員が幸せにいられる会社に変えてください。  (以上、朝日新聞電子版より引用)
      ■         ■  娘は二度と生きて帰ってこないし、  抱きしめることはできません。  将来は母と弟を招いてハワイで結婚式を挙げ、  子どもを産み、  母を東京に呼んで一緒に住んでいたかもしれません。  私は、  娘と一緒に孫を育てていたでしょう。       ■         ■  自慢の娘さんだったのに、  ほんとうにお母様の無念さがよくわかります。  産業医との面談があれば、  誰か一人でも、  ちょっとまつりちゃんどうしたの?  …と声をかけてあげていたら?  ほんとうに残念です。  心からご冥福をお祈りしています。
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2017-01-20 18:17:33

片寄登喜子83歳の誕生日

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 今日1月20日は家内の母、  片寄登喜子かたよせときこの誕生日です。  1934年(昭和9年)、  島根県簸川郡斐川町ひかわひかわで生まれました。  実家は農家です。  Goolgeマップで見ると、  宍道湖しんじこの西端、  出雲空港の近くです。       ■         ■  住み込み奉公  2008年10月18日の院長日記に書いてあります。  家内の母、片寄登喜子(74歳)は、  島根県で洋裁学校に通い、  洋裁の技術を身につけました。  結婚後は内職で洋裁をしました。  コシノヒロコさんの仕立てをするほどの  技術力になりました。  私がはじめて家内の実家に行った時に、  工業用ミシンがあったのを覚えています。       ■         ■  札幌美容形成外科で使用している、  手術用の被布(おいふ)  (手術の時に使うグリーンの布)  はすべて、家内の母に縫ってもらいました。  職員が着ている制服の、  丈(たけ)を直してくれるのもの、  家内の母です。  若い時に身につけた技術は生涯役立ちます。       ■         ■  2008年には74歳でした。  83歳でも元気です。  今でも私のズボンや、  手術用被布を直してくれます。  プロの腕です。  私の母親と同じマンションに住んでいます。  (別の階の別の部屋です)  島根→大阪→神戸→札幌と転居しました。  2005年に北海道に来て、  10年以上になります。       ■         ■  命日(めいにち)  …に書いたように、  平成5年(1993年)4月6日に夫が、  急性心筋梗塞で亡くなりました。  その時は59歳でした。  娘が北海道に嫁に来ていたので、  島根県生まれの登喜子さんが、  札幌市民になりました。       ■         ■  83歳になっても元気です。  マンションで、  iPadを使って、  私の院長日記を読んでくれています。  私との連絡は、  LINEです。  ひ孫の写真もiPadで見ています。  これからも元気で札幌美容形成外科の  専属洋裁師として、  活躍して欲しいと願っています。
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