販促マーケティングを教える塾とかコンサルタントをやってる帽子山のブログ

旅館再生という場で実践して学んだマーケティング。そこから気づいた視点などなど。僕と同じような事業継承者や経営者や販促に悩む人のためになれば嬉しいなと思って書いてます。


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普通電車の移動が暇すぎてブログ更新です。

こんにちは。やたらと経営者と話す機会が多い僕です。

経営をしていて先に進もう!、もっと売上を伸ばそう!、改革をしよう!etc

変化を求めて成長を望む、そういうのって素敵な事だと思います。

僕ら40代くらいの経営者だとちょうど事業継承を考える時期って事で、責任感や焦りからそう思い込む事によって余計にその意識が高い人って多いです。

でも、なんとなく危うさを感じる時もあります。

良い勉強をして実践すると結果が出る。そして次々と目標をクリアして前に進む内に、エンジンが止まらなくなってハイになる。

その成功体験が将来の不安を解消してくれて自己承認欲求も満たしてくれるから気持ちよくなる→そしてさらに成功体験が欲しくて「未来の不安は何か?」と先読みして、成功体験をさらに得ようとする。

繰り返して行く内に中毒のように不安を欲しがるようになる。

不安が無ければ成功体験も自己承認欲求も満たせないからです。

側から見てたら上手く行っている経営者。でも実際に腹を割って本音を導き出したら、不安の塊。


一生懸命に前向きである必要性があるばっかりに、前しか見えなくなってくる。

不安が無くなる事が不安だから、先読みして不安を探しまくっている。いつもハラハラしててすごく過呼吸な感じ。


上手くいってるのに…


挙句に変な判断をし出す…



経営に置いて先を読んで行動していくのは絶対に必要な要素だと思います。

でも現状を感じる能力も必須。

落ち着いて呼吸をする、呼吸をしてる自分を感じる、息が気道を通るのを感じる、指先に血が通うのを感じる、側に触れる衣服を感じてみる、目の前に広がってる景色を改めて観てみる。

頭で思い描く未来ではなく、今のあるがままを感覚を使って体感してみる。

そして深く深く深呼吸。


そういうのを瞑想って言うらしいです。


人は無意識に1日に何千回も、過去の後悔と⇄未来の不安を行ったり来たりしているそうです。

その振り幅が大きいほどストレス=不幸度が高いとか。そしてその逆の今を感じれる状態を維持して振り幅が狭いほど幸福度が高い。

ちなみに座禅で和尚さんにバチコーンとやられるのは、その振り幅がすごい時だとか。

姿勢や呼吸にその様子が出るのだとか。


幸福度が高い経営者と、不幸を探し求める経営者、どちらが良いか?

先を読むチカラも必要で、過去の失敗を繰り返さないチカラも必要で、バランスの問題ですが幸福度は高い方が好ましいですよね。

アレが出来てないコレが出来てないと粗を探されるより、出来ている事に感謝される方がスタッフも嬉しい。

子供の笑い声や、美味しそうな料理の香り、朝日の気持ち良さを感じれる気持ち、そういうのに感謝してる人って経営者じゃなくてもすごく良いですよね。



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ビジネスシーンで、

 

 

難しく考える事でハードルを高くしてそれに納得して、結果として行動しないで諦める。

 

無意識にそうなってしまうパターンってあると思います。

 

 

難しい問題は解けなくて当たり前という学生時代の記憶のせいでしょうか?

 

目の前に難問が転がったら、難問であれば解かなくていい。

 

人は頭が良くなれば良くなる程、知識と想像力が大きくなって、危険を察知する能力に長けてきます。

 

見えない未来を先読みできるばかりに、出来ない理由をもっともらしく自分の尊厳を傷つけずに偉そうに語れる。

 

とても頭が良さそう。

 

でも結果は当然伴わない。何もしてないんだから。

 

 

頭が良いばっかりにバランスが悪い。行動しないから結果が出ない。

 

 

では、行動力が先にあり一瞬の閃きと共に行すぐ行動する。それはそれで頭が悪いから危険です。

 

エサに飛びつく魚のよう。思いもしなかった陸と言う世界に引き込まれて窒息します。

 

 

頭の良さがあればそれに伴った行動力、行動力が高ければそれに伴った頭の良さ、その両方のバランスが必要です。

 

 

でもそれだけじゃ独りよがり。

 

何を成し遂げるにしても心が伴っていないのはダメ。

 

道徳的な話ですが、頭が回転して身体が動いて心を動かして、他人様に関わっていく。

 

ビジネスは誰かの幸せのために知恵を出し合い助け合い、それを実現いていくこと。そこに人や物や金が複雑に関わりあっていく。そう言う風景なんだと思っています。

 

誰かの心を動かしてしまうほどの情熱。誰かに喜んでもらいたい、笑顔になって欲しい、ホッと癒されて欲しい、大笑いして欲しい、売れる商品やサービスにはそういったものが感じれるから売れるのだと思う。

 

知識と行動力だけで出来た商品ってなんか冷たい。

 

 

僕の尊敬する人が言っていました。

 

 

「自転車に例えると分かりやすい」

 

「どんなに穴が開くほど説明書を読んで理解しても、子供が自転車が乗れるようになる訳ではない」

 

「先ずは漕がなきゃ、転んで失敗しなければ、バランスを取ろうとしなければ上手くはならない」

 

「そして、その自転車でどこに向かってどんな景色を見たいか?と言う気持ちが無ければ諦めてしまう」

 

「ハンドルを握ったりペダルを漕いだりブレーキを踏んだり、ほんの少しの知識と、ペダルを漕ぐ力と、前向きな気持ち、それを絶妙なバランスで組み合わせて子供は自転車に乗れるようになる」

 

 

それを繰り返して、早く走れたり、危険な橋を渡ったり、出来るようになる。身体知識を使って、知恵となる。

 

 

良い仕事をするとか、良い商品を作るとか、同じですよね。

 

 

乗り物は高度になればなる程、操縦に多くの知識が必要となります。

 

ビジネスもきっとそうで、高度になればなる程多くの知識が必要となります。

 

 

でも、難しく考える事でハードルを高くしてそれに納得して、結果として行動しないで諦める


正論でもあり都合良くもある。でも…

 

無意識にそうなってしまうそのパターン、自分の心と行動力のバランスを見る目が必要ですよね。

 

 

 

 

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ご存知ですか?

 

「ユマニチュード」

 

聞きなれない言葉です。いえ、地面が揺れるマグニチュードではありません。

 

ユマニチュードとは認知症ケアの一つの手法のことなんですが、それを実行すると認知症患者の暴言が消えたりするらしい。

 

詳しくはこちらのページに書いてありました。

 

 

ここ最近、そのユマニチュードにとても影響されています。

 

いえ、僕の周りにはまだ認知症の人はいなくって、僕もおそらく医療診断レベルでは違うかなと思うのですが、これ現代社会に生きる人々にとってものすごく必要な知識だと思いました。

 

僕がこの言葉を知ったのは、ライブ・ペップ・フォーラムという心理学・行動科学研究講習の岩田洋治先生の授業の中ででした。

 

はい。自分の人生に進化を望む僕は色んな勉強会に顔を出します。

 

 

ユマニチュード、カンタンに言うと「寄り添って立つ」。カンタンに言いすぎて何のこっちゃかと思いますが、僕の中ではそういう解釈です。

 

認知症の方ではなくとも、立ち上がる時、困難に直面した時や勇気が湧かない時や気分が乗らない時、身体を起こすという意味の立ち上がるだけではなく、心の立ち上がりが必要な時って人間誰しもあるものです。

 

ユマニチュードを知り、自分の人との関わりを熟考しながら観察することが出来るようになると、自分が前向きになろうとしている人の気持ちを無意識にいかに削いでいたかを感じました。

 

「寄り添って立つ」。

 

「頑張れ!」と応援したり背中を押すのは寄り添って立つのではありません。ユマニチュードでは「一緒に頑張ろうね」となります。

 

「手を引っ張って立たせてあげる」は寄り添って立つではありません。ユマニチュードでは「横に座って立ち上がる補助をしてあげる」となります。

 

落ち込んでいる人には立ち上がろうという気持ちもあるし、少しながらも立ち上がろうという行動を起こしてもいます。

 

それに対して、後ろから押したり、前から引っ張ったり、頑張れと言葉だけぶつけたり、それで結果として立ち上がる事ができたとしても、その人には命令された気持ちや無理強いされた記憶が残り、尊厳が傷つけられます。

 

もちろん、自分で立てる意欲と行動力のある人には自分で行動してもらいます。あくまで落ち込んでたり、動きたいけど動けないでいる人だけ。

 

浅い話であれば、子供が宿題をしなきゃいけないと感じてるやらない時や、片付けをしなきゃいけないと感じててやらない時を想像すれば分かりやすいのですが、

 

「宿題をやりなさい!」「片付けをしなさい!」と言われて素直にやる子なんてそうそういないですよね。

 

でも、「一緒に宿題しようね」「一緒に片付けをしようね」と心と行動に寄り添った感情と言葉で話しかけられれば、子供の行動は少しは変わります。

 

それでもしない時はしないですけどね(笑)

 

 

 


▲こんなのが言うこと聞くわけないか(笑)

 

 

 

自分で行動を起こして結果を出したいという尊厳を守りながら人と接していく。

 

それって認知症の方や小さな子供だけではなく、あらゆる対人関係に必要な事だと僕は思います。

 

 

人と人とは支配と依存の相関関係が成り立ちがちです。

 

例えば、会議で意見を言う人と何も言わない人、仕事現場で仕切る人と与えられた事だけをやる人など、支配する人と依存する人の関係。

 

意見を多く言う人は仕切りたいと会議の場を支配をしながらも、何も言わない人の従順さに依存する。何も言わない人は意見を言わないと決め込んで自己中心的に場を支配して、意見を言う人の流れに依存する。そう言う相関関係。

 

何も言わない自分の意思では動かない依存する人が多い、意見を言う人に任せれば良い。それはそれでトラブルなくスムーズに事が進むという利点はありますが、新しいビジネスを生み出したり、大きな課題をチームで乗り越えたりする場合にはそれではエネルギーが足りません。

 

例えば高校球児が甲子園に出場するって大きな目標がある場合だと、監督の言われた事だけやってるばかりだとその夢に届かないのと同じように。

 

人の能力は均等ではないからどうしても少なからず依存したり支配したりの構造はできてしまいます。それは仕方がない事。でも、だからと言って、人と人とが気遣いなく生きていけばチームワークは生まれる事はありません。

 

 

良かれと思って命令し続け子供の立ち上がる力を見落としてきた親と、それに従い続けて自分で考える力を培えずに育った子供。

 

良かれと思って指示し続けスタッフの力を削いできた経営者と、それに従い続けて結果を出せる能力にフタをし続けたスタッフ。

 

きっとお互いの気持ちも行動も本当は優しさから来るものだと思う。

 

でももっと心と行動に寄り添った感情と言葉で人と接せられれば、結果はものすごく違う。

 

寄り添って立つ、心がけたいですよね。

 

 

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