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2016年06月26日

9回目の参加、そして8回目の隠岐の島ウルトラマラソンは、痛かった!

テーマ:ウルトラマラソン
隠岐の島ウルトラマラソンが終わり一週間、サロマ湖ウルトラマラソンが今日開催されました。
結局、2周続けての100kmは、できませんでした。そもそも、体調よりも休みをとることが難しいとよくわかりました。深く反省。

さて、せっかくなので今回の隠岐の島ウルトラマラソンの完走を記録しておきます。

まずは、大会開催の直前水曜日。
週末の予定を確認し、最後に行程表をじっくりみて、ふと・・・(・・;)

いつもの行程と違う。
到着が、なんと7時ころ・・・前夜祭に間に合わないのかも・・・(T_T)

そこで、いっしょに応援についてきてくれる奥さんにLINEでそのことを連絡。
結構ショックだったけれど、何故か自分でツアーを選ぶさいにそのコースを選んでしまったということで、どうしようもない。

せっかくレインボーメダルホルダーになってその紹介が前夜祭で行われると思うけれど、それには間に合わないか・・・と落胆。

しかし、翌日、奥さんが旅行会社に交渉してくれ、なんとキャンセルがあったために自分だけひとり、早めに行くことになった。
大感謝。m(__)m

そして週末金曜日、横浜の自宅に帰省し、翌土曜日早朝にひとりだけ羽田に先に行く。

羽田に行くと、いつものメンバーが・・・。

隠岐の島ウルトラマラソンは、そう、リピーターが多いので結局同じメンバーがいつもいっしょに行くことになる。

米子空港に飛び、そして境港。そこから高速船で隠岐の島島後の西郷港に向かうが、奥さんは遅れてフェリーで到着する予定。でも、高速船に乗り込む前に、境港で落ち合うことが出来、ちゃんと交渉すれば、高速船に乗れたかもしれない。(残念)

隠岐の島に到着してからは、レインボーアリーナに行き受付をすませホテルで準備。

前夜祭では、いつもにもまして多くのランナーで賑わい、また地元の演目も増えて賑やか。でも、遅れてフェリーで到着する奥さんを迎えに途中離脱し、西郷港へ。

そして、ホテルで晩ごはん。

準備は万端。明日3時の朝食を食べたらもう戦闘モード!

***

スタート前は、ホテルのすぐ前なので余裕をもって準備。

そして、たくさんのランナー仲間と笑顔で交流し、これからの健闘をたたえ合う。

いつもの元気なMC早百合さんのアナウンスがあり、5時スタート。

***

スタート

しかし、ひとつめのトンネルで、道路のつなぎ目に躓き転倒。一瞬焦ったが、勢いがあったために、カラダがうまく一回転してくれて右の膝をすりむいた程度。

すぐに起き上がり、走り続けるも、けっこう精神的にショックはあった。

10km地点で、スタッフに消毒をしてもらい走り続ける。

まだ、この時点では雨も降らず快適(いや、湿度が非常に高くて蒸し暑さはひどかった)

15kmすぎ、布施あたりからポツポツ。

でも、このくらいの雨ならむしろカラダを冷やしてくれるので最適だ!とこの時は感じていたのだが・・・。

25km過ぎ、ようやく中村漁港、そしてサザエ村に・・・。

ここで、奥さんよりレッドブルを手渡してもらう予定。

27kmサザエ村エイド。ここで、レッドブル投入。

ここからが、坂道の続く前半最大の山場。約250mほど登っていく。

しかし、このあたりから雨が強くなってきた。

40kmまでの間は山を超えないといけないのだが、下りが川沿いで気持いいはず・・・なのだったが、徐々に雨は強くなり、一時は、土砂降りというよりもバケツの水をひっくり返したというまさにそんな感じ。

でも、面白いものでこれだけ振るとむしろ開き直れるっていうか、逃げ場がないのでがむしゃらに走るしかない。
下り坂を利用して、一気に走っていく。

これが、実は大きなダメージを産むことになってしまった。

ただ、雨を予期していたので、ビニールカッパを持っていたために雨の状況によって、こまめに着脱したおかげで低体温は避けられた。

42km地点。なんと、4時間7分!!!サブ10ペース!!!

あとは、中間エイドの五箇のレストステーションに到着すれば、ウエアを着替えればいいかと思いながら、下り坂を走った。足は痛くない・・・と思ったが、実はこの時すでに指の爪が数本、イカれていたみたいだった。

なんとか、中間エイドに到着し、ここでドロップバッグを受け取り、待っていてくれた奥さんから2本目のレッドブルとクリームパンを食べた。

着替えをして、リスタート。
しかし、ここで、すでにサブ10の夢は消える。
仕方ない、なんとかサブ11を目指したい。

この辺りから雨は弱くなっているようだが、まだけっこう降っていたので、ビニールカッパを被り、はしり続ける。

いつもの私設エイドで、ヤクルト2本もらい、スイカなども。

今回は、スイカを出してくれるエイドが多くて嬉しかった。

55kmあたりから天気が回復し、むしろ暑くなってきた。

途中のエイドでビニールカッパを捨て、60kmまでは走り続ける気持で・・・しかし、早々に歩きが入ってしまう。

やっぱり、きついわ・・・ウルトラ。

手掘りの福浦トンネルを抜け、エイドでコーラをいただき、60kmをすぎると、後半の山場。ここから山3っつをのぼりおりしないといけない。

早々に歩きだしたものの、前後にほとんどランナーが見えない。

今回、決して早くはないし、参加者も増えているのにランナーが前後に見えないとは・・・。

そんなことを思いながら、時々走りをいれて、歩き中心で山登り。

途中、先を歩くランナーに追いつき、声を掛けると、「こんなにきついんですね~」という声。
たぶん、初参加だったのかな?「あと、ふたつほど、このアップダウンありますよ!」と声をかけ歩き続ける。

あとふたつ。

ここからが本当に正念場。

天気も回復し、晴れ間も見えてきて暑くなり、カラダも妙に熱っぽい。

最初の大きな下り坂は思い切り走った。

下りきったところにエイドがあるので、そこでコーラとフルーツをいただくことを目標に。

途中、女性ランナーが歩いていた。声をかけたが、足が痛いのかかなり苦戦している。

エイドで、氷をもらい、プラムやスイカ、オレンジをもらいすっきり。

さて、上り坂・・・。

次、奥さんの待っているエイドは78kmあたり。まだまだ。

なんとかそこまでいけばあと20km程度。もはやゴールは確実!

なんとか頑張らねば。と思い走ったり、歩いたり。

ただ、なんとなく足の指が不安。マメができそう。

雨で濡れたソックスのままで走っているとヤバイかも。

そう思いながらなんとかふたつめの山を下り72kmエイドで、50kmの部に参加していた川内選手に抜かれる。

さて、最後の大きな山。
ここを伸びきればあとは下り。そして、待ち焦がれている奥さんのいる中里バス停のエイドに到着する。

トンネルを超えて、下りに入ったところから必死に走る。

あと、少し、あと、少し。

ようやく直線にはいり、中里バス停到着。

ここで、3本目のレッドブルをもらい、そしてソックスを履き替えることに。

右脚はなんとか自分で履き替えられたが、左足がどうもおかしい。よくみたら、親指の爪が真っ白!!!

そしてソックスが履けない。けっこう焦る。と、ボランティアのスタッフの方が吐かせてくれる。ありがとうございます。

お礼を行って、リスタート。

あと20km少々。

しかし、ここからますます暑くなり、カラダが妙に熱をもちだし、何よりも暑さで苦しい。走れない。

80kmを過ぎても、85kmを過ぎても、暑さが辛い。

でも、のこり12kmあたりの私設エイドでいただいたグレープフルーツがとても美味しくてなんとか元気をもらい走る。

あと10km。

あと9km。

あと8km。

あと7km。

とにかく長い。
ゴールはまだまだ。

飛行場のトンネルをくぐり、あとは7kmほどなのに、元気が出ない。

でも、なんとか少しは知ることもできて、あと3kmあたりからようやくちゃんとカラダが建てなおされた感じ。

あと、2km。

そして、あと1km。

ゴールの選手を向かえる、いつも元気な女神の超えが聞こえる。

あとすこしだ。

人間は不思議なもので、あとすこしと思うとけっこう力がわくもので、最後の坂道を走り、奥さんを見つける。

よしあとはゴールだ。

今年も、なとか手をとりあってゴールできました。

ありがとう!!!

***

ゴール後、水のプールでアイシングをしようとソックスを脱ぐと・・・足の指数本の爪がイカれてました。

そして、ようやくちゃんと怪我の手当もしてもらいホテルに戻りました。

11時間17分。

キツかったけれど、今年も収穫の多い100kmでした。

たくさんのボランティアと奥さんに感謝!

そして、また来年も行きたいと思っています。
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2016年06月23日

大好きな隠岐の島ウルトラマラソン

テーマ:ウルトラマラソン

11回隠岐の島ウルトラマラソン


2007年の頃だったと思います。

大阪単身赴任で、なんばのスポーツ店にシューズを買いにいったときのことでした。

ランニングシューズのコーナー横のパンフレット棚に、「ランナーよ海を渡れ!第三回隠岐の島ウルトラマラソン」というパンフレットを発見。

ふと手にとって、地下鉄で自宅に帰り考えていました。

100km・・・ねえ・・・」


それまでは、フルマラソンが精一杯だった自分にとってウルトラマラソンというのはまさに自分とは違う人種が走るとんでもない大会だと思っていました。

でも、「離島・・・ねえ」「島一周か・・・」などと、なんとなく憧れのような感じもして、どうやって渡ればいいのか?と調べてみたら、なんと伊丹空港から飛行機で行けるんだ・・・とわかり、とりあえず申し込んでしまいました。


エントリーしてしまったら、まさに、「ロッキー」のようにバックグラウンドに音楽が流れ、ロング走中心の練習が始まりました。

大阪城公園の周りを40km走・・・こんなのは序の口。

とりあえず遠くから走る努力しないと長く走れないな・・・と思い、京都まで行ってそこから天王寺の自宅まで約50km

次に、京都から奈良までも走りましたね。

そんな練習で、初めて「隠岐の島」に渡りました。


大阪伊丹空港からは、1時間ほどで隠岐の島に到着。

空港にはすでにバスが待っており、すぐにレインボーアリーナまで送ってくれました。

バスからみる景色は素晴らしく、大きな島に牛が何頭かいるだけで、とても自然が豊かで気持のいい島という印象でした。


受付を済ませ、「アイランドホテルしまじ」というホテルに到着。狭い部屋でしたが、そこの食事が美味しかったのを覚えています。


前夜祭に歩いて行って、まだ、ウルトラマラソンの世界では新参者であり、ドキドキして参加しましたが、磐梯ウルトラとか他のウルトラマラソンに参加されている方などと少し話をして、ホテルに戻りました。


ホテルでおいしいごはんとお酒、それもビールに焼酎まで飲んで・・・これが災いし、翌日はずっとお腹の調子が悪く、辛いレース展開となりました。


初めての隠岐の島ウルトラマラソンは、とにかくエイドステーションよりトイレ。

次のトイレまで頑張ろうと思い走り続けました。

中間エイドのあとすぐに具合が悪くなり、民家にお願いしてトイレをお借りしたこともありました。

そして、後半なんとかお腹も落ち着き、12時間ちょっとでゴール。

ゴールするまで「もう二度と走らない」と何度も自分に言い聞かせていました。


しかし、ゴールした直後。


そこから、この大会にずっと参加し続けることになったわけです。


第三回(2008年)大会:12時間545秒 51/172人中

第四回(2009年)大会:11時間5737秒 51/202人中

第五回(2010年)大会:12時間1950秒 80/234人中

第六回(2011年)大会:13時間4828秒 193/271人中

第七回(2012年)大会:記録無し(疲労骨折のため48km中間エイドでリタイア)

第八回(2013年)大会:11時間0405秒 43/267人中

第九回(2014年)大会:11時間2330秒 54/281人中

第十回(2015年)大会:10時間4403秒 58/404人中

第十一回(2016年)大会:11時間17分 68位/345人中

これまで、9回隠岐の島にわたり、8回完走しました。

第六回2011年の大会では、前半の山下りで太腿を使い過ぎて太腿を傷め、後半全く走ることができない状況になり、ずっと歩いて完走しました。(完歩ですね)

第七回2012年の大会では、5月に富士五湖に参加し、走りこみをしっかりやっていたつもりですが、体重が重かったせいもあり、新スプリトから脛骨疲労骨折になり大会直前まで参加できないか?と思われましたが、なんとかスタートはできました。最初からゆっくり走っていたので比較的楽に楽しく走れて、もしかするとそのまま走り切れたかもしれませんが、大事をとって中間エイドでやめました。


隠岐の島の大会は、参加されたランナーの多くの方々が言うように、他にない最高のおもてなしと温かみのある大会で、一度走ってしまうと、やっぱり今年も・・・と思ってしまうようなそんな大会です。

第三回の大会に参加したあと、自宅でそんな話をしたら、そのあと第四回からはずっと妻が応援に来てくれています。地元の方々との交流もあり、毎年の恒例行事のようになっているのです。


この大会は、基本的な点は変更されていませんが、コースは毎回、微妙に変わっています。

今年走られたランナーも気づいているかと思いますが、道路に1kmおきの標識を設置するマーキングが打ってありますが、それが微妙に変わっているのでわかります。


最初の頃は、中間エイドを過ぎてからの後半に大きなアップダウンが3回ありました。その3回めはだんだん道も捕捉なり、勾配も急になりもはや走ることは無理というような坂道でした。

それが、ここ数回、なんとなく後半がちょっと楽になったように思ったのですが、それは新しいトンネルができたおかげで、その急勾配の坂道を行かずにコースがとれるようになったからです。

ある時は、手掘りの福浦トンネルを通らないこともありました。

また、75kmあたりからの下り坂で途中でトレイルのような道を行くこともありました。

けっこうキツかったのは、78kmの中里バス停のあとの田園地帯をぐるぐる走って距離を調整することがあり、けっこうストレスになりました。


それと、エイドステーションは基本的には変わっていないのですが、最近はスイカなどフルーツが増えたように思います。

私設エイドも増えましたが、そこでもフルーツやカルピスなど、いろんなものを準備してくれています。


そういった変化もありますが、ずっと変わらないのは、

地元の皆さんの応援。以前からずっと、ナンバーカードを見てから名前で応援してくれます。

いくつかの場所では地元の皆さんがテントを張って酒盛りをしながら元気をくださいます。

5時のスタートというのに、そんな時間から家の前で旗を振ってずっと応援してくれるおばあちゃんやおじいちゃんがいます。

それと、毎回、小学生が応援の自筆の手紙を送ってくれます。

そして、島を離れるときに、町長をはじめスタッフの皆さんが横断幕をかかげ、盛大に見送ってくれます。


こういった、すべてのことを体験してしまって、初めて参加したランナーも、応援で参加したご夫婦もみんなこの島にまた行きたくなってしまいます。


今回、9回目にして初めて隠岐諸島の他の島、中の島と西の島に観光で行ってみましたが、決して楽に仕事があって豊かに暮らせるというような島ではないと思いました。

たぶん、島後の隠岐の島町でも、あの大会を開催して黒字になっているとは思えませんが、地元の人たちは、それでも大会を続けてくれています。


離島、人口15千人という隠岐の島町が、あの大会を継続開催するのは本当にたいへんなことなのだと思います。

この9年間で、ホテルの近くにあったドラッグストアとスーパーも無くなってしまいました。

お酒の飲めるお店も、無くなっていたりとかなり経済的には厳しいと感じました。


それでも、あの大会を開催してくれること。

そして、あの島に何かランナーの力で出来ないものか?とずっと考えています。


ふるさと納税という手段もあるかもしれません。

また、少なくとも前夜祭は、有料で実施して良いのでは?と思います。

それと、参加者が急増する中、さらに宿泊施設を増やすのはもはや困難でしょうから、民泊や、テント泊、フェリー停泊なども考えないと無理かもしれません。

何よりも、隠岐の島町で作られる、採れるものを購入することがいちばんのサポートになるかもしれません。


昨年から、大会の翌日、一部のランナーが中心になり清掃活動を行うイベントが催されています。

素晴らしいことです。


もしかすると、隠岐の島ウルトラマラソンこそが、主催者と参加者が作る大会に育っていくのかもしれません。


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2016年06月08日

第11回隠岐の島ウルトラマラソンにむけて

テーマ:ウルトラマラソン
6月19日 第11回の隠岐の島ウルトラマラソンです。
第3回の大会から参加し始めて、今年で9回目になります。

過去の記録を調べてみると、隠岐の島町がこの大会を大事に育ててきたのがよくわかります。

第一回 2006年10月23日 100km:357人、50km:115人
    (65人のランナーは天候のために島へ到着できず出走できなかったらしい)
第二回 2007年6月17日 100km:217人、50km:93人
第三回 2008年6月15日 100km:214人、50km:172人 12時間5分45秒 51位
第四回 2009年6月21日 100km:334人、50km:241人 11時間57分37秒 51位
第五回 2010年6月20日 100km:364人、50km:263人 12時間19分50秒 80位
第六回 2011年6月19日 100km:410人、50km:297人 13時間48分28秒 193位
第七回 2012年6月17日 (大会HPにデータ無し)     故障のためリタイア
第八回 2013年6月16日 100km:431人、50km:452人 11時間4分5秒 43位
第九回 2014年6月15日 100km:281人(男子のみ)、50km:不明 11時間23分30秒 54位
第十回 2015年6月21日 100km:404人(男子のみ)、50km:不明 10時間44分3秒 58位
第十一回 2016年6月19日 100km:556人、50km:611人

最初のころは全体でも300人~500人程度の大会でしたが、とうとう1000人を超え、1200人レベルに到達する勢いです。

自分も、あまりぱっとした記録ではありませんが、なんとか10時間台まで更新できました。

今年は、どんなコンディションになるかわかりませんが、今まででいちばん楽しく走れる大会だと思います。

レインボーメダルの表彰もあるようです。(うれしい!)

今回は、レース後、島前のほうにもわたり観光してこようと思います。

自分がこだわり続けた大会ですが、ようやく、ひとつの区切りをつけることができます。

ここまで、隠岐の島のみなさんには応援もたくさんいただいて本当にありがとうございました。

それでは、18日に無事西郷港に到着できますように!





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2015年06月29日

100kmも走ってどこが楽しいの?

テーマ:ウルトラマラソン
隠岐の島ウルトラマラソンが終わって一週間後、サロマ湖ウルトラマラソンが開催されました。
伝統あるサロマ湖ウルトラマラソンは、北海道民だけでなく全国各地が集まる大会です。
私の知っているラン仲間もたくさん参加していました。
サロマ湖ウルトラマラソンは第30回、隠岐の島ウルトラマラソンは第10回と、歴史も3倍、重みがある大会です。

サロマもエントリー開始から数分もかからずエントリーが締め切られました。
隠岐の島も、以前は締め切り間近でも余裕でエントリーできましたが、今年は3日ともたなかったみたいです。

なぜ、こんなにウルトラマラソンなんていう、通常の人間が走ろうとは思わない大会に参加するようになったのでしょうか。

ひとつは、やはり東京マラソンの影響で、徐々にフルマラソンへの参加が厳しくなっていることは承知のとおり。
それに加え、最近は、もっと自分の限界を試したいという人などが増えたのかもしれないと感じています。
トレイルランでも、30km程度の距離でも本当は非常に負荷が高く、厳しいものですが、最近はハセツネの71・5kmどころか、100kmや160km級の大会も増加し、さらに、そのエントリーも厳しくなっています。
さらに、世界中には、砂漠や、ジャングルなども走るアドヴェンチャーレースがあり、そこへのエントリーも増えています。
ロード中心のマラソンでも、南アフリカのコムラッズや、スパルタスロン、バッドウオーターなどにも続々日本人も参加しています。

こうした人達は、自分がやっていることの異常さ(一般の方々空見れば)をあまりそうは思わず、非常に楽しそうに走ったあと、報告をしてくれます。

でも、実際には、走っている時は相当苦しいはずです。

でも、不思議とゴールしたあとに、苦しさを忘れるほどの感情が沸き起こってくるのです。

そういう私も、100kmを初めて走った時は、ゴール直後も「もう二度と走りたくない」「もう、これで走らなくていいんあ」という感情になりました。

でも、不思議なことに、数分たつと、「やれたのだから、もっとやれるかも?」って思うんですよね。人間ってそういうものなのかもしれませんね。

自分が「やれた」ということは、経験になり、経験は自信になります。
そして、その「やれた」ことは難しい厳しいものであればあるほど、達成感が大きくふくらみます。

人間はそもそもそういう生き物なのかもしれなせん。

でも、

無理すると、疲労骨折などにもなりかねませんので、100kmウルトラマラソンに参加されたみなさん、ぜひ、ケアを十分に・・・。


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2015年06月27日

第10回隠岐の島ウルトラマラソンでひとつの「けじめ」をつけることができた・・・その本番

テーマ:ウルトラマラソン
前日夜は、前夜祭のあとに晩御飯をしっかり食べ、そしてゆっくりお風呂につかり8時くらいにベッドに横たわりました。しっかり眠れるよう、「ルネスタ」を飲んですぐに寝つきました。

ふと、目がさめると2時ころ・・・5時間ほどは眠れたので非常にすっきり。
そして、2時半に起きて準備開始。

ドリンクは「レッドブル」を小さいペットボトルに入れたのをポシェットに入れ、さらに1本は中間エイドのドロップバッグに入れました。
スポーツ羊羹6個と、ジェルを2個、胃薬、下痢止め、痛み止め、眠気覚ましを小分けしてポシェットに入れ、最後にレッドブルの残りを氷水で薄めてドリンクボトルに入れて準備完了。


(薬は目的別に小分けにして)

3時に朝ごはん。そして、トイレなどにいってスタート時間を待ちました。
4時過ぎに部屋を出て、スタート位置に行くと、もういつもの「隠岐の島大好きラン仲間」がたくさん待っていました。


(MC早百合さん、ありがとう!)


朝からハイテンションのMC早百合さんの声に元気をもらい、スタートを待ちましたが、スタート20分ほど前にどうもお腹の調子が・・・。
こりゃ早めに行っておこうと、ホテルに戻りトイレ待ち。10分前にトイレ完了しもう一度列に戻ったら、GARMINのGPSをまだセットしていなくてあわててスイッチを入れるも、なかなか捕まらない。
そのうちに、スタート!!!まあ、仕方ないと、スタートしました。

前半はとにかく無理せずゆっくり・・・と思って走っていたのですが、それでもキロ6分を少し切る程度だったようです。


気温は低く、けっこう涼しく気持ちよい風。

その後は、比較的調子よく走れていました。


(トンネルが見えてくれば、ピークアウト)

途中、「せな」のライブもありびっくり!

とりあえず、なんとかサザエ村のエイドまでペースを維持して走れれば、そのあとの急登は、サザエ村でレッドブルを飲めば元気が出るはずと思って走っていました。


(子どもたちが書いてくれた横断幕)

サザエ村で用意していたミニペットボトルのレッドブルを飲み干し、すぐにリスタート。

ここから、アップダウンが始まります。

でも、今年はそれほどきつく感じなかった。
いや、その時はきつかったと思っていたかもしれないけど、今振り返ると前半のアップダウンは意外になんとかなった。ほとんど歩く必要はなかったし。


(42km地点を4時間3分に通過!)

途中、ワラーチでほぼ同じペースで駆けている女性ランナーがいて、それがいいペース合わせになりました。


(ワラーチYUKAさんがいつもそばに)

中間地点の五箇に到着し、ドロップバッグを受け取りイスに腰掛けると、去年入賞した近藤さんがやってきました。
お腹の調子が良くないらしいので、ガスターを渡し、自分も用意しておいたサンドイッチも二口しか食べられないものの、レッドブル一本を飲み干してリスタートしました。


(サブ10の夢消える・・・)

今回、コースは変更になっていて今までは、中間エイドを出てから、平坦だけど、単調な田圃道をぐるぐる走るのですが、今回は、ショートカットされていて精神的にはとっても楽。


(みづきちゃんに抜かれ、どんどん引き離される・・・
なおこのあとiPhoneのバッテリー切れる(^_^;))

でも、遅いんですよね・・・自分のペース。
しばらくして、近藤さんにも抜かれ、あのワラーチさんにもどんどん引き離され・・・

ダメですね~ウルトラでもスピードは必要ですよ。スピードがあれば、もう少し楽なのに。

それでも、輝平さんにも会い、ここは正念場と思い、着実に進むことだけを考え走っていました。
60kmを過ぎ、坂道がきつくなり、ここからこのコース一番きつい坂道になります。
さすがに、歩きました。

そして、下りでリカバリーしようとして。
でも、まだ、2~300m先に見えていた近藤さんは、下りになると一気にすごいスピードで駆け下りていきました。

あっという間に、1km近く離されました。
山を超え、一気に海岸に近いところまで下るところがあるのですが、そこではまだ坂道を下っているのに、近藤さんは海岸近くのエイドをすでに抜けていました。

また、ここから上り坂。

ここが本当にきつい。

でも、遅いのは仕方ないから休まず行こうと、ずっと早歩きで上りました。
スピードを少しでもリカバリーしようとして、腕を大きく前後に振りました。
それは、参加案内に入っていた、小学生の手紙に書いてあったのです。
「苦しくなったら手をいっぱい振って!」
それを思い出し、腕をとにかく振りました。

そうやって、いくつかの坂道をのぼったりくだったり。

もう、近藤さんは見えなくなりました。

と、後ろからすごい勢いで走ってくるランナー。

川内さんでした。あっという間に抜かれました。73km地点でした。

ワラーチさんは、まだ見える範囲にいました。

70kmを過ぎて、最後の大きな山を超えて長い下り坂。

ここでしっかり走れれば、あとは、中里のバス停で、奥さんが待っていてくれる予定でした。レッドブルを用意して。

昨年は、ここで近藤さんに一気に抜かれたのですが、今回は、けっこう調子よく下りで7~8人を抜いたようです。

ワラーチさんもここで抜いて、離すことができました。

そのあと、平坦な道になっても、2~3人抜くことができました。

おかしい?と思うほど走れました。


(激走・・・)

そして、ようやく、待ちに待った中里のバス停が見えると、いつもの応援のおじさんおばさんがおおいに盛り上がってくれました。奥さんもいてくれて、助かった・・・という感じ。そこで冷たいレッドブルを飲み、冷奴を一つ食べてリスタート。

この時点でのこり約20km。時計は、まだ13時台・・・。
ここから大きく崩れなければ、もはやサブ12は確実!でも、サブ11できるかな~。

ここから、また平坦な田圃道や、海岸線の道はスピードがいつもならスピードが落ちて歩いてしまうのですが、今回は、ここでもしっかり走れていました。

おかしい?
まだ、走れる。
おかしい
もうそろそろくるか?

そんなことを繰り返し思いながら、結局あと10km。

でもこのあと10kmは飛行場まわりの坂道。ここで昨年は大きく落としました。

でも、今回は不思議だった。まだ走れた。

前後に、ほとんど同じ位置にいたランナーが歩いていても、自分は足元を見つめ、ひたすら走りました。遅いぶん走り続けるしかないと思って。

そして、結局、最後の難所も乗り越え、ゴールまで走り続けることができました。

ゴールが見えるころ、奥さんが待っていて、そして、あの、MC早百合さんが絶叫してくれました。


(やっと、ゴールが!感動の瞬間!)

「レインボーメダルホルダーに向けてゴール!!!!!」

やっと、やっと、やっと

隠岐の島ウルトラマラソンを走りきった感じでした。

それも自己ベスト10時間44分03秒。


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2015年06月26日

第10回隠岐の島ウルトラマラソンでひとつの「けじめ」をつけることができた

テーマ:ウルトラマラソン
6月21日(日)16時44分3秒
私にとっては8回目の隠岐の島ウルトラマラソンで、ようやくひとつの目標達成、「レインボーメダルホルダー」を獲得することができました。
本格的にマラソンを始めたのが2004年でしたから、実に11年かかり マラソンというスポーツで自分にとってはとても大きな目標を達成したように思います。

最初は、自宅のまわり1kmの周回コースを2,3周するだけでも汗びっしょりで、ぐたぐたになっていたのに、今回は100kmをゴールまでしっかり走りきった感覚がありました。

隠岐の島ウルトラマラソンとの出会いは、大阪に単身赴任していたころ、なんばのスポーツショップでシューズを購入したときに、お店においてあったパンフレットをふと見つけて、手にとり持ち帰り、「島をぐるっと100km」というコピーになんとなく感情が高まり参加した大会でした。

初めて参加したときは、単身赴任先の大阪からひとっ飛びで行けたので負担もそう大きく感じませんでした。
島についたときに、すでにランナーを出迎えるバスが待っていたことには驚き、あっという間に受付をすませ、ホテルに到着。そして、楽しい前夜祭で飲んだり食べたり・・・結果、本番でお腹を壊して何度もトイレに駆け込みながらのレース展開でした。
そこから、実に8回参加し、一回だけリタイアしました。富士五湖の大会後に疲労骨折になってしまい、無理せず中間地点でやめたのです。
ただ、隠岐の島は、何度いってもこころが落ち着く素敵な大会でした。
リタイアしても悔しいより、半分の約50kmを十二分に楽しむことができたことが嬉しかったです。

今回、大会的には「第10回記念大会」であり、自分にとっては、7回の完走を達成する「レインボーメダルホルダー」への挑戦であり、とてもとても重要な大会になっていました。
が、
この大会の概要が決まったころ、大きな問題発生。

6月20日に親戚の子が結婚式ということがわかりました。

結婚式に参加すべきか・・・
この記念すべき大会に参加すべきか・・・

相当悩んだのですが、
9月ころにはココロを決めていました。

申し訳ないけど、この大会に参加して7回目の完走をしない限りずっと後悔するだろう。
結婚式への出席もとても大事なことだけれど、自分にとってどちらの判断が後悔するかしないかという基準で、参加を決めました。両親からもかなりいろいろ言われましたが、自分にとってこの大会は、他の大会とは違うし、ましてや今回は大きな目標達成のためにどうしても、どうしても、どうしても参加しないと自分は後悔してしまう。今までの努力が水の泡になるというようなことを考えました。

2回めの参加からずっと隠岐の島のこの大会に応援で付き添ってくれている妻には申し訳ないけど、20日の結婚式には参加してもらい、その後夜米子に入り翌21日のお昼ころに隠岐の島に渡れば、いっしょにゴールできるはず。
そんな計画で、この大会に臨みました。

なので、どうしても完走しないとならなかった。
どうしても、結果を出さないとならなかった。
結婚式にも出席せず、無理を強いて参加した大会でリタイアは絶対にありえなかったのです。

ということで、21日の朝5時。

自分との戦いはスタートしました。(つづく)





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2014年06月22日

2014年第9回隠岐の島ウルトラマラソン やっぱり何度走ってもきつかったぞー!記

テーマ:ウルトラマラソン
今年の隠岐の島ウルトラマラソンは、今までない楽しさがありました。

隠岐の島に向かうアクセス方法はいくつかありますが、確実なのは、米子や出雲まで飛行機で行き、そのあと境港か七類港から高速艇レインボーで向かう方法です。

実は大阪伊丹空港や出雲空港から、隠岐の島行きの飛行機もありますが、両方ともにプロペラ機で、機体も小さく定員もかなり少ないのが実情です。
そのために、天候に左右されることが多く、2回目に隠岐の島に飛行機で行ったときは、濃い霧で、なかなか帰りの飛行機が着陸できずしばらく空港で待つことになりました。
また、そのあとは、出雲から飛行機で向かったことがありますが(そのときは例の川内君もいっしょでした)、出雲は定刻で飛び立ちましたが、なんと隠岐の島上空を何度か着陸トライし、やはり霧のために着陸できずに引き返し、あわてて七類港から高速艇を手配し向かったことがあります。
飛行機は、速いのですが、隠岐の島の飛行場は霧が出やすく、かなりリスキーなので今回は、行きは高速艇。帰りは万一遅れてもいいので飛行機で帰ることにしました。

行きから、ラン仲間の数人といっしょにいくことができました。
以前は、この大会はほとんど知られていなくて、隠岐の島についてようやく顔なじみ数人に会うことが普通でしたが、ここ2年間は私の周りでもこの大会に参加する方が増えてとても楽しくなりました。

米子空港に着いてから、境港。そしてそこで恒例のきたろうロードめぐり。
毎年、少しづつお土産を買いますが今回は、手ぬぐい2枚。

そして、お昼のお弁当を買い込んで、高速艇待ち。
ようやく乗船しお昼を食べたまではよかったのですが、今回はこの高速艇がかなり揺れました。いや、フェリーのほうがもっと揺れたみたいです。
高速艇は、水上の上を滑るように走るのですが、いったん強い波をかぶり自動停止しました。
それからけっこう揺れること。

もう、そろそろヤバい!というころに島が見えました。

島に到着したら、もうあとはこの大会の運営の凄いところで、盛大な歓迎もそこそこに、すぐにバスに乗り込み受付会場へバス移動。
これは以前から全く変わることの無い運営で、本当に助かります。
船や飛行機の到着時間に合わせバスを手配してそのまま受付会場に移動しますから、全く心配なく手続きも完了します。
また、その後もバスは会場と各宿泊施設付近をシャトル運行しているのでとても楽です。

受付を済ませて、ホテルにチェックインし準備をして午後を過ごしましたが、買い物に意向とホテルを出たところで、いっしょにいったラン仲間にたまたまホテル前で遭遇。

レンタカーを借りて島内観光をしようというので相乗りさせてもらいました。

隠岐の島はお天気もよくて、いくつかの名所を巡り、中間地点の神社まで行って折り返してきました。

明日、ここをどんな気持ちで走るのだろうか?

会場に戻り、前夜祭参加!
今年も、魚介類のごちそうに、お酒もあり、さらに町長のエンターテインメントもあり!
非常に楽しかった。

そこで、たくさんの隠岐の島仲間に会いました!

この大会、規模が小さかったときからずっと走っている人が多く、どんどん友達が増えます。一度参加すると毎年参加する人が多いので、自然と増えるのです。

こんな素敵な大会、やっぱりほかには無いなあ。

さあ、早く寝て明日に備えよう!

しかし、優しい隠岐の島のお迎えも、コースはやはりかなりきついものでした。

でもなんとか昨年の11時間4分を上回りたい!
とは思ったのですが。。。














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2014年06月18日

2014年第9回隠岐の島ウルトラマラソン 楽しかったぞー!記

テーマ:ウルトラマラソン
今年も、大好きな、大好きな、大好きな「隠岐の島ウルトラマラソン」が終わっちゃいました。
また、あと一年間、あの島で笑顔で走れるために練習に励みたいと思います。

でも、今年は笑顔があまり出せませんでした。
ずっと、苦しかった。

そして確実に暑さに弱くなっていました。

*** *** *** *** ***

ウルトラマラソンに対してはちゃんと練習を積まなければなりません。
なんといっても100kmも、10時間以上も走り続けるわけですから、何よりも耐性をつける訓練が必要です。
しかし、残念ながら、仕事をしながらではなかなかその準備はできません。
それも今年は、横浜から札幌に住まいを変えて生活のリズムも何もかも大きく変わりました。
いやいや、所詮、それはいいわけです。
でも、
昨年ほど、ロング走もできていませんでした。

ただ、昨年のほうが体調は良くなく、甲状腺の病で4月末からしばらくは走れない時期もあったわけですから、そう考えればやはり単なる言い訳です。

しかしながら、この時期のウルトラは、やはり耐暑訓練が欠かせませんでしたね。

札幌に転勤し、一度に走れた最長距離は、真駒内公園を中心にした周回コースでの訓練一回ほど。
あとは、札幌から小樽の銭函や、円山、モエレ沼公園、藻岩山などのマラニック程度で本格的に超長距離の練習はできていませんでした。

そして、今年の隠岐の島ウルトラマラソンは、前日も晴れ、大会当日も晴れという過去にない晴れの大会になりました。
(今まで、たいてい前日雨とか、当日お朝方雨や、途中でどしゃぶりもありました)

また、今年の大会には、私がさんざんPRしたせいか、ラン仲間が、数人エントリーしてくれたのでとても楽しい大会になりました。


とはいえ、
大会直前の金曜日、少し早めに会社を出て、新千歳空港から羽田空港に向かい、そして帰宅。
それから、準備をして、翌朝4時半起きで、準備して米子空港に向かうのはなかなか大変な作業でした。

でも、そんな苦労もすっかり忘れてしまうような、すばらしいお天気と、すばらしい仲間と、すばらしい地元の皆さんに、お会いすることができました。

これで、すでに、「隠岐の島ウルトラマラソン」は最高の大会になりました。






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2013年11月08日

ウルトラマラソンって…

テーマ:ウルトラマラソン
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昨日、2週間前に開催された伊南川ウルトラ遠足の完走証と、写真、そして記録が届きました。
あのゴールに向かう途中、『10位だ!頑張れ!』と言われ、気になってたけど、本当に10位でした。
記録は11時間38分38秒でした。
完走率は、男子は50%台でしたが、女子は40%を切ってました。
やはり、かなり厳しいコンディションの大会だったのですね!

コース最高地点は気温2度。
そこに到達するまでに、冷たい雨と川、そしてぬかるんだトレイルを上らねばならないという、もう、これでもか⁈これでもか⁈という厳しい環境下でよくまあこんな結果が出たと我ながら感心します。

今までのウルトラマラソンでは、自己ベストは11時間4分(今年の隠岐の島)、昨年の富士五湖では11時間20分台の記録に続く記録です。
それも、今回の伊南川の前にはロング走などほとんどできず、2週間前は日本山岳耐久レースにでたばかりだったのに…。
わからないものですね…

しかし、ウルトラマラソンというのは不思議なものです。
伊南川のゴール直後は、本当にもう二度と出ないぞ!と、思ったのですが…ヽ(´o`;
もう、あのコースを走りたいと思う自分がいます。

あんなにキツかった、坂道、トレイルももうそのキツさ忘れてしまっています。

人間は、きっと、身体の苦しみなどは意外にカンタンに忘れてしまうものなんですね。

さて、明日はたっぷり走りますか…。
v(^-^)v







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2013年10月29日

伊南川ウルトラマラソン 奮闘記 最終回

テーマ:ウルトラマラソン
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自分の記録は未だ不正確だが、たぶん、11時間38分程度かなと思う。
順位もわからない。

ただ、よくよく考えると、5km以上のほぼ登りのみのトレイルがあり、あれだけの雨と寒さのなか、よく戦えたと思う。

エネルギージェルは前半30kmあたりで、ほぼ消化。あとは、エイドの果物と飲み物、そして、ベスパ3個など。

暑さに弱い自分にとってはむしろ寒くて良かったのか?とも感じた。

ホテルへ向かうバスは5時10分過ぎに発車した。ホテルまでの道は、まだ戦っているランナーがいるコースをしばらく逆走する。
すでに、真っ暗くなっている道を、黙々と走る、歩くランナーに涙が出た。
気温はきっとかなり下がっているはず。

スタートの時に感じた違和感。
ヘッドライトをつけ、上下防寒を着込んだランナーがいたことは、この時その理由がわかった。早朝だけでなく、ゴールまで、また暗くなり寒くなる、そういうレースだったのだ。

ホテルには6時前に到着し、すぐに風呂に入り、ようやくカラダの芯が温まった。

それでも、レースは9時まで続く。
諦めず走り続けるランナーを思うと胸が熱くなった。


結局、このレースを含め、今年の1月からのレースは、ほぼ満足のいく結果だったかもしれない。
フル3本ともにサブ3.5。
その後、甲状腺炎で、走れない時期もあったが、なんとか乗り越え、6月の隠岐の島では、11時間4分という自己ベスト。
さらに、その後はハセツネに向け安走会でのスタッフをしながら練習し、ハセツネも自己ベストの15時間50分。
そして、念願の伊南川での完走と、数少ないレース参加ではあったが、しっかり結果を出せたことに不満は無い。

やはり、この世界も練習だけでなく経験も生きる。装備も重要。
しかし、
前回できたことが、翌年もできるとは限らない。

館山、泉州、京都
それから、三浦。
隠岐の島、ハセツネ、伊南川と
一緒に走った仲間がいて、刺激しあいながら、また、励ましあいながら、心を強く持って諦めない。

それが結果。そして、自分が得た今年の宝物だったように思う。

このあと、今年は、大田原と奈良のレースを入れているが、仕事で練習もできず、また、休めないかもしれないので、まずは、これで今年も終わりかな…。


伊南川が終わったころに、メールが届いていた。

今年のハセツネの安走会関係で集まろうというお誘い。
走っていて良かった。

また、11月は横浜国際女子マラソン。
ラン仲間を応援したい。

まだまだ走れる。


最高に寒くて、最高に熱かった伊南川も、もうすぐ、冬…


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