柿田川フィッシュストーリー (静岡県) | 小久保領子 読み物ブログ

柿田川フィッシュストーリー (静岡県)


「釣れる釣り場」の究極のカタチ。

「綾部養魚場」(柿田川フィッシュストーリー)代表取締役 綾部高尚


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「ココ、ホントに魚がいるの?」「魚の量が少ないんじゃないの?」管理釣り場に出掛けて、釣れなさのあまり、こんなことを思ったことが必ず一度はあるハズだ。私は確かに、幾度となく経験している。技術の未熟さを棚に上げて、ではあるが…。
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しかし、こんなことを言わせない釣り場があるという。放たれている魚の量は、誰もが目を疑うほど豊富。ルアーを投げれば、スレ掛かりしてしまうほど大量の魚が、放流されているのだと。まさか、宣伝文句の言いすぎでしょ。というのが正直なところ。だったら、自分の目で確かめに行くしかない。そして、それがもし本当だとしたら、そこまでやる釣り場の意図とは、果たして何なのか?

今回向かった先は、静岡県にある『柿田川フィッシュストーリー』。こちらの社長、綾部高尚さんにインタビューを敢行した。
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きっと、ご存じの方も多いと思うが、『柿田川フィッシュストーリー』は、元々は養魚場として誕生。昭和20年代に、現オーナーのお父様が、養魚専門として開業したのが始まりである。日本全国にある養魚場は、20年代に誕生したのがほとんどなのだとか。第二次世界大戦が終結し、敗戦の混乱を乗り越えたわが国は、社会生活の安寧によって第一次ベビーブームが起こる。高度成長の波にも乗り始めた時期だ。世の中のあらゆるものが勢いづいてきた伸長期。それを見逃さなかった先代は、養魚場の規模をどんどんと拡大していったという。国民の経済が豊かになれば、余暇を楽しむようになる。そうなれば釣り場も賑わうであろうし、釣り場が忙しくなれば、養魚場の利益も上がると確信した。しかし、これからが正念場という時期に、不幸にも先代が他界してしまう。そこで急遽、後を引き継ぐことになった綾部社長。24才の時である。
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では、何故、お父様が築き上げた大きな養魚場を、釣り場にしようと考えたのか? そのキッカケは何だったのか? 質問をぶつけてみた。すると、何とも呆気に取られるほどの答えが返ってきたのである。

「それは、養魚場の仕事がイヤになったからですよね。ハハハッ」。

突拍子もない一言に、出鼻をくじかれたような思いがした。こんなことを、いとも平然と言ってのけてしまうとは。
「先代が作り上げた養魚の仕事だけど、こんな大規模にやるのはイヤだから、何とか小さくしたいと思ってたんだよね。91年にバブルが崩壊したでしょ。その頃って、この養魚の業界って良かった時代なんですよ。割と儲かっていたんだよね。でも、このまま続けていくと、マズイことになるのかな、っていう予感もあって」。
 ふと、こんなことを思った綾部社長。
「元々養魚をやっていて、芦ノ湖や管理釣り場なんかに魚をおさめるでしょ。今ほどじゃないけれど、何て言うのかな。表の世界っていうの? 我々は縁の下の力持ち。だからね、儲けだって所詮は縁の下程度よ。でも、管釣りはやたら派手。そんなバカなことがあって良いのか!ってね。魚を作ることは地味だけど、その魚が活躍するところは派手だよね。ま、そんなのもあったかな」。
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 同時に、当時、養魚に使っている富士山からの湧水が減ってしまったこともあり、莫大な水を必要とする養魚場経営の先行きに、不安がよぎる。そんな中、何とかならぬものかと考えた結果が、釣り場を作ることだった。水が減り、養魚ができるような大量の水を確保できなくなってしまったとしても、釣り場であれば何とかやっていけるのではないかと。思い立ったら吉日。すぐに2池を潰して、釣り掘として営業を始めた。すると、お客さんの反応は、思いのほか良好。予想外の出来事だった。

「2池だから、2、3人程度しか入らないんですよ。で、2時間券と3時間券だけにして、ファミレス方式でお客さんに時間を書いてもらって。そうでもしなければ、さばききれないほどの釣り客だもの。有り難いことに、朝、ワッとお客さんが来てくれて。こんなにみんな、釣りに飢えていたのか?って思ったよ」。
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要するに、想定していなかったほど多くのお客さんが足を運んでくれたにも関わらず、入場者数には限度のある池だったために、一日券は作らないで、お客さんの循環を良くしたというわけだ。

 それまで、ルアーフィッシングの経験は皆無だったという綾部社長。ルアーフィッシングをやったこともなければ、もちろん、釣りに対する知識だってなかったであろう。ルアーフィッシングについての諸々の知識が無ければ、管理釣り場経営だって難しいハズだ。しかし、今となってみれば『柿田川フィッシィストーリー』は、数あるエリアの中でも屈指の人気を誇るエリアに昇りつめた。その裏には、どんな秘密が隠されているのだろうか?

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「人気の秘密はどこに?」という私の問いに「単純に釣れるからじゃないの」なんて、簡単にサラッと社長はお答えになった。だがそこには、ご自身が若くして経験された苦悩と、養魚から得た魚のノウハウ、それらを通して生まれたのであろう、断固として貫き通すお客様第一の信念と姿勢、そして、人としての思いやりと温かな気持ちがあった。

 釣り場を始めたのがキッカケとなり、綾部社長はあちこちの釣り場に出向き、偵察と勉強を兼ねて、各地を釣り行脚して廻ったのだという。しかしこれが、一匹も釣れない。「釣り場の現状なんて、こんなものか」と落胆。と同時に、ルアーフィッシングはゲーム性のある魅力的な釣りなのに、魚が釣れなきゃ、釣り本来の魅力も楽しさもお客さんには伝わらない。誰もがもっと簡単に釣れるようにすれば、お客さんは来てくれると実感したというのだ。ところが、どこの釣り場に行ってみても、「もっと練習しなきゃ釣れない」とか、「昨日は釣れた」と言い訳をするオーナーさんばかり。色んな釣り場に行って、一番良く言われた言葉、そして、一番頭に来る言葉が「昨日は釣れた」という、その一言だった。確かに、私も釣りに出掛けた際、釣れなければ一番に言われる一言だ。まるで、オキマリの台詞のように。こんな経験の数々から、綾部社長流の独自な経営理念が生まれることとなる。
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 「『昨日は釣れた』、なんて、お客さんに失礼だよ。お金払ってきてくれてるんだからさ。うちの釣り場では、絶対の禁句にしてるんだ。魚は生きものだし、その日によって状況が変わるのは確か。昨日は良く釣れて、今日は渋いって時も実際にあるよ。でも、例え事実であっても、決して言わないよ。お客さんからしてみたら『昨日は釣れた』じゃなくて、今日何とかしろ、今何とかしろ、って思うよね。そういう時には、放流だよ。
 うちは、基本的に平日は放流しないんだ。だけど、例えば、カップルで来てるのに、彼氏の方が格好つかない場合は、平日でも足元へちょっと放流してやるのさ。あとは、どうしても釣れないと言われれば、内緒で放流したりね。ここの名物、『足元放流』です。ハハハッ!うちは、そういう気遣いと、親切を大切にしていますね」。

せっかくお金を払って遊びに来てくれているのだから、必ず釣らせてあげたい、楽しんで帰ってもらいたい、社長のこの熱い思いがひしひしと伝わってきて、胸が熱くなった。そして、こう続ける。

柿田川フィッシュストーリーでは、子供料金を設定していない。それは、不利なのでは?という皆さん。ご心配なかれ。『子供池』なるものがあり、名前の如く、子供しか(同伴の親子さんはOK)釣りをしてはいけない池。そのまんまだが、ただそれだけじゃぁない。
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 「マイクロスプーンを投げ続けられている混雑した池の中で、一般のお客さんと混ざって、子供さんが一生懸命でかいスプーンを投げたって、釣れないんだよね。子供さんは、上手じゃないし、マイクロスプーンなんて使わないから、子供しか釣りをしないようにしておければ、ちゃんと釣れる。子供さん連れの家族が来るのは、土日が中心だし、子供さんが来ない平日数日間の間に、魚のプレッシャーも回復して、釣れるようになるんだよ。子供料金はないけれど、その代わり、ちゃんと釣らせますよ。釣れなければ、もちろん放流もするし、餌も撒く。それでもいよいよ釣れないようなら、奥の手だ。特別に、養殖池で釣らせてあげたりね」。
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 次に、魚の数について。釣り場の売りは、「魚をいっぱい入れておく」社長がキッパリと言い切ったように、他の釣り場では考えられないほど大量の魚を放流している。それも、養魚場としての施設が整っているからこそできる技量。「これだけ魚が入っていれば誰も文句を言わないだろう、お客さんも納得してくれるだろう」との考えだ。けれど、ただ単に魚の数が多いから、その分だけ良く釣れる、といったものではない。が、魚をたくさん入れておかないと、例えば、水の流れの変化のあるところなど、魚はひと所に寄ってしまう習性がある。皆さん、こんな経験はないだろうか? 釣り場に出掛けたものの、魚のたまっている場所にはすでに先行者が入っていて、仕方なく魚のいそうにない不利な場所での釣りを強いられたことが。更には、先行者に椅子やビクで場所取りをされてしまい、魚のたまるポイントで釣りをしたくてもそれができず、悶々とする感情を覚えた経験が。実際、綾部社長もそんな経験者のお一人である。絶対に自分の釣り場では、このような理不尽があってはならなし、させない。と、語気を強めた。
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 「何も考えず、ただバンバンと魚を入れているんじゃなくて、常時、魚の様子を見ながら、池全体に魚が散るように、考えて入れているんだ。魚が散れば、お客さんも散る。そうしないと、初心者の人は、魚のいない釣れない場所で、釣れないタックルで釣ることになっちゃうんだよね。そうなると釣れないのは当たり前」。
 釣りが初めての人でも、初心者でも、また、お子さんでも女性でも、来てくれた全ての人に、魚が釣れたときの素晴らしい感触を味わってもらいたい。自身の育て上げた、自慢の魚の引き味や釣り心地を、一人でも多くのお客さんに感じ、味わい、楽しんでもらいたい。「誰でも、絶対に釣らせる」そこに賭けた綾部社長の思いに、まるでズッシリと構えた巨木のような、決して揺るぐことのない芯の強さと太さ、大いなる心意気を感じた。
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 さて。私も、いちエリアファンとして、釣りの楽しさと感動をもっと多くの人々に味わっていただきたいと思っている。手軽で気楽に楽しめるエリアから、釣りの魅力を感じてもらい、やがては子供たちが次世代に釣り人として育ち、釣りが人気のアウトドアとして根付いていってもらいたい、と心から願っている私。こんな夢を実現させるには、どうしたら良いのかを、そして今後、どんな釣り場を目指してゆこうとお考えなのかを、綾部社長にお聞きした。

「他の釣り場が、もっと本気になって、釣れるようにしなきゃダメだよ。そして、初心者を大切にして、もっと釣らせてあげないと。そしたら、その人がまた新しいお客さんを呼ぶんだから。初心者に少しでも釣らせないと、この業界はダメだよね。手軽で身近な管理釣り場が釣れないんじゃ、イヤになっちゃうよ。だから、結局釣れなきゃダメってこと。釣りは釣れなきゃつまらないよ。

うちの時間券をチェックする時に押すハンコって、面白いんですよ。『釣りは放流だ』って書いてあるの。ハハハッ! 要するに、放流が全ての基本さ! 確かに、放流すれば釣れるんだよ。他の釣り場が、今の倍くらい放流してくれれば、養魚場もみんな潤うし、良い業界になると思うんだけどな」。
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すると、各メディアでご活躍されている、あの、高田達也さんが登場する。そして、こう続けた。

「今も、これからも、どんな人が来ても必ず魚を釣ってもらえる。絶対に釣らせる。そんな釣り場にしたいですよね。魚を釣った感触を味わってもらって、釣りって面白いな、って感じてもらえるようにしたい。それしかないんじゃないかな。魚が釣れなかったら、釣りの楽しさが分からないじゃない。魚を掛けて、魚の引きを実際に味わってもらってね。そしてそれから、何年か後に自分で道具を持てるようになった時、かつて味わった釣りの楽しさや引きの醍醐味が記憶に残っていて、“もう一度、釣りをやってみたいな”って戻ってきてもらいたいですよね。小さい子供に、“面白かった”という思い出を心の中に残してあげられたら、自分で道具を揃えて釣り場に来られるような年齢になったときに、“釣りをやってみようかな”って、なると思うんだよね。今から、その種を撒いておかないと。そんな裾野にいる人たちに、釣りの楽しさを伝えていきたいですね」。
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日々、進化と発展に目まぐるしい昨今。緑が減り、水場が減り、屋外での子供たちの遊び場もめっきりと影を潜める傾向にある。そんな中、子供たちが遊びを求める先は電子の世界へ。外での遊び場が減ったことにより、また文明や科学の進化によって、釣りをする環境に目が向かなくなってしまったことは否めない。大自然を軽視し、大自然と遊ぶことを忘れた子供たちもやがては人の親となる。その親が釣りをしたことがなければ、子供はもちろん釣りなんてできないし、知らない。これでは、あまりにも哀しいじゃぁないか。そこで、貴重な存在となってくる手近な自然が、『管理釣り場』なのではないだろうか。誰もが気軽に、手軽に魚と接し、自然を満喫しながら釣りが楽しめる場所。大自然と触れ合える貴重な環境で、それでいても釣れずに楽しい思い出を作ることができなかったら、自然を愛する次世代の釣り人が育つはずがないのである。色々と便利になったこの時代の中で、でも人間の根幹にある大切なものとして、「釣りを守って行きたい!」というお二人の信念を強く感じ、考えさせられた今回のインタビュー。
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「釣りは放流だ!」という短い一言。でもその一言が秘めている綾部社長と高田さんの心情は、深く、熱く、とてつもなく大きな意味を持っているのだと、私は真から感じさせられて身震いした。


※上記の文章は、2007年11月末に発売された「Fishing Area News vol.

 30」に掲載されたものに、加筆したものです。

 写真=加藤康一・Freewheel Inc.


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