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井河隆志は、阿佐ヶ谷アパートの同じ住民で「アニオタ」の準構成員でもあり時々(g)で参加してましたが、玉美を出て絵描きを志望していたのです。我らが画伯のあの繊細なタッチには及びませんが、オドロオドロシイ怪奇幻想的な絵で、「アルゴス同盟」のチラシは毎回、彼が描いてくれました。立ち食いそば屋を辞めた私は、井河とともに「アニオタ」蝉丸(ts)の伝手で、テキヤのバイトをすることになります。普段は西武新宿線の新井薬師駅前で、たこ焼きの屋台をやり、縁日には神社に出張。大晦日は明治神宮でだるま売り、元旦は浅草、浅草寺でイカポッポ焼きと毎日変わることもあります。秋祭りは、トラックの荷台に乗せられて旅にでます。旅館には親分しか泊まれませんので、みんなサウナで夜露を凌ぎます。風呂の中では、私と井河だけが背中がシロイのです。あとのお兄ぃさんたちは、それぞれ背中にお絵描きしていますが、たいそうご立派なものから、萎びて色褪せたものやら、まだデッサン中のものまでありましたね。・・・・当時、現代美術を志向していた井河は、後年エロ漫画家として活躍することになります。ペンネームは「井河隆志」とともに「挫磨屋ミロ」です。・・・「二葉亭四迷」が<くたばってしめい!>なら「挫磨屋ミロ」だって<ざまぁみろ!>だそうです。「ミロ」もあの「ミロ」だよね?・・・・・


R.Inaba