2010-06-07 23:26:20
「第5回カルチベートトーク」参加してきました。
テーマ:都市
建築だけ、都市計画だけ、土木だけ、といった各専門分野の枠に収まることなく、分野横断的に議論をする機会がもっとあってもいい、という主旨で開かれる「カルチベートトーク」。今回が初参加です。
ブログでは、主に東京大学都市工学化准教授の羽藤先生のレクチャーをまとめようと思います。先生は「交通」の視点から、都市や都市における人々の活動を見つめている方です。1時間という決して長い時間ではなかったですが、密度の濃い内容で常時頭がフル回転でした。
『モビリティの未来』
「そもそも”移動”とは」
人間には葉緑体もなければカルビン回路もなく、光合成によって養分を得ることができない。
そのため、人間は”移動”することで食物を手に入れ、栄養を摂取する。
つまり、”移動”なくして人間は生きられないように仕組まれた。
例えば災害などの緊急時、人はどう動くのか?
人間は生命の危機に瀕するとよりたくさん動く。助け合うため。生きるため。
”移動”というと、車で移動とか電車で移動というように、ある目的地へ向かって動くことを連想するかもしれません。ですが、”移動”すること自体に必ずしも目的はなく、人間は移動する生命体なんですね。
「都市との関係」
それでは”移動”、あるいは”交通”の視点から見たとき都市はどういう変遷をしてきたか。
■第一次都市改革 B.C.1100-1400
十字軍遠征→小都市勃興 陸路海路の改善 封建社会崩壊
■第二次都市改革 15c
帆船技術の開発→アントワープ、リスボンの発達
■第三次都市改革 18c
産業革命→日本:いかに道路を集落にまで挿入するか
■第四次都市改革 20c~present-day
知識社会の誕生→コミュニケーション ネットワーク ノード集積型 クラスター型
第三次までは物理的な変化だったのが、第四次では”移動”が距離という概念を飛び越える情報社会へと、対象が変わっています。これから人口減少を迎える日本。第四次以降で現れるであろう余分なハードとしての道路スペースをどう利用していくのはいずれ考えねばならないかもしれません。
ここでちょっと付記。
「日本の国勢変化」
2035年までに1200万人減少(大阪では300万人減少)
2050年までに労働者が8164万人→4930万人
4人家族は60%に 60歳以上の世帯主は3倍に
R&D拠点としての日本→日本の魅力の低下
「知識社会の都市とは」
→6つのレイヤーに分けられる。
1.データ 2.構造・形態 3.パターン 4.概念 5.知識 6.コンピタンス
これは1から6までのプロセスになっていて、最初は単なる数字としてのデータから、構造や形態を見出し、パターン化(類型化といってもいいのかな)し、概念として抽出し、知識として共有されるようになる、というようなことだと思います。ここまでのプロセスは各専門分野で比較的容易に辿ることができて、数多くの知識が生まれてきた。が、6.コンピタンスまではなかなかいかない。つまり、異なる専門分野同士での知識のやりとりや活用、コラボレーションがうまくできていないということでしょうか。コンピタンスとは、知識を実際に使う際その現場や相手に合わせて知識をカスタマイズできるレベルになること、みたいな感じらしいです。この6.コンピタンスが6つのレイヤーの最深部を形成している訳です。人から人への伝達によって現代の都市は成り立っているんだけど、専門分野間ではそれがうまくいってないんですね。都市計画はもはや空間的なつながりによって定義もされないし評価もできない。じゃあそのときにどうやって都市を考えていけばいいのか?その一つのヒントがどうもこのお話にあるような気がします。都市の活動がコンピタンスまで到達できるかどうかが都市間競争の鍵を握ると言っていました。
(付記)
competence ー1.「能力、適正」2.「資力、財産」3.「法的権限」4.「言語能力」だそうです。
「公共性の変化」
主体的公共性:ある権力下における計画が公共性をもっていた ex.カエサル、ルイ14世
↓
手続的公共性:しっかりプロセスを辿っていれば公共性をもちえた(行政の仕事?ガバメント型、ツリー型?)
↓
理由的公共性:そこにある意味が見出せないと公共性をもたない
→参加型、プロセス主義、共通項、一人十色、ユニット型・・
ここでいう公共性というのは、計画という行為そのものが公共的であるかどうかということだと思います。「公共事業」という言葉にある”公共”に代表されそうです。極端なことを言ってしまえば、できてしまえばそれ以降はどう使われていようが関係ないよ、という態度で、完成後の公共性を考えらることがなかったのが今までの計画だったのではないでしょうか。
社会背景、個人の価値観、都市のもつ意味などの変化によって、公共性も変わってきたと考えられますね。未だに行政は手続的公共性の段階にいるような気がするので、新しくその体制を変えないといけないと思います。そして、真の公共性とは、公共事業に着手するための口実ではありません。行政はどうやって事業に公共性をもたせようかなんて考えてないで(実態はどうかしりませんが)、それが市民の手に渡ったときにどのような公共性を発揮するのかを考えてほしいと思います。
「非中心化とカーネル」
一極集中の回避
→都市に、空間の素形、歴史的文化的自然的な核(カーネル)を中心とした再編をもたらす。
→一見すると捉えどころのない都市空間では、均質化と個別化の二層化が進む。空間の無力化。
非中心性を支えるOSとしてのカーネル=情報
「コミュニティの変化」
<開放的>ー<閉鎖的>と<形式性>ー<意味性>の二軸を考えた時;
閉鎖的ー意味性=地縁、血縁のコミュニティ
↓
閉鎖的ー形式性=公共社会(ツリー構造)
↓
開放的ー形式性=市場
↓
開放的ー意味性=非中心化する社会(セミラティス型)
→複数のネットワークに人々が所属 人が媒介項として情報を伝達
いかに媒介項をつくるかがまちづくりに求められている
「空間のほ乳類化」
恐竜型のネットワーク=大きいまとまり間のつながり → 細分化
=速い交通 → 遅い交通の付加 <モビリティクラウド>
遅い交通を都市に挿入することで新しい交通の体系(=モビリティクラウド)をつくり、移動の効率化や移動空間の再編を考えましょう、ということだったと思います。ある目的地へ向かうとき、電車なら電車の交通ネットワーク、車なら車の、自転車なら自転車の、というように各モビリティを駆使して行くことになります。そうすると、どこかで異なるモビリティへ乗り換える場面=接合点が出てきますね。パネルディスカッションでは、「ここの接合点をいかにつなぐかが大事ではないか?」との質問がありました。それに対する羽藤先生の答えは、「IT技術や空間的操作による手助けが必要になる」ということでした。例えば、電車から自転車へ乗り換えるときの間の歩行空間をデザインしたり、異なるモビリティ間での乗り換えまで案内してくれるNAVITIMEのサービスを拡張したようなものを開発したり、という手助けがあれば接合点の移動が楽しくなったりスムーズになったりする、ということでしょう。
※追記
『界隈』という言葉がキーワードになるのでは
大きい文脈の中で都市をつくるのは難しい
→小さい単位で考える(ほ乳類化とかいってみる)
時間はあるがお金のない高齢者
→遅い移動空間の充実の重要性
今回のお話ででてきた「コンピタンス」「非中心化とカーネル」「空間のほ乳類化」などのキーワードは、都市計画的な言葉でいうところの『Spatial Planning』となにかつながるところがあるような気が、あくまで気がしました。僕自身spatial planningってまだどういうことなのは全然わかってないのですが、どちらもイメージする都市の像が似ているように思えたので。お話のテーマであった「移動」というワードも関係してきそうです。まぁメモ程度に。
【追記】
ビジネスプランナーの安西洋之さんがブログにて同イベントに関する意見を書かれています。
ぜひご参考に→http://milano.metrocs.jp/archives/3436
ブログでは、主に東京大学都市工学化准教授の羽藤先生のレクチャーをまとめようと思います。先生は「交通」の視点から、都市や都市における人々の活動を見つめている方です。1時間という決して長い時間ではなかったですが、密度の濃い内容で常時頭がフル回転でした。
『モビリティの未来』
「そもそも”移動”とは」
人間には葉緑体もなければカルビン回路もなく、光合成によって養分を得ることができない。
そのため、人間は”移動”することで食物を手に入れ、栄養を摂取する。
つまり、”移動”なくして人間は生きられないように仕組まれた。
例えば災害などの緊急時、人はどう動くのか?
人間は生命の危機に瀕するとよりたくさん動く。助け合うため。生きるため。
”移動”というと、車で移動とか電車で移動というように、ある目的地へ向かって動くことを連想するかもしれません。ですが、”移動”すること自体に必ずしも目的はなく、人間は移動する生命体なんですね。
「都市との関係」
それでは”移動”、あるいは”交通”の視点から見たとき都市はどういう変遷をしてきたか。
■第一次都市改革 B.C.1100-1400
十字軍遠征→小都市勃興 陸路海路の改善 封建社会崩壊
■第二次都市改革 15c
帆船技術の開発→アントワープ、リスボンの発達
■第三次都市改革 18c
産業革命→日本:いかに道路を集落にまで挿入するか
■第四次都市改革 20c~present-day
知識社会の誕生→コミュニケーション ネットワーク ノード集積型 クラスター型
第三次までは物理的な変化だったのが、第四次では”移動”が距離という概念を飛び越える情報社会へと、対象が変わっています。これから人口減少を迎える日本。第四次以降で現れるであろう余分なハードとしての道路スペースをどう利用していくのはいずれ考えねばならないかもしれません。
ここでちょっと付記。
「日本の国勢変化」
2035年までに1200万人減少(大阪では300万人減少)
2050年までに労働者が8164万人→4930万人
4人家族は60%に 60歳以上の世帯主は3倍に
R&D拠点としての日本→日本の魅力の低下
「知識社会の都市とは」
→6つのレイヤーに分けられる。
1.データ 2.構造・形態 3.パターン 4.概念 5.知識 6.コンピタンス
これは1から6までのプロセスになっていて、最初は単なる数字としてのデータから、構造や形態を見出し、パターン化(類型化といってもいいのかな)し、概念として抽出し、知識として共有されるようになる、というようなことだと思います。ここまでのプロセスは各専門分野で比較的容易に辿ることができて、数多くの知識が生まれてきた。が、6.コンピタンスまではなかなかいかない。つまり、異なる専門分野同士での知識のやりとりや活用、コラボレーションがうまくできていないということでしょうか。コンピタンスとは、知識を実際に使う際その現場や相手に合わせて知識をカスタマイズできるレベルになること、みたいな感じらしいです。この6.コンピタンスが6つのレイヤーの最深部を形成している訳です。人から人への伝達によって現代の都市は成り立っているんだけど、専門分野間ではそれがうまくいってないんですね。都市計画はもはや空間的なつながりによって定義もされないし評価もできない。じゃあそのときにどうやって都市を考えていけばいいのか?その一つのヒントがどうもこのお話にあるような気がします。都市の活動がコンピタンスまで到達できるかどうかが都市間競争の鍵を握ると言っていました。
(付記)
competence ー1.「能力、適正」2.「資力、財産」3.「法的権限」4.「言語能力」だそうです。
「公共性の変化」
主体的公共性:ある権力下における計画が公共性をもっていた ex.カエサル、ルイ14世
↓
手続的公共性:しっかりプロセスを辿っていれば公共性をもちえた(行政の仕事?ガバメント型、ツリー型?)
↓
理由的公共性:そこにある意味が見出せないと公共性をもたない
→参加型、プロセス主義、共通項、一人十色、ユニット型・・
ここでいう公共性というのは、計画という行為そのものが公共的であるかどうかということだと思います。「公共事業」という言葉にある”公共”に代表されそうです。極端なことを言ってしまえば、できてしまえばそれ以降はどう使われていようが関係ないよ、という態度で、完成後の公共性を考えらることがなかったのが今までの計画だったのではないでしょうか。
社会背景、個人の価値観、都市のもつ意味などの変化によって、公共性も変わってきたと考えられますね。未だに行政は手続的公共性の段階にいるような気がするので、新しくその体制を変えないといけないと思います。そして、真の公共性とは、公共事業に着手するための口実ではありません。行政はどうやって事業に公共性をもたせようかなんて考えてないで(実態はどうかしりませんが)、それが市民の手に渡ったときにどのような公共性を発揮するのかを考えてほしいと思います。
「非中心化とカーネル」
一極集中の回避
→都市に、空間の素形、歴史的文化的自然的な核(カーネル)を中心とした再編をもたらす。
→一見すると捉えどころのない都市空間では、均質化と個別化の二層化が進む。空間の無力化。
非中心性を支えるOSとしてのカーネル=情報
「コミュニティの変化」
<開放的>ー<閉鎖的>と<形式性>ー<意味性>の二軸を考えた時;
閉鎖的ー意味性=地縁、血縁のコミュニティ
↓
閉鎖的ー形式性=公共社会(ツリー構造)
↓
開放的ー形式性=市場
↓
開放的ー意味性=非中心化する社会(セミラティス型)
→複数のネットワークに人々が所属 人が媒介項として情報を伝達
いかに媒介項をつくるかがまちづくりに求められている
「空間のほ乳類化」
恐竜型のネットワーク=大きいまとまり間のつながり → 細分化
=速い交通 → 遅い交通の付加 <モビリティクラウド>
遅い交通を都市に挿入することで新しい交通の体系(=モビリティクラウド)をつくり、移動の効率化や移動空間の再編を考えましょう、ということだったと思います。ある目的地へ向かうとき、電車なら電車の交通ネットワーク、車なら車の、自転車なら自転車の、というように各モビリティを駆使して行くことになります。そうすると、どこかで異なるモビリティへ乗り換える場面=接合点が出てきますね。パネルディスカッションでは、「ここの接合点をいかにつなぐかが大事ではないか?」との質問がありました。それに対する羽藤先生の答えは、「IT技術や空間的操作による手助けが必要になる」ということでした。例えば、電車から自転車へ乗り換えるときの間の歩行空間をデザインしたり、異なるモビリティ間での乗り換えまで案内してくれるNAVITIMEのサービスを拡張したようなものを開発したり、という手助けがあれば接合点の移動が楽しくなったりスムーズになったりする、ということでしょう。
※追記
『界隈』という言葉がキーワードになるのでは
大きい文脈の中で都市をつくるのは難しい
→小さい単位で考える(ほ乳類化とかいってみる)
時間はあるがお金のない高齢者
→遅い移動空間の充実の重要性
今回のお話ででてきた「コンピタンス」「非中心化とカーネル」「空間のほ乳類化」などのキーワードは、都市計画的な言葉でいうところの『Spatial Planning』となにかつながるところがあるような気が、あくまで気がしました。僕自身spatial planningってまだどういうことなのは全然わかってないのですが、どちらもイメージする都市の像が似ているように思えたので。お話のテーマであった「移動」というワードも関係してきそうです。まぁメモ程度に。
【追記】
ビジネスプランナーの安西洋之さんがブログにて同イベントに関する意見を書かれています。
ぜひご参考に→http://milano.metrocs.jp/archives/3436






1 ■都市都市
なんかと知って面白いね。おそらくどの分野も面白いんだろうけど、六つのレイヤーの話はとても面白かった!