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2013年10月30日

シューズの威力

テーマ:マラソン
伊南川ウルトラマラソン一週間前に、神田岩本町のRBRGで、HOKA ONEONEを購入した。
噂には聞いていたが、初めて使うシューズなので、素直にお店の方に、ウルトラマラソンに使いたいことと、オフロードもあることを話し、Bondy Bというシューズを勧められ購入した。

その週末にせめて20km走でもして履きならしして悪くなければ、本番で履こうと思ったが、残念ながらボランティアと雨で機会を逸し、たった10kmをトレッドミルで履いただけだった。

伊南川ウルトラマラソンの当日は雨。それもやむ気配はほとんど無い。
また、コースは前半ほとんど上り。後半は下りというコース。
足が痛くなれば、中間地点で慣れているアシックススカイセンサーに履き替えようと、考え思い切って、スタートから履いて走ることにした。

前半は上りだけなのであまりわからなかったが、厚底だけにアスファルトに溢れたりトレイルの泥水に浸かる率は少なく比較的足は濡れずにピークまで上れた。

後半、下り坂。

いつものウルトラマラソンならば、50km過ぎからダラダラしてしまい、ましてや70km過ぎや、80kmあたりでは歩いてしまうことが多かったが、今回は違った。

後半、下り坂ということもあるが、3年前の隠岐の島では、下り坂を走りすぎて、太腿を痛め、後半はほとんど走れない状態になったが、今回はほぼキロ6ペースで走れていた。
しかも、足首も、足裏も痛みが出ない。
お気に入りのスカイセンサーでも、後半足裏がジンジンしてしまうが、今回はそういうストレスがほとんど出なかった。

また、比較的前傾で走れているせいか、パタパタというような走りにもならず、脚が勝手にローリングしている感覚だった。

そして、最後の5kmも良く走れた。
伊南川ウルトラマラソンのコースを知っている人は、あれだけの上りのあと、さらに急登のトレイル、そして、60km以降の山登りと、かなり脚にダメージの出そうなコース後半で脚が動くことはどんな状況か疑問に思うだろう。

二週間前のハセツネのあと、残業などでほとんど走れていないし、体調は寝不足で万全とはいえない状態で後半の脚の状態は、画期的だった。

昨今、薄いソールのほうが足を鍛えるとして自分も比較的薄いシューズを履いていたが、これには正直驚いた。

もし、気になる方には、ぜひお勧めしたいシューズです。

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2013年10月29日

伊南川ウルトラマラソン 奮闘記 最終回

テーマ:ウルトラマラソン
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自分の記録は未だ不正確だが、たぶん、11時間38分程度かなと思う。
順位もわからない。

ただ、よくよく考えると、5km以上のほぼ登りのみのトレイルがあり、あれだけの雨と寒さのなか、よく戦えたと思う。

エネルギージェルは前半30kmあたりで、ほぼ消化。あとは、エイドの果物と飲み物、そして、ベスパ3個など。

暑さに弱い自分にとってはむしろ寒くて良かったのか?とも感じた。

ホテルへ向かうバスは5時10分過ぎに発車した。ホテルまでの道は、まだ戦っているランナーがいるコースをしばらく逆走する。
すでに、真っ暗くなっている道を、黙々と走る、歩くランナーに涙が出た。
気温はきっとかなり下がっているはず。

スタートの時に感じた違和感。
ヘッドライトをつけ、上下防寒を着込んだランナーがいたことは、この時その理由がわかった。早朝だけでなく、ゴールまで、また暗くなり寒くなる、そういうレースだったのだ。

ホテルには6時前に到着し、すぐに風呂に入り、ようやくカラダの芯が温まった。

それでも、レースは9時まで続く。
諦めず走り続けるランナーを思うと胸が熱くなった。


結局、このレースを含め、今年の1月からのレースは、ほぼ満足のいく結果だったかもしれない。
フル3本ともにサブ3.5。
その後、甲状腺炎で、走れない時期もあったが、なんとか乗り越え、6月の隠岐の島では、11時間4分という自己ベスト。
さらに、その後はハセツネに向け安走会でのスタッフをしながら練習し、ハセツネも自己ベストの15時間50分。
そして、念願の伊南川での完走と、数少ないレース参加ではあったが、しっかり結果を出せたことに不満は無い。

やはり、この世界も練習だけでなく経験も生きる。装備も重要。
しかし、
前回できたことが、翌年もできるとは限らない。

館山、泉州、京都
それから、三浦。
隠岐の島、ハセツネ、伊南川と
一緒に走った仲間がいて、刺激しあいながら、また、励ましあいながら、心を強く持って諦めない。

それが結果。そして、自分が得た今年の宝物だったように思う。

このあと、今年は、大田原と奈良のレースを入れているが、仕事で練習もできず、また、休めないかもしれないので、まずは、これで今年も終わりかな…。


伊南川が終わったころに、メールが届いていた。

今年のハセツネの安走会関係で集まろうというお誘い。
走っていて良かった。

また、11月は横浜国際女子マラソン。
ラン仲間を応援したい。

まだまだ走れる。


最高に寒くて、最高に熱かった伊南川も、もうすぐ、冬…


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2013年10月28日

伊南川ウルトラマラソン 奮闘記 4

テーマ:ウルトラマラソン
下り坂は、まさに天国だった。
雨もかなり少なく、走りやすかった。
体重の重い自分は、ただ、ただ、脚を繰り出すだけで駆け下りることができた。

上り坂の時に飲んだ痛み止めも効果を出して痛みも感じなかった。
何よりも、隠岐の島の下り坂で痛めたような太腿や足裏の痛みはほとんど出なかった。これは、間違いなく、HOKAのおかげだった。
途中、雨水が山から溢れ出しコース上を交錯して川のようになっていた場所もあったが、厚底の強みで水に浸かることはなかった。

ようやく民家が見え、77kmあたりのエイドであまりにも眠いので、眠気覚ましを飲んだ。そのとき、エイドのスタッフが、
『まだ、10番くらいだよ』と、教えてくれた。
まさか…、どんなに頑張っても12時間くらいかかりそうだと思っていたので、自分でも驚いた。

そうか、やはり、あのトレイルで相当ダメージもでたり、時間もかかっていたのか…。それを考慮すれば、ほぼ富士五湖ペースで走れていること自体が悪くないことだかのだ。

ならば、ちょっとは頑張ってやるぜ!と、俄然走る気が出た。

京都のラン仲間の奈佐さんが、いつも言っているように、
『強い心で!』と、自分の胸を叩いた!

しかし、85kmが過ぎ、90kmあたりでは、急に走るのが辛くなった。
エイドで、コーラをお願いしたが、なかった。
とにかく、スッキリしない。
すでに、平坦な道なので自分のカラダも重たい。
とうとう、脚が止まり、屈伸運動をしたとき、後ろからランナーが追いかけてきていた。

坂道などで二人くらい抜いたのだが、その二人が追いかけてきていた。

くそ、と思い走り出すも脚が止まる。
とにかく走り続けられない…

そして、とうとう、

自販機発見!
持っていた小銭を入れてコーラを買い飲んだ。

このレースはノンサポートのハセツネじゃないから、ルール違反じゃない!

そして、そこから、見事に復活!

コーラを飲んでいる間に抜かれた二人を追った。

と、見たことのある場所…、あ、ゴールの伊南川支所!しかし、ここからまだ5kmまかないといけない。

ハセツネでは巻き道が好きだが、ゴール直前の巻き道は勘弁してくれ~と思いつつも、前の二人を追った!

あと5km。

最後のエイドで、一人に追いつきコーラを飲んで、すぐスタート。

なんとか、ここで一人を抜き返せた。

抜きたいとかそういうことより、自分の弱さに負けたくなかった。

そして、橋を渡る。

振り返ると、かなり離した。

前を走るもう一人を抜けるだけの根性はあるか?

追い続けた。

しかし、あと2km近くで、また砂利道に入り、ちょっとした坂道で、走りきれなかった。

あと、1km。

多分、10mか20mくらいしか離れてない。

でも、ここで、前を走るランナーも凄い頑張ってるんだな…と感じた。

最後の橋を渡る時に、すでにゴールしたランナーが応援してくれ、声を掛けてくれた!

『10位だよ!頑張って』

やっと大銀杏が見えた。

あと30m。

先を行くランナーとはもう50mくらい差がついたみたいだったので、ゴールテープも用意され、笑顔でゴールできた。

終わった。

もう、いいや…。がんばったよ、自分。

と、そこに、海宝さんが駆け寄り握手をしてくれた。

で、自分は、
『いや~、きつかったです。二度と走りたくないですよ!』と、言ってしまった。

海宝さんは、わらいながら、『そう言ってもらえると、やった甲斐があるよ』と。

やれやれ、さすが世界の海宝さんだ。
失礼しました。

その後、体育館で着替えをしている間に、日は暮れてしまった。

まだまだ、たくさんのランナーはゴールを目指していた。

(つづく)

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2013年10月28日

伊南川ウルトラマラソン 奮闘記 3

テーマ:ウルトラマラソン
気温2度。
多分体感温度は零下。そして、雨もみぞれだったかもしれない。
しかし、ランナー。いったん冷え切ったカラタがもとにもどるには、そう時間は要しなかった。
特に下り坂では自然と腕も振れ指先がジンジンしてきた。

ようやく中間地点。
ここで、とにかく着替えをして後半に臨みたかった。

53km中間地点でドロップバッグを受け取り、早速着替え。と、そこでまんもさんに会った。
トレイル途中でワラーチの紐が切れ、また、足も怪我をしたので引き返したとのこと。この寒さの中、短パンで、素足にワラーチで…という凄いアスリートをも、このコースは打ちのめしてしまったのか?

着替えを済ませると、豚汁とおにぎり1個をいただき、すぐにリスタートした。
あと半分もある。

ここからは、毎度のこと一番自分の弱さがでる距離。
どうも50~60kmあたりは、いつもだれてしまう。残りまだ40kmもあるという気持ちがそうさせるのか…。

途中、何度か歩きたくなるが、それでも足を前に出して、ナオトインティライミのBraveを浮かべながら走り続けた。

前後には200mほど離れてランナーがいるくらいでほぼ単独走。

往路で使用したトイレ近くのエイドで道を聞くと、その先しばらく行くと、二つめの山登りが始まるれしい…。やれやれ。
しかし、行くしかない。

この頃になると雨は弱まりつつあった。
中間地点で着替えた長袖シャツが今度は暑苦しい感じがした。トレンドフライヤーも腰に巻いて走った。

右折…
ああ、上り坂。
いったいどこまで続くのだろうか。

ここからは我慢のしどころ。
あまりスピードを落とさぬよう、早歩きを心がけ歩くことにした。

ひとり元気なランナーが自分を抜いていった。
このあたりでようやく写真を撮った。
見事な紅葉だった。

途中、腸腰筋が痛くなり、痛み止めを飲んだ。これが、比較的あとから効いてきて正解だった。

どこまでも続く坂道に思えた。

ようやくエイド。

そこで、どこまで坂道が続くのかを尋ねると、あと3kくらいらしい。

よし、それを信じ走ることにした。

しばらく我慢の上り坂。
と、思いのほか早く、トンネルが見えた。
トンネルはたいていピークに造られる。と、いうことはここからは下りか⁈

トンネルに入ると俄然元気が出て走った。
このトンネルから途中のエイドで給水するまでノンストップ。その後もおよそ85km地点あたりまで、ずっと走れた。
それもほぼキロ6をきって。
約20kmを60km以上走ってきた脚でも、激走できた。
これには自分でも驚いた。

とにかく足に痛みが少ない。
痛み止めの薬も効いたとは思うが、それ以上に、HOKAのシューズは坂道に強かった!足を出せば進んだ。
自分の脚じゃないくらい、自分はコースをナビゲートすればいいだけで脚は勝手にローリングしてくれた。

85km。
ここまでくればもう大丈夫…。と、思ったが、この先、意外にも長かった。
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2013年10月27日

伊南川ウルトラマラソン 奮闘記 2

テーマ:ウルトラマラソン
朝の5時。
静かに、また、賑やかにレースはスタートした。
スタートする際、ハセツネばりにヘッドライトを付けているランナーや上下トレンドフライヤーのような雨具を着込んだランナーが数多くいた。
短パンやランシャツのランナーもいたかもしれないがほとんどが冷たい雨を想定したウエアリングであったように思う。

スタートはまだ真っ暗。
ひたひた走ると汗が少しずつ流れだした。
この時雨は一時的に小降りからほとんど降らないように感じたので、ビニールを脱いで走った。
しかし、すぐに雨が強くなり、また、小雨になりの繰り返し。
その度にビニールを被ったり抜いだりを繰り返した。
途中、ノースシェイドという洞門をいくつか通過する。
ほぼ、キロ6程度で気楽なスピードで走っていた。
雨は弱くなる気配はなく、手袋も濡れ出した。
20km前後でトイレ休憩。
そのトイレにはウォシュレットがあり嬉しかった。

30kmあたりで、ようやくロードが終わりここからトレイル。
トレイルとはいえ、ウルトラマラソンのコースの一部。たいしたことはないだろう、と、完全になめていた。
しばらくするとハセツネコースのオオダワから御前山のような急登で、かつシケインは雨でグチャグチャ。そこをひたすらのぼり、なだらかになると、今度は川を渡る。
橋は幅60cm程度の木の橋。
滑ったら川に落ちてしまう。
川の水かさは雨で橋の下や、橋桁の石なども水がかぶる状態。
ここでシューズを濡らしたくない。
仕方なく、前を行くランナーの足元を見て進む。前を行くランナーは抜かない。足場の参考にするために。ごめん、これもテクニックのひとつ。
しかし、気づかれたのか道を譲られる。
その度仕方なく先を急ぐがまた先のランナーにつく。
と、川を渡るところで先のランナーが左足を滑らせた。
申し訳ないが参考にさせてもらった。

その後もいつピークに到達するのかわからない急登がつづく。ハセツネなんて屁の河童だ。

約5kは登ったかと思う。
そのうち腕がしびれて動かないのに気づく。グーパーもできないし、しびれて痛みもないくらい。
ヤバイ、これが低体温か⁉︎
あとどのくらいだろうか?
早く登り切りたい。

ようやくピークらしいところに到着。

エイドがあったが、まずは、シューズを脱いでソックスを履き替えよう。
ベンチをみつけ、シューレースをほどこうとするが、指が動かない。
いらいらしながら、なんとかシューズを脱ぎ、ソックスを履き替えるがなかなかうまくいかない。
なんとか履き替えりトイレに行くが、今度は履き替えていたおかげでカラダが冷え切ってしまい、カラダの震えが止まらない。
たまたま、そこのロッジの人がトイレにきて、自分の震えを見て熱いお茶を持ってきてくれた。
ハセツネではノンサポートだが、これはウルトラマラソン。丁寧に御礼を言い頂いた。おかげでなんとか元気は出たが震えは止まらない。
駐車場にはバスが…。ここで、リタイアすれば暖かいバスに乗れる。

しかし、ここからは坂道。
下りればいい。

走りはじめた。
まだ、40kmも走ってないのだ。
走りながら、顎もガクガク。カラダもブルブル。何かわからないことを叫びながら駆け下りた。

そのうち、ようやく手がジンジンしてきた。ビニールに手を入れて走ったおかげでなんとかなった。

良かった。

写真も撮った。
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2013年10月27日

伊南川ウルトラマラソン 奮闘記 1

テーマ:ウルトラマラソン
紅葉の中を走ってみませんか?
という、なんとも素敵な魅力的な、誘い言葉に惑わされエントリーしてしまいました。
また、昨年もエントリーしたのですが、残念ながら2週間前のハセツネで捻挫してしまったのでDNSの大会でしたし、昨年参加されたみなさん、とてもいい大会だと噂してましたので、喜び勇んでの参加でした。

しかし、マラソン大会というのは、天候という自分の力ではどうしようもない自然の威力に大きく影響を受けてしまうものです。
昨年はとてもお天気も良かったらしいのですが、今年は台風接近で荒れ模様のお天気…。
まさに、天国と地獄なのでしょう。

伊南川は奥会津なので交通が不便です。
なので直行バスに金曜日に乗り込み現地入りしました。
新宿から乗ったバスには、ハセツネでもよく見かける、どMなメンバー多数。
さらに、全国各地のどMなウルトラマラソンに参加してそうな経験豊かな面々が…。

これだけのどMなメンバーにしても、今回の伊南川ウルトラマラソンの完走率は51%という、かなり厳しいものになりました。

これから、レース展開の記録も書いていきますが、何よりも、ウエアリングや装備、ドロップバッグに用意したものや、補給などかなり高度な判断と、それを支える経験が重要なレースとなったことは間違いありません。

今回、私はなんとか完走できましたが、ウエアリングは失敗も、装備にかなり助けられました。あと、ペース配分ですが、やはり、これもこのコースの特徴を捉えているかどうかで大きく異なる結果だったように思います。
それと、宿。
これ、結構大きな課題です。


まずは、大会当日…。
前日からの雨はやむ気配はありませんでした。
ホテルからスタート会場に向かうバスで、少し小雨になるのを感じたので、ウエアリングを変更しました。これが失敗。

最初は、
ファイントラックのインナーに、半袖のシャツ、それにモンベルのトレンドフライヤー。ボトムは、C3fitのロングタイツに、オーバーショートパンツ。ソックスはR×L5本指。シューズはHOKA ONEONE BONDY。

それを、トレンドフライヤーをドロップバッグに入れて、ファイントラックのニューモラップに変更しました。発汗性が高く、動きやすいほうが良いかと判断したのです。

ウェストポーチには、ジェルフラスコに、薬、お菓子にベスパハイパーなど。ボトルにはポカリの水割り。それと、雨でシューズ内が濡れたら履き替えようと思いスマートウールのソックスをジップロックに入れウエストポーチにしばりつけました。さらに、万一雨が強くなったら…と、マラソン用のビニール。
このビニール袋タイプの雨よけがなければリタイアか命に関わる状態になったかもしれません。

大会会場では、五島さんに会い、ゴールを約束しました。

(つづく)
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2013年10月17日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記 最終回

テーマ:ハセツネ
日本山岳耐久レース。
このイベントタイトルは、まさに必要十分な意味を持っていると思う。

ハセツネは、トレランレースじゃない!とよく聞くが、確かにハセツネはハセツネでしかない。そして、それを言い換えるならば、日本山岳耐久レースでしかないと思う。

今までに3回、このレースに参加した。
最初は気負いもあり、かつ、胃腸の不快感で第一関門でリタイア。
二回目は、第二関門過ぎで捻挫をして、ほぼ歩きで19時間での完走。
そして今回、三回目にして、ようやく体調もベストに近いもので、16時間以内の完走ができた。

この日本山岳耐久レースの特徴は、なんと言っても、ノンサポート。つまり全て自己完結。厳しく言えば、時間や場所、道も他の選手やボランティアに聞いてはいけない。
唯一、水を入れてもらえるところでも、本当は自分で水を汲むのが正しいのだ。
そして、もう一つの特徴は、夜間がメインにはなるものの、実は歩いても完走できる時間設定の24時間以内ということ。
さらに、毎年同じコースであること。

これらの特徴をしっかり把握して練習できれば、完走は決して難しくない。
しかし、繰り返すアップダウンで耐えられる胃腸がかなり重要だと感じている。
今まで、トップ選手でもリタイアするのはこの体調異変だ。

それだけ過酷ではあるけれど、反対に体調をしっかり管理できれば完走は難しく無いということだろう。

今回、レースに臨んで、実はこの体調管理にはかなり気を使った。
腰痛もちの自分は、山登りで膝に手を付いて登った場合に腰が曲がりやすい。従い、膝に手は付かず、手を後ろ組にして登った。
胃腸にはかなり気を使った。
胃薬を途中でも飲んでいたし、胃の不快感を少しでも感じると、休憩をとり補給色をしっかり食べたり、水分補給をした。
あとは体温管理。
このレース、意外にも低体温などになりやすい。が自分は暑がりだし、ウエアにはかなり気を使った。
そして水分。今回、大正解だったのは緑茶。ポカリなど甘いものが多いなか、渋いお茶はとてもすっきりする。

これらいろんなことを想定し、対策を練ることで完走率は高まる。

このレースの最大の魅力はそういったものではないだろうか。

さて、来年。

やっぱり、参加したくなってきた。

あんなに、ゴールした直後でさえ、しばらくいいや と思っていたのに。

とある人から聞いたけど、

ハセツネを走りたくない、やめたいときはいつか というと
ハセツネを走っている時


らしい。

ナットク😉


(完)
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2013年10月16日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記4

テーマ:ハセツネ
月夜見を午前0時前の22時半頃に通過した。
昨年は0時をすぎていたので、やはり順調かもしれない。

しかし、この坂が危険。昨年捻挫したところ。
そこを、無理せずゆっくりシューズの底全部を地面につけるように、ゆっくり下る。
と、しばらくすると前方に見かけたランナーが。
白さんだった。先に第一関門も第二関門も通過しているのに、どうしたのかと思い、
「あれ、白さん、なんでこんなところに」
「あ、ぶろっくちょ、いや、あ、それが、・・・」とかよくわからない返答。
「ぶろっくちょ、けっこういいペースですよ!」とは言われたけど、
「いやいや、ほとんど歩いているようなもんだよ。これからも歩き中心でいくわ!じゃあ」と先を急いだ。
その時白さんはライトシェルを着込んでいたようだった。

しばらく続く、長い坂。
ここが一番、嫌いな、御前山に向けた登り。
岩場とか急登があるわけじゃないけど、とにかく長いように思える。
最初はピーク越え、その後、左の巻き道を行くが全然走る気がしない。

そうか、走らずに行くことも考えよう。
とにかく、まだ30kmはある。それをこの脚で行くには、体力を無駄に使わないこと。

そう思い、その後は、下りで走りやすいところ以外は歩くことに徹した。
実は、3年前の隠岐の島ウルトラマラソンでも、後半走れなくなったときに、歩くことで挽回した。自分の歩きは比較的スピードもある。ロードでキロ9分台で行ける。山道でも10分から12分でなんとかいけるのではないかと考え、無理せず歩くことに徹した。

途中、白さんに抜かれた。

御前山の登り。
本当につらい。

過去に滑落事故があったところで、手を合わせお悔やみと完走をお祈りした。

途中、安走会マーシャルの井上さんともすれ違った。
井上さん、けっこう元気。やっぱり女子は後半に強い!

それから、木によりかかったり、岩に腰掛けたりと、実際、惣岳山までに5回以上は休憩したように思う。
この長い長い登りをなんとか征服したあとのカラダへのダメージは大きく、ピークに付いたあとにリバースする人もいた。

惣岳山のベンチでしばし休憩し、そしてのこり600mの御前山に向かった。

なんとか御前山にも到着。
またベンチで休憩をとり、そしてすぐに下りはじめた。

この御前山の下り。
かなりきついし、危険も多い。
傾斜がきつく足場も悪い。
さらに、ようやく足場の悪いところが終わったと思うと、そのあとは何度か繰り返す登り返し。

その登り返しで、またまた何度か休憩。
とにかく一歩一歩登るきつさが、ますます増してくる。

しかし、ここも何度も試走したところなので、見覚えのある危険な場所をすぎればあとすぐ!
そう思い、我慢して進む。

立ち止まっていては、ゴールは近づかない。
歩いてでも、前に進めば ゴールは確実に近づいてくる。
そう自分に何度も言い聞かせ、腰をあげて進んだ。

オオダワ。
ここでトイレ休憩。
あと20km。

ここからは走れるというが、もうそういう脚は残っていない。
しかし、早歩きはまだまだ十分できる。
時間をみると、もしかすると長尾平に3時前に到着する可能性ある。
そうすれば確実に、日の出山の夜景がみられる!
そんなことを考え、先を急いだ。

しかし、ここで、急に眠気。
とにかく眠い。
夜間走の場合は朝6時前に眠気がやってくるが、さすがにこの日は午前1時あたりで、もう眠くて眠くて。
そこで、眠気覚ましを飲んだ。
そうしたら、目がしっかり開いて意識もよみがえった。

最後のボス山、大岳山は急登ではあるが短い距離で岩場をよじ上るので比較的ピークは近い。それまで長い笹尾根が続くが脚に疲れのたまった自分は途中何度か休憩をいれ早歩きで進んだ。
途中、何人か寝ているランナーがいた。これもハセツネ名物。
でも
ライトをつけたまま寝ててね!と声をかけ進む。

大岳山の登りにとうとうたどり着いた。
ここを注意深くよじ登る。また、何度かの試走のおかげで登りやすいルートはわかっているので比較的精神的に楽。
思いのほか、早く頂上に到達した。

大岳山登頂。

そこでみたものは、すばらしい夜空!
星が手に取るように近くに感じる。
真っ黒な空に輝く大きな星!感動!!!
時間に余裕があればここでしばらく星を眺めてご飯を作って食べるなんて最高と思った。

しかし、まだレース中。
早速、後半難関の大岳山の下りを行く。
ここは、毎年必ず事故やけが人が出る場所。

しかし、今回は雨が降ったのは二日前だったこともあり岩がぬれていなかった。おかげで意外にも楽に降りることができ、あっという間に大岳山神社についた。
そこで、また完走お祈りをして、さて、ようやく待望の「綾広の滝」だ。

途中で、安走会の先輩の渡辺隆行さんに会い、声をかけて進んだ。
ここからは、けっこう走った。

そして滝でくんだ水は最高にうまかった!

第三CP長尾平2時40分通過!
日の出山での夜景ウオッチは確実だ!

長尾平ではたくさんのボランティアや応援の声。嬉しかった。ここまでくればもうあとわずか。

御嶽神社の前を過ぎ、日の出山に向かう。
試走では走れるところだが、ここでも無理せず早歩き。
何人かのランナーに抜かれたものの、気にしない。
意外にも登りになると、抜かれたランナーに追いついて自分が抜き返すシーンが何度もあった。
いつの間にか、登りと歩きのペース差が少なくなったのかもしれない。

しかし、日の出山は意外にも意地悪な登りと下り。
鳥居から登るときに、ボランティアの方に「マーシャルご苦労様です!」と声をかけられた。

日の出山登りで、先を行くランナー数名を歩いて抜いた。

そして、トイレによってから、ようやく日の出山山頂!

思わず声を出してしまった!
「やった、初めてみた!最高の夜景!!!」

嬉しかった。
当初の目標はここからは日の出をみる予定だったのだから。

この日の出山のベンチでライトの電池交換に手間取ったが、スタッフの木村さんに声をかけ下った。

これも試走のおかげで、走りやすい場所は覚えている。

あとはほぼ10kmのダウンヒル。
でも、早歩き走法はかえない。
何人かに抜かれるも、ちょっとした登りになると自分が抜いている。
そんな繰り返しで、あの、見覚えのあるコンクリート橋!

そうしたら、「あと2kmですよ~」という暖かい声。
時計はもしかすると15時間台の自分にとっては自己ベストのペース!
のこり30分はある。歩いても確実。

でも少し下りは走って、ようやく街のアスファルトに出た。

嬉しいのと、ああ、もうおわっちゃうのか、という寂しさと。

そして、あの、角を曲がったら、夢にもみた、暗いうちに到達するゴール!

深夜だから声はあげられないが、でも、嬉しくて涙がにじんだ!

やった、15時間50分09秒。
昨年よりも4時間ほどの更新。

応援に来てくれたふじふじが待っていてくれた。

感動!

ようやく、「ハセツネを完走しました!」と言える結果を得ることができた。

(最終章につづく)

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2013年10月16日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記3

テーマ:ハセツネ
第一CP浅間峠で、ラン仲間の素晴らしい応援をもらい引き続き進んだ。
今までならば、ここでストックを出して走るわけだが、比較的脚が悪くはなかった。
というか、以前より少し気づいていたのだが、ある程度推進力が付いてきているように感じていて、昼間であったが浅間峠~都民の森までの試走を3時間半以内で通過できているときがあった。
浅間峠からの体力あるときなので、ということはあるもののあの三頭山の登りが比較的スムーズに、また負担に思わなかったということで、やはり試走の成果だったのかもしれない。

日原峠を過ぎ、しばらく走ると、どうもお腹の具合がいまひとつ。ふと気づいたが多分空腹感でこのまま走り続けると胃液で胃を荒らしそうな気がした。
途中、固形物のグミなどをたべてごまかしたが、体力も落ちつつあり笛吹峠でとうとう最初のレスト。ここで食事をすることにした。
ここにはすでに安走会の北島さんや井上さんもいて、さらに休んでいたら元気な声が聞こえてきたなあと思ったら、歩く人間熊鈴王女の坂上さんだった。
坂上さんはかなり元気で(って元気がない状態はどんな状態なのか全く知らないのだが)、笛吹峠では休むこともなくそのまま元気を振りまいて通過していった。

自分もそう長く休んではいられない。キュウリ1本とおにぎり1個を無理にも胃にぶち込み、すぐに走り続けることにした。

この辺りは比較的走りやすい尾根。
ライトは基本的にウエストに準備したPETZL MIO。それと肩のハーネスに取り付けたBLACK DIAMONDの2灯。しかし、これでは前後にランナーがいれば問題ないものの単独走になったときに不安があるので、ヘッドライトもつけ合計3灯で進むことにした。
ストックも使うようにした。
このあと、西原峠をすぎれば本格的な三頭山の急登がやってくる。

そして、最初の急登の岩場、比較的楽に登れた。三頭山の登りは急ではあるが、これも何度かの試走のためか、苦しいながらも深く的順調にほとんど休むことなく大沢山に到着。盛大な応援を受け、そのまま頂上にもたどりついた。

この時点で約8時間程度。三頭山はほぼ中間地点だから、このままいくと。。。なんとサブ16が見えてくる とは思ったもののそんなに調子良くわけはないよな、と思い、ここでも休まず走ることにした。

そういえば、三頭山の登りは決して楽ではばかった。しかし、つらいなあ~と思ったとき浮かんだのは仕事のこと。仕事の毎度毎度のむちゃくちゃな要請に比べりゃ、無理難題から比べりゃ、こうして苦しみながらも脚を前にさえ出せばゴールが近づくなんて最高じゃないか?と思い、邁進した。何度も襲ってくる登り返しもどうってことない敵だった。

さて、三頭山の下りは比較的走れるのだが、危険も多いところだ。
頂上で休まなかった自分は、ゆっくり慎重に進んでいたが、後ろからけっこうなスピードではけ降りてくるランナーがいたので、どんどん先を譲った。
あくまでもマイペースがいちばん。

気になっていた水は、2つのボトルはほとんど枯渇。リザーバーのみだが、まだ十分リザーバーには水があったので一安心。
そのまま鞘口峠に降りた。
そこで、昨年の安走会の5期正の村上さんがいるはずなので、とりあえず「ともさーん」と叫んでみたが返事なし。
ま、仕方ない。

坂道を登りはじめた。

ここで、少し休憩。この鞘口峠からののぼりは意外にきつい。
2度ほど休憩をとり、なんとか風張峠通過、そして月夜見山で少し休んでから、ゆっくり第二CPの月夜見第二駐車場に向かった。

当初の想定より1時間は早く到着。

昨年はなかったポカリもあったので、リザーバーに水1Lをもらい、ボトルに500mlのポカリをいれてもらった。

さて、ここからが昨年怪我した月夜見の坂。

とにかく、いちどブルーシートに横になり、キュウリ、ミニクリームパンもたべた。
第二CPは42km地点。あと30km。

ゴールまではあと30km。

しかし、一番苦手な、MOUNT GOZENYAMA が真っ暗な闇夜で待ち構えていた。

(つづく)
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2013年10月15日

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記2

テーマ:ハセツネ
13日(日)
前日、早めに就寝。レースを直前に眠れないことが多いので、お医者さんに処方してもらった薬を飲んで寝たために比較的よく眠れた。
ずっと仕事のストレスで眠れないことが多かったので、せめて直前はしっかり眠ろうとしたことと、一週間前にひいた風邪が結果的にはからだを十分休めることになり、体調は悪くは無かったのだが、金曜日は終日偏頭痛がとれず、土曜日も多少頭痛があったので心配していたが、残念ながた起きたときも多少頭痛が残っていた。

が、とにかく本番。
しゃきっと5時に起床して、早速準備開始。

レースの日は常にそうなのだが、起きたら一番にやることは、テーピング。
起きてしばらくすると汗でテーピングが付きにくく、また剥がれやすいので、いつも大会当日の朝いちで貼ってしまうのだ。
昨年、月夜見駐車場からの下りで捻挫したが今年は絶対に捻挫は避けたい。
両方の足首にしっかり予防のテーピングを施し、腰痛予防にも腰と背中に幅広のテーピングをした。
なお、自分は少し伸縮が強めのテープを使用している。(首都圏ではB&Dで購入している)

それから、ウエアを着込み、リザーバやボトルの飲み物を準備。
朝早くいっしょに起きてくれた奥さんのおにぎりとキュウリの浅漬け(これが欠かせない)をザックに入れて完了。

予定どおり7時前に電車に乗り込み、8時過ぎに立川で武蔵五日市の直行に乗りました。そこに同じようなスタイルの方が。。。安走会6期生の方でした。
そう、この時間はまだ選手がどんどん集まる時間帯ではなく、我々、マーシャルなどが9時に集合する早い時間帯。でもそのために、駅のトイレもコンビニもすいすいと利用できてしっかり準備をして五日市会館に迎えました。

9時近くになり、マーシャルとして参加する安走会6期生の皆さんを中心に控え室で準備。
その間に、9時半過ぎには、スタート位置の五日市中学校の門の前で記念写真。
あ、そうそう、実は今回ほとんど自分が撮った写真はありません。
というのも、iPhoneもそろそろ電池が消耗激しく、いざという時に使えないとまずいので日の出山手前までは電源をOFFにしておきましたので。

もし、良い写真があったらどうぞ、おゆずりください😉

さて、続々と選手の皆さんも集まりだし、11時ころにはラン仲間の皆さんにも出会え、和気あいあいの雰囲気で盛り上がりました。

この頃には、お昼をしっかり食べようと、おにぎりを3個食べ、また少し偏頭痛も残っていたので痛み止めをのみ、準備完了。

外に出ると快晴で暑い!この調子ではすごい水が不安。

そこで、いろいろ考え、当初計画していた、リザーバーの水1.5L+お茶0.5L+ポカリ0.5L+コーラ0.5L+エビアンミニ0.33Lの合計3.33Lに加え、REDBULL0.25Lを万一缶が破裂してもザックを汚さないようにジップロックにいれてザックにしまいました。これで、なんとかなるか。。。
いや、まだ不安はあったので、コンビニで購入した氷を数個、コンビニの袋に入れてザッックのポケットに忍ばせ、スタート直後の喉の乾きをいやすようにと考えました。
実はこれが正解。
スタート待ちの開会式の間も、またスタート直後も、ボトルやリザーバーの水は使わず、実際には、変電所あたりまでは氷を口に含んで耐えることができました。

スタートは、今年は12時間のレベルに並びました。いや、実際自分の実力では12時間は難しいのですが、スタートの渋滞ロスを少しでも緩和しようと思いこのレベルで。
また、安走会6期生の、歩く熊鈴王女と呼ばれる、坂上さんがぴったり自分にひっついてペースメーカーにされてしまいました。

午後1時、スタート!
とうとう始まってしまいました。もう、ゴールまで歩みを止めることはできません。
ひたすら進むのみ!

それもさすが12時間台。スタートラインを超えると、しっかり走りだしました。
(ちなみに、昨年は16時間以降の後ろのほうだったので、スタート直後もゆっくり歩きだした程度)

広徳寺の坂道をのぼり、そしてシケインのいつもの渋滞ポイントにたどりつくころ、ラン仲間の藤生さんがわざわざ登ってきて応援してくれました。
これにはちょっと泣かされました。
その後もなかなか進まない渋滞ではありましたが、それでもまだまだ。先は長い!
71.5km、そして24時間、それを考えればたいしたことはないと思い、焦らず、それでも走れるところは無理のない走りで、今熊神社まで走りました。

しかし、ここで、ふと左の肩に痛みが!
それは、前日仕込んだ、ライトを取り付けたジェルホルダーのバンドが肩に食い込んで痛むのだとわかり、仕方なく汗拭きを肩とザックの間にはさみこみました。これが早めに処置したおかげで肩が擦れることはなく、最後までもちました。
とにかく、何が起きるかわからない。でも早めに対処すれば、なんとかなる!

さて、レースは今熊神社の急登。
しかし、何度も登ったこのコースは比較的登りやすいルートはもうしっかりカラダが覚えていてくれました。おかげで、けっこう先を行くランナーも抜いて、60分かからず神社の手前まで到達したと思います。

ここで、スタッフに感謝し先を急ぎました。

ここから、入山峠までは比較的走れるところが多いのですが、渋滞もあります。ここでも焦らず無理せず。
途中、狭いシングルトレイルを無理矢理抜いていくランナーもいましたが、さすがにマーシャルを背負ってはできないので、おとなしく動くのを待っていました。

入山峠までのルートでは一カ所急登を登るところがあったと思いましたが、今回はその巻き道を走ってもOKということで、ここで体力を使わずそして比較的楽に走れ入山峠に付いたのは1時間30分前だったと思います。

入山峠で、安走会スタッフの近藤みづきちゃんや、関西から初参加の楠本さんと挨拶し、いよいよコース前半の最大の山場!まさに山場!
何度も繰り返す、登り返しの峰見通り。
ここで、とにかく無駄に体力を使わず市道山にたどりつけるかが重要なポイント!
さらに、ここで胃腸を痛めると後が持たない。初参加の時失敗したことを反省し、とにかくここは上りはゆっくり、下りも無理に走らず慎重に。
というよりも比較的登りでも渋滞してることがあり結果脚を痛めず登れたようにも思います。

日が徐々に傾きかけてきました。

市道山手前の広がった視界を眺め、ようやく市道山分岐。
ここからは醍醐丸の急登までは比較的ラク。

昨年、醍醐丸ではライトをつけはじめましたが、今年は少し早めにたどりつき、しばらく無理なく走り続けることができました。
軍刀利神社の階段を登れば、あとは少し。

第一CPの浅間峠に付く頃、時計をみたらちょうど5時間前後。
よし、これで、行ける!

しかし、このころからお腹の気分が。。。

また、胃の不快感がきたらどうしよう・・・

第一CP浅間峠通過!
そこで、なんと、
あの、藤生さんが浅間峠までわざわざ先回りして登ってきて応援してくれました。
これには感動!!!

ここで少し休もうか と思いましたが、元気な応援と、「白さんが20ほど前に通過したよ!」ということで、よし自分もこのまま休まず行こう!と
普段ならばここで、ストックを用意するのに、それも無しで走り続けることに。

しかし、胃の不快感は、ますます増してきたのです。

(つづく)


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