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2016-08-22 03:18:31

”ようやく、読み始めました。”

テーマ:『幻の旅路』 序〜旅のはじめに

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2016-08-05 07:32:01

夏のサンタ・バーバラ

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『幻の旅路』

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20160704 Simpson Inn 1
1. Santa Barbara, U.S.A. 2016.07.04


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Setsuko Owan Travel Photography Part 1
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2016-07-10 09:27:44

『幻の旅路』を読む 第3章−9 スペイン・グラナダと『お上りさん』

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
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6Granada,Spain19870412
1. Granada, Spain 1987.04.12

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大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(24)
2016年06月16日
テーマ:『幻の旅路』を読む

グラナダ (P116)
10月10日 マドリード→グラナダ

大湾さんが到着したグラナダは、「水に恵まれた潤いのある町」と書いてあったガイドブックは現実とは違ったようです。

駅の外に一歩出たら、道路工事でもしているかと思うくらい、そこら中に砂埃がたって、非常に乾燥している。

海外旅行をするときに、ガイドブックは鵜呑(うの)みにすると危険なのでしょうか。
それとも、たまたまグラナダが激変したのでしょうか。

田舎臭い駅に若い日本人女性が三、四人固まって降りてくる。
彼女たちのまったく場違いなハイファッションが一際目立つ。
何がおかしいのか、げらげらと大声を出して笑いこけている。


彼女たちは「ハイファッション」以上に「ハイテンション」だったのですね。
こういうシャレは英語でも通用するのでしょうか?
この光景を読んで、私は「おのぼりさん」という言葉を思い出してしまいました。

おのぼり‐さん【御上さん】 見物などのために都会に出て来た田舎者をからかいぎみにいう語。
国語大辞典(新装版)小学館 1988
おのぼりさん【お上りさん】
〔軽蔑(けいべつ)して〕a bumpkin; a rustic
プログレッシブ和英中辞典 第2版 小学館 1986,1993 (注1)

大湾さんは、ホテルへ向かうために、彼女たちとタクシーに相乗りします。
彼女たちは羽田空港で働いているとのこと。
なるほど、職業柄、当時としては「ハイファッション」だったのかもしれません。

スペインだけ観光に来たというのに、みんなすごく大きなスーツケースを持っていて、全員の荷物をトランクに入れるのに苦労する。
(略)
一人旅をしていると言ったら「いいですねェー」「すごいですね ェー 」と口々に感心している。
私の旅の現実など想像もつかないのだろう。


彼女たちは、ごく一般的な若い日本人女性なのでしょう。
ですから、憧れの海外旅行に出た、という事実が、彼女たちをして「ハイテンション」にしていたのでしょうね。
彼女たちは、それほど旅慣れていないので、あれこれ心配して不要な荷物を詰め込んだのでしょう。
おそらく、彼女たちにペトラの言葉を伝えても「へェ~、そうなのですかァ~」という感想しか出てこないでしょうし、大湾さんの旅の現実を想像することは不可能でしょう。

そして、大湾さんは「宿泊料金は安いが、シャワーの湯がぽたぽた程度しか出ない」ホテルに到着します。


アルハンブラ (P117)

夕涼みに町の人々が三々五々、アルハンブラの丘に登っていく。
(略)
眼下にグラナダの町が一望できる城塞まで登りきる。
夕日はたったいま向こうの山の端に沈んだばかりで、辺り一面薄紫と茜色(あかねいろ)のベールに包まれ余韻が漂う。
(略)
厳かで静寂な空気が流れる。
どこからか美しく物悲しい『アルハンブラの思い出』のギターの旋律が聞こえてくるようだ


写真 1987.04.12 「グラナダ、アルパイシンの丘 木陰の下が村人たちの憩いの場

大きな銀杏(ギンナン)のような気が生い茂っている木陰に、多くの人たちがベンチに腰掛けています。
その後ろには小窓が並ぶ、日本の瓦屋根のような屋根がある白い建物が見えます。

1987年は、私にとっても思い出深い年です。
勤務校が文部省(当時)指定の全国公開研究会の研究校として、10月には全国公開を控えていました。
私は研究副主任として準備に忙殺されながらも、大学院進学のための県教委の試験を受け、8月には大学院を受験しました。
若かったからできたのだ、と、今は思います。

アルハンブラの思い出」で思い出しました。
あの美しい旋律を、私がギター演奏の曲だと知ったのは、初めてLPレコードで聴いてからずっと後のことです。
私 が最初に「アルハンブラの思い出」を聞いたのは、イタリア人のトランペッター  ニニ・ロッソ (Nini Rosso)のLPレコードでした。
ですから、私は、この曲はトランペットのための曲だとばかり思っていました。
何年も経ってから、NHKテレビの音楽番 組で、ギターの曲であることを知りました。


(注1)
『私こそお上りさんです』


『お上りさん』って、なんだか古臭いニューアンスがありますね。
それに、どこか温かい視線があります。

『お百姓さん』とか『お上りさん』とか、昔は普通に使われていた語が、いまは差別語とかいろいろと言葉の使い方が厳しくなって、簡単に言葉を選べなくなりました。

お上りさんの英訳は、rustic。
これは、初めて知りました。
Rusticは、荒々しいカントリースタイルのインテリアなどの時に使いますが、「地方の人」、「田舎の人」、「垢抜けない人」など、『人』という意味もあることを知りませんでした。
この場合は「名詞」で使っていますね。
田舎の人たちを半分からかい気味に、Hillbillyともいいます。

a bumpkin; a rusticの英語の意味は、
an unsophisticated or socially awkward person from the countryside.
地方からやってきた都会風でない野暮な感じの人を指す、と書かれてあります。

ロンドンや東京など、昔は地方からやってきたた人たちは、一目でわかって、彼らのことをそう呼んでいたのでしょう。
でも、いまは地方もすっかり変わって、都会の人も地方の人もまったく区別がつかないでしょう。

ロス・アンジェルスには『お上りさん』はいませんね。
第一、この町には、典型的はロス・アンジェルス人がいないのです。
皆、その他大勢で、様々な人種や人々が集まって暮らしています。

私は、日本で英語を習っていた時に、ソフィストケート(sophisticate)という語は、「経験を積み過ぎた、スレた人」という意味で、悪い意味に使うのかと思いました。
でも実際こちらで使われている意味は、「とても洗練された」という意味で、最高の褒め言葉です。
グレス・ケリーなど、上品な女性を指す言葉です。

2008年、私は16年ぶりに帰国しました。
まさに浦島太郎、リップ・ヴァン・ウィンクルでした。
( “Rip van Wincle”:19世紀のアメリカの小説家ワシントン・アーヴィングの短編小説)

100歳で亡くなった日系の婦人のお古のスーツを着て赤坂の町を歩いたら、自分でも気が付きました。
洗練された近代都市にはまったくそぐわない服を着ているなと。

銀座の和光の前で待ち合わせた時もそうでした。
何十年も前のウールのスカートと友人から譲ってもらったスェーターを着て現れたら、友人は私と一緒に歩くのをためらっていたようでした。

服装だけでなく、マナーも野暮で粗野になっていますから、外見や品格を大事にする人にとっては、私のような『お上りさん』と一緒に歩くのは恥ずかしいのではないでしょうか。

母が生きていた頃に上野の美術館に行きました。
帰りに見かけた人たちです。
地方から東京見物に上京したようで、「ああ、疲れた」「東京は広いね」と、一休みしている彼らの話し声が聞こえてくるようでした。

なんだか『ほのぼのとした心温まる光景』だったので、淡い夕日の中の彼らにカメラを向けました。
地方から来た方たちで「お上りさん」とわかる雰囲気を持った人たちですが、決してからかいや高い視線から見て写真を撮ったのではありません。
ご覧になったらお分かりになると思います。


10Tokyo,Japan1986.11.06
2. Tokyo, Japan 1986.11.06 (上野・東京都美術館前の広場にて)


とてもユニークな『幻の旅路』の読後感を書いてくださった素人学者さんは、下の2つの記事を載せた後、ずっとお休みしています。
2、3年かけてゆっくり完成しましょうといっていた合作の読後感のブログも当分の間お休みいたします。
あるいは、これまで十分書き留めてくださったので、これでおしまいにするかもしれません。

脳梗塞 2016年06月28日
テーマ:生活の1シーン
しばらく休みます。

詩作12016年06月30日
テーマ:生活の1シーン
詩を作ってみた。

左手がある。
まだ左手がある。

左手で書こう。
描こう。

素人学者さんへ

Slowly but surely, it just takes time.
Hope each day finds you feeling better and better
.

ゆっくりですが、確実に良くなります。
ただ時間がとてもかかります。
1日1日、良くなっていくように心からお祈り申し上げます。

ご多忙の御身で、思うようにならないことが多く、焦ったり気が滅入ったりすることがあると思います。
どうぞこの際、十分お身体をお休めになって、1日も早くご回復なされますように心からお祈り申し上げます。


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2016-06-20 10:38:42

『幻の旅路』を読む 第3章−6 フランス オーストラリア人の夫婦

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
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大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(16) 2016年05月16日
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(17) 2016年05月16日
テーマ:『幻の旅路』を読む

「第3章 1980年、第三回目の旅」
9月15日~11月25日 71日間 七ヶ国
イギリス→オランダ→フランス→スペイン→モナコ→イタリア→ギリシャ→イタリア→モナコ→フランス→オランダ→フランス→イギリス


今回読んだページには、これまでに読んできたページの中で、もっとも感動的な、胸に迫るお話が綴られていました。
『幻の旅路』が単なる旅行記ではなく、「人生紀行」と呼ぶべき作品であることを確信しました。

ラ・ロシェルでオーストラリア人の夫婦に出会う (P97)
10月3日 ラ・ロシェル

駅の小さな案内所で情報を得ようとしたが、言葉が通じない。
それでも町の中心に出るには、駅前の道を真っ直ぐ歩いていけということだけは分かった。
案内所で後ろに立っていた家族が、親切にも自分たちの車に乗っていきなさいと申し出てくれた。

このように、見返りを求めない親切って、本当に心から感謝の気持ちが湧いてきますね。

私は、39歳の年に市教委の指導主事になりました。
20年以上経ったので時効と考えて書きますが、学校現場とは何もかも勝手が違う教育行政の仕事に慣れず、 ほとほと困っていたときに先輩指導主事に助けを求めました。
先輩は、私の質問に耳を傾け、ていねいに教えてくれました。
はじめは、ただただありがたかったのですが、やがて気がつきました。
先輩は、私の質問に答えるとき、チラッチラッと、向こうの席の上司の顔を確認していました。
「ちゃんと見てくれていますか? 私はこんなにも親切に後輩指導主事の指導ができる人間ですよ」と、上司に対して、彼自身の素晴らしさを無言でアピールしているようでした。
そのことに気づいてからは、先輩を頼る頻度が激減(げきげん)しました。

一階のバーで一息つこうとテーブルに着いたら、向こうから見慣れた中年の夫婦がやって来る。
二日前、モン・サン・ミッシェル城を見学していたときに出会ったオーストラリア人だ。
(略)
彼等は六十歳前後だと思うが、思い切って仕事の権利を売り渡し、足腰がまだ丈夫な間にゆっくりヨーロッパを見て回っているのだという。
(略)
不便な簡易ホテルでも文句を言わず贅沢もしない。
愚痴をこぼしたり病気をしたりする暇がなさそうな夫婦で、その瞬間瞬間を精一杯楽しんで生きているようで一緒に話をしていてとても楽しかった。


(P98) 写真 1984.04.06 「メルボルンの公園で 4年後モリーとパットを訪ねる

写真には、人柄の良さがにじみ出ている老夫婦が写っています。
写真の説明には「メルボルン」、「4年後」と書かれています。
つまり、大湾さんは、ラ・ロシェルで出会った老夫婦の住むオーストラリアで、老夫婦のモリーさんとパットさんに再会するのです。

日本の古い諺(ことわざ)を思い出しました。
袖振り合うも=他生(たしょう)[=多生(たしょう)]の縁
見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるとの意。
どんな小さな事、ちょっとした人との交渉もすべて深い宿縁によって起こるのだということ。
(国語大辞典(新装版)小学館 1988 より引用)

モリーさんとパットさん夫妻と大湾さんのふれあいの様子が99頁に書かれています。

それから四年後の1984年四月、私はオーストラリアのメルボルン郊外ビクトリアに彼らの家を訪ねた。
(略)
着いた日には白い刺繍入りのベッドカバーの上の枕元に、一輪のばらの花とチョコレートが置いてあった。
私の滞在中、彼らは奥の小さな部屋に移り、私には自分たちの寝室を提供してくれた。


旅先で知り合った友人を、 こまやかな心遣いでもてなしてくれる老夫婦の様子がよくわかり、読んでいて「ああ、国とか国境とかとは関係なく、よい人は世界中にいるのだな」と、嬉しくなりました。

そして、さらに感動的な場面は続きます。

次の目的地に出発する朝、二人でメルボルンのバスターミナルまで送ってくれ、私がバスに乗り込むとき、奥さんが茶色の紙袋を手渡してくれた。
バスの中で袋を開けてみたら、彼女が朝出発前に用意したと思われるサンドイッチとクッキーとバナナが一本、なかから出てきた。
思わず目頭が熱くなった。


些細(ささい)な事と言ってしまえばそれまでですが、一人旅を続ける大湾さんには、モリーさんの、打算の無い、心から友人の旅の無事を祈る気持ちが伝わってきたのだと思いました。
読んでいる私まで目頭が熱くなりました。

そして、衝撃的な出来事が訪れます。

2006年11月27日、(略)オーストラリアから突然電話が入った。
最初よく聞き取れなかったが、モリーという女性の名前を聞いてすぐ分かった。
彼女の息子からで、母親が衰弱して亡くなったという知らせだった。
私とは会っていないが、いつも両親が話していたからよく知っているといっていた。

彼の電話で一瞬にしてラ・ロシェルで彼らに会ったときのことが思い出されてきた。
そのときのことを電話で話してあげると、息子も一緒に泣いていた。
次の日、Eメールで両親と私が一緒に写った写真を葬式に飾っていいかと尋ねてきた。
彼女は享年(きょうねん)八十七歳だった。
彼らとラ・ロシェルで出会ったのは二十六年前だから、丁度あの頃モリーはいまの私の歳だったのだ。


旅先で出会ってから26年。
何という長い年月でしょう。
旅で出会った人との交流とは、物理的な交流とともに、心の、精神的な交流として継続されるのだな、と、深く感動しました。

26年経って、国際電話とEメールとで友人の葬儀に「立ち会う」ことができたという事実は、大湾さんの旅が言葉どおりの「幻の旅路」ではなく、「確固として存在した人生航路」であったことの証明であります。

冒頭にも書きましたが、今回読んだページには、これまでに読んできたページの中で、もっとも感動的な、胸に迫るお話が綴られていました。
本当によいご本を読ませていただき、著者の大湾さんには心から感謝申し上げます。
このあと、2匹の猫の話も登場するのですが、読後感が長くなりましたので、次回に譲らせていただきます。

ラ・ロシェルでオーストラリア人の夫婦に出会う  (P99)
10月3日 ラ・ロシェル

大湾さんには愛猫が2匹いました。
ラ・ロシェルで出会ってから26年もの長い年月、交流のあったモリーさんが 2006年11月27日にお亡くなりになったという連絡を受けたとき、15歳になる愛猫の1匹が重い病気にかかっていました。

写真 「傷ついた心の幼女を助けてくれた兄弟猫のアルバート(上)とアンカー
2002.09.01(上)/2003.07.01(下)
2枚の写真の猫は、大湾さんのブログに紹介されている2つの動画に登場している猫たちではないか、と、思いました。
間違っていたらごめんなさい。
この動画というのが、大湾さんがテレビ局から取材を受けた番組で、下記のYouTubeに公開されています。

その通りです。
これらのDVDを作る直前に、最後の1匹の猫が亡くなりました。
これらの作品は猫たちの思い出と愛情を込めて、『3匹の猫たちに捧げる』意味で作りました。
DVDの最後の部分に猫たちの写真が載っているのは、そのためです。
皆さんもお時間がある時に是非ご覧ください。


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幻の旅路』という書名を英訳したものが “Revived Journey” なのでしょうか。
revived は「改訂された」というような意味だと覚えていますので、 “Revived Journey” は「旅路の改訂版」。
すなわち、「本書を書き上げることで旅路を振り返る」という意味なのでしょうか。
これまた間違っていたらごめんなさい。

Revivedという意味は、蘇生(そせい)する、一旦死にかけた人が生き返る時などに使います。
『幻の旅路』の出来事は30年以上も前の出来事で、私が書き始めてから、実際一冊の本になったのは、30年経っていました。
屋根裏部屋に埃に埋もれていた物が、やっと光に当てられたという意味で、『幻』という題がつけられ、それにふさわしい意味は「蘇(よみがえ)った旅路」を英訳して“Revived Journey”としました。
題名については、下記のあとがきに詳しくブログに説明してあります。

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10070623912.html
2013-06-10 07:34:54
『幻の旅路』 あとがき~人生への思いを遥かなる旅路に込めて
テーマ: ├ あとがき~遥かなる旅路に込めて~

この紀行文は最初「三十代、ヨーロッパを一人歩く」という仮題をつけていたが、塩澤幸登編集長から「幻の旅路」という題名はどうかとの提案があった。
「幻」という言葉は「幻の幽霊船」というイメージがあって、どうもピンとこないと返事を送ったところ、日本では「幻」という語は、長い間日の目を見ず埋もれていたものが発見された時にも使うと教えられた。

日本の新聞をよく見ると、なるほど「幻の酒」とか「幻のウイスキー」、あるいは「幻の邪馬台国」というように、「幻」という言葉が決して否定的な意味には使われていない。
この題名を英語に訳すと、「Revived Journey (蘇った旅路)」とでもなるだろうか。

確かに、四、五十年前に学んだ日本語で、三十年前に書いたこの日記は、現代の日本を知らない浦島太郎が書いたような話である。
埃の積もった屋根裏部屋でがらくたのなかに埋もれていた日記のように、内容も表現も古くてカビ臭いのは当然。
塩澤編集長が考え出して下さった題名がピッタリのような気がした。

(以下略)

Revivedと1字違いの Revisedは、学者さんがおっしゃっている「改訂する、訂正する」という意味になります。
何回も書き直してので、確かに『幻の旅路』は、書き直しながら、昔の旅路を振り返ると言う意味にもなりそうです。



実はこの猫は十五年前(1991年)シェルターから引き取った美しい兄弟猫の一匹だった。
私たち夫婦は大好きなスイスの画家「アルバート・アンカー」の名を取って、それぞれの猫に「アルバート」と「アンカー」と名付けた。
(略)
それから三年後(1994年)、日本人の生みの親とアメリカ人の養親に何かの事情があって二回も手放され、心に深く傷を負った三歳十ヶ月の日本人の女の子を引き取った。
いままで愛されたことも愛することも知らなかった彼女に、二匹の猫が愛することを見事に教えてくれた。


これが本書『幻の旅路』に大湾さんの娘さんが初めて登場する場面でした。
二匹の猫たちは、単なるペットではなく、娘さんの人生の初期、娘さんの人間形成に大きく関わったことがわかります。
猫たちの存在が娘さんの心身の成長に計り知れない役目を果たしたのだ、と、思いました。

そして、この文章には「私たち夫婦」と書かれていますから、大湾さんのご主人様が本書に登場したのも、この文章が初めて、と、いうことになりましょうか。
また、猫たちを「シェルターから引き取った」と書かれています。
「シェルター」を直訳すれば「避難所」になりますから、おそらく二匹の猫は動物を一時的に保護する施設にいた、と、いうことなのでしょうか。

アニマル・シェルター (Animal Shelter)は、捨て猫やこれ以上飼うことのできない犬猫を一時的に預かって、保管する施設です。
ある期間保護されますが、引き取り手のない動物たちは、殺処分されます。
デイビットが連れてきた老猫(『結納金は猫一匹』に登場する猫のこと)が死んだ時、絶対ペットは飼わないと誓ったのに、シェルターにいた2匹の兄弟猫を見た途端、誘惑に負けて、引き取りました。
この猫たちは命拾いをした恩返しに、傷ついた幼女の心を癒してくれました。



彼女が愛することを少し学びかけたときに、アンカーが十四ヶ月もがんと闘った後、十三歳で死んでいった。
そしてアルバートは、この旅行記が完成するまで何とか生き延びておくれと願っていたら、椅子から二回も落ちて腰を骨折し完全に動けなくなったにもかかわらず、九ヶ月も病気と闘って、2007年6月29日、 ちゃんと私が原稿を書き終わるのを待って逝った。
二匹ともまるで「僕たちのお役目は終わりましたね」といわんばかりの立派な死に際だった。


私は動物を飼っていませんので、実感として理解することは困難ですが、ペットの動物は飼い主の人間にとって、家族の一員として愛されているのだ、と、いうことがよく分かりました。
猫の13歳というのは、人間に例えると何歳になるのか、私には分かりませんが、恐らくは、高齢だったのだと推察します。

いずれにしても、ラ・ロシェルは、大湾さんにとって、血の通った温かい思い出の地であったことには違いありません。
そして、旅で出会った人たちとの交流が人生の中で大きな意味を持つことがある、と、いうことも、私は『幻の旅路』から学びました。


『幻の旅路』大湾節子のブログ-アルアン箱
Albert & Anker 1991


『幻の旅路』大湾節子のブログ-アルベッド
Albert 1992


『幻の旅路』大湾節子のブログ-アル庭
Albert 2002


『幻の旅路』大湾節子のブログ-アン庭
Anker 2003

(以下の2つのブログに全文引用しています)

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10050134031.html
2011-11-29 05:07:04
『幻の旅路』よりAlbert & Anker
テーマ:├ CATS 猫自慢

2006年11月27日、十五歳の猫がもう何週間も嘔吐を繰り返し、食事もしなくなって死が間近に迫ったことが分かって悲しんでいた時に、オーストラリアから突然電話が入った。
最初よく聞き取れなかったが、モリーという女性の名前を聞いてすぐ分かった。

彼女の息子からで、母親が衰弱して亡くなったという知らせだった。
私とは会っていないが、いつも両親が話していたからよく知っていると言っていた。

彼の電話で一瞬にしてラ・ロシェルで彼等に会った時のことが思い出されてきた。
その時のことを電話で話して上げると、息子も一緒に泣いていた。
 
次の日、Eメールが送ってきて、両親と私が一緒に写った写真を葬式に飾っていいかと尋ねてきた。
もちろんオーケーと返事をしたが、彼女は享年八十六、七歳だと言っていた。
彼等とラ・ロシェルで出会ったのは26年前だから、丁度あの頃モリーは今の私の歳だったのだ。
そう考えると、なおさら感慨深い。
葬式には体は参加できないが、心は参加すると言ったらとても喜んでいた。
 
今にも死ぬかと思っていた猫はそれから何ヶ月も生き延びた。
11月から友人の獣医さんの所に週三回点滴とビタミン剤をうちに行った。

12月末、長年使っていた化学性のクリーナーを使わなくしたら、嘔吐がぴたっと止った。
しかしその頃には、右腕にできた腫瘍は二倍に膨れ上がり、腹の中の腫瘍はグレープフルーツ大に拡大していた。

翌年の2月になったら、水道栓を止めた後に水道をひねると勢いよく水が飛び出るように、毎日水便が続いた。
3月呼吸が異常になり苦しそうだったので、病院に連れて行くのを止めた。
点滴を上げなくなったら、今度は下痢がぴたっと止った。

(以下略)


http://ameblo.jp/romantictravel/entry-11091391635.html
2011-11-28 01:22:56
うちの猫自慢 Albert & Anker
テーマ:├ CATS 猫自慢


『幻の旅路』大湾節子のブログ-4PR外テーブル


あなたの町の図書館にも『幻の旅路』を1冊、置いてもらってください。
お家の近くに図書館はないですか?
次回、図書館をご利用することがございましたら、
『購入希望図書』として『幻の旅路』を申請してください。
ご負担にならなかったら、是非よろしくお願いいたします。

また、あなたの町の図書館や母校に寄贈をご希望の方も、遠慮なくお申し出ください。
送料、手数料など私が負担して、『本の泉社』を通してお送りいたします。
本名『幻の旅路』
発行『2010年8月30日』
著者『大湾節子』
発行所『茉莉花社(まつりかしゃ)』
発売所『本の泉社』


・全国の書店(注文)・オンライン・本の泉社よりお買い求めいただけます。
『本の泉社』Tel: 03-5800-8494 Fax: 03-5800-5353
http://www.honnoizumi.co.jp/


海外:*著者から直接お求め下さい。
お問い合わせ:setsukoowan*yahoo.co.jp(*を@に変えてください)
For further information, please contact:sekoowan*gmail.com (Please change * to @)

幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子

¥2,940
Amazon.co.jp

下記の地域の町の図書館、および大学の図書館に『幻の旅路』を寄贈いたしました。
2015年:
沖縄県・長崎県・福岡県・鳥取県・広島県・兵庫県・大阪府・香川県・愛媛県・東京都
2016年4月:
京都市・三重県・滋賀県・奈良県・和歌山県。愛知県・岐阜県・静岡県
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2016-06-20 10:34:28

『幻の旅路』を読む 第3章−7 フランス・スペイン 駅のホームで

テーマ:素人学者さん 『幻の旅路』を読む
http://ameblo.jp/wasansensei/entry-12162452448.html
http://ameblo.jp/wasansensei/theme-10093117674.html
http://ameblo.jp/wasansensei/theme-10093117674.html
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(18) 2016年05月22日
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(19) 2016年05月29日
大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(20) 2016年06月06日
テーマ:『幻の旅路』を読む

今回は、ラ・ロシェルという駅で、大湾さんが、映画『ダイ・ハード (“ Die Hard”)』のブルース・ウィルス (Bruce Willis) 張りの冒険活劇(?)を演じたのです。
私はハラハラドキドキ、あるいは拍手しながら、あるいは笑いながら、読み進めました。

臨場感を表現したいため、『幻の旅路』の本文からの引用が多くなりましたが、ご了承ください。

ラ・ロシェルの海辺の風景 (P100)
10月4日 ラ・ロシェル→ボルドー

写真 1985.08.18 「ノルウェーの美しい港町バーゲン、展望台から湾と対岸を望む

ノルウェーといえば「フィヨルド」という言葉を思い出します。
地理の授業が好きではなかった私でも覚えている言葉です。
ウィキペディアで確認すると
フィヨルド(ノルウェー語等:fjord、異称:峡湾、峡江)とは、氷河による浸食作用によって形成された複雑な地形の湾・入り江のこと。
ノルウェー語による通俗語を元とした地理学用語である。 湾の入り口から奥まで、湾の幅があまり変わらず、非常に細長い形状の湾を形成する。
中学生の頃、「氷河ってすごいな!」と驚いたことを思い出しました。

この場所で景色を見ていた大湾さんは、遠くから見られている視線を感じ、案の定、大湾さんに視線を注いでいた一人の男性からドライブに誘われます。
幸い、その男性は「悪い奴」ではなかったようです。
それにしても、大湾さんはモテますね!

ラ・ロシェルの駅で (P102)

スペイン行きの列車は夜八時発。
辺りはもう真っ暗。駅の構内に十人ほど映画の関係者が列車を待っている。
(略)
監督さんらしい。
雑誌を買って、ズボンのポケットからお金を出すのさえ様になっている。
カッコいいなぁーと、思わず声が出てしまう。
私もかつて映画を勉強し、いつかあんな制作スタッフの一人になりたいと夢見ていたことがあった。
でもそれはもう遠い昔のことだ。


そもそも大湾さんは、映画や写真という、映像の世界で仕事をしたい、と、思っていたようですね。
駅で出会った監督さんに憧れる気持ちがわかります。
さて、実は、ここからが大変だったのです。

パリ行きの列車が入ってくる。
その列車が出た後、構内は急にひっそりとする。
次の列車を待っているのは私一人だけ。
(略)
反対側のホームに渡る。
驚いたことに、こちらのホームは真っ暗で、一等の車両がどこに停まるのか全く見当がつかない。
列車がホームに入ってきた。
柄の悪い 二等の客が窓から顔を出してこちらを見ている。
一等はもっと後ろの方らしい。

慌てて列車の後尾へ走るが、貨物列車が何台も間につながっていて、肝心の車両 が中々見えない。
スーツケースが重くかさばって、膝の横にバンバンとぶつかって走りにくいことこの上ない。
必死に走って、やっと一等の客車を見つける。
列車の最後尾だった。
ドアに手をかけ、えい! と力一杯開けようとしたが、どうしたわけか開かない。
押しても引いてもびくともしない。
こんなところで時間を費やしていられない。


こういう時って、本当に焦りますよね。
もうすでにハラハラドキドキです。
身体の中からアドレナリンが噴き出すようですよね。
しかし、ここからの大湾さんの行動が「ブルース・ウィリス (Bruce Willis)」だったのです!!

次の車両のドアに向かって突進する。
えーい! これは開いた。
ステップに足をかけた途端、スーと、何か動き出す。
一瞬状況がつかめない。
何だろうと思ったが、いま乗ったばかりの列車が動き出したのだ。
停車時間はほんの一、二分で、何の合図もなしに、スーと動き出してしまった。
私のスーツケースは、まだ砂利のホームの上にぽつんと置かれたままだというのに。


おそらく、次の文章は、大湾さんご自身もお書きになっているとおり、数秒の間の出来事だったかと思いますが、大湾さんが、当時の出来事とご自身の自問自答を克明に記してくださっているので、切羽詰(せっぱつ)まった緊張感が生々しく伝わってきます。

完全にパニック状態に陥(おちい)る。
どうしようか?
自分だけ次の駅までいって戻って来ようか。
しかし反対方向の列車がいつ出るだろうか。
田舎の駅だから、明朝まで列車がないかもしれない。それともここで降りてホテルを捜すか。
いや、駅からの長い道のりをこんな夜遅く一人では到底歩けない。

それなら、あのスーツケースはそのままホームに放っておこうかとまで考える。
いやいや、とんでもない。
重くて重くて、あれほど恨みに感じたスーツケースでも、あれがなければ旅は続けられない。
第一、私の唯一の旅の同伴者で はないか。
と、ほんの数秒の間に頭が目まぐるしいくらい急回転して、ゆっくりだが既に走り出している列車から思い切って飛び降り、一目散にスーツケースの ところにかけ戻る


一瞬の判断がその後の展開を大きく左右するのですね!

スーツケースを両手で高く掲げ、通過しかけている最後の車両の開いているドアを目がけて投げ込む。
ガタンと床に落ちる音が聞こえた。
次は私の体だ。この際、格好なんか構ってられない。
入口の支柱につかまり、腹這(はらば)い気味に体を床につけ、転がり込むようにして滑り込む。


まさに、映画『ダイ・ハード (“ Die Hard”)』の世界ですね!!

私は先日、大湾さんのブログのリンクを辿って、大湾さんがテレビ局の取材に応じている長編の2つの動画(You Tube)を視聴しました。
私に比べればよほど早口で、テキパキと司会者の問いに即答する大湾さんを見て、「誰かに似ている!」と思いました。
その時は誰に似ているのか思い出せませんでしたが、今、ブログを書いていて思い出しました。

当時の大湾さんは、私が知っている数少ない日本の女優さんの中で、志穂美悦子(しおみえつこ)さんに似ている、と、思い出しました。
志穂美さんはジャパンアクションクラブ(JAC)の出身ですから、切れ味鋭い演技のできる美貌の女優さんでした。
大湾さんは才色兼備(さいしょくけんび)の女性だなぁ、と、納得しました。

志穂美悦子という女優さんの名前は初めて聞きました。
どんな女優さんかインターネットで調べてみたら、顔のキリッとした頭のキレそうな美しい女性でした。
私は、20代初めはぽちゃっとした丸顔のどこにでもいるような女性で、歌手の三沢あけみさんや宝塚の浜木綿子さんに似ていると言われたことがあります。
50年以上も前に活躍していた芸能人なので、知っている人は少ないと思います。

若い頃は食い気ばかりが旺盛で、いたって飾り気がなく自然体の人間でした。
美貌の女優さんには程遠く、「才色兼備」というイメージもまったく当てはまりません。
私の早口の話し方が志保美悦子さんに似ていたのでしょうか。
学者さんに褒められすぎて、こそばゆいです。

いまは疲れやすく脚も痛くて、いつもしかめ面をしていますが、若い頃はてとても元気で、いつもニコニコしていたのでしょう。
近づきがたい美人でもなく、頭のキレそうな才女にも見えなかったので、性別や年齢、国籍に関係なく、誰でも気楽に友だちになれたのではなれたのではないでしょうか。
長年カジュアルなカリフォルニアに住んでいるのも、大いに影響していると思います。
学者さんが「モテる」とおっしゃっているのとは、少し違う気がします。

皆さんもお時間がございます時に、ぜひ旅の写真を紹介している動画(You tube)『ヨーロッパカメラ一人旅』をご覧ください。


ホーッ! と大きな溜息が漏(も)れる。
さすがに服はひどく汚れてしまったが、何とか荷物も体も無事に乗り込むことができた。
人間、いざとなれば普通なら絶対できないことを、とっさの機転でやれるもので、後から落ち着いて考えたら危ないことこの上なくてぞっとした。


誰にでもできることではない、と、思いました。
若さゆえの、気力・体力・身体能力を持ち合わせた結果、いや、それだけではなく、大湾さんご自身の性分が原動力になっていたのだ、と、思います。

日本では駅のホームでもデパートのエスカレーター乗り場でも、お客様第一で「足元にお気をつけ下さい」とか「お忘れ物のないようにお降り下さい」と過保護 なくらい手取り足取り注意してくれる。
ヨーロッパでは「列車がホームに入ります」とか「間もなく発車いたします」といった発着の知らせは一切ない。


この辺が、来日する外国人観光客が気に入る「おもてなし」、「日本らしさ」につながっているのでしょうね。


4Seville,Spain19870409
1. Seville, Spain 1987.04.09


スペインの夜行列車 (P104)
10月4日 ボルドー→マドリード

大湾さんはボルドーでマドリード行きの夜行列車に乗り換えます。

一等列車は六人掛けの小室に分かれていて、その中の一室にいるのだが先ほどから寒さに震えて声も出ない。
寒い。
ひどく寒い。(略)
朝方になったらさらに気温が下がって、真冬の夜空の下で野宿でもしているかのようだ。


一等列車というのに暖房がなかったのでしょうか。
それとも、暖房が効かないほど、スペインの夜は寒くなるのでしょうか。
一等列車でこうなのですから、二等列車に乗る人たちは、さらに寒い思いをしたのでしょうね。

最近のスペインの鉄道の状況はわかりませんが、私が利用したのは36年も前のことです。
いまでは大都市間の路線は最新の車両を使っていると思いますが、私が乗った列車はどこもここも隙間だらけで、一等車両についている暖房は効率が悪く、ないも当然でした。
朝方は冷え込んだ外気が入り込み、まるで野宿をしているようでした。
この列車の中で経験した歯がかみ合わず凍えるような寒さは、一生忘れません。

旅先で楽しかったことよりも、不便な思いや辛い経験が深く心に残っています。
いまとなっては、2度と繰り返すことのできない貴重な思い出です。


凍える大湾さんを見かねて、職業軍人の男性が厚手のセーターを貸してくれました。
「地獄に仏」とは、このことですね。

地獄で仏(ほとけ)に会ったよう
非常な危難にあったり、大変困ったりしている時などに思いがけない助けに会った喜びをたとえていう。
地獄の地蔵。
(国語大辞典(新装版)小学館 1988 より引用)

驚いたことに、彼の使う英語の単語は日本の中学の一、二年で習うきわめて簡単な単語ばかりなのだが、それらを上手に使って、自分の考えを理路整然(りろせいぜん)と無駄なく相手に伝えてくる。

私が中学生のときに英語を教わっていた先生から聞いた話を思い出しました。
国際会議で、英語でスピーチをしなければならなくなった老教授が、英語学校で特訓を受けた、という話です。
英語学校の先生が老教授に渡したのは、中1・中2・中3の英語の教科書で、英語学校の先生は、3冊の中学英語の教科書を何度も何度も音読して、教科書を丸ごと覚えなさい、と指示したそうです。
そして、3か月後、老教授は見事にスピーチをやり遂げた、とのこと。
中学生だった私はこの話を聞いて、basic English に、強い興味を持ちました。


初めてのスペイン

さて、そこから地下鉄の改札口に出るまで歩くこと歩くこと、とにかく延々と歩く。


1987(昭和62)年の8月、 県教委の試験に合格した私は、兵庫教育大学大学院の試験を受けに、前日の早朝、総武本線の特急しおさいで東京駅まで、東京駅から新大阪駅まで新幹線、新大阪駅から中国ハイウェイバスで滝野社(たきのやしろ)インター下車、そこから予約しておいた旅館へ、という、生まれて初めての長距離一人旅を敢行(かんこう)しました。

実に大袈裟(おおげさ)な表現かと思われるかもしれませんが、家庭訪問中に迷子になるほどの方向音痴の私ですから、本当に、筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたいほど大変な思いをしたのです。

翌日の試験よりも、旅館に辿り着くまでが数倍困難であった、と、今でも思います。
第 一関門は、東京駅で、総武本線の地下ホームから新幹線ホームへと辿り着くことでした。
所属校の事務長さんが、旅券など何から何まで手配してくれて、時刻表 と乗り場までを克明に記したメモをくれました。

メモと駅のホームの表示板を交互に睨めっこしながら、新幹線乗り場と乗るべき号車を捜しました。
第二関門は、新大阪駅で新幹線を降りた後、中国ハイウェイバスの乗り場を捜すことでした。
大湾さんが地下鉄の改札口に出るまでの大変さが身に染みて分かりました。

第三関門で大事件が勃発(ぼっぱつ)しました。
滝野社インターでバスを下車してから旅館までは徒歩15分とのメモでしたが、そのとき、私は、「徒歩」という文字を見逃してしまい、今思い出すと不思議でなりませんが、「あと15分バスに乗る」と思ってしまったのです。
そうこうするうちに、バスが来てしまい、乗ってしまったのです。
気がついたら、終点の三ノ宮駅でした。
加東郡社町と神戸の違いにはさすがに気づき、パニック状態で公衆電話から旅館に電話し、2時間遅れで宿に到着した次第です。
※30年近く前の話なので、地名などは現在と異なっていると思われます。


マドリードで見た岸恵子さんの写真 (P107)

大湾さんは、マドリードの裏通りにある小さな文房具屋のショーウィンドウに、白い小さな額の中に若い頃の岸恵子さんの写真を見つけました。

日本の女優さんはどうして歳をとらないのだろうと感心した。

私は、芸能人や芸能界のことはさっぱりわかりませんし、女性の美容のことなどこれまでの人生で考えたこともありませんが、想像するに、女優さんなどは、美貌を保つために、人知れず、 相当な苦労をしているに違いない、と、思っています。
私には、20代の頃からずっと憧れを抱いている外国人の女優さんが二人います。
ジュリー・アンドリュースとオードリー・ヘプバーンです。


マドリードで、トイレの話 (P107)
10月6日 マドリード

国内・海外を問わず、旅先でのトイレ ( の心配がないこと)は、極めて重要な問題ではないか、とは想像に難くありません。

(P108) 写真 1984.09.13「スイスの駅のトイレはみな清潔。プリエンツ・ウェストの無人駅
ペンションのような恰好をした大きな屋根のトイレの写真です。

後の経験で分かったことだが、いつも清潔で気持ちがいいのはスイスの小さな駅のトイレ。
(略)
日常トイレが身近にあると有難味を感じないが、旅先では痛切に感じる。


今回は、大湾さんもトイレ探しで大変な思いをしたようです。
実は、私も、教職初年度から9年間、バス遠足や修学旅行の引率のときは、バスがドライブインなどにトイレ休憩のために駐車すると、私は生徒よりも早く、脱兎 (だっと:一目散に逃げるウサギのように、とても早く)のごとくトイレに駆け込みました。
トイレ休憩のドライブイン到着のたびに、です。
表面上は生徒の安全確認のため、でしたが、生徒引率の緊張のためでしょうか、もともと乗り物が好きではなかったためでしょうか、強い腹痛が頻繁に起こりました。
修学旅行やバス遠足には、必ず、正露丸を持参したのですが、1日で 2粒×10回くらいは服用していました。
そんなわけで、トイレの大変さは他人事ではありません。

いまでも悪夢でうなされるのはトイレが見つからない状況の話です。
見つかっても長い列ができていたり、トイレが詰まったりと、最悪の経験がいつも頭の底にへばりついているようです。
アメリカでは最近空港での保安検査が厳しくなって、大空港では3時間から4時間、列に並ばないといけないとありました。
それを聞いただけで、トイレに行けない状況を想像して、昔と比べて飛行機の旅がしにくくなりました。



旅の荷物のこと (P109) 
10月7日 マドリード

一人旅のときは洒落っ気など出さないこと、これが今回の旅の教訓。
(略)
どうかなと思う物はすべて置いていく方がよい。
旅先では工夫と代用、それしかない。


大湾さんは旅を重ねながら、荷造りの工夫を身につけていったようです。


マドリードの市内観光

ひとつ気になったのは、道を教えてくれた人が、みんな独特な口臭があった。
きっと、昼食に魚のスープを飲んだからだろうと当て推量する。


旅行の思い出は、見たもの(視覚)だけでなく、音・音楽・会話(聴覚)や匂い(嗅覚)なども重要な要素となって形成されるものなのだな、と、改めて思いました。
それにしても、土地の人の「口臭」というのも、旅の思い出といえば思い出ですが、「懐かしい」というより「思い出したくない」と、私だったら考えてしまいそうです。


トレドの町を訪ねる (P110)
10月8日 マドリード→トレド→マドリード

大湾さんは、中世の都トレドを訪れました。

城壁の中に入ると、曲がりくねった坂道の多い石畳の角に、古い宮殿や教会が昔のままの威厳を保って建っている。
(略)
後ろを振り返ると、晩秋の夕日の中にくっきりとトレドの城壁が浮かび上がって見える。
一度栄えた町は、いまはその当時の面影だけを残し、わびしさと物悲しさを漂わす。


大湾さんのこのような文章を読んで、なぜか私は、アンデルセン著『絵のない絵本』のいくつかの物語を思い出していました。
ここではその内容は省略します。

しみじみとした大人の女性の旅だと想像しました。
やはり、大湾さんの著書は「旅行」ではなく、「旅路」なのだ、という感慨に浸りました。


幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子

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