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2017-05-24 09:08:12

私のスイス My Switzerland 12 St-Ursanne サン・トゥルザンヌ

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

 

13St-Ursanne,Switzerland19930823
St-Ursanne, Switzerland 1993.08.23

(写真は大きくしてご覧ください)

前回訪れた時に写した写真です。

 

 

14St-Ursanne,Switzerland19930823
St-Ursanne, Switzerland 1993.08.23

ミルクの缶

 

 

ショパンの曲:Chopin Nocturnes 大湾節子 ヨーロッパ 旅の写真 
『幻の旅路』

THE COLORS OF SERENITY
EUROPEAN TRAVEL PHOTOGRAPHY
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(1:27)

 

『サン・トゥルザンヌ St-Ursanne』  

 

スイス北西部、フランスの国境にサン・トゥルザンヌという小さな村があります。

 

ビール(ビエンヌ)(Biel /Bienne) から乗った列車は、ジュラ山脈の麓にある平坦な農村地帯を通り過ぎると、突然山中に入ります。

 

いままで平地に住宅地や工場が建っていた景色とはがらりと変わって、気温も下がり、辺り一面霧がかかっています。

一体ここはどこかと思うくらい、深い山奥に入っていくような感じがします。

この辺り一帯はクロ・ドゥ・ドゥー(Clos du Doubs)と呼ばれる渓谷が美しい地域です。

 

その日、サン・トゥルザンヌの無人駅を降り立ったのは私一人。(2016.09.26)

山の中腹に作られた駅から下の谷間の村が一望できます。

村の端から端へと大きく屈曲してドゥー川が流れています。

 

ひどく田舎にきた感じがしますが、ベルンからは列車でたった1時間半ほどの距離の所にあります。

 

前回この村を訪れたのは1993年。

雨が降っていて、肌寒い日でした。

 

教会の前の広場で傘をさして立ち話をしている二人のおじさんを見かけました。

何を話しているのでしょう。

なかなかその場を立ち去りません。

二人ともハンチング帽をかぶっていましたが、その光景は周囲の古い建物とぴったり合って、まるで一昔前のフランス映画を見ているような気がしました。

 

小雨降るなか、村をゆっくり散策しました。

だいぶ歩き回りましたが、先ほどのおじさんたち以外、誰にも出会いませんでした。

 

この村はデイビットがガイドブックで見つけて、1992年に実際訪れた所です。

とても気に入って、私にもぜひ行くように勧めてくれました。

彼は私の好みを知っているので、彼が勧めてくれる所は100%満足します。

この村もそうでした。

 

特別な観光地ではありませんが、山間に囲まれた小さな村で人々がひっそり息づき暮らしていました。

昔からある伝統や文化を大切にし、自分たちの生活を十分楽しんでいるような感じを受けました。

 

そう、サン・トゥルザンヌは、1959年にアメリカのカントリー・グループ、ブラウンズ( The Browns)が発表して世界中に大ヒットになった『谷間に3つの鐘がなる』( “Three Bells”)の歌を思い出すような山奥の小さな村です。

 

小さな谷間の村で、一人の赤ちゃんが生まれ、大人になって愛して、そして老いて死んでいったという、人生の3つの節目にそれぞれ鳴り響いた教会の鐘の歌です。

 

もともと『三つの鐘』 “Les trois cloches”1945年に発表されたエディット・ピアフ(Edith Piaf)のシャンソンでした。

作詩はベルト・ライスフェルトBert Reisfeld

作曲はジャン・ヴィラール・ジルJean Villard-Gilles)。

ブラウンズが英語で歌うようになって、世界中の人々に愛されるようになりました。

 

 

2016年、23年ぶりにスイスを訪れました。

その際、ぜひもう一度訪れたいリストにこの村も入っていました。

 

駅からは、村の入り口までかなり急な坂道を下っていきます。

今回は足がひどく弱くなっているので、こんな距離があったのかと思うくらい遠く感じられます。

下り坂でもきついのに、帰りは上り坂を登っていかないといけない。

それを考えただけで、気が重くなりました。

 

アーチ型の小さな石門をくぐると、下の写真に載せている村の景色が展開します。

今回は川岸のレストランの横で、数人のツアーの人たちを見かけました。

その他にも学校帰りの子供たちにぶつかりました。

この村には学校はなさそうです。

きっと列車を利用して、隣町まで通っているのでしょう。

 

小さなスーパーに買い物に来ていた男性。

目が合ったら、「ボンジュール」と声をかけてくれました。

この辺りはフランス語圏内です。

 

公共のトイレの鍵が閉まっていて使えません。

スーパーでトイレはないか従業員の若者に聞いたところ、従業員専用のトイレを使わせてくれました。

フレンドリーな感じのいい青年でした。

トイレから出て来たら、スーパーバイザーの女性が出てきました。

「ここは従業員専用よ」と、きつく言われました。

そのくらい融通を利かせてくれてもいいのに。

 

前回来たときよりも村全体が明るいイメージを与えました。

道の両側の建物の間にカラフルな幟(のぼり)も飾ってあります。

家々のペイントも新しく塗り替えたようです。

窓辺に花を飾っている家々も多く見かけました。

 

後でわかったのですが、この村では毎年夏に傾斜のある山の公道を閉鎖して『ヒル・クライムのカーレース』があるそうです。

 

全長コース:5,169m

平均の勾配:7% 最大勾配: 11% と、かなりきついドライブです。

11台別々に出発して記録を競います。

 

また2年に一度、この谷間の村で、中世の扮装をして参加する『中世フェスティバル』も催されます。

今年がその年に当たっています。

 

昔からの伝説によると、アイルランドから来た僧侶がこの地でひっそり隠遁生活を送っていたそうです。

 

村の総面積は11.46 ㎢(4.42 平方マイル)。

高度は440m (1,440 ft.)

人口はたった730人。

 

村の大きな建物は14世紀から16世紀に建てられました。

また、教会は12世紀から14世紀に亘って建造されました。

 

寂しい侘(わび)しいといった感じはまったくしませんが、いまでもこの村は山間にひっそりと存在しています。

 

帰りの駅までの上り坂は思った通りとてもきつかったです。

息を整えるために何回も立ち止まりましたが、次の列車の到着が気になります。

列車が1時間に1本しか通過しないのです。

最後は胸が苦しくなりましたが、なんとかホームに飛び込みました。

 

ところが時間が来ても、肝心の列車が到着しません。

もう通過してしまったのかしらと、ひどく心配していたら、だいぶ経ってから向こうのトンネルから顔を出しました。

 

気に入った村ですが、駅からの坂道を上り下りするだけでもいまの私には大変です。

悲しいかな。

この村も今回の訪れが最後になるでしょう。

 

 

 

(1) 山の中腹に作られた無人駅

 

(2) 駅のホーム

 

(3) 赤い屋根の部分が村の中心地

 

(4) 山の中の典型的なお天気。霧がかかっています。

 

(5) かなり急な坂道です。帰りの上りはとてもきつかったです。

 

(6) アーチ型の石橋の上にレールが敷かれています。

 

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(9) 村の石門にやっと着きました。

 

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(14) 窓辺に野の花を飾っているレストラン

 

(15) 前来た時よりもずっと明るい感じになっていました。

 

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(19) 村全体が山に囲まれています。

 

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(22) もう少し村を散策しましょう。

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2017-05-24 09:05:18

私のスイス My Switzerland 13 St-Ursanne サン・トゥルザンヌ

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

 

(1) 村の骨董屋さん

 

(2) 骨董屋さんの一部

 

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(4) 川岸のレストラン 小さなツアーの人たちがランチに入って行きました。

 

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(8) とうとうと川が流れています。

 

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(10) 教会の建物

 

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(12) 教会の内部

 

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(18) 前回訪れた時よりも明るいイメージを与えましたが、ランチ時間のせいか人通りが途絶えています。

 

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(21) さようなら、もう再びこの村を訪れることはないでしょう。

 

 

*毎日聴いている大好きな曲:

クロード・ドビュッシー(Claude Achille Debussy, 1862-1918

https://youtu.be/OUx6ZY60uiI

The Best of Debussy

 

ロス・アンジェルスの日本語テレビ局で写真を紹介した時のYoutubeです。

お時間がある時にご覧ください。

Setsuko Owan Travel Photography Part 1
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『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子

モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
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『幻の旅路』大湾節子のブログ-4PR外テーブル


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2017-05-10 07:39:13

私のスイス My Switzerland 14 Lake Brienz ブリエンツ湖

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

 

ブリエンズ湖

1983.10.24  心安まるブリエンツ湖畔

(写真は大きくしてご覧ください)

 

 

LAKEBRIENS19860826

1986.08.26 静かなブリエンツ湖の夕暮れ

 

 

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ベルナーアルプス山麓にある青緑色の水をたたえたブリエンツ湖。

1981年の秋に初めて訪れて、世界一美しい湖だと思いました。

『幻の旅路』の中にも、この湖の写真がたくさん載っています。

夕暮れ迫る湖畔に座って、いろいろと昔のことを思い出していたのもこの湖です。

 

長年行きたくてたまらなかったのですが、昨年秋、やっと訪れることができました。

あれほど行きたいと思っていた湖や湖畔の周囲は、昔と感じが変わっていました。

それもそうですね。

時の経過が何もかも変えてしまっていたのです。

そして、私の心の中も、30代の私といまの私では、まったく感じることも思うことも変わってしまいました。

 

 

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2017-05-10 07:38:12

私のスイス My Switzerland 15 Rothrn ロートホルン

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

ブリエンツ湖畔から蒸気機関車(あるいはディーゼル車)が、コトコトと山の傾斜を登ってロートホルン山頂に運んでくれます。

Brienz (566m)=Brienzer Rothorn (2252m)

 

(1) ブリエンツ湖を眺めながら、快適な機関車の旅が続きます。

 

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(3) 山腹の家々

 

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(10) 霧がかかってきて、山頂からは下の湖は望めませんでした。

 

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2017-05-10 07:35:25

私のスイス My Switzerland 16 Brienz West ブリエンツ・ウェスト

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

 

ブリンズ湖テーブルの花

1987.08.29
湖が目の前に見えるブリエンツ・ウェストのレストラン
さりげない野の花がテーブルに飾られています。

 

『幻の旅路』大湾節子のブログ-2自転車

1988.08.28
ゼラニウムの花で囲まれたブリエンツ・ウェスト無人駅で
 


『幻の旅路』大湾節子のブログ-黄色いバラの花

ブリエンツの民家に咲いていた真っ黄色のバラの花と光沢のある葉
1991.07.06
 

 

(1) 2017. 09.23

さりげない野の花がテーブルに飾られていたレストラン兼カフェーでコーヒーとケーキを食べようと足を延ばしたのですが、お店はずっと前に閉店して、ホテルだけになっていました。

 

(2) ホテルの外側

 

(3) ホテルの外側

 

(4) 

教会のすぐ下にある民家。

いつも訪れるとおばあさんが窓辺に飾ってある花の手入れをしていました。

いまは代が変わって、窓辺に置かれた花も以前よりもずっと少なくなっていました。

 

(5) 教会

 

(6) 高台にある教会からの眺め

 

(7) 教会の横の道

 

(8) 教会からの眺め

 

(9) 教会のトイレ

 

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(12) 世界一すばらしいところに作られた湖畔の墓地

 

(13) 坂道を上ったところにBrienz Westの無人駅があります。

昔と違って、手入れが行き届いていませんでした。

 

 

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2017-04-02 09:15:06

私のスイス My Switzerland 6  Wildegg Castle  ヴィルデック城

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

7SchlossWildegg,Switzerland19930904
Schloss Wildegg, Switzerland 1993.09.04

8SchlossWildegg,Switzerland19930904

 

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6SchlossWildegg,Switzerland1993.09.04
Schloss Wildegg, Switzerland 1993.09.04

 

  

(1)  私とモルドおばさんの不思議な出会い

 

私とモルドおばさんとの出会いは『不思議な縁』としか言いようがありません。

出会ったのは2000年、いまから17年も前のことです。

 

私はその時55歳、モルドおばさんは今年97歳ですから、80歳を超えていました。

出会った場所はマラガ・コーブ・ライブラリーのアート・ギャラリーです。

 

ふたりが出会うのに、私は30年以上も前に日本を飛び出してきてきました。

ロス・アンジェルスで大学院に通い、就職をして、会社が倒産して、それを機に世界各地を旅しました。

 

デイビットとは40過ぎてから出会い、結婚しました。

そして、日本生まれでノース・カロライナに住んでいた深く心が傷ついた子供を引き取って、養女にしました。

 

一方モルドおばさんは、私よりもずっと前に故郷のオランダを離れて、アメリカ人のご主人と一緒にロス・アンジェルスの地に落ち着きました。

双子の子供が産まれましたが、一人は産まれて、すぐ亡くなりました。

たった一人の娘を目に入れても痛くないくらいに溺愛(できあい)し、与えられるものはすべて与えました。

 

でも、その娘は特別な宗教をやっている男性に密かに恋をして、ある日突然、両親の目から完全に姿を消してしまいました。

 

死ぬ思いで、あらゆる手段を使って娘を探し回りましたが、見つかりませんでした。

それから何十年も経ってから、モルドおばさん夫婦は娘の居所を知りました。

 

彼女は父親の歳に当たる宗教家の男性と結婚し、親からもらった名前も変えてしまいました。

それで見つからなかったのです。

 

ウィスコンシン州で精神科医として経済的にも社会的にも大成功し、各地で講演をしたり、専門の本を出版したりして大活躍していました。

とても大きな家に住み、年取った宗教家の夫を支えていました。

 

モルドおばさんが私に出会った時は、娘とは連絡がついていましたが、彼女にはそんな苦しい過去がありました。

 

 

2000年、私は娘が少し大きくなったので、半島の上に突き出た丘の上にあるマラガ・コーブで写真展を開きました。

その一帯はフランスのリビエラの海岸かと思わせるくらい素敵な高級住宅が続いています。

 

パロスバデス半島がどんな所か下のテーマのブログに載っています。

是非ご覧になってください。

 

MALAGA COVE 2013写真展(15)

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10050134130.html

PHOTO SHOW  写真展(12)

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10078537977.html

PHOTOS-PV   パロスバデス半島(4)

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10078631792.html

 

(2)写真展の案内状の写真

 

2000年の写真展の案内状には、上に載せた窓辺の写真を使いました。

この写真が私とモルドおばさんとの不思議な出会いのきっかけを作ってくれました。

それで、少し長くなりますが、この写真についてお話ししましょう。

 

1992年の春、日本に住んでいる母が亡くなりました。

それまでは毎年スイスに行っていたのですが、その年はデイビットが独りで出かけました。

 

彼は私と違って下調べが完全です。

分厚いスイス観光の本を買ってきて、丁寧に隅から隅まで読んで、自分の気に入った所を訪ねるのです。

 

前のブログで紹介したインス村のアルバート・アンカーのスタジオもそうですが、

ルチェルンの北、アールガウ州(Aargau)にあるヴィルデック城(Wildegg Castle)も、彼が見つけ出した所です。

一般の観光客が素通りしてしまうような穴場を彼は調べ出して、訪ねるのです。

 

その夏、旅から帰ってきた彼は、私も気にいるからぜひ行きなさいと勧めてくれた所は『ヴィルデック城』でした。

 

私も、早速、翌年(1993年)にその城を訪ねました。

その日は雨が降って寒い日でした。

城の隣は農家があって、塀に青紫の朝顔が絡まっています。

なんだかこの城は、城らしい所に建っていません。

 

中に入ると、まるでいままで人が住んでいたかのように、家庭的な温かい雰囲気がありました。

お城につきものの威圧感がまったくないのです。

このお城なら、私でも住めそうです。

 

置いてある家具や調度品がキラキラした物でないこと、それに城自体が小さくて、一部屋もまるで私のアパートのようなサイズで、とても親しみが持てました。

見学者がいない城の中をゆっくり見てまわりました。

 

雨が止んで少し光が差してきたので、飾り鉄格子がはめられた窓辺に置かれたプラントを写しました。

それが私のブログに使っている写真です。

 

さて、この写真を撮ってから、色々なことがありました。

それから17年ですね。

マラガ・コーブで写真展を開いたのは。

 

案内状の写真を選ぶ段階になって、デイビットがカラフルで分かりやすいからと選んでくれたのが、この写真です。

何千、何万とある写真の中から、たった『1枚の写真』。

『この写真』が私とモルドおばさんを出会わすのに、「決定的な役割」を果たしてくれたのです。

 

 

(3)ギャラリーでモルドおばさん夫妻に初めて会う。

 

私は写真展の間、一ヶ月間、毎日、ギャラリーに出かけて、観にきた人たちとお話をしました。

 

ある日の午後のことです。

その日は、デイビットも一緒にギャラリーに来ていました。

 

突然、白いパンツを履いた背の高い白髪の女性がギャラリーに飛び込んできました。

かなり高齢です。

その後に、ご主人らしき男性も慌てて入ってきました。

 

彼女は周囲の人たちには目もくれず、大声でこう叫びました。

SEKO はどこ?   SEKOはいますか?」

ひどく興奮しています。

 

私は何のことかわからなくて、「私ですが」と彼女の前に進み出ました。

最初、彼女の言っていることが、何だかさっぱりわかりませんでした。

ヨーロッパのどこの国でしょうか、強いアクセントがあります。

それで、聞きにくくてよくわかりません。

 

何回か説明してもらって、やっとわかりました。

今度は私とデイビットがひどく興奮してしまいました。

そして、4人共とても嬉しくなって、抱き合いました。

 

「なんていうことでしょう? こんなことがあり得るのでしょうか?」

会うべき人たちが、人生の終わりになって、やっとここで会えたのです。

私たち4人が興奮するのも、嬉しいのも当然でしょう。

 

さあ、肝心なことを説明しないと、あなたはお分かりにならないでしょうね。

 

写真展の案内状に使った『写真』のことは覚えていらっしゃいますね?

私はこの写真をいくつかの新聞社に送って、写真展を広報してくださいとお願いしました。

 

1つ、小さな新聞社ですが、『デーリー・ブリーズ DAILY BREEZE』という地方新聞が私の写真展について取り上げてくれました。

 

普通の新聞ではなく、日曜日に無料で配達されるアートやエンタテイメントなどを紹介している「RAVE」とかいう広告がたくさん入った特別版でした。

 

パロスバデス半島に住んでいるモルド夫妻は、いつものように朝のコーヒーを飲みながら、芝生に無造作に放り投げられていた特別版に目を通しました。

 

ご主人のジョンさんがざっと新聞を見た後、モルドおばさんも一通り目を通して、ハッとしました。

そして、大声をあげました。

 

「ジョン、これ私のお城よ!」

「え!なんだって?」

「この写真見てちょうだい。私の家族のお城よ!」

 

さあ、これで少しお分かりになりましたか?

そうなんです。

 

このお城は、最初13世紀にハプスブルク家(Habsburg)によって建てられ、その後はエッフィンガー一家(The Effinger family)によって、大きく建て増しされました。

 

このエッフィンガー家(The Effinger family)は11代続きました。

男系家族が絶えたので、その後、この城は国に譲られ、国が管理していました。

(スイス国立博物館分館)

18世紀から近年に至るまで、当主のエッフィンガー一家が使っていたそのままの状態で公開しています。

それで、城内がまるでほんの少し前まで誰かが住んでいたような暖かい感じがしたのです。

 

2011年からはアールガウ州(Aargau)が所有しています

100ヘクタールの敷地に37の建物、庭、オーガニック農園、ぶどう園があり、周囲は森と魚釣り場(fishing rights)に囲まれています。

 

 

モルドおばさんは、ジョンさんと結婚しても、ジョンさんのラスト・ネームの後にハイフォン (-) で続けて、Effingerという名前をキープしています。

 

パロスバデスの彼女のうちは、この地域としては、とても小さい家ですが、うちの中はヨーロッパの古い家具や食器、飾り物でいっぱいです。

一歩中に踏み入れると、ヨーロッパの由緒あるうちを訪ねた気がします。

 

こういう家具や調度品はすべてずっと昔に、ヨーロッパからわざわざ船で送ってきたのですね。

茶色の木を基調にした質素な飾りで、親しみやすい雰囲気です。

 

彼女が名門の出であるということを知っているのは、数人の友だち以外、私しかいないでしょう。

ある時、大切にしまってある昔の写真やお城の宝物を見せてくれました。

 

 

そう、モルドおばさんは、どんな女性ですかって?

 

自分が王様の子孫だということなどまったく鼻にかけない気さくなおばさんです。すごく好奇心が旺盛で、勉強熱心です。

フランス語やドイツ語、イタリア語、それにオランダ語など、語学にも長けています。

 

アメリカに長年住んでいますが、アメリカの安っぽい物質文化は大嫌いです。

そして、彼女の毎日の暮らしは質素で、贅沢をしていません。

 

ある時、友だちのバーバラさんが、リトル・カンパニー病院の献金者の名前を見ていたら、モルドおばさん夫婦の名前が載っていたと教えてくれました。

そのことについて、バーバラさんが尋ねると、あまり話したがりませんでした。

ご夫婦は娘に財産を残す代わりに、病院に大金を寄付していたのです。

娘さんは経済的にとても成功していたし、それに、ふたりに悲しい辛い思いをさせたことがあるので、彼女には財産を譲りたくなかったのでしょう。

 

 

モルドおばさんは、政治にもとても興味を持っていています。

いまの大統領トランプ氏は大嫌いです。

 

そうですよね。

トランプ氏は、『地球温暖化』はでっち上げだと信じて、温暖化の対策を撤廃する大統領令を発令したばかりです。

 

また、アメリカは『核兵器』を大幅に強化する必要があると言っています。

彼の政策は地球や人類を破滅の道に導いていくのではないかと、良識のある人たちは大いに危惧(きぐ)しています。

彼の政策がすべて施行(しこう)されたら、本当に怖いですね。

 

大統領選挙の予選の時に、モルドおばさんと電話で話していたのですが、私がサンダース氏にとても共感を覚えて、初めて100ドルの政治献金をしたと言ったら、それはいいことだと賛成してくれました。

彼女もクリントン氏よりサンダース氏を支持していたのです。

 

 

ジョンさんもモルドおばさんも、娘さんが新興宗教の創始者のような男性と結婚し、辛い思いをしたので無神教です。

特にモルドおばさんは物事の見方がとてもロジカルで、きちんとした医学や科学しか信じません。

 

彼女は庭いじりが大好き。

音楽も私の好みとまったく同じです。

昔の映画の好みや、観ているテレビ番組も同じです。

 

私はリビンルグームに置いてあるテレビが他のアンティーク風の家具と合わないので、クリーム色の布カバーを特別に作ってかけています。

彼女のうちに行ってみたら、なんと彼女もテレビ・カバーを作ってかけてきました。

おかしいですね。

私たちは普通の人が気にしないことが気になるのですから。

こんなところまでとてもよく似ています。

 

私とモルドおばさんとは年齢も過去に歩んできた道もまったく違うのに、価値観が同じだったのです。

それだから話が合います。

 

彼女は、いままで大腸癌の手術を2回もしました。

最後の手術は90歳を過ぎてからです。

 

色々な病気をしているので、病気にはとても詳しいです。

ご主人が2007年に亡くなった後、いまだに独り住まいです。

97歳になっても、独りで生活している人はあまりいないのではないでしょうか。

これも驚きですね。

 

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2017-04-02 09:13:35

私のスイス My Switzerland 7  Wildegg Castle  ヴィルデック城

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

写真は大きくしてご覧ください。

 

(4) モルドおばさんの写真

 

彼女がどんな感じがご覧になりたかったら、ブログにも2枚ほど写真が載っています。

1枚は、私のアパートでバーバラさんと一緒に訪ねてきた時、リビングルームで食事をしている写真です。

 

さあ、どこに載せたのでしょう、見つかりませんね。

ありました、ありました。

 

テーマ: 人の出会いは方程式   に載せていました。

 

http://ameblo.jp/romantictravel/entry-10753740806.html

 『人の出会いは方程式—It’s a small world.

2010-12-31 15:34:24

 

『幻の旅路』大湾節子のブログ-5デザートSekoBarabaraMaude
モルドおばさん(左)、私(中央)、バーバラさん(右)

 

もう1枚は2003年のマラガ・コーブの写真展にマツダのスポーツカーで颯爽とやってきた時の写真です。

ご主人のジョンが亡くなってから購入したシルバー色の『MAZDA』2人乗りのスポーツカーです。

『幻の旅路』大湾節子のブログ-モルドと車

モルドおばさんは、頭もすごく冴えていし、背筋もピンとして体格もいいです。
いまでもスポーツカーを乗り回している彼女はどう見ても『97歳』には見えません。

 

テーマ:写真展で、新しい出会い 不思議な出会い

 

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10078229126.html

 2013-09-20 10:52:34

 7  『1枚の写真と不思議な出会い』 ヴィルデック城

 『モルドおばさん』

 

同じことを書いた別の2つのエッセイですが、ぜひ読み比べてみてください。

細かいところは少し違いますが、趣旨は同じです。

 

昨年暮れにバーバラさんと一緒に遊びにくるように誘ったのに、ふたりとも風邪で来られませんでした。

 

4月、ドクターに行った帰りにでも、デイビットと一緒に彼女の所に立ち寄ろうと思っています。

次回に延ばすと、後悔するかもしれませんから。

会える時に会っておきましょう。

 

 

(5)  2016年に23年ぶりに、ヴィルデック城を訪れる。

 

2016年秋、やっとスイスを再び訪れるチャンスがありました。

今回のスケジュールは、前に訪れて、それからずっと行きたかった所を訪ねました。

 

『ヴィルデック城』もその1つです。

出発前にモルドおばさんの所に立ち寄って、お城を見てくると行ったら、たくさん写真を写してきてちょうだいと頼まれました。

 

やっとブログに載せることができたので、次回、彼女を招いた時に是非見てもらいます。

 

それにしても、23年間の空白は大き過ぎました。

私の求めていたスイスはずっと前のスイスでした。

今回訪れて見たら、いくつも失望することがありました。

私が昔見たイメージ、感動した景色をそのまま求めていたから、失望感を味わうのも当然ですが。

 

スイスはどこもここもとても綺麗でしたが、やはり、私が昔見たイメージはまったくありませんでした。

ですから、同じ所に立っても、同じ写真が撮れませんでした。

もちろん、昔感じた心情はまったくありませんから、同じ視点で写真を撮ることは無理なはずです。

 

今回スイスを訪れて、とても楽しい思いはしましたが、同時に私が長年求めていた景色を発見できず、なんだか悲しいような、寂しい気持ちになりました。

 

何でも形のあるものは変わってしまう。

そう、一種の『無常観』といったらいいでしょうか。

スイスの旅先で『無常』を感じるのは、なんだかしっとりいきませんが、私のなかに生まれ育った日本の仏教感が根付いているからでしょう。

 

私も周囲の人たちもみんな年取ってしまいました。

ホテルの女主人マルラさん、エリザベスのお母さん。

ふたりとも85歳を過ぎています。

会いたかったマルラさんのご主人ウォーターさん、それにラングナウの山の上に住んでいたアントワネットおばさんもすでに亡くなっていました。

 

特に、私は年取りました。

最初にヨーロッパに行ったのが33歳ですから、もう40年近い歳月が過ぎてしまったのです。

いつも体を鍛えていないから、思うように足は動かないし、体力もありません。

行きたい所があっても、そこまで歩いていけないのです。

残念ですが、諦めるより他ないようです。

 

そうですね。

私もかつて1度は『若い時』があったのですから、自然の『老い』の変化を素直に認めるより仕方がないですね。


再びヴィルデック城を訪れてみて、ルチェルンからの車窓の景色がこんな風だったのかととても驚きました。

前回は雨で何も見られなかったこともありますが、大きな湖や畑を通り過ぎ、なかなか美しい田園風景でした。

 

それにしても、ひどく変わっていたのは、城の中です。

前は、とても質素であっさりしていたのですが、今回は食器ケースなどの調度品が置かれて、賑やかになっていました。

 

入り口もすっかり変わっていて、ギフトショップもありました。

また、入り口の横には、エッフィンガー家(The Effinger family)の歴史をたどる暗室の特別室が作られていました。

 

私が1993年に訪ねた時は、城は国が所有し、管理していました。

それであまり細かい所まで手入れが行き届いていなかったようですが、これがかえって昔のままの素朴な質素な城のイメージがあって、私は気に入っていたのですが、時代に応じて観光客を引きつけるためには、そういう変化は仕方がないのでしょう。

 

多分2011年からアールガウ州(Aargau)が所有したので、経営方針が変わって、観光第一の思考になったのかもしれません。

 

今回訪れたので、十分満足しました。

この城にはもう2度と行くことはないと思います。


 

(1)ここでバスを降ります。

 

(2)

 

(3)下の通りからヴィルデック城を望む

 

(4)周囲の森と木々

 

(5)ヴィルデック城に続く坂道

 

(6)バス乗り場を振り返る

 

(7)

 

(8)

 

(9)モルドおばさんの家族の名前がついた道

 

(10)

 

(11)

 

(12)牛がのんびり草を食べていました。

 

(13)かなり急な坂道を登っていきます。

 

(14)

 

(15)

 

(16)前回訪れた時は、階段に花など置いていませんでした。

 

 

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2017-04-02 09:12:02

私のスイス My Switzerland 8  Wildegg Castle  ヴィルデック城

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

ヴィルデック城の内部

写真は大きくしてご覧ください。

 

 

(17)窓辺からの眺め

 

(18)前よりもずっと華やいだ感じの室内

 

(19) エッフィンガー一家(The Effinger family)の肖像画

 

(20)明るい感じの食器ケースが置かれていました。

 

(21)

 

(22)明るい水色の壁の室内

 

(23)

 

(24)清潔感あふれる窓辺のプラント

 

(25)私の好きなシンプルな家具

 

(26)

 

(27)

 

(28)

 

(29)

 

(30)城の窓から見た中庭

 

(31)高台にある城からの展望

 

(32)

 

(33)馬車が置かれた建物の窓辺の花々

 

(34)ピンクのジェラニュームの花

 

(35)

 

(36)

 

(37)城の敷地内の農家

 

(38) 帰り道

 

(39)バスの停留所から城を望む

 

 

(6)  『幻の旅路』  寄贈プロジェクト

 

2015年から、日本全国の市や町、それに大学の図書館などに、メール、お問い合わせフォーム、ファックス、電話、手紙などで寄贈についての問い合わせを送っています。

『幻の旅路』を受け取ってくださるという図書館には『本の泉社』を通して、拙著をお送りしています。

本を通して、新しい出会いや世界が広がることを祈っています。

 

2017年4月

関東地方(1都5県)           東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県・群馬県・茨城県

九州地方(7県)                鹿児島県・宮城県・大分県・熊本県・長崎県・

                                      福岡県・佐賀県

四国地方(2県)                高知県・愛媛県

中国地方(3県)                鳥取県・岡山県・山口県

近畿地方(1府1県)           大阪府・兵庫県

 

2016年10月

東北地方(6県)                 青森県・岩手県・宮城県・秋田県・山形県・福島県

北陸地方(4県)                 新潟県・富山県・石川県・福井県

中部地方(2県)                 山梨県・長野県           

北海道地方(1道)             北海道

 

2016年4月
近畿地方(1府4県)             京都府三重県滋賀県奈良県和歌山県

中部地方(3県)           愛知県岐阜県岡県

 

2015年

九州地方(3県)           沖縄県・長崎県・福岡県

中国地方(2県)           鳥取県・広島県

近畿地方(1府1県)            大阪府・兵庫県

四国地方(2県)           香川県・愛媛県

関東地方(1都)           東京都

 

*毎日聴いている大好きな曲:

クロード・ドビュッシー(Claude Achille Debussy, 1862-1918

https://youtu.be/OUx6ZY60uiI

The Best of Debussy

 

ロス・アンジェルスの日本語テレビ局で写真を紹介した時のYoutubeです。

お時間がある時にご覧ください。

Setsuko Owan Travel Photography Part 1
“Seko’s Photo Journey” Part 1
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第1部
『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子

モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
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軽快な曲:Lively music
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YouTube Setsuko Owan Travel Photography Part 2
“Seko’s Photo Journey” Part 2
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第2部
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モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
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『幻の旅路』大湾節子のブログ-4PR外テーブル


幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子

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2017-03-24 07:33:00

私のスイス My Switzerland 9 Ins Dorf  アルバート・アンカーのスタジオ

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

(1)  『アルバート・アンカー』

 

Albert Ankerの絵
Jerine fille ave deux chats (1888) Albert Anker

 

私が初めてアルバート・アンカー(Albert Anker, 1831-1910)の絵に出会ったのは、スイスのホテル・ヒャシェンです。

1981年、第4回目の旅でスイスのエメンタール地方の小さな宿屋に泊まりました。

その宿屋は1535年に建てられた古い宿屋で、レストランや廊下に心温まる絵が飾られていました。

 

私はそれまで19世紀後半に活躍した印象派の画家の絵が好きで、美術館に行って絵葉書などを買って部屋に飾っていました。

 

赤・青・緑・紫などすべての色をふんだんに使ったクロード・モネ(Clude Monet, 1840-1926)の作品。

古き良き時代のパリの裏町・モンマルトルを描いたモーリス・ユトリロ(Maurice Utrillo, 1883-1955)の作品。

 

あるいは、のどかな河辺や田園風景などを描いたアルフレッド・シスレー (Alfred Sisley, 1839-1899)。

農村や人物を描いたカミーユ・ピサロ(Camille Pissarro, 1830-1903)。

 

また、オランダ黄金時代の写実的作品、代表的な画家のヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer, 1632-1675)の作品も好きでした。

 

これらの画家は日本でも古くから紹介され、また作品もわかりやすく、たくさんの人たちに愛されています。

 

美術好きの私が、深い静かな感動を覚えたのは、古いホテルのいたるところに飾られていたアルバート・アンカーの複製画です。

レストランの奥の部屋の一隅には、帽子をかぶった農家の少年の絵が飾られていました。

周囲は雪が降っていかにも寒々としています。

でもその絵をじっと見ていると、心がぽかぽかと温かくなるのです。

 

寒い冬の朝、襟巻きをし、両手をポケットに突っ込み、右手に裸の教材を抱えて、これから学校に行く少年の目は、ある一点を見つめてキリッと輝いています。

 

茶色を基調にしたその絵は、暗いレストランの片隅にぴったりでした。

いまにも絵の中の少年が飛びだしてきて、ホテルの周りの雪道を歩き出すかのように思えました。

 

早速ベルンやヴィンタートゥール(Winterthur)の美術館を訪れました。

私が大変気に入った画家はスイスの国民画家『アルバート・アンカー』とういう画家だと知りました。

 

彼は自分の故郷、エメンタール地方のインス村周辺の日常風俗を描いています。

題材は、農家の子供たちや老人、老女、動物たち、それに室内の静物などです。

 

彼は、その当時の人々の生活や室内の様子など、とても精細に記録しています。

彼の作品には「記録」という硬い語はまったく当てはまらないように思えます。

 

どの作品も画家の温かい視線が感じられます。

これらの作品を見て、誰もが心休まるでしょう。

 

彼の作品には、どこにでもいるような猫が登場します。

幼い少女が猫を抱いている姿なのですが、猫好きの人にはたまらない絵ばかりです。

 

彼の作品は英語で、Image for Albert Anker(アルバート・アンカーのイメージ)と検索するとたくさん出てきます。

私のそのときの年齢とそれまでの経験、好みと価値観、そんなものにぴったり合ったといったらいいでしょうか、私はアルバート・アンカーの作品を見た途端、彼の大ファンになりました。

彼の作品が飾ってある美術館は必ず訪れました。

 

また絵葉書も購入しました。

夫のデイビットを初めてヨーロッパに案内した時に、アルバート・アンカーの作品を紹介したのですが、彼もとても気に入ってくれました。

 

1991年は、ホテル・ヒャシェンに1ヶ月滞在しました。

ロス・アンジェルスに帰る日に、ホテルのオーナーのバークハウザー夫妻が、アルバート・アンカーの複製画を贈ってくれました。

朝、部屋のドアを開けたら、床に複製画のセットが入った大きな封筒が置いてあったのです。

 

あいにく私のアパートは私の写真や絵がいっぱいで飾れないので、いまでも大切にとってあります。

その代わり、ベットルームやバスルームには、絵葉書を額に入れて飾っています。

 

昨年久しぶりにスイスの友だちシロに再会しました。

『幻の旅路』が欲しいというので送ったら、お礼にアルバート・アンカーの複製画が印刷された大きなカレンダーを送ってきました。

ピアノとソファーの間にあるスペースを見つけて、いまはそこに飾っています。


 

(2)  『猫のこと』

 

アルアン箱

Albert and Anker 1991

 

『幻の旅路』大湾節子のブログ-アル庭
Albert 2002

『幻の旅路』大湾節子のブログ-アン庭

 Anker 2003

 

私たちは1991年に2匹の兄弟猫を引き取りました。

彼らにアルバートとアンカーと名付けたのは、私たちがどんなにこの画家を好いていたかがお分かりになるでしょう。

その時の話は、『CATS 猫自慢』のブログに載っています。

 


 

(3)  『アルバート・アンカーのスタジオ』

1992年、夫が独りでスイスを旅した時に、アルバート・アンカーのスタジオを訪ねました。

「とてもいいから是非行ってごらん」と勧められていましたが、行くチャンスがありませんでした。

昨年秋、23年ぶりにスイスを訪れて、私もスタジオを訪ねてみました。

行く前に開いている日を調べたら、第3日曜日の3時から5時の間だけと書いてあります。

こんな短い時間だけ開いているスタジオはないと思い、スイス情報専門のブログを持っている田山貴子さんに確かめてもらいました。

またスタジオにも直接メールを送って確かめたところ、やはり、この時間帯だけでした。(特別にガイドを雇ったときは違う)

私が行った日はあいにく雨が降って寒い日でしたが、インス村を訪れるにはぴったりの雰囲気の日でした。

早く着いたので、近くのレストランで美味しい野菜料理を食べて時間を潰しました。

ガイドはスタジオの隣に住んでいるおじさん。

見学人はスイス人だけ、しかも私と同じお年寄りばかりです。

7人のグループで、その中に1人、若い男性がいて、英語がわかったので、彼が通訳してくれました。

日本では2008年に東京(文化村)、郡山、松本、京都の4カ所で初めて『アンカー展』が開かれましたが、その時のポスターが入口に色あせて貼ってありました。(4) ロス・アンジェルスではかなり前のことですが、郡の美術館で大きな展覧会がありました。

スタジオは2階にあり、昔のままの画材や家具が残されていました。(7−14

 

(1) インス村の教会 駅からのバスはここで降ろされる。

 

 (2) 教会の窓辺に飾られたジェラニューム

 

 (3) スタジオの庭

 

 (4) 日本の『アンカー展のポスター』

 

 (5)

 

 (6)

 

スタジオ内部

 (7)

 

 (8)

 

 (9)

 

 (10)

 

 (11)

 

 (12)

 

 (13)

 

 (14)

 

 

(4)  『ドイツ人の友だち』

 

昨晩はホテルの泊り客は私と7、8人のグループの人たちだけだったようです。

朝食に下におりていくと、すでに大柄な男女が席を陣取って、ほとんど食事は終わっていました。

 

私は彼らに背を向けて食べていたのですが、グループの人たちはとても楽しそうで、笑い声が絶えません。

私が食事を終わったころ、一人の女性が入ってきました。

 

杖をつき、足を引きずっています。

体全体を左右に動かし、ひどく歩きそうです。

彼女は賑やかなグループのメンバーと挨拶し、テーブルに着きました。

 

私は食事を終えてから、彼らのテーブルに話しに行きました。

若い頃と同じように、いまだに好奇心は旺盛です。

 

彼らはフランクフルトの近くの村からオートバイでやってきた人たちでした。

自分たちの住んでいる所は山がないが、この辺りは山あり川あり、とても美しいというのです。

 

後から参加した女性は英語がとてもうまくて、グループの通訳をしてくれました。

ここでもトランプ氏のことが話に出ました。

「どう思う?」

彼らはトランプ氏が大統領になったら大変だと、彼のことをクソミソに言っていました。

 

翌日、朝食を食べていたら、昨日の女性がやってきて、私のテーブルに座りました。

そこで話をしたのですが、彼女は生まれた時は、もっとひどい障害を持って生まれてきたそうです。

 

母親が妊娠中に服用していた薬(サリドマイド)の副作用で、重症の身体障害の赤ちゃんでした。

何十回と手術をして、やっといまの体にまでなったと言っていました。

 

自分を生んでくれた母親は、彼女のことを忌(い)み嫌い、彼女との接触を長年避けているそうです。

彼女を育ててくれたのは、祖母か村の人とか言っていました。

 

結婚は2回目。

ご主人がオートバイ狂なので、いつも彼と一緒にオートバイを乗っていろいろな所に行きます。

 

この写真は私がアルバート・アンカーのスタジオに行く日に撮りました。

雨が降っているのに、オートバイのメンバーは元気がいいです。

「雨などふっとべ!」と、颯爽とホテルを出発していきました。

もう2度と会うチャンスはありませんが、心に残った女性の一人です。

 

 

(15)

 

(16)

 

(17)

 

(18)

 


 

 

 

 

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2017-03-23 08:54:43

私のスイス My Switzerland 10 Wimmis

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

ショパンの曲:Chopin Nocturnes 大湾節子 ヨーロッパ 旅の写真 
『幻の旅路』

THE COLORS OF SERENITY
EUROPEAN TRAVEL PHOTOGRAPHY
https://youtu.be/cNiV2gSHv4Q

(4:20)
https://youtu.be/zwpi7BR4e-0

(3:54)
https://youtu.be/Dg7WuhyafVo?list=PLh7t-m6ncxjUO0kOPASUUSrcucp5nYxdK

(1:27)

 

2016.09.24 (Sat)

シュピーツ(Spiez   -----   Wimmis   ------   ツヴァインジンメン(Zweisimmen)〜〜パノラマ特急(Panorama Train)〜〜モントルー(Montreux   -----   ローザンヌ(Lausanne

 

シュピーツから乗った列車は途中、地図にも載っていない小さな駅で止まってしまう。

次の列車が来るまで、駅の周りを一周する。

どこを見ても絵になる山岳地帯の小さな村。

 

この路線の景色は、

『幻の旅路』  第4章 1981年  第4回目の旅

1981.09.29~12.03)

に載っている。

『パノラマ路線を行く』 (P238)

 

 

(1)

 

(2)

 

(3)

 

(4)

 

(5)

 

(6)

 

(7)

 

(8)

 

(9)

 

(10)

 

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モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
https://youtu.be/N5cWvsNZ6NE
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