先日のこのブログ
でウチの両親の事を少し紹介
させて頂いた。いろんな人から両親に対して、
有難いお声を頂いた。
思えば、両親について、自分自身が社内でも
社外でも、あまり多く語ったことは今までなかった。
というのも、二人とも「最近、体が弱くなった。。。」
と口癖のようには云っているが、幸いに元気良く、
比較的、近所で過ごしてるのもあり、二人の事を
あえて振り返る時間はまだ先で良いのでは、と
思っていたが。。。
あの大震災のことや、自分や家族のこと、そして
経営者として会社のことを考えていた時に、
「このような時にオヤジだったらどうしただろうか?」
とか、子供のしつけを妻がしてる時、オフクロは子供
の時の自分に「何をしてくれたか?」と振り返るように
なった。
とはいえ、先日述べた事は事実であり、今にして、
リスペクトする気持ちは持っているが、当時は親に
対して(特に父親に・・・)そんな気持ちが持てずに
いた。
前に述べた通り、オヤジはオフクロと二人で会社を興し
営業やデリバリー等も含めユーティリティーに働いては
いたが、、、
残業をして夜遅く帰ってくるという真面目な父親像ではなく、
お酒が好きで、比較的、自分たちが寝てる深夜に大声を
張り上げ帰宅し、オフクロとケンカになるという典型的な
家族ドラマのような主人公であり、自分や弟が小学生の
時には、町内の少年野球の監督を頼まれ、早朝練習や
夏休み、そして、週の何回かは、子供たちの下校時間で
ある15:00ぐらいから、仕事を切り上げ練習に暮れて、
そのまま酒を飲みに行ってしまう。。。というオヤジだった。
自分や弟が卒業してからも、約10年ぐらいは少年野球の
監督を自分の子どもがいないにもかかわらず、ある意味、
情熱を注いでやってはいたが、その情熱を僕たち家族や、
会社に注いでいたのか?疑問だった自分はいつしか、オヤジ
みたいには、なりたくないと思っていた。
そして自分が大学1年の時、学校にはほとんどいかず、
アルバイトに暮れ、合宿で車の免許を取得した頃に、オヤジが、
病気で一カ月以上、入院をしなければならないという事態が
起こり、オヤジ、オフクロの二人しかいない会社をどーしていくか?
ということで、あれだけ毛嫌いしていた仕事を手伝うことに・・・
いざ、手伝っていくと何となく仕事の楽しさを実感してきた。
今思えば、多くのお客様が急に姿を見せなくなったオヤジと、
ぎこちない仕事をしていた、その息子(自分)の事を思い、
助けてくれていたのだろう。。。
そんな事も何となく最近判るようになったと実感してきた。
そして社長になり、現在に至り何とか商売を継承させて頂いて
はいるが、、、
今自分たちのお客様でも若くして、起業されている方がたくさんいる。
自分に比べると大変な努力と実行力を備えての事をおやりになって
いるのだと思う。時には家族との時間や自分の時間を割き仕事に
情熱を燃やしてる人もいる。
オヤジのように、時には仕事以上に他人の子どもの事を思い、
少年野球の監督に情熱を注ぐのもいいのでは?と思うようにもなった。
現に自分自身も仕事の合間での「いい人の会」という交流会の幹事
を引き受けたり、今は中途半端な活動でクビになってしまった(笑)
「S1サーバーグランプリ」のNPO法人の理事をやっていたりと
結構、オヤジに影響を受けていることがあるかもしれない。。。
カフスやネクタイなど高い買い物ではない小物のオシャレはオヤジ
の影響を受けたかもしれない。。。
いずれにせよ、まだまだオヤジを超えていないのは確かだ。
でも、家族に対しての愛情と家庭円満は現時点では勝っている。かな?
社長。