今回の安曇野行では、母の実家のある白馬村にもいきました。
そこで待っていてくれたのは、わが叔父、高橋本栄(タカハシホンエ)です。
叔父といってもあたしとは10コしかちがわないので、小さいときから兄みたいな感覚できました。
本当は、もはや村の名士ともいえる人なのですが、なのであたしも弟も、
いまだに「ホンちゃん」とか呼んじゃってるんですけどね。(^o^)ゞ
ホンちゃんは、中学生のときに水芭蕉のレリーフで佐藤栄作総理大臣賞を獲って、
プロの木彫家の道に入りました。
あたしおぼえてる。
ある日、「ホンちゃんがすごいエライ賞とったんだよ!」って、
村中の人が押しかけてきたの。(笑)
白馬村というところは、
大正時代に勃興した農民美術運動の担い手という土地柄だったのだそうです。
この村に民芸作家ではない芸術家が育ったのには、
もともとそんなアカデミックな下地があったゆえだったのですね。
工房は庭にあって、
多いときには13時間ぐらい木と格闘します。
手先の仕事なので、
冬はガンガンに薪ストーブを焚きます。
そう、やっぱ薪はあったかいんだナ、
白馬さぶいからっ。
雪がとけたころから山で木を集めはじめて、
夏のあいまを見てほそく割るのです。
なので、庭先に積んであるのは、
作品の素材じゃなくて、薪。(笑)
あーア~~ あぁぁァア~~~♪
と、ここまで読んで、聞こえてきたヒトいるでしょ、
『北の国から』のテーマ。
(笑)まさしくそんな暮らし。
実際うちでは母の実家のことを、
「北のうち」と呼んでます。(笑)
今、ホンちゃんは日展の出品作の製作に余念がありません。
こんど通れば9回目。
10回入選すれば、会友-かいゆう- になれるんだって。
よくわかんないけど、日展の常連になったら次に目指すのはそこらしい。
でも、常連っていっても毎年入選できるわけでもないので、
やっぱキビシイ世界ですよねぇ。
あたしもホンちゃんも、やってることの根っこは同じなので、
そのあたりはお互いに、そうそうわかるわかる~、って感じで。
親戚中で毛色の変わった異分子ふたりです。(笑)
工房はふた部屋に分かれていて、
ストーブがある方は、アクセサリーなどの小さいものづくりと仕上げの部屋。
隣は、畳より大きな20cmの分厚さの木を、凄い勢いで荒削りする部屋なので、
風除けにブルーシートを張りめぐらせてあります。
仕上げの部屋によけいな木屑が入ってこないようにネ。
彫刻等やノミが置いてありますが、作業机じゃありません、これが今度の出品作です。(@o@;)/
あたしも製作の初期段階は初めてみましたが、板に数字が書いてあるの、
見えます?
どうやら彫りの深さをメモってあるようです、くわしくは教えてもらえなかったけど。(笑)
図案は、あらかじめイメージ画を描いておくんだけど、その通りになった試しナシだそうで。
まあそうだよね、
木と会話しながらだからね、うんうん。(知ったかぶり・笑)
しかし、たたみ一畳をぜんぶ素手で掘るですよね~。
…余談ですが、
ホンちゃんが背中の指圧をしてくれたんですけど、あまりのゆび圧に絶叫の嵐っ。
スッゴイ硬いんですよ、手、密度高いっていうか。
鉄の棒でグリグリされてるみたいだったです。
あたしがケータイを向けて、チョイと遠慮がちに撮りだしたら、
ホンちゃん、木彫りをはじめてくれました。
大事な作品に、集中のないノミ跡つけさせたら悪いなと思ってたんですけど、
どっこい!
刀(とう)を握ったらあっというまに創作世界に埋没、そんな気ぃつかう必要ぜんぜんなかった。(^o^;)
うつくしい手振りでしたぁ。
シュッシュッシュッシュ、って。
なんか、尊敬…
って思った。
なわけで、これまで日展に出品した作品の抜粋を、
次回、『 北の国の木彫りさん 2 』でお目にかけましょう!
そしていよいよダメ押しのオススメ!(笑)
『山岸諒子の台詞に恋して ~さて、何が世界を終わらせるのか 』
日本は本当にいい国ですよね。
こうなってみてはじめて実感できました。。。
失っちゃいけないですよね、まだ間に合います。