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2011年06月30日

大都市マラソンの参加権抽選

テーマ:マラソン大会
この前は「つくばマラソン」のエントリーがあり定員制の先着順受付だった。
だから、早くから準備しPCの前で切れない回線で、がんばっていればエントリーできるものではある。
が、しかし、平日10時から先着順受付ってことは、通常の市民ランナーとしては仕事の最中にエントリーするか?休むか?誰かに代行してもらうか?そういうことしかない。
結局、なんとか自分もエントリーできそうではあったものの、12月に奈良もあるし、つくばの週に抽選待ちの神戸が当選したら、ちょっと困るな、と思いエントリーは取りやめた。

そして、今日は「神戸マラソン」の当落結果。
やはり、落選。
結局、東京マラソンが始まって依頼、東京5回+大阪+神戸と連続7連敗。
よくもまあ、はずれるもんだ。
もう当たる気がしないね、こりゃ。

と、ただ最近、強がりではなくて、真にどうでもいい大会に感じてきている。
いや、参加できるなら走ってもいいけど、東京も大阪も神戸もあまり起伏のない大都市コース。
街並みを眺めながら走るのは楽しいかもしれないけど、やはり、100kmウルトラマラソンには魅力乏しい。達成感もないだろうし。スタート直後は混雑するから、記録更新もわからないしね。

ということで、強がりではなく悔しさもないし、どうでもいいかな?と思うようになった。

でも、これば自分が大事にしている「館山」や、「泉州」そして、「ハセツネ」「隠岐の島」などが、有無を言わせず抽選になって参加できなくなるのは、カンベンだな~。

まあ、大都市マラソンは地元の経済効果を期待いただいて、初心者を中心にたくさん
参加でこるようにすればいいかもしれないですね。

え、いちおう、それなりに伝統のある大会は過去の成績を参考に制限時間を多少厳しくして、それなりに経験を積んだランナーむけに開催するような方向も悪くないと思う。

「泉州」は4時間半、「大田原」は4時間だったかな?「ハセツネ」みたいに、短めの大会参加やクリーンアップなどのイベント参加を条件にするのもいいかもしれない。

でないと、「湘南」みたいに、夜10時エントリー開始早々、午前2時、3時までPCの前で待つようなハメになってしまう。

まったく、こまった時代になったもんだ。
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2011年06月27日

マラソン大会参加

テーマ:マラソン大会
まったく困ったことに、このマラソンブームはまだまだ、冷めないのか。
まだ6月というのに、今日はつくばのエントリー開始日。
いまだ9000人待ち。
まあ、こりゃ参加は無理かもね。

神戸が当選したらそのあとだけに、まあ10kmでも参加できればいいかな?と思っていたけど、だんだん萎えてきた。

11月の末だから、横浜とか横須賀もあるのに、まったく困ったもんだね。

ますます、ランナーが参加できる大会が少なくなるのもこまったな~

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!
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2011年06月26日

サロマで戦っているランナーたちへ

テーマ:ウルトラマラソン
天候は寒いくらいだったのでいいコンディションでスタートしたみたいだが、大部分のランナーがこれから残り20km未満の時間帯だ。
自分のよく知るラン友も、今苦戦している。
前半1時間50分未満でかけぬけていたしばぽちさんが、80km~90kmで2時間もかけて走っているのには驚いた。たぶん、脱水やハンガーノックになったおかもしれない。落ち方が尋常でない。
でも、なんとか90kmは超えている。あと、9kmくらいはあるかもしれないが、歩いてもゴールできる。粘ってほしい。
あと、サロマ6回完走のベテランchamaさんも1時間20分程度で確実にラップをきざんでいる。後半でもおちないところか、速くなっているのが頼もしい。
マイクさんはなかなか好調。タイムがおちない。3時でのこり20km。ラップが90分未満なので確実に完走できるはずだ。

うん、うらやましい。
不思議だが、いま、自分と戦っているランナー達がたくさんいる。
苦しいだろうが、その苦しみはたった今だけのもの。その先には、自分がこだわったゴールが待っているんだ。

100kmもの距離の間、何をかんがえいるの?と、聞かれることがある。
答えは、走ってみればわかります。
実によくいろんなことを考え、自分自身と対話しているはずだ。

あと、2時間くらいで、歓喜の笑顔で帰還する。

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2011年06月25日

明日はサロマ湖100kmウルトラマラソン!

テーマ:ウルトラマラソン
この時期、ウルトラマラソンの大会が多い。
暑くなるこの時期なのに、なぜ?
梅雨時期なのに、なぜ?という質問も友人から聞かれた。

確かに、このシーズンは走るのは決してベストなシーズンではない。
マラソンのベストシーズンというと、やはり秋から冬にかけての涼しい、または寒い時期だ。

ただ、それはせめて7~8時間程度で大会そのものが終わるフルマラソンあたりが限界だろう。

ウルトラマラソン(100km)の場合は、なんてたって13時間~14時間。長いものだと16時間を制限時間としているので、なるべく日が長いこの時期が運営するほうも、走るほうも良いのだろう。

フルマラソンの場合、午前9時スタートとして大会終了が17時。夏だったらまだ明るい時間帯だが、冬はもう薄暗い時間。
ウルトラマラソンの場合、午前5時スタートとして大会終了が19時から20時。やはり秋だと厳しい状況だろう。

明るさの問題もあるが何より気温の変化が激しいのは一番スタミナを奪う。
特に、人間のからだは走る前にたまっている体内の水分が、最初にたくさん出てしまうので、ウエアなどがびっしょりになる。だから、後半同じウエアを着ていると「汗冷え」により急激にからだが冷えてしまい体力を喪失してしまうのだ。

だから、中間地点のレストステーションではその日の天候にあわせ、後半の汗冷え対策のウエアにするか、午後からの暑さにそなえさらに軽装にするか、判断しないといけない。

昨年の隠岐の島はすごい雨が降った。落雷もあったので、いくら走っているとはいえ、徐々に汗と雨でからだが冷えやすくなるので、からだに直接触れるのはベタつかないインナーを一枚きて走った。
途中、お天気にもなったので暑さも厳しかったが、冷えてからだが動かなくなるよりは無難なのだ。

まあ、そういう理由もあり梅雨があるとはいえ(そもそも、雨が降ってもよほどのどしゃぶりが続かない限り大会は開催される)この時間と気温の問題が一番大きいように思う。

ただ、四万十川などは10月開催だからかなり秋も深まっての開催。
ウエアには気を使う時期だと思う。

まあ、そういう時期の開催なのだが、明日開催されるサロマ湖は昨年はひどい猛暑だった。
30度どころか35度前後まで上がったそうだ。
そりゃ、リタイアもでると思う。

ランナーにとってカラダが冷えて動かなくなることも危険だが、暑さで精神的にも体力的にもダメージを受けると命にかかわることになる。

暑さは、からだの水分をどんどん発散させ、のどを乾かす。固形物がのどを通らなくなり、水分のみの胃になり、それが揺らされ胃を荒らす。気分が悪いなんてもんじゃない。
水分とともに抜けてしまう塩分の枯渇によりケイレンもおきてしまう。
当然、リタイア率も高まる。

今年のサロマはお天気はよさそうだ。気温は20度もいかないかもしれない。ベストコンディションだろう。

参加するランナーみなさんが完走できることを祈っています。


$走りながら、食べて、聞いて、考えて!
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2011年06月24日

隠岐の島の思い出

テーマ:ウルトラマラソン
ようやく、普通にあるけるようになりました。
ちゃんと走ってはいないので走ったらどういうフォームなのか気になるところですが、ま、走るのは明後日の日曜日にとっておきましょう。

隠岐の島ウルトラが終わり、参加者がこの大会についてrunnetなどで書いているのを読んで、ほんとうに皆おなじ思いをしていたんだな~と思いました。

とてもいい思い出になったランナーしか書いていないのかもしれませんが、皆一様に、「応援やサポート
」の素晴らしさを高く評価しています。

全国にはいろんな大会があります。
東京のようなマンモス大会もあれば、100名程度の小さな大会もあります。
この隠岐の島ウルトラマラソンも、決して大きな大会ではなくむしろ小さいほうでしょう。
なんてったって、今回782名で過去最高…
で、これ以上の参加者になったら、もしかすると、一般のご家庭も宿泊として活用したり、また、キャンプ場をベースにしたりしないといけないかもしれません。

この大会の良さは、やはり、ひとりひとりのランナーに届く対応が、サポートが、応援ができているということなのでしょう。

選手が付けているナンバーは、名前を探して名前で応援するためのものです。
給水エイドなどでは、疲労困憊のランナーにいちはやく水を届けたくてボランティアの子が、紙コップを持って走ります。
その紙コップには氷が入っています。
バナナは皮をむいて渡してくれます。
レモンはつまようじが用意されています。
どの給水エイドでも水をかけてくれます。柄杓がなければもってきてくれます。
氷を下さいというと、よろこんでくださいます。
チョコレートが溶けないように氷を敷き詰めておいてくれます。
塩をたくさんくださいます。
お年寄りも笑顔で応援してくれます。
元気なお父さんは一人一人とハイタッチをしてくれます。
車がそばをとおると、助手席や後部座席の人だけでなく運転手も声をかけてくれます。
スタッフはつねにランナーがひとりにならないよう、バイクでいったりきたりして、そして、もし脚が痛いならスプレーかけてくれます。
大きなエイドでは大学生がマッサージやアイシングをしてくれます。
応援バスで応援する妻をやさしく受け入れて助けてくれます。
応援バスは走っているランナーの応援者がバスに乗っていると徐行して応援してくれます。

なんなんでしょう。

制限時間は14時間30分。比較的余裕ではありますがあのアップダウンを考えたら、かなり厳しい制限時間かもしれません。

それでも、完走率は80%程度を維持できているのは、やはり、こんなすばらしい受け入れ態勢やこころがあるからなのだと思います。

ですから、来年も出たくなります。
行きたくなります。

全く、「ひとたらし」という言葉がありますが、「ランナーたらし」の大会ですよ、この大会は。


ただ、どなたか書いてましたが、JTBさんの独占は、どうも評判はよくないようですけど…

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2011年06月23日

2011年第六回隠岐の島ウルトラマラソン 完走記その7 「ウルトラマラソンは孤独な闘いではない」

テーマ:ウルトラマラソン
完結編。

「ウルトラマラソンは孤独な闘いではない」

これが、今回、強烈に印象に残ったことだ。

午前3時から起きてゴールまでずっと応援してくれた妻に、まず感謝したい。
第二に、東京からサポートして、さらに自らはしっかりサブ10を達成させたeddyさん、感謝!

それから、この大会の運営スタッフ。毎年本当にしっかり運営されている。全く不便は無い。
特に、給水エイドに立ち寄るたびに、氷をたっぷりいただきまた水もかぶらせてもらった。
いつも、快くサポートしてくれるこんなスタッフのいる大会は「全くない」と思う。

地元の応援の皆さん。朝早くから最後まで。また、運転しているところからも声をかけてくださり本当にうれしかった。途中ではやめられなかった。

いっしょに走ったランナーのみなさん。みなさんがいなければ自分も完走はできなかったように思う。今回は本当にキツかったから。

ゴールのときにしっかり大声で応援してくれたMCの小百合さん。本当にありがとう。

会社の仲間も応援していてくれた。FBやTwitterでもたくさんメッセージをもらいました。

皆さん、本当にありがとうございました。

皆さんがいたから、応援してくれたから、自分はゴールできました。今回ほど多くの人に支えられているんだと感じたことはありませんでした。



さて、ゴール後。

しばし、ゴール付近にある水のプールで足をアイシングし、それから荷物を取りホテルへ向かった。
しかし、とにかく脚がいたくてバスの乗り降りは一苦労。

なんとかホテルについて早速お風呂。大浴場がうれしい。
お風呂では、脚や腰にしっかりテーピングしていたのをほどき、汗を流す。
最高の気分。
脚の痛みはなかなか直らないが最高だよ。

風呂からあがり、早速、晩御飯。
10日間がまんした、なまビールを一気のみ!最高!

しかし、それからぴたりと箸が進まない。

何か食べようかと思うが、気分が悪い。ホテル側はそりゃ最高のご馳走を用意してくれているが、一切、固形物が入らない。

あまりに気分がすぐれずひとり部屋に戻る。

しばらくしたら、今度は、寒気。
信じられないがあれだけ暑く、汗をたっぷりかいていたからだがなぜか急激に冷たくなり、振るえが止まらない。
あわててふとんに包まりじっとする。
からだを少しでも伸ばすと、寒気がくる。

こ一時間程度だっただろうか。
ようやくからだがもどり、アイスクリームをひとつ食べて寝た。

睡眠不足で走ったから、そりゃしっかり練れるだろうと思うだろうが、走っているとアドレナリンが出ているのでなかなか寝付けず、さらに脚は痛いから寝返りも打てない状態。

それでも、翌日8時には船に乗らねばならないので、なんとか眠りに落ちたのだが。



翌朝。

気持ちよかった。朝4時半には目が覚めてしまったが、ここちいい。
脚の痛みはとんでもない状態だが、でも、食欲はあった。
朝食はおいしかった。
アジも、豆腐も、ナスも、漬物も、ご飯も、お味噌汁もすべて食べた。


ホテルの最上階の食堂から眺める隠岐の島は静かな海で、「お疲れ様」と言っているように思った。


とても辛い、厳しいレースだったが、今までにない経験をすることができた。

本当に多くのみなさんに感謝します。


ようやく脚の痛みもひいてきました。

また、2012年の6月17日の「第7回隠岐の島ウルトラマラソン」に向け、スタートします。


~完~

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2011年06月23日

2011年第六回隠岐の島ウルトラマラソン 完走記その6 「走れないランナー」

テーマ:ウルトラマラソン
坂道ののぼりは歩く。下りは走る。
なんてことを考えていたが、ここからは、3つの大きな山を越える。
このコースで一番厳しいところ。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


ここまで脚がしっかりしていれば問題はないが(実際に、過去このあたりを自分は走れていた。のぼりもけっこう走っていた)、もはや完全に脚が死に掛けている。

のぼりは歩くが、下りは走る。

そんなことを繰り返してはいたが、とうとうここにきて下りも歩くことが増えてきた。
逆に、のぼりのほうが脚の痛みは少なかった。
つまり、下るときに支える大腿四頭筋の前側が完全に使えない状態になりつつあったのだ。
だから、一歩一歩太腿に痛みが走る。

それでも少しでも走らなくちゃと、我慢して走るフォームになるが、もたない。
途中のエイドで何度も水をかけた。
お昼前からどんどん気温もあがり50kmスタート時には25度を超えていたらしい。
その中、頭から足まで熱くて仕方なかった。
そこで、エイドで水をかけるも、すぐ乾く。湿度は比較的低かったからすぐ乾いてしまうのだ。

そして、痛みはいっこうに改善するわけもなく、ひどくなる一方。

何度も「もう、やめようか」と考えた。

途中、リタイアランナーを収容するマイクロバスが通った。

「あのバスに乗り込めば終わるのに」と何度も思った。

でも、不思議に一時も脚を前に動かすことをやめなかった。
エイドで補給したり水をかぶる意外は常に前に向いて歩いた。

後半もう脚にチカラもなくなっているというのに、3つの大きな山超えは本当に辛かった。

黙々と同じようにランナーが歩いている。
本当に、誰も何も話さない。
出るのは、「はあ、はあ」という呼吸のみ。

皆、峠を待って漸く峠にたどり着くと脚に元気のあるランナーは駆け下り、自分のようにもう脚が麻痺しはじめたランナーは早歩きでおりた。

途中、道路工事もあったり、そのせいで迂回させられたり。

また、地元の応援も、一所懸命応援してくれるのだが、こちらはもう泣きたいくらい辛くて応えることもままならない。

あと少し。あと少しいけば、妻が舞ってくれている77km地点のエイドがある。
ここで、なんとか立て直さなくちゃ。

それだけを思いつつ、前へ前へと向かった。

脚の痛みには、仕方なく痛み止めを飲んだ。レース中2回、飲んだ。これは今までで初めて。
それでも痛みは改善しない。

さらに、水と氷ばかりを繰り返し補給していた胃はだんだん不快感が増してきて、仕方なく胃薬も飲んだ。3回。

気分が悪くて、水、氷、レモン、バナナ程度がやっと。
パンなどを振舞っているところもあったが、全く受け付けない。
コーラは飲んだものの、飲んだ後また口の中があまったるくて水でゆすぎながら。

あと、少し。あと、少し。と、念じながらようやく妻の待っている中野バス停のエイドに向かった。
あとひとつの坂を越えると緩やかな下り。
せめてそこだけは走る姿を見せなくては・・・と思い、力を振り絞り、走ってエイドにたどり着いた。

このエイドではぜんざいやお豆腐(これがおいしい)が用意されていて、アイシングなども島根大学の学生がサポートしてくれる憩いの場。
でも、今回はもう余裕がなかった。

ただ、ここにたどりつくまでに、「1kmを10分で『歩ければ』、制限時間に間に合う」と、計算していた。そして、なんどか、歩くだけでどれだけの時間がかかっているかを計測していた。
このあたりは、あれだけ厳しい状態にありながらよく冷静に考えていたと思う。

エイドにつくなり、妻に「とりあえずもう走れない。でも、キロ10分で歩ければ間に合う。いまのところ、キロ9分前後で歩けているので大丈夫。でも時間が惜しい。すぐ出る」と、とるものもとらず、RED BULLも飲みかけて歩きだした。
あと、自分はハーフ丈のスパッツにショートパンツをはいていたが、ここでアイシングに使う氷をショートパンツのポケットに入れた。こうしておけば腫れだしている太腿を少しでも冷やすことができる。これによってけっこう痛みは和らいだように思う。少し走れるときは走るようにした。

ここから約23km。

昨年までは、ここでほぼ完走を確信しあとは苦しくても安心して走れていた。
しかし、今回は、ここからが勝負。

何度も時計を確認し、余裕を計算した。

なんとか20分は余裕がある。

でも、本当にこの時計は合っているのか?
とか、
これから急激に歩けなくなるかもしれない。少しでも時間を無駄にしないようにしなければ。

そんなことを思い、歩き続けた。

途中、福岡から来たランナーに声をかけた。
60歳になってはじめてマラソンを始めたとのこと。で、昨年完走できず今回リベンジ。

二人で
「大丈夫ですね。歩いて完走できそうですね」
と声をかわしながら、歩いたり、走ったりを繰り返した。

途中で、私設エイドがある。ここは毎年必ずよって、コーラをいただく。
今年もやっぱり待っていてくれた。
「今年で4回目です!」といってコーラをもらった。
「毎年あっているんだね」とお互いに声をかわし、「また、来年来ますよ!」と言って去った。

20km。

長い。普通なら、2時間でいける。
20kmであればベストタイムは90分。
しかし、そんな脚は今はない。


歩くしかない。

100kmの女性ランナーがハアハア言いながら走る。でも走れなくなり、歩くと自分が抜く。
そんな繰り返しもあった。

カラダをまげて、競歩のように歩く50kmの女性ランナーもいた。

男女カップルのランナーの女性のほうは泣いていた。それを支えつつ歩き続けるランナー。

など、およそのこり15kmくらいにはいろんなランナーを抜いた。自分の歩きはけっこう速かった。

のぼり坂ではキロ10分を超えるときもあったが、平坦なところではキロ8分ちょっとで歩けた。
これで俄然自信が出た。
のこり時間をにらみながら・・・
よし、20分は余裕がある。
よし、30分になった。

など。

いつもなら、中学生の女の子たちが歌を歌って応援してくれる10km地点も、氷を補給しすぐに立ち去った。時間が惜しかった。


飛行場が見えた。

あと少し。ここからおよそ7km。

時間は1時間30分はある。

大丈夫、大丈夫。

しかし、ここからは長い坂道がある。
昨年はけっこう走れたのだが、今回は歩き。
でも速い!

途中、ランナーを数人抜いた。
歩いているランナーが多かった。

またカップルのランナーにあい、「大丈夫、もう、歩いて完走できますよ!」と声をかけた。
「はい、え~100kmの型ですか?」と驚かれた。

赤い橋。

ここで残り約2km。

先を行くランナーに声をかけた。
「もう歩いて完走できますよ!」
「はい、よかったきてよかった!で、あとどのくらいですか?」
って、全然自分の走っている位置を理解していなかった。

「ここがあと2kmです」と表示を指し示した。

橋を渡り、交差点を右折するがここで、警察官が自分を優先し車輌を止めてくれた。
みんな応援がすごい。

「おかえり~」
「がんばったね~」
「よくやった~」
「あと少し!」
など、とにかくすごい。

でも、悲しいかな、自分は歩くランナー。走れないランナーだった。

悔しくて涙が出そうになった。

くそ~走りたい。

でも走れない。涙が出るほど水分がからだにもなかったみたいだった。

あと1km。
あのトンネルを超えれば、あとすぐ。

あの、カーブを曲がればあとすぐ。

たくさんの応援の中、最後の坂道を歩いた。

途中、多分すでにゴールしたランナーだろうか、一緒に並走するかたちで応援してくれた。
何を言っているかわからないがあと少しであることはわかった。

前方には妻が待っていてくれた。

最後のひとふんばり、走ることにした。

妻の手をとりなんとか走るかっこうをした。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

イベントMCのさゆりさんには、前夜祭で「必ず笑顔で帰ってきてくださいよ」といわれていたので、ここでなんだかわからない笑顔を作った。

さゆりさんが、ちゃんとアピールしてくれた。ありがとう。

そしてゴール。

13時間48分。


今まで歩いてきた道に向かって礼をして、ようやくこのレースが終わった。

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!
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2011年06月23日

2011年第六回隠岐の島ウルトラマラソン 完走記その5 「走れない」

テーマ:ウルトラマラソン
ウルトラマラソンではたいていい中間地点付近に、食事や着替えなどができるレストステーションを設けている。
この大会でも、48.5km地点に設置してありそこで、汗でびっしょりになったウエアを着替えたり、足が膨らんでしまったときにちょっと大きめのシューズを履き替えたり、後半からのスタミナ補給のためにしっかり食べるスペースを用意している。

レストステーションに到達し、まずは自分の着替えなど預けてある荷物を受け取る。
妻も自分を見つけ、着替えスペースに。
まずは、足の痛みを解消するために、シューズの交換。
そして、ウエアも汗びっしょりだったので用意していた、トレイルランナー奥宮さんのTシャツに着替えた。神頼みだ。

そして、食事スペースに行き、カレーやそうめんを食べた。コーラも飲んだ。RED BULLも飲んだ。とにかくなんでもパワーになるものが欲しかった。

さらに、本当は足をアイシングすれば楽だったかもしれないが、レストステーションに着いたのは、多分、6時間ぎりぎりだったと思う。だから、あまりゆっくりしていたら、川内選手に会うことはできない。

多分、過去4回の大会で、今回は一番短いレストだったと思う。

すぐに、妻に次のエイドで会うことを約束し走りだした。

と、足がどうも具合悪い。

シューズはAsiccasのものに変えたのだが、各メーカー足型は特徴があるのか、踏み込みのかんじが全然違う。これは少し後悔したのだが、履き替える余裕はないので、そのまま走り続けることにした。

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


50kmを過ぎた。

50kmのレースのスタートにはまだ、30分以上余裕があった。

しかし、実はこのコースで一番嫌いなところ。

田んぼのあぜ道のようなところをぐるぐるまわるのだ。
平坦だから疲れないように思うが、なかなか進まないような気がして精神的に一番嫌いなところ。

時々後ろを振り返りつつ前に進む。


このあたりから、脚の痛みが増してきた。
太腿だ。

自分でも気をつけていたつもりだが、坂道でのぼりは歩くとも、それをリカバリーするためにくだりをキロ5分程度で降りていた。これが太腿にこたえた。
太腿の前部だから完全にそのせいだ。
昨年も、同じような作戦だったが、大会直前まで鍛えていたせいでなんとかもったのだが、今回は10日間の休養が完全に筋肉を怠けさせてしまっていた。

走らなくちゃ、と思うが、すぐに立ち止まりたくなる。
脚が痛くて、走れない。

まいった・・・。

そして、50kmのスタート時刻になった。

まもなく、川内選手が追いかけてくる。

振り返りつつ、ずるずる走っているときに、レストからおよそ4kmほどで川内選手は抜いていった。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!
かっこいい。
「川内さん、がんばれ!」といったら、「はい!」って応えてくれた。
すごい。

あんなふうに走れたら・・・・。


隠岐の島のコースはやはり、ここからが厳しいのかもしれない。
後半に、3つの山がある。これを乗り越えないといけないのだが・・・。
まずは、平坦な海岸線をいく。
途中、手堀でつくった福浦トンネルを抜け、それから、山道に入る。

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

ここからが地獄だった。
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2011年06月23日

2011年第六回隠岐の島ウルトラマラソン 完走記その4 「坂道」

テーマ:ウルトラマラソン
すでにスタミナを消耗し睡魔で大きくモチベーションを落としていたものの、25km地点すぎの、妻の待つエイドにとにかくたどり着こうと、必至に走った。
このあたりで、20kmで約2時間ちょっとだったので、大きくタイムを落として遅れているわけではないと思ったものの、このあとのことでますます不安になってきた。

エイドの先からは、このコースの一番高い山を登っていくことになる。

そんな思いをめぐらせながらも、ようやく、応援の多いエイドに到着。
妻を見つけ、まずは「RED BULL」を飲み干す。そして、速めにごはんものを腹にいれておいたほうがいいだろうと、おにぎりのご飯をひとつまみ口にほうりこみ、リスタート。

後から妻に聞いたのだが、この時の自分が一番つかれきっていたようだ。このままレースを継続できるか?そういう不安になったようだ。ただ、そこで「もう、無理しないほうがいいのでは?」といわれなくてよかった。「そうだ」と思った瞬間にガクっときていたかもしれない。

とにかく、次の中間地点のレストステーションまで。

そういうことで妻を後にし、走りだした。
まだ、この時は、走れる状況だった。

エイドをでて少しで坂道に入る。長い長い坂道。
途中、歩いているランナーが増えだす。
坂道では先に行くランナーの姿が見えるが、全員が走っていると誰も歩かない。
しかし、ひとりでも歩いていると、自分も歩いてしまう。歩くランナーがどんどん増える。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


東京からきている経験豊富そうなランナーと会話をする。
初めてのコースだが、のぼりはあるき、下りは走ってかせぐしかないと言っている。

自分も、序盤の20kmでかなり消耗していたためにさすが走って坂道を上りきれない。
同じように、のぼりを歩き、下りを走ることにした。

これは実は去年も同じだったが、去年は、中間地点まではほとんど歩かなかったが今回は、この時点で歩きだしてしまった。

これが、後半、大きなダメージとなる。

40km地点。
すでにスタートしてから4時間半を過ぎている。
これは遅い。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


42km地点で、今まではなんとか4時間20分~30分前後でいけていたのだが、さすが今回は5時間レベルになりそうだった。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


42kmで5時間ということは、中間地点では6時間になりかねない。
ということは、ゴールは良くて12時間。ヘタすると13時間以上になるのは間違いない。

このあたりから、「RED BULL」の効き目もあってか、頭の中で、シミュレーションを繰り返しながら走る。

のぼりは、あるいていると9~10分かかってしまう。下りでなんとか5分台で平均キロ7分ペースが維持できないか?
などと、時計を何度もにらみながら、考えて走る。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


それと、なんとしてもスタートから6時間30分前に50km地点を通過する必要があった。
なぜなら、今回参加している川内選手は50km地点からスタート。
自分よりも前にスタートされたら、絶対に川内選手の走る姿を見ることはできない。
しかし、その前に50km地点を過ぎていれば、川内選手が自分を抜いていく。必ず会える。

そういうことを考え、なんとか5時間台で中間地点近く(48.5km地点)のレストステ-ションを目指した。
ここに、妻が先回りして待っていてくれる。

足が痛くなっていた。特に足のつま先付近。Nikeのシューズは少し細身なのか、痛くて、万一を想定して容易していたシューズを中間地点で履き替えることを考えた。
また、時間をあまりかけたくないので、着替えも上のシャツくらいとし、できればそうめんやごはんものが食べたかった。そして、コーラが飲みたかった。

そういう思いで山を下っていると、地元の人が私設エイドでなんと隠岐牛の焼肉を!
ちょっと気になったが、焼けるのを待つわけにもいかず結局パス。

あと1.5kmくらいで中間地点のレストステーションだった。
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2011年06月23日

2011年第六回隠岐の島ウルトラマラソン 完走記その3 「応援」

テーマ:ウルトラマラソン
午前5時、約500人のランナーがスタートした。
しばらくは平坦な海岸線を走るが、すぐに長い坂道にはいる。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


ランナーはたいてい最初はとても元気で、特に若いランナーはいけるところまでいっちゃえ!とばかりにキロ5分レベルで押して行く。
しかし、病みあがりの自分は、体力温存のため、キロ7分程度でゆっくり走る。しかし、ちょっと気を抜くといつの間のかキロ6分を切ってしまうこともある。ただ、これでは100kmはもたない。
人間の体力はいいところ30km分くらいしか蓄えられていないのだ。
だから、フルマラソンでもたいてい30km過ぎにペースダウンがやってくるのだ。

そうは思いながらも、約10日間休んだ脚は非常に軽く快適に走れていた。10kmを過ぎ、気持ちよく走っていたが20kmを前にどうも調子が悪い。というか、急激にスタミナが奪われて行く。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

やはり、病みあがりに100kmは、厳しいか?
そのうち気にしていた右足のくるぶしではなく、「足底腱膜炎」のような、痛みが出てきた。
これは、ヤバイ。この痛みが続くとさすが100kmはもたない。しかし、意外にもこの痛みがすっと消えた。反対にくるぶしに弱い痛みが続く。
そして、急激なスタミナダウンに加え、前夜の寝不足による睡魔が襲う。この睡魔はとにもかくにも、モチベーションを低下させる。
このあたりから、リタイアも考え、どんどん不安になってくる。
それでも、キロ6分程度で走れてはいた。

ますます強く襲いかかる睡魔に何度も負けそうになる。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

これは、本当にヤバイ。

ただ、この大会のいい点は、応援バスが4箇所の大きな休憩ポイントに先回りしてくれる。同行してくれた、妻が25km地点の通称「サザエ村」にいるはずなのだ。
そこで、託した「RED BULL」を飲めば回復が期待できる。

とにかく、休憩地点まで、走り続けるしかなかった。
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!
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