2011年05月19日

震災2ヶ月後

テーマ:20110311東日本大震災
すでにあの忌まわしい震災が発生してから2ヶ月が過ぎた。
発生直後、某政治家が「バチがあたった」みたいなことを言って批判を浴びたが、なくなった方々や被災された方々には不適切な発言ではあるものの、確かに、この震災については学ぶ点が多かったように思う。

【日本人の災害対策】
約2万人が死亡および行方不明という確かに規模の大きい災害ではあったが、一方、マグニチュード9レベルという想像を絶する大地震がありながらも、日本であるがゆえに被害は極小化されたのではないか?という意見がある。

もし、日本以外で同規模の地震が起きたら、まずは建物の被害というのは、もっと甚大であったと思われる。日本の厳しい耐震構造の建物は非常に機能したと思われる。特に、震源地に近い宮城県仙台においても、津波による倒壊はあったものの、地震への対策は十分とられていたからこそ、大きな建物の倒壊などがなかったのだと思う。

そして、津波についても、確かに間に合わない悲惨な事態もあったものの、ある地域では全員助かった村や学校があったことも、日ごろの災害対策が行き届いていたことではないだろうか?

【日本人の想定外の対応】
3月11日から数日間の日本の生活を、日本国民全員想定していただろうか?地震の規模も、津波の大きさも、停電による影響も、原発の事故の影響も、ほとんどの日本人は、あのような大きな影響を想定してはいなかったように思う。
自分も、「いざとなったら、いくらでも歩いてかえることはできる」と言いながらも、まさか、16kmも革靴で歩くことになるとは想定していなかった。会社においてあるスニーカーなどは出番はなかった。
携帯電話が全くつながらない。一方で、ツイッターでの状況把握のみ可能というのも全く想定していなかった。停電による移動困難も、水不足も、ガソリン不足も、計画停電も全く想定などしていなかった。
しかし、不思議とあの3月11日の地震発生から2~3日間は、たんたんと日本人は行動していた。

そういう自分も、地震発生時には電車の中。そこに、乳母車と赤ちゃんをかかえたお母さんやサラリーマン、学生などがいて、避難する際に、自分も入社面接に行こうとしていた学生もそのお母さんを助けた。
歩くしかないと思った自分は、すぐにコンビニに入り水と食糧を確保した。
しばらく歩いて、暗くなりまた停電を想定して自分は懐中電灯も確保した。
翌日、思った以上に普通に会社に出勤してくる仲間がいた。
月曜日になって、通勤困難もあったものの、でも、大きな暴動などなかった。

不思議だが、あんなにとんでもない、想定もしない出来事があっても、日本人はなぜか想定していたかのように冷静に、人におもいやりをもって生活できるのだろうか?

あらためて日本人の「こころ」というか、「信念」のようなものを見た。

【お返しの文化】
さらに、想定外の悲惨な災害に合った日本に対し、これも想定外の各国からの支援が始まった。
これは、本当に驚いたとともに、こんなに日本という国が世界的にも評価されていたのだろうか という何か誇らしいような、うれしいような、安心できるそんな気もちが生まれた。
いくつかの国は、「以前、日本から支援をいただいた」ということでのお返しといった。
そうか、そんなに日本は世界のためにいろんなことをやってきたのか。
確かに、この時代までいろんなことがあったけど、でも日本人は世界でしっかり日本のこころを浸透させていたのかもしれない。
お中元、お歳暮。お世話になった人への感謝をこめての儀式。
でも、それが日本人が世界に伝えた気持ちだったのかもしれない。

日本を応援するイベントが世界で繰り広げられている。
被災者を支援するイベントがたくさん行われている。
生まれ故郷を応援する歌が流れている。

まだ、原発事故は収拾はしていないが、でも、
日本に生まれてよかった。
日本人に生まれてよかった。

そう、最近思えるのである。

3月11日が多くの日本人に本当の日本を思い出させたような気がしてならない。
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2011年05月05日

フィギュアスケート世界選手権の最後のエキシビジョン ロシアからの愛

テーマ:20110311東日本大震災
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2011年04月19日

原子力発電について考える

テーマ:20110311東日本大震災
「東京原発」という映画からのいちシーンである。
東京に原発を作ろうという話であるが、都庁で検討する場で専門家が原子力発電について語る場面である。



この映画は、非常にタイムリーだが今、認識をしっかりするためにも観ておくべき映画であると思う。

自分も知らなかったのだが、なんと日本の原子力発電の歴史は、なんと広島に原爆を落とされたあと10年も経っていないときに、スタートした。これは衝撃的な事実だ。

<以下、Wikipediaからの抜粋>
1945年8月、第二次世界大戦敗戦後、日本では連合国から原子力に関する研究が全面的に禁止された。しかし1952年4月にサンフランシスコ講和条約が発効したため、原子力研究は解禁されることとなった[1]。
日本における原子力発電は、1954年3月に当時改進党に所属していた中曽根康弘、稲葉修、齋藤憲三、川崎秀二により原子力研究開発予算が国会に提出されたことがその起点とされている。この時の予算2億3500万円は、ウラン235にちなんだものであった[2]。
1955年12月19日に原子力基本法が成立し、原子力利用の大綱が定められた。この時に定められた方針が「民主・自主・公開」の「原子力三原則」であった[3]。そして基本法成立を受けて1956年1月1日に原子力委員会が設置された[4]。初代の委員長は読売新聞社社主でもあった正力松太郎である[5]。正力は翌1957年4月29日に原子力平和利用懇談会を立ち上げ、さらに同年5月19日に発足した科学技術庁の初代長官となり、原子力の日本への導入に大きな影響力を発揮した。このことから正力は、日本の「原子力の父」とも呼ばれている。

このたびの震災で福島第一原発の事故が長引き、日本だけでなく世界的に影響を与えている。
もはや、国レベルの問題ではなく世界的、地球的な規模になっている。

原子力のしくみはある意味非常にシンプルで発電のタービンを回すためのエネルギー燃料として、水力や火力を使っていたが、その燃費効率のよさといったん燃え出すと延々と高熱で燃え続く(臨界)というちからを使っているが、所詮は水蒸気を起こしてタービンを回すので構造的には大きな違いは無いといえる。
しかし、その効率のよい原子力の「制御」が非常に難しく、また、使用済み廃棄物が、石油や石炭とは比べ物にならないほどの危険なものであるということだ。

そんなものを発明してしまった人間は、原子力を何度かの事故や危険をおかしながらコントロールしてきたつもりであったが、しかし自然の力にその制御能力を奪われてしまった。

この結果、相当国内的にも世界的にも原発への拒否反応が今後高まると思われる。

しかし、問題はこの原発と原発の残した廃棄物は延々と人間が管理継続していかないといけないものであるということだ。
要は、渡ってはいけない橋を渡ってしまった。もう後戻りができない事態に今きているということだ。

単純に、国内で原発を廃炉にして廃止することは不可能ではない。ドイツなどは大陸続きであることからフランスから電力を購入することで原発を廃止している。しかし、結局は、世界のどこかに原発がある以上、その脅威におびえ続けなければならない。

日本が原発を廃止することとして、しかしながらお隣の韓国でも台湾でも、中国でも原発はあるわけだし、日本でも廃炉にしたとしても延々と残る廃棄物や核施設の管理をし続けなければならないのだ。

そんな危険で、とほうもないものをスタートさせた当時の「中曽根康弘、稲葉修、齋藤憲三、川崎秀二」そして、それを推進した「正力松太郎」の責任は非常に重い。
さらに、そういうことを「政治的無関心」のまま放置してきた私を含めた国民の罪は大きい。

「東京原発」では、都知事が「約1億人の無関心な国民の責任」ということ叫ぶ。

資源の少ない日本において、多分に石油に依存して戦争になったことも反省し、わずかなウランで大きなエネルギーを生み出す原子力へ踏み込んだのだと思う。その結果、戦後の飛躍的な奇跡的な復活があったのだと思う。高度成長時代を築いたのは、実はこの原子力だったのだと思う。
しかし、その結果、今回の震災で初めてこの「悪魔の原子力の怖さ」を知った。
プルサーマルという仕組みは、非常に可能性の高い効率のよい仕組みのようだが、しかし、延々と本来地球上に存在しえないプルトニウムを作り続ける。それを、知っていたのか?
石油火力を使わないということで、クリーンネルギーのように思わされていたが、大量の温水を海に放出していたことを、知っていたのか?
この地球上の石油もこの40~50年で無くなるということと、原子力発電のウランも同じように枯渇することを、知っていたのか?
廃棄物として作り出されるプルトニウムがなかなか減らずさらに海外から輸入され続けるということを、知っていたのか?

全く、無知であること、無関心であることが この国や地球の問題を見えなくしてしまっていたのだ。いや見なかったのだ。

今、地球温暖化の問題以上に、この原子力発電の問題は大きな問題である。

もはや、無関心ではいられない。

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2011年04月11日

これからが大変なんだよ

テーマ:20110311東日本大震災
あの忌まわしい地震から一ヶ月後。
未だ痕跡が生々しい。

被害は大きくはなかったものの、住まいに地震の被害が現われてしまった土浦の両親、兄夫婦の住む家に見舞いに行った。

常磐高速道路は比較的空いており、道路の表面は多少修理場所はあったものの非常に滑らかにスムーズに運転し、約1時間半ほどで到着した。

しかし、両親・兄夫婦宅の屋根は問題ないものの、10件に1件くらいは、屋根のかわらが落ちていた。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

外の壁にはヒビが入っていた。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

そして、内側の塗り壁も、そのまま崩れていた。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

そうは言っても、電気も水道もガスも問題なく電話もネットも完全に復旧しており生活に支障はない。
でも、毎日続く余震に年齢を重ねた両親はさすが疲れた様子であった。

こんな状況を知らぬ間に死んでしまえばよかった・・・
というようなコトバが出たが、まったくそういう思いでいる人が、今の日本に相当数いるのではと感じる。

これからが大変なんだ。
またゼロから、いやマイナスからスタートしないといけない。

いくら、がんばろう!とは、まけるなと言っても、やるほうは大変だよ。

やはり、東京などから、「励ましの言葉」なんて意味ないと感じたし、そもそも、現場は大混乱しているのに未だヘッドオフィスを東京から動かさない今の政治家にはあきれた。

しかし、
時は春。


$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

こんな普通の生活があったんだよ。誰にでも。



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2011年04月08日

再掲

テーマ:20110311東日本大震災
がんばれ!斉藤和義!

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2011年04月07日

ずっとクソだったんだぜ

テーマ:20110311東日本大震災
2011年04月07日

ありがとう というコトバしか浮かばない。本当に、ありがとう。

テーマ:20110311東日本大震災
2011年04月05日

今日は入学式

テーマ:20110311東日本大震災
職場のあるところでは、入学式に向かう親子連れがたくさんいた。
どうか、どうか、この子達にも、素晴らしい明るい未来が待っているように・・・

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2011年04月05日

「I love you & I need you ふくしま」猪苗代湖ズ

テーマ:20110311東日本大震災


西田さんは、母校の先輩です。
阿武隈川が懐かしい。
夕日が懐かしい。

安積疎水の水がのみたい。

おいしい水なんです。

西田さんの最後の表情がたまらない・・・
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2011年04月02日

谷川俊太郎 生きる

テーマ:20110311東日本大震災
谷川俊太郎

生きる   
                                     

生きているということ

いま生きているということ

それはのどがかわくということ

木漏れ日がまぶしいということ

ふっと或るメロディを思い出すということ

くしゃみをすること


あなたと手をつなぐこと



生きているということ

いま生きているということ

それはミニスカート

それはプラネタリウム

それはヨハン・シュトラウス

それはピカソ

それはアルプス

すべての美しいものに出会うということ

そして
かくされた悪を注意深くこばむこと



生きているということ

いま生きているということ

泣けるということ

笑えるということ

怒れるということ

自由ということ



生きているということ

いま生きているということ


いま遠くで犬が吠えるということ

いま地球が廻っているということ

いまどこかで産声があがるということ

いまどこかで兵士が傷つくということ

いまぶらんこがゆれているということ


いまいまがすぎてゆくこと



生きているということ

いま生きてるということ

鳥ははばたくということ

海はとどろくということ

かたつむりははうということ



人は愛するということ


あなたの手のぬくみ

いのちということ
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