自分テイスト。

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日記が3件ばかり消えてしまった。


アメブロのメンテのせいで・・・といいたいところですが、

自分で消してしまいました。。。。



私の引越し先の新居。

広くて新しくて快適なんですが、

週末訪れた友達は前居に比べて

つまらないと映ったようです。


たしかに、前の部屋は古かったから、

味があったんだよね。

壁とか柱とか。


それはよくわかる。




しかし、やっぱり

新しい部屋は暮らしやすいし、快適なんだよね。




引っ越すと同時に、

あんなに古い建物好きだったのが

その熱もなくなってしまった気が・・・。



自分の好きなものがなんなのか、

少々わからなくなってしまいました。




そういえば、もともとそういう人間でした。

大学生の頃の私はといえば・・・

ファッションの幅が広すぎ!で、どこにも落としどころがなかった。



月曜日はコンサバファッション

(巻き髪、ニットジャケット、フリルブラウス、カルソン、チェーンバッグ)

→当時の流行(懐)


火曜日はアメカジ?

(古着のパーカー、ベストタイプのダウン、ボロめのジーンズ、リュックサック)

→うちの大学でこういう格好の女子は皆無


水曜日は60sファッション

(母の若い頃のコート&ラップスカート、タートルネック、母の若い頃のバッグ)

→古着ファッションも流行りました


木曜日はギャルファッション

(テラテラのサテンシャツ、黒のマイクロミニ、ブーツ)

→どちらかというと「モード」系にまとめてたかも


金曜日はOL?ファッション

(マーメイドタイプのスカート、Vネックのシンプルニット)

→ふつうに女の子らしく



・・・てな具合。


よく服があるなあと思うけれど、

60sファッションは母と母の妹二人ぶんの古着があったし、

アメカジ風の服は兄のを勝手に持ち出してた。


どのファッションも興味があって、

どのファッションも入れ込むほどに興味がなかった。


どのタイプも私だと思ってほしくなかったし、

どのタイプが私だという自信もなかった。



今はここまで極端な幅広さはないけれど、

どこにも落ち着くことができない部分があるのは

変わりがないかもしれない。



この自分テイストのなさが、

現在の編集やライターという仕事にギリギリ生かされている。


基本、いわゆるお堅い専門書以外なら、

何でも書けるし、どんな分野の本もつくれる。



と同時に、いわゆる「自分がない」の一例ともいえ、

ファッションにおいては

会う人のファッションに自分ファッションを合わせることは多々である。



カッコたる専門分野をもつ編集者は別として

私は自分が空っぽであることを

仕事をするうえでの矜持としているのだけど、


それももしかしたら、少しずつ変えていくべきなのかな?


気が遠くなる道のりです・・・・w。



といいながら、やっぱり歳を重ねるうちに

「これがすき!」

ってものが増えていっているはたしか。

(住まいについてはいったんリセットされてしまった気がする・・・)



増やして、増やして

リセットして

また増やして・・・


っていうのがホントはいいのかな。



と直感的に考えてみる。












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