高畠華宵の本
テーマ:本の目子供心にすこし怖かった。だけど魅かれていた。
今回ご紹介するのは、大正ロマンと昭和モダンを駆け抜けた、
1920年代のカリスマ挿絵画家・高畠華宵 (たかばたけ・かしょう)です。
「祗園の華やかな宵」を愛し、画家を目指して京都で学んでいた16歳のときに
「花宵(のちに華宵)」と号したのだとか。。。
その号の謂れを知っただけで、もう京都ジャンキーの僕は心はメロメロです。
今回の画像に使用したのは、今年の1月3日(土)から3月28日(日)まで
東京都文京区の「弥生美術館 」で開かれていた、
「高畠華宵展 」のものですが、僕はこの展覧会を見に行かれませんでした。
で!あまりに口惜しくて、4月1日(木)~21日(水)まで
ジェイアール京都伊勢丹7階に隣接する美術館「えき」KYOTO で開かれていた、
「高畠華宵展 」には行っちゃいましたよ!
僕がこの展覧会の売店で手に入れた、
「高畠華宵 大正・昭和☆レトロビューティー 」松本品子編(河出書房新社)で、
華宵はこのように序文で紹介されています。
国貞えがくの乙女もゆけば
華宵ごのみの君もゆく
宵の銀座のオルゴール
流行歌に名前が織り込まれた挿絵画家は、
後にも先にも華宵だけである。
華宵の描く女性の多くは、大正末から昭和にかけて銀座を闊歩した、
モダンガール(モガ) と呼ばれた人々です。
それまで女性の象徴とされてきた、長い黒髪をばっさりと切り、
後ろ髪を刈り上げ、耳元あたりで切った髪にウェーブをほどこすという、
当時「断髪 」とよばれた髪型がモガのシンボル。
僕の友人「大好き!! 」さんが先日したという、くるくるパーマとは訳が違います。
雑誌の挿絵画家として絶大な人気のあった華宵。
昭和のはじめには、華宵会いたさに岩手の少女ふたりが、
神奈川県鎌倉稲村ヶ崎にあった、
通称「挿絵御殿」と呼ばれた華宵の家を訪ねて家出したり、
華宵を名乗った少女誘拐まで起こる始末。。。
僕は華宵の作品の中でも、あの美しい三白眼で遠くを見つめる、
とくに和装の女性たちが好きでなりません。
華宵の描く女性の和装の趣味もいいんですよ。
和装という点では「華宵浴衣」というのもあったくらいで。
また、当時25万部の大ヒットとなったという、華宵が便箋の表紙絵を描いた「華宵便箋」。
先ほど紹介した「弥生美術館 」で復刻版が売ってるんですけど、
なかなか買いに行かれなくて。。。
神奈川県川崎市の「川崎市岡本太郎美術館 」で売っている、
「太陽の塔のミニチュア(白) 」くらい欲しいんですけど。。。
あぁぁ、欲しい!
<この記事の関連記事>
2005年2月27日付「京都の目SP~番外篇③本のはなし 」、
2005年3月14日付「岡本太郎づくし 」も併せてお読みください。
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1 ■展覧会いいですね。。。
嬉しいコメント有難うございました。
こちらこそ宜しくおねがいします。
美術館「えき」KYOTO の文字見つけて
ついついお邪魔してしまいました。
京都河原町の"築地"という
昭和初期からやっている喫茶店がありますが、負けず劣らず古い喫茶店が
地元にあります。
一歩中に入るとお客様も古き良き時代を
生きてきた方々。。。。。
何故か気に入り通っています。
次回行くときは壁の絵も楽しみです!