この前にクソヨモギの資料を持って行った方から連絡がありましたニコニコ

その方の知り合いの方で昔そごうで働いていた時に先輩だった方が、末期の癌になっているそうです。

その先輩の方に自分が持って行ったクソヨモギの資料を伝えたそうです。

それからその癌になっている方がヨモギを粉末した物を飲んでいるそうです。

それが癌マーカの数字の結果が、ここ何ケ月は良いと連絡があっそうです。

まぁ~何よりも良かった。

それを伝えたくて、自分に連絡したと言うのです。

できるなら、普通のヨモギではなく、クソニンジンを飲んでほしかったのだけどね。

それがいろいろお金がかかるから、予算が足りないと言う事でした。

それはさておき別の知っている方が、癌になって兵庫県に粒子線治療を受けて行っていました。

それが結果が良くて、癌が消えたと言っていました!!

広島は地方だから予算がないのかもしれないけど、わざわざ兵庫県に出掛けなくても

いつかは身近で受けられる事になれば良いんだけどねグッド!

経済的にも身体の負担も少なくて済むし、沢山の方がそれで命が助かればほんと良いんだけど、

誰か力のある方がいて、粒子線医療の誘致に賛同したりする方が増えれば地方でもほんと安心できるのです

実はクソヨモギの苗や種は兄頼んでいるんですよ。

手元には、クソヨモギの苗がある事はあるのですが、実りの秋ぐらいになって種がいっぱいになるまでは、大切に手元に残しておかないとね!?

兄が韓国に出張したり、また韓国の知り合いの方が居れば、クソヨモギがあれば譲ってほしいと頼んでいるのです。

こうなれば、今使っていない実家の畑をクソヨモギ一面にして、誰でも持って帰って貰う事にしたいと思っているのですパー


ジュラさんの画像を拝借

道端でも生えている宝?
2016-02-12 19:07:20

テーマ: 心の世界と繋がる癒しのエネルギーブログ
ヨモギでもクソヨモギと言うヨモギらしいですね。

葉っぱがニンジンの葉に似ているから、クソニンジンとも別名言われているみたいです。

そこらへんの道端でも生えているみたいだけどね、

自分はフットワークが軽いのかどうか解らないけど、早速畑に行きましたニコニコ

普通のヨモギはあるんだけどね。

クソヨモギと言う種類のヨモギはなかったから、仕方がないから普通のヨモギを自宅に持って帰って鉢に植えました。

それで知り合いの女性のところに、ヨモギ効用についてコピーして早速行きました。


逸る思いをして持って行ったんだけど、そうしたら子供が出てきました。

いきなりだったので、お姉ちゃんはいる?

あぁ~間違えたお母さんはいる?

今留守しているからと、実はこの娘は霊が見えて霊とお話ができる子みたいです。

この娘の母が古庵はスぴ系をしているような事を言った事がありますから、

古庵の眼をずっと見ていましたね。

自分はちゃんと見なかったんだけど、一瞬の眼差しはちょと暗いイメージを感じました。

眼は瞑想している眼ではなかった。

日本人形さんのような眼でしたね。

こういった方は素質を伸ばしていったら、拝み屋になれるでしょうねはてなマーク

それよりも波動を高くして、もっと高い次元を目指すようにしたら良いんだけどね。

話はそれましたが、クソヨモギや別名クソニンジンが生息している場所があるみたいだから、

そこらにある雑草や道端に生えてある草が、もしかしたらクソヨモギが自生しているかもしれません!?



よもぎが癌細胞を死滅


『Life Sciences, Cancer Letters and Anticancer Drugs』に発表された研究論文によれば、東洋医学(漢方)で古来から薬としてもちいられることもある、

ヨモギから抽出される、アルテミシニン(artemisinin)と呼ばれる成分が、健康的な細胞1つに対して、1万2,000個もの癌細胞を死滅させたと報告しています。

よもぎ

「アルテミシニンは、ただそれだけでも、健康的な細胞の約100倍もの癌細胞を選択的に死滅させることができるだけでなく、

抗がん剤よりも34,000倍も正確に癌細胞だけを死滅させることができます。」とワシントン大学の研究チームのリーダーであるヘンリー・ライ博士は言います。

ヘンリー・ライ博士のチームは、アルテミシニンの癌死滅能力を更に高めるために、癌細胞がもつ鉄分への食欲を利用して、アルテミシニンに鉄分(トランスフェリン)を結びつけた化合物を開発しました。

周りにくっつけたトランスフェリン自体はニュートラルな成分なので、癌細胞は疑いもなく化合物を受け取ります。

でも、中にはアルテミシニンが隠れているので、この化合物は、トロイの木馬のように、癌細胞の中に入り込み、癌細胞を破滅させるように効率的に働くのです。

この化合物は、既に特許を取得していますが、まだ人間への投与、つまり臨床試験には至っていません。

でも、ヨモギそのものは、非常に鉄分の多い野菜・ハーブです。野菜では2番目の多さです。

『鉄分の多い食品』 ヨモギから、わざわざアルテミシニンを抽出して、鉄分を戻すようなことをしなくても、

ヨモギそのものを結局食べたらいいんじゃないの?とホールフード(丸のままの食品)を食べることを勧めるホリスティック(代替医療)ヘルスコーチとしては、思わずにはいられません。

食品はちゃんとそれ自体で理に適った形で存在しているんです。

ひとつひとつ、ミクロ要素に分解して考える西洋医学と、全ての要素の融合体のシナジーで考える東洋医学・代替医療の違いなんでしょうね。

古代の人々が、アルテミシニンやトランスフェリンについて知っていたとは思いませんが、昔から薬として用いてきた草ですから、

生活の中で、ヨモギに健康維持の力、傷ついた遺伝子や遺伝子複製の誤り(=癌)を正す効果があることに、気がついていたってことですよね。

ヨモギの旬は4月下旬から5月上旬です
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昔テレビでこんなのが放送されていました。

その当時一世風靡していた霊能者さんがいました。

その方が国際○○○○学道場で気のエネルギー装置を使って身体のエネルギーを調べて貰っていました。

そこに居た所長さんがこんな事を言いましたね。

マスコミに引っ張り回されていてはこのままでは短命になり寿命がなくなるよ

一つのチャクラを使いすぎていると、短命に終わるからねと言っていましたね。

それを聞いて居た霊能者さんは、恥ずかしそうにして居たのを記憶していましたニコニコ


そう自分の見解もいったん入り込んだ道は引き返せないと思っているのです。

いったん飛び放った矢は何処までも的をめがけて飛んでいかないといけない!!

途中で矢は失速しては、的には突き刺さらない。

自分もそれでは非常に危険だと思っています。

またこんな事を言っている方もいましたよ。

宇宙は進化するように人も進化成長をしないといけない

現状維持では留まるどころか後退のような事を言っていましたね。

どの道にも通じると思いますが、何事も精進していかないといけませんね。

せっかく今世に生まれて来て、もし心の進化に気が付いたなら

そのままにしては非常に勿体ないパー

そこに気づく気付かないとでは、天と地ほど差が出てきますね。

スピ系を目指している方の多くは霊能開花を目指しているみたいですが、

実は霊能力を目指すよりも心の進化を目指して言った方が良いと思っているのです!?


的は狙わないと的には当たりませんニコニコ

あまり狙い過ぎるとまた的は外れます。

成り行きに任せた方がいいのです。

ほんと自然体でいる事が結果は良い事になるのです。。

成り行きにに任せて行っていると、自然に身についていると言う方が結構いると思います。


がくしゃらに何でも人を救う為に、霊能開花と励んでみたところあまり良い結果は現れない。

有名なティチャーさんでも精神分裂してポンコツになっているとか?

憑依されて怪しいとか風の便りで聞きますからねしょぼん

心して、心の手綱をしっかり持っていないといけませんね。

本来神聖なるものを持っているから、そのままで素晴らしいと言っている方もいますが、

それはそれで良いと思いますが、人はサルのような心を持っているのです。

サルみたいに人間の心はいつもあちこち動いているのです。

いつも揺れています。

天台智顗の一念三千のように、心のあり方によって天にも地獄にも通じてしまうのです。

しっかり心の指示を天に合わしていかないといけませんねパー

そうでないとスピ系をしては無理だと思っているのです。

自分みたいなちやらんぽらんな者は、いつも天の心に叶っているのか?

自分に自問自答を繰り返して、問うているのです。、

世間には立派な霊能者さんがいますが、それは神仏の使命によってしているものと思っているのです。

それでも本物はまた少ないようですね。


話はだいぶんそれましたけど、チャクラの芽生えや開花したと言う方は、

ヨガやクンダリニーヨガなどしている方がそのように言っていますね。

見ているとスピ系の方でも大多数の方は活性化の事を言っているように見受けられますが、

ヨガやクンダリニーヨガなどはよく芽生え開花したと言っているのは、

これはクンダリニーが覚醒して、チャクラが芽生えた或いは開花したものと思っているのです。

同じよう気功して気を動かしているいる方も同様にクンダリニーが覚醒して、

チャクラの芽生えや開花したと聞きますね。


また誰であってもチャクラは開いていると言いますよね?

蕾みであったり、何らかのトラブルとかあれば閉じてしまうみたいです。

より多くのティチャーさんなどは多分活性化の事を言っているのだと思いますが?

実際は開花だけでは駄目というか?

それだけと言うよりも心の自由、意識が広がっていかないといけないと思っています。

例えるならガラス越しの蝶はいつまで経ってもガラス越しから出れないように、外側に出ていけないんです。

そこのガラス越しから、蝶は外に出ていかないといつまでも外には出ていけません。

制限している感情を解き放して、心の自由、意識の広がりを感じるようになる事はとても大切なんです!!


霊能者さんはまたこんな事を語っておられましたね。

私は例えるなら何階建てのビルの何階めにいます。

私はその階の景色しか見れない。

だから私の下の階の風景は見れるけど、自分の上にいる階の風景や景色は見れないと言っていました。

自分は思うのだけとね。

自分としては少なくともそれにはまず、枠を取り除き、想念体の浄化

そして心の自由、広がっていく意識が求められると思いますグッド!

今まで何回も自分は言っていますが、想念体はカルマの巣と思っているのです!!

また想念体の浄化はカルマの浄化とも言えると思います。

これはスピ系では受け売りしている方が結構いるようですが、自分は受け売りではなくて、

自分の実体験として、語っているのですドンッ

だから少しでも他の方の為になるのなら、これからも伝え続けて行くのです。

想念体の中に閉じ込められているエネルギーは解放していかないと、火山のようにいつか爆発して顔面に飛び出してきます。

いくらブロック解除していると思っていても、想念体の中に集められて処理されてないデータはあり続けてしまいます。、

詰まった水道菅のパイプには水は出てこないように、心の浄化・掃除は欠かせないのです。

知恵の湖に知恵の湧水はこんこんと湧き出てはこない。

その限界を作っている想念エネルギーを解放して、心の自由を取り戻さないといけません。

それによって意識が広がり、心の自由を感じる事がどんなに大切だと思っているのです。

自分としては想念体の浄化なくしては、心の進化は欠かせないと思っているのです。
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沖縄で何年かに一度現れる「神の手」という雲だそうです。
幸せになってほしい人に送ると、受け取った人は幸せになり、願いが叶うそうです。
友達が送ってくれましたニコニコ


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大工の棟梁はえーちゃんはスピ系で詐欺しているみたいだけど、でもそのちやらんぽらんだからえーちゃんは良いんだよ?

ついでに若い大工さんには詐欺で儲けたお金があるんだから、お金を使えば良いと笑っていた。

自分は冗談で、解る者には解るんですよって言うと、解るかいと言いましたね笑

まさ土がダンプいっぱいが5000円だから二杯で1万だからと言うから、5000円ならと言ったらむちゃくちゃな事を言うな(笑)

家にある周りの小屋を解体するのに、だいたい50万かかると言う

結局小屋解体20万で、家の屋根ふき替えを兼てする事になった。

あまりにも小屋の解体安いから、えーちゃん手伝えと何べんも冗談を言うから冗談ではすまなかった(笑)

少しばかりお手伝いする事になったガーン


それと左官として来た親分は若い時に、今解体した部屋で二人が良くパツチンしました。

若い時に二人乗りでバイク乗って買い物?、警察に追いつけられ捕まった事もありましたが(笑)

それが腕の良い左官の棟梁になって、今は孫までいます。

それにくらべ自分は、今だにチヨンガー(笑)

それにしても左官の棟梁は筋が良くて素質があったんだろうなと思う。

自分だってやれば出来るかもしれないれど、多分仕上げの綺麗さが筋として出るのでしようね。

もし素質があっても努力しないと、才能は開花しないのだろうなぁ~

才能は努力あっての才能なのだからなグッド!


そう気のエネルギーを感じる方もいれば、感じない方もいますからね。

西洋医学だけがすべてだと思っている方が結構多いのです。

でも、霊の影響で病気の現象、感情の病気、カルマの影響もあるんですよ。

信じる者は救われると言うことわざがありますが、

もしかしたら信じられなくなっているのは、宗教での問題やカルマの影響かもしれませんね。

実は気質はカルマの影響があるのです。

そう性格に現れているのです。

いくらうわべを繕っていても、土壇場になると本性が現れるのです。

苦しい流れ作業などしていれば、一発で解ると思います。

子供のような純真無垢な心でなくては天には戻れないのでしょうね。

いつも言っている事なんですが、自己中を無くして動物習性をなくして

まあるい心を取り戻さなくてはなりません。

それには超作する事が良いのです。

損得感情を捨てて、行えばきっと財産宝物になるんですよ!!


マルコの福音書10章13節から16節まで(新改訳聖書)

さて、イエスにさわっていただこうとして、人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。

ところが、弟子たちは彼らをしかった。イエスはそれをご覧になり、憤って、彼らに言われた。

「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。

まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません。」

そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。


それにしても多分、自分みたいな見た目の者は、スピ系していると言うと信じて貰えないのだろうねニコニコ

何処に行っても独身だとバレたら若い時に遊び過ぎ、選び過ぎたと信じて貰えない。

実は自分は遊びも選んでもいなかったのです?

まして不倫も二股などもしていないのです。

どちらかと言うと、お付き合いは相手から言われるのが多かったと言うよりも

友達からスタートするのが、自分には良いのです。

でも、相手を信用するまでは交際してとは絶対に言わないのです。

それで相手から交際してと言われる事が多かったのです。

それと霊能者や占い師さんなどは、やはり凄いなぁと思いますね。

あなたは受け身だと指摘された事がありましたねしょぼん

普通の方は解らないと思うけど、隠していても解るのですね。

そう結構受け身なところがあるのです。

基本的には二人三脚なのです。

同じ方向を進んで行くと進むんだけどね。

足取りが合わなかったりすると、前に進まない。

それでおじゃんになった事がいっぱいありましたね。

だけどもこれが良かったと思っているのです。

何事も自然でいないとね。

無理して摩擦があったりしても、うまくいかないですからねグッド!

こういうところが掴みどころない奴と思いわれているのかもしれませんね!?


でも小屋の解体と屋根ふき替えしたのだけど、この家は自分の家じゃあないのです。

実家の母の建物

田舎だから土地は広(200坪)?家も古いけど少し大きい。

その一角に4畳と廊下1畳に自分の寝床とがあります。

ほんと小さくて、不便ですが、

他の方なら、きっと広い部屋にしていたと思います。

自分は偶然、この良くもない部屋で!?

でも、この部屋でクンダリ二―覚醒、明けの明星体験をしました。

多分、広い部屋なら難しかった。

広ければ良いというもんじゃあない。

丁度良いと言うスペースがあります。

明かり過ぎても、暗く過ぎても

広すぎても、狭すぎても良くない。

禅のお坊さんなどは2畳あれば幸せだ聞いた事がありました。

なるほどと思いましたね。

外では自然の野鳥の声、犬の遠吠え

心地よいそよ風、その自然の中で座る

だからこの場所を選択して生まれてきたと思っているのです。

母屋とはなれに廊下を付て、スロープを自分で作った。

それを見た大工の棟梁が、おまえ大工になれるよと言っていた。

まぁ~冗談と思うけど我ながらうまくできた。

やはりぬすと根性みたいなもので、お金をかけたくないチョキ

大工ができて自分ができない事はない。

こんな気持ちが根底にあった。

話はちがうけど、悟り見性の事なんだけどね。

自分はこんな考えを持っていました。

お釈迦さまがたった一人で悟りを開いたのだから、自分だって出来る。

お釈迦さまも自分達と同じ人間、おそれおおいい事かもしれないけど、こんな自分の勘違いが、

悟り見性)を引き寄せる事になった。

幼少の頃に、自分は奇跡体験をしました。

だから、奇跡が起きるのは当たり前、そんな思いがいつも心の中にはありました。

ほんと勘違いは怖いですね(笑)

クンダリニー覚醒も数回で、その後短期間で明けの明星も

悟り(見性)はたった一回の接心で開く事ができました。

神道のお兄さんに昔、おまえは怪物かと冗談で言われましたけどね。

ほんとごくごく普通の者で、何も秀でているものはないのです。

ほんと冗談のような生き方をして来ました。

それは神仏が見せているだけなのですねパー

プロポーズも一回もした事がないし、それがもう人生の後半をとっくに過ぎましたよチョキ

このようにちゃらんぼらんな人間でも出来ると言う見本みたいなものです。

多分そのちやらんぽらんなところが良いのでしょうね。

他から見れば、あいつに出来て自分にできない事はないと思うかもしれないからね。

自分としてはそこを狙っているかもしれませんよニコニコ
若い時に筆舌に言い表せないような波動を感じた。

瞑想中に暗闇の湖の中に焼石を投げ込んだ時に散りばめられたような光が広がっていく

時がとまったように潮騒が引いては寄せる波

そんな神界の波動は琴をかなえるような音と共にやってきたグッド!

そんな祝福の中で魂が震え涙がしたたり落ちて、もう~自分の人生はいらない。

他の方の為に使ってください。

無意識状態の中で祈っていた!?


マタイによる福音書 7章7~11節

求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。

門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。


生きて行く価値を見出せない者に、もどかしさは常について回る

何をどう思っても心の渇きは癒せない。

クンダリニー覚醒も悟り(見性)も明けの明星もいくら奇跡体験しても心の空白を埋める事は出来ない。

残りの持ち時間にいったい何をどうすれば、心の空白を埋められるのだろうか?

生きているうちは無理なのかもしれない。

この世が終わった時に良かったと思えたらそれで良いのかもしれない。


アシュタールはあなたはアッと驚く事をするのですと言っていた。

それはエゴではない。

より大ければ大きいほどよいのです。

それによってあなたの周りの波動が高くなる。

それはあなたの為ではない、地球の為、宇宙の為になると言っていた。

今後とも地球をよろしくと言っていた。

こんな出来の悪い自分に期待されても、期待外れになるかもしれない。

自分の大元と言うか?

本体なら、まだしも自分には少し荷が重すぎる。

残り時間に何をどうすればよいのか?

自分に出来る事は奇跡体験は誰であっても体験できると言う事を伝える。

それとカルマを開けて、自分が奇跡体験して乗り越え見本を見せる事なのかもしれない。

どうしようもない底辺と言われている方の為になれる事を見本を持って示す。

でも、口ではなんとでも言えるしょぼん

誰もが無しえなかった事、尻込みする事を魂は設定して来たようだ。

だからそうたやすくはない。

それには健全な精神、健全な肉体を持ち合わせていないと無理。

この事はカルマを開けてから随分思い知らされたガーン

そうでないと今回の転生では無理かもしれない。

もし途中で命がなくなったら、続きは来世に持ち越しになるかもしれない。


自分は使命も役割もどうでも良い。ごく普通の誰もが通って行く体験はしたいのです。

何者にも縛られる事もなく、何者にも惑わされる事もなく

自分がしたい事をしていくだけ、そうは言っても胸には書き消しても書き消せない炎があるパー


伝道と言う目的だけがゆいつ慰め

その為に奇跡体験は自分にとっては比喩なのです。

ぼろ布で纏った乞食坊主が華やかな舞踏会パーティーの中に歩いて行くようなもの

みすぼらしいぼろ布を纏っている乞食坊主が華やかなパーティにいるのは似つわしくない。

そんな人生もあるのかもしれないけどね。

今度生まれて来る時があったなら、もっと知恵を持って心の教えを説く事をしたい。
進化の過程では、自分が失われて無意識の中の別の赤の他人が出現するような事を言っていた宗教家の方がいました。

実はそんな事はなかったのですが、そんな宗教家の方が言っておられたから

少しずつ殻が(想念体の亀裂)破れてくると自分の存在が失われてきて、

別の何者かになるようで少し怖かったショック!

自分を明け渡すのは、自分の存在自体が失われるようなもの

後に解った事なんだけどね、本質的なものは何も変わらなかったパー

そんな事があって、自分が体験して何でも鵜呑みにする事は非常に危険だと思いました。

たとえ何万人の信者さんがいる創立者や、また本山の老師であろうとも何でも鵜呑みにする事は危険だと思いました。

自分が体験して初めて、理解ができ知ると言う事に繋がってきますグッド!


ある宗教団体の信者さんなどは真理のペーパを暗示して、試験を合格したらそれで同等の霊格が付くと言っていました。

教団がそのような教えかどうかも解らないけど、これなどは絵に描いた餅

いくら食べたくても、絵に書いた餅は食べれない。

本物の餅を食べて体験して、初めてどんな味か解るのです!!

だからいくらペーパをまる暗記したところで、何も体験もしないで知ると言う事はないのです。


ほんと初めの頃は未知なる領域で、自分の前には道がないけど、

自分の後ろに道ができるという状態、自分で開拓して体験して知ると言う

何事も体験しないと本当意味で知ると言う事はできないけど、

なんだか自分自身の存在が失われていくようで、怖い思いをした事がありました。

今なら死んでも死なない命を生きろと言う意味も理解していますが、その当時ではほんと自分の存在が失われないか不安でした。


座蒲の上で死にきれと良く言ってたもんだと思います。

自分の存在が失われていくそれは死に通じるようなもの

死に対して、不安を持っている方はこのように自分の存在が失われていくのに対しての恐怖があるのでしよう。

生きているうちに死んでも死なない命を生きると言うこの大切さを理解する方もまた少ない。
三体一体の言葉を使うのは適切かどうか解らないですけど、神仏、師、我 三つのものが一つになること

どれ一つ欠けても悟り(見性)成就はできないと思います。

やはり開ける方はあらゆる時代に修行して来たみたいですね。

だからと言って、今世が悟り(見性)成就ができないと言う事はないと思いますパー

誰であっても 求めるものは可能性はあるのです。


マタイによる福音書 7章7~11節

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。

魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。

まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。


人間は神の子、すぺて平等に神性が備わっているのです。

それと悟り(見性)をしたからすべてが終わりではないのです。

その後が大切なのです!!

神仏のご加護、師の恩恵によってのみ開ける事になると言っても過言ではないと思っています。


自分は座禅道場でたった一回の接心で開かせて貰いました。

これは非常に稀な部類に入るのかもしれません。

後にも先にもたった一回で開いた者がいると聞いた事はないのです。

それが出家ではなく在家として、普通の生活をしながら接心に参加したのです。

これがどんなに稀に見る体験であるかどうか解ると思います。


時の始まりからから現在まで、いくどなく沢山の修行者がいました。

それでも正道を歩んで修行され、素質のある方が悟り(見性)体験をされたと聞きます。

それは伝説の中で言い伝えられているものですから、そんなに簡単に体験できるものではないのです。

自分の体験上、師が居ない方は開く事は難しいと思っています!!

神仏に導かれ、師の恩恵によって開かさせて貰ったのです。


あらゆる情報が飛び交い粗い波動社会の複雑な世界に居ては、到底無理のように感じがします。

だから出家して、社会と遮断して修行して行かないとなかなか開く事はできないと思いますが、

在家として、開く事はなお奇跡中の奇跡なのかもしれません。

だからこそこんな自分に体験させてくれた神仏や師には並みならぬ思いを持っているのです。

それに神仏や師には御恩を報いる為には、自分は何をしなくてはならないか?

神仏に貰ったものは神仏に返さなくてはなりません。

それが自分にとって神仏に報いる恩返しにもなると思っています。

自分が体験した事は非常に稀な部類に入るのかもしれません。

でも、こんな自分は素質はなく、エリートでもなくインテリ―でもない自分が体験できたと言う事は、

誰であってもそんな体験が出来るのですグッド!

それを見せているのが神仏なのです。

だから古庵が偉い存在ではないのです。

こんな古庵でも体験出来たのだから、他の方はもっとうまく出来るのです。

ただ、自分の体験した事を宗教と決めつけないでほしいのです。

一回きりの人生なら何も言いません。

もし輪廻転生があるのなら、心の進化成長は欠かせないのです。

自分はカルマの巣というものをを開けているから、心の成長がいかに大切なのか良く解っています。

だからあまり宗教とかスぴ系に囚われないで、調和と安らぎのある人生を歩んでほしいのです。

その為には真理を実践して行ってほしいと思っています。

心の手綱をしっかり持って、正道を歩んでください。

また真理と言う言葉を使えば、あまり良くないイメージを持たれてしまうかもしれませんが、

真理とは自然の法則にかなっていますから、幸せになりたいと思ったならまず真理を実践してください。

この世に生まれて富繁栄を築いても、そんなものは一時的なものです。

この世はあっと言う間に、過ぎ去ってしまうものです。

次の世界に持って帰れるものは、想念体に刻んだ記憶・思い行いしかないのです。

その為には自己中心的な我を捨て、動物習性を取り除いてデコボコした心をまあるい心にしていかないといけませんパー

本当の成功法則は、天の蔵に徳を積む事こそが本当の成功なのです!!


2014-06-28 10:00:23 光のかけ橋
テーマ:心の世界と繋がる癒しのエネルギーブログ

黄檗禅師は思念をやめ思慮なくせば、仏は自然現れると説いていますね。

精神集中に集中と言う言葉が妥当かどうか疑問ですが!?

精神集中と言えば、一生懸命に目の前にある壁を睨み付けている事が精神集中だと頑張っていた方がいました。

実際は精神集中している自分をも対象をポンと捨てないと開けてこないのです。

これは壁を睨み付けている頑張っている自分をも捨てないといけないと思います!!

禅的には正しい坐相をねらって筋肉と骨格で、思いを手放し

雑念にふりまわされず、祗管打坐して行く事が大事だと言う事になるのではと思います。

また、マントラを捉えている方は、雑念を捨てて、マントラに成り切る事だと思います。


精神集中に集中できている自分をも対象をポンと捨てないと開けてこない

集中できている自分もポンと捨てないと、悟りの手前までもう少しと言うところまで来ている状態なのに

元のもくやみになってしまいます。

それには神仏のご加護・師の恩恵なくして到底達成はできないと何回も自分は言っていますが、

体験すればきっと理解ができると思いますよ。

自分一人では到底達成できないと後からつくづく思い知らされますね。

これは宗教だからと拒否反応をしめす方もいると思いますが、そういうものだとしか言えません!

正しい坐相をねらって、思いを手放し雑念にふりまわされず、続けて行くと、

普通の意識状態を超え、意識の限界に達した時、意識の境界線を越えて、

最後に一瞬の飛躍があり、主体と客体の合一な体験をする事になるかもしれません。
バーソロミューの書物には、このように記載されていますね。

聖フランチェスコは病床で、心の境界線が少しずつ崩れ、高熱にうなされる状態のなかで、

聖フランチェスコは愛したいけど、どうして愛したらいいのか解らないというジレンマ・・・・。

全身が疑問のかたまりのようになって、何日も苦しみが続き、不安が増し、

イライラと絶望がつのり、もうすぐ夜が明ける頃、外窓の向こうで、一羽の鳥が鳴いたそうです......。

その鳴き声をフランチェスコは今までとは全く違うように聴こえました。

その鳥の歌声のパワーによって、ついに・・・・悟ったと言うのです。


自分の見解としては、フランチェスコはその鳥の鳴き声が今までとは全く違うように聴こえたとありますが?

※我をわすれて、そのものそれになりきった時、何らかの感覚の縁にふれて、

それまでに聞いていた鳥の声とは全く違った声として聞いたのです。

これは解るように説明すると、まぁ~宗教家でもない自分がこんな事を言うのはどうかなぁと思いますが、

誰も言う方はいないし、自分みたいなちゃらんぽらんな者だから言えるのでしょうニコニコ


自分の体験上、意識と無意識にある壁?

境界線が崩れた時にそのように感じると思います。

そのような状態になった時に現在聞いていた声や見ていた光景がまったく違がって見えたり聞こえたりするかもしれませんね。

本来は誰もが無垢な状態で生まれて来たのだけど、長年浸み付いて付着したものが、

少しずつ取り除かれて行った時に、ずっと今まで見ていた光景や聞いていた音がまったく違って見えたり聞こえたりします。

それは本来の自分を取り戻して行く時にそのように感じるかもしれません。

だから想念体かに亀裂が入らなくても、そのように感じてしまう事もあると思います!?


本来仏性を持ち合わせているのが人間ですパー

本来仏なのです。

死んで仏になるのではないのです。

だからそれを古庵は知っているけど、他はそれを知らない

あなたは知らないけど、私は知っている

その違いはあるかもしれません。

でも、それを知っている古庵だとしても偉くもないし、そんな事を体験しているから特別な存在でもないのですグッド!

ここを勘違いしたらいけません!!

無理なく真理が実践できた時に菩薩行が整ってくると高橋信次師は言っておられましたからね。

何もやりもしないで如来、菩薩ではないのです。

自称天使また如来、菩薩だとしている方は、それなら光り輝かなければならないと思いますよ。

そういった方は自分の幸せの為だけに生まれて来たのではないのです。

そのような方は教師として心の教えを解いたり、それに真理を実践して行かないと何もならないのです。

宗教団体の主催者や会長さんなど見ていると、おかれている環境に惑わされ、

愛人を作ったり財をなす事ばかりしているようで、マスコミに取りざたされていたりしてします。

ほんとうに残念でならないしょぼん

一部の偽り者の為に真理が穢され歪められ、手垢のついたものとしてスぴ系全体が妖しいと思われてしまうのです。

そういった方はほんとうに目覚めているのか?

悟った者か疑問ですグッド!

他人はどうであれ、自分自身の環境を受け入れ、その環境の中でどう行動するか?

試されているのでしようね。

自分を見失わず、神と共にいる。神と一つと言うように実践して行く事がなによりだと思います。

それには自分の心の手綱をしっかり持っていかないといけませんねグッド!


話はそれましたが、フランチェスコは偉大な聖者です。

でも、たとえそうであっても、我々と同じ人間です!!

誰もがフランチェスコの足跡を辿って行くならば、きっと同じような体験ができると思います。

準備が整った時に誰もが体験する事になるかもしれません。

それが今世になるか?

来世、来来世になるかは神のみぞ知るところだと思います。


精神集中が深まってくると次第に普通の意識状態を超えて、そういう心理状態が限界を超えて、境界線が崩れ

最後に一瞬の飛躍があって、その鳥の歌声のパワーによって、ついに・・・・聖フランチェスコは悟ったのです!?

またこうも言えるかもしれませんねパー

そのように一種の忘我状態になった時に想念体に亀裂が入って、エクスタシ―状態になり?

意識的な自分を超えるなにものかがあり合理的な考えだけがすべてではない。

そのものになりきって、(ものになる)ところに本来の自己が現れるものだと思います!

このように聖フランチェスコは苦痛の中から悟って行ったのです。

もがき苦しみその異常な環境がなかったら聖人にはならなかったと思われます。

たった一人で悩みもがき苦しみ全身が疑問のかたまりのようになって、悟りを開いたみたいです。

それをたった一人で、悟りを開いたとされる聖フランチェスコはやはり偉大なる聖者だったと思います!!
今からおよそ2500年前にお釈迦様が悟りを開かれて、

お釈迦様の悟りが修行僧の心から心にと伝わったと言われがあります。

実際は言葉や文字では、究極のところは伝わりませんパー

釈尊の教えの真髄は、文字や言葉では伝えることができないと思います。

お釈迦様が霊鷲山の集まりで、何も言わずに、蓮の花をすっとお示しになりました。

しかし、その意味は誰にもわかりませんニコニコ

その時に、それを見て摩詞迦葉尊者お一人がにっこり微笑まれました!?

この摩詞迦葉尊者ただ一人だけが微笑まれたと言うものでした!!

このお釈迦様が一輪の蓮の花をお示しになり、見てにっこりされたと言う事は、

お釈迦様の悟りが摩詞迦葉尊者の心に伝わっていったものだと思います。


心から心へと、直接体験によってのみ伝えられるとするのが、教外別伝の意味するところと言われています。

したがって、教外別伝とは教のほかに別に伝があるのではなく、

師から弟子へ、心から心へ直接の体験として伝えることみたいです。

また師から弟子へと伝承するというのは、弟子の目覚め(悟り)にほかならない とするのが教外別伝の内容と理解していいと思います。


弁道話の中に道元禅師はこう言っています。

インドや中国のような文化の優れた所に住んでいる人間は、悟る事ができるでしょうが、

国土も素質も劣った人でも悟る事ができるでしょうかと言う問いに、道元禅師はこう言いました。

人は素質の劣っている人も優れた方でも、区別なく等しく悟る事が間違いなく出来ると言うのですパー

仏法伝授する事は本当に悟った人を師匠にとせねばならない。

文字のせんさくに明けくれる学者は、師匠とするには不足である。

それでは盲が大勢の盲を導くものようなものです。


自分は後の為に残しておこうとか?

そんな烏滸がましい考えは持っていませんけど、神人合一体験は不立文字です。

自分が体験して、初めて理解ができると思います。

一種の三昧になって、神の力との合一がおこる

※対象になりきった自分をも対象をもポンと捨てられるかどうかに、悟りが開けるかどうかに掛っているのです!!
ヨモギでもクソヨモギと言うヨモギらしいですね。

葉っぱがニンジンの葉に似ているから、クソニンジンとも別名言われているみたいです。

そこらへんの道端でも生えているみたいだけどね、

自分はフットワークが軽いのかどうか解らないけど、早速畑に行きましたニコニコ

普通のヨモギはあるんだけどね。

クソヨモギと言う種類のヨモギはなかったから、仕方がないから普通のヨモギを自宅に持って帰って鉢に植えました。

それで知り合いの女性のところに、ヨモギ効用についてコピーして早速行きました。


逸る思いをして持って行ったんだけど、そうしたら子供が出てきました。

いきなりだったので、お姉ちゃんはいる?

あぁ~間違えたお母さんはいる?

今留守しているからと、実はこの娘は霊が見えて霊とお話ができる子みたいです。

この娘の母が古庵はスぴ系をしているような事を言った事がありますから、

古庵の眼をずっと見ていましたね。

自分はちゃんと見なかったんだけど、一瞬の眼差しはちょと暗いイメージを感じました。

眼は瞑想している眼ではなかった。

日本人形さんのような眼でしたね。

こういった方は素質を伸ばしていったら、拝み屋になれるでしょうねはてなマーク

それよりも波動を高くして、もっと高い次元を目指すようにしたら良いんだけどね。

話はそれましたが、クソヨモギや別名クソニンジンが生息している場所があるみたいだから、

そこらにある雑草や道端に生えてある草が、もしかしたらクソヨモギが自生しているかもしれません!?


ジュラさんの画像を拝借



よもぎが癌細胞を死滅


『Life Sciences, Cancer Letters and Anticancer Drugs』に発表された研究論文によれば、東洋医学(漢方)で古来から薬としてもちいられることもある、

ヨモギから抽出される、アルテミシニン(artemisinin)と呼ばれる成分が、健康的な細胞1つに対して、1万2,000個もの癌細胞を死滅させたと報告しています。

よもぎ

「アルテミシニンは、ただそれだけでも、健康的な細胞の約100倍もの癌細胞を選択的に死滅させることができるだけでなく、

抗がん剤よりも34,000倍も正確に癌細胞だけを死滅させることができます。」とワシントン大学の研究チームのリーダーであるヘンリー・ライ博士は言います。

ヘンリー・ライ博士のチームは、アルテミシニンの癌死滅能力を更に高めるために、癌細胞がもつ鉄分への食欲を利用して、アルテミシニンに鉄分(トランスフェリン)を結びつけた化合物を開発しました。

周りにくっつけたトランスフェリン自体はニュートラルな成分なので、癌細胞は疑いもなく化合物を受け取ります。

でも、中にはアルテミシニンが隠れているので、この化合物は、トロイの木馬のように、癌細胞の中に入り込み、癌細胞を破滅させるように効率的に働くのです。

この化合物は、既に特許を取得していますが、まだ人間への投与、つまり臨床試験には至っていません。

でも、ヨモギそのものは、非常に鉄分の多い野菜・ハーブです。野菜では2番目の多さです。

『鉄分の多い食品』 ヨモギから、わざわざアルテミシニンを抽出して、鉄分を戻すようなことをしなくても、

ヨモギそのものを結局食べたらいいんじゃないの?とホールフード(丸のままの食品)を食べることを勧めるホリスティック(代替医療)ヘルスコーチとしては、思わずにはいられません。

食品はちゃんとそれ自体で理に適った形で存在しているんです。

ひとつひとつ、ミクロ要素に分解して考える西洋医学と、全ての要素の融合体のシナジーで考える東洋医学・代替医療の違いなんでしょうね。

古代の人々が、アルテミシニンやトランスフェリンについて知っていたとは思いませんが、昔から薬として用いてきた草ですから、

生活の中で、ヨモギに健康維持の力、傷ついた遺伝子や遺伝子複製の誤り(=癌)を正す効果があることに、気がついていたってことですよね。

ヨモギの旬は4月下旬から5月上旬です