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2015年11月03日

第23回日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ 完走記〜その3

テーマ:ハセツネ
”最近は、日本全国でトレイルランの大会も増えたが、今年で23回の開催を迎えた「日本山岳耐久レース~通称 ハセツネカップ」は、初回開催時は今のコースと逆走のコースだったものの、あとはずっと同じコースで開催されている。
また、その大会名が示すようにトレイルランニングの大会というよりは、「山岳耐久」のレースであり、ノンサポートのレースとなる。応援のサポートはもとより、選手間での受け渡しも失格行為になる。怪我をしても自分で処理し、また判断してリタイアするか続行するかを決断しなければならない。(リタイア決断した瞬間に、スタッフは手助けしてくれる)
エイドは基本的に無い。唯一、この第二関門の月夜見第二駐車場(42km地点)でのみ、水1.5L(またはポカリスエット)だけが補給してもらえる。
あとは、後半にある湧き水3箇所のみ。
従い、どれだけの水分をもって走るか?行動食はどの程度必要か?万が一の手当のキットは?防寒具や着替えは?など、事前の準備が完走の成否の大きなポイントになる。
これは、実はTOP選手でも同じで、軽量化を図り水を制限してもったために途中で水が枯渇しリタイアしたり、森の葉っぱに残っている水分で凌ぐことさえあるのだ。”

その唯一の給水が得られる第二CP(42km地点)月夜見第二駐車場へ到達すると、ひとまずほっとする。

駐車場には大きなブルーシートが広げられていて、そこで食事をしたり寝転んだり休憩をとるランナーが多いが、自分は極力ここでの休憩を少なくしている。理由はここは気温も低くここで休むことで余計にカラダの動きが悪くなるからだ。

今回も、VESPAゼリーを飲んでトイレに行き、シューズを履き直したくらいでほぼ7分程度のレストだった。

しかし、一向に胃の不快感は治っていなかった。
そんな状態で、この後半戦は、まだまだ危険が多いところ。

月夜見第二駐車場から第二の大ボス「御前山」(1,405m)に向かうのだが、緩やかな下りのあと本格的な上りが始まる。この下りは非常に滑りやすく初完走をした時はここで、捻挫をした。まだ、残り30kmはある地点でのこりをずっと歩くのはかなりロスになる。

ここは慎重におりていった。

小河内峠(1,030m)をすぎると、ここからが本格的な御前山の上りになる。
自分はここがいちばん嫌いな上り。三頭山ほどの急登では無いもののダラダラと続く上りがかなり精神的にも体力的にもきつい。

また、以前、滑落死亡事故もあったエリアで、左右に崖がある場所でもある。

その上、何故かこのあたりでは霧が濃くなったり雨が降ることも多く、眠気も増してくる地点。非常にリスクが高まる地点なのだ。

ただ、今回は霧が少し薄くなり月も見えた。

何度か休み休み御前山の手前の惣岳山に到達。ここで、ベンチに腰掛けご褒美にレッドブルを飲んだ。
まだ上り続けている後方からは、苦しくてリバースしているランナーの声がした。

ここさえ登り切ってしまうと、ほぼ完走は見えてくる。

しかし、御前山からオオダワまでの下り。これがまた序盤の峰見通りのような小刻みなアップダウンがあり、またけっこう荒れたテクニカルなトレイルが多いところ。
ここは、後方からくるランナーをどんどん譲った。
こんなところで怪我はしたくない。

このあたりから、ほぼおなじペースで抜きつ抜かれつしている長身の60歳代のランナーがいた。自分が後方から迫るとすぐ道を譲ってくれるのだが、その先で自分が休んでいるうちにまた抜かれるということを幾度と無く繰り返していた。

ようやく、オオダワ。のこり20km程度である。

ここでトイレをすまし、すぐにリスタート。

しかし、走れない。
ますます気分が良くない。

実はここから、大岳山(1,266m)までは比較的緩やかなトレイルで日中であれば走れる場所だが、深夜いちばん眠いころであり、今年の自分は、胃の不快感で全く走れなかった。

そして、このあたりで北海道から参加している魚津くんとほぼいっしょに行動した。
魚津くんは第5期のハセツネ安全走行講習会のメンバーでいっしょに行動することが多かった。
魚津くんも同じく前半飛ばして同様の状態になっていた。

少しの上りになっても苦しくて休んでしまう。

それを繰り返しながら、ようやく大岳山の麓近くに到達するころ、大岳山からスタッフとダウンにくるまったランナーが下りてきた。たぶん低体温症でリタイアした選手なのだろうが、女性ランナーのようだった。もしかすると山の内はるかちゃんではなかったか?

ラスボスの大岳山は、もはやロッククライミングで一気に50mほどよじ登っていく。
初めて参加するとこの山は厳しいと感じるが、実は、三頭山や御前山よりも楽。一気に標高を稼げるからだ。

ただ、大岳山の下りは危険が大きい。毎年、必ずここで怪我をしている選手が多い。

大岳山を登るまで、魚津くんとゆっくりのぼり、ようやくヘロヘロになりピークに到達。
お互い、はあはあ息を切らしながら、ひとまずベンチで休んだ。

ここをおりれば、あとは登るのは日の出山程度でほぼ下り基調。

あとひとふんばりだ。


だが、
相変わらず胃の不調は続いており、走れる状態ではなく早歩きで第三CPの長尾平(58km地点)まで行くしかなかった。

脚が残っていれば、不快感さえなければここは比較的走れる場所。にも関わらず、全く走れない。

脚をひきずるようににしてようやく到達したのは午前2時半前。13時間33分ころであった。
もう、歩いて完踏するしかない・・・そう思い込んで、とりあえず長尾茶屋前のベンチに座り込んだ。

胃も痛くて、苦しくて全く走る気力をなくしていた。

(つづく)



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2015年11月02日

第23回日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ 完走記〜その2

テーマ:ハセツネ
”ハセツネは、3つのチェックポイント(CP)がある。

スタート後約22.7km地点が、第一CPの浅間峠。
ここまでは、ストックは禁止区間である。
第二CPは、月夜見第二駐車場。約42km地点、ちょうどフルマラソンの距離となる。
そして第三CPが長尾平、御岳山御嶽神社の下になる。58km地点、残り13.5kmとなる。

そして、コースには奥多摩の3つの大きな山(ボス山)がある。
ひとつめの大きな山は三頭山(みとうさん)1,527mの標高があり、距離的には頂上がほぼコースの中間地点となる。
前半の第一CPの浅間峠までは小刻みなアップダウンで相当脚のスタミナを奪うコースとなっている。
そして、比較的緩やかながらも根っこの多いトレイルを経由し、ようやく32kmくらいで西原峠(さいばらとうげ)を経由し、ここから一気に三頭山の上りが始まる。
そして、せっかく上った三頭山を一気に400mほどかけおり鞘口峠を経由し、第二CPの月夜見第二駐車場に出る。
その後、ふたつ目の大ボス、御前山(1,405m)。またそれを300mほど下りオオダワに出る。そこから、なだらかなアップダウンを繰り返したあと、最後のラスボス大岳山(1,266m)を登る。
この3っつのボス山を征服すれば、あとはなんとかゴールが見えてくるのだ。”

さて、

第一CPの浅間峠に到達したのはスタートから約4時間半くらいの午後5時半となる。
すでに暗闇になっており、そこで、休憩をしたりストックの準備をする。

去年、一昨年はまだここはストックを使わず走り続けたのだが、さすがに前半飛ばしたこともありかなり疲労度もきつく、すぐに座り込んでストックを取り出した。
また、ライトもウエストライトだけでなく、ヘッドライトを取り出し準備した。

ここまで4時間半。次に月夜見第二駐車場まで9時間で到達すれば、以前練習で試走した際にはあと6時間でゴールしている。昼間とはいえ、のんびり休み休みでも。間違いなく15時間以内で行ける・・・と思って走り続けた。

しかし、
このあたりから、やはり胃の不快感がなかなか改善しなかった。

ブスコバンも投与し様子をみたが、ダメ。

そして、仕方なくガスター10投与。少しミニクリームパンを食べてみたら、少しは良くなった。しかし、ムカムカしながら「早く西原峠につかないものか・・・」と思いながら笹尾根を抜けていた。

さらに、気温は下がっていた。

ときおり、雨か?と思うような雫も落ちてきた。

そして、冷気は氷のつららのように冷たく、ウエアやシューズを通して肌を刺してきた。

「辛いなあ・・・なんで、またこんなことやってんだろう・・・」とか、
「早く熱いお風呂に入りたいなあ・・・」とか、そんな逃げることばかり頭の中を駆け巡っていた。

そして、しばらく我慢。

ようやく西原峠。

ここで、また腰を下ろし、予定していたレッドブルを飲む。
ここから三頭山までは岩場を含む山登り。

もう走るなんてことは考えずに、「山登り行くぜ!」と割り切り歩き出した。

さすがに、この坂道で前を行くランナーを抜いて行こうなんているのはほとんどいない。

みな、寡黙に、聞こえるのは荒い息遣いだけで、途中立って休んでいるランナーや、しゃがみこんでいたり、そんな光景が増えてくる。

山登りが始まると冷えたカラダでも汗が出る。その汗がまた冷え、冷たく感じる。でもまた汗が出る。ウエアの中に汗が溜まる感じがして不快感さえ感じる。

でも、休んだ瞬間に急にカラダは氷のように冷たくなってくる。

だから、少しでも動くしかない。

そして、ようやく三頭山避難小屋。

その手前で、ウエストライトのバッテリーが切れかけていたので、ここで交換。

避難小屋のベンチに腰掛けて作業をしながら、隣のランナーと少しおしゃべり。
このレースは初めてのようで、この先の状況を少しお話しておいた。

ここからは、木段があり、そのあとさらに急登を登る。
そしてようやく三頭山のピークに到着する。

何度か登っているとだいたいわかるのだが、もうすぐピークだよ!という目印になる木がある。大きなクランク型に曲がっている木があるのだ。それが見えれば本当にあとすこし。

ようやく、ピークアウト。

ここから鞘口峠まではつづら折りの下りがあり比較的走れるところ。

けっこうテクニカルなサーフィスではあるけれど、今までここでころんだことは無い。

しかし、今年は違った。

三頭山を登るころはすでに霧が濃くなっており、地面も湿っていた。

その湿った地面は下りでは非常に危険であった。

何度かズル、ヌルっとなりながらも防いでいたのだが、とうとう、ここで180度ひっくり返った。伏せることができたおかげで滑落は阻止できたが、下手すると数十メートル落ちても仕方なかった。

なんとか、鞘口峠を下りることができたが、ここまでで、かなり体力を使い果たし、鞘口峠から風張峠(かざはりとげ)までの坂道がキツかった。

さらに、けっこう走ってきたせいか、また、標高が下がったせいか、気温が上がったように感じ、汗がびっしょり。

そこで、バーサライトを脱いでまた半袖シャツになり走りだした。

でも、吐き気は一向に改善しなかった。

走りの間に歩きを入れながら、ようやく第二CPの月夜見第二駐車場に到達したのは、スタートから9時間9分(22時9分)。順位は993位と第一関門から大きく後退していた。

そして、カラダはほとんどジェルも受け付けなくなっていた。


(つづく)


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2015年11月02日

第23回日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ 完走記〜その1

テーマ:ハセツネ
ハセツネと言われる日本山岳耐久レースへの5回目の参加。
初参加は、あの震災があった年の秋
2011年 第一関門の浅間峠でリタイア(胃不快感と腰痛のため)
2012年 安走会に参加し練習を重ねマーシャルとして初完走!しかし第二関門の月夜見からの下りで捻挫をし約30kmを完全歩行。19時間38分。
2013年 マーシャル参加 前半抑えながらも後半まで休みをとらず完走 15時間50分。
2014年 マーシャル参加 体調があまり良くないなかなんとか完走 17時間42分。
2015年 一般参加 前半より追い込み、中盤苦戦するも完走 15時間35分。
と、ようやく4回めの完走を果たすことができました。

今回は、できれば14時間台でゴールをしたいと思い、序盤の渋滞に巻き込まれることを避けるために無理に10時間目標のグループからスタートしました。

今回の装備

【ウエア関連】
上:ファイントラック+パタゴニアの半袖シャツ+アームウオーマー+ハセツネ鉢巻
  寒さ防止のための耳までカバーできるフリースの帽子
  モンベルのバーサライト
下:c3fitロングタイツ+短パン
足元:R☓L五本指ソックス シューズはサロモンのS-LAB
手袋:指先出しのものと、冬用の2種
(予備はすべて未使用:着替え用としてアンダーショーツ、ロングTシャツ、ソックス、トレントフライヤー、薄手のオーバーパンツ)

【ライト関連】
ヘッドライト用:PETZL NAO (+予備バッテリーパック)→浅間峠~全部使用
ウエストライト用:PETZL MIO (+予備リチウム電池)→生籐山あたりから使用
ハンドライト用:GENTOS SEN (+予備リチウム電池)→最後10kmで使用

【水分】
メダリスト:750ml (左ボトル)→月夜見前で枯渇
ジャスミンティー:750ml (右ボトル)→三頭山下りで枯渇
水:1,200ml (リザーバー)→ほとんど未使用
レッドブル2本→1本は三頭山手前より使用、もう一本は御前山より使用

【補給行動食】
セブン-イレブンミニクリームパン4個→和田峠、西原峠、月夜見、長尾平で完食
ハニースティンガー3本→峰見通りで1本使用
ハニースティンガーグミ→5粒使用
ミニ羊羹4個→刈寄山手前、長尾平で使用
VESPAゼリー2個→西原峠、月夜見で使用
種なしはちみつ梅干し→未使用(というか存在自体忘れた)

【薬】
ブスコバン2錠、ガスター1錠、大正漢方胃腸薬3包使用、カフェインキャンディー4錠
(その他痛み止め等は未使用)

【ザック他】
ザックはレイドライド20L、ブラックダイアモンドZポール、貼るホッカイロ2個(お腹と背中)ウエットティシュ、iPhone6S(100%充電済みでスタート時機内モード設定)


《レース展開》

今回、序盤の渋滞を避けるべく「10時間」のプラカードのグループ後方より北海道トレイルランメンバー数人といっしょにスタート。
さすが、いきなりスタートから走る。ほぼ、キロ5レベル。

すぐに、マーシャルの坂上さんにお会いする。

広徳寺の坂道もけっこう走り、そのまま最初の渋滞ポイントのシケインにはいる。

ここは、本来のコースであるシケインルートと、その左手に土手状に二手のコースに別れるがここで、まず最初のトラブル発生。

目前で、蜂が暴れだす。原因は、渋滞を嫌うランナーがシケインルートとその土手のほうへの行き来し、藪にいた蜂の巣を突いてしまったらしい。

すぐに「蜂です!頭を低くして!」と叫びましたが、すでに遅く、前方の数人が蜂に刺される。
自分は小さい時に、蜂に刺されたことがあるが、刺す瞬間ってすごい音がした。「パチっ!」という音で、タンクトップで走っていた男性ランナーの左肩を刺したらしい。
その直後に、ポイズンリムーバーを沿道で応援していた仲間からもらって手当し始めたが
渋滞とはいえ歩きながらではしっかり手当できないだろうに、なんとかやっていた。(その後あのランナーがどうしたかは不明)
また、すぐ前のランナーの脹脛も刺されていたみたいで、腫れていた。(そのランナーもその後は不明)

渋滞が緩みだし、多くなランナーが変電所近くから猛烈なスピードで走り始めたが、自分はついていくのがやっと。

ようやく今熊神社ところにたどり着き、ここから早歩き。

ここはいつものようにまだ元気な脚があるので、比較的登りやすい。

左右の段差の少ないところを上り、トイレまで到達。ここで、落ち着くためにも小用。
(トイレで青柳さんに会う)

刈寄山方面に走りだす。ここは周りの流れに合わせて進むも、みんな速い。ついていくのがやっと。上り坂でちょっと渋滞になるのがほっとするくらい。

しかし、おかげで順調に進み、1時間15分もかからず入山峠に到達。

階段待ちも10人程度。(モモちゃんの応援スマイルありがとう!)

階段を登ると小沼めぐみさんに声をかけられる。

ここからは、小刻みにアップダウンを繰り返す胃を痛めやすく、また怪我もしやすく、ここでスタミナ切れもおこしやすい峰見通り。
ここから市道分岐までは我慢のしどころ。

流れに任せるものの、激走しているランナーはどんどん先を譲った。ここで怪我したら元も子もないしね。

と、やはり市道山分岐手前までで、けっこう怪我し出血しているランナーがいたので声をかけたが、なんとか続行できるようだったのでほっと。

市道山分岐までは比較的順調に進み2時間ちょっとで通過。

次は醍醐丸の坂道。
今まではけっこうこの坂道がキツかったのだが、比較的負担少なくクリア。しかし、胃の不快感がこのあたりから始まる。

その度に、ジャスミンティーがさっぱりしていて爽快、正解!

醍醐丸の上り途中、後方から賑やかな女性の声・・・坂上さんですね。よく通る声だこと。
リタイアするならここから和田峠に降りれるよとか言っている。

和田峠のベンチに到達し、ここで、一休みしミニクリームパンを食べる。その間に賑やか女子の坂上さん通過。

カラダが冷えるので、食べ終わるとすぐに合流し先を急ぐ。

しばらくすると生籐山あたりからか、からだが冷えだした。

なんとなく足の指先も痛い。

「ああ、シューズが合わなかったかな・・・」とまだ50km以上もある山道を思うとネガティブな気持ちに陥りモチベーションも下がる。

そのうちに薄暗くなりだしたのでウエストのライトを点灯。

流れに任せて走るも、ますますカラダが冷えてきて、指先などがしびれる感覚。

さらに、カラダにストレートに冷気が突き刺さるような冷たさを感じだし、比較的汗かきで寒さには強いはずの自分であったが、カラダの動きが悪くなり、さらに低体温症のスパイラルにハマるとまずいと思い、モンベルのバーサライトを早くも着ることにした。

軍刀利神社の上り坂をなんとか登りきり、神社にお祈りをして走り続ける。

あと少しで、浅間峠。

そこに着けば少しは楽になるかも・・・なんて思いながら、ようやく声が聞こえてきた。

しかし、浅間峠の少し手前の下り坂は根っこがあって滑りやすいところがある。
2012年の初完走のときはここで左手首を捻挫したので、慎重に下る。

ようやく浅間峠。

でも、決して楽にはならないのが、ハセツネであった。

浅間峠到着 4時間24分45秒 953位で第一関門通過。

4時間半を切るここまではベストタイム。

しかし、この前半の追い込みがここから苦しみにつながった。


(つづく)










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2013年10月17日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記 最終回

テーマ:ハセツネ
日本山岳耐久レース。
このイベントタイトルは、まさに必要十分な意味を持っていると思う。

ハセツネは、トレランレースじゃない!とよく聞くが、確かにハセツネはハセツネでしかない。そして、それを言い換えるならば、日本山岳耐久レースでしかないと思う。

今までに3回、このレースに参加した。
最初は気負いもあり、かつ、胃腸の不快感で第一関門でリタイア。
二回目は、第二関門過ぎで捻挫をして、ほぼ歩きで19時間での完走。
そして今回、三回目にして、ようやく体調もベストに近いもので、16時間以内の完走ができた。

この日本山岳耐久レースの特徴は、なんと言っても、ノンサポート。つまり全て自己完結。厳しく言えば、時間や場所、道も他の選手やボランティアに聞いてはいけない。
唯一、水を入れてもらえるところでも、本当は自分で水を汲むのが正しいのだ。
そして、もう一つの特徴は、夜間がメインにはなるものの、実は歩いても完走できる時間設定の24時間以内ということ。
さらに、毎年同じコースであること。

これらの特徴をしっかり把握して練習できれば、完走は決して難しくない。
しかし、繰り返すアップダウンで耐えられる胃腸がかなり重要だと感じている。
今まで、トップ選手でもリタイアするのはこの体調異変だ。

それだけ過酷ではあるけれど、反対に体調をしっかり管理できれば完走は難しく無いということだろう。

今回、レースに臨んで、実はこの体調管理にはかなり気を使った。
腰痛もちの自分は、山登りで膝に手を付いて登った場合に腰が曲がりやすい。従い、膝に手は付かず、手を後ろ組にして登った。
胃腸にはかなり気を使った。
胃薬を途中でも飲んでいたし、胃の不快感を少しでも感じると、休憩をとり補給色をしっかり食べたり、水分補給をした。
あとは体温管理。
このレース、意外にも低体温などになりやすい。が自分は暑がりだし、ウエアにはかなり気を使った。
そして水分。今回、大正解だったのは緑茶。ポカリなど甘いものが多いなか、渋いお茶はとてもすっきりする。

これらいろんなことを想定し、対策を練ることで完走率は高まる。

このレースの最大の魅力はそういったものではないだろうか。

さて、来年。

やっぱり、参加したくなってきた。

あんなに、ゴールした直後でさえ、しばらくいいや と思っていたのに。

とある人から聞いたけど、

ハセツネを走りたくない、やめたいときはいつか というと
ハセツネを走っている時


らしい。

ナットク😉


(完)
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2013年10月16日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記4

テーマ:ハセツネ
月夜見を午前0時前の22時半頃に通過した。
昨年は0時をすぎていたので、やはり順調かもしれない。

しかし、この坂が危険。昨年捻挫したところ。
そこを、無理せずゆっくりシューズの底全部を地面につけるように、ゆっくり下る。
と、しばらくすると前方に見かけたランナーが。
白さんだった。先に第一関門も第二関門も通過しているのに、どうしたのかと思い、
「あれ、白さん、なんでこんなところに」
「あ、ぶろっくちょ、いや、あ、それが、・・・」とかよくわからない返答。
「ぶろっくちょ、けっこういいペースですよ!」とは言われたけど、
「いやいや、ほとんど歩いているようなもんだよ。これからも歩き中心でいくわ!じゃあ」と先を急いだ。
その時白さんはライトシェルを着込んでいたようだった。

しばらく続く、長い坂。
ここが一番、嫌いな、御前山に向けた登り。
岩場とか急登があるわけじゃないけど、とにかく長いように思える。
最初はピーク越え、その後、左の巻き道を行くが全然走る気がしない。

そうか、走らずに行くことも考えよう。
とにかく、まだ30kmはある。それをこの脚で行くには、体力を無駄に使わないこと。

そう思い、その後は、下りで走りやすいところ以外は歩くことに徹した。
実は、3年前の隠岐の島ウルトラマラソンでも、後半走れなくなったときに、歩くことで挽回した。自分の歩きは比較的スピードもある。ロードでキロ9分台で行ける。山道でも10分から12分でなんとかいけるのではないかと考え、無理せず歩くことに徹した。

途中、白さんに抜かれた。

御前山の登り。
本当につらい。

過去に滑落事故があったところで、手を合わせお悔やみと完走をお祈りした。

途中、安走会マーシャルの井上さんともすれ違った。
井上さん、けっこう元気。やっぱり女子は後半に強い!

それから、木によりかかったり、岩に腰掛けたりと、実際、惣岳山までに5回以上は休憩したように思う。
この長い長い登りをなんとか征服したあとのカラダへのダメージは大きく、ピークに付いたあとにリバースする人もいた。

惣岳山のベンチでしばし休憩し、そしてのこり600mの御前山に向かった。

なんとか御前山にも到着。
またベンチで休憩をとり、そしてすぐに下りはじめた。

この御前山の下り。
かなりきついし、危険も多い。
傾斜がきつく足場も悪い。
さらに、ようやく足場の悪いところが終わったと思うと、そのあとは何度か繰り返す登り返し。

その登り返しで、またまた何度か休憩。
とにかく一歩一歩登るきつさが、ますます増してくる。

しかし、ここも何度も試走したところなので、見覚えのある危険な場所をすぎればあとすぐ!
そう思い、我慢して進む。

立ち止まっていては、ゴールは近づかない。
歩いてでも、前に進めば ゴールは確実に近づいてくる。
そう自分に何度も言い聞かせ、腰をあげて進んだ。

オオダワ。
ここでトイレ休憩。
あと20km。

ここからは走れるというが、もうそういう脚は残っていない。
しかし、早歩きはまだまだ十分できる。
時間をみると、もしかすると長尾平に3時前に到着する可能性ある。
そうすれば確実に、日の出山の夜景がみられる!
そんなことを考え、先を急いだ。

しかし、ここで、急に眠気。
とにかく眠い。
夜間走の場合は朝6時前に眠気がやってくるが、さすがにこの日は午前1時あたりで、もう眠くて眠くて。
そこで、眠気覚ましを飲んだ。
そうしたら、目がしっかり開いて意識もよみがえった。

最後のボス山、大岳山は急登ではあるが短い距離で岩場をよじ上るので比較的ピークは近い。それまで長い笹尾根が続くが脚に疲れのたまった自分は途中何度か休憩をいれ早歩きで進んだ。
途中、何人か寝ているランナーがいた。これもハセツネ名物。
でも
ライトをつけたまま寝ててね!と声をかけ進む。

大岳山の登りにとうとうたどり着いた。
ここを注意深くよじ登る。また、何度かの試走のおかげで登りやすいルートはわかっているので比較的精神的に楽。
思いのほか、早く頂上に到達した。

大岳山登頂。

そこでみたものは、すばらしい夜空!
星が手に取るように近くに感じる。
真っ黒な空に輝く大きな星!感動!!!
時間に余裕があればここでしばらく星を眺めてご飯を作って食べるなんて最高と思った。

しかし、まだレース中。
早速、後半難関の大岳山の下りを行く。
ここは、毎年必ず事故やけが人が出る場所。

しかし、今回は雨が降ったのは二日前だったこともあり岩がぬれていなかった。おかげで意外にも楽に降りることができ、あっという間に大岳山神社についた。
そこで、また完走お祈りをして、さて、ようやく待望の「綾広の滝」だ。

途中で、安走会の先輩の渡辺隆行さんに会い、声をかけて進んだ。
ここからは、けっこう走った。

そして滝でくんだ水は最高にうまかった!

第三CP長尾平2時40分通過!
日の出山での夜景ウオッチは確実だ!

長尾平ではたくさんのボランティアや応援の声。嬉しかった。ここまでくればもうあとわずか。

御嶽神社の前を過ぎ、日の出山に向かう。
試走では走れるところだが、ここでも無理せず早歩き。
何人かのランナーに抜かれたものの、気にしない。
意外にも登りになると、抜かれたランナーに追いついて自分が抜き返すシーンが何度もあった。
いつの間にか、登りと歩きのペース差が少なくなったのかもしれない。

しかし、日の出山は意外にも意地悪な登りと下り。
鳥居から登るときに、ボランティアの方に「マーシャルご苦労様です!」と声をかけられた。

日の出山登りで、先を行くランナー数名を歩いて抜いた。

そして、トイレによってから、ようやく日の出山山頂!

思わず声を出してしまった!
「やった、初めてみた!最高の夜景!!!」

嬉しかった。
当初の目標はここからは日の出をみる予定だったのだから。

この日の出山のベンチでライトの電池交換に手間取ったが、スタッフの木村さんに声をかけ下った。

これも試走のおかげで、走りやすい場所は覚えている。

あとはほぼ10kmのダウンヒル。
でも、早歩き走法はかえない。
何人かに抜かれるも、ちょっとした登りになると自分が抜いている。
そんな繰り返しで、あの、見覚えのあるコンクリート橋!

そうしたら、「あと2kmですよ~」という暖かい声。
時計はもしかすると15時間台の自分にとっては自己ベストのペース!
のこり30分はある。歩いても確実。

でも少し下りは走って、ようやく街のアスファルトに出た。

嬉しいのと、ああ、もうおわっちゃうのか、という寂しさと。

そして、あの、角を曲がったら、夢にもみた、暗いうちに到達するゴール!

深夜だから声はあげられないが、でも、嬉しくて涙がにじんだ!

やった、15時間50分09秒。
昨年よりも4時間ほどの更新。

応援に来てくれたふじふじが待っていてくれた。

感動!

ようやく、「ハセツネを完走しました!」と言える結果を得ることができた。

(最終章につづく)

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2013年10月16日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記3

テーマ:ハセツネ
第一CP浅間峠で、ラン仲間の素晴らしい応援をもらい引き続き進んだ。
今までならば、ここでストックを出して走るわけだが、比較的脚が悪くはなかった。
というか、以前より少し気づいていたのだが、ある程度推進力が付いてきているように感じていて、昼間であったが浅間峠~都民の森までの試走を3時間半以内で通過できているときがあった。
浅間峠からの体力あるときなので、ということはあるもののあの三頭山の登りが比較的スムーズに、また負担に思わなかったということで、やはり試走の成果だったのかもしれない。

日原峠を過ぎ、しばらく走ると、どうもお腹の具合がいまひとつ。ふと気づいたが多分空腹感でこのまま走り続けると胃液で胃を荒らしそうな気がした。
途中、固形物のグミなどをたべてごまかしたが、体力も落ちつつあり笛吹峠でとうとう最初のレスト。ここで食事をすることにした。
ここにはすでに安走会の北島さんや井上さんもいて、さらに休んでいたら元気な声が聞こえてきたなあと思ったら、歩く人間熊鈴王女の坂上さんだった。
坂上さんはかなり元気で(って元気がない状態はどんな状態なのか全く知らないのだが)、笛吹峠では休むこともなくそのまま元気を振りまいて通過していった。

自分もそう長く休んではいられない。キュウリ1本とおにぎり1個を無理にも胃にぶち込み、すぐに走り続けることにした。

この辺りは比較的走りやすい尾根。
ライトは基本的にウエストに準備したPETZL MIO。それと肩のハーネスに取り付けたBLACK DIAMONDの2灯。しかし、これでは前後にランナーがいれば問題ないものの単独走になったときに不安があるので、ヘッドライトもつけ合計3灯で進むことにした。
ストックも使うようにした。
このあと、西原峠をすぎれば本格的な三頭山の急登がやってくる。

そして、最初の急登の岩場、比較的楽に登れた。三頭山の登りは急ではあるが、これも何度かの試走のためか、苦しいながらも深く的順調にほとんど休むことなく大沢山に到着。盛大な応援を受け、そのまま頂上にもたどりついた。

この時点で約8時間程度。三頭山はほぼ中間地点だから、このままいくと。。。なんとサブ16が見えてくる とは思ったもののそんなに調子良くわけはないよな、と思い、ここでも休まず走ることにした。

そういえば、三頭山の登りは決して楽ではばかった。しかし、つらいなあ~と思ったとき浮かんだのは仕事のこと。仕事の毎度毎度のむちゃくちゃな要請に比べりゃ、無理難題から比べりゃ、こうして苦しみながらも脚を前にさえ出せばゴールが近づくなんて最高じゃないか?と思い、邁進した。何度も襲ってくる登り返しもどうってことない敵だった。

さて、三頭山の下りは比較的走れるのだが、危険も多いところだ。
頂上で休まなかった自分は、ゆっくり慎重に進んでいたが、後ろからけっこうなスピードではけ降りてくるランナーがいたので、どんどん先を譲った。
あくまでもマイペースがいちばん。

気になっていた水は、2つのボトルはほとんど枯渇。リザーバーのみだが、まだ十分リザーバーには水があったので一安心。
そのまま鞘口峠に降りた。
そこで、昨年の安走会の5期正の村上さんがいるはずなので、とりあえず「ともさーん」と叫んでみたが返事なし。
ま、仕方ない。

坂道を登りはじめた。

ここで、少し休憩。この鞘口峠からののぼりは意外にきつい。
2度ほど休憩をとり、なんとか風張峠通過、そして月夜見山で少し休んでから、ゆっくり第二CPの月夜見第二駐車場に向かった。

当初の想定より1時間は早く到着。

昨年はなかったポカリもあったので、リザーバーに水1Lをもらい、ボトルに500mlのポカリをいれてもらった。

さて、ここからが昨年怪我した月夜見の坂。

とにかく、いちどブルーシートに横になり、キュウリ、ミニクリームパンもたべた。
第二CPは42km地点。あと30km。

ゴールまではあと30km。

しかし、一番苦手な、MOUNT GOZENYAMA が真っ暗な闇夜で待ち構えていた。

(つづく)
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2013年10月15日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記2

テーマ:ハセツネ
13日(日)
前日、早めに就寝。レースを直前に眠れないことが多いので、お医者さんに処方してもらった薬を飲んで寝たために比較的よく眠れた。
ずっと仕事のストレスで眠れないことが多かったので、せめて直前はしっかり眠ろうとしたことと、一週間前にひいた風邪が結果的にはからだを十分休めることになり、体調は悪くは無かったのだが、金曜日は終日偏頭痛がとれず、土曜日も多少頭痛があったので心配していたが、残念ながた起きたときも多少頭痛が残っていた。

が、とにかく本番。
しゃきっと5時に起床して、早速準備開始。

レースの日は常にそうなのだが、起きたら一番にやることは、テーピング。
起きてしばらくすると汗でテーピングが付きにくく、また剥がれやすいので、いつも大会当日の朝いちで貼ってしまうのだ。
昨年、月夜見駐車場からの下りで捻挫したが今年は絶対に捻挫は避けたい。
両方の足首にしっかり予防のテーピングを施し、腰痛予防にも腰と背中に幅広のテーピングをした。
なお、自分は少し伸縮が強めのテープを使用している。(首都圏ではB&Dで購入している)

それから、ウエアを着込み、リザーバやボトルの飲み物を準備。
朝早くいっしょに起きてくれた奥さんのおにぎりとキュウリの浅漬け(これが欠かせない)をザックに入れて完了。

予定どおり7時前に電車に乗り込み、8時過ぎに立川で武蔵五日市の直行に乗りました。そこに同じようなスタイルの方が。。。安走会6期生の方でした。
そう、この時間はまだ選手がどんどん集まる時間帯ではなく、我々、マーシャルなどが9時に集合する早い時間帯。でもそのために、駅のトイレもコンビニもすいすいと利用できてしっかり準備をして五日市会館に迎えました。

9時近くになり、マーシャルとして参加する安走会6期生の皆さんを中心に控え室で準備。
その間に、9時半過ぎには、スタート位置の五日市中学校の門の前で記念写真。
あ、そうそう、実は今回ほとんど自分が撮った写真はありません。
というのも、iPhoneもそろそろ電池が消耗激しく、いざという時に使えないとまずいので日の出山手前までは電源をOFFにしておきましたので。

もし、良い写真があったらどうぞ、おゆずりください😉

さて、続々と選手の皆さんも集まりだし、11時ころにはラン仲間の皆さんにも出会え、和気あいあいの雰囲気で盛り上がりました。

この頃には、お昼をしっかり食べようと、おにぎりを3個食べ、また少し偏頭痛も残っていたので痛み止めをのみ、準備完了。

外に出ると快晴で暑い!この調子ではすごい水が不安。

そこで、いろいろ考え、当初計画していた、リザーバーの水1.5L+お茶0.5L+ポカリ0.5L+コーラ0.5L+エビアンミニ0.33Lの合計3.33Lに加え、REDBULL0.25Lを万一缶が破裂してもザックを汚さないようにジップロックにいれてザックにしまいました。これで、なんとかなるか。。。
いや、まだ不安はあったので、コンビニで購入した氷を数個、コンビニの袋に入れてザッックのポケットに忍ばせ、スタート直後の喉の乾きをいやすようにと考えました。
実はこれが正解。
スタート待ちの開会式の間も、またスタート直後も、ボトルやリザーバーの水は使わず、実際には、変電所あたりまでは氷を口に含んで耐えることができました。

スタートは、今年は12時間のレベルに並びました。いや、実際自分の実力では12時間は難しいのですが、スタートの渋滞ロスを少しでも緩和しようと思いこのレベルで。
また、安走会6期生の、歩く熊鈴王女と呼ばれる、坂上さんがぴったり自分にひっついてペースメーカーにされてしまいました。

午後1時、スタート!
とうとう始まってしまいました。もう、ゴールまで歩みを止めることはできません。
ひたすら進むのみ!

それもさすが12時間台。スタートラインを超えると、しっかり走りだしました。
(ちなみに、昨年は16時間以降の後ろのほうだったので、スタート直後もゆっくり歩きだした程度)

広徳寺の坂道をのぼり、そしてシケインのいつもの渋滞ポイントにたどりつくころ、ラン仲間の藤生さんがわざわざ登ってきて応援してくれました。
これにはちょっと泣かされました。
その後もなかなか進まない渋滞ではありましたが、それでもまだまだ。先は長い!
71.5km、そして24時間、それを考えればたいしたことはないと思い、焦らず、それでも走れるところは無理のない走りで、今熊神社まで走りました。

しかし、ここで、ふと左の肩に痛みが!
それは、前日仕込んだ、ライトを取り付けたジェルホルダーのバンドが肩に食い込んで痛むのだとわかり、仕方なく汗拭きを肩とザックの間にはさみこみました。これが早めに処置したおかげで肩が擦れることはなく、最後までもちました。
とにかく、何が起きるかわからない。でも早めに対処すれば、なんとかなる!

さて、レースは今熊神社の急登。
しかし、何度も登ったこのコースは比較的登りやすいルートはもうしっかりカラダが覚えていてくれました。おかげで、けっこう先を行くランナーも抜いて、60分かからず神社の手前まで到達したと思います。

ここで、スタッフに感謝し先を急ぎました。

ここから、入山峠までは比較的走れるところが多いのですが、渋滞もあります。ここでも焦らず無理せず。
途中、狭いシングルトレイルを無理矢理抜いていくランナーもいましたが、さすがにマーシャルを背負ってはできないので、おとなしく動くのを待っていました。

入山峠までのルートでは一カ所急登を登るところがあったと思いましたが、今回はその巻き道を走ってもOKということで、ここで体力を使わずそして比較的楽に走れ入山峠に付いたのは1時間30分前だったと思います。

入山峠で、安走会スタッフの近藤みづきちゃんや、関西から初参加の楠本さんと挨拶し、いよいよコース前半の最大の山場!まさに山場!
何度も繰り返す、登り返しの峰見通り。
ここで、とにかく無駄に体力を使わず市道山にたどりつけるかが重要なポイント!
さらに、ここで胃腸を痛めると後が持たない。初参加の時失敗したことを反省し、とにかくここは上りはゆっくり、下りも無理に走らず慎重に。
というよりも比較的登りでも渋滞してることがあり結果脚を痛めず登れたようにも思います。

日が徐々に傾きかけてきました。

市道山手前の広がった視界を眺め、ようやく市道山分岐。
ここからは醍醐丸の急登までは比較的ラク。

昨年、醍醐丸ではライトをつけはじめましたが、今年は少し早めにたどりつき、しばらく無理なく走り続けることができました。
軍刀利神社の階段を登れば、あとは少し。

第一CPの浅間峠に付く頃、時計をみたらちょうど5時間前後。
よし、これで、行ける!

しかし、このころからお腹の気分が。。。

また、胃の不快感がきたらどうしよう・・・

第一CP浅間峠通過!
そこで、なんと、
あの、藤生さんが浅間峠までわざわざ先回りして登ってきて応援してくれました。
これには感動!!!

ここで少し休もうか と思いましたが、元気な応援と、「白さんが20ほど前に通過したよ!」ということで、よし自分もこのまま休まず行こう!と
普段ならばここで、ストックを用意するのに、それも無しで走り続けることに。

しかし、胃の不快感は、ますます増してきたのです。

(つづく)


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2013年10月14日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記1

テーマ:ハセツネ
10月14日、まだ朝日が出る前の暗い時間帯。4時50分09秒にゴールしました。
今回のハセツネは全くもって予想以上に善戦できました。
とはいえ、そのために準備してきた意識はほとんどありません。
ただ、ハセツネの開催される奥多摩の山が好きで何度かこの夏も試走に来ましたし、ハセツネクラブの安全走行講習会にも、1回をのぞきスタッフとして全部参加しました。
その結果でしょうか。結局たくさんのご褒美を今回はいただけました。
記録はもちろんのこと、大岳山からみた忘れられない夜空の素晴らしさ。
そして、想定では日の出山での日の出を眺める予定が、東京の夜空を眺め感動をいただきました。
本当に、いろいろうまくいってしまいました。想定より2時間は早くゴールでき、昨年の結果よりも4時間も記録更新できました。
そして、ラン仲間の藤生さんは、スタート間近の広徳寺の上で最初の応援をしてもらい、また22.66kmの第一関門浅間峠で再び応援いただけました。
おかげで、気持ちを折るような余裕もなく、ずっと行動し続けられたことがこの結果であったと思います。まずは、感謝申し上げます。

今回のハセツネについては、正直、18時間以内でゴールできれば御の字と思っていました。実際に直前の約2週間は仕事のストレスで眠れないことも多く、かなり体調が悪化していました。また、1週間前には風邪をひき体調的にはベストではありませんでした。
初夏に発症した甲状腺の病はまだ完治はしていませんでしたし、残業続きで体重は増加していましたし、何ひとついい結果がでるような状況ではありませんでした。

しかし、もしかすると、天候は比較的自分にとっては良かったのかもしれません。
気温は低く暑がりの自分にとっては過ごしやすかったし、雨は降らなかったので岩場やシケインでの滑りは比較的少なかったことが怪我もせず完走できたことだと思います。
こういうさまざまなことがプラスに働くことはあまり無いのかもしれません。
まさに偶然でした。


まず、スタート前の装備について。

今回のウエアリングは、トップスは半袖。ボトムはスパッツに長めの短パン。C3Fitのゲイター。頭はバンダナ。そしてとりあえず寒いときの対応として、SKINSのアームサポータ。
ザックはSALOMONの所謂キリアンザックタイプの12L。
ライトは3灯。ストックを使うので、ハンドライトは使わず、その分ザックの左のハーネスにジェルホルダーをくくりつけそこに小さめのブラックダイアモンドのライトを取り付けました。(これが、結果けっこう負担になりました。)
さらに、詳しくメモしておくと、左右の足首にけっこう強めのテーピング。捻挫予防のためにしっかりテーピングを施しました。
シューズもSALOMOMのSLAB5。

ザックの内容物については、水は専用リザーバー1.5Lに、UDのボトルを2つ胸のハーネスに入れました。これで約2.5L。リザーバーには水。ボトルはひとつはお茶。そしてもうひとつはポカリスエットの水割り。さらに、500mlのコーラと、エビアンのミニボトル。それから200ml缶REDBULLを加えました。これで3.5mlは確保できました。

当日かなり暑くなっていましたので、ぎりぎりまで悩みましたが、結局この3.5Lは正解でした。

その他、おにぎり小2個にキュウリ浅漬け2本。セブンイレブンのミニクリームパン4個。ハニースティンガー5個はフラスコに入れて水で薄め。その他、予備のジェルやWGH PRO8個。種無しプルーン数個やナッツなども。

防寒対策として、薄いシェルとボトムも。さらに、もっと寒いという噂を聞き、さらに防水のウエアを1枚。エマージェンシーシートにキット。さらにホワイトテープ2個。iPhoneとスタート直前に持たされたスタッフ用にキッズ携帯。そのほか、予備電池やくし薬関係も含めると多分6kgは超えていたと思います。
まあ、仕方ない。何と言っても耐久レース。
水が切れては走行継続はできませんし、体調の変化は走ってみないとわからないのでとにさまざまなアクシデントを想定し準備することがこのレースのポイントです。
10時間以内で完走できるようなスタミナを持ち合わせていないランナーとしては、それだけ持っていくのも増えるのがこのレースの特徴です。

これら、かなり消費しないものが多かったのですが、結果、正解でした。

前日は、睡眠誘導剤を服用し、比較的よく眠れました。
13日、朝5時に起きて、準備開始。
そして8時40分には武蔵五日市に到着しました。

(つづく)
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2013年10月10日

日本山岳耐久レース24時間以内〜通称 ハセツネカップ 2回目の完走に向けて…その2

テーマ:ハセツネ
本番まであと3日となりました。
昨年はかなり緊張していて直前の金曜日に風邪をひき発熱となりましたが、今年は大丈夫のようです。(たぶん、腰痛も・・・)

で、昨年は初めて選手マーシャルという移動審判員をやってて感じたのですが、参加される選手の中には、かなり練習を重ねルールも理解されているかたが多いのですが、一部ではこんなことがありました。

・このあたりはどの辺かなあ~と地図も持たず把握できない
・第一CPの浅間峠で水がなくなってしまい「要項に水1.5って書いてあったから足りるかとおもった」と文句を言う選手。
・途中、休憩時に寝転がりライト点灯せずに寝ている選手。
など。

こういったことは何度か経験しないとわからないかもしれませんが、大会案内に添えられていた競技ルールなどをしっかり読み込むと大事なことが書いてあるので十分理解して参加してほしいなあと思います。

そして、昨年とても感じたのは、(特に後半捻挫したために歩いて遅くなったかもしれませんが)ゴミがすごいです。
落ちているものは、ジェルの封をきったもの。柿の種などお菓子の小袋、ティッシュやタオルなども。
これらは、なんとか減らしたいですね。
どうか、ゴミ袋をポケットに入れておいて参加してほしいものです。

あと、最近は、補給する水や食料を事前に山の中に隠しておいておく選手もいるらしいですが、これ、間違いなく規則違反ですので多分、スタッフの方々に撤去されると思います。必ず、必要なものは自分で背負っていきましょうね!

さて、今年の大会は、どうもお天気は悪くなさそうです。

水は多めかも。
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2013年10月06日

日本山岳耐久レース24時間以内〜通称 ハセツネカップ 2回目の完走に向けて…

テーマ:ハセツネ
今年も、ドM大人の秋の大運動会!
日本山岳耐久レース24時間以内~通称 ハセツネカップがあと一週間後に開催となりました。

昨年、満身創痍でゴールした瞬間、もう二度と出ないぞ!と思ったこのレースも、なんと今年も参加することになってます。
ってか、ゴール直後にすでに今年の参加は決めていたように思いますけど。
なんてったって、すでに東京都の都岳連のハセツネクラブ会員ですし、今年のマーシャルを育成するための、「安全走行講習会」にも1度だけしか休まず全参加しましたしね。

なんなんでしょうかね~このレース。自分にとっては、なんとも言えないレースなんですよ。
まず、あまりこのレースのことを知らない方向けにお話を整理しますと、このレースは、全行程71.5kmの山道、それも累計標高は4000mを超える(累計ってことは、どれだけのぼりがあるかってことです。何度も登っては降りて、また登るってことで、結局富士山を一回登るよりも登るっちゅうことです)わけで、まあ、まさにドMなコースなんですね。
さらに、スタートが、午後1時ってことで、ほぼ夜の真っ暗な山道を走行しないといけない環境であるっちゅうこと。
ここまでは、比較的、最近のトレイルランニングっていう競技でも無いことは無いのですが、究極なのは、ノンサポートってことで、いわゆるエイドステーションはほぼ皆無ってことです。つまり、全て自己責任、自分でなんとかする「耐久レース」ってことが、マラソンに近いスポーツとしてのレースとしては異なるってことなんです。
とはいえ、一回だけは給水があります。でも42kmという、ほぼフルマラソンを終えたところでようやく水はもらえるってことで、そのほかはいっさい何もなくて自分で暗闇を突き進むしかありません。
従って、どんな装備でスタートするか?水はどれだけ持つか?万一雨が降ったらどうするか?また怪我をしたらどうするか?など、さまざまな知識をフル活動させて漆黒の山道を進むわけです。まさに、「耐久」なんですね。誰も手助けはできません。
なんで、わざわざ、山道を、それも夜に。。。とお思いの方も多いと思いますが、そうです、わざわざなんですね~これが。
登山家の長谷川恒夫さんがトレーニングとして使っていたコースなんですね。
なので、何度もアップダウンがあります。特に、前半はアップダウンの繰り返しで胃がひっくり返るような苦しさを体験できます。
で、登山の訓練のためですので、当然、山登りもあります。1500m程度の山が3つ、コース内にはありますし、そののぼりは到底走れるような斜面ではなく、よじ上るとか、また岩をしがみついて登るようなそんなところがあります。
そういう山を登るのですから、当然、下りも同じように一瞬の隙も許されないような危険な崖です。
なだらかと思われる山の斜面も、夜なのでよく見えませんが、実は断崖絶壁のような細いトレイルだったりもします。
レースのときはそれでも2000人ほどが参加するので、問題ないですが、試走などでは、熊さんや蛇さん、そしてお猿さんやフクロウさん、さらに苦しくて地面を見つめれば足の長いクモさんなどと出会えるわけです。
そういうとっても厳しいコースを全国から2000人も集まって、深夜に山道を徘徊しているわけです。おかしいですね、やっぱり。

昨年は42km地点でようやく給水をもらい、その後、捻挫し残り約30kmをほぼ歩いてゴールしました。まだ、1400m級の山二つを残し、あきらめるわけにはいかなかったのです。
捻挫した足首をテーピングし固定し、ひたすら歩き通しました。
19時間以上かかりました。
正直、ゴール直後までもうこれでいい、二度と出ないと思いました。

でもねえ。不思議なんですよ。
あの山道がとっても楽しいんです。

で、今年も参加しますよ。
今年こそは捻挫せず、全コース走りたいですね(走れるところだけね)。

この時期、季節の変わり目で去年も風邪気味でスタートしましたが、今年も一週間前に風邪引き。でもなんとか大丈夫でしょう。

あと一週間。
不思議ですねえ。楽しみなんですよ。あのコース。

来週の今頃は、ようやく第1CPをすぎて、コース最高峰の三頭山に向かっている途中ですね、きっと。

どうか、雨や強風だけは避けたいですね。

日本山岳耐久レース24時間以内~ハセツネカップまであと、1週間!!!
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