だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

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こんにちは、コモンるみです。

今日はこちらの続きです。

今日のエピソードは、近所の会員制私立図書館、ニューヨーク・ソサエティ・ライブラリーの地下室に眠っていたボロボロの本からひろったエピソードです。


ニューヨーク・ソサエティ・ライブラリーは1754年に、アメリカがまだイギリスの植民地だったとき設立され今日に至る図書館です。


鎖国が解けたばかりのだれも知らない極東の小さな国から、 3週間かけ船旅でやってきた日本初の女子留学生たち。
彼女たちの父親はかつて幕臣で幕末には職を失くした者たちばかり。
考えてみれば官軍側の立場で大切な娘をあの時代に10年も海外に渡航させるわけがないですよね。

今でも娘の海外留学は簡単に「行っておいで」といえることではないですもの。

当時、彼女たちの親や親族がどんな思いで送り出したことか。。。

津田梅子は船中で7才の誕生日を迎えます。
永井繁子10才、山川捨松11才
結局すぐに帰国することになってしまいましたが
他にも14才の女子が二人いました。

この2人の女子たちは「ホームシック」が原因で帰国したと教科書などには書かれています。
が、実は別に驚愕に値する理由があったのです。

が、それはここでは横においておき。。

今日は、ジャニスのご著書をご紹介する前に、アメリカ東海岸で10年の教育を全うした3人の女子のうち、リーダー的存在だった大山捨松の、打ちのめされるようなエピソードをご紹介します。

このエピソードがきっかけで捨松はニューヘイブンのソサエティで熱狂的な大人気を博することになるのです。





ヴァッサー時代。写真左から捨松、繁子、級友のアメリカ人


寂しさを乗り越え、英語が自由に話せるようになるとホストファミリーといろいろな会話をするようになった捨松。

ホストファミリーは先妻と後妻の間に14人の子供を育てあげたニューヘイブンの牧師一家でした。
捨松が同居していたときは、14番目の末っ子アリスと末から二番目の姉の二人がいっしょに住んでいました。

捨松はこのファミリーに日本政府が週15ドル支払うことで大学に進学するまでの6年間お世話になります。

アリスは捨松の2才上。
年が近いことからこの二人は生涯の大親友になりアリスは何度も日本へも渡航し英語教育に尽力しています。

日本滞在中に見聞きしたことを何冊かの本に上梓しています。
その一冊が、ニューヨーク・ソサエティ・ライブラリーで見つけたこちらの
ボロボロの初版本です。





捨松は利発で美しく、家族に実の娘同様にかわいがられるようになります。

やがて、日本での暮らしについてもいろいろと聞かれます。

当然、彼女が8歳のときに大勢の人と共に経験した会津若松城篭城に話しが及びます。

捨松の父は、幕末に突如、朝敵の汚名をかぶることになる会津若松藩の家老だったのです。

 官軍が城に多数四斤山砲という当時最新の英国式アームストロング砲弾を投下します。
 
その砲弾は着弾してもすぐに着火せずしばらくおいて爆発する特性がありました。

そのため、篭城する女性たち は砲弾を見つけるとすぐに濡れ雑巾で覆い、火を消すというとても危険な作業をこなしていました。
捨松も子供ながらこの仕事を身近で経験します。

ある日この火消作業で 兄嫁である浩の妻・登勢が火を消しきれず被弾し死亡、捨松も大けがをします。
(この経緯はNHKドラマ「八重の桜」をご覧になった方はご存知かも)


「こわくなかったの?」と目を丸くした家族が聞きます。

「いいえ」と、捨松。

そればかりではありません。捨松はこうもいうのです。

「篭城していたとき、わたしは短剣を必ず懐にもっていました」
「なぜ?」
「敵のとらわれの身になった際、辱めを受ける前に自害するためです」 

会津藩大老西郷の妻と子供たち一家総勢20人以上が同じ理由で自害して果てたことを、アリスは日本にやってきた後、耳にしたに違いありません。

それにしてもたった8才にしてその覚悟です。

聡明なアリスの筆は、サムライの妻や子女たちが誇りや名誉を守るためなら命を断つことすら厭わない凄絶な覚悟をしていることを、敬意をもって理解していることが行間から伝わってきます。 

長身で身のこなしが美しく気品溢れ、抜群に聡明な捨松。

彼女のアメリカ人たちにとっては考えも及ばない命がけの経験は、みんなが夢中で応援するきっかけになるのです。

捨松は6年後名門バッサー大学(当時は女子大)に進みます。

たった6年英語を学んだだけなのに、いきなり英語では賞も受賞するほど成績も優秀でした。

その幼少時代のありえない武勇談から学校でも大人気の存在で、2年生のときは学年の級長に選ばれるほどでした。

当時のバッサーといえば、東海岸の特権階級に属する裕福で選び抜かれた家庭の女子が通う大学です。

その中にあって肌の色が若干異なる捨松でしたが他の生徒たちとまったく遜色なく伸び伸びと学生生活を送りました 。

彼女は人生でもっとも楽しかった時代は、 バッサーに通った4年間だったと回想しています 。

ホストファミリーの家長ベーコン氏は牧師でしたが、捨松が大学に通う前の6年間を、人種や宗教などの違いを超え実の娘同様に世話をし、敷居の高いプライベートクラブにも娘アリスのゲストということで出入りができるはからいをします。

そんな氏や家族の愛が土台になって伸び伸びと生活し勉学に励むことができたのは間違いがなさそうですね。

奴隷解放運動を推進したことでも有名なベーコン氏とその家族のバックアップあってこそ捨松という類い稀な女性が誕生したのですね。


あの時代、肌の色の違い、人種、話す言葉の違いを超えて捨松を受け入れたアメリカのソサエティとバッサー大学。
元々が移民の集まりの国だからこそできたことなのかもしれません。

続いてジャニスの「Daughters of the Samurai」のハイライトをご紹介していきます。

アウトサイダーのアメリカ人だから書けること、驚愕することがてんこもりです。

続いて津田梅子のエピソードです。
こちらに続く!
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ニューヨークは気温20度近い週末となりそうです。
みなさまがお住いのところはいかがですか?

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