2015年11月03日

第23回日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ 完走記〜その4

テーマ:マラソン
"第三CPの長尾平は、特別なところである。
後半部の試走にくれば必ずといっていいほど立ち寄る長尾茶屋。そこで、コーラやワインなどをいただくことができる。
しかし、レース本番ではそれはできない。コース上に唯一生活の場があるこの御岳山神社付近の宿坊街の自動販売機からも購入できない。
ただ、ここまでくればあと10kmちょっと。もうゴールが確信できる。
また、コース後半にある自然の水場ではいつも豊富な湧き水を提供してくれる「綾広の滝上」の自然水も、夏の試走時には恵みの冷たい水であり、そこから2kmほどいけば第三CPに到達するので、ここはかなり元気にスピードを上げて走れるところではある”

しかしながら、今回は全く走れなかった。

ほとんど平坦なハイキングロードにもかかわらず走れない。

ようやく、応援の元気な声が聞こえて、第三CPに到達した瞬間、すぐにベンチに座ってしまった。
それは、もう完走が見えてきたことへの安堵感とかなり消耗した体力のせいではあるが。

あと13.5km。
2時間半で行けばなんとか16時間切りは可能だ。

しかし、全く走る気持になれなかった。
相変わらず気分が悪くて仕方がなかった。
それとやはり寒かった。

そこで、再度、バーサライトを着ようとしたところに、魚津くんがやってきて同じくベンチに腰をかけた。
同じく胃の不快感でいっぱいいっぱいになっているところで、少し休んで行くとのこと。
自分も、最後だから、吐いても行けるだろうと、ここで最後の一個のミニクリームパンと、ミニ羊羹を無理り胃に流し込んだ。
そして、胃薬を飲んだ。

よし、行くしか無いな・・・と、魚津くんに「先に行くよ」と言い残し立ち上がった。

日の出山に向かう前に、公衆トイレにいくと北海道トレイルランニングクラブの若手のA井くんと会った。

宿坊街を少しゆっくり走りだした。

このあとは、日の出山がある。そう高い山ではないのだが、もはや60km近く走り続けてきた脚にはきつい登りになる。それも階段・・・。階段は本当に疲れる。

ただ、ここの階段も端のところは比較的段差が少ないのでそこさえ登っていけば少しは楽なのだ。

それと、階段は5部制になっている。この階段を登りきれば・・・と計算できると少しは気持が楽。

そうして、なんとか日の出山に。

今年も日の出山で夜景をみることができた。午前3時11分。


日の出山の頂上からは、あとは11kmくらい。16時間を切るには午前5時までにゴールすればいいのであと1時間50分程度。ほぼ歩きでは難しいかもしれない。

先を急いだ。

日の出山の階段は、土が削られてけっこう段差があり歩きにくかったのだが、今年は改修されており比較的安心しておりられた。

前方には女子ランナーふたりがいて、また男子ランナーも数人見える範囲にいた。

ほぼあと10km。

前方のランナーも走っているので、なんとかペースをあわせて走ろうかと思いついていった。

そのうちに、どんどん前方のランナーに近づく。

おかしい、脚が動いている。それもけっこうしっかり。

痛いと思っていた足も、痛みがほとんど感じなくなっている。

おや、胃の不快感が・・・気にならなくなっている。

と、前方のランナーはすぐ目の前。でも、しばらくついていくようにペースを落として走っていた。

5分ほどその状態だったが、前方にペースが落ちているランナーがいて、そのあとに女子ランナー、そして自分。さらに、自分の後ろからもランナーが追いついてきた。

この状態を先を行くランナーが感じていないはずはない。なぜなら、ヘッドライトで後方から照らすから確実に後方から迫っているのがわかるからだ。

たいていは、道を譲るしぐさをするのだが、まったくそういう気配はない。

直前の女子ランナーも困っている様子。致し方ないので「すみません、道を譲ってもらえますか?」と声をかけ、追い抜かせてもらった。

そうしたら、ちょっとしたのぼり。

でも走れた。それも全然楽に。

おかしい、いったいどういうことだ!何があったんだ。

頭の中でいろいろ考えた。

こんなに調子よく残り10kmの金比羅尾根を走れたためしは無い。
脚が残っている事自体信じられなかった。

走りながらいろいろ思い巡らしていると、

「そうか・・・」

3年前の夏に夜間走をした。
その時いっしょに走ってくれたのは、この9月に山の事故で亡くなった藤生くんだ。
3年前のその試走のときも、藤生くんがいっしょにこの金比羅尾根を走ってくれた。
いっしょに朝日を見た。

そして、ふじふじ(藤生くん)は、2年前のハセツネではゴールで待っていてくれて、初めて15時間台を達成したとき写真を撮ってくれたのだ。

「ふじふじが、応援してくれている・・・」
「きっと、そうだ。だから、胃の不快感もなくなり、脚も戻った・・・ふじふじが走らせてくれているのではないか!?」

奇跡か?
そう感じた。

不思議と全然走れた。

前方にいるランナーにはすぐに追いついて、道を譲ってもらい追い抜かせてもらった。

あのずっと抜きつ抜かれつになっていた60代のランナーもまた抜いた。

先をいっていたマーシャルの井上理恵子さんも抜かせてもらった。

異常なほど運動が活発になっていた。10人以上前方のランナーを抜いていた。

その時、ヘッドライトがバッテリーが減ってきていることのアラームが。
そこで、ハンドライトを取り出し走り続けた。

まだ、日の出前の暗い山の中、自分の目の周りの景色がどんどん後ろに流れていった。

「ふじふじ、ありがとう!」
ずっと心の中でそう叫んでいた。

そして、あっという間に最後のアスファルトのロードに出る頃、涙が止まらなくなった。

あの角を曲がればゴールというのを見たとき、ぐっと我慢して笑顔を作った。

2年前、ふじふじがゴールを待っていてくれた。
今年は、残念ながらそのふじふじはいない。
でも、僕の心の中にはしっかり彼はいてくれて、弱くなる自分に檄を飛ばしてくれた。チカラを貸してくれた。

ゴールしたのは午前4時35分。

あの、日の出山のピークからわずか1時間20分程度だった。

ゴールでは、北海道トレイルランニングクラブの代表の武田さんが待っていてくれた。

今まで、一度も走り切れたことのなかった最後の10kmの金比羅尾根をずっと走りつづけられたことに興奮していた。
バーサライトを着たまま走り続けていて、汗びっしょりになっていた。


15時間35分12秒。(957位)第三CPから30人以上抜いた。

5回目のハセツネ参加。そして4回めの完走は、今までになく最後に走り切れた満足度の高いレースになった。

ありがとう、ふじふじ。

(おしまい)

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2015年11月03日

第23回日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ 完走記〜その3

テーマ:ハセツネ
”最近は、日本全国でトレイルランの大会も増えたが、今年で23回の開催を迎えた「日本山岳耐久レース~通称 ハセツネカップ」は、初回開催時は今のコースと逆走のコースだったものの、あとはずっと同じコースで開催されている。
また、その大会名が示すようにトレイルランニングの大会というよりは、「山岳耐久」のレースであり、ノンサポートのレースとなる。応援のサポートはもとより、選手間での受け渡しも失格行為になる。怪我をしても自分で処理し、また判断してリタイアするか続行するかを決断しなければならない。(リタイア決断した瞬間に、スタッフは手助けしてくれる)
エイドは基本的に無い。唯一、この第二関門の月夜見第二駐車場(42km地点)でのみ、水1.5L(またはポカリスエット)だけが補給してもらえる。
あとは、後半にある湧き水3箇所のみ。
従い、どれだけの水分をもって走るか?行動食はどの程度必要か?万が一の手当のキットは?防寒具や着替えは?など、事前の準備が完走の成否の大きなポイントになる。
これは、実はTOP選手でも同じで、軽量化を図り水を制限してもったために途中で水が枯渇しリタイアしたり、森の葉っぱに残っている水分で凌ぐことさえあるのだ。”

その唯一の給水が得られる第二CP(42km地点)月夜見第二駐車場へ到達すると、ひとまずほっとする。

駐車場には大きなブルーシートが広げられていて、そこで食事をしたり寝転んだり休憩をとるランナーが多いが、自分は極力ここでの休憩を少なくしている。理由はここは気温も低くここで休むことで余計にカラダの動きが悪くなるからだ。

今回も、VESPAゼリーを飲んでトイレに行き、シューズを履き直したくらいでほぼ7分程度のレストだった。

しかし、一向に胃の不快感は治っていなかった。
そんな状態で、この後半戦は、まだまだ危険が多いところ。

月夜見第二駐車場から第二の大ボス「御前山」(1,405m)に向かうのだが、緩やかな下りのあと本格的な上りが始まる。この下りは非常に滑りやすく初完走をした時はここで、捻挫をした。まだ、残り30kmはある地点でのこりをずっと歩くのはかなりロスになる。

ここは慎重におりていった。

小河内峠(1,030m)をすぎると、ここからが本格的な御前山の上りになる。
自分はここがいちばん嫌いな上り。三頭山ほどの急登では無いもののダラダラと続く上りがかなり精神的にも体力的にもきつい。

また、以前、滑落死亡事故もあったエリアで、左右に崖がある場所でもある。

その上、何故かこのあたりでは霧が濃くなったり雨が降ることも多く、眠気も増してくる地点。非常にリスクが高まる地点なのだ。

ただ、今回は霧が少し薄くなり月も見えた。

何度か休み休み御前山の手前の惣岳山に到達。ここで、ベンチに腰掛けご褒美にレッドブルを飲んだ。
まだ上り続けている後方からは、苦しくてリバースしているランナーの声がした。

ここさえ登り切ってしまうと、ほぼ完走は見えてくる。

しかし、御前山からオオダワまでの下り。これがまた序盤の峰見通りのような小刻みなアップダウンがあり、またけっこう荒れたテクニカルなトレイルが多いところ。
ここは、後方からくるランナーをどんどん譲った。
こんなところで怪我はしたくない。

このあたりから、ほぼおなじペースで抜きつ抜かれつしている長身の60歳代のランナーがいた。自分が後方から迫るとすぐ道を譲ってくれるのだが、その先で自分が休んでいるうちにまた抜かれるということを幾度と無く繰り返していた。

ようやく、オオダワ。のこり20km程度である。

ここでトイレをすまし、すぐにリスタート。

しかし、走れない。
ますます気分が良くない。

実はここから、大岳山(1,266m)までは比較的緩やかなトレイルで日中であれば走れる場所だが、深夜いちばん眠いころであり、今年の自分は、胃の不快感で全く走れなかった。

そして、このあたりで北海道から参加している魚津くんとほぼいっしょに行動した。
魚津くんは第5期のハセツネ安全走行講習会のメンバーでいっしょに行動することが多かった。
魚津くんも同じく前半飛ばして同様の状態になっていた。

少しの上りになっても苦しくて休んでしまう。

それを繰り返しながら、ようやく大岳山の麓近くに到達するころ、大岳山からスタッフとダウンにくるまったランナーが下りてきた。たぶん低体温症でリタイアした選手なのだろうが、女性ランナーのようだった。もしかすると山の内はるかちゃんではなかったか?

ラスボスの大岳山は、もはやロッククライミングで一気に50mほどよじ登っていく。
初めて参加するとこの山は厳しいと感じるが、実は、三頭山や御前山よりも楽。一気に標高を稼げるからだ。

ただ、大岳山の下りは危険が大きい。毎年、必ずここで怪我をしている選手が多い。

大岳山を登るまで、魚津くんとゆっくりのぼり、ようやくヘロヘロになりピークに到達。
お互い、はあはあ息を切らしながら、ひとまずベンチで休んだ。

ここをおりれば、あとは登るのは日の出山程度でほぼ下り基調。

あとひとふんばりだ。


だが、
相変わらず胃の不調は続いており、走れる状態ではなく早歩きで第三CPの長尾平(58km地点)まで行くしかなかった。

脚が残っていれば、不快感さえなければここは比較的走れる場所。にも関わらず、全く走れない。

脚をひきずるようににしてようやく到達したのは午前2時半前。13時間33分ころであった。
もう、歩いて完踏するしかない・・・そう思い込んで、とりあえず長尾茶屋前のベンチに座り込んだ。

胃も痛くて、苦しくて全く走る気力をなくしていた。

(つづく)



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2015年11月02日

第23回日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ 完走記〜その2

テーマ:ハセツネ
”ハセツネは、3つのチェックポイント(CP)がある。

スタート後約22.7km地点が、第一CPの浅間峠。
ここまでは、ストックは禁止区間である。
第二CPは、月夜見第二駐車場。約42km地点、ちょうどフルマラソンの距離となる。
そして第三CPが長尾平、御岳山御嶽神社の下になる。58km地点、残り13.5kmとなる。

そして、コースには奥多摩の3つの大きな山(ボス山)がある。
ひとつめの大きな山は三頭山(みとうさん)1,527mの標高があり、距離的には頂上がほぼコースの中間地点となる。
前半の第一CPの浅間峠までは小刻みなアップダウンで相当脚のスタミナを奪うコースとなっている。
そして、比較的緩やかながらも根っこの多いトレイルを経由し、ようやく32kmくらいで西原峠(さいばらとうげ)を経由し、ここから一気に三頭山の上りが始まる。
そして、せっかく上った三頭山を一気に400mほどかけおり鞘口峠を経由し、第二CPの月夜見第二駐車場に出る。
その後、ふたつ目の大ボス、御前山(1,405m)。またそれを300mほど下りオオダワに出る。そこから、なだらかなアップダウンを繰り返したあと、最後のラスボス大岳山(1,266m)を登る。
この3っつのボス山を征服すれば、あとはなんとかゴールが見えてくるのだ。”

さて、

第一CPの浅間峠に到達したのはスタートから約4時間半くらいの午後5時半となる。
すでに暗闇になっており、そこで、休憩をしたりストックの準備をする。

去年、一昨年はまだここはストックを使わず走り続けたのだが、さすがに前半飛ばしたこともありかなり疲労度もきつく、すぐに座り込んでストックを取り出した。
また、ライトもウエストライトだけでなく、ヘッドライトを取り出し準備した。

ここまで4時間半。次に月夜見第二駐車場まで9時間で到達すれば、以前練習で試走した際にはあと6時間でゴールしている。昼間とはいえ、のんびり休み休みでも。間違いなく15時間以内で行ける・・・と思って走り続けた。

しかし、
このあたりから、やはり胃の不快感がなかなか改善しなかった。

ブスコバンも投与し様子をみたが、ダメ。

そして、仕方なくガスター10投与。少しミニクリームパンを食べてみたら、少しは良くなった。しかし、ムカムカしながら「早く西原峠につかないものか・・・」と思いながら笹尾根を抜けていた。

さらに、気温は下がっていた。

ときおり、雨か?と思うような雫も落ちてきた。

そして、冷気は氷のつららのように冷たく、ウエアやシューズを通して肌を刺してきた。

「辛いなあ・・・なんで、またこんなことやってんだろう・・・」とか、
「早く熱いお風呂に入りたいなあ・・・」とか、そんな逃げることばかり頭の中を駆け巡っていた。

そして、しばらく我慢。

ようやく西原峠。

ここで、また腰を下ろし、予定していたレッドブルを飲む。
ここから三頭山までは岩場を含む山登り。

もう走るなんてことは考えずに、「山登り行くぜ!」と割り切り歩き出した。

さすがに、この坂道で前を行くランナーを抜いて行こうなんているのはほとんどいない。

みな、寡黙に、聞こえるのは荒い息遣いだけで、途中立って休んでいるランナーや、しゃがみこんでいたり、そんな光景が増えてくる。

山登りが始まると冷えたカラダでも汗が出る。その汗がまた冷え、冷たく感じる。でもまた汗が出る。ウエアの中に汗が溜まる感じがして不快感さえ感じる。

でも、休んだ瞬間に急にカラダは氷のように冷たくなってくる。

だから、少しでも動くしかない。

そして、ようやく三頭山避難小屋。

その手前で、ウエストライトのバッテリーが切れかけていたので、ここで交換。

避難小屋のベンチに腰掛けて作業をしながら、隣のランナーと少しおしゃべり。
このレースは初めてのようで、この先の状況を少しお話しておいた。

ここからは、木段があり、そのあとさらに急登を登る。
そしてようやく三頭山のピークに到着する。

何度か登っているとだいたいわかるのだが、もうすぐピークだよ!という目印になる木がある。大きなクランク型に曲がっている木があるのだ。それが見えれば本当にあとすこし。

ようやく、ピークアウト。

ここから鞘口峠まではつづら折りの下りがあり比較的走れるところ。

けっこうテクニカルなサーフィスではあるけれど、今までここでころんだことは無い。

しかし、今年は違った。

三頭山を登るころはすでに霧が濃くなっており、地面も湿っていた。

その湿った地面は下りでは非常に危険であった。

何度かズル、ヌルっとなりながらも防いでいたのだが、とうとう、ここで180度ひっくり返った。伏せることができたおかげで滑落は阻止できたが、下手すると数十メートル落ちても仕方なかった。

なんとか、鞘口峠を下りることができたが、ここまでで、かなり体力を使い果たし、鞘口峠から風張峠(かざはりとげ)までの坂道がキツかった。

さらに、けっこう走ってきたせいか、また、標高が下がったせいか、気温が上がったように感じ、汗がびっしょり。

そこで、バーサライトを脱いでまた半袖シャツになり走りだした。

でも、吐き気は一向に改善しなかった。

走りの間に歩きを入れながら、ようやく第二CPの月夜見第二駐車場に到達したのは、スタートから9時間9分(22時9分)。順位は993位と第一関門から大きく後退していた。

そして、カラダはほとんどジェルも受け付けなくなっていた。


(つづく)


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2015年11月02日

第23回日本山岳耐久レース(24時間以内)長谷川恒男カップ 完走記〜その1

テーマ:ハセツネ
ハセツネと言われる日本山岳耐久レースへの5回目の参加。
初参加は、あの震災があった年の秋
2011年 第一関門の浅間峠でリタイア(胃不快感と腰痛のため)
2012年 安走会に参加し練習を重ねマーシャルとして初完走!しかし第二関門の月夜見からの下りで捻挫をし約30kmを完全歩行。19時間38分。
2013年 マーシャル参加 前半抑えながらも後半まで休みをとらず完走 15時間50分。
2014年 マーシャル参加 体調があまり良くないなかなんとか完走 17時間42分。
2015年 一般参加 前半より追い込み、中盤苦戦するも完走 15時間35分。
と、ようやく4回めの完走を果たすことができました。

今回は、できれば14時間台でゴールをしたいと思い、序盤の渋滞に巻き込まれることを避けるために無理に10時間目標のグループからスタートしました。

今回の装備

【ウエア関連】
上:ファイントラック+パタゴニアの半袖シャツ+アームウオーマー+ハセツネ鉢巻
  寒さ防止のための耳までカバーできるフリースの帽子
  モンベルのバーサライト
下:c3fitロングタイツ+短パン
足元:R☓L五本指ソックス シューズはサロモンのS-LAB
手袋:指先出しのものと、冬用の2種
(予備はすべて未使用:着替え用としてアンダーショーツ、ロングTシャツ、ソックス、トレントフライヤー、薄手のオーバーパンツ)

【ライト関連】
ヘッドライト用:PETZL NAO (+予備バッテリーパック)→浅間峠~全部使用
ウエストライト用:PETZL MIO (+予備リチウム電池)→生籐山あたりから使用
ハンドライト用:GENTOS SEN (+予備リチウム電池)→最後10kmで使用

【水分】
メダリスト:750ml (左ボトル)→月夜見前で枯渇
ジャスミンティー:750ml (右ボトル)→三頭山下りで枯渇
水:1,200ml (リザーバー)→ほとんど未使用
レッドブル2本→1本は三頭山手前より使用、もう一本は御前山より使用

【補給行動食】
セブン-イレブンミニクリームパン4個→和田峠、西原峠、月夜見、長尾平で完食
ハニースティンガー3本→峰見通りで1本使用
ハニースティンガーグミ→5粒使用
ミニ羊羹4個→刈寄山手前、長尾平で使用
VESPAゼリー2個→西原峠、月夜見で使用
種なしはちみつ梅干し→未使用(というか存在自体忘れた)

【薬】
ブスコバン2錠、ガスター1錠、大正漢方胃腸薬3包使用、カフェインキャンディー4錠
(その他痛み止め等は未使用)

【ザック他】
ザックはレイドライド20L、ブラックダイアモンドZポール、貼るホッカイロ2個(お腹と背中)ウエットティシュ、iPhone6S(100%充電済みでスタート時機内モード設定)


《レース展開》

今回、序盤の渋滞を避けるべく「10時間」のプラカードのグループ後方より北海道トレイルランメンバー数人といっしょにスタート。
さすが、いきなりスタートから走る。ほぼ、キロ5レベル。

すぐに、マーシャルの坂上さんにお会いする。

広徳寺の坂道もけっこう走り、そのまま最初の渋滞ポイントのシケインにはいる。

ここは、本来のコースであるシケインルートと、その左手に土手状に二手のコースに別れるがここで、まず最初のトラブル発生。

目前で、蜂が暴れだす。原因は、渋滞を嫌うランナーがシケインルートとその土手のほうへの行き来し、藪にいた蜂の巣を突いてしまったらしい。

すぐに「蜂です!頭を低くして!」と叫びましたが、すでに遅く、前方の数人が蜂に刺される。
自分は小さい時に、蜂に刺されたことがあるが、刺す瞬間ってすごい音がした。「パチっ!」という音で、タンクトップで走っていた男性ランナーの左肩を刺したらしい。
その直後に、ポイズンリムーバーを沿道で応援していた仲間からもらって手当し始めたが
渋滞とはいえ歩きながらではしっかり手当できないだろうに、なんとかやっていた。(その後あのランナーがどうしたかは不明)
また、すぐ前のランナーの脹脛も刺されていたみたいで、腫れていた。(そのランナーもその後は不明)

渋滞が緩みだし、多くなランナーが変電所近くから猛烈なスピードで走り始めたが、自分はついていくのがやっと。

ようやく今熊神社ところにたどり着き、ここから早歩き。

ここはいつものようにまだ元気な脚があるので、比較的登りやすい。

左右の段差の少ないところを上り、トイレまで到達。ここで、落ち着くためにも小用。
(トイレで青柳さんに会う)

刈寄山方面に走りだす。ここは周りの流れに合わせて進むも、みんな速い。ついていくのがやっと。上り坂でちょっと渋滞になるのがほっとするくらい。

しかし、おかげで順調に進み、1時間15分もかからず入山峠に到達。

階段待ちも10人程度。(モモちゃんの応援スマイルありがとう!)

階段を登ると小沼めぐみさんに声をかけられる。

ここからは、小刻みにアップダウンを繰り返す胃を痛めやすく、また怪我もしやすく、ここでスタミナ切れもおこしやすい峰見通り。
ここから市道分岐までは我慢のしどころ。

流れに任せるものの、激走しているランナーはどんどん先を譲った。ここで怪我したら元も子もないしね。

と、やはり市道山分岐手前までで、けっこう怪我し出血しているランナーがいたので声をかけたが、なんとか続行できるようだったのでほっと。

市道山分岐までは比較的順調に進み2時間ちょっとで通過。

次は醍醐丸の坂道。
今まではけっこうこの坂道がキツかったのだが、比較的負担少なくクリア。しかし、胃の不快感がこのあたりから始まる。

その度に、ジャスミンティーがさっぱりしていて爽快、正解!

醍醐丸の上り途中、後方から賑やかな女性の声・・・坂上さんですね。よく通る声だこと。
リタイアするならここから和田峠に降りれるよとか言っている。

和田峠のベンチに到達し、ここで、一休みしミニクリームパンを食べる。その間に賑やか女子の坂上さん通過。

カラダが冷えるので、食べ終わるとすぐに合流し先を急ぐ。

しばらくすると生籐山あたりからか、からだが冷えだした。

なんとなく足の指先も痛い。

「ああ、シューズが合わなかったかな・・・」とまだ50km以上もある山道を思うとネガティブな気持ちに陥りモチベーションも下がる。

そのうちに薄暗くなりだしたのでウエストのライトを点灯。

流れに任せて走るも、ますますカラダが冷えてきて、指先などがしびれる感覚。

さらに、カラダにストレートに冷気が突き刺さるような冷たさを感じだし、比較的汗かきで寒さには強いはずの自分であったが、カラダの動きが悪くなり、さらに低体温症のスパイラルにハマるとまずいと思い、モンベルのバーサライトを早くも着ることにした。

軍刀利神社の上り坂をなんとか登りきり、神社にお祈りをして走り続ける。

あと少しで、浅間峠。

そこに着けば少しは楽になるかも・・・なんて思いながら、ようやく声が聞こえてきた。

しかし、浅間峠の少し手前の下り坂は根っこがあって滑りやすいところがある。
2012年の初完走のときはここで左手首を捻挫したので、慎重に下る。

ようやく浅間峠。

でも、決して楽にはならないのが、ハセツネであった。

浅間峠到着 4時間24分45秒 953位で第一関門通過。

4時間半を切るここまではベストタイム。

しかし、この前半の追い込みがここから苦しみにつながった。


(つづく)










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