生老病死~自己回帰~

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写真は、我が家から見えた朝焼けの赤。

仏法用語に、四苦八苦という考え方がある。


ここでの【苦】は、おもうようにならない

事を意味する。


生きていれば、おもうようにならない事ばかりで、それを人は、苦しいと感じる。


「四苦」は、生老病死となる。


生老病死とは、


この世に、生まれて生きてゆく


この世で、老いてゆく


この世で、病に冒される


この世から、死にゆく


事だ。


そして「八苦」は、


生老病死 「四苦」のほかに、


怨憎会苦ー恨み憎む者と会う事


愛別離苦ー愛する者と別離する事


求不得苦ー求めるものが得られない事


五蘊盛苦ー五蘊(人間の肉体と精神)が

おもうままにならない事

とあり、

全てのこの世の【苦】は、計 八苦となる。


生老病死は、時に季節に例えられる。


春の温かな陽射しの中、この世に産声を

上げ、たくさんの人々の祝福を受けて、

生きる事を自らが決意し、

すくすく伸びゆく季節。



夏の苛烈なる太陽の熱を浴び、

何事にも果敢に挑戦する青年の季節。

挫折と成長を繰り返しながら、

自己を確立していく。


秋の冷たい風が頬から熱を奪い、

この世の大半を生き抜き、

落ち着いてゆく季節。

さまざまな新しい出逢いによる病により、

残された余生の大切さを

感じ入る季節。

冷静に理知的に、自分自身の余生を再計画し直していく。


枯葉舞い落ち、冬の吹雪く中を、

凛と独りゆく季節。

それは、獅子の如く、

勇壮に、優雅に、

そこに居るだけでいい存在に

なりゆく。魂の偉大さを噛み締めながら

この世で残された時間を純粋に楽しむ。

そして、再生を待ち侘びながら、

息を引き取り、この世から去る。


わたしのイメージは、これだ。


最近わたしはこの生老病死という考えに

基づき、自己や他者との経験則に当て嵌めて、

熟慮する瞬間が増えた。


それは、各人の死生観に通ずるところ

がある。


生老病死という考え方があるからこそ、


いかに一瞬一瞬を生き抜き、

最期の幕を悔いなく閉じられるか

否かー。


つまりは、この世に生まれ出た瞬間から、

生老病死の考えを誰もが背負うと同時に、

この世に執着する感性=欲望を

人間は備えてしまう。


人間には欲望というものがある。


欲望とは、より自己利益を追求し、

(妄想および行動)をし、

その結果得た利益により、心が満たされる

(満たされないままある)

状態をいう。


欲望は生きている限り、枯渇する事はない。


この生老病死と欲望は、

相反するものだ。


あるがままと、そうでない自己中心的

なもの。


そして、他者との交流、

人間社会とのつながりによって、

人はそれらに翻弄されながら、

疲弊と再生を繰り返す。


男であろうが、女であろうが、

日本人であろうが、外国人であろうが、

ヘテロであろうが、性的マイノリティで

あろうが、

富裕層であろうが、貧困層であろうが、

家族であろうが、他人であろうが

関係ない。


その人の死生観と欲望に、

皆一様に振り回されている。


それが、生きてゆく苦しみの大半を

占めている。


だから、各々に確固たる自己形成と、

不断なる自立心が必要になる。


しかし、人の精神は脆い。


心は、闇へ闇へと向かいがちになる。


そんな時、生老病死の考えを振り返る。


この世は、おもうようにならないのだ、

と。


あきらめるのではなく、理解すること。


そして、限られた時間の中で

わたしらしくいるために、

何をすべきかを考え、行動する。


この当たり前が、出来ない事が

多いから悩み苦しむ。


人はそうそう変われない。

変わるには、たいそうな自覚と時間を要する。

変われないのならば、変わらなくて良い

部分に努めて心を動かし、行動する

しかない。


心のおもむくままに。


As you like...


いつも皆さんが幸せな気持ちで

いられますように。


今苦しい方の全てに、光あれ。


そして、闘いこの世を去った全ての方に、

尊敬を持って、

願わくば再生の期待を込めて、

いつまでもこの世で生きた雄姿を

忘れません。


わたしは、この世界を愛しています。
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20171013日、京都旅でもらった風邪の治りかけの中、久々ブログを記そうと思う。



現在のわたしの体調は、風邪以外には

目やに問題があるくらいで、

9月初旬から実施されている減薬

については、恐れていた副作用(発疹、

口唇裂傷等の粘膜障害)も約1ヶ月経過しても

無い状態である。



すこぶる調子が良い訳では無いが、

昨年の状況よりはかなり良い。



裏を返せば、昨年は本当に苦しい

一年だったのを思い出す。




わたしの現在の職場は、片道1.5時間かかる

場所にある。



電車とバスを乗り継ぎ、徒歩約10分のところにある。



厳しい就職条件となった今、仕方なくそこを選んだ。



近場で、よりよい案件なぞ転がっていなかった。



この長距離通勤のおかげで、わたしはヘルプカードの浸透力に驚かせられたのだ。



上部に添付させていただいたTVCMのおかげも多分にあると感じている。



隔週で早番時に、必ず席を譲ってくださるおじさまや、ヘルプカードを見て直ぐに席を立ってくださるおばさま、満員電車でこのカードを目にして、声を掛け席を譲ってくださる

幅広い年代の皆様、本当にありがとうございます。



特に、早朝バスでいつも席を譲ってくださるおじさまには、感謝の気持ちでいっぱいです。



いつもありがとうございます!



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over 912.5 days ~今、想うこと

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※写真は、自家製ピクルス 製作過程。




201781日、骨髄移植をして

2年半を越すことが出来た。




20141月に入院加療開始から

換算すると、

3年半が経過した事になる。



この2年半の間で、

血液は寛解状態を維持し、

筋力と体力が徐々に戻り、

服薬による粘膜障害のため、

未だ目や唇の損傷に

日々苦しむ毎日ではあるが、

どうにか生かされている。




骨髄移植後から今日に至るまで、

さまざまな出逢いと別れを繰り返し

てきた。



哀しいけれど、続いて行く必要のある関係

ではなかったのだ、

と自分に言い聞かせる。



想いが続く関係かどうかは、

互いの人生の転機や環境によって変化し、

やがて互いか一方が不必要な存在になる事も、

しばしばある。



情けない、不甲斐ないけれど、

そんな人間関係の中、生きている。





変わらないもの、なんてない。



心も体も、一秒一秒変化している。



けれど、変わらずにいなきゃならない

ものだってある。



それを忘れたときに、

人は変わり、

自分も変わり、

相入れなくなる。




蔓延するストレスは、人間関係の中で

生まれる。



生きている限り、この悩みは誰にも

つきまとう。



ストレスのない人間関係なんて皆無だけれど、

互いがよりストレスのない、

関わり方をしていく事を

常に考えたい。




生かされた人間として、何が出来るのか。




新たな日常という試練の中、

日々考えている。




幸せな時間を、共に紡いでいけることを。


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