だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

ちょっとした発想の転換で人生が加速度を増していい方向に向かうことがあります。
NYにきて初めて見えたり感じたりしたことをファッション、お金、ライフスタイルから書いていきます!


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お待たせしました。
いよいよです(*^ー^)ノ


先代君島一郎先生の建てられた山中湖の別荘にご招待を受け、
先生は、通風の激痛を押して、手作りのお料理でわたしたちゲストをもてなしてくださいました。

翌朝は、素晴らしい五月晴れでした。
ややひんやりする空気がとても気持ちの良い朝。
朝食は、富士山を眼前に臨む、テラスでいただくことになりました。
わたしたち小娘はよほどはしゃいでいたのでしょう。
富士山をバックに後輩3人と撮った写真、今でもあります。
あの当時、当時をときめく雑誌の編集者という仕事はやりがいのあるものでしたが、
何度も書くように、わたしは決して幸せではありませんでした。

マテリアルの迷宮で、迷いに迷い、
先が見えない霧中で、自分を見失うことがしばしばでした。
だから当時の写真は本当に少ないく、それは貴重な一枚です。

「おはようございます」
例のゲストのマダムも、とてもすっきりしたお顔をなさっていました。
お年はきっと70歳はとうに超えてらしたと思います。
一体、どういうことからその方のお祖父さまにお話が及んだのか、今となっては遠い昔のことで思い出すことはできません。

「戦前はね、すべて船旅だったのよ」
「新婚旅行にはね、大きなトランクをいくつもお供にして船でヨーロッパに行ったの」
「毎晩のように開かれる船中の晩餐会には、何枚もドレスが必要だったから」
そんなお話もなさっていたことを覚えています。


ちょうど、白洲次郎や正子さんの年代の方ではないかと思います。

「わたしの祖父はね、幕末にヨーロッパに行ったの。国から正式に海外に出た人間としてはもっとも早いころのこと」

Wikipediaによると・・・


この方のご実家は、藍玉の製造販売と養蚕を兼営し米、麦、野菜の生産も手がける大農家。

原料の買い入れと販売を担うため、一般的な農家と異なり、常に算盤をはじく商業的な才覚が求められ、

帯刀も許されていたお家柄。

父と共に信州や上州まで藍を売り歩き、藍葉を仕入れる作業も行ったということです。

14歳の時からは単身で藍葉の仕入れに出かけるようになり、若いのになかなかの商売上手、交渉上手ぶりを発揮したようです。

そしてこの経験がヨーロッパ時代の経済システムを吸収しやすい素地を作り出し、後の現実的な合理主義思想につながったとされています。



勘のするどいあなたならもうだれだかわかっちゃったかしら。

Cecilさん、きっとあなたならわかっているんじゃない?



この方は、
5歳の頃より父から読書を授けられ、7歳の時には従兄のもとに通い四書五経や日本外史を学んでおられます。

そう、マダムのお祖父さまは、帯刀もゆるされたような裕福な大農家に生まれ、

意識の高い父親に勤労であることと共に、高い教養も授けられ、

学ぶことの楽しさを小さい頃から体得していたようです。

それから上京。 勤皇志士と交友を結びます。

その影響から1863年に尊皇攘夷の思想に目覚め、高崎城を乗っ取り、横浜を焼き討ちにして、幕府を倒す計画をたてます。

しかし、説得されて中止。

次には、京都に向かい、一橋家家臣の平岡円四郎の推薦により一橋慶喜に仕えることになります。

え~っ、なにそれ!!!

最初は、倒幕を考えていて、いきなり最後の将軍となる一橋慶喜に仕えるって、すんごい変わり身の速さじゃない?


確かに~^^

でもね、後にヨーロッパを訪れた際、この変わり身の早さ、柔軟性がすんごく役に立つのよ。


そして、京都は、時まさに、天下がひっくり返ろうとしている混乱とビッグバンの直前。

さまざまな思惑が乱れ飛び、薩中についた英国、幕府側を応援するフランスの思惑とも絡んで、今まさに爆発寸前。


そんなとき、諜報収集みたいな、言うならばスパイ活動にも似た役を仰せつかり、あちらの宴に行き、こちらの宴にも顔を出し、という結構危ない橋を、水を得た魚のうように渡っていたようです。

当然、お金もかかります。

そこは、さすが、大物のお父さん、跡も継がずに京都に行っちゃった、極楽トンボなのに、いつも二つ返事でお金を用立てていたようです。



そして、主君の慶喜が将軍となったのに伴い、幕臣となり、パリで行われる万国博覧会に将軍の名代として出席する慶喜の弟徳川昭武の随員として、フランスを訪れのです。




幕末のころといえば、わたしの大好きな時代。

もし、タイムマシンに乗って好きな時代に行けるものなら、

桓武天皇の頃の平安時代の京都、

そして幕末から明治維新にかけてのお江戸あたりに行ってみたい。





次回は、このお方がパリで、一体どんな愉快なことをしでかしたのか。

身内の方だけが知っている愉快なエピソード、

今の日本男児のみなさんにも、ぜひ知って、笑って、元気になっていただきたい、最高のユーモア。

あぁ、言いたくて、言いたくて、

これが書きたくて仕方がなかったのよん♪

どうかみなさま、なるべくたくさんの男衆、頭数そろえてのお越しを切に願っております

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