Roxyのブログ

英語の教師、プロ格闘技選手、アニメオタク、元気なアメリカ人


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私の日本の旅行はとても楽しかった!
観光のために行ったわけじゃなかったね。
好きな町の道を歩くために
大切な友達に会うために
練習仲間ともう一度練習するために
美味しい食べ物を食べるために
日本語をまたたくさん喋るために
そしてアニメのグッズを買うために行ってきた。 ^^

友達全員に会う時間がなかった。ごめんね、みんな!


11日月曜日ラスベガスに出発して、12日に成田に到着した。


ホテルの予約をした時にウエブサイトは「チェックインは15時からだけどもし18時の後で着いたら必ずその前に電話してください」と書いてあった。

 

ええ、何でだろうと思った。アメリカなら別に電話しなくてもいいけど日本ではルールを絶対に守らなければならないから何とかしないと。もちろん私はアメリカン携帯を持っているから電話ができない。何時に着くか分からないけど、成田に着陸の時間は14時半のはずだった。15時の成田エクスプレスに乗ったら間に合うけどたぶん15時45分か16時のを乗る。だから友達の後藤さんに頼んだ。成田に着いたらWIFIをレンタルをしてから後藤さんにメールをして状況を教える。もし遅れそうになったら後藤さんは電話してくれると約束してくれた。

 

そういうふうになった。人がたくさん並んでいたから入国手続きの時間がかなりかかった。並んでいた間に「後藤さんお願い」とメールをした。そして待っていた。やっと私のでばんが来たら、後藤さんはLINEの電話で突然かけた。

後藤さんは「ホテルの受付が閉まるよ!」と言った。

 

ええええええ!?!?ガーン私はパニック。そして空港のスタッフのおじさんにおこられた。「NO 携帯!NO 携帯! WHY? WHY?」とすごく怒っちゃった。 ;_;悪かったな!緊急電話だけど!ゲッソリ

 

話中の後藤さんの電話をいきなり切った。 www 笑い泣きごめん。入国のスタッフと話しに行った。
無事に入国したらまた後藤さんとLINE電話した。便利だね、そのアプリ!


番号を入れたらオートロックのドアが開けるから、それから電話でナイトスタッフとチェックインすればいいと後藤さんは言っていた。ええっ?でもどうやってかぎをもらうのかな?困ったな。。。。チーン18時は早い!何でスタッフがそんなに早く帰るんだ?!

 

電車の中でずっと悩んでいた。一生懸命歩いていて武蔵小杉に乗り換えて、川崎について、ホテルへ急いだ。18時10分に着いた!私は番号のパネルを見ていた時に誰かがドアを開けてくれた!優しそうな男の人のスタッフが待っていてくれた!!! ラブああ、ほっとした。よかったよかった。無事にチェックインした。スタッフが早く帰る理由はホテルがすごく安いからたぶんオーナーは給料を払いたくないでしょう?

 

私は5分ぐらいベッドで休んだ。そして後藤さんとJonathansで食べに行った。もうずっと長いたびに寝ていなかったけど日本にいる時間が限れているから無駄をしたくない。後藤さんはグランドスラムに会った練習仲間だった。そして私は何年前に怪我で試合を中止した頃私はすごく落ち込んだ。ショボーンその時に後藤さんはお茶を飲みに行こうと誘ってくれて慰めてくれた。それから友達になった。このブログの日本語の間違いを直してくれたり、いろいろお世話になっている。


また顔を合わせて喋るのは楽しかった。

結局20時半ぐらい寝た。


次の日朝2時ぐらいおきちゃった。時差ぼけで二度寝出来なかったからコンビにでおにぎりと卵を食べて、散歩した!毎年のように24時間開いているJeansmateで買い物しに行った! ^_^ アニメの服を探していた。そしてワンピースのルフィのTシャツを見つけた!はははやった!

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先週の週末はセリーナちゃんと他の二人の仲間の試合だった。黒帯二段を持っている空手家Natan君 (ナタン)は一ラウンドでチョークで勝った。あれ? ゲラゲラ 

Enzo君 (エンゾ)は熱いバトルを繰り広げた、結局判定で負けてしまった。えーん 

セリーナちゃんは10秒で相手のストテートパンチでKO負けた。 悔しかったな!全然今まで練習した成果が見せられなかった! 毎日毎日二回ハードな練習で無理をした。一緒にね。

相手の方は経験があったけどセリーナは強いからなんとかなって勝てると思った。10秒はとてもとても残念だった。セリーナは確かに成長した。私の心が痛い。ショボーン でもそれは総合格闘技の独特のもんだ。そういうことがあるんだね。負けたら泣いて、落ち着いて、心と体を治して、歩き続けなければならない。私は負けるの辛さをよく知っている。

 

そのために何ヶ月フィラデルフィア州に帰る。寂しいけど、セリーナにとって一番いいことだね。まだ若いし、これからだ! 彼女はすごく強い!

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その3

海外に引っ越すのは大変なもんだね!どこに住めばいいか?!びっくり 行って調べないでしょう。

一応ネットで一ヶ月間借りるホテルかアパートを探してみた。ラスベガスにはたくさんある!一ヶ月8万でリビングルーム、台所、ベッドルームが会ったアパートを見つけた。スカイプで電話したら予約は二週間前にできると言われた。ええ?もっと早く決めたいでしょう!もう日本のアパートを出ちゃうからね。それと私は全部の物を送らなければならないでしょう!めちゃくちゃ高いから船で郵送した。ということで日本の最後の二週間一つずつ箱を準備をして私の腕で持って住んでいる町平間の郵便局まで歩いた。後はブリちゃんの基地から送ればもっと安い!本やすぐ使わないものを小さい箱に入れて、そいつがスーツケースで入れって、ブリちゃんと一緒に基地に行って郵送した。ありがとう、ブリちゃん!日本の郵便で4千円は基地1千円だった!送り先はそのアパートの住所だった。

大丈夫かな?!ガーン

 

たくさん捨てた。「4千円を払って送るか、アメリカで安く買うか。。。よし捨てる」とよく思った。

二つだけ物を捨てるのを後悔したね。パンダの形のケトルとホスト母からもらったカーテンだ。そしてしょうがないけどマッサージチェアを送れなかったけどしょうがない!;_;

そして平間のアパートを出た日は日本から出発する日の二日前だった。ブリちゃんのところで泊まらせてもらった。

 

エキサイティングだけど悲しい時だった。8年間で作った友達にさようならを言うのか?!えーん

 

 

 

地元のマサチューセッツは寒すぎて、メージャーのMMAジムが無かったからやっぱりラスベガスがいいと分かっていたが、どれがいいかとTUFのコーチのミーチャーとブライアンに聞いた。ブライアンは「僕達はよくドライズデールのジムをベースにして、一週一回シンジケートジムでキックボクシングのスパーリングをする。それでいいんじゃない?」とアドバイスをしてくれた。

 

それでは私はドライズデールジムへ行ってみた。とっても良いジムだった!爆  笑柔術のクラスはでっかい、先生はいい、クラスの人数が多かった!うまい女性が多い!

印象はすごかった。次の日の総合クラスはちょっと小さかった。。。参加者の女性は軽い青帯と筋肉ばきばき大きい人だった。 力で完全に負けた。^^; 小さい男性は居なかった。まあ。。。しょうがない?ゲッソリ


ジムに所属するところだったけど、友達のアマンダ・ルーカスは「うちのジムシンジケートにおいで!」と誘ってくれた。何年も誘ってくれたから行ってみなきゃと思った。

 

ヘザー・クラークに会った。

「上手だし、でっかい女子選手じゃなくてよかった」と思った。 ウインクそしてオーナーのジョン・ウッドの総合クラスに参加した。

びっくりするほど良かった!素晴らしいクラスだった!ちゃんとウォーミングアップをしてから、昨日習った技の打ち込みをやって、新しい技を習って、それを練習をして、最後にスパーリング的にハードでやった。ジョンさんの説明はすごくうまい。私は細かいことが分からないと技が出来ない。

 

クラスが終わったら私は『たぶんこのジムに入る』と思った。四日間のトライアルをやってから、ジョンさんと相談した。「ジムに入りたい」じゃなくて「弟子にしてください」と言っていた。 おねがい

私にとってジムか仲間でわなく、先生の教え方が一番大事だと気付いた。ジョンさんの指導を受けたかった。

彼なら、打撃を教えてくれるなか?まさか。ずっと打撃が出来ない私に?UFCに出たかったからやってみるしなかい。そしてTUFの試合に負けても時々UFCは人気な選手に最後のチャンスを与える!

 

シンジケートに所属した。それから一週二回ジョンさんとマンツーマン打撃のレッスンをした。正解だった。少しずつよくなってきた。

 

車を買った。店員さんはTUFを見て「おおおおロクサンだ!」と言った!wwwそして割引をしてくれた!

アパートを見つけた。お母さんは来た。


結局UFCに出るチャンスがあったが、判定で負けてしまって、リリースされた。 でも確かに短い間で打撃がちょっと良くなってきた。

 

すぐINVICTAと契約した。それから連勝だ!

ジョンさんのおかげだ!

素晴らしい整体の先生ジェイクに会って壊れ続けている体を治してくれる。

本当に彼が居ないとMMAを引退するね。

 

これからは?Invictaのタイトルマッチかな?でもやっぱりお金が少ないでしょう。UFCに出ないとMMAだけで生活が出来ないでしょう。私はシンジケートで子供の柔術クラスを教えているのはアルバイトだ。他のお金は大体ベルリッツの仕事から貯金したお金だ。私はつましい人でよかったね!

 

たくさん試合をしたい!もっともっともっと!今年は二回だけらしい。足りない!もっと習ったことを試合でやってみたい!

 

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そして日本の国際キリスト教大学に留学した。9月クロスポイント吉祥寺の道場に入った!高谷先生と植松先生の指導を受けさせていただいた。


私は始めから高谷先生に「私はいつか総合格闘技のプロ試合をやりたいです!」と言っていた。最初の一ヶ月が終わったところで高谷先生は「11月のスマックガールの大会に出てみたい?相手を見つけたよ」と言った。


私は「えっ?もう?大丈夫ですか?私はもうそのレベルで?」と聞いたけど、大丈夫だと言われた。


そして篠原ひかる選手と試合をして腕十字で勝った!

私の打撃の技術はひどいかったけど。


日本に居る間にもう三回試合をして勝てた。


その三回目の試合の後で、よく考えた。自分と話し合いをした。「ロクサン、私はプロ選手としていきたい。」「でもロクサン、試合で稼ぐお金が少なくて生活だ出来ないでしょう。どうしよう?」「じゃあ大学を卒業して、サラリーが高い仕事を見つけて、練習をつづけて試合をするか?」「日本語の通訳者がいいな。いっぱいお金を稼げるはず!」「そうしよう。UFCの最初の女子選手になるぞ!頑張ろう!」と考えようと思った。

 

そう決めてから、両親にMMAをやったことを教えた。www私はもちろん両親は反対すると分かっていたから、心の覚悟が出来たら教えると思った。正解だった! (笑)

アメリカに戻って、卒業して、ベルリッツで雇われた。日本に引っ越して仕事をしながら練習も試合もした。


結構勝った!チャンピオンシップを二つ勝った。沖縄、イギリス、アメリカでも試合した。

 


そして2010年ぐらい負けて負けて連敗してしまった。

私の問題はなんだろうと思って直そうとした。やっぱり打撃が下手だから、打撃を教えてくれる先生を見つけたり、道場を変えたり、階級を変えたり、いろいろ試してみた。でもなんだか勝てなくなった。チームを変えるのとはとてもとてもとてもつらかった。仲間は大事な人だから。


アメリカ人の友達みんなは「ロクサン、アメリカで練習しに来いよ!昔と違うからアメリカの方がいい!」と言っていたけど、私は日本と日本のチームが大好きだった。原発の悲劇があっても私はアメリカに戻らなかった。「帰る」とも言いたくなかった。もう日本は帰る場所だと思っていた。

 

私の心の中で、何かを直したら勝てると思った。私は可能性が高いと思った。でもその「何か」はなんだろう?


5連敗になった!そしてジ・アルティメット・ファイター シーズン18が発表された!女性も参加できるって!私はトライアウトして選ばれた!

エントリーの試合に勝った!

キャリアが逆転した!やっぱりアメリカの練習の方法と、それより英語で説明できるコーチが居たからよく分かった。


残念ながらアルティメット・ファイターの試合は負けたけど、練習への考え方が変わった。

やっぱりラスベガスに居ないとキャリアが終わると思った。体も痛い。腰、肩、首、怪我だらけだった。整体の三原さんのうまい治療で何とかなったけど、やっぱりだめだった。TUFの時に整体の先生は治療をしたら楽になった!すごかった!

でも、仲間達にそれが言いにくい。日本のチームに悪いからと思ったけど、真実だ。英語が喋るコーチとマンツーマンのレッスンが必要た。それとお母さんはとても一人ぼっちで寂しいことはうそではない。私は英語教師の仕事を突然やめてラスベガスにひっこした!お母さんはマサチューセッツからラスベガスに引っ越した! 

 

つづき

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さっき、英語のブログで長い記事を書いた。

 

格闘技のキャリアーの物語だね。

 

私は子供の頃、テレビ番組のスーパー戦隊シリーズとドラゴンボールZのヒーローを見て、武道をやってみたいと思った。私も強くなって悪い人をぶっ飛ばして他の人を助けたいと思った。

13歳の頃テコンドーを始めた。とても楽しかった!私はかっこいいと思った!^^ 私は一年半練習をした。でも選んだ道場は突然色んな募金活動を始めた。先生は「近所の人々の家に行って、ピザを売ってみろ」と言われた。私は子供でもそれが間違っているのが分かっていた。道場は別につぶれそうじゃないから何で私がそれをやらなければならないの?修行をするためにお母さんはお金を払っていたから。

 

その道場をやめた。その代わりにアメリカン拳法空手をやってみた。とても楽しかった!自己防衛のスタイルというか、もしも悪い人が私を捕まえたら、どうするべきかのことだ。


一年以上練習した。それから家族がペンシルベニア州からマサチューセッツ州に引っ越した。両親は離婚した。お父さんは東の方でボストンに引っ越した。お母さんは西の方でレノクス市に引っ越した。距離は車かバスで三時間半がかかった。お母さんは私が武道を始めたい理由は離婚のせいで怒りと悲しみを感じたから戦いたいと思ったらしいけど、それは違うね。 ^^; 私の前でお父さんとお母さんはあまり喧嘩していなかったからそんなに悪くなかった。ありがたいね。

 

とりあえず、またテコンドーのジムに入ったけど、その先生は白帯からスタートをしなければならないと言っていた。えええ~。 まあ、いいか。何ヶ月やったけど、やっぱりつまらなかったなと思った。もう、テコンドーのジムのオーナーはみんなお金ばっかり考えているのか? 

-_-;;

 

その頃もう16歳になった。心の中で気持ちが変わった。もう暴力はだめだ、誰にもパンチやキックをしたくない。誰も殴らないと決めた。でもやっぱり他の戦う方法があるはずでしょう。。。。

 


ということで、柔道の道場に入った!


あああ、これだ!これがいいなと思っていた。めちゃくちゃ難しかったな。柔道の動きになれるのは何ヶ月間もかかったね。でもハリー先生は優しかった。優しいけど強くて厳しかった。彼の娘カリーちゃんは2年ぐらい年上だったし、柔道がとても上手だった。そして息子は私の2年下。皆が仲良くなって練習を楽しんで幸せな時期だった。

 

それからカリーはもうちょっとでオリンピックチームに入れたけど結局失敗した。何年も。でもとてもとてもうまかった!ジュニアオリンピックとか何とかのチームに入れたけど、詳しく忘れた。

 

私は三年間柔道を練習して、茶帯になった。試合にたくさん出た。

 

そして、高校を卒業した。私の先輩ジョンさんは「ロクサン、今は夏だから、バイトの休みの日にブラジリアン柔術のクラスをやってみ」と誘ってくれた。今のジョンさんと違うけどね。でも名前は同じだから面白いね。 


私は最初に興味がないと言っていたけど、試しに行ってみた。

 

柔術はいいね、柔道と似ているね!実は柔道の試合で腰の脊椎を怪我した。もうひねる動きとうけみが痛かったから、寝技中心の柔術はちょうどういい。

ジョンさんはUFCが大好きだった。何度も一緒にテレビでみた。最初は暴力がひどすぎてあまり見たくなかったけど、友達はすごく熱心に見た技を次の日練習したがっていた。私も一緒にやった。

 

その夏の二ヶ月ジョンさんと新しい柔術道場で練習し、そして秋が来たら大学に入って引っ越した。柔術の道場を探したら、学校のクラブを見つけた。皆は白帯ばっかりだった。大学三年生のBJJの先生ロブは「実はMMAのジムが近くにあるんだけど、あそこに行って見ない?」と言っていた。

 


私は行ってみた。ということで最初の総合格闘技ジムNew England Submission Academyに入った。コーチのキリクさんとデーブさんと皆で三年間練習した。

たくさんの柔術のトーナメントに参加した。UFCがあったら、仲間と一緒に見た。
そしてある日、トーナメントで試合した女の人ローラは総合の試合に出た。私はライブで見た。「私は彼女と戦ったことがあるよ!勝ったし。彼女がMMAを出来るなら私も出来るはずだ!」と思った。

 

MMAをやるのを決めた。
そして日本の国際キリスト教大学に留学した…

 

つづき。。。

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