庄田次郎のこと。

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庄田&U-RANSEN庄田、秋山、キヨカタ
庄田次郎&夢の遊乱船(郡山 1991年)      NY地下鉄内

今月26日、郡山のジャズクラブ「MONK'S」にやってくる庄田との接点は今から20数年前、当時わたしと稲葉を中心に組んでいたバンド「夢の遊乱船」での共演だった。
もちろん彼が率いていたフリージャズ・オーケストラ「NEW JAZZ SYNDICATE」の一員だった稲葉が声をかけてくれたのだが、それが切っ掛けで以後何度かつき合わさせてもらっている。

庄田にはわたしと同い年とは思えぬパワーがある。
ボディビルと季節日雇い労働で鍛え上げたマッチョな肉体から想像もつかないエナジーを噴出させる。演奏中ときどきトレードマークである赤褌から愛嬌のないハミチン芸を披露するが、それも芸の熱心さ故なのだろうか、、、。

1991年の秋、庄田は自分のバンドの若いふたり(小林くんと石川くん)を引きつれライヴとストリート演奏をするためニューヨークにやってきていた。
ちょうどこの時期わたしもバンド仲間の秋山と川名を連れ同じ安宿(W・J HOTEL)にいた。
なんの因縁があるのか、、あとはこの面子である。ご想像どおり毎夜むさ苦しい彼らの部屋へ”強制的”な招待を受けることになる。

庄田の創造豊かな「低予算高カロリー手料理」は絶品だった。
ゴム草履のようなふつうに焼いたら噛み切れない1パック4ドル99セントの米産牛肉が2つ星レストランのステーキに化けるってホントにすごい!
これに、飲むとあくる日必ず頭痛がするビールもどきのビールを安ジンで割り「カァ~!」とほえながらやっつけるのが庄田流。滞在中ドンチャン騒ぎの日々でした。

彼らは3ヶ月間毎日ミッドタウン7番街の47~55丁目あたりでストリートパフォーマンスをやり、終わると庄田はパフォーマンス用の隈取り顔のまま街を闊歩するので、その奇異な姿に、そっち方面には慣れているはずのニューヨーカーもひいてたのを思い出す。

現在はないが、ハーレムのジャズ・クラブ「ラ・ファミーュ」のジャムセッションに参上し
圧倒的なコルネット・ソロを披露した庄田次郎はカッコよかった!

大勢のミュージシャンが列をつくってました。 
入れ替わり立ち代りハモンドのファンキーなジャズ・ブルースをバックに演奏します。
みな迫力ありました。
石川くんもトランペットで参加しました。
順番を待つ彼は泣きそうな顔をしてました。
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迫真のブロウが終わり2,3歩歩き出したところで膝から崩れ落ちました。
緊張してたのでした。
乾杯するコップの手が震えてました。
28年前、稲葉が10番街にあったフリー・ミュージックの殿堂「SOUND SCAPE」でサックスを吹き終え、おれと嘘つきよっちゃんの3人で乾杯したときの、なんどもコップのビールが漏れ落ちた震えた”手”とダブりました。

テーブル席で三味線片手に参加しようかどうか迷っていたギターの小林くん、ハーレムのジャムで三味線ひくやつなんていないだろうに、、、見てみたかったなぁ。

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最近はサックスやトロンボーン、おもちゃの楽器を使ったり、着物姿で踊ったりパフォーマーとしての側面が目立つがストレートに吹きまくる庄田次郎をもっともっと見たいと思うのはおれだけか、、、。

というわけで’04年、我らルーレット・アイラーと共演以来のライヴですが、どんな演奏みなるか楽しみである。

キヨカタ
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