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漫画「美味しんぼ」に出てく「美食倶楽部」のモデルとなった「星ヶ岡茶寮」のあった土地は江戸時代に日枝神社の境内に属した小高い丘にあり、夜には星がよく見えたことから「星ヶ岡」と呼ばれていた。

 

ところが、明治に入ると東京に変わったことで、周辺の地域環境も大きく変わり、近辺の氏子が減少するなどした日枝神社は社域を維持することが出来なくなり,境内の一部を当時の東京府に手放すことになった。

 

 

東京府は明治14年ここに麹町公園を設置して東京市民の憩いの場として提供することとした。

 

 

ところが、この地を訪れた三野村利助・奥八郎兵衛・小野善右衛門ら明治の産業に貢献した人たちによって、この星ヶ岡の一部が非常に風光明媚な場所であるので、この地に茶寮を開いて当時の華族、政界要人達や産業界との会合友好の場とすることを岩倉具視らに提案した。

 

 

明治14年6月14日に三野村・奥らは「星ヶ岡茶寮」を設立して、当時としては莫大な金額1万円の工事費をかけて茶寮を建設、翌、明治17年6月17日に「星ヶ岡茶寮」を開いた。

 

 

出典ウィキペディア

 

大正に入ると経営不振に陥いり、関東大震災後に当時美食家として知られていた北大路魯山人と便利堂の中村竹四郎に貸し出された。

 

奉加帳の最初の署名を徳川家16代当主で貴族院議長の徳川家達にするなどして資金を集め、中村が社長、魯山人が顧問となって、大正14年3月20日に彼らが主宰する美食倶楽部の会員制料亭となった。

 

 

ステータスのある料亭として政財界で人気を集めたが、漫画「美味しんぼ」の海原雄山と同じ性格の魯山人の横暴さや出費の多さが問題になり、中村は魯山人を解雇が、昭和20年には空襲によって焼失した。

 

 

戦後になると、中村の手から離れた茶寮は転々とした後、東急グループの五島慶太の所有地となり、昭和31年に中国料理店「星ヶ岡茶寮」を開業した。

 

 

後にこれを廃して新たに東京ヒルトンホテル(後のキャピトル東急ホテル)をオープンさせた。

 

 

なお、同ホテルも朽化が目立ち、平成18年に閉館し取り壊され、現在は跡地には東急キャピトルタワーとなって、同ビルにはキャピトル東急ホテルの後継となる「ザ・キャピトルホテル 東急」が核テナントとして入り、2010年10月22日に開業した。

 

 

今はそのホテルの2階にある中華料理店に「星ヶ岡」という名残を留めている。

 

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