名前の相性(?)

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人に対する毀誉褒貶かどうか、何とも曖昧な話。


これまで生きてきた25年、いろいろな人に出会ってきた(特に高校卒業後)が、どうも自分と名前、苗字の相性がある気がする。

 

ちなみに一番めぐり合う頻度が多い苗字は「田中」と「千葉」。「田中」さんは「国民的」な姓で、不思議はないのだが、「千葉」さんのこの苗字はもちろん変わった姓ではないが、「田中」・「鈴木」・「佐藤」・「伊藤」などに較べると、さほどメジャーではないと思う。


で、相性の良し悪しは今までの経験から総体的に、10段階でいうと「6」が妥当。両姓に悪い付き合いというのは今のところありません。



もっと明瞭に良し悪しある姓もあって、それは「高橋」と「斉(/斎)藤」。

自分が出会った「高橋」さんは、先生、先輩、バイト仲間様々だが、どの人もいい思い出しかなく相性は「8(上)」という感じ。


「さいとう」さんは、残念ながら気が合わないケースが多い気がする。趣向や雰囲気が自分に合わないということで、性格が悪いというわけではなかったのは分かるのだが、どうも相性が合って印象がいいという人はおらず、段階も「3(上)」になってしまう。


しかし自分の経験で良いにつけ悪いにつけ強い印象を与えた人については、とくに総体的相性を考える程同姓の人は多くなかった(一つ例外はあるが不言)。


まあ、「悪い」人でも後々色々考えさせられたり、有意義な事を結果として教えてくれていたりするので、あくまで刹那的な感情からの相性。


でも傾向の出てくる苗字は確かにあるのだから、不思議ではある。

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一人暮らし(週末実家に帰るので中途半端だが)はもう半年。

 気後れしながら大学に通う以外、引きこもりとさほど変わらない生活を送っている。それゆえか、自閉的で根暗の傾向が強くなったかもしれない。本ブログの書き込みの内容もそれを反映しているのだろうか。たまには一味違った更新をして気分の転換を図ろう。


 実は今朝、推定(築35年以上)のうら寂れた6畳の借部屋の寝床で自分が「初キス」しているのに気づいた。


知人ならば何をいうかハッタリだろう、との感を致すだろう。


しかし、紛れもない「初キス」である。とすると「誰と」であるかが、このエピソードの関鍵である。もう夏は終わって久しいではないか。季節は自分の心の如く「愁傷」を来しているのに。


なぜ今なのか?


しかもこの様な自分と・・・1?



 なぜ今もなお生を延ばし、そのような行為に及んだのだ・・・!?





「カ」が!!・・・??


カ、そう「蚊」、アカイエカとかそういう虫である。晩秋になっても生き延びた百戦錬磨の蚊は、昨夜部屋に侵入し、この唇と血を奪っていったのだ。


ヒト科に先んじてである。


初キスの味は心に届かず、ただ上唇のみに固居した。したがって、


上唇が腫上がって鏡を見ると、怪人カモノハシ状態である。


程なく下手人は、複雑な配置を有する我が部屋にあって、奇跡的に見つかり、「粛清」された。


・・・何てことだ。



 とりあえず、腫れを退かせるため上唇に液体ムヒを塗る。蚊は「初キス」の後、とどのつまり唇に清涼な香りをもたらしたのだ。

 

 それも今日は怪人カモノハシで人前に出るのは得策ではなかった。なぜか?


バイト初日だからである。


 そう、従来のベロー〇ェでのアルバイトは遂に終止符が打たれた。人口に膾炙される素材として格好な経歴であったが、やめるには遅きに失したというのが隠しようもない自分の心境である。


 一年半前から断続的に辞意を(代々の)店長に開陳していたが、そのたび毎に慰留された。それは一定程度、自分を評価してくれるからであった



、と思っていた。



・・・・・若かったな、オレ


 段々、シフトを人数で埋めて社員の負担を減らそう、とする店の本質に正対するようになり、自分の勤労意欲がなくなっていることに気づいた。本当にやめようとして、店長に忙しいとか、進学とか言って示唆してきた。


でもやはり慰留される。「月一とか、開店から3時間だけでもいい」とか言われるのだ。


しかし、今度という今度は違った。そう。気づいたのである。店長が慰留できない最強の辞意表明を。



それは、「店長、もうここで勤労する意欲はありません」。


これに限る。店長は企業組織「ベロー〇ェ」側に立ち、お客様へのサービスのために従業員の労働力を投入する責任がある。その従業員が「勤労意欲」がないと言うは、否定しようもない単純明快な拒否宣言であり、その従業員を慰留するのは店長が持つ責任ある立場からは難しい。完璧だ。


というわけで大学卒業後数年、相性がずっと悪かった4年半に及ぶベロー〇ェ勤務(もし「風水」調査したらたぶん自分とベロー〇ェの相性は最悪)は終わったが、自分はこの最強の教訓を手に入れたのだ!「勤労意欲はもうありません」



・・・・いくらなんでも遅すぎだろ。今さらどう使うんだ?


ベロー〇ェ生活を総括すると、まさに時宜は遅きに失したに尽きよう



というわけで始まります、新バイト・院生ライフが・・・!!


さあ、これからはクロ〇コでの荷物仕分けで生活費凌ぐぞ!!(爽)



ははは・・・




追伸:  


ていうか、


長文書き込みは今回も相変わらずだな、我ながら。

これでは時間を無駄遣いしているヒマ人ぶりがバレバレじゃないか。




 



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亀田大毅と儀礼、世間の型

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4ヶ月ぶりの書き込みにもかかわらず、下世話な話から

独創性もなくだらだらつづる。


ヤフーニュースから亀田大毅の謝罪会見の記事と画像を見た。


亀田兄弟や先日の試合などについての感想をここで滔々と披露するつもりはない。

一応、数年前に「めちゃイケ」(ヤベッちずし)で出演した興毅が、岡村隆司に向かって、

岡村の持つミットにではなくみぞおちにパンチを入れた時点より

自分は一貫して亀田親子への不信の念を連続させていたことを吐露するに留めておこう。


今日の会見報道に際し自分の脳裏を支配したのは、亀田親子への感情よりむしろ

大毅の容姿における会見時とそれ以前(内藤戦調印式など)とのコントラストであり、

そこからくる社会の特質への感慨である。


会見時の大毅の様子はそれ以前と視覚的に全く対照的であった。

逆立つ金髪から丸刈りへ、顎の突き出しからうつむき状態へ、

原色のジャケットから黒の背広へ、原色のTシャツから白のワイシャツへ。

総じてあたかも成り上がり者から公判での被告か刑を待つ囚人へ。

視聴者は以前のイメージとのギャップを明瞭に与えられるのである。


こうした視覚的効果を与える大毅の装いや態度について、

心身ともに憔悴しているのか、父史郎の描いた戦略のシナリオの「型」に忠実であるのか、

実はふてくされているだけなのか。

色々見方はできるが、もちろん本当はどうであるか当事者でしかわからない。


にもかかわらず、こうした会見はテレビや新聞などのマスメディアに情報的に隷属している我々において、

パフォーマンス、セレモニー、記号としての意義しか最終的には残らない。

我々にそうさせるのは誰か?


亀田親子か?

不十分である。

会見を主催した側、場所を提供した者、

いつもの「謝罪会見」の通りシャッターを切り続けるカメラマン、質問をする記者は亀田と同罪である。

彼らは共犯して「謝罪会見」という舞台、式典を作り上げているのである。

そしてもちろん共犯者はこれにとどまらない。決定的な共犯者はその式典を見る我々、視聴者である。


謝罪会見のような所作はマスメディアに報道されることを前提にした、型にはめられた儀礼である。


メディアの報道によって「悪質」であるとされた場合、その「悪質」な行為をした側への非難や分析が

その件の報道の時間を排他的に占有する。次にその「世論」に対するその「悪質」な行為者の反応が、

「釈明」なり「謝罪」なりの会見やコメントなどの形をとってなされる。今度はそれに対して報道側の反応が、

事態の推移を踏まえつつ行われ、並行してこの事例の話題性は減退していく。


こうしたことは暗黙的に固定化、形式化された手順である。事態の沈静化のためには

そうした所作を「謝罪会見」型に踏んでいくことが有効的なものとして、亀田側の者の意識に

反映されていたことは否めないであろう(誠意の有無を問わず)。


我々が亀田親子のこうした式典の共犯者であるのは、

謝罪の姿勢を報道上に載せる、映す以外に彼ら亀田側の反省なり釈明なりの

誠意を想像しにくいことからも露になるのではないか。

我々はこうした儀礼の型に従う所作が行われる事を通じてしか、

報道される者の「姿勢」や「誠意」を認めることは困難なのである。


もちろんこうしたことは、メディアなどによって大規模に情報化された領域以外でも

人間社会では普遍的に見られることである。任侠が指を詰めたり、武士が割腹したりする

ことは典型的な謝罪の儀礼であるし、すれ違いざま肩が衝突した際一声詫びて通り過ぎるのも儀礼である。


ただ、現代においてこうした儀礼、約束された所作は特異な風を帯びている様に見える。

情報が大量に流動して空虚化、記号化がなされる状況にあっては儀礼に内包するその時々、あるいはそれまでの経緯を背負った感情や主観は認識されるゆとりを与えられず、むしろその儀礼という行為、事項自体が重要な存在となる状況を呈しているのである。


様々な社会の事項、儀式において一つ一つの所作は、

かなり疑わしいことがあるが一応、理屈が裏に打たれている。

論理が保たれていること、理に適うことはいわゆる科学に基づくとされる現代文明において

決定的要素であり、その要素を指標に特殊化、専化することを進歩として我々の多くは

肯定的に信仰している。


しかし、情報が大量に標識化して流動する只中でそれを「消費する」ことはあっても、それに反応を示したり介入することを網羅的にするのは不可能である。つまり、その情報にある事項や所作に筋が通っているか、理に明らかであるか吟味するゆとりはないのである。そのゆとりを見出すのは自分が従事・関与している専門化・特殊化された一部の領域でかろうじて可能なわけである。それ以外の情報は受け入れるか、拒否するかの選択だけである(この選択も記号的だ)。

近代以前、世界の各地域が異なる空間概念に生き、各地方がある程度自律的に形成されていた時代、

世界的に普遍化した地域概念に統一されるほど流通や意思疎通の手段や環境が整う以前の時代、

人は自分の経験や感覚で情報にある具体的な文脈や中身について主観的に吟味するゆとりがあった

(むしろそれ以外の情報の受容は乏しかった)。


対照的に、我々は事項について標識に記されているだけのもの、記号化された情報、

儀礼化された所作に、実態や内容を知覚しないまま規定され、機械的に反応している。

謝罪に対して、更なる悪罵を加えることはあってもそれ以上の具体的な制裁は加えない。

酒席に語られる苦労話や友情譚に感動する、それに対応する人生訓に基づくコメントで返す。

政府の出す政策には必ず問題点を挙げて反応し、決して全面的に賛同しない。

「家族の愛」や試練に耐えて達成する「ガチンコ」ものについて賞賛する。

死亡した者に対して非難をしない。

こうした儀礼に逸脱した場合、その時点では賛同者がでるよりも奇異な目で見られたり、一意見として沙汰止みにされる。少なくとも理に適った「まっとうなもの」とは見なされない。

もっとも初出の逸脱者に続いて逸脱が連続する場合がある。

それが一つの儀礼となる場合もあろう。


恨みもない見知らぬ人(多くは自分よりも弱者)に危害を加え、時に殺害に至る事件を起こすものが最近跡を絶たない。こうした事件の犯人は「おかしい」のだろうか。心神耗弱していたのだろうか。


上述したような思考をする立場からして、そうではない可能性も考えられる。

つまり、彼らは標識に過ぎない情報と定型化された儀礼の社会から踏み外したかもしれないが、

自らの感覚、直接的経験に基づいて世界に生きようとした点において「生き物」として正直であったのではないか(集団内の生活においてこれは非常に破壊的行為であるが)。

内容が分からない、自分が直接知覚によって納得できない理に適っている(であろう)情報の標識や規定された儀礼に身を委ねる者か、絶対的な規範でさえ自らの知覚でその内容を把握しようとする者か、世間を認識するに「正しい」のはどちらであろうか。或いはどちらかが「正しい」とされるがそれはそれぞれどのような事態に直面した際の判断であろうか。




ZARD雑感(そしてアジア暴論へ)

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一昨日実家が引っ越した。15年過ごした横浜北部の新興住宅地から首都圏の周縁、天狗の住む山の裏の谷へ。自分は鈍感であるから感慨は今のところ湧いてこない。

今湧いてくる感慨はZARDである。

自分は古くからのファンではない。もちろん「負けないで」「心を開いて」「マイフレンド」などは耳覚えはしていた。じっくり聞き始めたのは大学2年から。カラオケのネタになるだろうという、世俗極まる動機からである。

ベスト版を借りてMDに録音しておそらく十日も経たない時、剣道の交流試合に出させてもらったが、ひどい負け方をした。おまけに試合のマナーが悪いということで彼此双方の先輩の激怒を買った。帰りの終電で一人悔しさで泣きながらそのMDを聞いたことが印象深い。(結局自分が納得する雪辱は得られず大学での剣道を終えた)

 このMDはその数ヵ月後どこかにいってしまった。今では矢沢永吉と布袋寅泰と並んで中心に聞くアーティストであるが、当時はそこまで聞き込むほどではなく、そのまま聞かなくなった。

 再び聞き出したのは3年後、前にも述べたとおり中国旅行直前にZARDのライブDVDを買ったときから。37歳にもかかわらず恥ずかしそうに歌う坂井泉水さんにかなりハイテンションになったことはそう古い記憶ではない。ちょくちょくDVDを前のMDがわりに聞いていたが、実際にアルバムを(Book Off)かい出したのはそれから一年後、去年のことである。

 最初に買ったのが「君とのDistance」、「止まっていた時計が今動き出した」だった。十周年の際のアルバム以外全てのオリジナルアルバムを持っているが、やはり上記の二つのアルバムつまりここ最近の作品が一番聞き応えがある。

 

 矢沢永吉、布袋寅泰もそうだが、自分はベテラン、現時点で円熟を迎えているアーティストの作品を聞く傾向にある。これは自己省察の一つの側面になりえるが、おそらく一つは天邪鬼な性格があって、今流行の曲を聴かない傾向による。もう一つは中年に入るベテランの歌唱力が若手のそれを凌ぎ、聞く人に落ち着きと感慨をもたらす事である。また一つ、これは深層心理かもしれないがベテランであることに安心して聞ける、言わば依存心から来る保守性であろう。若々しい曲に触れ、そのアーティストの表現世界を味わうことは新鮮であるが、反面面倒なことである。(もとから聞かなければよいのだが…)

 

 ZARDに関しては、全盛期といわれる90年代中ごろを中心とした曲は、確かにいいメロディーだし、坂井泉水さんの声もよく出ているのだが、どこかアイドル、「歌姫」といったもの、華やかであるがどこか軽々しく感じるところがあり、飽きやすい。それよりむしろ、スポットライトが離れ、不調から立ち直ったここ最近の作品の方が味わい深い。ただ現実を謳歌する如くの青年期から、十年スパンで時間を経験し過去と向き合いつつ生きる人の気持ちがこもっている中年期へ。多少無理に流行りに合わせようとしたり、アレンジの実験で失敗たり、時事を反映する歌詞を不器用に入れたりするところがあるが、それは試行錯誤のあとであるし、ベテランの歌唱があれば余り問題でない。

 この2作品について、自分の感覚の中でそれ以前の作品と違う点は、「アジアを感じる」ことである。

主観ここに極まるというべきだろう。たしかに「君とのDistance」で歌われている「あなたと共に生きていく」はそもそもテレサ・テンに歌詞を提供したもので(あまり売れなかったが)、今回間奏で中国語の台詞が入っている。しかし、それを抜きにしてもこの2作品はアジア、「東アジア」を感じるのである。

今から二年前、自分は中国を旅行した。中国ではグローバル化という名のアメリカナイゼーション、脱亜入欧が暴力的に進められ、古いものが破壊されている渦中にあった。日本の階層の二極化よりはるかに重層的で深刻な格差社会が展開されていた。実際無味乾燥だがとりあえず近代的であるインフラ建設が進むのは都市の表面部分を中心に限定される。日本で言う中産階級はもちろん大規模に出現しているが、都市下層の人々は悲惨でホームレスというよりは乞食、浮浪者というにふさわしい人を多く見かけた。都市も郊外になると古い家屋を見かけたり、公衆トイレは有料でそれも穴を掘って板を渡しただけの半公開()のものが一般的だったり。

 どうしたことか、帰国して一年後に聞いたこのZARD2作品の諸曲がこうした中国での光景にしっくりくるのである。アニメやドラマのオープニング、エンディングや合間に挿入曲やテーマ曲が流れるが、あの自分が経験した中国の光景にそうしたBGMを入れるとしたら間違いなくこの2作品から選ぶだろう。逆にZARDのそれ以前の曲はしっくりもこなれければ脳裏に浮かんでもこないのである。

 テレサテンに歌詞を提供した曲を坂井さんが歌ったのは、スターであるテレサ・テンとの縁を意識したものであって、中国や東アジアに繋がると意識したものではなさそうである。プロモーション映像やライブでのモニター映像ではパリやアメリカの国道、モナコの街などヨーロッパ趣向のものが多い。週刊誌の記事によると、彼女が旅行しようとした、或いは行ったのはパリやグアムなどで、伝統的なアジア地域ではなかった。(テレサ・テンもパリは好きであった)

 自分としてはライブのモニター映像等を見て、欧米志向だなあと感じていた。観光において日本人はアジアへの関心が増えつつあるが、アジアは地味でダサい欧米は華やかでオシャレだという意識が根本から消えていない。海外では日本人は外見は黄色(アジア)だが中身は白く(欧米)、「バナナ」であるとも揶揄される。このように欧米志向の意識は何もZARDだけの問題ではもちろん無いわけである。ともすれば東アジア全体の問題かもしれない。中国では他のアジア諸国家の例に漏れず、市場経済とアメリカ式スタイルを追いかけながら、歴史と伝統を政略と商品に再編し、民族の差異や慣習を無視している。便利一辺倒で画一的な建設を続けながら、伝統的な建物や風景を破壊している。進歩と合理の名の下、人々と地域を市場と消費に動員し続けている。

 2004年と2005年に出されたZARDの作品にはとりたててアジア回帰という意識はない。ではなぜ自分の中でこの2作品に「アジアを感じる」のだろうか……

 アジアには欧米に内在する文明化、進歩のベクトルに自らを邁進させねばならないという強い磁力が作用する潮流が19世紀後期以降流れている。円熟までの時間アジア世界の一つ日本に生活し続けた坂井泉水さんの歌唱にはそうしたアジアの潮流の空気を自ずと帯びており、それ故自分の中の現代中国の情景にしっくりくるのかもしれない。

 この2作品にある諸曲は不条理を強く帯びるアジアの潮流に意識するしないにかかわらず生きていく人々への、応援歌のように感じられる部分が自分にはある。

 坂井さんの訃報は韓国や台湾でも取り上げられた。北京や上海など中国沿海部でも多くは無いがファンは確かにいる。

 ここ最近になって味わいのある歌唱でアジアを自分に意識させるようになったZARDの作品がもう出ないことは非常に残念である。

 

 最後に。自分が親しんだベテランアーティストの一人が亡くなった。このことは自分に別の意味を暗黙裡に提起しているような気がする。それは多くの作品を発表し、己の生きた証しを残し、輝きを発した後にこの世から去ったということで、次はあなたが自分の生きている証し(もちろん人によって様々)を立てる時が来ているのだというメッセージが後に残されているのだ。