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2016-05-13 11:11:48

3・1 素人学者さんの『幻の旅路』読後感 第3章

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
ショパンの曲:Chopin Nocturnes 
大湾節子 ヨーロッパ 旅の写真 『幻の旅路』

THE COLORS OF SERENITY EUROPEAN TRAVEL PHOTOGRAPHY
https://youtu.be/cNiV2gSHv4Q
 (4:20)
https://youtu.be/zwpi7BR4e-0 
(3:54)
https://youtu.be/Dg7WuhyafVo?list=PLh7t-m6ncxjUO0kOPASUUSrcucp5nYxdK
 (1:27)


http://ameblo.jp/wasansensei/entry-12155591458.html
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(9) 2016年04月27日 01時00分00秒
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(10) 2016年05月04日 15時00分00秒
テーマ:『幻の旅路』を読む

「第3章 1980年、第三回目の旅」
9月15日~11月25日 71日間
七ヶ国 イギリス→オランダ→フランス→スペイン→モナコ→イタリア→ギリシャ→イタリア→モナコ→フランス→オランダ→フランス→イギリス



$『幻の旅路』大湾節子のブログ
1. Stein am Rhein, Switzerland 1993.08.20
チューリッヒから鉄道で約1時間。
スイス北東部、ドイツ国境、ライン川沿いにある中世の町。
駅を降りて、ライン川にかかっている長い橋を渡り切ったところに美しい小さな町がある。
後ろの小高い山にあるホーエンクリンゲン城まで登り切ると、教会の尖塔、赤い屋根の家々、ライン川に沿ったブドウ畑が一望できる。

第3章の扉には、1枚の写真があります。(P79)
1993.08.20 の日付と「ライン河畔の中世の町シュタイン・アム・ラインの木組みの家々」という題名が付いています。
「木組みの家々」とあるように、家の壁面が、まるで寄木細工(よせきざいく)のように見えます。
この写真の風景は、前のブログの読後感(8)に書いた、NHK-BS Premium の「関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅」で見た風景にとてもよく似ていました。


(全文を引用しています)
http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10054835973.html
2014-06-07 09:26:03
『ホテル捜し』 テーマ:『幻の旅路』より 第3章

びしょびしょと雨の降りしきるビクトリア駅の辺りを、重い荷物を持ってさっきからもう何回も行ったり来たりしている。

「ああ、ホテル捜しにこんなに苦労するぐらいなら、来なきゃよかった」
と、旅の初日から弱音を吐きたくないが、知らない町で雨に降られてはついつい溜め息が出る。
教えられたホテルは駅のすぐ近くらしいが、1時間近く捜し回っているのに、まだ見つからない。
今回は総てお膳立(おぜんだ)てされた優雅なツアーを離れて、完全な一人旅に出て来た。

旅の1日目から悲鳴を上げたのが、スーツケースの重さだ。
空港でチェックインしたので分からなかったが、ロンドンの町を歩き始めた途端、その重さがずっしりと身に応えてきた。
(以下略)



ホテル探し(P80)
9月16日 ロンドン

この日の大湾さんは旅の初日であるにもかかわらず、土砂降りの雨の中、コロの付いていない極めて重いスーツケースを「引きずる」こともできずに右手に「持ち」ながら、左手で傘を差し、1時間近くホテルを探す羽目になりました。
本当に悲惨な旅の始まりとなったようです。

ビクトリア駅周辺は古ぼけて薄汚れたレンガ造りの建物がずらりと並んでいる。
確かこの辺りのはずだ。
駅から歩いてすぐだといっていたが一向に見あたらない。
こんなとき、映画『メリー・ポピンズ』の主人公が持っていた空を飛べる傘があれば、ホテル探しもいとも簡単なのだが。


1週間前の4月20日、私はテレビ東京の洋画を放送する番組で『メリー・ポピンズ』を見ました。
20代の頃、テレビで見て以来、30数年ぶりに観ました。
ジュリー・アンドリュースは本当に素晴らしい女優さんでした。
素晴らしい映画でした。

ロンドンの町は数百年前、町中にネズミが繁殖して沢山の人がコレラで死亡したと聞いている。(略)
案内された部屋は、狭い曲がりくねった階段を上がりきったところにある屋根裏部屋。(略)
ああ、それにしてもひどい所だ。(略)
あれほど張り切って旅に出てきたのに、まさか初日からこんなところに泊まるとは思いもよらなかった。
我ながら惨めで呆れてしまう。


私はこのお話を読んで、子どもの頃読んだ『ハーメルンの笛吹き男』という童話を思い出しました。
ウィキペディアを参照しながら、この童話のあらすじを書いてみます。(文責は素人学者さん)

1284年、ハーメルンの町にはネズミが大繁殖し、人々を悩ましていた。
ある日、町に笛を持った男が 現れ、報酬をくれるならネズミを退治してみせると持ちかけた。ハーメルンの人々は男に報酬を約束した。
男が笛を吹くと、町じゅうのネズミが男のところに集 まってきた。
男はそのままヴェーザー川に歩いてゆき、ネズミを残らず溺死(できし)させた。
しかしネズミ退治が済むと、ハーメルンの人々は報酬を払わなかった。
笛 吹き男がハーメルンの街に再び現れた。
住民が教会にいる間に、笛吹き男が笛を鳴ら しながら通りを歩いていくと、家から子供たちが出てきて男のあとをついていった。
130人の少年少女たちは笛吹き男の後に続いて町の外に出てゆき、笛吹き 男も子供たちも、二度と戻ってこなかった。

おそらく大湾さんもこの童話を思い出されたのかもしれませんね。
それでもその日の夕方には、アフリカから来た黒人の留学生に夕食をごちそうになったようですから、よかったですね。


4Stockholm,Sweden1985.08.07
2. Stockholm, Sweden 1986.08.07


4Stockholm,Sweden1985.08.21
3. Stockholm, Sweden 1985.08.21

81頁には「石畳が美しいストックホルムの旧市街地 1985.08.21」という写真があります。
石畳の両側には高い建物が屹立(きつりつ:高くそびえ立つこと)しています。
大学生のときに受講した「技術論」の授業で、西洋文明は住居によって人間生活と自然をはっきりと分離するが、縁側のある日本の木造家屋のように、東洋文明は 人間生活に自然を取り入れた住居を作った、と教わりました。
大湾さんの文章や写真によって、こんなことを思い出したのでした。


1Stockholm,Sweden19850821
4. Stockholm, Sweden 1985.08.21


2Odense,Denmark19850813
5. Odense, Denmark 1985.08.13


アムステルダムのミミを訪ねる (P82)
9月19日~20日 ロンドン→アムステルダム


ホームに泊まっている夜汽車と黒っぽい服装の乗客の群れは、第二次世界大戦中どこかに亡命する人びとの姿を思い起こさせる。
夜汽車を降りた途端、時計の針は過去に逆戻りし、私は何十年も前の戦争中に生きていた群衆の中にいるような錯覚にとらわれる。


夜汽車のプラットホームと乗客の群れの色調は暗色のモノトーンのように感じました。
夜汽車に乗る人びとは何を思い、どこへ行くのか。
大湾さんは戦争の影を感じたのだろうな、と、想像しました。


『幻の旅路』大湾節子のブログ-07MBR油絵/写真*
6. ベッドルームに飾ってある油絵 アムステルダムの運河  


1keukenhof-lisse,Holland19780506
7. Keukenhof, Lisse, Holland 1987.05.06


19780506 Amsterdamチューリップ
8. Amsterdam, Holland 1978.05.06


『幻の旅路』大湾節子のブログ-41BR東
9. バスルームに飾ってあるクレバス画 アムステルダムのチューリップ


83 頁には「アムステルダム 百合や芍薬(シャクヤク)のような花びらのチューリップ」1987.05.06 という写真が載っています。
たしかに、手前に写っている花は、私が知っているチューリップだとは教えてもらわないとわからないでしょう。
実際、写真のタイ トルを読むまでは百合だとばかり思っていました。

大湾さんは1年ぶりにエジプト人留学生のミミと連絡を取り、彼のアパートを訪れます。
アパートにはルームメイトのエッサという男性もいました。

顔も考え方も違う二人は、「祖国」と「自分」とどちらを優先するか、いつも真剣に議論していた。
二人とも平行線をたどって一致するところがなかったが、私も横で聞いていて答えが出せなかった。(略)
いまの日本の若者はこの二人のように「国か自分か」の選択を迫られることがないだけでも、本当に恵まれていると思った。


考えさせられました。
なんだか日本の国の振り子は右から左まで年々振幅が大きくなって、まもなく振り子が留め金から外れて、どこかへ吹っ飛んでしまうのではないか、と、思われてなりません。
振り子が無くなってしまっては、日本と言う国の存在する時間までが無くなってしまうのではないか、と、不安や焦燥感が大きくなっています。
「国か自分か」を教育の世界で考えるときには「集団か個か」の問題に投影して考えることができます。

今から20年ほど前、勤務していた市教委では、管轄の学校への管理訪問の際、 上司が金子みすゞの詩の言葉「みんなちがって、みんないい」を指導の指標に掲げて、訪問校での講評の際、必ずこの詩の言葉を解説していました。
これは「一 人一人の生徒の個性を大切にした教育指導をしてほしい」というメッセージでした。
当時は、市教委の学校訪問に随行する指導主事の一人として「なるほどなぁ」と思いながらも、同時に「集団指導はどこへ行った?」という気持ちも芽生えていました。

日本の教育は、本当に、振り子の振幅が大きくて「危なっかしい」(居住地の方言かもしれないので解説すると「危ない様子でハラハラしている」)のです。
文科省と教職員団体との関係もそうですが、学校現場の日々の教育指導も「集団重視」と「個性重視」との間で振幅が拡大し、「生徒を育てる」という振り子が吹き飛びそうでした。
いずれにしても、現在の公教育の問題の根っこには「集団指導を忘れた(軽んじすぎた)個人主義」があるに違いないと思います。
大湾さんのご本を読んで、こんなことを考えていました。


『幻の旅路』大湾節子のブログ-4PR外テーブル


あなたの町の図書館にも『幻の旅路』を1冊、置いてもらってください。
お家の近くに図書館はないですか?
次回、図書館をご利用することがございましたら、
『購入希望図書』として『幻の旅路』を申請してください。
ご負担にならなかったら、是非よろしくお願いいたします。

また、あなたの町の図書館や母校に寄贈をご希望の方も、遠慮なくお申し出ください。
送料、手数料など私が負担して、『本の泉社』を通してお送りいたします。
本名『幻の旅路』
発行『2010年8月30日』
著者『大湾節子』
発行所『茉莉花社(まつりかしゃ)』
発売所『本の泉社』


・全国の書店(注文)・オンライン・本の泉社よりお買い求めいただけます。
『本の泉社』Tel: 03-5800-8494 Fax: 03-5800-5353
http://www.honnoizumi.co.jp/

海外:*著者から直接お求め下さい。
お問い合わせ:setsukoowan*yahoo.co.jp(*を@に変えてください)
For further information, please contact:sekoowan*gmail.com (Please change * to @)

幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子

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下記の地域の町の図書館、および大学の図書館に『幻の旅路』を寄贈いたしました。
2015年:
沖縄県・長崎県・福岡県・鳥取県・広島県・兵庫県・大阪府・香川県・愛媛県・東京都
2016年4月:
京都市・三重県・滋賀県・奈良県・和歌山県。愛知県・岐阜県・静岡県
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2016-05-13 11:09:07

3・2 素人学者さんの『幻の旅路』読後感 第3章

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
(全文を引用しています)
http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10054835973.html
2012-06-08 06:39:20 『幻の旅路』より 『パリ行きの夜汽車のできごと』
テーマ:『幻の旅路』より 第3章

パリ行きの夜行列車は空いていて、一車室に一人で座ることができた。
くつろいで、向かいの座席に足を伸ばす。
明日は大好きなパリに着くと思うと胸が高まる。

少し休もうと、肘(ひじ)当てを後ろにはね、座席に横になる。
いままで着ていたコートは毛布に早変わり。
枕は窓側の肘当てで代用する。

コンタクトレンズを外した途端、窓の外の満月がおぼろ月に変わる。
急に眠気(ねむけ)が襲ってきた。
車内の明かりを消す。

ガタンと寂しい駅に列車が停まる。
どこだろうと外を見るが、駅名がかすれて見えない。
腕時計の針は十二時に近い。

こんな時間に乗ってくる客がいるのだろうか。
うとうとしていても、意識の半分は本能的に身を守る緊張感が働いている。
列車が動き出す。
やれやれ。

(以下略)


http://ameblo.jp/wasansensei/entry-12157527116.html
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(12) 2016年05月06日 23時00分00秒
テーマ:『幻の旅路』を読む

パリ行きの夜汽車のできごと (P86)
9月23日~24日 アムステルダム→パリ


夜汽車の中で、大湾さんは変な男に言い寄られます。
けれども、二等切符しか持たない男は車掌に窘(たしな)められて二等車両に移動させられます。
そして、安心したのも束の間、今度は夫婦者が大湾さんに同席を求め、大湾さんと夫婦の計3人が川の字のように横になります。
そうしたら・・・・・・

私も先ほどからの緊張がやっと解けてうつらうつらとまどろみかけたと思ったら、脚の下の方で何かごそごそする。
慌てて起き上がり、手で払いのけたら、何と寝ている夫の手。
睨みつけると、まるで何事もなかったように、寝たふりをしている。
美人の妻とぴったりと寄り添って寝ているというのに、別の女性にちょっか いを出すなんて全くあきれた男だ。


というわけです。
いやはや、女性の一人旅は危険と隣り合わせのようですね。
それでも、大湾さんは次のように書いています。

もう再び会うことのない彼らに異国の地での幸せを心から祈りたい気がした。

テレビのニュース等で知る限り、西欧では現在も移民の人たちが大変な生活をしているようですが、当時、夜行列車で大湾さんが出会った彼等もまた、異国の地を彷徨(さまよ)う人たちなのでしょう。
大湾さんの優しい気持ちを知りました。
ちなみに、この夫婦者もまた、二等切符しか持たなかったので、車掌に追加料金を支払うはめになったのでした。


11Mostar,Yugoslavia1985.07.30
1. Mostar, Yugoslavia 1985.07.30


12Dubrovnik,Yugoslavia1985.07.30
2. Dubronik, Yugoslavia 1985.07.30


88頁の写真『「アドリア海の真珠」ドブロブニク旧市街で 』 1985.07.31
89頁の写真『急な階段で囲まれたドブロブニクの子供達』1985.08.01

これらの写真を見ると、「石の町」というイメージが湧きました。
西洋文明というとすべてが機械文明のように思うこともありますが、これらの写真からはメカト ロニクス(機械電子工学)という概念は湧いてきません。
数百年、いや、千数百年の昔からの生活を継続しているのだな、と、いうような印象を持ちました。

「アドリア海」をグーグルで調べました。
イタリアの東方なのですね。
また、「アドリア海の真珠」で検索したら、「一度は行きたいクロアチアの人気観光スポット」というサイトが表示されました。
日本を出たことのない私は、正確 には、北海道と九州、沖縄に一度も足を踏み入れたことのない私は、「へ~っ、ほぉ~っ」と感心することしかできません。

小・中・高・大学を通して、地理という科目は大の苦手でした。
また、恥を忍んで告白しますが、若い頃、学級担任時代には、年度始めの家庭訪問中、迷子(まいご)になり、学校に戻れなかったこともありました。
公衆電話を見つけて、「レストラン○○○という看板が見えるが、ここはどこ?」と、半べそをかきながら学校に電話をして助けてもらいました。
地理が苦手で方向感覚の欠如している私には、とても海外旅行は無理なのです。
話が脇道に逸れてしまい、申し訳ありませんでした。


旅の写真をYou Tubeで紹介しています。
ぜひご覧ください。


Setsuko Owan Travel Photography Part 1
“Seko’s Photo Journey” Part 1
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第1部
『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子

モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
https://youtu.be/yUf3Gh42OeQ
軽快な曲:Lively music
https://youtu.be/_JIYv6eBG4M

YouTube Setsuko Owan Travel Photography Part 2
“Seko’s Photo Journey” Part 2
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第2部
『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子
モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
https://youtu.be/N5cWvsNZ6NE
軽快な曲:Lively music
https://youtu.be/xAVcyh0YwIw


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2016-05-13 11:07:27

3・3 素人学者さんの『幻の旅路』読後感 第3章

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
http://ameblo.jp/wasansensei/theme-10093117674.html
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(13)
2016年05月07日 23時59分59秒
テーマ:『幻の旅路』を読む

パリのホテル (P90)
9月24日 パリ

今回の旅はできるだけ節約してタクシーは一切乗らないことにしたので、メトロに乗ったのだが、乗換駅の通路の長いこと、荷物がますます重く感じられて、きつい、きつい。(略)
私の部屋は曲がりくねった階段を何段も上がった一番上の階。
でも屋根裏部屋ではない。
着いた早々、夜汽車で出会った男たちの匂いを洗い落とさなければと、ぶつぶつ文句をいいながら小さな洗面台で洗濯をする。

前回のブログに書いた出来事から連続した場面ですね。
いくら若い時代の旅行だからと言って、重い荷物を手で持ちながら通路や階段を長距離・長時間歩き上るというのは大変でしたね。

宿も、「駅の案内所でエッフェル塔の近くのホテルを紹介してもらう」と書かれていますので、行き当たりばったりの一人旅という様子が目の前に浮かんでくるようです。
読んでいてただただ感服するほかはありませんでした。

(全文を引用しています)
http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10055186458.html
第3章 1980年9月26日 パリ  (P91) 

ジャン・ピェールに電話をして、ホテルに来てもらう。
彼はパリ生まれのパリ育ちだから、アメリ通り8と住所をいっただけで、すぐ分かった。

しばらくして、美しい笑顔を浮かべて彼が現れた。
どれどれと、まずはホテルの部屋の点検である。
窓際に行って、エッフェル塔を屋根越しに見て、
「うん、なかなかいいね。いかにもパリ的で」
と、オーケーが出る。
彼は豪華絢爛(ごうかけんらん)なだけで、趣(おもむき)のないホテルは大嫌いなのだ。
(以下略)


パリでジャン・ピェールに再会する (P91)
9月26日 パリ

一年振りの再会。
相変わらず、保育園でパートで働いているという。
自分がどういう人間で、何を欲しているか知っていて、経済的にきつくても書き物以外のことは一切しない。
三年前、ローマの路上で出会ったときは、こんなに芯が通っている若者だとは思わなかった。


彼のような人を、真の自由人というのでしょうね。
「好き勝手に生きる」というだけでは自由人とは言えないと思うのです。
信念を持ち、お金や社会的地位に執着しない人。
人間かくありたい、と思います。
ジャン・ピェールさんに敬服しました。

夜になって、エッフェル塔を背に打ち上げ花火が上がる。(略)
はかない花火を見ながら、私たちが生きていくことも花火のようだと思った。
美しい花火をジャン・ピェールと一緒にパリの小さなホテルの窓から見た忘れられない夜だった。


大湾さんもまた、真の自由人だったのだ、と、気がつきました。
もし、私が定年まで働いていたら、こういう考え方ができないまま、身心ともにボロボロになって朽(く)ち果てていたと、本当に思います。

91頁の写真
ベルサイユ宮殿の広大な庭園に置かれている美しい銅像」 1978.05.04

紀行文とともに、そのときどきの訪問地の写真が残っているというのが貴重ですね。
時には、1枚の写真が雄弁に人生紀行を語ってくれますね。


4Paris,France1985.09.01
1. Paris, France 1985.09.01


(第1章・第2章・第3章 ジャン・ピェールのエピソードを全文を引用しています)
http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10055186458.html
2012-05-29 09:19:17
テーマ: ├ ジャン・ピェールと

第1章 『ジャン・ピェールと昼下がりのローマの町を歩く』
1978年5月20日 ローマ (P55)
  
スペイン広場の階段をおりると、道の両側は有名な高級ブランド店がずらりと並んでいる。
ほんの少し前まで買い物客で賑(にぎ)わっていた店もいまはシャッターがおろされ、店内の照明が消えてがらんとしている。

昼下がり、ローマの町は先ほどまでの喧騒(けんそう)が嘘のようにしーんと静まり返り、建物の細長い影が人影のない道路に明暗(めいあん)の境をはっきりと写して、正面のテベレ川まで続いている。
  
昨日ぶらりと立ち寄った店で、水彩画の複製(ふくせい)を一枚購入した。
この絵のオリジナルを展示しているローマ美術館へは歩いていける距離だ、と店の人が教えてくれたが、私の足で歩いてみるとかなりある。

地図を広げて道を確かめていたら、少し先に青年が立ち止まってやはり地図を見ている。
先ほどから私の前になり後ろになりして歩いていた青年だ。(以下略)


第2章 『パリの友だちジャン・ピェール』
1979年9月12日 パリ (P67)  
  
昨年ローマで会ったジャン・ピェールがホテルに迎えに来てくれる。
巨大な遺跡で囲まれた町で出会った彼は、ばかに小さく頼りなく見えたが、今日はあどけなさがすっかり消え、ぐっと大人っぽい感じがする。

自分の町にいるからだろう。
とてものびのびしている。
それでも私の部屋に入って来た途端、
「なんだかこの部屋、落ちつかないね。早く外に出よう」
とせかす。

彼の英語はフランス語のアクセントが強くとても柔らかく響くが、中身(なかみ)のない上辺(うわべ)だけの新しい文化に対して言葉は厳しい。
私たちが泊まっているホテルは、アメリカの物質主義の精神をそのまま反映している建物で、古くて美しいパリの街並を壊してしまう物の一つだといいきる。

茶色いコーデュロイのズボン姿、そんなラフな芸術家スタイルは、この成金(なりきん)趣味のホテルでは場違いに映る。
でも、一歩外に出て彼を見直すと、パリの町の雰囲気に合ってきちんと決まっている。(以下略)


幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子

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2016-05-13 11:05:07

3・4 素人学者さんの『幻の旅路』読後感 第3章

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
http://ameblo.jp/wasansensei/theme-10093117674.html
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(14)
2016年05月11日 01時00分00秒
テーマ:『幻の旅路』を読む

ドイツ人の青年ユルガン (P92)
9月29日 パリ

大湾さんはポンピドゥー美術館で一人の青年から声を掛けられます。

別に予定がなかったので、残りの作品を一緒に見て回り、帰りに彼の下宿先を覗かせてもらうことにする。(略)
彼は新築の離れを借りて住んでいた。車庫にはドイツの高級車アウディの新車が停まっているし、室内もしっかりした家具が揃っていて、留学生にしてはいい暮らしをしている。
聞くと、両親は彼が幼いころ離婚し、母親の手一つで育てられたという。
彼女はドイツのファッション界で成功しているビジネス・ウーマン。
どうりで、彼には貧乏臭さが全然ない。
二十代の頃の私や今まで旅先で出会った発展途上国の留学生とは全く違う


なるほど、人間は環境によって作られるのですね。
日本の古い諺(ことわざ)を思い出しました。

氏より=育(そだ)ち[=育(そだ)て柄(がら)] 家柄、身分のよさよりも、環境、教育などのほうが、人間をつくりあげるのにはたいせつであるということ。(国語大辞典(新装版)小学館 1988より)

写真 1980.09.28 エッフェル塔を背景にパリの記念写真をとる

当時のファッションでしょうか、洒落た格好の溌溂(はつらつ)とした大湾さんがエッフェル塔の下部をバックにして写っています。

「エッフェル塔」で思い出しました。
中学1年、学校の授業で英語を習い始めた頃、国語辞典に載っているカタカナ言葉(外来語)を本物の英語では何というか、を、英和辞典を引いて調べることが「マイ・ブーム」でした。
「エッフェル塔」もその1つでした。
「エッフェル」 ⇒ 「efferu ?」 ⇒ あれ?辞書にない!? ⇒
「e」の項にあるはずだ!? ⇒ 「e」の項を片っ端から探し始める ⇒ あった!! Eiffel Tower
こんな具合に英語が好きになっていきました。
辞書で発音記号を覚えながら発声練習をしたのもこの頃です。


モン・サン・ミッシェル城 (P94)
10月1日 ポルトソン→モン・サン・ミッシェル→ナント

バスを降りて、実際に門をくぐり一歩城の中に入って、さらに驚いてしまった。
夢で見た城と実物の城がほぼ同じ造りだったからだ。
不思議に思うのは、この城をまだ訪れたことがなかったのに、どうして城内に村があるなんて分かったのだろう。


本当に不思議ですね。
夢で見たことが現実になったというお話ですから、いわゆるデジャヴ(既視感)とは違いますね。
私は大湾さんと似たような経験があります。
教職4年目に見た夢とそっくりの場所に、その4年後の職員旅行で訪れたのです。
夢の中の話というのが、これまた不思議でした。

夢の中で、私は、お寺の楼門の前に立っています。
吐く息が白いので季節は冬のようです。周りには、まるで初詣(はつもうで)のときのように、人がたくさん集まっています。

どこだろう?と思っていると、突然、私の身体がフワリフワリと浮かんで、楼門(ろうもん)の屋根の下の踊り場のようなところに着地しました。

ろうもん【楼門】二階造りの門。現在では、下層に屋根のある門を二重門と呼ぶのに対して、特に、下層に屋根のない二階造りの門をいう。(国語大辞典(新装版)小学館 1988より)

踊り場の中で、30代から50代くらいのお坊さんたちが20~30人くらい、旅支度をして、お経を唱えているのです。
聞こえてくるお経は「南無妙法蓮華経」でした。

我が家の菩提寺は真言宗ですので法華経は唱えません。
夢の中で不思議なこともあるものだ、と、思っていると、さらに不思議なことが起こりました。
お坊さんの一人が私に声をかけたのです。
「鎌倉まで参りましょう」と。
すると、お坊さんたちは、楼門の踊り場から、一人ずつ、笠をかぶって、お経を唱えながら空中を歩いていくのです。
私に声をかけてくれたお坊さんが私の肩に触れると、私も、お坊さんたちとともに空中を歩いていくのです。
夢はここで終わりました。
この夢を見た4年後に職員旅行で訪れたのは、新潟県佐渡島でした。
そこにあった大きな古刹の楼門が、まさに夢でみた楼門でした。
今ではお寺の名前すら忘れてしまいましたが。

読後感が脇道に逸(そ)れすぎました。
ごめんなさい。読後感に戻ります。

城の外に出ると、海と空の雄大なパノラマの景観が三百六十度広がっている。
何千年も前から繰り広げられる大自然のシンフォニーを体全体で感じ取る。
風の音、海の色、雲の形が刻一刻と変わっていく。
自然の時の流れのなかに立ち、一瞬にして過去になる「いま」を経験する


名文ですね。情景が浮かんでくるようです。
一瞬にして過去になる「いま」』という表現には感嘆しました。
このような名文は、実際に旅に出た大湾さんでしか書けないと思います。


http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10050246385.html>
2012-03-02 10:46:46
詩3篇『冬の日』『思い出』『時』
テーマ:私の書いた詩

『時』

時が流れていく
ただ音もなく あてもなく
過去だけが残り
現在は把握(はあく)されぬ間に
行ってしまう
未来は果たしてあるのだろうか。

過去が真実で
我々が今存在しているこの時は
一体何なのだろうか?

こういう風に一人過ごしたのは
何回あっただろうか?
こういう風に一人思ったのは
何回あっただろうか?

大きな宇宙の流れの中で
過ぎ去って行ってしまった人々。
広い砂漠の中で
風に吹き飛ばされて行く
一粒の砂。

人間であるという悲しい存在。
悩み悲しむ苦しみ愛する
宿命の動物。

その中で一体何ができ
何をしようとするのだろうか。
               
1972.8.19 (27歳)
『幻の旅路』より、ブログ用に引用 (P480)

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2016-05-12 01:18:59

3・5 素人学者さんの『幻の旅路』読後感 第3章

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
http://ameblo.jp/wasansensei/theme-10093117674.html
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(15)
2016年05月11日 12時30分00秒
テーマ:『幻の旅路』を読む

ナント泊まり (P95)

ここまで『幻の旅路』を読んできてわかったことは、「大湾さんは、たいていの場合、現地到着後にホテルを探す」ということです。
旅慣れた大湾さんだからこその「業(わざ)」と言ってよいと思いました。
私などは、学生時代は「勉強したくて時間が惜しい」と言うのが口癖で、大学時代はクラスの日帰り旅行に1度行っただけ。
大学院時代は蟹(かに)が旨いと聞いていた城崎(きのさき)温泉のある兵庫県に2年間も居たのに、食料・生活用品や書籍の買い出し以外は、一度も学舎から出ませんでした。
現役の教職時代も、どこかに出かけたという記憶は職員旅行しかありません。
いや、まったくもって、自慢できる話ではありません・・・・・・。
ですから、大湾さんの人生紀行を読むにつけ、「うわーっ、大丈夫かなーっ」と声が出るのです。

ナント駅で降りて、駅前周辺を見渡すが、華やかな商店街が並んでいるだけで、ホテルらしき高い建物がない。
案内所に行ってみたが既に閉まっている。
出会う人 に手あたり次第、英語が分かるか聞いてみたが、ノン( Non )。
ヨーロッパならどこでも英語が通じると思って、簡単なフランス語さえ覚えてこなかったが、これは大間違いだった。(略)
やっと一軒、下がバーで、上の階がホテルになっている店を見つける。


私も「ヨーロッパならどこでも英語が通じる」と思っていましたので、意外でした。
いやはや、それにしても大変でしたね。
若くて元気が溢れる頃の大湾さんだからできた、と言っては言い過ぎでしょうか?


6Paris,France1985.09.01
1. Paris, France 1985.09.01

ナントの町で (P96)
10月2日 ナント

さすがに芸術の国、こんな垢抜けない町にも立派な美術館があって、日本なら行列を作って観にくるようなジョルジュ・ド・ラ・トゥール、アングル、クールベといった巨匠の優れた作品が何点も集められている。

昔、居住地に市民オーケストラがあった頃、10年近くトランペットを吹いていました。
当時の指揮者の先生がよく言っていました。
「オーケストラがあるか、ないか、で、その町の文化レベルが分かる」と。
オーケストラの有無と同じように、美術館の有無も、当該地の文化水準が分かる指標ではないか、と、思います。

今回はちょっと洒落気を出してホットカーラーまで詰め込んできたが、安ホテルでは変圧器が使えない。
スーツケースの底で大きな顔をして場所と重さを占めているのには、恨めしくて仕方がない。
結局ホテルから駅までは、休み休みで三十分もかかった。
まるで大きな石を何個も詰めこんだスーツケースを運んでいるようで、手が抜けそうだった。


本当に大変な思いをなさいましたね。
私などは杉の木の枝の伐採以来、足かけ3年も肩と腕を傷めていましたから、容易に想像がつきました。
この1~2か月、春 めいてきてからは、ようやく肩と腕の痛みを忘れる日が多くなりましたが、重い荷物を引きずりながら宿探しをしていた大湾さんには脱帽です。
「苦行」と言っては失礼ですが、私には本当に苦行のようだと思いました。
気力・体力と、夢と希望に支えられて、新しい世界を覗こうとする楽しみが大湾さんを旅に誘(いざな)っていたのだろうか、と、考えながら読ませていただきました。


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