最後の晩餐

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今日はイノベーションでも、リゾートでもなく、ちょっとした小話っす。

 



最後の晩餐に何食べたい?
って遊びありますよね。

 


要は、明日死ぬとしたら、何食べる?ってことで、その人の好きな食べ物やちょっとした考え方
(最後は贅沢に!とか、最後は母の味、、、とか)が分かる軽いゲームです。



本来はキリストが処刑される前日の12人の使徒との晩餐とその時に起こったことが、いわゆる『最後の晩餐』なのですが、上記のように軽い使われ方もされちゃってます。


まあ、今日のblogで取り上げたいのはそこではないので、それは置いときましょう。


で先日、この「最後の晩餐に何食べる?」について、ちょっと興味深い話を聞きました。


「明日死ぬって分かってたら、晩御飯なんか食べない。他にやることがある。」
「本当にみんな最後の晩餐する?必要?意味が分からない。」

 


一見する(聞く)と
「いやいや、そういうことじゃなくてぇ~、そこはゲームなんだからぁ。簡単に考えようよ!」
と思うのですが、


私、これはすごい面白いな!って思いました。




最近、「考える」を個人的テーマかつ会社のテーマにしています。


様々な情報が溢れていて、インプットとアウトプットを量産しやすい時代ですが、だからこそ立ち止まって自分の頭を使って「考える」。


目的を考える。本質を捉える。が大事だと思っています。



それを怠ると、

  • 意味のないことに時間をかける。
  • 作業時間と生産性が合わない。
  • 誰も喜ばないことに一所懸命に取り組む。
  • がんばってるけどね、、、という社内評価になる。
  • 知らないうちにお客さんから嫌われる

とかとか、挙げればきりがないですが、こんなよろしくないケースに陥ります。

 

で、最後の晩餐の話。


最後の晩餐に何食べたい?って聞かれると、普通はテンポよくこの質問に答えなければって考えて、


「う~ん、やっぱお寿司かな!」

とか言っちゃいます。


でも、ここで「明日死んでしまうってどういうことだろうか?」って考え、イメージすることが実はとても大事なことだと思うんです。(まあ、ゲームなんでね、毎回こんなことしてると、相手は困りますけどねw)


ビジネスでは、お客さんの言っていること(テーマや課題)を疑ってみることが求められますし、イノベーションの領域では今までの前提や見方を変える(切り口を変える)ことや、組み合わせを変えることで新しい価値を創造することが求められています。



なので、提示された課題や質問に対してしっかりと考えずに安易に答えを出すことは、その裏の意味や本質について向き合えてないことや その問いの本当の価値に気付けないが多く、とても危険です。



で、考えました。
最後の晩餐に何食べたい?に対する私の回答。



何も食べない。
その代わりノートとペンを使い、これから何をするか考える。
ただ、傍らにはお酒(たぶん泡盛)が欲しいかもしれない。



浅いか~w

Room701でそんなワークショップをやっても面白いかもですね。

 

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