歩くな、走れ。東京マラソン2012(僕らが走ること、僕らが語ること。)

東京マラソン2012の応援サイトです。
当たった人は、万全に準備をし、
はずれた人も応援をとことん楽しもう。
そして、2012年の東京マラソンもやがて
やってくる。
すべての人に楽しい、東京マラソン。
ここには、東京マラソンを走ったすべてのランナーの叡智が結集。


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<1.はじめに>
2010年10月13日、「当選通知」というメールを受け取った。
競争率9.6倍の「東京マラソン2011」に当選したのだった!
なんたる幸運!
私の初フルマラソンは、この幸運から始まった。

走るのは好きだった。
でも、たまに深夜一人でジョギングする程度。
それに、フルマラソンどころかマラソン自体未経験。
こんな私が東京マラソンを完走できるんだろうか?


<2.2010年10月~12月>
10月末、mixiで「東京マラソン2011を楽しもう!」
というコミュを発見。
渡りに船、と早速参加申込し、運良く入れて頂けた。
11月14日の練習会にも参加することになっていた。

ところが11月13日に祖母が逝去。
2010年の年内は練習会どころではなってしまった。
仕事や法事の合間に夜一人で走る日々が続いた。


<3.2011年1月~2月、樂走練習会、初フル塾参加>
明けて2011年1月、やっと練習会に参加できることになった。

私にはひとつ重大な問題があった。
マラソン用の衣服を持っていないのだ。

それまで私は、主に深夜一人で走るだけだったので、
その場にあるものを適当に着て走れば足りていた。
靴は\3,980の運動靴が1足だけ。

新品を買おうとしても何を買えばいいかわからず、
練習会当日の朝を迎えてしまった。

考えるのも面倒になったので、
私はいつも通り行動することにした。
つまり、その場にあるものを着て走るのだ。

というわけで、2011年1月8日、記念すべき樂走初練習会、
私はその前の晩に寝ていた寝巻を着て参加した。

東京駅まで迎えに来てくれた夢樂堂組長&Pandoraさんは
暖かく接して下さり、私の寝巻姿に動じる様子はなかった。
(ように見えたが、本心どうだったかは知らない。)

樂走の皆さんと一緒に皇居を2周。
仲間と一緒に走る楽しさを、生まれて初めて体験した。
この日寝巻で皇居を走るランナーは、やはり私だけだった。

練習会で、組長から「初フル塾」の存在を教えて頂いた。
「塾長」と呼ばれる方に、フルマラソンの走り方を
伝授して頂けるらしい。
「塾長」というと「男塾」の江田島平八のような方だろうか?
不安を感じつつも「初フル塾」に参加申請し、入れて頂けた。

1月11日、初フル塾初日。
この日も何を着ていこうかとさんざん悩んだあげく、
前回と同じ寝巻で参加した。進歩のないヤツである。

塾長のQooさんは、威厳はあるが江田島平八よりは優しそうで、
暖かく接して下さり、私の寝巻姿に動じる様子はなかった。
(ように見えたが、本心どうだったかは知らない。)

初フル塾の仲間十数名と一緒に東京マラソンの後半
約21㎞をキロ7分で走った。
21㎞なんて長距離、ド素人の私が走れるのか?と思ったが、
仲間と談笑したりしながら走ったら、あら不思議、
私でも完走できてしまった。
楽しかったし、ちょっと自信がついた。

銀座の歩行者天国を寝巻で走るのは結構爽快だった(笑)。
しかし、初めてのフルマラソンを寝巻で走るのでは
体力的にもたない(スエットなので汗で重くなる)と
塾長から、江田島平八ほどではないが厳しい教育的指導が入り、
マラソンウェアを買うことにした。

スポーツ用品店でシャツやタイツやウィンブレを購入。
塾長にご教示頂いた必需品、帽子とサングラスも購入した。

おかげで、次の初フル塾に参加したときは
「どうしたの?ランナーみたいなカッコして」
と皆さんからお褒めの言葉を頂いた。
多少はランナーらしい外見になったらしい。

さらにその後、私の運動靴にも教育的指導が入り
(普通の運動靴でフルマラソンは疲労が大きすぎる)、
専門店でとっても軽いマラソンシューズを購入。
ついでにラップタイムがとれる腕時計も購入した。

これでトータル5万円ぐらい散財したことになる。
マラソンって意外と金かかるのね。

でも逆に言えば、5万円も必要になるほど
それまでの私は、まともな装備を知らなかったのだ。

初フル塾は楽しかったが、仕事との兼ね合い(休日出勤など)で、
回数的にはあまり参加できなかった。
でも参加するうちに、塾長のご指導や仲間の助言のおかげで
マラソンの極意のようなものが見えてきた気がした。

でも、極意をつかむのは遅い方だったと思う。
こんなペースで、こんな走り方をすれば完走できるかも、
と思える感覚を私が掴んだのは、2月第3週の後半だった。
昔から要領のよいタイプではないのだ、私は。

2月24日(木)夜、最後の初フル塾に参加。
練習は無事終了し、塾長や先輩の皆さんに心から感謝した。

忙しい中、こんなに一生懸命ご指導して頂いたのだから、
絶対に完走して、塾長や先輩方へのご恩に報いよう。
帰り道、きれいな星空を眺めながら、自分にそう誓った。


<4.東京マラソン当日、スタート地点通過まで>
2月27日(日)、朝5時起床。
ついに人生初のフルマラソン当日がやってきた。
例年荒天の東京マラソンだが、今年は晴れた。よかった!

朝7時、JR新宿駅南口で樂走組&初フル塾の決起集会が行われた。
初フル塾の塾生は、私を含めて21名が集合。
先輩達も含め、ちょっとした大集会になった。
この集会で、不安や緊張は大分軽減されたと思う。

決起集会の後、すぐ都庁前へ。
着替えたり、荷物を預かり所に渡したり、トイレに行ったり
しているうち、あっという間に1時間が経過。
初フルの仲間とも別れ、人だかりの中、自分のスタート位置に
向かって歩いた。

ちなみに、私はマラソンウェアの上に安物のレインコートを着ていた。
初フル塾で先輩の欄さんから教わった防寒法だった。
これはスタート前とても役立った。まだ2月。朝はとても寒いのだ。

私のスタート位置はJブロック。長い行列の一番後ろの方だった。
スタートラインは全然見えない。

午前9時10分、花火が鳴った。いよいよスタート。
でも、誰も走り出さない。前がつかえているのだ。
「ホラみんなどうした?走って走って!」
1人の観客がヤジを飛ばした。一同爆笑。
なぜかこの時は、このヤジで場が和んだ。

5分後、やっと行列は進み出した。皆ゆっくり歩いている。
歩きながらスタートラインの都庁前を通過したとき
スタートから12分が経過していた。
ブラスバンドの奏でるマーチと沿道の観衆の大歓声の中を
ゾロゾロ歩きながら、壇上で手を振る石原都知事を見て、
昔、ドイツ第三帝国が作ったオリンピック映画のような光景だ
と思ったのは私だけだろうか?


<5.スタート地点~中間点>
スタート地点を越えたらランナーの大渋滞も少し緩くなって
やっとゆっくり走れるようになった。
新宿の靖国通りの沿道は観客で一杯。走りながら、どんどん
後ろに流れていく観客一人一人の顔や掲げているプラカードまで、
はっきり認識できる。
へえ、走ってると沿道はこう見えるんだ。新鮮な驚きだった。

新宿厚生年金会館前で樂走応援団を発見。
夢樂堂組長もいたのでエール交歓。元気が出た。

でも、私に気付いた樂走メンバーは組長以外いなかった。
私は樂走シャツを着ていないので、皆私が樂走だと判らないのだ。
樂走メンバーは皆いっちーさんの衣装(忍者の格好で走っておられた)
の着付け直しで忙しそうだったので、私はすぐその場を去った。

新宿から市ヶ谷までの下り坂の後、最初の給水ポイント発見。
ランナーはハイエナのようにコップの置いてあるテーブルに群がる。
私もハイエナの仲間に加わった。
「後ろにも給水あります!」
と叫ぶ係員を無視してランナー同士でコップ争奪戦、
給水のアミノバリューにありついた。

その後走り出したら、給水テーブルは沿道50mぐらい続いており、
後方はガラガラだった。大人げない行動を少し反省。
以後の給水ポイントは、後方のテーブルで給水を取ることにした。

給水したら、次第に暑くなってきた。
西神田あたりで着ていた安物レインコートを脱いで、
沿道のボランティアに「これ捨てて下さい」と渡した。
レインコートは最初から使い捨てるつもりだった。

竹橋付近で噂のYMCAポイントを発見。
私も走りながら音楽に合わせてYMCAを踊った。
こんな単純なことで元気になれるから不思議なものだ。

皇居付近で「10kmコース」と「フルマラソンコース」に
道が分かれた。

皇居を通過すると10km地点。10km組はここで終了。
フルマラソン組は、日比谷交差点から品川までの
往復コースに入った。
復路を戻って来るランナー達の速いこと速いこと!

品川に向かう途中、タレントの小島よしおを発見した。
服を着ていたのが意外だった。
「よしおー!」「そんなの関係ねぇ!」「おっぱっぴー!」
と沿道からしきりに声援(?)がかかるが、終始無言だった。
暫く併走したが、おっぱっぴー氏、元アスリートなのに遅い。
仕方ないので、品川折返し点あたりで先に行くことにした。

後で判ったことだが、その時、小島よしおはTV番組の企画で
タレント数名と一緒に走っており、ペースを合わせるために
わざと遅く走っていたのだった。

日比谷に戻り、樂走応援ポイントを探したが、見あたらなかった。
いつの間にか中間点まで来ていた。

<6.中間点~35km>
中間点通過後、ポケットから「ピットイン」を取り出して食べた。
これは前日に買った「フルマラソン完走セット」に入っていた、
チューブ入りのゲル状栄養剤。
一口吸い込んだら吐き出しそうになった。異常に甘い!
辛いとか苦いならともかく、甘すぎてまずい食べ物は初めてだ。
でも、栄養補給は大事なので、我慢して食べた。

ちなみに、私はその後もマラソン大会の度ごとに「ピットイン」の
お世話になっている。でも私は何度食べてもあの味になじめない。

22km地点通過後、京橋付近で食料補給のテーブル発見。
バナナを食べた。
普通のバナナより酸っぱい気がする。
でも「ピットイン」の後だと何を食べても美味しいぞ!

京橋、日本橋、水天宮前を通過して浅草に向かった。
25km地点を通過したあたりから、両脚に違和感を覚え始めた。
脚が重く感じ、ももが上がらない。

浅草雷門を通過、右折すると東京スカイツリーが見えた。
ケータイを取り出しスカイツリーの写メをパチリ。
建築中のスカイツリーが見られる東京マラソンは
これが最後なので、貴重な写真になったと思う。

浅草からの復路、脚の違和感はさらに悪化した。
それに、この頃気温も上がったように思う。
JR浅草橋駅を越えると30km地点。
ペースを維持するのが辛くなってきた。

2本目の「ピットイン」をポケットから取り出して食べた。
相変わらず不快な甘さ!でもそんな事言ってられない。
栄養補給だ。脚をなんとかしないと。

31km地点、浜町付近の樂走応援ポイント発見。
やはり誰も私に気付かない。樂走シャツがないのが痛い。
ただ、唯一、組長がまた私に気付いて下さった。
組長とエール交換で、また少し元気になった。

でも、脚の状態は相変わらず悪かった。
水天宮前~茅場町へ両脚を引きずるように走っていると、
沿道の観客の持つプラカードが目に入るようになった。
『がんばれ!』『ファイト!』『前を向いて走れ!』等
ランナーを鼓舞する文字がほとんどだった。

そんな中、こんなプラカードが見えた。
『あしたは出勤。無理するな。』

意表を突かれた私は、思わず笑ってしまった。
不思議なことに、笑った瞬間、脚の痛みが吹っ飛んだ。
またしばらくの間、元気に走れるようになった。

日本橋の食料補給所でバナナとあんパンを食べた。
それに、浅草への往復路では、補給所以外でも、
沿道の観客から色々な差し入れを頂いて食べられた。
チョコレート、飴、カステラ、みかん、レモン等。
下町の観客は気前がよかった。江戸っ子だねぇ。

補給や差し入れの効果あってか、京橋に戻ってきた頃から
脚の状態が回復し、ももが上がるようになってきた。
幸運だった。補給所や観客の皆さんに感謝しなきゃ。

銀座四丁目と、建替中の歌舞伎座の前を通過した。
この辺りが一番快調に走れた区間かもしれない。


<7.35km地点~ゴール>
35km地点も快調に通過、築地本願寺前を走った後、
新大橋通りを右折すると佃大橋が出現した。

ある先輩が練習会で「魔の佃大橋」と呼んだ橋だ。
小高い山のようにそびえ立つ橋は確かに恐い。
でも、走って死ぬことはないだろう。
そう思い直して橋に向かった。

橋に入ると、それまで途切れることのなかった
沿道の応援が急に消えてしまった。
橋の両端はコンクリート製の防護壁で遮断され、
沿道の様子は何も見えないし、何も聞こえない。
突然外界から遮断されて、不安な気持ちになった。

橋を登り始めるが、脚が前に出ない。
それまで35kmの間、下り坂と平坦な道ばかり続いたので、
脚がなかなか上りモードに切り替わらない。

周囲を見ると、脚が動いているのに全然進んでいない
ランナーがいた。きっと私と同じ現象が起きているのだ。
立ち止まったり、しゃがみ込むランナーもたくさんいた。
「魔の」は、本当だった。

たいして長い時間でも長い距離でもなかったはずだが、
外界から遮断されて坂を登る間は、とても長く感じられた。
歩いた方が早いぐらいの速さでやっと登り切った時には、
また両脚が上がらなくなっていた。

橋を登り切って隅田川上に出た。
防護壁がなくなって視界が開けた。
道の両端には歩道があり、多少の観客がいた。
観客の中に、無表情でプラカードを持つ見知らぬ女性がいた。

プラカードには大きくこう書いてあった。
『疲れた!』
ああそうだよ。疲れたんだよ。内心思った。
そして、そのプラカードには、さらにこう書いてあった。
『・・・と思うのは気のせいだ』
意表を突かれ、私はまた笑ってしまった。

私は嬉しくなって、思わずそのプラカードを指さして
「気のせいだ!」
と叫んだら、その女性、無表情のまま私を指さして一言
「気のせいだ。」
あまりの異様さに、走りながら爆笑した。

でも、爆笑して気が紛れたのか、佃大橋の残りは楽に走れた。
脚の痛さも「気のせい」みたいになっていた。

疲れ切った所に絶妙のプラカード、そして無機質な態度。
もし「家政婦のミタ」が実在したら、佃大橋のあの女性の
ような人じゃないか、と私は今勝手に思っている。

佃大橋を降りるとすぐ春海橋に入った。ここは観客が沢山いた。
さっき「気のせいだ」で笑った後、気分が高揚していたので、
沿道の観客とハイタッチしながら走った。気が紛れてよい。

観客の中に筋肉質でこわもてな男達の集団がいた。
その男達ともハイタッチしたら、一番ガタイのいい男が
「よし!まだ行ける!」
と言って私の背中をバーン!と叩いた。
叩かれたはずみで前方に吹っ飛んだ。でも悪い気はしなかった。
「行ったる!ウオ~~~!!」
と雄叫びを上げながらそのまま走った。

今思うと、バカなことをやってたものだ。
でも、お祭りなんだからバカでいいのだ。楽しんだもの勝ちだ。
それにしても、あの男は有名な格闘家か何かだろうか?

春海橋を越えて、高層マンションの建ち並ぶ豊洲に入った。
沿道は大観衆。家族連れが多い。
「ウソップー!」「ウソップがんばれー!」と子供の声が響く。
見ると、私の隣をウソップのコスプレで走る男がいた。
普通のおっさんの私とウソップでは、観客の声援の量が違う。
ああ、だからコスプレで走るのか。

スタート時から、奇妙なコスプレで走るランナーを沢山見かけ、
なぜあんな事をするんだろうと気になっていたのだが、この時、
やっとコスプレの理由が理解できた。声援が欲しいのだ。

東雲橋は、割と楽に越えられた。

39km地点通過。晴海通りを右折して細い道に入った。
初フルの練習会で走った時と同様、風が強い。

40km地点。最後の給水ポイント。
非常に喉が渇いていたので、コップ2杯分一気飲みした。
あと2km。ここまで来たら絶対完走するぞ!

首都高速のガードをくぐると広い空き地の中の通りに出た。
風は更に強くなり、周囲のランナーのペースも上がった。

有明コロシアム東の十字路を左折すると41km地点。
左折してからりんかい線有明駅あたりまでが
最後の上り坂で最後の難所。
今思うと、よくここを止まらずに登れたと思う。

有明駅を越えると、東京ビッグサイトが見えた。
ラストスパートもいよいよ佳境。
沿道の大歓声が音の塊になって聞こえてきた。
次第に脚の感覚がなくなった。なぜかそれでも走っている。

ビッグサイトの敷地に入るとゴールが見えた。
ゴールまで目測約200m。あそこに着けば全てが終わる!
脚の感覚がなく、音の塊だけが聞こえる中をひた走った。
視界のゴールが次第に大きくなった。
そしてゴールを通過!

やった!完走できた!

これまで味わったことがないほど疲れていたが、
同時に、これまで味わったことがないほどの達成感だった。

記録は、
・4時間41分47秒(グロス)
・4時間29分10秒(ネット)
だった。

通過点  通過タイム   スプリットタイム
5km     0:45:07 	-
                      0:32:41
10km    1:17:48
                      0:31:56
15km    1:49:44
                      0:34:11
20km    2:23:55
                      0:31:09
中間点  2:30:57
25km    2:55:04
                      0:31:02
30km    3:26:06
                      0:31:15
35km    3:57:21
                      0:31:16
40km    4:28:37
                      0:13:10
        フィニッシュ
        4:41:47

この日、2011年初フル塾メンバーは全員完走した。
塾長も組長も、全員完走は快挙だと大喜びされていた。
いちメンバーとして、喜んで頂けて私も嬉しかった。

同時に、モチベーションの高いメンバーと一緒に練習できたのは
とても幸せなことだったんだな思った。

この日の夜の祝賀会では、
初フル塾メンバーや、応援して下さった樂走組メンバーと一緒に
美味しいお酒を飲むことができた。


<8.おわりに>
こうして改めて振り返ると、
私が完走できたのは、
初心者の私を快く迎えて下さった夢樂堂組長&Pandoraさん、
休日に加え、平日夜まで熱心に指導して下さった初フル塾塾長、
色々ご指導下さった楽走組の先輩の皆さん、
沿道で応援して下さった見ず知らずの皆さん、
そして忘れてはいけない、同じ目標に向かって一緒に頑張った
初フル塾の素晴らしい仲間たち
の、有形無形の力があったお蔭なのだと、実感しています。

私がこれらの皆さんに出会うことなく、一人だけで
人生初のマラソン、それもフルマラソンを完走することは、
絶対になかったと、確信します。

改めて、皆さんにお礼申し上げます。
ありがとうございました。

J200
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42.195km (序章) 2011年03月03日12:15

2011年2月27日(日) 晴れ


早朝5時半に妻と共に自宅を出る。
まだ明けやらぬ空は、所々雲に覆われている。
今日は東京マラソン2011が行われる日。

昨夜は期待と不安で半覚醒状態のような眠りだった。
でも心は膨らむ。
風邪のせいか、咳が頻繁に出る。走りに影響なければ良いが…。
マスクをして、冷気を喉に当てないようにした。

6時過ぎに新宿駅に着き、そのまま待ち合わせのオバQホテルへ。
ロビーでは初フル塾(※1)の塾長が待っていてくれた。
塾生仲間も既に大半が集まっていて、塾長が宿泊した部屋で、
こあしす先生(※2)が次々と塾生にテーピングを施していく。
私も両足にしっかりとテーピングして貰い、臨戦態勢に入る。
塾長もこあしす先生も、我々塾生ランナーの為に前泊までしての奉仕。
本当に頭が下がる。只々感謝あるのみである。

テーピングを終えた皆は新宿駅構内の待ち合わせ場所へ移動。
そこには楽走組(※3)の組長=夢樂堂さんやpandoraさん他、
今日の東京マラソンをコース脇から応援しようと、
沢山の先輩ランナーが駆けつけてくれていた。

そして行われた【出陣式】(ここは駅構内である/笑)
今日のレースに出場する初フル塾塾生一人ひとりが抱負を述べる。
私「完走をめざします。見事ゴールできたら、塾長の胸に飛び込むぞ~(^_^)/」

夢樂堂さんがイチゴの差し入れ、甘くて美味い。
塾長からミサンガを渡され、決意を固めて右腕に結ぶ。(のんのんさんの手作り)
こあしす先生からは小さな手書きのメッセージカードを渡された。
(個人情報なので原文のまま掲載はできませんが、大切な心構え三つと、
ゴールで待つ旨の暖かい言葉。後でスパッツのポケットに忍ばせた)
楽走組みの先輩ランナーからも励ましの言葉を頂く。

早朝の新宿駅構内に響き渡る、こあしす先生の大音量エール!
「フレ~~、フレ~~、ハーツーフール!」
「フレッ、フレッ、初フル!フレッ、フレッ、初フルー!ワァ~~!」と鬨の声。
パチパチパチ・・・・  
行き交う大勢の人々が振り返って見ていた。
まるで大学のサークルのノリだ。(笑)

応援組のランナーの作る手のアーチをくぐり抜け、(妻もこのアーチに加わる)
総勢21名(フルマラソン20名/10km1名)の我々初フル塾メンバーは
眦を決して都庁に向かった。


42.195km Ⅰ.「号砲の響き」 2011年03月06日21:50 7:45

樂走組の熱烈な応援に見送られて新宿駅をあとにした我々初フル塾のメンバーは、
樂走組先輩ランナーに先導されて、地下道を通って都庁の駐車場に着いた。

すごい人の数だ!
ランナーの着替えに準備された都庁の駐車スペースは、今日の東京マラソンに出場する
全国から集まった3万5千人を超えるランナーで、すでに溢れかえっていた。
その人波の中を着替えのスペースを探して移動するうちに、私は皆とはぐれてしまった。
余りの人の多さと大会の雰囲気に、既に呑まれてしまっていたのかも知れない。
少し心細くもあったが、まあ走る時は独りだ…。
「もう戦いは始っているんだぞ。」と自分に言い聞かせ、ソロで参加しているらしい
ランナー達が集まっている場所を見つけて、そこで準備をした。
自宅を出るときから既に走る格好で出て来ていたので、ダウンジャケットを脱いで
ウエストポーチを腰に巻き(中にはエネルギー補給のジェルと塩タブレット、そして携帯電話)
使い捨ての透明のポンチョを着て、キャップをかぶってサングラスをすれば準備は完了。

脱いだジャケットと、着替えの入ったリュックを指定のビニール袋に入れる。
この大きな透明のビニール袋は、ゼッケンと同じ番号のシールが貼ってあり、
これを出発時にトラックに預け、ゴールの東京ビッグサイトで受け取る仕組みだ。
そろそろ荷物を持ってトラックの並ぶ場所に移動しようかと思っていた時に、
ケイカマさんが私を見つけ、皆のいる所まで連れて行ってくれた。
初フルメンバーの顔を見てホッとする。
やはり仲間の存在は大きい。
私を見つけて口々に、「やっちゃん、どこに言ってたの?心配したよ。」と言ってくれる。
嬉しかった。
おじさんは、こんな事でも嬉しくなるのである。

8:05<スタート1時間5分前>
マサトくんに荷物番をしてもらって、皆でトイレに行った。
都庁脇の道路の両サイドには、仮設トイレが50台くらい設置されていて(もっとかな?)
男女共用で、全てのトイレに10人づつくらいの行列ができていた。
女性より男性の方が使用時間が短いので、女性の少ない列を見つけて並ぶ。
1人1分でも10分以上の時間が掛かる。
コース途中で仮設トイレのに長い列に並べば、それだけタイムロスに繋がる。

用を足して戻ると、皆もう臨戦態勢に入っていた。
さっきとは目つきが違う。
これまでにやってきた練習と頑張った自分を信じて、
今日のレースに全力でぶつかっていく覚悟の目だ。

武者震いが出た。

ふと振り向くと、ピンクの可愛い衣装(失礼!しかしどう見ても舞台用の衣装…)を着た
初フルメンバーのiku☆ちゃんが、ゲゲゲの鬼太郎の仮装をした樂走メンバーの人と
ニコニコ顔で記念の写メを撮っている。
なんという余裕。(笑)
彼女は独特のワールドの持ち主である。
いつも周りを和ませる雰囲気を持っている。
そこへ先輩ランナーのいっちーさんも合流して、
これまた戦闘服姿(スティッチ風オレンジ忍者)で三人揃って写メをパチリ。
仮装して走る人は尊敬してしまう。
よくあんな格好で走れるものだ。


8:20<スタート50分前>
「さあ皆、がんばろー!」
そう声を掛け合って、初フル塾のメンバー達はここで別れた。
それぞれが指定されたトラックへ荷物を預けに向かうためだ。
何しろ10トントラックが50台程停まっているので、自分の番号のトラックを
見つけるのさえ大変だ。
私の指定されたトラックは44番。
案内板を見ると甲州街道に近い端の方に停まっているようだ。
人の波をかき分けてやっとたどり着き、荷台上のスタッフに荷物を手渡す。
「ゴールまで、頑張って下さいね!」と声を掛けられ、
自分が今日の出場ランナーであることをあらためて認識する。
「ハイ頑張ります!」と答えて歩き出す。
そうだ、俺は出場選手なんだ。
手から重い荷物が無くなり、両手が空いた途端、選手モードに切り替わった。
行くで!(←夢樂堂さんやツマッチさんの受け売り)

私のゼッケンは【K-44566】
AからKまであるアルファベットの頭文字は、自己申告タイムで分けられた
ブロックを表わす。
私はフルマラソン未経験なので、自己の持ちタイムは7時間として申請した。
もちろん一番最後のブロックである。
Kブロックの選手が並ぶエリアを探すが、なかなか見つからず、しばし彷徨う。
係員に聞くと、上の道に出て都庁の南側に周った所にある公園の中だという。
そこへ向かって歩いていると、人の背丈ぐらいの石垣があり、
その上が土手状の花壇になっていて、背の高い雑草が生い茂っていた。
その草むらの中で、なんと数人の外国人ランナーが小用を足していた。
それを見た日本人ランナーも、石垣をよじ登って用を足しに行く。
向こう向きでjobojobojobo…♪
唖然としながら見上ていると、なんとその先のその草むらの中に
女性の外国人ンランナーがしゃがんでいるではないか!
しかもこっち向き。
ぶったまげた~!
視線が合いそうになって、慌てて目を反らす。
胸から下は草に隠れて見えないが、それにしても良い度胸だなと感心するばかり。
大都会の真ん中に、この豊かな緑(枯れ草だけど)が配されていてよかった。
やはり都会に緑が必要だ。(笑)
(良い子のみなさんは、まねをしないで下さい)

8:40<スタート30分前>
やっと辿りついたKブロックエリア。
既に何百人ものランナーがエリアの前方に向かって並んでいた。
まだ人と人の間にスペースが有ったので、ここでストレッチをした。
アキレス腱、太股の前と後、股関節、上腕と肩甲骨周り、首、手首足首。
その後もぞくぞくとKナンバーのランナーがエリアに入ってくる。
暫くすると、もうストレッチをする余地が無いほどに詰って来た。
周りを見渡すと、仲間と一緒に話している選手、ひとりでウォークマンを聞いてる選手
仮装している選手(アフロヘアー、タイガーマスク、馬のかぶり物、他)多数いる。
下は20歳前後から、上は60歳代ぐらいまでの様々な年齢のランナーが
ひしめき合っている。
格好も一流選手並の上下ビシッと派から、パジャマに毛が生えたような樂チン派まで様々だ。
それぞれがそれぞれの思いでスタート時間を待っている。
時計を見るとスタート時間まであと20分。
身体を動かさなくなると、急に寒さが襲ってきた。
たった30分前にトイレに行ったのに、また尿意を感じる。
緊張しているのか?
そりゃそうだ。
自分にとっては世紀の大レースが今始ろうとしているのだから。

右斜め前方に、ゼッケンと同じような四角い布を背中に貼り付けた女性が目に入った。
布には「○○子70歳。東京マラソン走ります。ありがとう!」と書いてある。
えっ?この人70歳? ソリッドな感じの横顔をよく見ると、まあ確かに走見える。
しかし、おばあちゃんにしてはかなりの長身(165cm前後)で、黒の長袖ランシャツに
黒のサポートタイツを履き、ごま塩だがキリッとポニーテールに縛った頭と
そのスリムな姿は、
とても70歳には見えない。
身のこなしも走り慣れた感じで、恐るべしオバアランナー。

8:50<スタート20分前>
気がつくと公園内は立錐の余地も無いほどになっている。
その時、ブロックの最前列の方で、高い場所にいた年配の係員が拡声器で
スタートに関する注意事項などを話し始めた。
「皆さん、列が動き出しても、決して押したり走り出したりしないで下さい。
徐々に列が前に移動しますので、少しずつ前に進んで下さい。
怪我人が出ないように。事故が起きたり怪我人が出ると、
直ぐに警察がやって来ます。警察が入ると、安全上の理由で、
今後レースが開催できなくなってしまいます。
皆さん、東京マラソンが無くなってしまっても良いですか?」
周りが静まり返る。
誰もそんなことは望んではいない。
係員は続ける。
「安全に、無事にスタートして、そしてお台場までがんばって走って下さい。
皆さんはゴールするんでしょう? 完走するんでしょう? 」
「ハ~イ、完走シマ~ス」あちこちでランナーの声。
係員
「がんばって下さい!私達も応援しています。
 大勢のスタッフが皆さんを応援していますよ。
 どうかがんばって、必ず完走して下さい!」
大きな拍手がわき起こった。
一緒に感動も湧き上がる。
タイムの遅い市民ランナーの集まるKブロックに、感動の輪が広がった。
これが東京マラソンなんだ!
これが今や倍率10倍近い出場困難な国際市民マラソン、東京マラソンなんだ。
スタート地点に立てた喜びが、沸々と湧き上がってくる。

9:00<スタート10分前>
上空を3機のマスコミ関係のヘリコプターが旋回している。
高度はおよそ1000ftぐらいだろうか。
お互いに高度差をつけながら、接触事故が起きないようにしているのだろうが、
ヘリのパイロットはかなり神経を使うだろな。
そんなことを考えながら、しきりに足踏みをする。
寒い。膀胱の辺りが重い。やはり尿意が切迫してきている。
でも今からトイレに行くのは無理だ。
後にもビッシリと人垣ができている。
もうスタートまでガマンするしかない。

9:05<スタート5分前>
後方で係員の拡声器の声と、続けて拍手と歓声があがる。
やはり同じように、Kブロックの後方のランナーにも注意事項と
応援を送っているのだろう。
列が少し前に進んだ。前後の間隔が詰まったようだ。

9:07<スタート3分前>
腕に嵌めたスポーツウォッチをストップウォッチモードにする。
この時計は実はスイミング用のものだ。
わざわざランニング用を買わなくても、これでもラップタイムは50本も計れるし
脈拍をカウントするセンサーだってついてる。(でも殆ど使ったことが無い)
携帯の時計を見ると2分近いズレがあった。
慌ててスポーツウォッチの時刻を訂正する。

9:08<スタート2分前>
周りが少しざわつき始める。
いよいよもう直ぐスタート時刻だ。
ひとりが手首や足首を1回し始めると、周りに伝染のように広がっていく。
僕が首を左右にカクカクやると、後の方でカクカクが始る。
面白い。(笑)

9:09<スタート1分前>
隣の女性がしきりに腕時計を覗き込んでいる。
見るとGarminだ。(Garminは航空計器のメーカーでもある)
「ガーミンですね。高かったでしょう?」と聞くと、
卸したてで今日が初使用とのこと。
いきなり本番で使用かよ!と思ったが、
「それだとオートで1km毎のラップを教えてくれるので、楽ですよね。」というと
嬉しそうに笑った。
「完走めざしてがんばりましょうね!」と笑顔で挨拶を交わしたその時、
斜め後方から「パ~~~ン!」という号砲がビルの壁面を反射しながら聞こえて来た。
つづいて空の上で大きな花火の音が「ババン!パン!バパ~ン!」
スタート地点から地響きのような歓声が沸き起こる。
あちこちから「お、スタートだな。」と声が聞こえる。
しかしKブロックはまだ穏やかな感じだった。


9:10<スタート!>
腕時計のストップウォッチのスタートボタンを押し込む。
デジタル時計の表示が1、2、3・・・と秒数を刻んで行く。
いよいよ東京マラソン2011がスタートした。

待つこと10分。徐々に人垣が動き出し、道路に出た。
横いっぱいに広がってスタート地点を目指す。
まだゆっくり歩くといった感じだ。
庁舎の南東の角を周り、都庁前の道路に出る頃に、徐々にスピードあがり
ジョギング程度の速さになって来た。
いよいよスタート地点に近づく。

9:28<スタート後18分>
応援の合唱が響く。
道路の両側に高く組上げられた仮設スタンドには大勢の観客の姿が見える。
通り過ぎていく選手に皆手を振っている。
左手の高いスタート台の上で手を振る石原都知事の姿が見えて来た。
ランナーもしきりに手を振っている。

下を見た。
道路上にいっぱいの紙ふぶきが散っている。
なんとハートの形をしているではないか。

そしてSTARTと大きく書かれたゲートの前を通過。
1ラップ目のボタンを押す。
さあ、スタートだ!
4ヶ月前に覚悟を決めて練習を始めてから、今日のこのスタートラインに立ち
ゴールへ向けてスタートを切るためにがんばって来た。
これから42.195kmの長い長い道程を、ひたすら走るぞ!

栄光のゴールへ向かって、私は、私たち初フル塾生は、

スタートを切った!


42.195km Ⅱ,「スタート~日比谷」 2011年03月08日12:17

都庁前のスタートゲートをくぐり、計測用のラインを踏み超えた私は
一路ゴールの有明を目指した! ・・・わけではなく、
一路その先のトイレを目指した。
都庁前をスタートして真っ直ぐに走ると、コースは右に折れて青梅街道に向かう。
折れたコースのすぐ左側に、仮設トイレが10数台設置されている。
ここにトイレが設置されているのは、スタートするまでに長時間並んで待機するため、
スタート直後にトイレに駆け込むランナーが多いことを顕している。
すでに100人以上のランナーが並んで順番を待っていた。
ざっと見渡して右から二番目のトイレに目をつけ、列の最後尾に並ぶ。
もう限界に近かった。

過活動膀胱・・・医者の診断である。
最近トイレが近くてガマンできないケースが増え、
泌尿器科を受診したら、そう言われた。
カッチョ悪~い。でも事実だから仕方ない。

8分近く待った。
振り向くと、コースを走っているランナーはもう少なくなって来ている。
私の前は女性だ。
隣の列の方が進みが速い。あっちに並べばよかったな~
今さら悔やんでも仕方ない。
切迫感が襲ってくる。
まるで幼稚園児だ。
両手をグーにして前を押さえ、足踏みしながら
センセ~イ、おしっこもうがまんしれな~い!(泣)

やっと前の女性の番。
早くして! 急いで! おねがい!
足をバタバタ。

やっと扉が開き、タッチ交代。
鍵も掛けず、アタフタアタフタと前を寛げて・・・
「ホエ~~~♪」
3リットルぐらい出た。(ような気がした)
マジ大量に出た。

全部出し終えてホッとして外に出ると
コースはもう疎らで、走っているランナーは殆んど居ない。
それどころか、最後尾のレース監視用パトカーが
パトライトを点滅させながら、ゆっくりゆっくり迫ってくるではないか!
ヤバい!急がねば。

慌ててコースに戻る。
さあ、これからホンとに一路有明を目指すぞ。

ペースを上げ過ぎないように、気をつけて走るのだ。
レース直後は大多数の人がオーバーペースになるので、決して周りのペースに
巻き込まれないようにと、Qooさんから耳にタコができるほど聞かされていた。
自分だけは周りに惑わされず、自分のペースを維持して走るぞと思っていた。
しかし周りを見渡せば、ペースを乱すランナーなんてどこにも居ない!(苦笑)
こりゃもう本当に自分でペース設定して走るしかない。
1km/7min、4ヶ月かけて身体に覚え込ませた速度だ。
フォームを意識しながら一歩一歩足を進める。

靖国通りに出る手前で「やっちゃ~ん!」と呼ぶ声が・・・
見ると、私が指導している某和太鼓チームのTシャツを掲げて
数人の生徒さんたちが応援にかけつけてくれていた。
「おお、ありがとう!頑張って走ってくるよ~」とハイタッチして
笑顔で手を振る。
応援は嬉しいものだ。

新宿の大ガードを走る抜ける時に、ポンチョを脱いで、
ゴミ拾いをしていたスタッフの人に「済みません、捨てて下さい」と手渡す。
ガードを抜けるとそこは歌舞伎町。
ここから道は靖国通りと名を変える。
両脇に沿道には多くの観衆がいて、手を振ったり声をかけて応援している。
なんだか気持ち良い。
こんな新宿のど真ん中を走れることに、優越感さえ覚える。
当選してよかった~♪
上下線合わせて8車線ある道のど真ん中を走る。
気持ちい~い♪

明治通りを超えて下り坂にさしかかると、左手から
「楽走、がんばれ~!」
「やっちゃ~ん、がんばれ~」の声。
振り向けば、楽走組の応援団だ。
事前に知らされていた目印の歩道橋より少し手前だったが、
ガードレールに立ち上がって一段高い所で手を振る姿は、
なんとあごヒゲも麗しい、こあしす先生ではないか!
他にも何人かの樂走組応援団の人達が手を振ってくれている。
応援ありがとう~!
がんばりま~す!
心でつぶやき、大きく両手を振って応える。
その場に妻の姿は見えなかった。

少し走ると10km部門に出場しているゴムさんに追いついた。
抜きざまに「ゴムさん、がんばって」と声をかける。
笑顔で答えが返ってくる。頑張ってる。
うん、大丈夫、彼女は完走できるとそう思った。

市ヶ谷掘に出た時に、右斜め前に帽子に自作の“亜利沙”と書いた
羽根をつけた亜利抄さんが走っているのが見えた。
声をかけるには距離があったので、心の中で頑張りましょうと言う。

その前をブドウのコスプレランナーが走って行く。
ブドウなのだ。全身が紫色の風船に覆われ、顔と足しか出てない。
沿道から「ブドウがんばれ~」「カワイ~ィ♪」「ワインにするぞー!」と
好き放題に云われている。
でもそれが嬉しいんだろうな。
   
横を見ると、武道の袴姿に下駄履きの若者が走っている。
裸足に下駄じゃ、鼻緒で足が擦り切れるんじゃないかと心配になる。
カランコロンカランコロン。
痛くないのかな。

外堀通りを進むと、まもなく5kmの関門が見えてきた。
左腕にはめたメモ書きの関門閉鎖時間を見ると、まだまだ余裕がある。
第一関門突破!

関門の先の飯田橋セントラルビルの角で、
仕事関係の知人が応援に駆けつけてくれることになっていたのだが、
そこに来ても彼の姿は見えなかった。
どうやら来れなかったようだ。まあ仕方がない。
息子と同い年の若い彼、急にデートの約束でも入ったのだろう。
しかし後から聞くと、彼はバイクで応援に駆けつけてくれていたのだが
待ち合わせした場所(コースの右側)とは反対の沿道に着いたらしく、
そこにバイクを停めて、混雑する飯田橋駅の地下道を通って、
グルッと大迂回しながら反対側の沿道にたどり着いた時には、
既に私は走り去った後だったようだ。
手には、私に渡つつもでコンビニで買って来たバナナ1房(5本)と
ポカリの2Lボトルの入ったビニール袋を下げていたそうだ。(大笑)
彼はマラソンのなんたるかを全く理解していない。Hahaha…

そんなことはつゆ知らず、私は彼と会えなかったことで
ちょっと寂しい気持ちになりながら、飯田橋駅の角を大きく右に曲がった。

飯田橋で右に曲がって新目白通りに入る。
ここから真っ直ぐに皇居を目指す。
1km/7minのペースはほぼ維持できている。

沿道からは色んな声が聞こえて来る。
特定の個人に向けての応援もあり、不特定多数に向けての声援もある。
一番多いのは“がんばって~”という言葉だ。
ハイ、がんばりま~す。

皇居が見えてきた。
皇居に突き当たった竹橋の交差点の左手にある某新聞社のビル。
このビルの中には秘密のトイレがあるのだ。ヒヒヒ・・・
実は初フル塾のメンバーにだけ、塾長から事前に教えられていた。
まだ8km地点だが、膀胱と相談して早速お世話になることにする。
コースから外れ、ビルの中に入って用を足した。貸切状態。(笑)
下半身が軽くなって、気持ちも新たにまたレースに復帰。
ビルから出て、観客の間を抜けコーンをまたいでコースに戻る。

皇居前広場、二重橋交差点を過ぎて日比谷を目指す。
ちょっと身体が重く感じる。

この辺りで10km走とフルマラソンの選手のコースが分かれる。
10kmの選手は右側、フルマラソンの選手は左側。
皇居を過ぎて、日比谷公園の角で左に曲がって晴海通りに出る。
10km地点まであと少し。


その時・・・

不意に涙が溢れた。


なぜだか判らない。
理由もない。
まだ感動の涙を流すには早すぎるぞ。
何も達成していないぞ!

走りながら冷静に考えた。
何かを思い出したわけでもなく、何かを目撃したわけでもない。
何故涙が出てきたのか全く理由が判らない。
敢えて言うなら・・・加齢?
年を取ると涙もろくなるって云うしな。
4ヶ月間頑張って練習して来て、
今日のレースに出て、走っていること自体が嬉しかったのか…。

答えの出ないまま、日比谷交差点を右に曲がり、日比谷通りに出た。
そして、10km地点の関門を越えた。


42.195km Ⅲ,「日比谷~品川折り返し」 2011年03月10日12:20

日比谷の10kmの関門を越えた。
時計を見るとスタートの号砲から1時間37分もかかっている。
石原都知事の前を通過したのが確か15~16分後だったので
ネットタイムでも1時間22分が経過したことになる。
ここまでで二度トイレに行って、約12分のロスタイムだ。
それでも関門閉鎖まではまだ余裕があったので、
このまま7分/1kmのペースを維持して走ろう。

日比谷から一路品川を目指す。

やっぱり体が重い。咳も出る。
風邪のせいか・・・。
熱は無いし気持ちも元気なのだが、どうも体が怠い。
元気なのは気分が高揚しているからで、本当は違うのか。

気温が高くなってきて汗が出る。
水分補給をまめにする。
給水ポイントでは殆んど毎回のように立ち止まって、
美味しくないアミノバリューを二口~三口飲む。
某製薬会社のこのスポーツ飲料は、東京マラソンのオフィシャルドリンクなので
練習の時からこの不味い味に慣れるようにと、初フル塾で言われた。
以来、ドラッグストアで買って来て、練習時にはいつも飲んでいた。
おかげで不味い~とは感じなくなった。
でもやっぱり美味しくありません。

10km→11kmのラップタイムは7分20秒。
スピードが落ちてる。
少しあげてキロ7分までにしなければと思うが、
足というか、体というか、どうも全体的に体が重い。
スースー、ハッハッ、スースー、ハッハッ、
呼吸も意識的にしている感じ。
いつもはもっと楽に無意識の呼吸をしているのだが・・・

高いビルを過ぎて空が開けたなと思ったら、右手に東京タワーが姿を現した。
美しい。やはり大東京の象徴だ。
東京スカイツリーにその座をあけ渡したとしても、東京タワーは東京タワー。
でも昭和と平成、世代交代の感は否めない。
私たち昭和生まれは、こうやって徐々にフェードアウトしていくのかな・・・


<忙中閑話>
東京タワーが赤白に塗られています。
さっきスタート地点でバ~ン!とピストルを撃った石原都知事は、
「あんな紅白の塗装で品がない」と言ったとか言わなかったとか・・・
でも、あの塗装にはちゃんと訳があるのです。
航空法に昼間障害標識(ちゅうかんしょうがいひょうしき)と言う規定があって、
“高さ60メートル以上の煙突・鉄塔・骨組構造など、航空機の航行の安全に影響を及ぼすと
思われる物件などには、赤、または黄赤と白に塗り分けられた塗装をしなければならない”
と、航空法で定められているのです。(高光度航空障害灯等の設置施設は除外)
東京タワーが黄赤と白に塗り分けられているのは、このためなんですねぇ。


都知事は知らなかったのか?などと考えながら走っていると、
「やっちゃ~ん!」と右手から声が掛かった。

振り向くと、なんとそこには飛行機仲間のキャプテンnorthsanさんと
我がライト兄弟の弟、キャプテンFesta Riverさんの姿が!
二人の前を通り過ぎていたので、慌てて急ブレーキをかけ
ライトスティープターン(右急旋回)をして二人の元へ。
応援に来てくれるというのは聞いていたが、正確な場所を決めていなかったので
逢えるかどうか心配だったが、走っているのを見つけてもらって嬉しかった。
Festa Riverさんとハイタッチする。
northsanさんの一眼レフカメラに向かってポーズを取る。
元気をもらった。
「がんばりま~す!」
そう言いながら手を振ってまた走り出す。
応援はホンとに嬉しい。

ん? 待てよ。
二人の他に、もう一人自分を見て微笑んでる人がいたな。
しかも女性だった。
どこかで会ったような記憶が・・・・・・
確か竜ヶ崎飛行場のロビーでFesta Riverさんと一緒だったような・・・
フ~ム??? 二人はどういう関係なんだろぅ・・・
まあ、それより今はマラソンだ。

11km~13kmのラップが14分50秒。
スピードが落ちてる。
アップしなければ。
腹筋のチャックを締め直す。
前傾し、腕を振る。

“腹筋のチャック”
こあしす先生に教えてもらった体幹引き締め方だ。
ズボンのチャックを引き上げるような感じで、腹筋を引き締める。
そして体幹をしっかり維持して走る。

給水ポイントが見えてきた。
また水を飲む。
紙コップの飲み口をギュッと折ってつぶし
そこからグビグビっと飲む。
これ、走りながら飲む時のテクニック。
ちょっと覚えた知識をすぐにひけらかす悪い癖。^m^
ウンチクオヤジの嫌なところだ。

右手のイベント会場から和太鼓の音が聞こえて来る。
レース会場のあちこちで、ボランティア団体のパフォーマンスが行われているのだ。
高校の先輩の酔鯨さんが、ここで出演団体の写真を撮るとのことだったので
ちょうど今撮ってる最中だとしたら、会えなくて残念だ。

そろそろ塾長の待ってる地点に近づいてきた。
あ~居た居た、いや、居らっしゃった!
塾長の顔を見ると安心する。
yutapiiさんも一緒だ。
yutapiiさんは去年の東京マラソンのFINISHER。
当時は体重が100kg以上も有り、必死で20kgも減量して本番に臨み
時間制限ギリギリで見事に完走した、初フル塾の先輩ランナーだ。
yutapiiさんから塩キャンディを渡され、
塾長からは、その調子で行けば余裕で完走できるよとの言葉を頂き
またまた勇気が湧く。

聞けばiku☆ちゃんがまだ来ないとのこと。
あの元気娘がまだ通過してないとは、何かあったのだろうかと心配になる。

先を急ぎますんで、あっしゃあこれにて!
二人と別れ、品川の折り返し地点を目指す。
妻はここにも居なかった。
どこで待ってるのだろう?
ちょっと心配になる。


15km地点を通過。
頑張った甲斐あって、ペースが7分/kmに上がった。

品川の折り返し地点まで来た。
コースの外側は大観衆だ。なかなか気分が良い。
『折り返し』と書いてある大きな円柱を
左手で軽く触りながらぐるっと回る。
体に感触を残すことで、このレースに参加していることを実感し、
その実感を思い出の引き出しに仕舞いこむ。
さあ、今度はまた日比谷を目指すぞ。

走りながら二週間前の日曜日を思い出す。
気温2℃、雪の降った寒い寒い日。
初フル塾の練習会は雪のため中止となってしまったが、
せっかくの試走会だからと、私は同じ塾生で50歳代のsam4649さんと待ち合わせて
オッサン二人だけで、この寒くて雪の降る日比谷~品川コースを試走した。
降りかかる雪と汗と鼻水で顔はぐしゃぐしゃになり、指先はかじかみ、
長めの信号待ちで、すぐに体が冷えた。
そんなコンディションの中、
「これで雪や霙のシミュレーションはできたし、寒さ対策はバッチリですね。」
と、走りながら二人で顔を見合わせて笑った。
しか~し、
そのシミュレーションは全くもって無駄となり、今日は気温16℃の暑さ。
熱中症対策が必要なぐらいだ。
こりゃ全くもって想定もしてなかった天候になったなと、走りながら苦笑。

あの雪中の試走で・・・風邪をひいた。


次の給水地点で、一旦止まってアミノバリューを、グビリ、グビリ。
ついでに中央分離帯のガードレールを利用して、初めてストレッチをする。
太股の前と後、アキレス腱を伸ばす。膝の屈伸運動。
うわー、上体もガチガチに硬くなっていた。もっとリラックスしなくては。
肩の力を抜き、首を回し、腕をグルグル回す。肩甲骨周りを伸ばしてほぐす。
そしてまた走りだした。
気温が高いので汗もかくが、水分補給をしていると、どうしてもトイレが近くなる。
カカツドーボーコーのせいだ。

ふと反対車線を見ると、なんと赤色等を回転させたパトカーの後に数台の黄色いバスが。
ゲッ!はとバスじゃね~か。
もうそんな後に迫って来てたのか。品川往復だから、距離にすると多分5kmぐらいか。
バスの中には数人のランナーが、回収、いや収容されていた。
自分はあそこに乗るのは嫌だ。イヤだ!イヤだ!
絶対にはとバスに負けずに走るぞ!

ペースは維持できているが、少し息もアガッている。

右手に【トイレ→】の赤い文字が見えた。
臨時の仮設トイレではなく、公衆トイレのようだ。
見るとそんなに行列ができていない。
よし、ピットインするぞ!
1人だけ並んでいたが、直ぐに入れた。
トイレから出たところで、腰のポシェットから携帯電話を取り出し、妻に電話を入れる。
呼び出し音と、自分のハァ~ハァ~と言う息使いが聴こえる。
「ただいま電話に出ることができません。ピーっと鳴ったら・・・」
どこに居るんだよ、まったくぅ!
不安になる。
でも、きっと次の応援ポイントで待っててくれるだろう。
そう思いなおしてコースに戻る。
頭の中のBGMは「トゥルース♪」だ。
レースに復帰してまた走り出す。


20km地点の表示が見えてきた。
ここまで思ったより時間がかかった。
途中三回もトイレに行ったし、いつもは何ともない7分/1kmのペースが
今日は苦しく感じる。
こんな筈ではないのにという焦りと、完走できるのだろうか
足が攣ったらどうしようかという不安な気持ちが、一時にどっと襲ってくる。

でもこの足を止めなければゴールには一歩一歩近づく。
今の時点では実感できないけれど、頭では理解できてる。
その証に20kmまでは走って来れたじゃないか。残り22.195kmだ。
想定していたよりも苦しいけれど、まだ心は折れていない。
もっと先へ、そのまた先へ行きたいという強い思いがある。
折れない心、ブレない心、焦らない心、こあしす先生がくれた言葉だ。(あ、言っちゃった)
今日のこの東京マラソンを絶対に完走したくて練習してきたのだから。
大丈夫。しっかりと気持ちを持っていれば、苦しさには勝てる。
練習は嘘をつかない!
怖いのは怪我だけだ。
足の痙攣は不安だが、今それを心配してもしょうがない。
焦ってもしょうがない。

妻に逢えないのもちょっと不安。

心の中で自分とそんなやりとりをながら、
私はレースの半分近くを・・・

    走り終えようとしていた。

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42.195km Ⅳ,「銀座~浅草折り返し」 2011年03月30日11:29

20km地点を通過した時、時計は12時02分を指していた。
スタートしてから3時間近く経過している。
トップのランナーはとっくにゴールして、
今頃は表彰式が行われているんだろうな。

この時はあれこれ考え事をしながら走っていたせいか、
周りの景色の記憶があまりない。
覚えているのは、左前方を2人組の女性ランナーが、
頭にベールを被り、短めのウェディングドレス風衣装に身を包んで、
走っていたことくらいだ。
沿道から「カワイイ~♪」という声がよく聞こえていた。

あ!もう一つ思い出した!
神様が居たんだ。
いや、正確には神様のような格好をしたランナーが走っていた。
自分の体より大きな十字架を背負い、ゴルゴダの丘へ曳かれて行く
イエス・キリストの格好を模したランナーが、沿道から嬌声と歓声を受けながら
黙々と走っていた。
前かがみのその背中には、苦悩と哀れみが漂い、
長く延びたボサボサの髪の毛(カツラ)で、顔はよく見えなかった。
きっと苦渋に満ちた表情をしているのだろう。
彼は今日のレースに出場した我々ランナー全員の罪を一身に背負い
その罪を購う為に、あの重い十字架を肩に食い込ませながら、
ゴールまで曳かれて行くのだろうか。
心で十字を切り、感謝の言葉を唱えがなら、
私は神を追い越して行く。アーメン。
(基督教信者さん、こんな彼と私を許してください。
 決して神を冒涜しているわけではありませんから。)


20㎞地点を過ぎると、日比谷公園が今度は左手に見えてきた。
後で知ったが、妻はこの先に居たらしい。
新宿から楽走組の人たちと10㎞地点の内幸町の応援ポイントに着いたが、
私は既にそこを過ぎてしまっていたようで、
地下道を使って反対車線に渡り、20㎞ポイントで待ち構えていたようだ。
うつむき加減に黙々と走る私の姿を見つけて、沿道から名前を呼んだらしいのだが、
その声は私の耳には届かなかった。

体調不良、足の不安、妻に会えない不安と戦いながら、
私は走っていた。


日比谷の交差点まで戻ってくると、「やっちゃ~ん!」と呼ぶ声。
その方を見ると、新宿で見送ってくれた和太鼓チームのメンバーが、
地下鉄で日比谷まで移動して応援に来てくれていた。
「おぉ、ありがとう!」
駆け寄って皆にハイタッチする。
「次は浅草で待ってますからね。」と言うので
頑張るよ!と応えて、また走り出す。
応援する方も、あちこち東京見物ができて楽しそうだ。(笑)

日比谷交差点で大きく右に曲がって、晴海通りに入る。
左手の有楽町駅前を通過すれば、いよいよコースの中間点(21.0975㎞)。
中間点と書かれた掲示板の横を走り過ぎながら、
「よし、練習は終わった。ここからレース本番だ!」そう心で呟いた。

1ヶ月前に催された30㎞練習会。
塾長のQooさんから
「20㎞までは練習、20㎞過ぎてからがレース本番だと思って。」と言われた。
気負いすぎてハイペースになると後が続かない。
マラソンは30㎞と12㎞の二つのレースであって、
30km過ぎてからは全く別次元のものだそうだ。
実際テレビのマラソン中継でも、一流選手が少しづつ遅れてくるのが
この辺りからだ。
その意味するものは、容易に想像がつく。
前半は抑えた均一ペースで走り、後半につなげるように。
その指示を守ってここまでは抑えて走って来た。
いや抑えてと言うのは嘘だな。
思いのほかコンディションが悪く、いつものペース(7分/㎞)が維持できていない。
しかしこのままのペースで、淡々と行けるところまでは行くつもりだ。
できればゴールまで行きたい。
いや何としてもゴールするぞ。


銀座4丁目の交差点を左に曲がり、銀座通りに入る。
ここから東京マラソンのハイライトコースだ。
左右の沿道は溢れんばかりの観衆。
あちこちから歓声や声援が聞こえる。
東京マラソンの晴れ舞台だ。

ふと見ると、アンパンで有名な木村屋総本店の前で、
次期都知事選に立候補したわたみチェーンの前会長の渡辺美樹氏が、
手を振ってランナーに声援を送っている。
もう選挙活動かよ?
私は歩道よりを走っていたので、前のランナーに続いて流れで
そのままハイタッチして通り過ぎる。
テレビで見るよりなかなかオーラがあるな。
都知事選ではどの程度の指示を得るだろうか。
東国原氏や松沢成文氏よりは得票数が多そうだが、
石原都知事が4選出馬するとなると・・・

などと選挙のことを考えながら走っていると、
前方で多くのランナーが何かに群がっているのが見えた。

あ、補給食だ!
コースの半ばに過ぎに設置してあるオフィシャルの給食AIDだ。
ハンガーノックダウン(腹減ってもうダメぇ・・・てこと)にならないように
バナナ・アンパン・チョコパン・レーズンなどが大きなバットに山積みされて
ランナーに提供されている。
一口大にカットされたバナナは、ビニールの衛星手袋をはめたボランティアスタッフが
次々に手を差し出すランナーに1~2個づつ渡していく。
私も左手のグローブを外して、バナナを戴いた。
予めカットして置いてあったせいか、かなり柔らかくなっていて
手がベトベトになったが、そんなの関係ね~と、ポイっと口に放り込む。
甘くて美味しい。もう二つ貰った。
これもパクリ、ムシャムシャゴックン。

次はチョコパン。
一口サイズの小さなパンなので、二口で食べ終わる。
おいしい!
もう一個ちょうだい。
お水が欲しいな。
あ、隣に給水所もあるぞ。
至れり尽くせりだ。
まあ高いエントリーフィー(壱萬円)払ってるし、
これ位のサービスはして貰わないとな。
そうだ、レーズンもクイックエネルギー食だから、ついでに貰っとこ。
手袋をした女性ボランティアの人に、一握り手のひらに載せてもらって、
口にガバッと放り込む。
おお、カリフォルニアの太陽の味だぜい。

人間、栄養を摂ると元気が出るのを実感した。
気分転換にもなり、力が沸いてくるような気がした。
実際に力は沸いて来るのだが、それにはもう少しタイムラグがあるはず。
でも気は心で、食った途端に元気が出た。

立ち止まって食べている間に、息も落ち着き、再び走り出すと足が軽い。
ような気がした。
周りの沢山のランナーも、今のAIDで鋭気を取り戻したようだ。

23km地点でラップを見ると、まだ㌔7分ちょっとをキープしている。
よし、このままのペースを維持して走ろう。
スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ

対向車線を見ると、浅草を折り返してきたランナーが大勢走っている。
ひと際大きな歓声が聞こえる。
どうやら人気のタレントさんが走っているようだ。
東京マラソンには毎年タレントや人気アナウンサーが出場するが
あの選手枠は別なのだろうか?

銀座一丁目を過ぎ、京橋も過ぎて、永代通りまで来た。
ここを右折すると日本橋。永代通りの上下線をランナーが独占。
普通では考えられない光景だ。
日本橋交差点を超えて茅場町で左折した。
証券会社に勤める息子の会社の本社ビルがある。
そう言えば、夕べ盛岡に住む息子からメールが届いていたな・・・。
たった一行、「オヤジ、明日がんばって」
ありがとよ。
オヤジは頑張ってるぞ。

茅場橋のアーチを越える時に、両足の太股がかなり張って来た。
疲れが溜まって筋肉が硬くなったのだろう。
痙攣が起きてしまうと、痛みで走れなくなるので、
足が攣る前にストレッチをしておこう。

アーチ状の茅場橋を渡り終えたところで、立ち止まって深呼吸をする。
ガードレールを掴んでストレッチをする。
膝の屈伸運動をすると、太股の筋肉が軋む。痛テテテ・・・
内転筋が攣りそうになって、慌てて太股を伸ばす。
ヤバかった。
攣ったら大変だ。同じところが何度も攣って、走れなくなってしまう。

私の筋肉は殆んどが白身(瞬発系の速筋)だ。
長距離走に適した赤身(持久系の遅筋)の筋肉が少ない。
筋肉の量は普通の人と比較してもかなり多いと思うが、
その筋肉の質は、マラソンには全く適していない。
瞬間的に強い力は出るが、乳酸が溜まりやすく、長時間の使用には向かない。
そんな筋肉をたった4ヶ月では改造できないし、新しく作ることもできない。
この4ヶ月で400km以上走り込み、長距離を走れる足を作ってきた。
しかし4ヶ月では足りなかった。
普通は最低でも1年はかけて、マラソンを走れる身体を作るのだという。
マラソンを走る足は簡単には作れない。
マラソンは甘くない。

タイムを気にせず、少し長い時間をかけてしっかりストレッチをしようと思っていると
「大丈夫?」と後から声をかけられた。
思わず振り向くと、のオレンジ色の忍者が、足踏みをしながら心配そうにこっちを覗き込んでいる。
樂走組先輩ランナーのいっちーさんだ。

人気キャラのスティッチを頭に載せ、オレンジ色の忍者装束に身を包み、
覆面をしてサングラスをかけたいっちーさん、
足元もオレンジ色のランニングシューズでコーディネイトしたある。
たまたま傍を通りかかって、楽走のTシャツを見て声をかけてくれたようだ。
足が攣りそうなので、ストレッチをやってるところですと伝える。
がんばってねと声を掛けてくれて、いっちーさんはまた走って行った。
確か私より二つ三つ年上だが、あの衣装でフルマラソンを走りきるなんて
すごいなぁ。

アキレス腱、脹脛、大腿四頭筋、ハムストリング、内転筋、大臀筋、
股関節、僧帽筋、広背筋、三角筋、上腕三頭筋、
下肢から上肢に向かってストレッチをして行く。
各所の筋肉をしっかり伸ばし、最後に首のストレッチをして完了。
だいぶ軽くなったので、また走り始めた。


浅草コースに入ってから、沿道の私設エイドが急に増えたように感じた。
下町人情の顕れ?
チョコレートやキャンディー、カットしたレモンやグレープフルーツを
トレーに載せて提供してくれる女性や、
テーブルの上にお菓子類をたくさん並べて、
「がんばってネ~、食べてってくださ~い」と呼びかける人
パンケーキ、人形焼、丸カステラ、キャンディ、氷砂糖、
おにぎり、ビスケット、バナナ、パイナップル、コーヒー、
お味噌汁、お汁粉、挙句の果てにホットワイン、
極めつけはビール、日本酒、焼酎! 何でもある。(笑)
聞けば、カレーやお茶漬けも提供されていたとか。
この沿道の私設エイドも、東京マラソンの風物詩の一つだ。

私も走りながら、チョコレート、丸カステラ、人形焼、
そしてカットしたレモンを戴いた。
その都度がんばってと声をかけられ、お礼を言いながらありがたく戴く。
レモンの酸っぱさを味わいながら走っていると、右手に明治座が見えて来た。
そうだ、復路はあそこでお汁粉サービスをやってると言うmixiのトピを思い出した。
折り返してきたら、お汁粉もらうぞ~。
私はお汁粉やぜんざいが大好物。
「わたしの血管にはワインが流れているの。」と言った女優がいたが、
私の体の中にはアンコがいっぱい詰まっているのだ。
アンコのアの字をウに変えて・・・あ!マズい。失言!
一字違うと大変なことになる。(~_~;)


25km地点を越えた。1kmのラップはまあまあ。
しかしストレッチに時間をかけ過ぎたせいか、5kmで39分かかっている。

ふと見ると、そんなの関係ねぇ~の小島よしおがコース端でストレッチをしている。
もう1人のお笑いタレントと、一緒に参加しているようだ。
顔は真剣だった。
でも今日は定番衣装のパンツ一丁じゃないな。
ちゃんとランニング着て、ゼッケン着けてる。
顔は・・・濃いなぁ!

浅草橋駅の高架橋をくぐり、暫く走ると、やっと正面に雷門が見えてきた。
ものすごい観客の数だ。
警備の警察官やコース要員が、事故や怪我がないように
あちこちで誘導している。
コース両脇は大観衆で埋め尽くされている。
ランナーに浅草コースが人気が有るのが解るような気がする。

その時雷門の方から大声で私の名前を呼ぶ声。
さっきの太鼓チームがまたまた移動して応援にかけつけてくれていた。
ありがたい!うれしい!
沿道とコースはコーンで仕切られて距離があったので、ハイタッチせず
大きく手を振って「ありがと~!」と声を掛けてそのまま走り過ぎる。

雷門に突き当たって右に直角に折れると、隅田川の向こうに
ドッカ~ンと東京スカイツリーが見えた。
周りのランナー達からも「おお、東京スカイツリーだ!」と歓声が上がる。
立ち止まって携帯で写メを撮っているランナーもいる。
スカイツリーをバックに、記念写真を撮り合ってるランナー達もいる。

私は撮らなかった。
今日はケータイの写メを封印した。
レースに集中したかったからだ。
(だからこの日記にも当日の写真が掲載できない)
でも心のメモリーカードには、このレースのどの場面もどの情景も
しっかりとインプットしてある。

いつもはセスナで飛びながら、空から見下ろしている東京スカイツリー。
下から見ると高く聳え立っている。天辺の高さはもう600m近い。
600mと言えば2000フィート、いつも都心を飛んでる位の高度だ。
展望台からは、空を飛ぶ飛行機が下に見えるかも。
こんな厳しい時代だけれど、高く立ち上がって、日本を、日本人の心を、
強く導いていってくれよ!

スカイツリーに別れを告げ、雷門前のコの字型コースを折り返して、
再び銀座を目指す。

10mくらい前を二人の仮装ランナーが走っていた。
沿道からは「ルパ~ン!ゼニガタ~!」の声援が。
アニメのルパン三世が銭形警部に逮捕されて、手錠を掛けられている。
つまり、二人のランナーが仮装して、お互いを手錠で繋いで走っているのである。
東京マラソンを楽しんでるなぁ。
でもしんどそう。(途中で追い越したが、マジでしんどそうだった)

30kmの看板が見えてきた。
さあ、ここからは未知の世界だ。

走ったことのない距離。不安がいっぱいだ。
でも残りはあと12km。
こうなったら這ってでもゴールまで行くぞ。

その前に、お汁粉エイドだ。^m^
明治座の手前でお汁粉サービスをやっていたので、さっそく戴く。
冷たいお汁粉。
ちょっと薄めの味だが、なかなか美味しい。
この私設エイドは、東京マラソンの抽選に落ちた人たちが、
有志で集まってやっているとのこと。
紙コップを返しながら、ご馳走様とお礼を言った。
その隣にしゃがれ声で声援を送る数人の男子がいる。
「俺たちの分まで頑張って走ってくれよ~!」
「俺たち、走りたくても走れねえんだからよ!」
「せっかく当選したんだから、最後まで頑張れ~!」

おう、皆さんの分までがんばって走るよ。
アタタタ…走り出した途端にまた足が攣りそうになった。
立ち止まってガードレールに足を乗せ、太股の裏側を伸ばす。
足を替えて、また伸ばす。
今度は膝の屈伸をする。

しまった、攣った!!
ストレッチが引き金になって、左足の内転筋が攣ってしまった。
雑巾を絞るように筋肉が収縮して、鋭い痛みが走る。
痛テテテ!
思わず呻いて腰をかがめる。両手で左太股をつかむ。
ガードレールの内側から、大丈夫ですかと観客の人が声を掛けてくれる。
首を立てに振りながら、大丈夫ですと応えながらも、
サングラスの下の顔は歪む。
攣った方の足を伸ばしながら暫く我慢していると、
少しづつ痛みが薄らいできた。
右足の内転筋もプルプルしている。
こっちも着火寸前。
ガードレールに寄りかかり、足を浮かせ気味にして、
筋肉への負担を軽減させる。
ここで攣ると先が思いやられるなあ。

でも歩きたくはない。
最後まで“走って”フィニッシュしたい。

やっと痙攣が治まったので、恐る恐る走り始める。
大丈夫そうだ。足は前に動く。

ゆっくりと走り出したところで
「Nさ~ん!」と大きな声で呼び止められた。
ふと見ると友人のM君が手を振っている。
ああM君だ、応援に来てくれたんだ。
「足つっちゃってさあ、痛くて痛くて。」というと
リュックから直ぐにコールドスプレーを出して、両足に吹きかけてくれた。
冷たい! 
あ~気持ちがいい。 

M君一家とは家族ぐるみの付き合い。
彼は私立小学校の先生で、毎日学校まで走って通っている。
100㎞マラソンにも出場するような、スーパーランナーだ。
東京マラソンに当選した時、出場するかどうか彼に相談したら、
出なきゃダメですよと即言われた。
それからマラソンについて色々とレクチャーしてくれて、
1ヶ月前の横田基地のハーフマラソンにも一緒に出場した。
奥さんも一緒に、三人で完走した。あのレースの経験は大きい。
今日のレースを走っているのも、彼の言った一言が引き金だ。
「Nさんなら、できる!」
おけげで、こんな苦しい思いをしてるよ。

コールドスプレーの冷たさで足の痛みが薄らいだ。
お礼を言い、握手して走り出す。
彼は歩道を併走してくれる。
その先にN君の奥さんも待っていてくれた。
私の名前を呼んで手を振ってくれる。
ありがとう。嬉しい。
「Aっちゃん、ありがとう!」
ハイタッチして元気を貰う。
二人にお礼を言って、再び走り始めた。

浜町まで来た。
この辺りで樂走組の人たちが待機しててくれる筈だが・・・

その時、「やっちゃーん!」と聞き慣れた声。
沿道を見れば、妻が笑顔で手を振っている。
おぉ、愛しのカアちゃん、やっと逢えた!
両手でハイタッチ。
荒い呼吸の下から「どこに居たの?捜したんだよ。」とちょっと愚痴る。
「楽走組の人たちと一緒に、新宿や日比谷で応援してたわよ。」と言う。
私の方が全く気づかなかったようだ。
でも逢えて良かった。(^^)
妻の笑顔を見ると元気が出る。
私はこの笑顔が好きなのだ。
直ぐ手前でM君夫婦が応援してくれたことなどを簡単に話し
ぜったいに完走するからなと言った。
傍には夢樂堂さんやpandoraさnを始め、楽走組の先輩たちも沢山いて
「ガンバレ!ガンバレ!」と応援してくれる。
ありがたい。

ゴールまで残り10数キロ。
ヨ~シ、行くで!

マラソンは30㎞を過ぎてから。
その先の未知の世界に向かって・・・また私は走り出した。



42.195km Ⅴ,「30㎞~ウォーターフロントコース」 2011年03月30日11:50

友人、樂走組の人達、そして妻の応援に心を強くした私は
再びゴールに向かって走り出した。

30kmを過ぎると、足が急に動かなくなる・・・
マラソン経験のある多くのランナーが、皆口を揃えてそう言う。
今まさにその状況下に自分はあった。
足は25kmあたりから既に重たい。
また痙攣が襲ってこないかと、不安を抱きながら走っている。
これからゴールまでの十数キロは自分との戦いだ。
自分の弱い弱い心との戦いだ。


沿道の応援はまだまだ途切れない。
走り過ぎるランナーに向かって、大きな声でずっと応援してくれている。
これまでに既に3万人以上のランナーが通り過ぎただろう。
そして私の後ろにも、まだ数千人のランナーが頑張っている筈だ。
最後のランナーが走り過ぎるまで、その応援は途切れることはないだろう。
そして最後のランナーの、その後には・・・
あの黄色いはとバス(ランナー回収車)が、パトライトを点灯させた
パトカーに先導されて、
静々と迫ってくるのだ。
嫌だ、嫌だ。


東京マラソンは他の大会とは違うということをよく聞かされる。
それはこの沿道の応援と、オフィシャルの充実なのだそうだ。
こうやって走っていると、それがよくわかる。
ボランティアで参加している大会スタッフは、礼儀正しく親切で心配りがすごい。
誰もが笑顔で、心から応援の声を掛けてくれる。
それもランナーひとりひとりに。
そしてこの沿道の大観衆。
走っている間、全く途切れることなく応援の声が聞こえてくる。

お母さんに抱っこされた小さな子供が、ちっちゃな手でバイバイしながら
「ガンバレ~」と言う。
うん、おじちゃんはがんばるぞ。いや、おじいちゃんか。
家にもあんな孫が、早く欲しいな~♪

更に大会を盛り上げるのは、あちこちの特設会場でやっている応援パフォーマンス。
市ヶ谷の防衛庁正門前では自衛隊音楽隊の演奏に励まされた。
飯田橋駅前では和太鼓演奏で心が躍った。
三田では華やかなフラダンス、品川では元気なキッズダンス。
会場付近の沿道では、出演を終えた団体が、衣装のまま大声で声援を送ってくれる。
人形町ではゴスペルが聴こえた。美しい声だった。
雷門ではお囃子も聴こえてきた。下町の雰囲気満点だ。
こんなにあちこちでパフォーマンスをしてランナーを励ましてくれる大会は、
他には無いだろう。
私は初めてマラソン大会に出場したが、東京マラソンが特別だと云われる所以が
よく解るような気がする。
初めて走るマラソン大会が、東京マラソンで本当に良かったと思う。
まだ終わってないけど・・・

左足の親指の付け根が、着地する度にズキンズキンと痛い。
両足の土踏まずにも痛みがある。
しかし爆弾の左膝は今日は全く痛くない。ありがたい。
このまま痛みが出ないで欲しい。

再び茅場橋に戻って来た。
ここが32km地点。残り10.195kmだ。
km表示の看板前で一旦立ち止まって、またストレッチ。
急にやるとまた痙攣を誘発するので、少しづつ足の感じを確かめながら
時間をかけて筋肉を伸ばす。
両腿の脇のスジはガチガチに硬くなっている。
上から下まで親指で何度も押す。
内側の内転筋を揉んでほぐす。
アキレス腱を伸ばし、脹脛を伸ばし、太股の前側、後ろ側を伸ばす。
前後屈をする。ああ、体が硬い。鉄板のようだ。
両腕も、首のスジも、しっかり伸ばしておく。

周りにも多くのランナーが立ち止まってストレッチをしていた。
コース脇にトイレの表示が見えたが、不思議と尿意はない。
前半の切迫感が嘘のようだ。
カカツドーボーコーはどこに行ったのだろう?
もう体内には不要な水分が無いのだろう。
あとは給水と発汗がうまくローテートしてくれれば
ゴールまでトイレに行く必要もなさそうだ。

たっぷりと時間をかけて筋肉をほぐし、再び走り始める。
時計を見るとスタートしてから4時間30分経過。
ペースは7分~7分30秒/㎞ぐらいか。
途中で何度も立ち止まってストレッチに時間を費やすので、
正確なペースは判らない。
でも呼吸のリズムは変わってないので、走るスピードは
一定に保たれているように思える。
問題はストライドだな。
疲れで徐々に歩幅が短くなってきているかも知れない。

永代通りから銀座通りへ入り、33km地点を通過。
右手に東京駅が見える。
3年前の東京マラソンで、塾長のQooさんは疲労骨折の為に
ここでリタイアした。
きっと悔しかったに違いない。
私は今その場所を、立ち止まることなく走り過ぎる。
塾長の悔しい思いをこの足でゴールへ運ぶために。

再び銀座の街並みに入って来た。
一丁目~四丁目と銀座通りの両サイドは人の群れが続く。
ランナーも道一杯に広がって走っていく。
もう反対車線にランナーの姿はない。
沿道は多くの観衆が溢れ、手を振ったり声をかけたりして応援をしている。
四丁目の交差点の手前でコースが大きく右に寄せられた。
おっとっと・・・
沿道の観客が溢れたためにコースを湾曲させたのだろうが、
急にコースを曲げられると、走ってる方はリズムを崩されて
大きな負担を感じる。
長距離走はリズムがとても大切なんだ。

銀座四丁目の三越デパートの角を大きく膨らみながら、
ランナー達は左に曲がっていく。
ここで浅草コースはここまで。
晴海通りに入ると、いよいよ有明のゴールを目指す
ウォーターフロントのコースに入る。

風はアゲインスト。
飛行機の離着陸にはもってこいだが、ランには真逆。
フォローの風が欲しい。心底思う。
疲れた体に向かい風は辛い。
体も足も全部が重たい。

工事中の歌舞伎座の前で、歌舞伎の連獅子の格好をした人がいた。
この人知ってるぞ。
東京マラソンのパンフレットに出てた人だ。
毎年歌舞伎座の前で、歌舞伎の格好で応援している名物応援者さん。
「がんばっでぐだざ~い・・・」
なんと、声がガラガラ。
何時間もここで、ランナーに向かって叫んでるんだろうな。
ありがとう!
彼とハイタッチしてエネルギーもらった。

晴海通りを少し行くと程なく築地四丁目の交差点。
ここを左に曲がって本願寺の先が35㎞地点。
その先にある給水所で立ち止まり、スポーツドリンクを受け取る。
ポシェットから塩のタブレットを出し、口にポンッと放り込む。
カリカリポリポリ噛み砕き、アミノバリューと一緒にゴックン。
塩分補給は完了。

そしてこのコースの先にあるものを考え、もう一度しっかりストレッチをする。
この先の角を右に曲がると、
そこにはコース最大の難所、佃大橋がド~ンと立ち塞がっているのだ。
隅田川に掛かる長さ500mの大橋。
ビル4階の高さまでを100mで登らなければならない。
この坂が、ここまで35kmを走ってきたランナーには辛い。
「なんだよコレ!」って文句を言いたくなる。
多くのランナーが歩いてしまう箇所だ。
さらにその先にも、水路や国道に掛かる架橋のアップダウンが連続して有る。
よく考えられている、イジメのコース設定だ。(苦笑)

私は練習で試走した時から、
ここは絶対に歩かないで走って登るぞと心に決めていた。
橋梁にかかる手前で「行くで!」と気合を入れ直し、坂を駆け登った。
ピッチは変えず歩幅を狭くして、同じリズムで登る。
スッスッ、ハァー、スッスッ、ハァー、スッスッ、ハァー、スッスッ、ハァー 
絶対止まらないぞ! 
スッスッ、ハァー、スッスッ、ハァー、ハー、スッスッ、ハー、ハー
体を前に倒し、夢中で腕を振る。
スー、ハー、スー、ハー、スッスッ、ハー、スー、ハー 
絶対歩かない!
スー、ハー、スー、ハー、スッスッ、ハー、スー、ハー、
スロープの頂上が見えてきた。
ハァー、ハァー、ハァー、ヒィー ハァー、ハァー
苦しい・・・
よ~~~し、登った!
心臓バクバク・・・
でも苦しいけれど・・・気分はよかった。

私のすぐ横を、やはり歩かずに走り登って来た40代ぐらいの女性ランナーがいた。
登りきったところで「ハー、のぼったぁー」と言うつぶやきが聞こえた。
併走しながら彼女に「走って登りましたね!やりましたね!」と言うと
「はい!」と嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「あともう少しだから、がんばりましょうね!」と言い、前に向き直る。
今の言葉は、自分にかけた言葉でもある。

行く手は幅の広い直線道路。
月島を越えて朝潮橋まで、1000m真っ直ぐに続いている。
この辺りは沿道の観客も少なくない。
ランナーは横に大きく広がって、全員が有明のゴールに向かって進んでいく。
走っている人、歩いている人、止まってストレッチしている人。
ここまで来ると、ヘラヘラ笑っていられる余裕のあるランナーはそう居ない。
皆、疲れや痛みと戦いながら一生懸命走っている。

橋の上は風が強い。
太陽は少し西に傾いている。
右手には跳ね橋で有名な勝鬨橋が見えた。
練習でコース試走をした時、ここら辺りを走りながら、
マイミクのあべちゃんやエス子さんたちと
疲れたときには大福餅がいいよねぇなんて会話をしたっけな。
豆大福、食いてぇ!

スッスッ ハー スッスッ ハー
ペースが落ちて来ている。
足が疲れて、歩幅が狭くなっているのが自分でもわかる。
太股が重くて上がらない。足が前に出ない。
体が重い。背中はパンパンだ。
走りながら両肩をグルグル回し、両腕を前に伸ばして肩甲骨を伸ばす。
首をカクカク鳴らす。


左の沿道に立って、こっちにプラカードを差し出す女性が見えた。
プラカードに書いてある文字を読む。

「辛いのは気のせいです」

マジかよ!
そういえば、去年走った人が、
佃大橋のところで「足が痛いのは気のせいです!」って叫んでる女性が
居たとか言ってたな。
きっとこの人だ。
ツボを得ている。(笑)
そうか、この辛さは気のせいか。
心で笑いながら、顔は引きつりながら、私は走る。


37kmの地点表示の向うに、“あと5km”の看板が見えた。
“あと5km”か。
練習を始めた頃…
父親の入所している介護施設が、自宅からちょうど5kmの所だったので
練習がてら一度走って行ったことがある。
その時のことを思い出した。
オヤジの顔も思い浮かべた。
倒れてもう8年になる。
脳梗塞で半身不随。要介護度5だ。
色々あって自宅では介護してやれない。

昨日見舞った時に「明日、東京マラソン走るんだ。」と言うと
「ムリはするなよ」と気遣ってくれた。
父親の所まで5km、ゴールもあと5km。
オヤジ、待っててくれ。
必ずそこ(ゴール)に行くから!


42.195km Ⅵ,「栄光のゴールへ」 2011年03月30日11:59

右手の沿道から大きな拡声器で音楽が聞こえてきた
ZARDの「負けないで♪」だ。
負けないで もうすこし 最後まで走りぬけて~♪
負けないで ほらそこに ゴールは近づいてる~♪
応援ソングの定番。
でも勇気付けられる歌詞だ。
サビの部分が頭の中で何度もリフレインする。

長い直線コースがが終わり、突き当りを左に折れると今度は晴海橋。
橋いは必ずと言っていいほどアーチがある。
このアーチが思いの外ダメージをもたらす。
橋を渡りながら左の彼方を見ると、隅田川の向うに東京スカイツリーが見えた。
浅草で見た時よりかなり小さくなっている。
それだけの距離を走って来たということだ。

また太股が攣りそうになって、立ち止まった。
太股の裏を念入りに伸ばす。
もう時計はあまり見ない。
ここからは時間との戦いより、怪我や痙攣との戦いだ。
少し耳鳴りがする。
酸素不足かなぁ。
気分転換に上体のストレッチもした。
再び走り始める。
しかし、この時がきつかった。
体がめちゃくちゃに重い。
始動するのにものすごくエネルギーが要る。
歩きたいのを我慢して、体を前に倒し気味にして
地球の力を借りて走り出した。

俺は歩かん!
ぜったい歩かん!

完走すると自分に誓ったから。
完走とは完全に走りきること。
歩いたら完歩になる。
初フル塾の塾是、樂走組のキャッチフレーズ、
<歩くな、走れ!>
くそ~!キツイぜよ。

アタタタ・・・
走り出したら、オッパイが痛い。
乳首がTシャツに擦れて痛いのだ。
話には聞いていたが、体験するのは初めて。
でも練習で一度も痛くなったことなどなかったので、
ワセリンも塗ってないし、ニプレスも貼ってない。
まあちょっとチクチクするぐらいだから、あまり気にせずに行こう。

晴海橋を渡って右折すると、隅田川が東京湾に流れ込む場所に作られた埋立地、
豊洲の街に入る。
また沿道の観客が増えた。
晴海通り沿いに、給水所、トイレ、パフォーマンス特設舞台、
そして38㎞地点の関門と続く。
この関門が最後の関門だ。
ここを過ぎるとコースを遮断されることはなくなり、
走っちゃダメ~と係員に止められることもなくなる。
よし、最後の関門は通過した。

しかし、キツイな~
マジに苦しい。しんどい。
これが未知なるフルマラソンの世界か。
練習で32kmは走ったが、その先の辛さは想像を遥かに超えていた。
残り5kmを切ってからは、更に苦しさが増した。
足が鉛のように重い。
もう周りを見る余裕もなくなって来た。

その時沿道から割りと小さな声で「がんばれ~がんばれ~」という声。
走るランナーへ、取り敢えず声を出して応援しているといった感じの女性の声。
(そうではなかったのかも知れませんが…)
その声を耳にした時、私はブチン!とキレそうになった。
がんばってるのに、がんばってと言うな!

人間、本当にがんばってる時に、うわべだけの応援でがんばれと言われると
ものすごく腹が立つことを、身をもって知った。
苦しい時に、一生懸命がんばってる時に、がんばってと言ってはいけない。
苦しいのを解ってあげれば良いのだ。
苦しいのをわかってもらえれば、もうちょっと頑張れる。
頑張ってるねー、ガンバローと、言ってあげれば良いのだ。
一緒に分かち合って欲しいのだ。

暫くすると怒りが静まってきた。
ああ!俺はなんて小人なんだ。
なんという凡夫なのだ。
せっかく応援してくれているのに、了見の狭い奴だ。
ゴメンさない、応援してくれた人。
本当にゴメンなさい。
がんばってゴールまで辿り着きます。

その時「楽走~!がんばれ~!」の声。
応援してくれたのは誰だろう?
体を捻って声のした方を見ると、幟を持った袴姿のイケメン男子。
初フル塾の練習によく付き合ってくれた、楽走メンバーの欄さんだ。
彼は大学の後輩で、箱根駅伝で母校が優勝した時の陸上部在籍メンバー。
疲れで声が出なかったが、手を振って応える。
ありがとうと心で言う。

樂走と胸に書かれたピンク色のTシャツは、遠くからでもよく目立つようだ。
さっきは銀座でも沿道の知らない人から「イヨッ、らくそう!ガンバレ」と声を掛けられた。
「アイよ!」と威勢よく手をあげて返礼したが、今はもうその余裕すらない。

それでも走る。
しんどくても走る。
歩かない。
歩いちゃダメだ。

「やっちゃ~ん!」
ん?顔を上げて声のした方を見ると
おお、愛しの母ちゃんが、沿道を併走しながら手を振っているではないか。
あんなに荷物を抱えているのに、俺より速いじゃんか!(ガクッ)
「がんばってね~!」と口に手を当てて、叫びながら走ってる。
母ちゃんなら許せる。(すみません)
「うん、がんばふよ~」っと言ったがまともな言葉にならず、声も小さい。
お腹に力が入らず、ちゃんとした声が出ない。
腹筋にすごく力を入れないと声も出せない。
もう腹筋のチャックも引っ張り上げられない。
こあしす先生、ゴメン。
母ちゃんに向かって首を縦に何度か振る。
手を上げて応えるが、持ち上げた腕もすごく重い。
肩まで持ち上げるのがやっと。
でも、がんばるぞ!
がんばるぞ!がんばるぞ!がんばるぞ!


さあ、あと残すは3kmちょっとだ。
この先を右に曲がると、練習で足が痙攣して、走れなくなった場所だ。
あの時は悔しかった。情けなかった。
今日はあの悔しさを味わいたくない。
残り3kmを走りきれば、栄光のゴールなんだ。

首筋も背中もガチガチ。
足は機会的に前に出ているが、力強さは無い。
前傾姿勢もあまり取れない。
体幹を支える筋肉が、疲れて機能しなくなっているのだろう。
スピードがどんどん落ちてくる。
でもテンポは変わっていない。このままなんとかキープして行けるか。
スッスッハー スッスッハー スッスッハー スッスッハー

有明のテニスコートの角を曲がったところに
浜町で見送ってくれたMくん夫婦が居た。
ここまで応援に来てくれたんだ。
嬉しかった。
私の余裕のない表情や走りを見て、
「Nさん、行けるよ!あともう少しだから。がんばって!がんばって!」と声を掛けてくれる。
二人とも真剣な眼差しで、歩道を併走しながら応援してくれる。
ありがとう!ありがとう!頷きながら走る。

コースは国道357号線の上を跨ぐ高架橋になり、
沿道の彼らとは離れ離れになる。
高架橋のスロープを登っている時にまた足が攣った。
側壁に手をかけ、顔をしかめて足を伸ばしているいる私を下から見て、
Mくんが「大丈夫ですかぁー!」と叫んでいる。
無理やり笑顔を作って手を振る。
「だいじょうぶ!だいじょうぶ!ぜったい走ってゴールするから!」
声をふりしぼって叫ぶ。
その声は頭上を走る首都高速の騒音で声がかき消されそうなったが、
彼らの耳には届いただろうか。

再び走り出し、スロープを登りきる。
この高架橋を超えればあと1km。
もう東京ビッグサイトが見えている!
あと1kmだ!

初フル塾のみんなはもうゴールしただろうか。
誰も追い越していないから、きっともう先に着いてるだろうな。
あの信号機の角を曲がれば残りは400mの直線道路、
そしてその先を右に曲がれば200mでFINISH地点だ。
さあ、ロッキーのテーマを思い浮かべて「行くでー!」

コーナーを曲がる。
残り600m。
4車線の広い直線コース。
レース前にはここでダッシュするつもりでいたのに、
ダッシュなんてとんでもない。スピードは全く上がられない。
息が苦しい、足が痛い、とてもダッシュなんかできない。
もうこれ以上力なんて入らない。
ただ足を前に出すだけ。
腕は振ろう。もう最後なんだから、千切れるぐらい振ろう。

気力だ!気力を振り絞れ。 
気合だ!気合だ!気合だ。
走れ!走れ!走れ!走れ!
もう周りも見えない。見ていない。

残り500m。
最後のコーナーが見えてる。
くそ、苦しい!
足が痛い。
体が重い。
もう嫌だ!
マラソンなんて大嫌いだ!
二度とやるもんか!

あと400m。
「ラスト!ラストー!」
「ファイト、ファイトー!」
「がんばってー!」沿道から声援が飛ぶ。

苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、
ハー、ハー、ハー、ハー、

塾長~~!
ハー、ハー、ハー、ハー、

チー!(母ちゃんの名前)
ハー、ハー、ハー、ハー、

応援してくれてるみんな~!
ハー、ハー、ハー、ハー、

ルイー!マユー!(子供たちの名前)
ハー、ハー、ハー、ハー、

オヤジー!
ハー、ハー、ハー、ハー、

もう、わから~~ん!
ハー、ハー、ハー、ハー、

くそ~! くるしいぞー!
ハー、ハー、ヒー、ヒー、

ヒッ、ヒッ、フー (ちがう!)

ハー、ハー、ヒー、ヒー、

最後のコーナーを右に曲がった。
テレビで観た光景がそこにあった!
両サイドに高く組まれたスタンド。
大観衆。大音量の音楽♪
スピーカーから聴こえるMCの叫び声。
左手の広場では一輪車のパフォーマンス。
その先で待機しているのは、岩手の中野七頭舞か。(←結構冷静に覚えている)
この光景をもっと目に焼き付けていたくて、サングラスを外した。


コースが狭められ、走者の間隔が急に密になる。
150m位先に大きくFINISHIと書かれたゲートが見えた。
あと少しだ!
ますます高まる歓声。

あと100m
走れ!走れ!
ハー、ハー、ハー、ハー、

もう少しでゴールだ!
ハー、ハー、ハー、ハー、

50m
走れ! 走りきれ!
ハー、ハー、ハー、ハー、

30m
スタンドの観客が手を振っている。
FINISHゲートの時間表示が目に入る。

20m、

   10m、

      5m、 3m、 2m、 1m・・・



   「やったぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」



          バンザイしながらゲートをくぐった。


 
          電光掲示板に表示された時間は 


                6時間4分36秒   

        
                       だった。




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失敗だらけの東京マラソン(泣) 2011年02月28日11:45


仕事をさっさと終わらし、自宅へ帰ろうとするが、

新宿に出陣式に来てくれるメンバーとコアシス先生 Qooさんに
桜のロールケーキを差し入れしたい.品物が冷蔵物なので冷凍庫から早く出したくないのでちょっとだけ仮眠したら・・・

もう5:00急いで支度して時間がおしせまるのでテーピングはキャンセルの書き込み。

あわてて支度をして駅までで送ってもらう。出陣式にはギリで間に合いそう・・・

ホームで1つバックを忘れた事に気付き再び駅の改札で待機

出陣式にも間に合わず何やっているんだオレ

スタートには間に合うけど仲間に会えるかどうか・・・

ケーキを4本持って南口を通過するが誰もいない(当たり前)

会場に向かうが、通路で着替えしている人も結構いる(仲間と共有する時間を作りそこから入場するのだろう。)

気持ちは一人での参加!!応援の仲間にはなんとか会えるだろう・・・が偶然にも入ってすぐの所に樂走シャツ

会えたsam4649さんまたここでも助けられた。


着替えをここから始めるが、先に行ってくださいと・・・

荷物預けのビニール袋に入れていくがコートが入らず・・・捨てるしかないか
あ・・・ゼッケンが付いていない(もうバカ)
またまたsam4649さんに手伝ってもらい同じGブロックなので一緒に行くが、はぐれる

トラックまで行き、リーダーの人に訳を話し貰っていただいた。
喜んでくれたので、ちょっとほっとした。

携帯に着信バイトの女の子が写真を撮りにGブロック辺りにいる(ちょっと忘れていた)
渋滞していたがやっと会えて(これも偶然かな)
コートを預かってもらう。トイレも行かずじまい・・・

いよいよスタート・・・ガーミンがバックの中(どこまでバカなのか)
ペースがわからない?ファンランだからなんとかなるさ~(開き直り)
スタート 最初にてぃーのさんそして新宿で樂走の応援 嬉しくて立ち止まってしばし談笑

応援・ボランティアありがとう。みんなの力をもらい走りきります。
と書いた巻物をボランティアが沢山いる給水所を通るたびに掲げながら走る。

ハイタッチを求めている人の周り と声掛けをした人 子供はすべて切り捨てました(笑)
「切られちゃった~」と返すアクションが楽しい 音が出る刀でした。
途中にトイレを見るが並んでいるのでパス

増上寺での樂走応援も嬉しくてしばしお話休憩!えっ・・・
yukitiさん きたさん にも声をかけていただきました。

内幸町では樂走メンバーが沢山いらしてお話してチョコも沢山食べ2度目の
お色直しして 写真を撮っていただきました。チョコ 飴せんべいなど
無理やり口に入れていただきました。

そこから日比谷までは右側に応援の人たちがいるので右手の刀で切りやすかった
銀座からは右側の応援次回の都知事選に出る渡辺美樹さんが応援をしていたのでハイタッチをして進む  

人形町にカミサンと娘夫婦、孫が応援に来てくれているのを楽しみに茅場町辺りから電話をかけるが誰も出ない
と・・・思ったら目の前に孫は忍者衣装でお出迎え
お色直しをしてまたパチリ
カミサンが「こんなに話して完走できる余裕あるの」とちょっと心配していた。
(4:34でつくばを走ったのを彼女は忘れている)

浅草方面へ シモジマ良く行く店知っている人いないかな?と寄り道?
レジまで行きいないのを確認して、ありがとうとお礼を言いコースへもどる(笑)
yutapiiさんQooさんにも何度もお会いしてゼリーをいただいたり飴いただいたりありがとうございます。
もう少しまじめに走ってよと お叱りもいただきました。

左の方から「いっちーさん」と黄色い声樂走カラーでは無い? 
AYA10です。サプライズな応援当然切り捨てました(笑)  
浜町の応援には間に合わず

暫く走ると美人が声をかける誰プルメリアさんと・・・マーさん
顔をフキフキとミストシャワー私物の飲み物までいただきました

樂走の応援に会うたびにしばしの休憩 
と10kmごとにお色直し持ち物置いて 
帯をはずして口当てもはずして・・・
面倒だが楽しませるにはちゃんとした格好で・・・

見慣れた銀座を通り築地 佃大橋 ももこさんの笑顔とエバちゃん笑顔に癒される。
こじかさんからのエアースプレーにも助けられました。
雨は降らなくて最高だったけど・・・頭巾は暑い
塩分水分は十分とったつもりだが、不足していたようです。
最後の方は巻物は見せられなかったが、ボランティアありがとうございます。
の声かけ あるいは切り捨ては怠りません。(水が無いのか ハイタッチを求めていた。

35k過ぎはみんな結構歩いていて、沿道の声援には余りこたえていないよう
でもオイラは左側ばかり走り片っ端から切り捨てながらの走りに
3回も切られたという応援の人もいた。ナイス応援 
ちょっと足が攣りそうdaepyonさんにも何度か応援していただき、そこで二人で
またエアサロも助かりました。
豊洲での最後の応援にも元気を沢山いただきました。というか休憩地点にしています。

ゴール直線の手前でまたお色直しをして、巻物のメッセージ
みなさんのおかげで完走できました。楽走ありがとう
を両手に掲げて走り出すみんなは???通り過ぎてから気が付き 
戻って前に立つって・・・しばし 仁王立ち(笑)
ロクさんが気が付いてくれて、みんなの声援を受けてのゴール
最高でした。コースにお礼を言って。

去年一緒にマンションでボラをした仲間が今年は完走メダルかけのボラに参加。
みんなをを捜しながら・・・いたっ前に立ちはだかるとちょっと間をおいて
おめでとう ちょっとビックリしていた。
コアシス先生の所に行くつもりが、娘から 会場の外まで来ている
らしい 聞いてないよ~ さっさと着替え外に出てしばらく話しお礼を言って別れる  
ありがとう
打ち上げがあるので 先に帰ってもらう。

ワシントンホテルへ一足先に行き。そこでやっとトイレに・・・
結局最後まで行かなかったぁ暑さのせいもあったのかな

完走祝賀会では 一人ずつのコメントを話していき 
夢さん panさんの話が涙声でみんなウルウル 
全員完走も達成!すばらしい
最後は3本締めでお開きとなった。
樂走に関われたこと 東京を楽しめたことに感謝
樂走万歳

後記 手裏剣 くもの巣を用意してありましたが、準備で終了してしまいました・・・残念 
出陣式も動画見ました・・・(泣)でもそれ以上に沢山楽しめました。応援してくださった皆さん 
ボランティアで参加した方東京マラソンでかかわった方みなさんありがとうございます。

来年 いやこれからもずっと関わっていきたいと思います。
 
 

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■yutapiiさん、体験談、2010



東京マラソンのご報告 2010年03月01日21:34
元100kgランナーは、完走できました。
昨年の荒川からの悲願が達成。

雨とかみぞれとかありました。

プルメリアさんとなっちいさんペースについて行けず
銀座手前でさよならして、単独ラン

なぜだか、銀座の高速下に微笑む美女に
スプレーをかけて頂き

颯爽と走りだすけど1kももたずにまたたらた歩き
だめだなーと自己嫌悪

結局 銀座・東銀座・築地をふてくされてあるいてました。

でも、築地本願寺先の味噌汁コーナーでは、おにぎり2個と味噌汁2杯
を平らげなぜか大満足

さすがに味噌汁をお代わりしたのは僕くらいかな?

入船橋のコーナー左側にQooさんがいました。
ウイダーと塩の錠剤を頂きました。
雨と汗のいりまじったウィンドブレーカーを無理やり渡し
てくてくと歩き出しました。

東雲橋付近では、樂走メンバーの応援で少しはしったけど
やっぱだめ。

家族の応援で少し走ったけどだめ

このまま、周りのやつらと同じくたらたら歩き
ぎりではいればいいやと悪魔が大声でささやく。

東雲のすき家を曲がると、なにやら後方から声が
Qooさんの声

なんて言われたか聞き取れないが、
わかってるあのフレーズだよ。
『歩くな走れ』

はっと目が覚めた。

Qooさんがセブンイレブンの先の横断歩道に渡りながらこちらに走ってくる。

初フル塾プライベートレッスンスタートって感じで、
Qoo塾長と併走、

途中、ベリーダンスのなまめかしい腰つきで塾長と僕はにやにや。
できることならここでほおづえついて見ていたいなと思い走る。

その後、男のふんどし応援にげんなり。

でも、ゴールまで少しある。多分 しんどー・疲れたとか言いながら
ぶつぶつわめきながら走っていた。

ビックサイト手前の陸橋も初フル塾同様、コースに出て頂き併走。
堂々としすぎているため全くの制止もなく続行。

ビックサイト左折で若干のラストスパート。

その後、ビックサイト入口前でQooさん『ありがとー』って言ったけど
聞こえたかな。

樂走・初フル塾で、一番東京マラソンを長時間楽しんだ人間です。
足切りの恐怖と膝痛と重力との闘いをしながらの完走でした。

このときのビールは最高にうまかった。


地点名 スプリットラップ 通過時間
Point Split Lap Time
5km 1:02:59 10:12:59
10km 1:40:36 0:37:37 10:50:36
15km 2:18:09 0:37:33 11:28:09
20km 2:57:32 0:39:23 12:07:32
25km 3:38:21 0:40:49 12:48:21
30km 4:32:21 0:54:00 13:42:21
35km 5:19:42 0:47:21 14:29:42
40km 6:20:44 1:01:02 15:30:44
Finish 6:42:12 0:21:28 15:52:12

ネットタイムは、Kブロック(最終ブロック)なので18分差し引いてください。
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■マーさん、体験談、2010



昨日を振り返ってみよう。東京マラソンな1日。

朝5時過ぎに起床。

天気はあいにくの雨・・・。こんな日まで雨が好き?(雨女のあだ名をつけられた経験があり。)

実は雨のランは今までに経験はなし。(寒がりもあり。)

新宿到着後、応援組に別れを告げ受け付けをする。

トイレを済ませトラックに荷物を預ける。
56台のトラックがゴールに向かって運ばれるだけでも規模の大きさにワクワクする。

スタートは最終ブロックからの為、とにかく雨の中待った。
靴はすでに濡れてぐちゃぐちゃ。

遠くから歓声と共に少しずつ動き出しスタート!!
スタート地点で石原都知事が見送ってくれた。
テンションは上がったが、すでに30分位のロスはあり。(時計をチェックしていないが実際は18分だった模様。)

体は冷えて何となくトイレに行きたくなる。
ガマンと思いきや、気になるくらいならさっさとしてしまえと、三キロでトイレに寄ろうとしたのが大事件のはじまりはじまり~。

曙橋駅の地下ならと降りたのだが、長蛇の列・・・。

せっかくだからとそしばらく待つが、そこにいた係の人の一言。

「二キロ10分で行かないと五キロの関門に間に合わないぞ~。」

その言葉に一瞬で青ざめる・・・・。
(一キロ五分で走ったことはない。中学生の頃ならできたが。)

結局トイレも行けず、階段を駆け上がりがむしゃらに走り出す。
途中、五キロの関門の制限時間まで「600メートルを三分で走れ。」と聞こえてくる。

もうパニック状態で、はとバス収容され、五キロで私の東京マラソンは終わってしまうのかと思った。

たすきに書かれた、「鳩バス乗るなっ」は冗談だったはずなのに・・・。

雨と人もいなくて孤独なランだった・・・。

五キロ通過はカウントダウンに入っていた。

「313029・・・。」

残り30秒の所で五キロで通過した。
こんなところで力使って先はどうなるんだろうって思った。

そんな中、途中の竹橋、日比谷で職場のたすきを作ってくれた後輩達が孤独を吹き飛ばしてくれた。

トイレも気にしつつキョロキョロしながら、13キロ地点でみつけてたコンビニは、人も少なくてラッキーだった。

放尿したら全てがスッキリ!!(笑)

ここからは先行く仲間を探して走り出した。

途中、スタート近くでお話したテンガロンハットに素肌にベストと半Gパンで、明らかにこの天候では厳しいであろうじいさん発見する。
仲間の行方聞いてみるもわからず・・・。

夜テレビを見ていたら、その方の特集をしていたことにびびるっ。
伴走の第一人者だったとは~。
ふざけて手でピストル作って撃っちゃったよぉ~。

泉岳寺駅で妹が声をかけてくれた。
レインコートを持参してくれていた。(私はレインコートじゃなくて半袖のビニールをかぶっていたので。)

どうやら髭男爵の樋口くんの近くを走っていたらしい。
今となったら、樋口カッターと切り刻んでおけば良かった。

そして折り返しの内幸町あたりで、中学の同級生が応援しているしているのをみかけつい声をかけてしまう。中学以来の再会!(笑)
「○くん、私だよマー!」
彼は顔がそのまんまだった。(笑)

銀座、浅草橋でも後輩から応援あり。

途中、スマイルラン!!歩くな走れっ!!を何度も思い出す。
30キロ過ぎからも、なぜか心はおれなかった。
未知の世界だったけど、残りあと何キロだから絶対行けるよって前向きでいられた。

でもパワーをもらっていたのはみんなの応援!
タスキ効果ではとバスのるなぁ~とか、もうのらないから大丈夫だよ。
バスさん頑張れとか。笑
知らない人がハイタッチしてくれたり、食べ物を差し出してくれた沿道の人々。雨の中整備や給水してくれたボランティアの人々。

応援している人の横で走ってパワーをもらい、人の暖かさに触れ感動して泣けました。

東京がひとつになる日を実感。

5時間36分28秒
歩かなかった自分に拍手!

初フルマラソンは全てが自己ベスト!

自分のチャレンジが人生に刻まれた1日。

来年はどんな形であれ、恩返しがしたい。

きっかけを与えて下さった、、Qooさん、K先生、夢さん、仲間の皆様、勇気と希望をありがとう。

そんな素敵な日でした。

東京マラソン2010
開催日2010/02/28
ナンバー:55952

Time スプリット ラップ   通過時間
5km 01:16:53         10:26:53 (トイレ事件発生)
10km 01:47:21 0:30:28    10:57:21
15km 02:28:46 0:41:25    11:38:46 (無事放尿。笑)
20km 03:01:01 0:32:15    12:11:01
25km 03:36:12 0:35:11    12:46:12
30km 04:12:56 0:36:44    13:22:56
35km 04:46:29 0:33:33    13:56:29
40km 05:22:01 0:35:32    14:32:01

Finish 05:36:28 0:14:27 14:46:28
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■プルメリアさん、体験談、2010


ものすご~~~く長いです。適当に読み飛ばしてください。

2月28日、東京マラソン当日
朝4時半ころ、目覚ましで起きる。外は雨の音
ネットやテレビのいろんな天気予報をチェックしたが、すべて午前中は雨、午後から曇りの予報。最高気温も10度以下。
昨日、ウエアには防水スプレー、100均で雨カッパ買っておいてよかった。
前夜に仕込んだおにぎり、温かいうどんなどを食べる。
寒さ対策に、背中と腰にホカロンを貼り、ポケットにも入れる。
5時半ころ家を出る。外はまだ真っ暗で冷たい雨が降っている。
けど、気持ちはすっきり晴れている
お天気がどうだろうが、足がどうなろうが、今日は走るのだ!!
完走するのだ!!

1月最後の練習会で23キロ走り、すっかり完走した気分になって、
東京マラソン終わっちゃった気分で過ごした2月の低いテンションが、当日やっと上がってきた

6時に新宿で、K先生の出張テーピングをしていただくために、早めの集合。
王子をお供にK先生がやってきて、順番にテーピング。
わたしは両足首にテーピングをしていただく。足首包帯フェチだったわたしは、先生の美しいテーピング技にうっとり、さらにテンション上がる

集まったみんなのテーピングが終了し、7時に新宿南口ドトール前に行き、樂走組の走る人、応援する人、ボランティアする人みんな集まり、壮行会!
みんなとハイタッチして元気をもらう。スタート前から感激の嵐。

ランナーは、東京マラソン経験者のとやさんにくっついて、都庁の集合場所へ移動。おしゃべりしていて、どこをどう歩いたかわからないまま地下道を通り、雨にぬれずにランナーの集合地点に着く。

それぞれ着替えたり、トイレに行ったり、写真を撮ったりして、いよいよ8:10にまさとくんの掛け声で気合を入れ、それぞれのスタートブロックに向かう。

先ず、預ける荷物をもち、決められたトラックに向かう。
道路はトイレ待ちと、荷物預けの人でごった返し。
しかもトラックの場所を間違え、「荷物預かりはあと5分で終了です」のアナウンスをききながら、ぎりぎりに預ける。        雨が強くなってきた。

そこから、こんどは出発のブロックを目指す。
Kブロックは都庁の裏側にある公園。人の渋滞の流れに乗り、ゆっくり到着。雨で地面はどろどろ。あちこち水溜りがあり、走る前から靴はどろどろ。

初フル塾でずっと一緒に練習してきた、yutapiiさん、マーちゃんと3人で、30分ほど雨に打たれていると、遠くで歓声が聞こえる
いよいよ先頭がスタートしたのかな?しばらくするとKブロックが動き出し、やっと舗装された道路に出られ、視界が晴れる。

スタート地点はまだ先なのに、応援の方々がいる。テレビカメラにピースしながら、ゆっくり走り出す。身体が冷えていたから、はやく動きたかった。
沿道のガードレールにはランナーの置いていった傘の列。

写メを撮りながら、やっとスタートラインを通過。
石原慎太郎が手を振っていた。
しばらくはランナーの団子状態のまま走る。
初フル塾で試走をしていた成果か、コースがよくわかる。
スタートから神楽坂付近まではゆるい下り坂。
スピードを抑えながら走る。

寒い雨の中、沿道にたくさん応援の方がいて、途切れない。
メガホンで名前呼んでる人、プラカードもってる人、声援送る人、応援スタイルいろいろで楽しい

歌舞伎町を抜け、厚生年金会館前に楽走応援団を見つける
スタートで着ていた上着などをあずかっていただける心遣いがありがたい。でもまだ寒いからなにも脱げない。
みんなとハイタッチして、走り抜ける。

ウエスタンなコスプレのジーンズ半ズボンの
おじいちゃんをみつけ、バンバン撃ちっこしながら走る。
「7時間で走る予定。楽しみます。」とのこと。
足の筋肉がすばらしい
この後2回会って、毎回撃ちまくって遊んで頂いたのですが、
伴走の第一人者とのこと。後のテレビで知りました。
しつこく撃って失礼いたしました

アメリカ国旗をマントに、国旗のズボン、顔にも国旗のペイントの
ザ・アメリカ人男性ともしゃべりながら走る。

途中でマーちゃんのトイレタイム。
寒いせいか、どこのトイレも大渋滞
しばらく待っていたが、まだまだトイレ待ち、という連絡がマーちゃんからあり、yutapiiさんと先に行くことにした。

だいぶランナーがまばらになり、あれ、もしかして最後尾???
神楽坂がみえてきた。少しお腹がすいたので、走りながらソイジョイを食べてみる。初の給水ポイント。教えられたように、紙コップをつぶし気味にして走りながらアミノバリューを飲んでみる。
ごくごく飲めず、中身が入ったまま、手に持って走る。

ほぼキロ7分半くらいのペースで走る。大分身体が温まってきたが、手袋が雨で濡れ、手だけ冷たい。中にゴム手袋をするといい、と何かに書いてあったなあ。

水道橋のガードをくぐり、相変わらずの声援のなか、皇居・竹橋へ。
いつも練習しているホームエリア。うれしい気分で皇居を逆まわり。
車道を走るので、いつもと景色が違う。
Yutapiiさんの人生をききながら、また自分のエピソードをしゃべりながら、鼻から息を吸うことを意識して走る。
またまたウエスタンじいさんをみつけ、撃つ。おいついたぞ!

日比谷公園の角を曲がり、10キロ通過。練習会を思い出す。
応援の人垣がさらにすごい。友達がこの辺にいるかと、その人垣をずっとみていると、目がまわりそうになるのでやめる。

雨が小降りになってくる。マーちゃんも気になる。
関門大丈夫だったかなあ。

品川までのまっすぐなコースで、始めは東京タワーや増上寺などが楽しめるが、単調で、練習会では飽きていたコース。
今日は応援がいっぱいで飽きない

増上寺前にアミノwith 樂走のメンバーの応援団を見つける
オレンジの樂走の旗が目印になり、反応しやすい。
仲間の応援は本当に力をもらえる。このコミュに入ってよかったなあ。雨の中ありがとうございます

反対車線は早いランナーが折り返してもどってきている。
知ってる人いないかな~と探すが、見つけられず。
早い方たちは、フォームがきれいです
そのままのペースで、品川折り返し。
Yutapiiさんと一緒なので、初フル練習会のような気分。

またまたさっきの、ザ・アメリカ人に会う。
「足ガ、イタイヨ~」と歩いているが、足が長いからか、
走っている私たちとペースは同じ。アメリカ人だけど、
日本に住んでいるらしい。日本語とても上手デシタ。

次にオバマコスプレさんと出会う。ビニールのオバママスクをかぶり、ビジネススーツに革靴、アタッシュケースをさげている。
そのスタイルで走ることに頭が下がる。
沿道から「yes we can!」と声がかかると手を上げてあいさつしている。わたしも、「チェンジ!」とあいさつ。あ~楽しい
わたしもいつかは、コスプレランナーに!

品川復路では反対車線に、音も立てずに「収容」とでっかく書かれたはとバスが、ジョーズのテーマのようにやってくる。なんともいえない空気感を漂わせていた。はとバスがこわい~

三田付近で、そろそろ塾長がいるはず、ときょろきょろしていると、yutapiiさんがみつけてくれる。塾長にウィダーインゼリーを頂く。
寒いからか、アミノもゼリーも一気には飲めない。

芝公園手前の高架下でyutapiiさんが靴紐を直す間に、メールチェック。
走りながらチェックしていたが、雨で画面がよく見えず、
ここでチェック。

メールにて、友達がこの近くにいるらしい。雨が雪になってきた。
応援の方々、寒いだろうなあ。走りだして、沿道チェック。
Yちゃん発見。寒そうに傘をさし歩道にたっている。
視線を送ってお互い確認、「ありがと~がんばるよ~!」と叫ぶ。
会えてよかった

このあとマリオン前には「え・り・こ・GO!」と書いた、
アイドルうちわを目印にしたごむちゃん応援団にも会える。
その先、明治屋前ではMちゃん、Hちゃんからゼリーとおにぎりのさしいれ。両手に食料を持ち走る

友達にも会え、ホッとする。ちょうど有楽町付近でなっちいさんも合流!そこから3人で走る。ボランティアのろくさんにも会える。
去年テレビで見て、感動した銀座のど真ん中を走っている
応援、ボランティア、ランナーの作り出す空気がエネルギーで
満ちてる

沿道のハイタッチや手におやつを持った人が増えている。
あめ、ドーナツ、塩、チョコ、番茶、ティッシュ!
みんなの心が温かい

銀座を抜け、浅草へ。雨がやみ少し明るくなってきた。
そろそろトイレタイム、セブンイレブンのトイレは渋滞。
その裏に公園の公衆トイレがあると店員さんに教えられ、
行ってみると待ちなし。ラッキー
トイレを済ませ、ホカロンや手袋を捨て身軽になる。
あら、オバマさんもマスクを外してトイレに来た。

浅草橋のたもとに塾長がいるのを、またまたyutapiiがみつける。
浅草寺のちょうちん前で3人のカメラでそれぞれ記念写真。
阿波踊りチームにも遭遇。太陽がでてきて暑くなってきた。
やっと雨カッパを脱ぎ捨てる。
銀座に向かって走る。道の幅が狭いのか、応援が近い。
エアサロンパスをかけてもらったり、おやつをいただいたり、
ハイタッチで元気をもらい走る。

周りは歩く人が増えてきた。25キロ過ぎたころから、少し足の疲れを感じたが、「歩くな走れ!」「痛いのは気のせい~」
銀座に戻ってきた、輪切りのレモンが超おいしい。
応援方法や差し入れメニューを心にメモる。

もうすぐ銀座4丁目というあたりで、ずっと一緒に来たyutapiiさんがペースを落とす。そこからはなっちいさんと2人旅。
プラカードの「苦しい時には、楽しい妄想を」してみる。
いいこと言うなあ。楽しくなった

だいぶ疲れを感じるので口数は減ってきたが、それでも応援、ボランティアへの「ありがとう」はやめられない。
ちょっと疲れるとハイタッチで元気をもらうを繰り返し
最後の10キロへ。「ここからがハーフと思え。」

ここからがアップダウンがある最後のコース。
そして走ったことのない道の距離。でもこのまま行けそう!
のぼり坂は身体を前傾させ反動で走る。
下りはスピードを上げ過ぎない。「歩くな走れ」もう呪文

一般の応援がなく自分との戦い、といわれていた場所も、
近所の高層マンションベランダからの応援や、ボランティアさんの声援に助けられ、アップダウンも楽しめる。

豊洲あたりは道幅が広く、応援との距離があるが、でっかい応援看板「うるうる」を自分の応援と思い、元気出す
あと2キロ。最初に走った初フルのコース練習のときのこと、
マーちゃんと二人で道に迷いながら、有明まで走った事などを思いだした。

十字架を背負ったジーザスを最後の上り坂で抜き、お慈悲を頂きビッグサイトまであと少し、最後の最後まで応援の人が沿道にたくさん!
青空と太陽の中、フィニッシュゲートが見える
観覧席から友達の声。「あとちょっと!がんばれ!」

ゴールしたら終わってしまう!!!とセンチメンタルな気分もあったけど、ゴール。不思議と涙は出ず、満足感で心がいっぱい
途中痛かった足首や膝も、だんだんどこが痛いのかわからなくなり、
気にしなくなった。ほぼ一緒になっちいさんもゴール
感謝の気持ちでコースに頭を下げ、しばし2人で写メを取り合い、
ハグし合い。
ふと自分の時計を見たら、スタートから6時間たっていないことを発見
当日まで使い方もよくわからないまま、装着して走ったけど、初めて時計しててよかったと思いました。

ボランティアさんに感謝しながら、完走タオルと完走メダルを頂く。
オリンピック選手の気分で、メダルを噛んでみる。
立ち止まると一気に足に疲れがやってくる。
よろよろと荷物を受け取り、ボランティアのじゅうばんさんに更衣室まで運んで頂き、その後ボディケアブース東6へ。
遠くにK先生が見え、とたんにうれしくなり、なっちいさんとよろよろと走り出す。
先生に完走報告。Yutapiiさんももそこに来ていて、再会とゴールを喜び合う。まさとくんもケア後にブースからでてくる。
みんな完走。晴れ晴れとした輝いた表情
K先生に、いつものようにケアして頂き、だいぶほぐれて楽になる。
ゴッドハンドに感謝。スタート前からゴールの後まで先生にお世話になりっぱなし。

首から金メダルを下げ、完走Tシャツを着て、打ち上げ会場へ向かう。
途中、ビッグサイトの出口にごむちゃんたち応援団のみんなと会い、記念撮影。
応援団にもドラマがあったみたい。外は寒くなってきた。

ワシントンホテルの会場に行くとすでにほとんどのランナー、ご家族、応援、ボランティアのみんなが待っていた。
塾長にも完走を報告、マーちゃんとも感動の再会
いつのまにか追い越して、爆走さすが!!!
はとバスじゃなくてよかったよ~。

それぞれの皆さんと健闘をたたえあい、乾杯。
走りながら食べ過ぎたためか、アドレナリンの出すぎか疲れか、
お腹はいっぱい、胸いっぱい、食事もほとんど食べられず、
あれほど楽しみにしていたビールも、あまり飲めなかった。
けど、みんなの今日の1日のできごとを聞くだけで楽しかった。
帰りの満月が美しかった

このコミュに出会え、初フルメンバーに出会い、一緒に練習できたことに感謝。
「東京がひとつになる日。」ランナー、応援、ボランティア、沿道のお店、関わるすべての方々が一つになれる、巨大なお祭りでした。
たくさんの人に「がんばって」といわれ、たくさんの人に「ありがとう」を言った日。声援やハイタッチで元気になることを実感。
人の温かさをたくさん感じた日。当選できたことに、走らせてもらえたことに、たくさんの意味をみつけました。
これをスタートにして、何かに向かって頑張ること、成長することを続けていきたいと思います。

長々読んでいただき、ありがとうございました。
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サブスリーへの挑戦ランナーも。

サブスリー達成というのは、ランナーにとってのひとつの目標です。

トイレタイムさえなければと、悔やまれますが。

次回のかすみがうらへ、再挑戦です。


以下


東京マラソンは、一度も走ったことがないが、

NAHAマラソン10回、かすみがうらマラソン5回、

湘南国際マラソン1回の合計16回フルマラソンを経験している。

そこで、東京マラソンの体験談を語ることはできないため、

あと1分44秒でサブスリーを逃した第25回NAHAマラソンの体験談を話すことにする。


2009年12月6日(日)の朝を迎えた。

朝5時55分に起床し、朝6時に朝食を済ませた後、走る準備をした。

8時にホテルを出発し、8時15分に奥武山公園前のファミリーマートで仲間と待ち合わせ、

ハイタッチをした後、スタート整列位置に向かった。

8時30分に交通規制をし、スタート地点である国道58号線旭橋交差点手前まで移動した。

するとゲストランナーのワイナイナ選手が後方からやってきて、多くの方と握手を交わしていた。

今年のスターターは、那覇市長である翁長雄志氏、プロゴルファーの諸見里しのぶ選手が務めた。

朝9時に万国津梁之鐘とともにスタートをした。

スタート地点までのタイムロスはわずか3秒だった。

朝9時現在の那覇市の気象状況は、天気「晴れ」、気温「18℃」、風向風速「北北東6m」と自分にとっては、記録を狙うには良いコンディションだった。

5km地点までは、国際通りなど那覇の市内を走り、5km地点を20分16秒と設定ペースよりもやや速めに通過した。

5km地点を過ぎてから、8km地点までは、軽いアップダウンと向かい風にやられた。

8km地点手前に仮設トイレを発見し、1回目のトイレタイムとなった。

8km地点を過ぎてからは、ほぼ風の影響を受けることなく、10km地点を40分41秒(20分24秒)でここでも設定ペースよりもやや速めに通過した。

10km地点を過ぎてからは、コースが、片側1車線のみになり狭くなった。

NAHAマラソンのコースはここからが、アップダウンが続く。

15km地点を1時間01分30秒(20分49秒)と設定どおりのペースで通過した。

15km地点を過ぎ、17km地点から、20km地点までは3kmを50m近く上るコース上で一番の難所である。

20km地点を1時間22分25秒(20分55秒)と設定どおりのペースで通過した。

20km地点を過ぎてから中間点の糸満市平和祈念公園までは一気に下り、ペースも上がりはじめた。

中間点を過ぎたあたりから気温が上昇してきた。

中間点を過ぎ、25km地点は観光名所の「ひめゆりの塔」の前であり、1時間42分23秒(19分57秒)と下りが続いた影響かオーバーペースとなった。

このまま問題なく、30km地点を2時間2分30秒(20分06秒)とここまでは、サブスリー達成ペースで通過した。

30kmを過ぎてもまだ余裕もあり、向かい風も気にすること走れたせいか、サブ3達成も意識しはじめた。

しかし、35km近くになると急にお腹が痛くなってきた。

このまま我慢してゴールまで行くか迷いながら、35kmを2時間24分13秒(21分43秒)で通過した。

35kmを過ぎたところで、2回目のトイレタイムとなり、ここで3分のタイムロスとなった。

NAHAマラソンのコースは、35kmを過ぎてからダラダラの上りが続き、ジョギングペースになりながら40km地点を2時間51分28秒(27分14秒)で通過した。

残り2.195kmを8分32秒で走ればサブスリー達成できたが、届かず、奥武山公園陸上競技場のゴール地点には、3時間01分44秒の総合120位でゴールした。
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こあしす整骨院、院長の皇居のオアシスさんの体験談です。

初フル塾、大協力いただいております。

医学的に、トレーナー目線から書いていただきました。

心して読んでください。

書き下ろし文章です。先生ありがとう!!!

以下




「東京マラソンと私 」


私は色んな競技、スポーツのトレーナーをして来ました。
その中で、私が特に治療で難しく苦労したのは、マラソン選手と騎手でした。
マラソン選手の筋肉をほぐす際には、強い力とそれに耐えうる指が必要です。意外かも知れませんが、力士達の約5倍力が必要です。
瞬発系の筋肉は体積も大きく、反応も良い為ほぐれ易いです。
持久系の筋肉は体積が小さく、反応も遅い為ほぐれにくいのです。

そして、コンディショニングにおいても、マラソンは非常に難しい事を実感して来ました。
環境、疲労度、体調、トレーニング内容、フォーム、身体効率、栄養などなどひとつかけても、結果は出ません。
特に、精神力だけではごまかせない繊細なスポーツなのです。

マラソンの練習を積んでいないと、どんなに運動能力が優れている方でも、32キロで失速すると、言われています。
私は運動をバリバリやっていた20年前に初フルマラソンに挑戦いたしましたが、痙攣、脱水、ガス欠、踵骨骨折、足底筋膜炎、座骨神経痛と心身ともにボロボロになりました。
完全にマラソンをなめていました。

そんなこんなで、トレーナーとしても、治療家としても、『いつかリベンジ』 とは、思っていたものの、結局マラソンから逃げていました。

しかし、転機が訪れました。
2007年東京マラソンである。
オリンピックの招致活動と言う主旨にも感銘を受けた。
私はオリンピックの現場で生の感動を沢山味わいさせて貰っている。
それがあるから、今の私がある。
生の感動を沢山の日本人に味わって貰いたい。
私が微力ながら、協力したい。

そして、大都会『東京』を三万人が駆け抜ける!
想像だけでもワクワクした。


しかし、2007年は仕事の為断念。

私はエリートトレーナー育成の為の講座をもっていた。
そこでは、熱い授業をしていた。
『その競技をやってみないと、その競技選手の気持ちはわからない』
これが、私の持論である。
私はトレーナーとして、野球、サッカー、バレーボール、格闘技などなど。極めつけはバレエまで体験してきた。

私、『特にマラソンは勉強になる。身体のしくみを考える。だから、マラソンを体験しろ!』

生徒、『じゃあ、先生も一緒に走ろうよ!』

私、『よし!みんなで応募しよう。』

そして、2008年当選!
40人中2人当選。

私のチャレンジは始まった。

手賀沼ハーフと谷川真理ハーフマラソンと調整レースをこなし、いざ本番!

しかし、数日前に一本の電話。
東京マラソンのトレーナーズランナーをやってくれとの依頼、AEDやテーピンググッズをもって、6時間30分の方々をサポートしてくれとの事、そんなチャンスは滅多にない!個人ではまた参加出来ると思い、承諾。


当日、スタート30分前より列に並ぶ、荷物預かりから、私のブロックまでは長い道のり。

携帯で開会式を観ながら、寒さに振るえながら時間を待ちます。

トイレも行きたくなってきた。

周りのランナーに『何かあったら言って下さい。』と、声を掛ける。
ドット人が集まる。

膝が痛い。
足底が痛い。
腰が痛い。
ストレッチに、テーピング、マッサージ。
う~ん、とても走れる状態ではない。
6時間30分のグループは、初マラソンの方々が多かった。
皆さん、ギリギリになって焦って走り込んだ様だ。
マラソンと言うスポーツは、身体作りに時間がかかる。

持久系の筋に変換させないといけない。
身体の中のエネルギーはすぐ尽きる。それにより、筋の収縮も緩める事も出来なくなる。
マラソンは酸素と脂肪を使って走る身体にしなくてはならない。

また、乳酸や老廃物が溜まりにくい身体や、それらを除去する能力。
一回の呼吸で酸素を取り込み、全身に送る能力などなどである。

そう言う練習をしないと、マラソン仕様の身体にはならない。

今、やっている練習が身になるのは、三ヶ月後である。

シューズなども、テニスシューズやバスケットシューズの方々もいたり、この服装で走るの?と、言う人までいました。

この方達は完走出来たとしても、とても笑顔でゴールは難しいなぁ!せめて、マラソンを嫌いにならないで欲しい!と、願うばかりであった。

いよいよスタート!
遠くの方から号砲と歓声が聞こえた。

スタート地点まで25分。
石原知事とハイタッチしてテンション上がる。

スタートして500m。反対車線に疼くまる人を発見!
肩、顔、膝から流血。膝の強打の痛みは強く、とても立ち上がれない。

追い抜きをかけた際、コーンに足を引っかけ転倒したらしい。

無理な追い抜きは御法度である。

残念ながら、スタートから500mのリタイアである。
多分、最速記録であろう。

自分のペースを守るのが、マラソンである。
記録を狙いたいのであれば、目標タイムをあげれば良い。そして、前に並べば良い。
自分のタイムより早く申告する人も問題である。


5キロ過ぎから、歩き出す方がちらほら、声をかけながら進む。
治療などしたいが、とても間に合わない。すみません、テーピングだけで勘弁して下さい。

10キロ地点の救護で某芸能人を治療する事になっていたので、少し飛ばして前へ進む!
そして、治療。すでに某芸能人はボロボロ、しかし、意地で完走するとの事、頑張れ!

品川折り返しの15キロ地点からは、沿道の応援も沢山になった。

途中から折り返しのランナーとすれちがいない、東国原知事、沿道の皆さんにハイタッチしながら走っている、走りもパワフルで凄い!見ているだけで、元気を貰える。

楽しそう!苦しそう!色んな方を横目で見ながら、仕事に専念。

浅草で、テーピングなどの補充の為、予定通りの和菓子屋さんに到着。
何故か、おしるこを頂いてくつろいでしまった私がいた。

少しペースを上げる。

連絡が入り、10キロ地点で治療した某芸能人が、足を捻ってしまったそうで、築地のスタッフ控え所へ急ぐ!
治療をすませ、、何とか走れる状態にした。あと、少し!

何故かそこでも私はトロタク丼をゆっくり食べてる私がいた。

そこから、治療しながら前に進む!

ここからが、しんどかった???
私の所属している組合の方々が応援に来てくれていた。
1キロ間隔に応援してくれているのだ。本当にありがたい。

しかも、バナナを一本渡されるのだ。皆さん大先輩である。決して断れないのである。
目の前で食べて皮を渡す、治療して、走って、バナナを食べる繰り返し、かなりお腹が苦しい。

ゴールが見えて来た。でも、そこからが長い!

ゴール手前の観客席から、私の名前を呼ぶ人が、あれっ!女房と子供達だ!
テンション上がった。

そして、ゴール。
6時間40分!

楽しかった!今度は個人で走りたい!これが直後の感想であった。
マッサージブースをお手伝いしようと行ったが、先生に『今はダメージないかも知れないが、フルマラソンは限界を超えたスポーツ。ゆっくり走っても、休みながら走っても、ダメージはある。だから、報告をしたらすぐに帰って身体を労って下さい。ありがとうございました。お疲れ様!』と、ありがたいお言葉を頂き、報告をすませた。

会場には、7時間の制限時間を切れなかった方々、バスで収容されてきた方々が多かった。
完走と言う感動を味わってもらう事ができなかった事が悔しい。
7時間は誰でも、トレーニングやケアをきちんとやれば完走出来る想定である。参加者全員が完走する大会。それが、オリンピックの招致や世界五大マラソンに繋がると思う。

会場で、家族と合流。
下の息子(小三)『すごい、感動した。おやじも凄い。みんな凄い。俺もフルマラソン走りたい!』
嬉しい一言である。
この時、下の息子は小学6年生でフルマラソンを走らせる計画を知るよしもない。

マラソンは段取りに時間がかかる。
身体のタイプ変換、インプット、バランスすべて難しい。

だから、感動がある。ドラマがある。

これからも、皆さんのランニングライフをサポート出来れば幸せである。

それが一番日本が活性化すると、私は信じる。

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ついに念願の東京マラソン(初めてのフルマラソン)を走ってきましたexclamation

当日は7時に新宿で樂走コミュの方と待ち合わせ

…なんと応援組の方も駆けつけてくれてて、
本当に感謝・感謝の始まりでした泣き顔

人数が多いせいか、グループは二つに別れてしまい

…自分はまさと@ジューシーさん(案内ありがとうございました。)

の後ろに着いて、無事都庁まで辿り着きましたダッシュ(走り出す様)

かなり早い時間に到着したはずだけど…

会場はすでに人で溢れてました、着替えてからはコミュの人とは解散して、

荷物を預けたり、トイレに行ったり、オールスポーツがスタート前記念撮影を

していたので、あっちと二人で写真を撮ったり、名古屋から遠征してきたミク友にも

無事に会えたし、後はスタート地点に向かうだけとなる。


自分はEブロックスタートだけど…スタート地点に向かうだけでも大渋滞でした(>_<)

時間までに間に合うかハラハラしながらも無事に到着、

その後こじかさんと合流し、スタートまでの時間を待ちました。


9時10分待望のスタート…3分後にはスタートラインを通過(思ったより早く通過できたかな)…

最初の5キロは30分で通過…少し予定してたより、遅めの通過だったのでペースを上げる…

つぎの5キロは25分で予定通り走る…

10キロ過ぎで、樂走応援隊を見つけてテンション上がりまくりで10→15キロも25分で走る→15キロ品川折り返しで、お腹が痛くなり3分ほどトイレへ…

軽くなったお陰か、その後も快調なペースで20キロ地点へ…

ここで再び樂走応援隊の元へ、みんなとハイタッチしたり

、ドリンクと飴を貰って、エネルギーを充電…と元気なのはここまででした…

中間点を過ぎてから、左足小指が痛み出し、ペースダウン(今朝見たら、

小指の爪が真っ青になってた)…なんとか5キロ27分のペースで25キロ地点まで走る…

26キロ地点で会社の同僚の応援を発見、みんなで記念写真をパチリカメラ

→27キロ地点でコボさんらしき人を見かけるも、走り去り際だったので声を掛けられず(>_<)…

浅草では、両親の応援が有り(浅草観光がてら来てくれた。)…

その後また同僚の声援を受けるが、この辺りからさらに体調に異変が…

膀胱が痛み出し、トイレに行くも尿が上手く出来ず、そこからは膀胱痛との戦いだったふらふら


何回かトイレに寄り、何とか歩かずに35キロ地点まで辿り着く…

この頃には足も重くなり、相変わらず膀胱も痛み、一番苦しかったな…

残りの7キロはひたすら根性で走りました…35キロ→40キロはなんと36分も掛かってました…


そして・そして4時間9分でついに感動のゴールモータースポーツ感激で涙が出そうになりましたあせあせ(飛び散る汗)

樂走のみんな・42.195キロ途切れず応援してくれた沿道のみなさん・

そしてボランティアの方々・オマケに自分にも、

こんなに感謝をしたいと思った日はありませんでした。

改めてこの場を借りてお礼を申し上げます。

exclamation ×2exclamation ×2みんなありがとうexclamation ×2exclamation ×2
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