母は偉大だと、やっと気づいた
※若干暗い話注意かも?そこまで暗くないよ!
幼い頃から母が苦手でした
理由はいろいろあるし、ちょっと言いづらい事もあるので書きませんが、
幼い頃から、母と私はあんまり会話をしていませんでした
必要最低限、というわけではなかったけれど、
でも、今日は幼稚園でこういう事があった。そういうような話はほとんどした事がありませんでした。
それは小学生になっても、中学生になっても変わりませんでした。
高校生になったら、もっと酷くなりました。
全日制ではなく、通信制。親も全く知らないシステムなので、卒業式を目前にした今でさえ、きっと私の両親は私の通っていた高校のシステムをよく理解していないと思います。
おおまかな事は話したけれど、具体的に話したことはないのです
単位大丈夫なの?という会話はよくしましたが、私は大丈夫だよ。とかちょっとやばいけどなんとかするから大丈夫だよ。というだけで、具体的にどうなのか話したことがなかったからです
母と会話をするとすぐケンカになるのも、あまり会話がなかった理由の一つです。
母は少し人の話を聞かない傾向があるので、勘違いで怒られることもしょっちゅうでした
私も子供っぽいので、すぐに言い返し、悪化するのです
同属嫌悪だとわかっていました。でも自分から妥協するのは負けた気がして悔しかったのです
親なのだから子供の気持ちくらいわかってよ そう思っていたのです
母はいつだって子供のことを考えていてくれていたのに。
その事に気づいたのは、その事を知ったのは、高校卒業が決まり、春から東京へ行くのが決まったこの2ヶ月の間でした。
18年以上も生きてきて、やっと知ったのです
ずっとずっと、自分は母が嫌いだと思っていたのに
今ならやっと、好きだと思えるような気がするのです
この2ヶ月の間に何があったのかと言うと、主に三つあるのだけど・・・
私の通っていた高校は通信制です
制服などはなく、私服で通うため、入学式・卒業式などに出席する時はほんの少しだけ困るのです。
入学するときは制服に近いような服装で出ましたが、
卒業式まで同じ服で出るのはちょっと嫌でした。
私ももう18なのですから、スーツを着てみたいと思ったのです
高校で唯一の女の子のお友達とも、卒業式は一緒にスーツで出たいね、という話をしていたので。
そこで、母に「卒業式はスーツで出たいんだけど・・・」と相談をしました。
半ば諦めていました。母は半ば口癖のように「うちにはお金がない」と言っているからです
スーツなんて高いものですから、自分で出すには無理があり、母に頼むしかなかったのですが・・・
無理だと思っていたのに、母から出た返事は簡単なものでした
「そう言うと思って、お金は用意してあるよ」
耳を疑いました。嘘じゃないの?と思いました。
「え?」と思わず聞き返した私に、母は笑って言いました
「高校も卒業するし、専門の入学式もあるし、スーツのほかにも必要になってくるでしょ?
そのためのお金はちゃんと用意してあるよ」
泣きそうになりました。
今まで母を嫌悪していた自分を殴りたくなりました
あんなにケンカをして、大嫌いだと言ったこともある私のことを、母はずっと考えていてくれたのです
私は嬉しくなって「近いうちにスーツ一緒に選んでね」と約束をしました
私の部屋には、母と一緒に選んだスーツがかけられています。
卒業式まで後もう少し。着るのが楽しみです
母が最近になって、今までやっていたパートの仕事に加えて、土日に近くでバイトを始めました。
前々からバイトをしたいと言っていたので、あんまり気にはしていなかったのですが、
ある週の金曜日、たまたま仕事が休みになった母が、バイトがある私を送り迎えしてくれたのです
車での帰り道、母がバイトを始めて土日のお昼の3時間くらい家にいられなくなる事を謝りました
正直私は、今までも昼過ぎまで寝ていたり、土曜日はバイトが入って昼過ぎに起きてご飯を食べてバイトに行ったり、
日曜は前まで学校があったので朝早くからいなかったりで、
土日に母が何をしようとそんなに気にしていませんでした
だから私は「別に、バイトあったり昼過ぎまで寝てるから気にしてないよ」と返しました。
母は少し笑っていました。
「あんたと○○(私の妹)が専門と大学卒業するためにちゃんとお金を貯めないとね」
この言葉を聞いて泣きそうになりました
今までだって母はいっぱい苦労をしてきたのです
中学時代不登校でいっぱい母にも八つ当たりをしました
大嫌いってたくさん言いました
高校へ入ってからも私は変わりませんでした
私は母から愛されてないと勝手に思っていたのです
私ばかりが不幸だと悲劇のヒロインを気取っていたのです
私より母の方が辛かっただろうに。
バイトを始めた今では、母はほぼ一日も休む日がありません。土日も3時間前後とはいえ(まぁ私はいつも3~4時間しかバイトしていないのですが)働いているのですから。
休んでいるより動いている方が楽でいい。と母は笑いました。
泣きそうになった私は、話を半分聞いていないふりをして、その言葉に返事をしませんでした
車から窓の外を見て、聞いていた曲の音量を上げて、
気を紛らわせて絶対に泣かないようにしました
一人で泣くのは嫌いだけど 家族の前で泣くのはもっと嫌いなのです
ある日父が、祖母がくれたとひなあられを持ってきました。
その約二日後、小腹が空いていた私はちょうどテレビを見ていた母に「これ、食べていい?」と聞きました。
この辺りの地域は、ひな祭りや端午の節句などのお祝い(?)をひと月遅れでやる風習があります。
つまり、3月3日にやるひな祭りを4月3日にやるのです。(うちは私と妹だけの姉妹で兄弟がいないので鯉幟はもちろんありません。)
ひな祭りをやる4月3日までは1ヶ月以上あったので、ひな祭りをやる時にはまた新しくひなあられを買うだろうと思い、母に食べていい?と聞いたのですが、
だめ。とあっさりと断られました
「えぇ?」と私がしぶると、「うちはひと月遅れでひな祭りやるけど、今年は3月にお雛さま出すから。」と言われました
「なんで?」と聞くと、母は私が考えられないような事を言いました。
「ほんとは4月に出さなきゃいけないけど、4月3日はあんた入学式でいないし、お母さんも出るからいないでしょ?
だから今年は3月にやるの」
この母の言葉を聞いた時、今まで母に辛くあたった事を全力で土下座して謝りたくなりました
ひな祭りのことなんてすっかり忘れていました。といいつつ毎年忘れていますが。
小さい頃はひな祭りが大好きでしたが、最近ではお雛様を出したり片付けるのが面倒であんまり好きではなかったのです
今でもひな祭りは特に興味がない小さなイベントですが、
それでも母がそんなところまで私のことを考えていてくれていたのが嬉しくて仕方なかったです
でもやっぱり素直じゃない私は「あー、うん」と曖昧な返事を返して「じゃあいいや」とひなあられを諦めて自室に引っ込みました
泣きたい気持ちでいっぱいだったけれど、一生懸命抑えました
今まで嫌いだった母がすきになりました
家族が今までよりすきになりました
春にこの家を離れなきゃならないからこその心境の変化なのかもしれません
せっかくすきになれた母とあと1ヶ月で気軽に会えない距離になるのは寂しいけれど
なんだか少し、頑張れる気がしました
※こんな長文を最後まで読んでくれてありがとう






