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2008年06月29日

レースの際の必需品

テーマ:マラソン

マラソンのレースの時には、いろいろ問題が発生する。

それは、今までのブログでの出来事を見てもらえばよくわかるのだが。


シューズが合わなく(いや、合っていても)、長く走っていることで、マメができたり、皮がむけたり・・・まあ、そういうことは、まず初心者でもすぐ想像つくのだが、意外に経験でわかることといえば・・・


『擦れ』・・・これは、人間のからだがひとつも同じものがないということの表れなのだが、普段は問題のないウエアでも、長い時間は知るマラソンでこういった「擦れ」を経験することは少なくない。

非常によくできたTシャツでも、首まわりや腕まわりが擦れて走っているうちに辛くなることも非常に多いのだ。

そして、非常に辛いものとして「乳首の擦れ」であることは、経験者はすべてわかっている。

その予防としては、なんといっても、バンドエイドである。レースの時に着替えをしているところで、たいていの経験者はバンドエイドを貼っている。バンドエイドは必携である!


『マメ』・・・人それぞれ違うようだが、足のマメの発生は、長い時間靴下とシューズをはいていることで、足の汗が皮膚をふやけさせて、水ぶくれをつくってしまうというのが基本的なものだ。だから、予防としては、「通気性」

そのためには、ベンチレーション(通気性)のあるシューズをはくこと。それと、5本指の靴下で指と指をこすれさせないこと。さらに、脚の痛みから脚に水をかけることも多いだろうが、「絶対に」シューズの中に水が入らないようにすること。以上がマメをつくらないコツだと思う。

自分は、ウルトラの解きはベンチレーションのあるシューズをはいた。

靴下もいつもはきなれていた5本指の靴下の下ろしたて。

そして、走っているときも、水を脚に駆ける際は、腰をおろして、足首を高い位置にあげて水をかけるようにした。

マメが破けては歩くのも辛いのだから、ここは面倒でもしっかり予防しておきたいものだ。


『黒ツメ』・・・これは、シューズのサイズが合わないことや、また、下りが多いコースだとなりやすり。というか自分の場合は、年中、どの指かは変色しているように思う。すべて綺麗なままというのは、ほとんど無いくらい。だから、走ることにおいて、そう大きな問題はないが、靴下を脱いではだしになると、さすが恥ずかしい。

ま、ペティキュアと思えばいいか?って、黒くて変形したツメはどんなことを言ってもみっともない。

予防方法は、なかなかない。特にトレイルをやればほぼ黒ツメは仕方ないとあきらめるしかないだろう。

ただ、シューズの紐の縛り方で相当予防できる。自分も、トレイルを最初やりだしたころ、経験者にシューズの紐を途中でいったん縛ってもらうことで、つま先がシューズの前にいかないようにしてもらって結果黒ツメを予防できた。



まあ、こういったことが 通常おきるわけだが、レースの際にとても便利なものがあるので、紹介しておきたい。


【小さいビニール袋】・・・名刺の2倍くらいのもので、クチをチャック(というか閉じれるようになっているもの)がついているもの。これは、紙幣やクレジットカードを持って走るのに必須だ。レースの際に荷物は預かってくれるもののさすが貴重品は預けられない。そして財布ごとウエストポーチに入れたとすると汗で財布も紙幣もぼろぼろになる。自分もそれを知らず、紙幣が使えなくなるくらいにぬれてしまったことや、財布の皮を傷めてしまったことがある。したがって、レースの際は、クレジットカードと紙幣をこのビニール袋にいれてウエストポーチにしまって走るのが一番安全だ。自分は、その手の袋をみつけるといつも保存しておく。

さらに、大会のときにナンバーカードをウエアにつける際に、安全ピンが入っている小さな袋も活用している。それは「小銭」用だ。この小さな袋に小銭をいれておけが、チャラチャラ音もしない。


【水に流せるウエットティシュ】・・・これは、先日のウルトラではとっても活用した。汗びっしょりで走っているところで、トイレに駆け込む際には、通常のペーパーでは使いにくい。(経験した方は絶対、「ああ、確かに!」と思うだろう)したがって、このウエットティシュは一枚で綺麗に拭けるのでとっても便利。そしてトイレに流せるから安心。

ただ、意外に販売されていないので、まとめ買いをお勧めします。お腹の弱い自分は常に買い置きしてますけど。


【目薬】・・・走り終わったときに必要なのだが、走っている間は当然目を開けているから、ゴミが入りやすい。時には小さな虫も入ってしまうことがある。だから自分は基本的にサングラスを必ずしている。

しかし、それでも防げないのが「自分の汗」。

これが目に入るとけっこう痛くて、辛い。走り終わると目が真っ赤。だから、そのときに 目薬を差して・・・「キターっ!」てやると、最高!陸上にオダユウジは欠かせないのです!


【薬】・・・胃薬、下痢止め、痛み止め この3つは欠かせません。特にフル以上の場合、脚の痛みがひどいときは、痛み止めでなんとかなる場合があります。


まだまだ、ランニングの際の必需品、気がついたらご紹介しますね!


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2008年06月29日

夏の週末の夜RUNで

テーマ:マラソン

今週末は、週明けの月曜日にヘビーな会議がありそのための準備と、そして火曜~水曜と幹部合宿があり、さすが仕事もたまっており出勤している。


そうはいってもこのところ完全休養日がなかったこともあり、部屋もちらかっていたし、日用品など不足しているものもあったので、土曜日の昨日は、部屋の掃除と買出しなどで、結局3時くらいまでかかってしまった。

で、それから会社に出て会議資料の作成・・・(汗)ふう。


そして、今日日曜日もその続き。仕方ない。


まあ、そういう土日になるのは見えていたので、金曜日は9時過ぎに仕事を終えたものの、それから走ることにした。

さらに、月間走行距離もなんと280km程度であり、土日は雨も予測されたので、金曜日中にしっかり走らないと300kmを超えないなあ。。。と思ってしまい、結局21kmを走ってしまった。


ほぼ夜10時ころに、大阪城公園をグルグル回っていたのである。

最初のころは、同じようにランナーもちら、ほら・・・っていうくらいはいましたが、さすが11時に近づくにしたがって、自分ひとりになってしまいました。

ただ、大阪城公園内にある野球場などがあるグランドのほうでは、若者が20名ほど集まってなんか盛り上がっていました。


自分も大学生になったころ、夜、仲間となんのことはない話でいつまでも夜更かししていたように思います。

「青春・・・だ・・なあ」などと思いつつ、こっちは汗びっしょりになって走っていました。


大阪城公園の最後の周回を走っていたころ、道路には道路清掃車も現れだし、もはや深夜の街に変化していました。また、だんだん夜が更けるにしたがって、気温もさがっていき気持ちよく。

この時期、もしかすると夜のRUNはいいのかもしれません。


でも、やっぱり、深夜に走っていると、前を歩く人たちに驚かれます。


気をつけよう、深夜RUNは、間違えられやすい!(いろいろと)

単純に、走りたいだけなのに・・・青春真っ只中の学生と同じように・・・


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2008年06月28日

今シーズンの振り返り

テーマ:マラソン

さて、先日の「隠岐の島ウルトラマラソン」で、今シーズンのレースはほぼ終了となった。

そこで、昨年の秋からの今シーズンの成果と反省をしておこうと思う。


【今シーズンの参加大会】

①10月:東京夢舞いマラソン(フル)

②10月:和歌浦BayマラソンwithJAZZ(ハーフ)

③11月:横浜マラソン(ハーフ)

④12月:那覇マラソン(フル)・・・DNS

⑤1月:館山若潮マラソン(フル)

⑥2月:泉州国際市民マラソン(フル)

⑦3月:京都シティハーフ(ハーフ)

⑧3月:湘南国際マラソン(30k)

⑨4月:かすみがうらマラソン(フル)

⑩5月:仙台国際ハーフ(ハーフ)

⑪6月:隠岐の島ウルトラマラソン(100k)


結局、現地までは行ったものの、風邪でDNSとなった「那覇マラソン」を除き、10回の大会に参加したことになる。


その中で、自己ベスト更新したものは、⑤の館山フル、そしてその3週間後の⑥でさらに自己ベスト更新を果たせた。また⑩の仙台についても、久々のハーフの自己ベストを更新した大会であり、また国際大会ということで、非常に緊張した大会であった。


ここで、今回の一連の参加大会の中で、いろんなポイントで自己評価をしたいと思う。


【一番、きつかった大会は?】


実は、これが、⑩の仙台であった。なんといっても、制限時間の厳しさのプレッシャーと廻り全体が市民ランナーというよりは陸上競技選手(アスリート)と呼ばれるような猛者ばかりで、最初から本当に気が抜けない大会であった。

自己ベストも更新できたが、最初の5kなども、ある意味自己ベストであったと思う。



【一番、がんばった大会は?】


これは⑥の泉州国際だったと思う。今まで3時間40分を切ることさえ難しいと思っていたし、この大会のコースの最後には、大きな橋を4回上り下りするという残酷なコース設計であり、本当に自分としては自己ベスト更新は難しいと思っていた。その前の館山で更新した記録を2,3分更新できれば御の字と思っていたのだ。

さらに、当日は、雪も舞う寒い天気。

しかし、この寒さは自分に味方をし、館山の記録を10分以上も短縮する大幅自己ベスト更新となった。

しかし、この大会の結果は、やはりまぐれではなく、確実に走力が備わったことを、⑨のかすみがうらでわかった。

⑨のかすみがうらでは、その後の、仙台国際や、隠岐の島ウルトラもあったので、あまり記録更新も意識せずつなぎの意味での参加であったのだ。

しかし、前半から泉州以上のスピードを持って走ることができ、後半多少ダレたものの、館山よりもよい成績で確実に走力アップが確認できた大会であった。

泉州ではとにかく、前半から5分を切るペースを維持することが、しっかりできたことを大きく評価したい。



【一番、楽しかった大会は?】


これが、実は①の夢舞いである。途中、ベジー!の仲間である「Peri」さんの私設エイドステーションのご協力もいただき、また、けいさんと後半は話をしながら歩いたのはけっこう楽しかった。

やっぱり、夢舞いは、ある意味 市民ランナーの原点のような気がする。

いつか、東京の町を走ろうということでスタートしたマラソンであるが、公式にスタートした東京マラソンには一度も参加できずとも、自分は、この大会がやはり原点のような気がする。いつまでも続けて欲しい企画だ。



【一番、満足度が「低かった」大会は?】


さて、最後に、一番満足できた充実した大会を選ぶ前に、このカテゴリーは・・・

やはり「つなぎ開催」とか、「本大会のためのプレ大会」のようなイメージになってしまった⑧「湘南の30k」である。

なんとも中途半端な距離だったし、大会運営も非常に厳しいかんじがした。

いや、ボランティアの方々は非常によくやってくれていましたが、どうも協賛などが多いぶん、まとまりがいまひとつなかったようで、8000円も払って走ったわりには、ファッション性だけの薄っぺらい大会のようになってしまいました。

最初の湘南国際が非常にすばらしい大会であっただけに、そのギャップが大きくそう感じたのかもしれません。

でも、今度11月に「本」大会が開催されます。自分はやはり神奈川県民として参加したいと思います。

そこで、再度評価してみようと思います。



【一番、満足した大会は?】


ふふっ。これは決まり!

⑪隠岐の島ウルトラマラソン である。

完走記を見ていただければわかるが、とにかくたった500名程度のランナーに対する接し方、準備のしかたが、素晴らしいものでした。

到着から島を離れるまで、とにかく至れりつくせりで何もいうことがありません。

RUNNETで大会レポートなるものがありますが、このレポートでも自分は最高の評価をしました。

また、来年も必ず参加したいと思っています。



ということで、今シーズンも無事大きな事故もなく終了。

なにより、続々自己ベストを更新できたことは、この1月からの月間300k目標、一日10k目標を確実にこなしてきた成果であり、さらに、昨夏からのトレイルによる、足腰のバランス強化がしっかり効果を出したものと思います。

練習をやっている時は、効果がわからないものですが、本番で確実に実感できるものです。


これから秋のシーズンまで、また暑く長いオフシーズンですが、ここでしっかり走りこみをしておき、かならず3時間30分を切りたいと思います。


今月も、昨日時点で無事300km突破!そして6ヶ月で1800km(月間平均300km)を超過!

この夏はなんとか200kレベルを維持して秋に備えたいと思います!





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2008年06月28日

やれやれ・・・

テーマ:マラソン

隠岐の島ウルトラマラソンが終わってからというもの、しっかり休みがとれない。

先週、日曜日に結婚式があったので、それが終日休みだったといえば確かにそうだったが、それ以外休めていない。

そして、明日も、明後日も月曜日の会議の準備にいかねばならないし、なんと、火曜、水曜と幹部の合宿を大津でやるという。

まったく。

おかげで、7月あたまも、ドタバタである。


7月1日は、仕事でいろいろ討議とかとりまとめもして、翌2日にプレゼンするために、たぶん、ほとんど徹夜状態になるやもしれんが、まあ、せっかく大津のホテルに泊まるのだから、シューズとウエアは持って行って走ってこようと思っている。


まあ、そんなこんなで、今日も9時頃まで会社にいた。

そして、帰宅。

それから、走らずにはいられなくて。

それも明日はどうも雨模様。

であれば、しっかり走ってやるぞ!ということで、隠岐の島以来、久々の20km超!

さすが、週末の金曜の夜だけあって、練習している人はほとんどいない大阪城公園。

その中をヒタヒタ走る。

だんだん、気温も下がってきて心地いい!

そして、21km。


やっぱり長く走るのは気持ちいい!


やれやれ・・・明日は、部屋の掃除や洗濯をして・・・それから会社・・・かな?

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2008年06月27日

完璧なサポート

テーマ:マラソン
隠岐の島の大会については、もう、書くことも無いかとは思ったが、ひとつだけどうしても記録しまた、ランナーの皆さんにも知っておいて欲しいことがあった。

走りだしてしばらくしてからふと気付いたのだが、よくバイクを見かけた。
スタッフのジャンパーをきていたので、スタッフだったわけだが、ふと気付くと、いつも同じ人なのだ。
つまり、ほぼランナーのスピードにあわせ、先に行ったり、後ろに行ったりと、ランナーと一緒に移動していたのだ。
トンネルがあれば、ライトを付けて明るくし、坂道などで倒れる人がいないかもチェックしていたのだろう。
途中でガソリンを補充していたので、ずっと追跡してサポートしてくれていたのだ。
おかげで、一人旅になっても心配なく安心して走れた。

本当に完璧なサポート、ありがとうございました。
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2008年06月25日

90km

テーマ:マラソン

90kmという距離が、実はとってもうれしい距離だった。

いや、たぶん、脚の故障や痛みがひどければ、90kmというのは、ゴールに恐ろしく遠くも、でも普段だったらなんのことのない、とってもシビアな距離なのだろう。


自分の初ウルトラというのは、この90kmを過ぎたときに、体調も悪くなく、また脚の痛みも問題ない状態、

いわば、「あと10km」という距離だったわけだ。

この「あと」10kmなのか、それとも、「まだ」10kmなのかは非常に大きな違いである。


初めて自分がフルに参加し、32km地点でリタイアしたことは、いつまでも心に深く突き刺さっている記憶である。

「あと」10kmが、走れなかったのだ。「まだ」10kmも・・・だったわけである。


市民ランナーは、この「まだ」を「あと」にするだけの脚づくりをして、大会に臨むわけである。

仕事もや家庭のことを問題なくやりながら、そして、「まだ」を「あと」にするには、実は並大抵でないと思う。

たまたま、自分は、単身ゆえに、時間的余裕があったと思う。

だから、練習も不足なくできたのではないだろうか?


今回、ベジー!のメンバーでもあり、ともに、「Smile Running Project!」を推進してきたOgamanさんが、サロマでリタイアせざるを得ない話をきいたときに、そんなことを思ったのだ。

ハーフやフルは、多少の環境変化があったとしても、なんとかなるい距離なのだろう。しかし、100kmだけは、さすが、誤魔化しできないのだ。

練習の積み重ねが素直に結果に出る。

体調や、当日の天候も、素直に結果にでてしまう。


しかし、サロマンブルーなるものが賞賛される由縁は、結局は、そういうさまざまま環境変化をも、たたきつぶすような強いランナーの能力に対して賞賛されるのかもしれない。

やはり、ウルトラは奥が深い。

たった、一回、それもたまたま調子よく完走できた自分がえらそうなことを言うことはいけないが、100kmのウルトラこそ、「常に勝ち続ける」ランナーを賞賛する競技なのかもしれない。


90kmは、普段10kmや20kmしか走っていない市民ランナーにとってはとんでもなく遠い距離ではあるが、しかし、90kmをどう通過できるか?自分の目標はどうも、そこにあるように、思いだしたのだ。


たかが90km、されど、90km。でも、たかが90km、いつか90km・・・。

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2008年06月25日

切り替え

テーマ:マラソン

ランニングブルー なんてことで、のんびりしてちゃあいかん!

ということで、秋の参加予定大会も徐々に決めだしたので、この夏場の練習計画だ!


やっぱり、夏は、暑い!なので、平地でのトレーニングは避けたい!

ということで、今年の夏は、トレイル三昧!と思っている。

(コンチネンタルデバイドも購入しちゃったし!)


で、まずは六甲については、ずいぶん道も覚えだしたが、基本的な練習の場として活用していこうと思います。

「宝塚~六甲最高峰~有馬温泉」

「宝塚~六甲最高峰~麻耶山~三宮」

などを基本に、まずはトレイルの脚づくり。


そして今年は、関西でも有名なダイトレ(ダイアモンドトレイル)も、徐々にチャレンジしていきたいと思っています。

そう、

「葛城山~金剛山」のルートです。


今まだ梅雨ですが、この梅雨が明けても昨年などは蒸し暑い夏が9月まで続きました。

たぶん、今年も蒸し暑さは変わらないでしょう。

これが大阪の暑さなのですから仕方ないですね。

さすがこれだけ暑いと、ネクタイ+スーツなんていう、形式ばったスタイルをそう重んじることもなくなり、開襟の半袖シャツで過ごすことが普通になるので、気楽さもありますね。

(ただ、寝るときのエアコンは欠かせなくなりますが)


あと、大阪は、西方面に海がありますから、西陽がきついのです。

自分の部屋も西向きなので、夏場は、夜帰宅すると「サウナ」状態。さらにベランダのコンクリートも触ったら熱いくらい焼けているし。

ですから、夜帰宅する前に冷房が動くようにセットしておかねばなりません。

なかなかいろいろ工夫するものです。


今年の最初からのレースの好結果は、昨年のこの夏場のトレイル中心の練習の成果だと思っています。それに当然、年末から毎日10kmのペースを維持して月間300kmという走行距離を増やしたこともよい成果をもたらした要素です。

ひきつづき、「京都~大阪」「京都~奈良」「大阪~奈良」などのマラニックもとりいれてロングに対する不安も解消したいと思っていますが、でも、さすが夏場の平地のロング走は相当ばてそうですね(笑)。


暑い、熱い夏が、やってくる!!

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2008年06月24日

次なる目標に向けて・・・

テーマ:マラソン

村上春樹氏は「走ることについて語るときに、僕の語ること」の中で、サロマウルトラマラソン完走後に、急激にマラソンそのものへの執着心をなくしている。彼は「ランニングブルー」という言葉でそれを表している。

ウルトラマラソンの尊敬すべきランナーとして著名な夜久弘氏は、サロマを10回以上完走した、いわばウルトラランナーの憧れである「サロマンブルー」の称号を獲得した人物であるが、彼は、サロマでのリタイアしたレースを最高のレースとして大切にしている。

この100kmという超長距離のマラソンは、多くの人に、さまざまな思いとさまざまな影響を与えている。


そういう自分は、実は、今回100kmを走ろうと思ったのは、なかなか更新できなかった42.195kmというフルマラソンの距離を、できるだけ負担を感じず走れ、そしてさらなる時間短縮を期待していたわけだ。そういう目的で100kmを走ろうと考えた。


今季(昨年秋からこの初夏までのマラソンシーズン)においては、非常にたくさんの収穫があった。


①フルで自己ベストをどんどん更新できたこと

②ハーフで国際大会に参加し、それも自己ベストを出せたこと

③ウルトラ100kmで感想できたこと


①については、初めて参加した「荒川市民マラソン」での3時間47分以降、なかなか自己ベスト更新ができないでいたのが、今年1月の館山若潮でステップアップし、そして、泉州国際で3時間31分という、目標まであと一歩までに近づけることができた。なかなか、サブスリーというのは本当に走力のあるかぎられた人しか勝ち得ないかもしれないが、サブ3.5は、なんとか手が届く目標かと思う。そういう自己実現がこの年齢でも可能であるという事自体が非常に嬉しいものなのである。


②については、これもひょんなことから、ベジー!の仲間が参加するし、たまたま、参加資格も緩和されたお陰で出走できたわけだ。その中でも、しばらく更新できなかった1時間34分を1分短縮することができた。

そして、いっしょに参加した仲間すべてが完走し、いい結果を出せたことはすばらしい出来事であった。


③については、もはやここで語るべきものはない。12時間5分という、初めてにしては自分としても嬉しい結果であったこと。それより何より、「隠岐の島」の町の人々のすばらしさ、自然のすばらしさに、今だ尾を引いている。


そういったたくさんの収穫があったのだが、ここにきて、次なる目標がちょっとぼやけてしまった。


当然、フルのサブ3.5も、ハーフの90分も、ウルトラのサブ10も、すべて目標にはなるのだが、なんかそういうスピードの記録を求めて走るだけでよいのか?という気持ちになっている。


「隠岐の島」を走っているときの、応援や運営体制については、いまだに忘れられない印象が残っている。

どうもウルトラというのは、そういう精神的なダメージを与えるもののようだ。

「サロマ」については3000人くらい参加したようだが、その参加料だけでも、約5千万円は収入がある。

しかし、「隠岐の島」については、たかだか500人。いいところ、500~600万円程度しか、参加料の収入はないのだが、あれだけの運営をどう「隠岐の島」町が決めて、市や県などが協力して実施されているのか?

当然、こういう大会を開催することで、町の知名度も上がるだろうし、宿泊などの観光収入も増えるとは思うが。


市民ランナーはただ、走らせてもらってるだけなのだが、いい大会はさらに継続してもらえるよう参加するほうの心構えやマナーなどやるべきこともたくさんあるような気がしている。



「隠岐の島」の完走記を書き終え、そして次からのレース参加計画をたてたのだが、まあ、秋からぼちぼちやっていくが今ひとつ熱意が失せている。

当然、タイムの目標はもつとしても、今ひとつ大きなものが見えてこないでいる。



今朝も、ちょっと早く目がさめたのだが、「よし、走ろう!」という気持ちになれなかった。

せっかくのいいお天気だったのに・・・今になってもったいないと思う。

でも、そこで、起き上がれなかった何かが、ある。



一度、六甲でも駆けてこないと あかんな~。

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2008年06月23日

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 スペシャル編

テーマ:マラソン

現代のさまざまな問題をすべて放り込んだようなドラマ「ラストフレンズ」も先週で最終回を迎えた。

しかし、「もうひとつのタストフレンズ」とか言っちゃって、今週もスペジャルがあるらしい。

ということで、もうひとつの「隠岐の島」ではないが、スペシャルを書いてみたいと思う。

(なんちゃって、結局は、ただまだ書き足りないっちゅうだけかも(笑))


完走記を書いているうちに、わかったのだが、結局「辛いことや、苦しみを乗り越え」た場合には、時がたつにつれ、その苦しみなどのネガティブな記憶はどんどん薄れていくものなのだ・・・ということである。

そして、美しいよかった思い出だけがどんどん美化されていくのかもしれない。

少なくとも、今回の「隠岐の島」はそういう思い出であったのだ。


実際には、その瞬間、その瞬間で、とても耐えられないくらいの辛さもあったのかもしれない。

いや、確かにあった。90kmを過ぎてからは、右足の底に水泡ができかじめ、もうすぐ破ける状態であった。

それに右足の薬指は完全に黒爪だ。

しかし、今回は、一度も「もうやめたい。走るのを止めよう」という気持ちが起きなかった。

自分は間違いなくゴールできると思っていた。

自分としては、珍しく強い意思で、そう思っていたのである。

だから、沿道の応援に笑顔で応えられたし、応援してくれる人からも「いい笑顔だ!」って褒められた。

ようやく「Smile Running Project!」が、実ったのではないかと思う。


赤い陸橋を超えたときに、もうゴールは見えた。

嬉しかった。脚にはまだまだ走れる力は残っていたし、応援に応える余裕もまだあった。

応援してくれる人に、できるだけ手を振った。

赤い陸橋は、とても心地よい海風で自分を迎えてくれた。

ある意味至福の時間であった。


最後に、99kmを通過した瞬間、自分は完全に解放されたように思う。

100kmがゴールではあるけれども、この99という数字を踏みこんだ瞬間、なんだか自分は「勝った!」という気持ちになれたのだ。1kmを確実に、100回走ったのだ。

いや、100mを1000回、いやいや、10mを10000回、いやいやいや、1mを100000回だ。50cmのストライドであれば20万回だ。そんなにストライドは広くなかったのだから、20万回以上の前進をしたのだ。

それを、この「99」という数字があらわしているように思った。




最後のトンネルを抜け、坂道にはいってからは、正直あまり記憶がない。

ゴールしたときに々思ったのか?とか、感激したのかとか?

ただ、ただ、終わったという満足感と安堵感だった。


出発する前に妻からメールが来て「来年は応援に行きたいな!」という内容であった。

それに、「いや、そんな気持ちになるかわからない」と返したのだが、「きっとそうなるよ!」という返事。


どうも、そうなりそうだ。



翌日、目が覚めてホテルで最後の食事をして、チェックアウト後、たっぷり時間があったので、歩ける範囲で島内をあるいてみた。

スタート付近の喫茶店でコーヒーもいただいた。



スタート付近は、もう何も残っていない。「祭りの後のさびしさ」を感じた。





スタート直後にあるトンネルを歩いてみた。ここを自分たちが走ったのだと思うととても不思議な感じがした。

夢のような出来事のように感じた。


前の日には気づかなかったが、本当に綺麗な海であった。


もし、叶うならば、また来年も必ず走りたい。必ず行きたい。

この島は、そんな魅力たっぷりの島であった。


ありがとう、「隠岐の島」、ありがとう「ウルトラマラソン」

おかげさまで、また、次の自分に出会えました。


たくさんの応援は自分をまた成長させてくれました。

こんなに暖かい応援があれば、今の世の中に起きているヘンな事件だって起きないように思います。

本当にありがとう。応援されて自分は走ることができたと思います。

応援されて生かされていると思います。



自分は、ちゃんと 生きています。だから、まだ走り続けたいと思います。



~完~

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2008年06月22日

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 完結編

テーマ:マラソン

サロマは、天候も厳しく完走も難しかったようだ。

まだ、chamaさんの報告はないが、Ogamanさんは残念ながらリタイアとのこと。

ウルトラを何度も完走したとしても、次が必ず完走できるとはかぎらないのが、この競技の厳しさでありまただからこそチャレンジしたくなるものなのかもしれない。



さて、なんとか、「隠岐の島ウルトラマラソン完走記」の最後を、完走後一週間で終えることができるようだ。

やはり、100kmというのは長いものだとつくづく感じてしまう。

フルマラソンであれば2,3回書けば終わってしまうものの、100kmは一週間もかかってしまった。

それだけ、ドラマがあるのが、ウルトラの魅力なのかもしれない。


さて、最後の章は、ゴール後から ということになる。


スタッフはゴールするランナーのたびに、テープを張ってゴールを祝福してくれた。

今までゴールテープを切るなんてことは、幼稚園か小学校の運動会以来なかっただろう。

会場アナウンサーが、「笑顔で!」と叫んでくれた。

なんとか、笑顔も取り戻し、ゴール。

すぐに首に感想メダルがかけられた。


そして、その瞬間、自分は倒れこんだり、泣き崩れるかもしれない と

走る前までは思っていたのだが・・・

意外に、こんなことを言ってしまうと、ゴールして感動いっぱいになったランナーには申し訳ない気もするが、実は、「ああ、こんなもんか」と思ったのが素直な感想だった。

ゴールテープを切ったあとも、まだ、何キロか走れる余裕があった。

でも、もう走らなくてもいい という安堵感がすべてだった。

今から考えると、自分の力を出し尽くしたのだろうか?と考えてしまう。

精一杯力を出し尽くしたか?といえば、そうだったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。

確かに、天候が味方した。

コンディションは最高だったと思う。

しかし、体調は、腹の具合が悪くかなり精神的にはその点に気がまわっていたと思う。

その結果かもしれない。

結局、走ることについて、大きな「苦痛」はなかったのだ。

さらに、熟練者と走ることで、坂道を無理せずスタミナを温存する術をおぼえた。

だから、本当はもっとしっかり走って力を出し尽くすべきだったかもしれない。

しかし、だからこそ、余裕をもって走りきったのかもしれない。

脚を冷やしながら、妻に電話をした。

「ゴールしたよ」

「おめでとう。どうだった?」

「まあ、こんなもんかな?って感じ」

「へえ、そんなにタイヘンじゃなかったんだ?」

などと・・・

いや、タイヘンだった。いろいろと。

でも、思い返せば、ハーフだろうが、フルだろうが、100kmだろうが、タイヘンさはそれぞれ違う理由でも同じようにあるわけで、ただ、100kmについては、走った直後にはまだわからない というのが正直な気持ちだ。

意識も100kmを走る12時間の間に、おかしくなっているのかもしれないと思うのだ。

だから、100kmというのは、走ったあと、しばらくしてからそのダメージなどを感じるのかもしれない。



ゴールしたあと、アイシングのためのプールが用意され、氷をいれた袋も頂戴した。

またコーラもたっぷりいただいた。

そして、しばらくして、荷物を引き取りに立ち上がったが・・・ここで、脚がひどく疲れているのに気付いた。

脚が動かない。

ずるずるという感じだった。

脚を引きずり荷物の引き取り会場に行こうとすると・・・なんと、ボランティアの学生が、シューズを脱ぐ前に、持ってきてくれた。

ナンバーカードを見て、荷物を用意してくれるわけだ。

なんてこった。

とにかく、心憎いまでのサービスなのだ。

選手は、好きで走っているだけなのに、この町のボランティアの人たちは、ランナーの気持ちの先をどんどん準備してくれるんだ。

100kmで約200人。50kmでも同じくらいだろう。それだけの小さな規模の大会に、この島の全員が応援してくれているように思った。


何度も目頭が熱くなった。

走っていてとにかく、なんどもそういう歓迎をうけた。

何度もいうけれど、ランナーは好きで走っているのです。決して皆さんに招待されたわけではないのです。

でも、お客様というか、ランナーへの尊敬というか、そういう気持がとんでもなくあふれ帰っているのです。

その気持ちを100kmという距離を12時間走り続けている間に、十二分に頂戴することができました。

これだけで、本当にゴールしたことよりも、感動しています。



ゴール会場から、ホテルにバスで帰ったとき、相当脚はひどくなっていた。特に左足は腫れている感じもした。

ホテルに帰り、まずウエアを脱いで、すぐシャワー。それも水で。

しばらくずっとシャワーをかけていた。

ようやく、100kmの感動があふれ出してきたのだ。

100kmなんてよく走ったものだ。つくづくそう感じた。

でも100kmを走ったのではなく、まさに隠岐の島の皆さんに「走らせて」いただいたのだと思った。


その夜、ホテルでビールを2杯のみ、同じように走りきったランナーと祝杯をあげそしてベッドに倒れこんだ。


しかし、なかなか熟睡できなかった。

自分が走ったあの道、あの景色、あの顔・・・頭の中で、いろんな景色が廻っていた。


100kmウルトラマラソンは、からだへのダメージ以上に、脳へのダメージが大きいように思われた。


(完結しようとおもったけれど、スペシャルが追加されました・・・ということで、つづく)


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