discovery japan

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お盆休みを利用して、

岐阜へ盆踊りに行ってきました。


美濃白鳥という古い町で三夜連続行なわれる盆踊りです。


何がすごいって徹夜で踊り明かすのです。


しかも、地元っ子がすごい。

中高生が大声あげて裸足になって踊り狂っています。

演奏ももちろん生!3日間、自慢の喉と三味線で歌いつづけるのです。


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盆踊りで有名なのは郡上八幡ですが、

こちらはどちらかというと観光メインで、

踊り手、ギャラリーともに人の多さも美濃の10倍近く。


美濃白鳥はあくまで地元のお祭りムード。

しかも、ギャラリーはほとんどなくみんなひたすら踊りまくり!

屋台はかたちばかり、5軒ほどしか出ていません。

片隅に、長良川の伏流水を引いた水のみ場があって

喉が渇くと、そこでゴクゴクと喉を潤します。


盆踊りも郡上以上にハードで、最高に面白いです。

汗だくになって、2晩踊りました。めっちゃ!たのしい!!


盆踊りって、本当に日本人のDNAに刷り込まれているんですね。

恋の唄や一揆の唄など何種類もある唄と踊りが、すっかり身と心に沁みこみました。




一番印象的だったのは、やっぱり元気に踊り狂う中高生たち。

こんなにすばらしい自然と文化のもと、すくすく育って羨ましいかぎりです。



家に帰って調べると、

なんと美濃白鳥の盆踊りは盆踊りの発祥であり、

この踊りは国の重要無形民俗文化財に指定されているんですね。



郡上八幡と美濃白鳥を結ぶ、単線の長良川鉄道。

ゆったりとした長良川の流れに沿って走るのどかな列車の旅です。




駅舎は昔ながらの趣。


この旅で何が感動したかって、

日本の町や村がもつ豊かさです。



家々がなんと美しいんだろう。

土地の人の言葉がなんと心地よいんだろう。



お恥ずかしながら、東京で暮らしていると

東京的な価値観や生活環境、生き方が日本のほぼすべてだと

思い込んでいるところがあります。


しかし!

東京を一歩出ると、広がるこの豊かな生活をや!!




東京、というのは、日本の中の一地方でしかないのですね。

あまりの落差にめまいがする気がしました。

羨ましくて羨ましくて切なくなりました。


「羨ましい!」と呟きつつも

「でもきっとショッピングもできなくて1週間で飽きちゃうよねっ」

「近所づきあいとかもきっと大変なんだよっ」

と友達と励ましあいました。



豊かな国に暮らす人も貧しい国に暮らす人も

どちらかのほうが幸せ、ということはなく、

幸せの総量は結局同じなのだという文章を最近、読みました。


きっとそれはいろんなことにあてはまるかもしれません。





幸せへの距離はみんな等しい。




そんなことがわかったような気がしないでもない、夏の旅でした。


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行って来ました、東をどり。

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仕事でお世話になったスタイリストさんと恵比寿のパルテノペ でランチ。


じつはかつて永福町のLa piccola tavola (ブルータスで絶賛されていたピザ屋)にごいっしょした仲。

今まで食べたことのないおいーーしいピザだったんですが、

なにせ、なかなか立ち寄れるスポットではないので、

おなじく「真のナポリピッツァ協会認定店」つながりであることを頼りに味見に行ってきました。


永福町の店ほどではないけれど、そこらへんのピザとは一線を画すおいしさです!

前菜+ピッツァ+ドリンクで1200円ぐらいですので、オススメ♪


で、2時間ほどおしゃべりをした後、

新橋演舞場でおこなわれている「東をどり 」へいざ行かん!

新橋の花柳界が年に1度だけ一般の人に技芸を披露してくれる会なのです。


現場に行くと、お着物を召されている方も多く、花柳界関係と思しき方々もワラワラ。

こうした方々の着物の着こなしがまたカッコいいのです。

髪を結い上げて、しゃっきと着物を着て。


うっとりと見とれていると、どこぞから京都弁。

なんと舞妓さんも来られておりますどすえー(←間違った京都弁)。

うを!間近で舞妓さん見たのはじめて!目

(京都の観光地で見る舞妓さんは9割がたニセ者・・・と疑っております)

これが日本人形のようで、すっごく可憐なんですよ。いい匂いもした!

男の人が夢中になるのもわかるような!


幕が上がると、新橋芸者さんたちの踊りが始まります。

前から2列目でかぶりつきで観られたのですが、

これがもうもう可憐でもあり、ときおり妖艶な美しさですっかり目を奪われてしまいました。


休憩時間にロビーをウロついていると、なーんと!杉本彩さんが来ておりました。

やっぱりナマ彩様は超きれいでしたが、もしお一人で来ていたら

「あ、とってもきれいな人がいる」ぐらいで意外と気づかなかったかも。汗

場所が場所だけにご高齢者にまじって、プロ級の派手系美女が多かったので。



内容は日本舞踊だけでなく、

芸者さんが花魁や源氏やら鏡獅子に扮してプチ歌舞伎状態。


はじめは可憐な芸者さんがたくさん出てきたんですが、

独演になると、やっぱり芸のレベルが上がるゆえか、

さすがに高齢・・・で、花魁やら娘役などを怪演しておりました。



「芸が身に付く頃には、すでに・・・なのよねー」と複雑な胸中になる私。



さすがに鏡獅子(歌舞伎で頭をブンブン回すヤツですね)では、

もみ上げの毛を両手でもって頭を振る態勢に入ったときには会場にどよめきが・・・。

だ、大丈夫かー・・・。





まあ・・・女の振る舞いの美しさを身につけよ!というミッションのもと行った私ですが、

あんまり今後の立ち居振る舞いには反映されないと思います・・・。




しかし、良かった。日本舞踊。










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観たよ、YASUKUNI

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公開の前日だったか、ちらりと「靖国YASUKUNI」観ようかなーと思っていたら、

公開当日、警察とか出動して大変な騒ぎだったっつーニュースをちら見しました。


あまり予断を持ちたくないので、ニュースもサイトも深追いせず。



今日、ちょうど渋谷で打ち合わせがあったので

そのあと映画館に足を運んでみると、

うわっー映画館の前に警察官が。護送車みたいのも。

しかも、渋谷の映画館とは思えないほど客が・・・高齢化。



ちょうど駆けつけた回は完売で、

なかなかこういうムードで上映される映画を観ることはないので

次の回まで待ちました。


映画館の中にまで、私服警官っぽい人とか警備員がいました。

しかも、上映中も前にいるの。



で。肝心の内容ですが。


えーと、正直はじめの10分ぐらい、いや15分ぐらい寝たと思います(爆)。

いや、けっこう待ったから疲れちゃって・・・・照。グーグー。



で。内容。


イヤーな内容でしたね。


戦争責任、施政者の靖国参拝問題、

台湾人、靖国に奉られることを望まない戦死者・遺族の合祀問題については

考えさせられるところが多分にありました。



でも、映される日本人が一部の先鋭的な人たちばかり。

もちろんそうじゃない人もいましたが、これらの人が強烈で。


日本人も韓国人や中国人が激しく反日運動をしているのを見て

まるで全体がそんなムードになっているような印象を受けて、

イヤーな気分になることがあると思いますが。


きっと中国や韓国の人がこれを見たら、

これが日本人の姿だって勘違いされるじゃんか。



この韓国人の監督は何を撮りたかったんだろうか。

何を伝えたかったんだろうか。


ほんとに全然わからなかった。



こういうジャーナリストきどり(って言っていいですか。

最終的には私には何も伝わらなかったから)の人が

無自覚に流す情報の断片ほど有害なものはないと思いました。


マスコミに関わる人間は、ほんとに深く深く自覚しなければいけないと思う。

刺激的な映像や一部の発言だけを切り取る危険性と可能性を。



ちゃんと現代の日本人の戦争観、靖国観をあぶりだしたものなら

どんなカタチでも納得する。それが結果的に反日感情を煽るものであっても。

でも、一部の先鋭的な人ばかりを映されてもなあ。。まあそういう人はどの国にもいるでしょ。


ジャーナリズムの可能性というものをもっと生かしてほしい。


でも、韓国人だから最終的には反日というのが

彼らの考える正義なのかな、

とまで思ってしまう。


行き過ぎたナショナリズムやイデオロギーはイタいぜ。


http://www.yasukuni-movie.com/






あー。そうそう。

全然関係ないけど最近、私オトナエレガンス路線に転換しました。(ほんと関係ないわ)

ここ数ヶ月の買い物ラッシュはそのためだったってワケ!


レギンスにデニムミニとか合わせちゃう自分に飽き飽きしてきたんで。



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顔面偏差値

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下北沢の本多劇場へポツドール主宰の「顔よ 」を観てきました。



たまたま週刊誌で脚本・演出の三浦大輔氏のインタビューを読んだのがきっかけ。

「おお、観たいなー」と思い、足を運んできました。


ちなみにその演劇のキャッチコピーというか、リードは以下。


自分の顔を60点以下だと思ってる人間はいないんじゃないだろうか。
まあ、そう思わないとやってられない。
でも、実際、60点以下の人間はいる。確実にいる。
30点の人間。いる。ごろごろいる。
「俺は自分の顔のことちゃんと自覚してるからさ」
そう言っている人は、絶対、フォローの言葉を待っている。
「そんなことないよ」
その一言が聞ければ、自己評価は跳ね上がる。
ほんとは30点なのに。

僕も60点気取りで生きてます。
と言っといて、「もっと、上なんじゃない?」と言われるのを待ってます。
すみません。どうぞ。よろしく。      ポツドール主宰 三浦大輔



で、この三浦大輔っつーのは町田康風のイケメンで、

80点はいけるとおもってんだろー

と思わず、ひがんでしまうのですが。。。

それは、さておき演劇のこと。



舞台にはアパートの建物があり、4つの部屋がそのまま見渡せます。

ドリフ世代としては、この舞台のつくりはたまらん(笑)。

こういうの大好きなんです。


で、4つの部屋でほぼ同時進行で劇が進んでいきます。


つまり、脚本が何重にもなっているわけです。

役者さんの自分の役への集中力もさることながら、

しかも対比的なところではちゃんと言葉が交互したり、かさなったりで

全体へも意識がいっていなければならないわけで。


観ていて一瞬たりとも気を抜けないというか、

人間の集中力と情報収集力のギリギリのところまでもっていかれます。



ストーリーやみどころはネタばれするので書きませんが、

一つだけ書かせてけろ。



アパートの住人の中には

近所の人から「ブサイクカップル」と笑われている二人がいます。

男の子は彼女のブサイクさを恥ずかしがっていて、

同じくブサイクの友人に「おれの姉ちゃん」などと紹介されたりします。


で、その友人に可愛い彼女ができてしまいました。

友人は余裕ができたものだから、

ブサイクな女の子をベタほめするシーンがあるんです。


「だって○○さん、すっげー雰囲気あるし!」←2回ぐらい言った・・・笑

「ずっと可愛いって思ってたんすよ」

「はじめ見たとき、きれいでびっくりしました」

「○○さん、××と別れて俺と付き合いませんかーw」


それを聞いてブサイクな女の子は

「えーーー」「そんなことないよー」「やめてよー」と喜ぶわけです。




・・・いやあ、背筋が凍る思いがしました。



なんか過去に人に言われたことのある言葉ばかりで

しかも、「うふふー。そう?」なんて内心、調子にのっていたのだもの。


人間って、心にもないことを上手に感情を込めていうことができるもんです。ほんとに。


ほら、自分の顔って自分の評価では

鏡を見て「うわっブッサー」「かわゆすだわ」

などと意外と振り幅が広いわけです。


で、「いや、いけてる」とか自信を持てる気持ちって結構、

他人の評価に支えられているところありませんか。


○○ちゃんに「美人だね」「可愛いね」って言われたとか、

○○君に「いっしょに歩きたい」「好みのタイプ」とか言われたとか。



でも、これも一切合財信じちゃいけないんだと、気がつきました。

ヒーーーー。



あたしってじつは(やっぱり)ブスだったのねー・・・・・ガクって思いつつも、

主宰の言葉にあるように

「もっと、上なんじゃない?」と言われるのを待ってます。

という不思議な人間心理。



あ、とりあえず、私の顔を知っている人は

「そんなことないよー」的にほめるのをかたく厳禁します。笑

サブくなるから。シベリアだから。




とにかく劇中は100%面白かったなあー。ラストは・・・あーそうくるかー。

その手のラストは、そろそろ手垢がつきつつあるが、

あれだけのてんやわんやをまとめるのはそれが妥当だったかなーという気もしないでもない。





で、顔がダメならしぐさ美人になろうwと思った私。


5/29-6/1に新橋演舞場で開かれる「東をどり」を観てこようとたくらんでいます。

予定では5/31(土)。

新橋花柳界の芸者さんの唄や踊りなどを観賞する会でございます。

どなたかごいっしょしませんかー?



http://www2.odn.ne.jp/shinbashikumiai/



屋上シャンパン飲み

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夏もそろそろ終わりですね。


井の頭公園の池にかかる橋を歩いていたら


女子高生の「どうしよう、夏が終わっちゃう」という話し声が聞こえ、

なんだかくすぐったいような気分になりました。



先日、ご近所の友達とハモニカ横丁(という吉祥寺の飲み屋街)で飲みました。

ちょっと暑いかなと思ったけれど、風が吹き抜けて気持ちいい。

屋上にある席で、ワインクーラーで冷やされたシャンパンをガブガブ。


夏の湿った夜空のもと、

なんだか女子の濃密トークをしましたわい。



ハモニカ横丁は戦後間もない頃の闇市街。


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屋上からの眺め。
写真では真っ黒になっちゃってるけど(汗)、

古ぼけた建物(すべて2階立て)が並ぶ風景はなんだかアジアチックです。



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屋上スペース。

外からはまったく見えないので、この店に屋上があることを最近知りました・・・。


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屋上から下の眺め。

狭い道に並ぶ物売り台。完全にアジアの路地。。。ですね。




初秋までは楽しみたい。屋上飲み。

東京の島

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東京から南海上へ287㌔、八丈島に行って参りました。

飛行機でわずか50分、あっというまの近いようで遠い島です。



山の鬱蒼とした緑、

はるか地平線を見渡せる海の眺め、

ときおりからだを吹き抜ける涼しい風、

おだやかで話好きな島の人・・・


ただそこに居られることが、楽しくて幸せで、

からだの奥底から、からだじゅうの細胞から、

喜びが湧き上がる思いがしました。


日常生活で少しずつたまっていた澱のようなものがすべて吐き出され、

新しい水と風を吹き込まれたような感覚。


忙しかろうが、日に焼けようが、

年に2回はこういうところに行かなくちゃ!と思いもあらたに・・・。


人間には自然が必要なのだ、と感じた旅でした。



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宿の前の道。基本的に八丈島はどこへ行っても先に海が見渡せます。

もちろん、宿の部屋からも。海のある風景、が標準装備なのですねえ。

ちなみに泊まった宿はどちらかといえば山間部。

中之郷地区というところで、山間部であるものの、

温泉が多く、水はめちゃくちゃおいしい!

炎天下の道を歩いても木陰はあるし、ひんやりした風が吹いてくるところでした。



宿から海に行くには、徒歩15~20分の山道を汗かきながら歩きます。。

都会でかく汗は徒労ですが、自然の中でかく汗はなんだか爽快。

悪いものが全部出て行く気がします(笑)。



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ちなみに八丈島を旅する人はレンタカーでガシガシ回るのが普通だとか。

事前にろくに調べない、という私の適当精神のおかげで、たいへんな思いをしました。涙


その一方、歩きながらいろいろな発見があったり、

島の人におにぎりをもらったり(笑)、車に乗せてもらったり(国内では初のヒッチハイク!)

とにかく島の人と話す機会に恵まれました。

自然と、まるで知り合いのように話し出してしまうのです。


温泉で会った人に、お気に入りの廃屋に案内してもらったり、

足湯で会った人に、かつての東京生活を聞いて、車で送ってもらったりしました。


人と人の距離について、あらためて考えさせられました。

田舎とはこういうものなのか、

あるいは、島暮らしという限られた範囲での生活が、助け合いの精神を浸透させているのか、

単純に人が少ないゆえか。


とくに親切にいろいろ話してくれた人は

観光客の多い地区より、若干過疎化が進んだような地区の人が多かったです。


東京では人が多くて、どこでも島のようなフレンドリーさを発揮するのはむずかしいけど、

もっと「人間好き」になりたいなあと思いました。




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こちらは、山間部の中之郷とは違い、なだらかな平地の、三根地区というところ。

観光客がいちばん集まるところです。いかにも南の島らしい。

私は山間部のほうが好きでした。人は温かいし、水もいい。涼やかな風が吹いてくる木陰もたくさんありました。


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三根地区にある廃墟ホテル、オリエンタルリゾート。

70~80年代前半までは、八丈島は一大観光地だったのです。

島の人の話によれば、毎日船便で2000人の観光客が運ばれてきたといいます。

宿のマスターには、昔の話をたくさん聞きました。

海には数百の人の群。地元の青年団が海の家をたくさん出して賑わったといいます。


泊まった宿にはいつも8人ぐらいしか宿泊客が居ませんでしたが、

かつては50人とか80人に達したといいます。



廃墟となった民家、民宿、ホテルはたくさんあるといいます。

ただ、この島は植物の勢いがすごくて、あっというまに緑に埋め尽くされてしまうのです。




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末吉地区という島の端っこにある温泉からの眺め。

高さ40メートルはあろうかと思われるがけっぷちに露天温泉があります。


ここで立ち上がって全身に海から吹き上げる風をあびる気持ちよさといったら!

生きている喜びがからだに満ちてくる感覚がします。






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旅行期間中、2箇所の海水浴場は波が高くて泳げませんでした。

宿のマスターによれば、数日前のペルー沖地震の影響では?とのこと。

あれ以来、波が高く、水がにごり、冷たくなっているといいます。


地震の振動で太平洋の何万キロかにわたって海水が移動するのです。

台風の比ではないといいます(台風は水面の10mが荒れるだけだそうです)。


波がなければ、きっとここは絶好のシュノーケリングスポット。




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手前の海の青がなんともキレイでした。

この岩は高さ4メートルほど。ふだんは島の子どもが海に飛び込むのによじ登っているとか。





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シュノーケリングにいそしんだ三根地区の底土海岸。

真水のように透明な海水。

青い魚、黄色い魚、黄色と黒のシマシマの魚、ふぐ、アナゴ、うに(鮨みたいだな・・・)

サンゴ礁の段々畑に魚が見え隠れしていて、楽しかった!


1匹、確実に目が合った魚がいて、ピーーと逃げるのですが

何度も私のことを振り返るのです。「えっ!」みたいな感じで。

で、岩に隠れると、岩影からこっちをじっと見ている。

わざと追いかけて、手足をばたばたしたりして嫌がらせをしました。。。

おもろかったなあ、あいつ。






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毎晩、島焼酎を飲みながら、宿のマスターの島話に耳を傾けました。

そのすべてを書いたら、1週間はかかってしまいそう。


意外と知られていないのは、八丈島は流人の島といえども、

政治犯、それも冤罪の罪人が多く流されたといいます。

中央との権力闘争に敗れたり、影響力を恐れられた人々が流罪となった島なのです。

僧侶やキリシタンも多かったといいます。


今でも墓石を持ち上げると、十字架が刻まれている墓所があるといわれています。

また、とある武将の屋敷は現存していますが、子孫が囲うように家を建てて

部外者は、外から見ることもできなくなっています。

どちらも島の人すら、見た人がほとんどいないものです。

流人という「汚名」がそうさせているのでしょうか・・・。


ちなみに、宿のマスターは流人の子孫ではなく、土着の島民の子孫です。

マスターの兄弟が結婚するときは、流人の子孫ではないか、興信所の調べがあったとか・・・。



八丈島には、当時の中央が押さえつけたい勢力や言説が封じ込まれていて
裏の日本史をみるようでえらく面白い。


また、現代にしても、都政や国防問題が見え隠れして、

とても興味深い土地なのです。



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島の一般的な民家。

床下が筒抜けになって風が抜けるようになっています。

壁には断熱材などは一切使っていません。

マスターからは「フィルムがカビた」「レンズがカビた」という謎の発言が聞かれました。

とにかく湿気がすごいらしいです。

とても過ごしやすいので私は感じなかったのですが、

夕食のときにイスに座っていると、太ももの裏側のズボンが

汗でぐっしょりと濡れていることはよくありました。

エアコン効いてたのに。


この屋根の形は、かつて茅葺屋根だった名残りとか。

マスターの家も平成4年まで茅葺屋根だったとか!

島には茅葺屋根はほとんど残っていません。大変だものね・・・。




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かつての八丈島の民家スタイル。

雨戸が地面まで達しているのがなるほど。
このほか牛小屋や閑所(トイレ)、高床式の倉などがありました。



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島ではまん丸のみごとな夕日を何度か見ました。


そういえば夕焼け色の空はたまに見るけど、丸いオレンジ色のキレイな夕日をみたのは久しぶりでした。

あまりの美しさに、思わずありがとうとつぶやいてしまうほどでした。





八丈島を17時半に出て東京に着いたのは18時半。


飛行機から見る東京は、まさにコンクリートジャングル(笑)。

島ではほとんどが緑だったところが

東京ではビルがある感じで、たった4日ぶりなのに

えらくかけ離れた光景に驚きました。


ちょうど日が沈んだあとの羽田空港は、藍を水で溶いたような青色が広がり、

ところどころ黄色いライトが瞬いていました。

山の緑も海の青も美しかったけど、都会の夕暮れもまた美しい光景でした。


街に降り立つとむっとするような暑さ。

今回の旅で自覚しましたが、東京の人はどんな南の島の人よりも暑さによく耐えています。

ま、昼間エアコンをかけすぎているせいもありますが。汗


人ごみを掻き分け、暑さに耐え、よく頑張っています。

ここで生きていくにはまた別の強さが必要です。


島と都会、どちらがいいとはいえませんが、

ときには人間は自然が必要なのはたしか。

たいして周りになくても生きてはいけますが、あればより豊かになります。



また、何処かに旅に出たいです。







夏休みの真ん中

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いやあ、まともに夏休みしてます。


しかし。夏休みに入るにあたって仕事を無理やり終了させ、

夏休み中には仕事を1つ断るという有様。


もしかして休みとかとっちゃいかんのだろうか


などとシリアスに考え込んでしまいました。


いや、しかし。この夏休みは3月にとりたかった休み・・・のはず。



わたしくめの夏休みは13日夜から22日まで!


ひとまず13日はタイから来ているお友達を中心に、

赤坂のOLさん(近日中にタイに移住)、

神楽坂のチョイ悪オヤジ?と飲み会~♪


みんなめっちゃ面白い人たちばっかりなので

ついつい楽しくて飲みすぎて

4軒はしご!


気がついたら午前3時でしたよぅ。





翌日から埼玉の自宅へ帰省。


これが見事にあの、40℃超えの猛暑と重なっておりまして。

暑いのなんのって(泣)。


あのね、2日目。寝るのが怖かったわ。←こんなんはじめてや。

あの寝苦しさをまた味わうかと思うと。

エアコンをつけて寝ればよかったのですが、

私はそういう習性が皆無に近いので。


ちょっと夏に実家帰るの考え直したいと本気で思っています。

帰れない、これは・・・汗。



で、3日目は母と新都心のホテル 泊。

あー。新都心ってさいたま新都心ねっ!!!汗


このホテルは、天然温泉(露天風呂もあり)とプール、フィットネスルームがあるんです。


ホテル付属じゃなくて、スポーツクラブが併設されているからかなり本格的。


1:30にチェックインして

ホテル内の日本料理屋でランチ。


その後、部屋で休んでから、温泉とプールでたっぷり汗をかいて。


新都心のショッピングモールで夕食。


部屋に戻ってゆっくりと休んでから、

夜にフィットネスルームと温泉。


翌朝は最上階で朝食。


その後、食休みしてからプールで軽く泳いできました。



母親が会員になっているので、

かなりの割安(そうでなくても安いのですが)で

チェックアウトの時間も遅め。


埼玉って神奈川や千葉と違って「観光地」ではないで

まともなホテルがほんと少ない。

そのなかでは、ほんとに楽しく過ごせるホテルだわ。

いろいろあって飽きないし。


ひさびさに大好きなお母さんといっしょに過ごせて楽しかった!



来年のお盆は、このホテルに両親を呼び寄せて合流しようと

本気で考えています・・・。



さて、日曜日からは島へ行って参ります~。







阿佐ヶ谷→中野→吉祥寺

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ちょっと仕事でストレスたまることがあり、

仲良しの友達に「飲もう~」と連絡。



どこで飲もうか、という話になって、

調べたところ、土曜日は阿佐ヶ谷七夕祭りであることが発覚。



七夕祭りはあまり興味がないけれど、

近くの神社でバリ舞踊祭りも催されるのだ。


で、バリ舞踊を鑑賞してから飲むことに決定。

すると、阿波踊り狂いの友達から

「だったら中野の鍋横阿波踊りも観にいきたい!」とのリクエスト。



開始時間が2時間ほどずれているのではしごすることに。


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神社の境内にゴザが敷かれていて、そこにバリビールとつまみをもって着席。


バリのウブドでも古い王宮とか寺?でケチャを催しているけど、

こういう場所は雰囲気満点。



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ときより鬱蒼とした森から涼しい風が吹き。

ちなみに踊り子は全員日本人。見事に化けています。




次は中野に移動して鍋横(鍋屋横丁)でのこじんまりとした阿波踊りへ。


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集まるのは地元の人ばかり。踊り子との距離も近い。

こういう小規模の祭りこそ、原点に近いと思う。



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今回参加してたのは、吹鼓連とひょっとこ連、天狗連、舞蝶連。


私と友達は舞蝶連のファンなんだけど(黒い着物で時々走ったりしてかっこいいのです)

今回は少なかったなあーー。


ちなみに友達は本当に阿波踊り狂いなんで、

私も妙にマニアックに詳しくなってしまっています。


ひょっとこ連の人たち、男衆は勢いがあって、

女衆はピンクの着物で可愛いかった。


全体がぎゅっと集まって男衆が女衆を囲んだり、2組になる見せ場があるのですが、

なんかフォークダンスやらを彷彿とさせて

「私も男衆とまぐわいたい!!!」と友達と大騒ぎ。


最後は飛び入り参加OKタイムになったので(これを「にわか連」といいます)、二人して参加。

初めて踊りましたーーー。阿波踊り。

「♪やっぱり踊りはやめられぬ」と甲高い声で歌いながら練り歩きます。

しかし、腕が・・・・疲れる。


参加している人ほどんど居なかったけど(汗)、

踊り子さんにも「おつかれさまー」と声をかけられ、

汗もいっぱいかいて楽しかった!

友達のおかげです。


友達は去年阿波踊りの連に入っていて、復活するか悩み中。仕事との兼ね合いでね。

頑張って復活してほしいな。せっかく好きになったんだから。



そのあとは吉祥寺へ行って、ようやくまともに食事&酒にありつき。


楽しみってなによ?仕事ばっかりっていいかよ?

みたいな話で熱く盛り上がりぬ。



12時過ぎに近所の男友達を誘って、屋台で飲み。

途中で友達がゲロを吐いたので、そのままタクシーで帰宅。

部屋に入ってからはお互い記憶がありません。


朝起きて、公園のカフェでタイ料理を食べて、カフェでまったり。

頭も痛いし、暑いし、なんかすっごく調子が悪い・・・・。



夜は友達のところのホームシアターで映画に誘われていたのだけど、

部屋は散らかっているし、体調はイマイチだし、

明日入稿の原稿のブラッシュアップは完了していないし、

明日は取材があるし・・・・・ってことであきらめました。


頑張ればいけないこともないけど。


こういうときは守りに入り、めいっぱい遊べない。

私のしょぼいところであり、真面目?なところでありんす。



今夜はゆっくり過ごして、部屋を片付けて、リフレッシュをはかります。







江戸の怪し

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原宿の太田浮世絵美術館 にて、「江戸の怪し」を鑑賞。



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江戸~明治にかけて描かれた浮世絵の妖怪・幽霊・妖術師。。。


こ、これは・・・漫画ですね!!


黄表紙や絵本などは今でいう週刊誌や漫画雑誌のたぐい。

浮世絵は庶民が楽しむための娯楽だったようです。

こういう絵をみて、「ひー怖い」とか「アハハハ」と楽しんでいたんでしょうね。

いちばん点数が多く、レベルも最高峰だったのが月岡芳年。


昔、歌舞伎のページを担当していたとき、

絵を求めるとたいてい「芳年ですかねーー」と先生がおっしゃられ、

国立劇場や国立博物館、江戸東京博物館等へポジを借りに走ったものです。


こうやって同時代の画家たちと並べてみても、

芳年の絵の精度、迫力は凄い。


経歴を見てみると、晩年は強度の精神症になっていたようで。

それは知らなかった。

とくに明治に入ってからは妖怪画が多くて

・・・なるほど、という気もする。


ほかに、印象的だったのは歌川広重。

風景画で有名ですが、この人の描く人物はすごく面白い顔をしてて、

完全に漫画ワールド。原画のサザエさんチック。

見ていて、ニマニマしてしまいます。


葛飾北斎は、細密で玄人の匂いプンプン。

北斎漫画なるものも描いていたみたいです。


揚洲周廷はタッチが秀逸。くらもちふさこ風な独特な筆致・・・か!?



あんまり漫画知らないので、うまく例えられなくて残念。


漫画風とはいえ、人物や着物、背景の美しさたるや。


点数は多かったけど、フロアは狭かったので2回まわってしまいました。



と、妙にお江戸づいてる私。

江戸の怪しは初日に駆けつけてしまった・・・。あひゃー。

ちなみに、怪しとはフシギなものをさす言葉のようで

「あやかし」と読むようです。受付で「あやし」というてもうた。



帰りに、表参道周辺をうろついてみましたが、

すっかり田舎者になっている私。

(いや、都会者だったこともないのですが)
ウロウロしてしまいました。

と、遊んでいる最中にも

仕事の電話やメールが入り・・・仕上げればならない原稿目白押しです。

週末は頑張って仕事しますがな!ワレ!


神楽坂阿波踊り

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午前中、調布で取材。

調布あたりで昼ごはんを食べて

バスで吉祥寺に向かい、深大寺の鬼太郎茶屋で途中下車・・・・・ヒヒヒ。

と作戦を練っていたが、あまりの暑さにカメラマンの車に乗り込んでしまい、

(調布駅で落としてもらおうと思ってた)

いろいろ話しているうちに、明大前まで来てしまった!!


計画やぶれたり(バカ)。



すごすごと電車で帰り、顔面を洗ってシャワーを浴びて

クーラーの効いた部屋で「本所深川ふしぎ草紙」(宮部みゆき)を読みふける。


これ、たまたま買ったんだけど、先日行った両国の回向院あたりが舞台!

回向院の茂七という岡っ引きが主人公なのだ。

7話の短編から成っているのだけど、第1話の「片葉の芦」では大店の寿司屋が舞台になる。

両国は握り寿司発祥の地なんだよね。文政7年(1824)。

やっぱり東京は面白いなあ。。。



夜は神楽坂の阿波踊りにでかける。

ちょいワルおやじとアデージョ(死語?)といっしょに。


神楽坂の路地を入ったところにある今彩という、隠れすぎの隠れ家でお食事。


海老のまるごと焼きやイベリコ豚、ブイヤベースなどをいただく。美味。

ワインもすごくおいしかった。


その後、阿波踊りを見下ろせる神楽坂通りの六角堂というバーへ。

しかし、おしゃべりに講じすぎて、あまりちゃんと見てなかった・・・汗。



awa


神楽坂の阿波踊りは最近始まったものなんだって。


でも、提灯が並ぶ狭い通りを踊り子や囃子が練り歩き、

観客と一体になる感じがありました。

これぞ祭り、という感じの風情であふれています。


高円寺阿波踊りは道が広くてなーー。

どちらかといえば阿波踊り大会みたいな・・・。

ものすごい人出だし。

神楽坂は身動きできない、踊りが見えないという人出ではなく、ほどほど。



神楽坂の阿波踊り、比較的のんびり楽しめるので、おすすめです。