龍馬伝 40話 清風亭の対決


馬関の一件で、ますます坂本龍馬へのマークがきつくなる。

長崎奉行 朝比奈昌広は「あやつは今や幕府に逆らう重罪人だ!

わしが居る限り2度とこの長崎の地を踏むことはゆるさん!」と

息巻き、お元にも龍馬を見つけ次第、報告するように言う。


馬関の戦いで戦果をおさめた社中が長崎の家に帰ったら、社中の家が

何者かに荒らされていた。それを小曽根英四郎が龍馬に伝えに来た時、

兄の小曽根乾堂から小曽根家の離れを亀山社中に提供したいと申し出が

あったが、迷惑がかかると龍馬は一旦断る。しかし、乾堂曰く、「わたしも

かくごば決めましたけん、奥の離ればお使い下さい。奉行所の目はそこまで

届きません」と、亀山社中を理解してくれることばをかけてもらい、龍馬達

社中はそこをありがたく使わしてもらうことにする。


その頃、高杉晋作は病気療養中だった。木戸孝允が高杉を見まい今後の

方向性を話したが、高杉は坂本龍馬の大政奉還論を尊重していたが、木戸には

夢物語にしか見えず、やはり前回同様平行線をたどってしまった。


土佐では、部下から徳川慶喜公は幕府の力を回復させる為に着々と手を

打っていると報告されるも、山内容堂は「どうかのう。慶喜公がどれば

頑張っても昔の幕府を取り戻すことは出来んがじゃ。そろそろ潮が満ちてきた

ようじゃ」と、動き出すそぶりを見せる。そして、後藤象二郎を長崎へ

送り込んだ。弥太郎は後藤から「80万両早急に工面しろ!」と言われ、

直ぐには無理ですと回答するも、「それを大殿様に言えるか?なんとかせい!

岩崎!」と言われ困り果てた時に、ふと、龍馬の顔が脳裏をかすめる。

「坂本龍馬」というキーワードを口にしようとするも、悔しさから後藤には

言いだせなかった。その時、後藤に元に大殿から、秘かに薩長に近づけと

手紙が来る。後藤は小曽根と大浦慶を呼び出し、「薩長のご重役にこのわしを

引き合わせてくれんかい」と頼んだが、徳川の領地である長崎で商いをさせて

貰っているので、それは出来ないとやんわり断られてしまう。だが、落胆する

後藤にお慶と小曽根がビックリする提案をする。「坂本様がおられるっちゃ

ありませんか?薩摩にも長州にもお顔の効く人は、坂本龍馬様でしょう」

そしてお慶が会心の一撃「どしてあげん重宝なお方ば、土佐藩は...」を

出した時、ヒットしたのは弥太郎だった。弥太郎が「止めい!それを

口にすな!」と大声で割り込んできた。後藤は坂本龍馬の名前を聞いて、

「坂本!」と叫び大興奮。会談の後、後藤曰く「まさか坂本の名前が出てくる

とはのう。土佐を脱藩した下士が、薩長を結びつけたやの、幕府の役人を

殺したやの、今度は薩長との橋渡し役かい。武市よりたちが悪い!」

後藤は、龍馬が使える奴か目障りな奴かを確認するために、弥太郎を使い、

龍馬を探させた。弥太郎は、グラバー、お慶、小曽根に龍馬の居場所を

聞いて回ったが、誰も教えてくれなかった。そりゃそうですよね、

みんな龍馬のビジネスパートナーですものね。そして、弥太郎が龍馬探しの

鬱憤をお元を呼んで酒で晴らしていたところへ、龍馬がひょっこり現れる。

龍馬は明るく弥太郎の大出世を乾杯で祝ったが、弥太郎は複雑な表情。

凄みのある顔で弥太郎が龍馬に「おまんは、わしがおまんを探しちょった訳を

知っちゅうがか」と聞くと、龍馬は後藤象二郎に会ってもいい、土佐藩の

参政が会いたいと言ってくれるのは脱藩浪士には光栄なこと、そして、

後藤象二郎という男と顔を突き合わせて話がしたいと答えた。その危険さは

弥太郎には分かっていたので、弥太郎は薩長と話をつけてくれたらいいだけと

いうも、龍馬は日にちと場所を決めろと弥太郎にいった。亀山社中に帰った

龍馬は皆に「後藤象二郎がわしに会いたいそうじゃ!」といい、社中は

大騒ぎとなる。土佐出身の社中にとっては、後藤は武市や以蔵の敵。

しかし、龍馬は後藤が大政奉還の為の良い機会だといい、「後藤象二郎が

昔のことを根に持つような男か、それとも日本の将来を考えることが出来る

男かわしがこの目で見定めてくるけん」と言い張った。


慶応3(1867)年1月12日 清風亭会談。後藤象二郎は坂本龍馬に対し、「おまんは

ここで捕らえられて打ち首にされても文句は言えん。土佐藩の為に働け。

土佐と薩摩、長州との橋渡しをしろ」と迫る。それに対し、龍馬は断ると

言うと、後藤はおんしには選べる道が無いがじゃ、言うことを聞かんと

この場で死ぬだけじゃと、さらに橋渡しを強要した。それに対して龍馬は、

仲間が外で待機しているので、道が無いのは後藤象二郎とて同じだと前置きし、

馬関の戦に参戦したこと、その時の幕府軍の弱さを説明し、今こそ大政奉還を

迫る絶好の機会だと説明した。後藤は、最初に大政奉還という言葉を聞いた

時、木戸のように寝言はたいがいにしいやとまともに取り合わなかった。

理由は同じ、政権を手放す訳がない。龍馬は説明を続ける。

「ほんじゃき、土佐藩の出番だがじゃ。薩長は今、勢いづいちゅう。けんど、

幕府やち腐っても鯛ぜよ。政権を帝にお返しせえと迫っても、簡単にひるまん

ろう。そこで、土佐24万石の出番ぜよ。幕府軍にとって脅威になるがじゃ」

それを聞いた後藤は、土佐藩が出張る理由が分からんと言う。龍馬は薩長に

近づきたいのならがっちりと手を組むことが必要だと説明。後藤は、大殿様と

徳川慶喜公は仲がいいので、それは無理だと言う。それを聞いて龍馬は喜び、

それは都合がいい、土佐が寝返ったとなると大政奉還を迫るこの上ない機会

だと付け加えた。後藤は、土佐藩が幕府に戦を仕掛けることは天地がひっくり

返ってもないと言った。その後、後藤を突き動かす言葉が龍馬の口から出る。

「それでのうてはいかんがじゃ。土佐は徳川には刃を向けん。その考えこそ、

薩長を抑える力になるがじゃ。よう考えてつかーさい。いま言うたわしの

考えは土佐が新しい日本を作る要になる言うことぜよ。まさにそれこそが、

大殿様が御望みになっていることではないですろうか?」そして、最後に

龍馬は付け加えた「これほどまでに言うたち気に入らんと言われるなら、

土佐藩も後藤様もとんでもない大バカもんじゃ。」

龍馬がここまで言ってしまったので、上士達は「なんじゃとー!」と刀を

抜いて大騒ぎとなった。後藤は確かに正論を述べていた。それにもかかわらず、

龍馬の話に引き込まれていった後藤は、「まっこと恐ろしい男じゃのう、

おんしは。」と言い、ニヤリと笑い「わかった、おんしの話にのろう!」と、

答えた。しかし、後藤象二郎もキレ者、但し条件があると言い、

「亀山社中は、土佐藩の元に入りや!」と言った。それに対して龍馬は、

「土佐藩と対等の立場でえいと言われるんであれば、手を組みましょう!」と

返した。上士は大騒ぎ。龍馬の目から一筋の涙。後藤はニコッと笑い、

「ええやろ」と答えた。そしてはっきりとした声で、「土佐藩は薩長を

利用する。坂本、必ず土佐が日本の要になると約束しいや」と龍馬に言った。

龍馬は立ち上がり手を出し「約束のシェイクハンドじゃ」と、笑いながら

後藤に握手を持ちかけ、後藤もその手を握った。上士と下士の握手。

土佐藩ではありえないと思われていたことが、長崎の地で起こっていた。


龍馬はこれで、さらに自分の身の危険が増すことを考え、才谷梅太郎と

名前を変えるとお龍に告げる。しかしお龍はそのカッコ悪い名前が嫌い

らしく、「龍馬さんはやっぱり龍馬さんや。才谷梅太郎なんて人、うちは

嫌いや」と言った。.....龍馬暗殺まで、後10ヶ月!


龍馬伝紀行は、長崎市浜町 土佐商会跡、金町 後藤象二郎邸跡、

万屋町 清風亭跡でしたね。それから、海援隊約規が個人所有のものとは、

びっくりしました。


次回 さらば高杉晋作


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主なキャスト
坂本龍馬 福山雅治
岩崎弥太郎 香川照之

山内容堂 近藤正臣
後藤象二郎 青木崇高
沢村惣之丞 要潤
陸奥陽之助 平岡祐太
高松太郎 川岡大次郎
千屋寅之助 是近敦之

お龍    真木よう子
お元    蒼井優

木戸孝允(桂小五郎) 谷原章介
高杉晋作 伊勢谷友介
西郷吉之助 高橋克実

朝比奈昌広 石橋凌
小曽根乾堂 本田博太郎
大浦慶 余貴美子