うつくしくやさしい世界で生きる~あなたはあなたのままでいい~

ココロ・カラダ・スピリットを繋ぐ
本質顕在化インストラクター・魂うたファシリテーターShioのハートを開き自分と繋がりありのままで生きる方法


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こんにちは。
Shioです。

術後15日ですが
なかなか個室を出られません。

希望すれば大部屋が空いた時点で移動できるんだけれど、わたしの気分的に今はまだ大部屋に行く気分じゃないのです。

お金だってかかるけれど
やっぱり今はまだここに居たい。
こうして閉じこもっていたい。

どうやらわたしは
わたしの世界から出たくないようなのです。

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先日のブログにも
『リハビリもスタートして知り合いもできてコミュニケーションをとることがうれしくもあり、まだ一人を味わいたいときでもある。
自分の世界を大切にしたい。
準備が整う前に広い世界に飛び出していって
自分を見失う前に、ちゃんと自分を感じていたいようなそんなちょっと変わった感覚に今います』

と書いたけど
本当にその通りで
どうやらわたしはまだ一人でいたいようなのです。

そんな自分になんとなく不思議さを感じていました。

「なんでなのかなぁ~?」
「どうして一人がいいのかなぁ~?」
「ほかの人がいると何がいやなの?」
ってぼんやりと問いかけていたのです。


ここでふと感じたのは
「ほかの人がいるとわたしはわたしでいられなくなる」
というもの。

“本当は話したくないし愛想笑いもしたくない
 よく知らない人となんてしゃべることない”
って思ってるわたしがいました。

そういえば…
小さい頃も
なんかこう大人をじっと見ているかんじだったなぁ~

「なんでこのおじさんと話さなきゃならないんだろう?」とか思ってたような気が…
「別にこの人好きじゃないのに」と思いながら膝の上にのってる、みたいな感じ。そうしたらみんなが喜ぶから。
おじさんも、親も。


両親から聞く話は
ずいぶんと愛想がよくていろんな人からかわいがられてたっていう話が多いけど、わたしはあまり覚えていない。

愛想はふりまいてたけど、
だいたい元気だったけど、
でも本当は
ほんとうのわたしは
ひとりで静かに過ごすのが好きだった、ような気がする。
(ココもあまり記憶がない)

あえて愛想良くしてただけで、
もしかしたら
わたしは「人見知り」だったのかもしれない、
とふと思った。

そう簡単にハートを開くことがなかった、と思う。


え?
もしかしてわたしって「人見知り」
なの?



そんなふうに思ったら
心の奥の奥がふわりとゆるむような感覚があった。


え?そうなんだ!
わたし、人見知りなんだ!!

そうだったんだ!


と思ったら
なんだか心がわさわさと歓んでいる。


ええ~~~??
知らなかったぁ~~
わたしって人見知りだったんだね~~


にやにやしてくる。




笑ってしまった。


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わたしは
ずっと自分はとっても社交的だと思っていた。

でもちがった。

わたしは自分を社交的だと思っていたけど
「社交的」をやっていただけだった。

演じていたの。
社交的な人を。
愛嬌のある人を。


本当のわたしは
もっとうんとわがままで
自分の気分がのらなかったらしゃべりたくない、くらいに思ってる。

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「人見知り」はダメな子だと思ってた。
人と話さなかったり隠れたりしたら
喜ばれないから。
困らせるから。

だからわたしの中から
「人見知り」は抹消された。



でもここにきて
わたしは「人見知り」だったのかも!って思ったら
なんかね
おもいおもい十字架をおろしたような
そんな気分。

晴れやかな軽やかな
気分。


なんで「社交的」で愛想よく振舞っていたのか?


それは笑ってほしかったから。
喜んでほしかったから。

笑ってくれたら
わたしが「そこにいていいよ」って言ってもらってる気がしてたから。

笑ってくれたらわたしの居場所ができて安心できたから。

もっというと
人を笑顔にできないわたしには居場所なんかないと思っていたということ。


自分の居場所をつくるために
必死で
愛想良くして
人を笑顔にしていた。

だから自分の気分に関係なく笑いかけたし
話しかけられれば愛想よく答えたし
いつも「いい感じ」でいなきゃ、って思ってた。


いつもいつも
「ねぇ わたし、ここにいていい?」
って確認してた。

そのOKの合図が「笑顔」だった。


そんなことに気づいてしまって
なんだか切なくなったりもした。
同時に
そんなふうに必死に自分の居場所をつくってきたわたしが健気だなぁ~とも思った。

そしてそして
そんな安心できない
居場所のない世界から
ここは安心な世界であるという
大前提がひっくりかえったところにいる
「いま」のわたしにとって

もう「社交的」という
わたしでないものを演じるのは必要ないな、と思った。
もうその役をやめるときなんだ、と
そう思った。

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わたしのまんまでそこにいてもいい。

そう自分で自分に言った。

人見知りなら
人見知りのまんまでいい。
しゃべりたくなかったらしゃべらなくていい。
笑わなくてもいい。

そう自分に言って
リハビリに向かった。



わたしは
笑わなかった。

好きな人とだけあいさつした。


黙々と
でも楽しみながらリハビリをした。


とってもらくちんで
ここちよかった。



とちゅう
足の筋肉が悲鳴を上げて泣きそうになりながら
リハビリを続けてたけど
もう耐えられなくて「もうやめたいです」と訴え
1分半早くやめた。


帰り際
そんな自分に起きたことを話したくなって
仲良くなった人と今日のリハビリがしんどかったこと、リハビリを途中でやめたことを聴いてもらった。

聴いてもらってたら
なんだかとってもほっとして笑えてきた。
笑いながら涙が勝手に出てた。

そんなわたしの話を
そんなわたしのそのままを
ただそのまま聴いてくれた。

慰められたわけでもなく
ただ聴いてくれた。
それだけでわたしは救われた。


人の存在が
その人がただその人のままでいてくれることが
こんなにもわたしに安心をくれるのか、と驚いた。


聴いてくれるということが
その人の存在そのものが
わたしには
大きな愛であり癒しだった。



またひとつ
大きな安心をもらった。


なぁんだ
わたしはわたしのままで
人と繋がれるじゃないか。

いや
わたしのまんまだったから
人と繋がれたのか!


またまた
アタマで知ってたことが
現実のものとして
体感として
わたしのものとなった体験でした。


Shio

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いつもブログに訪れてくださってありがとうございます♪
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「あなたはあなたのままここにいていい」
あたたかいハグと愛の波動を送ります

今日もこの世界に存在する奇跡に感謝します。
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ただいま。
Shioです。

手術、無事終わりました。

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術後二日間はほぼ寝たきりでした。

点滴から栄養をもらい
暑かったり寒かったり
苦しかったり痛かったり不快だったりするたびに
ナースコールを押しては面倒を見てもらい、
カラダを拭いてもらい
オムツを替えてもらい
気にかけてもらい
まるで
生れたての赤ちゃんのようにお世話をしてもらいました。

それはまるで
暗く冷たく怖いところだった世界が

本当は
あたたかくて優しい世界だったんだよ、と
教えてもらうような体験でした。


やさしくて涙がでました。
あったかくて涙がでました。


わたしは
このままでいいのだ、
と何度も繰り返し教えてもらってるような
そんな体験でした。


わたしは何かができるから愛されているのではなく
わたしがわたしだから愛されているんだ、と知りました。


わたしが愛される理由があるとするならば、
それは「わたしがそこにいるから」

なんてこと!
わたし、
いるだけでいいんだ!

アタマでは知ってたつもりのことがズドンとカラダを貫いた瞬間、嗚咽とともに涙がボロボロとあふれ出しました。

この時初めてわたしはわたしの存在を本当の意味で受け容れたのかもしれません。

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術後3日目くらいから車いすに乗り始め、
自分でトイレに行くようになると
「自分でできた」ということがたまらなく誇らしくて
なにかひとつできることが増える度に
「できたよ!すごい?」って言いたいくらい。

まさに二歳児くらいの感覚。

ひとりで勝手に挑戦しては
「やったーできたーーー」って歓ぶ。

できないことは看護師さんや家族にお願いする。

そんなことをくりかえす日々。


家族とのこともあらたな気づきがありました。
娘はわたしと離ればなれが淋しくて、逢いに来るたびふたりで抱き合って涙を流しました。

彼女のなかに起きているいろんな感情(それはわたしの入院以外のことでも)をぽつぽつと話してくれ、哀しい想いをしているときにそばにいてあげられないことがこれほどまでに彼女にとって影響があるのだということも初めて知りました。


「母」
という存在の大きさを知ったのです。

そして
わたしはその「母」のなかでも
あまりに頼りなく
あまりに自分勝手で
あまりにいい母親ではない、と自分で思っていたこと、
そして
同時に、
それでも
わたしはやはり
いるだけで
充分立派な母親なのだということ
を知りました。


そして
このことはわたしだけでなく、だれでもそうなのだ、と。



わたしたちはだれでも
「そこにいるから」
というだけで愛されているし、
すでに充分なのだということ。

いや
本当のところは「愛される」という対象ですらなくてわたしたちひとりひとりが「愛そのもの」であるということなのだけど。



毎日が感謝と祈りの日々。

わたしは娘と離れた後に
「わたしと離れているときにも
娘がしあわせでありますように。笑顔でありますように」
と心から彼女のしあわせを祈ったのでした。そしてなかなか逢えない息子のしあわせも心から祈りました。

朝起きたときには
自分がこうして存在していることの奇跡を感謝して
両親やそのまた親たち…脈々と受け継がれてきたいのちに感謝を捧げて、
食事の時には自然の恵みと、そこに携わった人たちの想いや働きに感謝して過ごしています。

自分の感情に正直に自分のカラダを第一に考えて行動することを自分にゆるしています。

元気がない時にもおもしろければ笑えばいいし、つらいなら休めばいい。いちいち自分を相談して行動しています。



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リハビリもスタートして知り合いもできてコミュニケーションをとることがうれしくもあり、まだ一人を味わいたいときでもある。

自分の世界を大切にしたい。

準備が整う前に広い世界に飛び出していって
自分を見失う前に、ちゃんと自分を感じていたいようなそんなちょっと変わった感覚に今います。

本当に生まれなおしたんだな…といまこうして書いていて改めて感じています。(アウトプットはこういう新しい気づきをくれるすばらしい機会ですね)


とにかく自分にとって本当のこと以外を全部やめる。自分に忠実であること。

そしてなんといっても、
「わたしだから大丈夫」という根拠のない安心感に包まれて日々いのちを燃やしています。

いままでどうしようもなかったわたしのなかのくら~い影のようなものがふわりとどこかへ行ってしまったような感じで新しい感覚に驚きながら新感覚を楽しんで過ごしています。

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ほとんどの時間を病室のベッドの上で過ごしているけれど
窓から見える景色はいろいろでその時々の美しさをわたしに見せてくれるし、それと同じで、昨日と同じようなわたしの、またちがった一面を知ったり、いままで見えてなかったものを見せてもらったりしています。

いろいろ書いたけれど…

とにかくわたし、
生きてます!!

祈ってくれた愛の存在である
あなたのおかげで。

ほんとうにありがとう。


また書きます。
Shio


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「あなたを愛しています」
「生れてきてくれてありがとう」
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昨日は
たくさんの励ましの言葉

祈り
ありがとうございます。


入院2日目の今日はなんとなく落ち着いて来ている感じがあります。手術後の様子なんかもかなり詳しく教えてもらって肚が据わってきたのかも。

不安ができてきたら
出てくるに任せ、
楽しい気もちになったら
そのまま楽しみ、

毎瞬の自分を感じて
そのままさせたいようにさせています。

コントロールも
遠慮も
気遣いもやめて
そのままの自分に起きてきていることをさせる。

それはいまのわたしにとって
とっても大切なプロセスなんだな、と感じています。

自分と向き合う中で
いろんな気づきが起きています。
これはいまのわたしの歓びでもある。

苦しかったり
哀しかったり
怖かったり
心細かったりする

そんなものを
ひとつひとつ
自分のものとして大切に扱っていく。

そんな日々です。

これはいつまで続くのかな?
ずっとしていくことなんだろうなニコニコ

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今夜から絶飲食で、
明日の朝から手術です。

術後はしばらくブログの更新もできないし
コメントを見ることもできないみたいな感じなので、今日こうしてブログを書いています。

わたしの今回の手術は
「寛骨臼回転骨切り術」という手術になります。

股関節の骨が生まれつき形成不全(診断名は「臼蓋形成不全」)なため、それを補う手術です。

術後のリハビリがとっても重要で
約二ヶ月~二か月半入院して
徹底的にリハビリをするそうです。

昨日の夕方までは
哀しみやおそれがあふれて
泣いていましたが、
夕方ころから気もちが晴れ
そこからは
ずいぶんと落ちついているし
美味しい食事や
食堂のラジオから聞こえてくるハッピーな音楽を聴いて
歓びがあふれてきたりしています。

あと、窓からの景色がのどかなのも
救いになっています。

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以外と時間がたつのは早くて
まったく退屈していません。

本を読んだり
ひたすらノートに書いたりしています。
ノートに今の自分が思いつくことをすべて書きだしているうちにものすごく重要なメッセージが不意にやってくることも多くて、つくづくわたしって「本当の自分」を生きたいんだなぁ~って思います。

そんな自分がおもしろかったりもします。

手術に向けて
いろんなことが起きました。
今も起きつづけています。
どれもこれもずいぶん刺激的です。

それでもわたしはやっぱり生きたい!

一連の流れはすべて「本当の自分に還る旅」であり、わたしはその旅の中で「わたしが生きる道」を「本当に望むもの」をみつけ、それとして生きていくのだな、と。
そうはっきりと感じています。

自分のカラダと一緒にいること。
自分の内側の感覚に正直でいること。

そうやって
わたしは「わたし」をみつけていくんだと。


たくさんの励ましを受けていると、
「早く元気にならなきゃ」って思ったりもするけれど
落ちこんでるときは落ちこんだままでいさせてあげようって
わたしはわたしと約束しました。
もうね
とことん自分と一緒にいることにしたのです。

それをしてこなかったわたしにとっては
今回の長期の入院生活は
骨、筋力だけのリハビリでなく
とことん自分を愛しまくるため、
とことん自分との対話を大切にするため、
そして自らのカラダにちゃんと入るため、
のリハビリでもあるのです。


このタイミングで
こんな機会をいただけるなんて
最高にしあわせものだと感じています。

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しかも
いま(17:44)
窓の外には虹が虹

人にも
環境にも
宇宙にも
応援してもらってると信じて
明日の手術、
術後のリハビリを
味わい尽くしていきます。

みなさん
応援と
愛を
本当にありがとうニコ

また
ブログが書けるようになったら
書きますね。


愛をこめて
Shio
虹
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