島田荘司さんの
『占星術殺人事件』から
2作目のこちらへ。

『斜め屋敷の犯罪』  
島田荘司(1982年)

 

 


帯に
空前絶後の密室トリック!
 御手洗潔、第二の事件!!
 これを読まずして
 本格ミステリを語るなかれ!


なんともすごい煽り文句ですね。

改訂完全版 斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)/講談社

¥864
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文庫版では
「これを読まずして何を読む!」と
こちらも煽りがすごい。

この作品は
その期待に十分応える傑作でした。

 

あらすじ

北海道の最北端、
宗谷岬に傾斜して建つ奇妙な屋敷「流氷館」は
北から南に向かって5度ほど傾いている。
一見平らな床に物を落とすと
南に転がっていってしまう。

人を驚かすことが好きな
ハマー・ディーゼル株式会社社長の
浜本幸三郎
金持ちの道楽のような目的で
設計して建てさせた屋敷で、
別荘としてたまに使っている。

1983年12月25日。
浜本幸三郎と
その末娘の浜本英子
流氷館に訪れる客を出迎えていた。

仕事のパートナーでもある
「キクオカ・ベアリング」からは
社長の菊岡栄吉
その秘書で愛人の相倉クミ
菊岡のおかかえ運転手・上田一哉
菊岡の部下・金井道男
その妻・金井初江

英子の友人からは
医大生の日下瞬
東大生の戸飼正樹

そこに加えて
英子の従兄弟の浜本嘉彦
使用人の執事・早川康平
その妻で家政婦の早川千賀子
コックの梶原春男

以上の13名が
クリスマスの夜に
流氷館に集まっていた。

夕食後、
幸三郎が今から出題する
クイズを解いた者に
英子との結婚を許そうと言いだした。
そして一同を連れて
母屋から塔へと登っていく。

母屋の壁が倒れて跳ね橋になり、
階段を登ると塔に着く。
そこから花壇を見下ろすと
何かの模様が描かれていたが
誰も答えがわからなかった。

一同は母屋へ戻り、
もう夜も遅いので
解散して寝ることに。
各人の部屋割は英子が決めた。
まだ外では雪が降っている。
1

その夜、
一号室のクミは物音で目を覚ました。
時刻は深夜1時。
外壁で何か這う音がするので
起き上がって見てみると、
窓の外から男がこちらを見ている。
色黒で髭の生えた
頬に火傷のある逆立った髪の男。
目が合って絶叫するクミ。
男が消えて吼えるような声がした。

隣の二号室から英子が
どうしたのかとやって来たので
男のことを話すが信じてもらえない。
跳ね橋を掛けて
塔から幸三郎が、
同じ三階の金井もやって来るが
どちらも男の声を聞いたかはっきりせず、
結局夢でも見たのだろうと言われてしまう。

翌朝サロンで
クミが昨夜の男のことを話すが、
雪の上にそれらしき足跡が無く
ここにいる人たち以外に
そんな男はいないし
外から誰も屋敷に
近づいてもいないことが確かめられる。

ふと運転手の上田の姿がないことが気になり、
日下が呼びに行くことになる。
やがて日下が戻ってきたが様子がおかしい。
外に出た一同は
雪の上に黒い人影があることに気付く。

それは幸三郎がヨーロッパで買って来た
ゴーレム」という名の等身大の人形で、
なぜか首がなく、両手と片足が
バラバラに外されて雪の上に点在していた。
場所は母屋の南西の角だ。

その先に上田の泊っている十号室があり、
この部屋だけは外からしか
入れない構造になっている。
ドアに鍵がかかっていて、
体当たりでドアを破ると、
奇妙な格好で死んでいる上田を発見した。

2

ベッドの足元に仰向けで
右手を紐でベッドに繋がれ、
左手を上にし、
下半身は左側にひねっていた。
そして左腰のあたりに丸い点を
自分の血で描いている。
死因は胸に刺さった登山ナイフで、
柄尻に1メートルくらいの紐がついている・・・

すぐ警察が呼ばれ、
関係者の事情聴取が始まる。

ゴーレムは普段は三号室(骨董品室)の
入り口付近に置かれていた。
この部屋は南面と東面に
ずらっと天狗のお面がかけてある
通称「天狗の部屋」というらしい。
入口付近に大きな窓があるので、
その気になれば
窓から誰でも持ち出すことはできる。
犯人はなぜこの人形を
わざわざ持ち出したのか?

死亡推定時刻は0時~0時半。
雪がやんだのは11時半。
ところが雪の上に足跡はない。
来た足跡も帰った足跡もない。

そして、
関係者のほぼ全員にアリバイがない。
それ以前に動機がない。
上田を殺したいと思うほど
親しい人間もいない。
来客のほとんどが一、二度程度しか
顔を合わせていないのだ。
上田はどうも脇役すぎて
被害者にふさわしくない人物。
間違って殺されたのか?

日下が昨日の夜、
南の軒下に2本の棒が
立っていたことを思い出す。
サロンの外のところに1本、
南西の角ちょうど人形のあったところに
もう1本立っていた。
しかし今見るとその棒が消えている。

警察は密室の謎を解こうとするが、
見当もつかない。
換気孔はあるが人が通れる大きさでもないし、
人の手が届く高さにない。
L字型の踊り場の端に隙間があるが、
そこから孔を覗くこともできなかった。

その夜は
牛越、尾崎、大熊、阿南という
4人の警官が屋敷に泊る段取りになり、
夕食後は菊岡、金井夫婦、大熊を除いて
全員がサロンにいた。

阿南刑事、英子、嘉彦がビリヤードをして
夜を明かそうとするのを尻目に
幸三郎は牛越部長刑事をボディガードに
塔の自室へ戻る。
途中、菊岡のところへ立ち寄り
ドアをノックしたが
寝ているらしく返事がなかった。

外は吹雪が舞っていたが、
その夜は何事も無く朝を迎える。

翌朝11時になっても
菊岡だけ起きて来ない。
心配になって十四号室へ向かう一同。
ドアに鍵が掛って開かないので
脚立を使って換気孔から中を覗くと
ベッドはもぬけの空で、
床に血が広がっていた。

このドアは特殊で
上下にカンヌキと通常の鍵で
三重のロックがかかっている。
なんとかドアを壊して中に入ると、
うつぶせで背中にナイフを刺されて
死んでいる菊岡を発見した。
しかも上田殺しと同じく
ナイフの柄尻に白い糸がついている。
3

死亡推定時刻は昨夜の午後11時頃。
幸三郎が菊岡の部屋をノックしたのが
10時半だからその時は
中で寝ていたことになる。
その後、
幸三郎は牛越と一緒にいたし、
その時間はほぼ全員がサロンにいた。
金井夫婦だけアリバイがない。
嫌な上司だとしても
殺したら自分たちが破滅してしまうため、
動機がないと必死に訴える金井夫婦。

またしても密室の謎。
ドアの三重の鍵を外からかけるのは不可能。
換気孔から長い棒で刺したとすれば、
脚立がないと無理だ。
そんな目立つ行動をするには
サロンを通らないといけないから、
人に見られてしまうのは確実。

雪の中から頭が見つかったゴーレム。
その顔を見て、
クミがあの夜に窓の外で見た顔が
この顔に間違いないと言う。
人形が動いて殺したとでも言うのか?

解決の糸口もつかめない警察は
東京に応援を要請。
すると御手洗という探偵を
そちらによこすと返って来た。

12月30日。
御手洗潔石岡和巳が到着する。
いきなり御手洗は
すでに犯人がわかったと言う。

「ゴーレムとかいうやつです!」
御手洗の演説にあきれる刑事たち。
この男で本当に大丈夫なのか・・・?

 

解説

島田荘司の御手洗潔シリーズ二作目。
後の新本格ブームの立役者・綾辻行人が
とくに影響を受けたと語るのがこの作品。
本格ミステリーの古典であり、
最高峰の密室トリックが炸裂している。

宗谷岬に傾斜して建つ斜め屋敷こと流氷館。
雪の降るクリスマスの夜、
知人を招待してパーティーを開くが、
翌朝、密室で一人殺され、
警察の警戒する中で、
また一人殺されていく。

あからさまに
怪しい行動をする人物がいるため、
犯人はわかるのに、
殺害方法が全くわからないという
究極のハウダニット本。

とにかく奇想天外な犯行トリックが凄まじい。
屋敷を傾けた理由も納得できる。
とくに天狗のお面の使い方に感心した。
さりげなく窓が開いていたり、
踊り場の隙間に意味があったり、
憎いくらいに伏線が張られているが、
おそらくこのトリックを見破れる人は
皆無ではなかろうか。

天才肌の探偵・御手洗潔の出番は
全体の3分の2を過ぎてやっと登場する。
御手洗のエキセントリックな言動に
引っかき回される警察の混乱が面白い。

ゴーレムという不気味な
等身大人形が絡むことで
物語にホラー要素が加わり
さらに面白くなっている。

二種類の密室トリックと
雪の足跡トリック、
ダイイングメッセージに
隙をついた殺され方も見どころ。

最後に探偵が
犯人を罠にかけて
捕まえる手際が鮮やかなので
こちらも必見である。

 

欠点は?

  • 屋敷の構造がわかりにくくて、何度も図のページを見ないと理解できない。ページを読み返すのがめんどくさい。
  • 動機が後から考えたような言い訳っぽくて苦しい。
  • トリックにリアリティがないし、確実性に欠ける。
  • 犯人がわかりやすい。反対にトリックは最高難度の見破れなさ。こんなんわかるか!って言いそうになる。
  • 御手洗が登場するのが遅すぎる。御手洗はわざと道化を演じているが、石岡の方がもっと道化で普通にいいところがない。

 

感想

『斜め屋敷の犯罪』は
前からすごいとは聞いていましたが、
まさかここまでぶっ飛んでいるとは。
壮大な物理トリック。
というかバカ物理。

でも俺はこういうの大好き。
ミステリーは面白ければいいんです。
綾辻さんが影響受けるのもわかる。

犯人はもちろんわかった。
あのタイミングで何かやったのは気づく。
何でこんな描写がいるのかなと
あからさまに怪しいからね。

日下くんが
イケメンで推理を結構当ててるから、
もっと活躍するかと思ったが・・・
戸飼は結局は英子にフラれたんだろうな。
役に立ってなかったし。

関係ないが、
女性2人が図書室に入って来て
先に図書室にいた御手洗と石岡に気づかず、
醜い罵り合いをして
終わってから御手洗たちが
そこにいたことに気付くシーン。
なんて広い図書室なんだろうと思った。
いや気づくでしょ。

砲丸の密室トリックは
なるほどと思った。
しかし、
この北海道でスキー用具が置いてあるのはわかるが、
なぜ砲丸が必要なのか?
砲丸投げが流行っているのか?
そこがミステリーだ。


★★☆☆☆ 犯人の意外性
★★★★★ 犯行トリック
★★★★★ 物語の面白さ
★★★★☆ 伏線の巧妙さ
★★★★☆ どんでん返し

笑える度 △
ホラー度 △
エッチ度 -
泣ける度 -

総合評価
 9点


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 ※ここからネタバレあり











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空前絶後の密室トリック

この館は
菊岡を殺すために作られた
まさにこのトリックのための建物。
その殺害方法は
究極の遠隔殺人である。

幸三郎の狙いは菊岡だけだった。
菊岡を地下一階の十四号室に
泊らせることが必然で、
十四号室の南に設置したベッドの上に
ナイフが到達する仕組みになっている。

ナイフ入りの「つらら」が凶器。
ナイフに白い糸をつなげたのは
軒下に吊るした時に幹となる部分の
つららの長さを必要とするため。
絵にするとこんな感じだろう。


これを塔から跳ね橋階段へ滑らせる。
屋敷は「南に傾いているため」
ナイフつららは
必ず階段の手すりの南端を滑っていく。
そのためだけに屋敷を傾けているのだ
4

L字型の渡り廊下は
端が意図的な施工ミスで
隙間が開いているため、
そのまま換気孔に飛び込む。

三号室は天狗の部屋だが、
ここの南面に並べて飾られた天狗の面の
天狗の「鼻」を滑走路にして滑っていき、
わざと「開けていた窓」を通って、
西側の階段を滑り、
十四号室の換気孔から
ベッドに寝ている被害者に刺さるという
超絶な遠隔殺人である。

無理がありすぎるため
バカトリックとも言われるが
こんな発想は誰も考えつかない。

 

上田を殺す必要があったのか?

危険を冒してまで

関係ない上田を殺す必要はあったのか?
動機としては
先に殺されたら意味がないとか
変な言い訳していたが、
上田殺しは幸三郎にとって必要なものだった。

上田殺しで犯人が「密室の中」にいたことで
菊岡殺しでも「密室の中」にいたように
錯覚させることができるからだ。

凶器に同じナイフと柄尻に糸をつけ、
運も味方して
完全に犯人は「密室の内側にいた」と思わせた。

さらに上田殺しで警察を介入させ、
菊岡殺しの時に
警察をアリバイの証人に利用するという
大胆な計画を実行したのは上手い。
 

尾崎の髪の毛の仕掛けはミスリード?

菊岡殺しの夜に
尾崎刑事が
菊岡と金井夫婦の部屋のドアに
髪の毛を貼り付けておいて
夜中に確認したら、
菊岡の部屋に仕掛けた髪の毛が
落ちていた、とある。

これは幸三郎と牛越が
菊岡が寝ているか確認に行った時に、
ドアをガチャガチャやって
落ちたことにしているが、
そもそも幸三郎は
菊岡に起きてもらってはまずいはず。

だからガチャつかせたけど、
ドアはそんなに動かしてないだろう。
髪の毛がそれで落ちるなら
ただ単にしっかり貼り付けてなかったのだ。

金井夫婦のアリバイを証明し、
犯人がドアを出入りしていると
ミスリードさせたいのだろうが、
これは無理がある。
 

警察は屋根の上を調べなかったのか?

これは調べてないでしょう。

屋根に上がれば
犯人が雪を下ろしたり
歩いたりした跡が残っていたはず。
えらく自信を持っていたか、
密室の内側に気をとられて屋根を調べ忘れたか。

それ以前に
警察は足跡がないことを
「専門家が徹底的に調査したが
 その手の痕跡はいっさいどこにもなかった」
「小細工で消した形跡というものはないのです」
と言っているが、
「足跡を消してる」んですけど。

嘘を書いてるからアンフェア?
地の文じゃないから
警察の見解だから嘘はついてないとでも
言い逃れしそうです。
 

動機が言い訳っぽい

幸三郎は幼友達の野間のかわりに
菊岡を殺したとある。

浜本幸三郎が68歳。
その幼友達なら野間も68歳くらい。
野間の上官である菊岡が65歳。

菊岡は年上の方が自然です。
なんか後付けの言い訳っぽく聞こえる。
 

上田のダイイングメッセージ

上田が死んだ時に
奇妙な格好で死んでいたのは
ダイイングメッセージで、
軍隊経験者である上田は
「手旗信号」で犯人の名前を示そうとした。

上半身は「ハ」
下半身は「マ」
つまり「ハマ」と言いたかった。

だけどちょっと待ってほしい。
「ハ」は赤白45度上にあげるので、
確かに「ハ」で間違いない。
「マ」は赤を右に水平に
白を斜め右下に出した後、
目の前で赤白を交差して作る。
上田は足を右に水平に
左足を斜め右下に出して
左腰のところに血で点を打ったが、
これを「マ」と読めるだろうか?
足のかたちはいい。
しかし点のところが苦しい。
ここをバツ印にすればよかったと思う。

あるいは
右に水平に血で線を引き、
白旗の位置に
「足を交差する」方法もある。
この方が「マ」と読めないだろうか?

ただそんなことするより、
左手が使えるなら
「ハマモト」って書けよと思いますが・・・

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好事家のためのトリックノート

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【自己抹殺トリック】
あらかじめ法医学者を呼んでおき、殺人事件の被害者のフリをして担架で運んでもらい、
後で死んだことにする。
 


【被害者トリック】
●スキを突かれた殺され方
犯人が自分のジャケットをやろうと言い、被害者に着せる。サイズが小さく、やはり合わないかと後ろでジャケットを脱がすフリをして両腕を絡めとり、後ろから刺殺する。
 


【密室トリック】
(犯行時、犯人が室内にいなかったもの)
●窓、または隙間を通しての室外からの殺人。
塔から跳ね橋の階段の手すりに、ナイフ入りのつららを滑らせる。屋敷が南に傾斜しているため、ナイフは必ず南端を通り、天狗のお面の鼻を並べて作った滑走路を通過し、換気孔から被害者の寝ているベッドへ到達する。 

(犯行時、犯人が室内にいたもの)
●出入り口を外から内部施錠する。
上下するスライドバーの鍵を、砲丸に糸をつけた木の札で上にあげた状態でセットし、ドアの内側に砲丸を置いてドアを閉める。屋敷が傾斜しているため、砲丸が自然に転がってバーを支える木の札が外れて鍵がかかる。 

【足跡トリック】
●足跡を一切つけない。
バラバラにした等身大の人形を踏み台にして、自分の足跡をつけない。 

●足跡を消しさる。
あらかじめ2本の棒を立てて目印にして、そのラインからはみ出さないように歩く。あとで屋根の雪を落としてその足跡を消す。 

【ダイイングメッセージ】
●通信後---手旗信号
上半身が両手を45度に上げて「ハ」下半身を右へひねり、右足を水平に、左足を斜め下にして、左腰の横に血で点を描いて「マ」つまり「ハマ」(浜本)を示す。 

【犯人自白・告白トリック】
探偵が偽の殺人事件を演出し、犯人に「犯人自身のトリック」で次に狙われるのが、犯人の大事な人だという状況を作って追い込む。焦った犯人がそれを阻止するために、犯人しか知らない行動をしたところを捕まえる。 

【おびき出しトリック】
屋根の上からロープで人形の首を吊って窓から覗かせて人物Aを脅えさせる。人物Bが人物Aの悲鳴でその部屋に駆けつけた隙に、屋根を回って人物Bの窓から部屋に入り、Bが戻らないうちに逃げる。 

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