前回書いたワークについて続き。

 

時々、バイロンケイティーのワークをします。

一人黙々と、自分が信じている考えを書き出し、

それが本当のことなのかを問いただすという楽しいもの。

 

 

ケイティーは言います。

「現実と戦ったら100パーセント負ける。」

 

実際に起こった現実に異を唱えれば必ず負けます。

この意味を理解するのに、かなり時間がかかりました。

なぜなら、自分で現実をコントロールできると信じていたからです。

でもワークで、ケイティーが言っているのは、

「〇〇でなければ良かったのに。」

とネガティブになる。

でも、起こってしまったことは変えようがない、

そんな意味だったんですね。

単純過ぎて見逃してしまいました。

 

そして、現実の瞬間に生きているようで

過去のトラウマ経験値で今を判断したり

恐ろしいストーリー展開で未来を想像し

今をどうにかしようとしたり、

私たちは今、この瞬間を生きていない、

そんなことにも気づきました。

 

当たり前にやっていることで

単純すぎて、気づかないこと。

 

人の話を聞いているようで

自分の解釈を相当に入れて理解していることも

この世の普通です。

 

私は外で活動することが多いので

いろんな方がイメージする「涼子」が広がってます。

みんなそのイメージで私を見ている、普通のことです。

 

メディアもそうです。

取材を受ける方だったから分かりますが、

どんな記事も大なり小なり盛ってます。

現実を知るには、実際に出来事に出会うしかありません。

それだって、イメージを捨てて出会うということです。

 

一言で言えば、

自分が信じているものを一度捨ててみる。

まっさらで出会う。

 

言葉を超えた出会い方をする。

 

その人や風景の空気。

そういうものは正直です。

どんなに言葉饒舌でも

キラキラがなければすぐ分かる。

 

目で見ようとせず

全体で感じ取ろうとする。

音楽を聴くときのように。

歌詞を捨てても感動できる音楽を聴くように。

 

自分自信ともそうやって

妄想やイメージをしている言葉を捨てて

言葉なしに出会ってみる。

それが原点だと思います。

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