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2017-06-28 09:06:08

私のスイス My Switzerland 21 Batterkinden シロとフィリップ

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

ショパンの曲:Chopin Nocturnes 大湾節子 ヨーロッパ 旅の写真 
『幻の旅路』

THE COLORS OF SERENITY
EUROPEAN TRAVEL PHOTOGRAPHY
https://youtu.be/cNiV2gSHv4Q

(4:20)
https://youtu.be/zwpi7BR4e-0

(3:54)
https://youtu.be/Dg7WuhyafVo?list=PLh7t-m6ncxjUO0kOPASUUSrcucp5nYxdK

(1:27)

 

『シロとフィリップ』

 

見知らぬ人に困っているだろうと、声をかける人は、親切なのか、お節介焼きなのか、とにかく想像力が豊かな人なのだろう。

少なくとも、他人の心を察することができるのだから。

 

スイスの小さなホテルのレストランで出会ったシロとフィリップのカップルはそんな人たちだった。(1984.09.09)

そのふたりに出会わなかったら、私一人では解決できなかっただろう。

 

2年前(1982)に出会ったエリザベスに会うことにしていた。

ところが、レストランで新しい手帳を見てみたら、肝心の彼女の電話番号を書き忘れている。

 

途方に暮れていたら、なんとたまたま向こうのテーブルに座っていた若いカップルが声をかけてきた。

「なにか困ったことがあったらなんでも言ってください」

 

若いふたりは、シロとフィリップ。

シロはスイス人、フィリップはイギリス人。

シロはぽっちゃりとした大柄な女性、フィリップは痩せて小柄な男性。

エメンタール地方に住んでいるが、その辺りは来たことがないので、車で回っていると話してくれた。

 

フィリップに、じつは友人の電話番号を書き忘れて困っているところだと話したら、テーブルに戻って奥さんに事情を説明している。

彼女がちょっと待っていてと、早速レストランの奥にある公衆電話で、電話局に問い合わせをしてくれた。

そして、エリザベスの電話番号をいとも簡単に聞き出して、「ここから掛ける時は031を回してね」と、親切に教えてくれた。

 

些細なことだが、ドイツ語が話せない私には到底できないことだった。

助かった。

 

 

1991年、デイビットとスイスを訪ねた時、シロのうちに遊びにいった。

私たちが泊まっているラングナウのホテルから歩いて行ける距離にあって、駅の近くのアパートに住んでいた。

その頃、フィリップはベルンの英語学校で英語を教えながら、どこかの劇団に属して、マネージャーか監督をやっていた。

きちんとした会社勤めの仕事は向いていないようだった。

 

それからシロとは手紙のやり取りをしていた。

ある日、子供が生まれたと知らせてきた。

ステファンと名付けたと書いてあった。

それから、しばらくしたら、フィリップとは別れたと書いてあった。(2006)

その後、彼女独りで男の子を育て上げたらしい。

 

 

昨年、スイスに行った時、シロに連絡して、彼女のうちを訪ねた(2016.09.22

同じエメンタール地方だが、ベルンから20km北のBatterkinden という村に移り住んでいた。

 

アルプスの山の麓から80kmのエマ川(Emme)が村の中央を流れている、人口3千人弱の小さな古い村である。

 

以前スイスを訪れた時、といっても、35年以上も前の話だが、ベルンとルチェルン間の列車に乗ると、座席を通り過ぎる時、座っている乗客が「こんにちは」と挨拶してくれた。

今回訪れてみると、ラングナウの村の中でも、あまりそんなことがなくなったし、列車の中では誰も挨拶をしなくなっていた。

 

スイスの画家アルバート・アンカーのスタジオを訪ねる日は雨が降っていた。(2016.0918

ラングナウから乗ったベルン行き列車の中で、日本製の折りたたみの傘を半分開きかけで車窓の横に付いているテーブルの上に置いて、トイレに行った。

戻ってきたら、傘がなくなっていた。

前に座っている男性に車掌が通り過ぎたか聞いてみたら、ノー、その代わり、若者たちが通り過ぎたと教えてくれた。

 

2等の車両に行ったというので、行ってみると、だらけた格好をした四人の若者が朝からビールを飲んでいた。

見ると、目の前のテーブルに赤い格子柄の傘が置いてある。

どう見ても、彼らの持ち物でないことは明らかだ。

 

「それ私のだけれど」と言ったら、慌ててドイツ語の返事が返ってきた。

なにか言い訳がましいことを言っているようだ。

あったから幸いだったが、昔は、こんなことはベルンとルチェルン間の列車の中では絶対起こらなかった。

 

シロにこの日の出来事を話し、今回はスイスの印象が随分変わったと話した。

彼女は自分たちの住んでいる村は小さくて、いまだに村人と行き交うと、必ず挨拶する。

ここの人々はもっと誠実だと答えた。

 

都会のベルンからちょっとしか離れていないのに、確かにこの村はずっと安全そうに見えた。

村人も正直そうだった。

 

 

これは帰りになって気がついたのだが、この村には街灯がついていなかった。

話が弾んで、暗くなってから、シロのうちを出た。

畑の溝の横の路地を歩いて駅に向かったのだが、周囲は真っ暗だった。

月と星明かりを頼りに歩いたが、雨や曇りの日は大変だ。

そんな時は大通りを通るといっていたが、この村では夜間の犯罪がほとんどといっていいくらいないのだろう。

 

フィリップの話が出た。

彼はアルコール中毒になって、酒に入り浸りの生活をしていたらしい。

彼はもともと働くのは好きではなかったとシロは言っていた。

私に親切を申し出るくらいの人だから、人はいいのだが、しっかり者の奥さんに頼っている印象を受けた。

 

暴力を振るうようになったので、息子に危害がかかると危ないので、思い切って別れた。

長い間、ホームレスに近い生活をしてひどく衰弱していたが、最近亡くなったと話してくれた。

彼には愛情はとっくの昔になくなっていたが、情だけは残っていたので、悲しい思いをしたが、かえってホッとしたと、シロは本音を語ってくれた。

 

 

彼女は、いまは同じ勤務先(国鉄)のボーイフレンドと出会い、旅をしたり、楽しく暮らしている。

ボーイフレンドには身体障害の娘がいるらしい。

いまは、結婚は考えていないが、とても気が合うと話してくれた。

 

シロとふたりでりんご畑を通って、ランズフォート城(Landshut Castle)を訪れた。

水堀に囲まれたとても美しい城で、旅行者は一人もいなくて、村の人たちが夕方の散歩にきているようだった。

静かな雰囲気がとても気に入った。

城内には時間が遅くて入ることができなかったが、周囲はたくさん写真を撮った。

途中で私のデジタルカメラのバッテリーがなくなってしまい、シロの本格的な一眼レフのカメラを使わしてもらった。

がっちりした持ち甲斐も撮り甲斐もあるカメラだった。

 

シロのボーイフレンドが帰ってくるまで、長居をした。

一緒に夕飯を食べたが、とても気持ちのいい男性だった。

これなら、シロが好きになるのも当然だと思った。

 

夜道を駅までシロが送ってくれた。

私には遠すぎる距離も、彼女にはほんの少しの歩きだったのだろう。

夜になったら急に気温が下がって、素足でサンダル履きの彼女は「大丈夫よ」と言いながらも、震えていた。

 

今回は私のために特別に会社を休んでくれた。

次回も会えるといいけれど。

 

『幻の旅路』を読めなくても欲しいというので、ロス・アンジェルスに帰ってから送ってあげた。

お礼に、私たちの大好きなアルバート・アンカーの大きなカレンダーを送ってきた。

壁にかけるスペースを探すのが大変だったが、ピアノとソファーの間のやや低い所にかけることにした。

 

うちに飾っている写真はほとんどスイスの写真だし、カーテンもスイス製。

カレンダーもスイスの画家の絵で、部屋の中がますますスイスっぽくなった。

 

またスイスに行けるといいなぁと楽しみに計画しているが、どうなるだろうか。

先のことだからわからない。

 

(写真は大きくしてご覧ください)

 

(1)シロの住んでいる村 Batterkinden

 

(2)この村は花がいっぱいでした。

 

(3)

 

(4)木の向こうに見える建物がシロの家

 

(5)村の中央部を流れているエマ川

 

(6)城に行くには、こんな美しい畑を横切って行きます。

 

(7)周囲はりんご畑です。

りんごの実が遅い午後の光が当たってとても綺麗です。

 

(8)私の大切な友だちのひとり。

シロ。

城の写真は途中から彼女のしっかりしたカメラを借りて写しました。

 

(9) りんご畑の持ち主の家でしょう。

庭中、草花が植えてありました。

 

(10)お城の方向は?

どこもここもハイキングができるようにサインが出ています。

 

(11)夕暮れの前の強い日差しに当たって、りんごが輝いています。

 

(12)農家の庭先

 

(13)一本のりんごの木にたわわに実が実っています。

今年は豊作のようです。

 

(14)お城からの帰り道。

だいぶ日が落ちかけています。

牛が放牧されていました。

 

(15)帰りも、果樹園に囲まれた同じ道を通って帰ります。

 

(16)

 

(17)収穫に忙しい農家の女性

 

1984年、シロに出会った時の話は『幻の旅路』第7章に載せています。

合わせてお読みください。

 

-----------------

 

見知らぬ他人に親切もいいけれど、余計なお節介を焼いて、不愉快になった経験談を書いています。

きっとあなたも同じような経験をしたことがあると思います。

お時間があるときに、お読みください。

 

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10055268173.html

『幻の旅路』より マルセイユに行く列車のなかで 余計な節介を焼く

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2017-06-28 09:03:48

私のスイス My Switzerland 22 Landshut Castle ランズフート城

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

シロの住んでいるBatterkindernの隣の村

Utzenstorfの北の端にあるランズフート城を訪ねました。

(Landshut Castle-Schloss Landshut) 

 

ベルン州に現存する唯一の水堀で囲まれた水城です。

12世紀に建てられた城で、周囲は散歩路になっており、城内は野生動物や狩猟に関する展示をしているスイス野獣・狩猟博物館になっています。

19世紀初めに設計された公園の中に位置していて、城の周囲は美しい木々の生い茂る散歩路になっています。

かつてはこの地域の地主たる荘園の領主が住んでいた邸宅(マナーハウス)でした。

 

遅く訪れたので、城内には入れませんでした。

次回また訪れるチャンスがあったら、是非博物館内を見学したいと思っています。

 

シロのカメラを借りて写したので、似た写真がたくさんありますが、彼女が撮った写真も一緒に載せることにしました。

 

 

(1) 木々に囲まれた城の全景

 

(2)

 

(3)城の中を流れている堀

 

(4)

 

(5)城は美しい堀で囲まれています。

 

(6)

 

(7)

 

(8)

 

(9)

 

(10)堀を入れた城の全景

 

(11)

 

(12)

 

(13)

 

(14)

 

(15)ぐるりと城の周りを一周します。

 

(16)城の入り口

あいにく遅すぎて中には入れませんでした。

中庭に設けられたカフェ

 

(17)城の裏側の堀

 

(18)木々の間に見え隠れする城

 

(19)

 

(20)木が鬱蒼(うっそう)と茂っている西側

 

(21)

 

(22)水堀に映る城の建物

 

(23)

 

(24)夕闇が迫ってくる城の周囲

 

(25)周囲の木々の影が長くなりました。

 

(26)この城は大変気に入って、是非もう一度訪れたいです。

 

1984年、シロに出会った時の話は『幻の旅路』第7章に載せています。

 

クロード・ドビュッシー(Claude Achille Debussy, 1862-1918

https://youtu.be/OUx6ZY60uiI

The Best of Debussy

 

ロス・アンジェルスの日本語テレビ局で写真を紹介した時のYoutubeです。

お時間がある時にご覧ください。

Setsuko Owan Travel Photography Part 1
“Seko’s Photo Journey” Part 1
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第1部
『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子

モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
https://youtu.be/yUf3Gh42OeQ
軽快な曲:Lively music
https://youtu.be/_JIYv6eBG4M


YouTube Setsuko Owan Travel Photography Part 2
“Seko’s Photo Journey” Part 2
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第2部
『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子
モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
https://youtu.be/N5cWvsNZ6NE
軽快な曲:Lively music

https://youtu.be/xAVcyh0YwIw

 

『幻の旅路』大湾節子のブログ-4PR外テーブル


幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子

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『本の泉社』Fax: 03-5800-5353   Tel: 03-5800-8494

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海外:著者から直接お求め下さい。

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————————

 

いまから46年前、アメリカに来て間もないことのできごとを、何十年も経ってから書きました。

ちょうど今頃、アメリカ中独立記念日の祭日で沸き返っていた頃の話です。

お時間がございましたが、お読みください。

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10050135770.html

『独立記念日の苦い出来事』(訂正版)

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2017-06-28 09:00:06

『幻の旅路』より 『トゥルブシャフェンに移る』

テーマ:『幻の旅路』より 第7章

1984.9.9

Lindau, West Germany---Innsbruck, Austria---Zurich---Trubschahen, Switzerland

 

スイスの首都ベルンと観光地ルツェルンの中間にエメンタールと呼ばれる美しい丘陵地がある。

何キロも続く緑の牧草地で、肥沃な土地には何種類もの穀物が植えられ、所々に見える2、3百年前に建てられた古い農家の窓辺にはゼラニウムの花が咲き誇っている。

遥か遠くには幾重にも波打ったアルプスの連山が望まれ、この辺り一帯はスイスの農地の中でも特に美しい。

エメンタールの中心地がラングナウ。

穴あきのエメンタールチーズで有名な村だ。

 

そこから鈍行でルチェルン方向に一駅行くと、トゥルブシャフェンの村が出てくる。

小さな村だがクッキー作りで有名な村だ。

今晩はトゥルブシャフェンの駅前ホテルが宿泊地である。

 

駅前ホテルに着いたのが7時過ぎ。

辺りは既に真っ暗。

ホテルのレストランに顔を出すと、オーナーが顔を覚えてくれて、昨年宿泊した時よりずっといい特別大きな部屋を宛てがわれる。

2階の部屋の窓からは教会が目の前に見え、部屋には大きなベッドが2つ、それに大きな浴室には、大の男が2人も入れそうな浴槽にシャワーも付いている。

 

このホテルのオーナーはまだ30代と思われるのに、後ろまでつるりと禿げ上がった頭をしていている。

優しい目をした男性で、ホテルの手伝いをしている初老の母親もそっくりの目をしている。

若い奥さんは、こんな田舎には信じられないほどチャーミングでしかもセクシーな女性。

腰の線がはっきり出るピチピチのジーンを履いて、料理を運んでいる。

昨年始めてこのホテルに飛び入りで来た時、ひどく無愛想で厭な印象を受けたが、今年はニコニコと目で笑って挨拶してくれた。

お互いに言葉は通じないが、「お久しぶりです。今年もよろしく」といった感じだろう。

 

夕食にレストランに下りて行くと、ダイニングルームは宿泊中の若い兵隊さんや近くの農業をやっている人たちで一杯。

特別な娯楽もないこの村では、この駅前ホテルのレストランが唯一の憩いの場所だ。

家族連れや友だちと夕食にやって来て、店が閉まる時間までここで世間話に花を咲かせ、一日の疲れを癒していくらしい。

レストランの中は大声の笑い声と共に、パイプの煙がもうもうと立ちこめ、その間を飲物が次々と運ばれていく。

 

カウンターの後ろの壁には小さな蜜柑箱ぐらいのスペースが空いていている。

地下のキッチンで料理された料理が皿に盛られて、筒になった空間の中にあるエレベーターに乗って下から上がってくる。

1階のレストランにいるウエートレスがゴロゴロと縄を引っ張る簡単な仕組みになっていて、汚れた皿もその蜜柑箱に収められて下のキッチンに降ろされる。

 

一寸手が空いた若いウエートレスが注文を取りにくる。

彼女もここの若奥さんに負けないくらいの美人で、ミス・スイスのコンテストにでも出場できそうなスタイルをしている。

あいにく英語が分からないので、地下のキッチンにいるオーナーを呼びにいく。

少ししたら、白い前掛けをしたオーナーがやって来て、流暢な英語で注文を取ってくれる。

 

彼が奥に引っ込んでから一分も経たないうちに、後ろから声を掛けられる。

「何かお困りですか?」

アクセントのない美しい英語である。

振り向くと、小柄な細い男性がニコニコしながら立っている。

色白でそばかすのある顔は明らかにこの土地の人ではない。

彼の肩越しに奥のテーブルを見やると、大柄な女性が座っていて、こちらを見て笑っている。

2人共まだ20代だろう。

彼等に背を向けて座っていたので2人がいることに全く気が付かなかったが、向こうの席からこちらのやり取りを一部始終見ていたらしい。

「注文だけは何とか通じました」と答えると、その若い男性は、

「ここで困ったことがあったら何でも言って下さい。

私はイギリス人でフィリップ、妻はスイス人でシロと言います。

ベルン寄りのワァームという所に住んでいて、この辺りに来たことがないので車で回っています」

と親しそうに自己紹介をする。

 

思いがけない親切な申し出に、すっかり驚いてしまったが、彼と話していて、ふと大切なことを思い出した。

2年前ベニスに行く列車の中で友だちになったスイス人のエリザベスに今年も会うつもりで来たのに、肝心の彼女の電話番号を手帳に写し忘れてきてしまった。

電話局の問い合わせ係もドイツ語しか話さないし、一体どうやって探し出そうかと頭をひねっているところだった。

 

事情を説明すると、彼は早速奥さんを呼んで来て、彼女にインフォメーションに電話をしてもらう。

1分もしないで戻って来た彼女は、「ここからかける時は031を回してね」と丁寧に教えてくれる。

思いもよらず、ここでも助太刀が入って、問題がスムーズに解決した。

今日は朝から晩までたまたま出会った、見知らぬ人々の小さな親切で支えられた日だった。

本当に助かった。

私も親切は出し惜しみしないことにしよう。

 

後記:

スイス人のシロとはラグナウに泊る度に連絡して再会した。

彼等は私が泊るホテルから歩いて行ける所にアパートを借りていた。

主人と一緒に彼等のアパートを訪ねたが、その時フィリップは自分が参加している演劇に凝っていた。

その後2人の間に男の子が生まれたが、2006年シロからのEメールでは、離婚して独りで子供を育てていると書いてあった。

 

『幻の旅路』第7章 1984年、第7回目の旅 (P540−542)

ブログ用に引用

 

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エメンタール地方の写真は

SWITZERLANDスイス』(1ページ目)に載っています。

http://ameblo.jp/romantictravel/theme-10100052189.html


シロを訪れた時の写真は

『SWITZERLAND スイス』に載っています。

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2017-06-22 07:41:29

私のスイス My Switzerland 19 Bern ベルン エリザベスの家族 

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

 

 『幻の旅路』大湾節子のブログ-ベルンのアウトサイドカフェ

Bern, Switzerland 1983.09.03

知的な落ち着いたベルン旧市街地で
サイドウォーク カフェ 「どうぞ」

 

 

『幻の旅路』大湾節子のブログ-Machenbuchsee
Machenbuchsee, Switzerland 1984.09.11
エリザベスの家の裏庭から見た広々とした田園風景

スイス ミュンヘンブッフゼー 

 

 

ショパンの曲:Chopin Nocturnes 大湾節子 ヨーロッパ 旅の写真 
『幻の旅路』

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https://youtu.be/cNiV2gSHv4Q

(4:20)
https://youtu.be/zwpi7BR4e-0

(3:54)
https://youtu.be/Dg7WuhyafVo?list=PLh7t-m6ncxjUO0kOPASUUSrcucp5nYxdK

(1:27)

 

 

 『エリザベスの家族』

 

1982年、ベニス行きの列車で出会ったエリザベスの家族はやはり特別な家族でした。

スイスの家族がみんなこうなのかと思ったら、大間違い。

彼らはとても自主的でユニークな家族で、スイス中探してもこんな家族はどこにもいないでしょう。

 

それにしても、私は旅先でなんと素晴らしい人たちに出会っているのでしょう。

 

彼らとの交流は最初の出会いから35年経ったいまでも続いています。

ほんのちょっとした出会いから、いまなお交流が続いているということは、やはり、彼らがとても素晴らしい人たちだからです。

 

30代、私は毎年ヨーロッパを旅していました。

その頃は、コンピューターは一般の人々の間には普及していなくて、旅のスケジュールを組むのに、インターネットで検索するなんていうことはできませんでした。

 

それで、この道の専門家のアドバイスがとても役に立ちました。

エリザベスの家族に出会ったことは私の旅の地図をとてもユニークなものにしてくれました。

 

エリザベスのお父さんは長年スイスの国鉄・スイス連邦鉄道(SBB)に勤めていました。

といっても、ただの職員ではありません。

位が高いという意味ではないですよ。

 

彼は鉄道に関してはエックスパートだったのです。

若い時から、スイス国内はもちろん、ありとあらゆる所にカメラ片手に出かけていって、蒸気機関車やその他の鉄道車両の写真を撮るのが趣味でした。

趣味が高じて、まるでそれが仕事のようになっていたのでしょう。

写真を撮るだけでなく、詳しい研究もしていました。

機関車に関しては、その道の一人者だったのです。

 

でも、お父さんは1995年、朝の通勤の際に交通事故に遭って亡くなりました。

朝日が目に入って、対向車が見えなかったのです。

64歳でした。

 

これは今回エリザベスのうちを訪ねていって知ったのですが、彼はたくさんの写真とともに貴重な遺稿を残していきました。

 

これらの写真や研究をエリザベスのお兄さんが編纂(へんさん)し、ドイツの出版社を通して本を出版したそうだです。

いまももう一社の出版社から問い合わせがあって、お兄さんは次の本の出版の準備を進めています。

 

じつは、お父さんの撮った貴重な写真や原稿はそのまま日の目を見ないで埋まれる運命でした。

ところが、これも不幸中の幸いというか、お兄さんがフルタイムで、そのプロジェクトに関わる運命になりました。

 

何とお兄さんも数年前、父親と同じ坂道で自転車に乗っている時に車にはねられました。

半身不随でリハビリを続けなくてはならなくなり、いままでの仕事は当然辞めなければいけません。

長い間、気も心も沈んでいた時に、彼は次に情熱を燃やすプロジェクトを見つけました。

 

お父さんの残していった研究を本にしてまとめることです。

お兄さんが一生かけてもまとめきれないくらい山積みの資料がありました。

しかもそれらはお父さんの几帳面な性格を表して、きれいに整理されていました。

 

いま彼は父親の研究をまとめるプロジェクトをフルタイムで取り掛かっています。

うちで作業する仕事なので、体が不自由な彼にはぴったりです。

しかもこれは息子の彼にしかできないプロジェクトでした。

 

 

1983年、ミュンヘンブッフゼ(Munchenbuchsee)のエリザベスのうちに招かれました。

夕食の後、スイスの隅々まで知っているお父さんが、私が一番必要としている情報をすべて提供してくれました。

 

いまではインターネットのおかげで、『スイス観光の穴場』などと検索すれば、いろいろな小さな村や町が出てくるでしょう。

その当時は、ガイドブック以外は旅の情報が手に入りませんでした。

私はガイドブックに頼らないで、風任せに旅をしていたので、行き先も限られていました。

 

その晩、お父さんは、私が持っていたスイス地図を広げて、旅行者がいかないような小さな町や村に丸印をつけてくれました。

 

『幻の旅路』の第6章に出てくる町や村は、全部彼が教えてくれた所です。

 

『ビール湖畔の村リゲルツを訪れる』 (P459)

湖に面したワイン作りが有名な小さな村。

路地という路地はワインの香りが漂っていて、歩いているだけで酔ってきました。

 

『ル・ランドゥロンの村』 (P461)

ビール湖の北西に位置していて、北風が旧市街地の並木道を我が物顔で吹きまくっていました。

 

『アヴァンシュ』 (P468)

モラ湖南方に位置する村。

ローマ時代の劇場跡や城壁、塔など重要な遺跡が残っています。

             

これらの村を訪れた時は、人っ子一人誰にもすれ違いませんでした。

たまたまその日のその時間帯、誰もいなかったのかもしれません。

 

どこもここも寂しさや虚しさなどが漂っていました。

旅情たっぷりですが、何とも寂しすぎてゆっくり散策する気分になりませんでした。

早々にして引き上げましたが、何十年も経ったいまもこれらの村々は思い出の中にしっかり刻み込まれています。

 

お父さんが勧めてくれた村は、スイスに住んでいる人ならともかく、いまでも一般の旅行者はあまり足を延ばすことはないと思います。

 

1991年、デイビットとスイスを訪れた時に、エリザベスに再会しました。

彼女はスイスの古い民家を保存する国営プロジェクトの仕事をしていました。

彼女が教えてくれた山の上の古い村も訪れました。

 

そんなわけで、私のスイス地図は地元の人でも訪れないような珍しい土地をカバーしています。

 

 

エリザベスの家族に接したのは、ほんの数回ですが、それでも私の生活に随分大きな影響を与えています。

 

彼らのうちでは家族の会話を大切にするためにテレビを置いていませんでした。

私の生活からテレビを抜いた生活は不可能ですが、彼らの芯の強い自主的なライフスタイルには感心しました。

 

また、20年以上も古いベンツを、新車同様に手入れをして乗っていたのには驚きました。

 

私たちは2台のボルボを持っています。

1994年に子供を引き取ったので、がっちりした安全な車に買い変えました。

1台は93年のワゴン、もう1台は95年のセダンです。

ワゴンは外に止めていたので、ペイントが剥がれてきました。

それで、ペイントや内装をリフォームし、2台とも新車同様に使っています。

車に関しては、エリザベス一家のスタイルを真似して、これらの車を一生使うつもりです。

 

 

昨年、エリザベスのお母さんに33年ぶりに再会しました。

裏庭は広い田園風景が広がっているミュンヘンブッフゼのうちに独りで住んでいました。

膝が痛いとこぼしていましたが、相変わらず家庭菜園を続けていました。

 

とても優しくて知的な女性です。

80歳をとっくに過ぎているのに、英会話のクラスに参加していました。

それで彼女との会話はまったく問題ありませんでした。

 

彼女のうちを訪れると、いままで庭仕事をしていたから、ちょっと待ってと着替えをして出てきました。

胸にワインカラーの皮のブローチをつけています。

そして、「これ覚えていますか?」と聞くのです。

何かしらと思ったら、前回といっても33年前にエリザベスのうちを訪ねた時に、私が土産に持ってきたというのです。

そんなこと、すっかり忘れていました。

 

お母さんは何十年も経った後も、私からのギフトをちゃんと大切にとっていてくれたのですね。

こんなところも、私がエリザベス家族が好きな理由です。

 

 

今回はエリザベスの娘さんはキャンプに泊まりがけで出かけていて会えませんでした。(2004年12月生まれ)

その代わり、フレンドリーで知的なハズバンドを紹介されました。

大学で働いています。

教鞭をとっているのか、それともコンピューターの関係の部門で働いているか、忘れました。

 

彼は料理がとても上手で、ほとんど料理は彼がするそうです。

その晩もレモングラスというハーブが入った『焼きそば』をご馳走してくれました。

箸が進みましたよ。

みんな英語が堪能なので、スイス人と話しているという感覚はすっかり忘れてしまいました。

 

いろいろなことを話しましたが、アメリカの大統領選のことにも話が及びました。

白人至上主義で排他的な思想の持ち主、地球温暖化を中国の作り話だと信じているトランプ氏は3人とも支持していませんでした。

その代わり、私がバニー・サンダース氏を支持して100ドルの献金を送ったと言ったら、3人とも彼には注目していますと、話してくれました。

 

久しぶりに会ったのに、時間も空間も忘れて、話が弾みました。

最終バスに乗り、最終列車に乗り、ラングナウのホテルに飛んで帰りました。

 

次回スイスに行くチャンスがあれば、エリザベスの家族には必ずまた再会しようと思っています。



(1) Bern 大聖堂

人々は前世の行いによって、死後、天国と地獄に行き先が決まります。

その図が左右に彫られています。

 

(2) 大聖堂の中は以前訪れた時とすっかり変わって、ギフトショップが入り口近くに設けられていました。

 

(3)

 

(4) ベルンの町は建築家のコンテストによって、町が設計されたそうです。

これはずっと前にエリザベスが町を案内してくれている時に話してくれました。

 

(5) 展望台から下の川を眺める。

エレベーターが設置されて便利になっていました。

 

(6)

 

(7) 昔はそれぞれの技術を持っていた職人たちが、1棟の長屋のように続いた建物に住んでいたとエリザベスが話してくれました。

 

(8) ベルンの裏通り 観光客がいなくてひっそりしています。

ランチをした辺りの町並みで、旧市街地から少し歩いた所にあります。

 

(9) Munchenbuchsee ミュンヘンブッフゼ

エリザベスが育ったうちの裏庭の景色は、こんなのどかな田園風景が広がっています。

 

(10) Munchenbuchsee ミュンヘンブッフゼ

今日はあいにく曇り空でベルンの町が見えません。

 

(11) Munchenbuchsee ミュンヘンブッフゼ

エリザベスとお母さん

久しぶりに会ったお母さんは、素敵な絹のブラウスを着て、胸には皮のバラのブローチをつけていました。

 

『幻の旅路』に登場するエリザベス

第5回目の旅 『エリサベスの家族と出会う』    P344 
第6回目の旅 『エリザベスに再会する』      P447
第7回目の旅 『エリザベスの家を再び訪ねる』  P546

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2017-06-22 07:39:06

私のスイス My Switzerland 20 Bremgarten ブレムガルテン

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

 

(1) ブレムガルテン

エリザベス一家が住んでいる町。

ベルンからバスで15分ぐらいの所。

緑に囲まれた坂の多い町です。

 

(2)

 

(3) ブレムガルテンの古い教会を訪ねました。

 

(4) 質素な感じの教会

 

(5)

 

(6) 今日は曇り空なので少し寂しい感じを与えますが、静かな雰囲気がとても気に入りました。

 

(7) 境内はひっそりとしています。

 

(8) 美しく手入れされた墓地

 

(9) Aare River

アーレ川。スイスで最も長い川。

その源はベルナーアルプス東部、首都ベルンを流れている川で、ライン川に合流します。

 

(10) 屋根付きの木造橋

 

(11)

 

(12) ブレムガルテン

エリザベスのうちの前の景色

彼女のうちは川の反対側、崖側に建てられています。

急傾斜の階段を登って玄関に入ります。

 

『幻の旅路』よりエリザベスの家族を訪れた時のエッセイが載っています。

http://ameblo.jp/romantictravel/entry-12282373153.html

『幻の旅路』より 『エリザベスの家族と出会う』

*毎日聴いている大好きな曲:

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ロス・アンジェルスの日本語テレビ局で写真を紹介した時のYoutubeです。

お時間がある時にご覧ください。

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モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
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2017-06-22 07:36:12

『幻の旅路』より 『エリザベスの家族と出会う』

テーマ:『幻の旅路』より 第5章

1982.10.9 

Langnau---Bern, Switzerland---Milano---Venice Mestre, Italy

 

ロス・アンジェルスではたった十分でも早く起きることができないのに、旅先ではどんなに早い時間でもパッと目が覚める。

何でも好きなことしている時は、厭なことでも何とも苦にならないものらしい。というわけで、今朝は4時45分起床、この時間は普通ならまだ深い眠りの中だ。

 

6時にラングナウ駅に行き、6時半きっちりに駅の食堂で朝食を出され、5分で食べ終える。

ホテルは7時から朝食なので、早朝出発の者は、こうして目の前の駅の食堂で食べることになっているらしい。

それにしても、スイスでは列車が定刻に出発し到着するだけでなく、こんな駅の食堂で出される朝食も時間通りピッタリに出してくれるのには感心する。

 

予定通り6時40分きっかりにホームに滑り込んできた列車に飛び乗り、ベルンで8時13分、これまたきっかりに出発したベニス行き直行列車に乗り換える。

 

列車の中でスイスの家族と一緒になる。

シュネーバーガーと舌の噛みそうな名前の4人家族で全員英語が話せる。

これならベニスまで退屈しないで済みそうだ。

 

お父さんは国鉄勤務でこれからユーゴスラビアの会議に出席するという。

いい機会なので、家族中でバケーションを兼ねて、ベニス経由で目的地まで行くらしい。

お父さんは仕事柄スイスの土地のことなら何でも分かるから、遠慮なく聞いて下さいと嬉しい申し出をしてくれる。

 

お母さんは元家政科の先生で、料理・裁縫・園芸と家事のことなら専門家らしい。「家の庭で採れました。」と、真っ赤に熟したチェリー・トマトを差し出してくれる。

一口口にして、果物のような甘味に驚いてしまう。

そういえば、トマトは野菜ではなくて果物に属しているとどこかで聞いたことがあるが、この甘さだったら、確かに果物に属してもいい筈だ。

 

息子は19歳で大学生。

それに、16歳のエリザベス。

ピアノが好きで、将来はそれを生かして生活したいという。

服装も質素で、いかにも堅実で勤勉そうなスイスの家族、初対面なのにとても親しみを持って話してくれる。

 

列車が駅に停車する度に、お父さんと息子はわざわざ通路まで出て行き、窓から首を出して駅を見たり、向かいに止まっている列車を見ながら話している。

色々なタイプの列車や土地に詳しい父親が丁寧に説明しているらしい。

息子も真剣に聞いて、質問している。

 

そんな2人の姿がごく自然に見えたから、この家族は親子の会話が緊密に行われているのだろうと察したら、やはりそうだった。

 

お父さんが、

「私たちの家ではテレビは置いていません。

 親子4人の対話を大切にしたいから」

と話してくれたので、納得がいった。

 

この時代に、自分たちの意志でテレビを買っていないという家族はいままで聞いたことがない。

もう髭の濃くなった息子とティネージャーの娘と家族全員が和気あいあいとして旅行している姿は、日本でもアメリカでも余り見られない。

自主的な素晴しい家族だ。

 

さらにお父さんはスイスの徴兵制度のことも詳しく説明してくれた。

スイスでは、男性は全員20歳になると260日間、数年にわたって軍隊に奉仕しなくてはならない義務があるという。

 

そういえば、いままで泊っていたラグナウの駅前ホテルも兵役の訓練に参加していた若者たちが泊っていたし、大好きなブリエンツ湖を散策していた時も、頭上に物凄い騒音をたてながら、軍の飛行機が何機も飛行訓練をしていたのを目にした。

 

スイスは、北はドイツ、東はオーストリア、南はイタリー、西はフランスの4つの大国に囲まれている。

正確にいえば、リヒテンシュタイン公国とも隣同士だ。

こういう地理的な条件、それに過去の苦い歴史から、1812年に永世中立国の宣言をしている。

 

幼い時から、スイスは美しい中立国家ということだけしか頭になかった私は、お父さんから兵役の義務の話を聞いて、知識不足を大いに恥じてしまった。

女性は志願制になっているという。

 

本当の中立国というのは、国民の一人一人が自分たちの自由と平和を守るために、自分の果たすべき義務と責任をきちんと全うして、初めて存在するのだ。

この国では、憲法に戦争参加が否定されているにもかかわらず、自分の国を守るために膨大な軍備費が使われていると後で知った。

 

何かあった時のために他の国に頼らず自分で自分の国を守る、そのためには常にその準備と訓練を怠らない。

やはり、この世で一番貴い自由と平和は何の犠牲や代償なしでは、そう容易く手に入るものではないのだ。

 

エリザベスの家族の話を聞いていて、口先だけでなく、スイスの人たちが自由と平和を真剣に求めている姿勢が生活の中に深く根付いているのを感じて、頭が下がった。

彼等とは、来年スイスに来たら是非再会しようと約束して別れる。

 

『幻の旅路』第5章1982年、第5回目の旅(P344)よりブログ用に引用

 

ベルンの写真が載っています。

ご覧ください。

http://ameblo.jp/romantictravel/entry-12282377237.html

私のスイス My Switzerland 19 Bern ベルン エリザベスの家族 

http://ameblo.jp/romantictravel/entry-12282376092.html

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2017-06-05 08:44:32

私のスイス My Switzerland 17 Mt. Rigi リギ山

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

ショパンの曲:Chopin Nocturnes 大湾節子 ヨーロッパ 旅の写真 
『幻の旅路』

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(3:54)
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(1:27)

 

 『リギ山(Mt. Rigi)をハイキングする』

 

こんなことが本当にあるのでしょうか。

でも実際あったのですよ。

 

こんなことって、どんなことですか?って。

そう、肝心のことをお話ししないと、わかりませんね。

 

私がスイスの山をハイキングしたことなんですよ。

そんな大したことではありませんか?

でもね、私にとってはとても大したことだったんですよ。

 

この歳で、しかも足の悪い私が、『リギ山』をハイキングしたのです。

それも私専用の特別なガイド付きで。

ふたりのガイドさんがいなかったら、こんなことは絶対実現できなかったことですがね。

 

まずこのおふたりに出会ったのが奇跡の始まりでした。

 

スイスに着いてから、毎日曇ったり小雨だったりと、なかなかいい天気に恵まれなかったのですが、その日は山に行くには絶好の日和でした。

それで念願のリギ山に出かけました。(2016.09.25)

 

『リギ山』はルツェルン湖、ツーク湖、ラウエルツ湖に囲まれた中央スイス地方にそびえ立つ山の1つです。

山の頂からは中央スイスアルプスやベルナーオーバーラントの山々の景観が一望できます。

優美なその姿に『山の女王 Regina Montium: Queen of the Mountains』と呼ばれていたくらい美しい山で、最初の文字Regiをとって『リギ山』という名前になったのは17世紀になってからと書いてあります。

 

ルツェルン (Lucerne) からはアルト・ゴルダウ  (Arth-Goldau) で登山列車に乗り換えるのですが、お天気が良いので、小さな車両はもう登山客でいっぱいでした。

「次の列車がすぐ来ますから、次に回してください」と、駅員さんは大声で怒鳴っていますが、ダメですね。

みんな一刻も早く山頂に着きたいのでしょう。

じつは私もその一人。

混んでいたけれど、無理して乗りました。

 

座るところを見つけるのが難しかったのですが、やっと1席見つけました。

前の座席には若者が座っていました。

シルバーエイジのカップルが横に立っているのを見て、彼は席を譲りました。

奥さんが座りました。

ご主人は横に立っています。

 

私たち3人の会話が始まりました。

おふたりはヴィンタトール (Winterthur) に住んでいるご夫婦。

ご主人のハインツ ( Heinz)さんは、国民年金の政府の仕事を引退して、今年70歳。

奥さんのハイディ (Heidy)さんは、ずっと主婦業で72歳。

ふたりとも私と同じ年配です。

 

とても仲のいいカップルということは彼らのやり取りを側で見ていてすぐわかりました。

お子さんはいないと言っていましたが、お互いにいたわって暮らしているご夫婦のようです。

あとで確かめたら、やはり喧嘩をしたことがないと言っていました。

羨ましいですね。

 

ハインツさんは一度も怒ったことがないような温和な男性でした。

でも理由がありました。

奥さんがすごく料理上手なんですって。

「皿洗いはハインツさんの役目ですか?」と聞いたら、恥ずかしそうに「ノー」。

台所は全部ハイディさんに任せているのですね。

 

相手のことを褒めていると、言われている方は照れ臭そうに笑っています。

本当に微笑ましいカップルです。

 

今日は登山日和だったので、思い切って1日観光の鉄道切符を買って、リジ山に出かけたと話してくれました。

ずっと前から計画していたことではないらしいです。

私みたいに、その朝のお天気を見て決めたのですね。

 

というわけで、私たちはずっと前に決めていなかったのに、たまたまこの登山電車の中でばったり出会ったのです。

 

ふたりは山頂まで行かないで、途中で下車してハイキングをして、別の駅から列車に乗るのだとスケジュールを話してくれました。

そして、私にも一緒にハイキングをしないかと誘ってくれたのです。

 

私は足が弱くて歩くのはまったく自信がないし、水さえ持ってきていないと言ったら、

「僕がエクストラを持っているから、それをあげましょう」と、ハインツさんが、まだ開けていないボトルをくれました。

「大丈夫ですよ。とてもなだらかな道でほとんど下り坂です」

 

じつは、ハイディさんは膝が悪くて、2ヶ月後(11月)には、手術をするというのです。

ですから、すごくゆっくりしか歩けない。

だから、セコさんも大丈夫ですよ。

と、ふたりで盛んに勧めてくれるのですね。

 

まあ、なんていうことでしょうね。

こんな機会はまたとないですね。

ゆっくりしか歩けないハンディさんのペースでハイキングをすればいいのですから、私にとっては最適のガイドさんです。

 

というわけで、一般の観光客が知らない、この山のベテランのおふたりのガイドさんと一緒に、私もリギ山の山道を歩き始めたのです。

 

残念ながら、ブログに載せている写真には周囲の景色の雄大さや素晴らしさは出ていませんが、本当に素晴らしかったですよ。

 

歩きながらね、ずっと感激のし通しでした。

そして、「ありがとう、ありがとう」という感謝の言葉の連続でした。

 

だって、このおふたりがいなかったら、夢のようなハイキングは実現しなかったのですからね。

それに、私の恵まれた『身体や運』にも感謝しました。

足が悪いといっても、こうして休み休み、ゆっくりなら歩けますからね。

 

どんな風にハイキングしたかって?

ハインツさんにもう一度確かめないといけないのですが、地元の人たちはこのルートを知っていているのでしょう。

急いで観光する旅行者には向いていませんが、お年寄りにも子供連れにも良さそうな山道でした。

 

登山列車を降りたのは確か、

Rigi Wolferstchen-firstです。

 

そこから、ゆっくり周囲の景色を楽しみながら、

リギ・カルトバート Rigi Kaldad (1433m)

まで、ハイキングをしました。

 

360度のパノラマの景色が展望できる

リギ・シュタッフェル Rigi Staffel (1603m)

でランチ。

いろいろな肉やソーセージの組み合わせの定食をオーダーしましたが、美味しかったですよ。

空気は澄んでいるし、景色は最高です。

それに、ハインツさんとハイディさんの会話も楽しくてね。

 

100点満点で、200点、いや、300点つけられるかな。

 

いやいや、高い点数をつけたけれど、こんな素晴らしい『無形の体験』に点をつけてはダメですね。

そんな数字では表すことのできないくらい『無限大』の素晴らしいさ、楽しさだったんです。

 

そう、これは皆さんに一言言いたかったのですが、人間の幸せや満足感を数字で表してはいけませんよ。

いまはなんでも「いくつ」か、とか「何回」とか、「何ドル」とか、すべて数字を使って表していますが、本当の『良し悪し』は数字では表せないものです。

特に『人間の幸せ感』はね。

 

 

リギ・シュタッフェルから、帰りは、また登山列車に乗って、眼下にルツェルン湖を望みながらフィッツナウ Vitznau (435m) の湖畔まで下りました。

 

周囲に座っているスイス人の乗客たちとも話をしたのですが、私がラングナウの田舎に泊まっているといったら驚いていましたね。

みんな旅行者は、チューリッヒとかルチェルンとか有名な観光地に宿泊するのが普通だから。

それに、以前は毎年スイスを訪れたと言ったらそれにも驚いていました。

私がスイスの画家 アルバート・アンカーの大ファンだと言ったら、それにも驚いていたし、とにかく、こんな熱狂的な『体中スイス好きの日本人』に会ったのは初めてだったのではないかしら。

 

私は「スイス観光局の専用ガイド」になってもいいくらい、スイスのいいところをいくつも挙げられますよ。

 

フィッツナウからは、ルツェルン湖を巡っている湖船に乗って、

ヴェッギス Weggis (499m) を通りすぎ、

終点のルツェルン(Lucerne)で下船しました。

 

船着場から大きな鉄道の駅まで少し距離があるのですが、次の列車に間に合うように、3人で必死に走りました。

ハインツさんがまず一番最初に列車について、私とハイディさんが来るのも待っていてくれました。

 

私が席に着いた途端、列車が発車しました。

ふたりには十分別れの挨拶もお礼も言えなかったけれど、列車のガラス越しに手を振って、お互いの心はぴったり重なり合いました。

 

「また会いましょうね」って。

 

ロス・アンジェルスに戻ってから、メールでハイディさんの手術の結果を聞いたら、良好とのこと。

毎日、リハビリを続けていると書いてきました。

この記事を載せたら、また連絡してみましょう。

次回、スイスを訪れることがあったら、ぜひ再会したい人たちです。

 

それに、もう1度だけ、これはちょっと欲張りかなぁ〜。

同じコースでリジ山のハイキングをトライしてみたいなぁ〜と願っているのですが、でもこれは夢に終わってしまうかもしれませんね。

 

とにかく人間、幾つになっても夢や願い事を持っていたらいいですね。

私のように、この歳になって『スイスの山歩き』が実現したのですから。

もちろん、山歩きといっても、本格的な登山家が歩くのとはまったく違いますが、私にとっては、このコースで十分。

最高の1日でした。

 

今日のお話は、願い事は本当に心の中で強く願っていたら、必ず何年かかっても叶うというお話だったのですが、通じましたか?

 

写真を下に載せますね。

私のその時の感動が伝わってくるでしょうか?

正直、あまり満足した写真ではありませんが、これで「良し」としましょう。

写真は大きくしてご覧ください。

 

昨年からスイスの旅の写真と記事を少しずつ載せています。

お時間がございます時に、じっくりお読みください。

 

 

(1) アルト・ゴルダウ (Arth-Goldau) 登山列車の駅に向かいます。

 

(2) 頂上までは行かず途中下車しました。

Rigi Wolferstchen-first

 

(3) Rigi Wolferstchen-first 周辺の景色

 

(4)

 

(5)

 

(6)

 

(7)

 

(8) しあわせを分けてくれることのできるカップルに出会いました。

ハインツさんとハイディさん

Heinz & Heidy

 

(9) 周囲の景観を眺めながら、ゆっくり歩き始めました。

 

(10)

 

(11) 歩きやすい山道

 

(12)

 

(13) 感激しすぎて、同じような写真が続きます。

 

(14)

 

(15)

 

(16)

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2017-06-05 08:42:46

私のスイス My Switzerland 18 Mt. Rigi リギ山

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

 

(1)

 

(2)

 

(3) ルツェルン湖を望みながらハイキング

 

(4) ハインツさんとハイディさん Heinz & Heidy

このおふたりが親切にガイド役を申し出てくれました。

 

(5) 2度とないような快晴に恵まれました。

 

(6)

 

(7) 足の悪い人もお年寄りも子供も歩ける山道

この部分だけが少し上り坂で後はほとんど下り坂でした。

 

(8)

 

(9) 最高のランチを食べたところ。

リギ・シュタッフェル Rigi Staffel (1603m)

 

 

(10) リギ・シュタフェルからの展望

 

(11) フィッツナウ Vitznau (435m) から湖の遊覧船に乗りました。

 

(12) 湖畔の家々やホテル

 

(13) 高級ホテル 湖船の上から眺めるだけで満足です。

私はラングナウのホテル・ヒヤシェンが一番気に入っています。

 

(14) ルツェルン湖

 

(15) ヴェッギスの船着場 Weggis (499m)

 

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2017-05-27 05:54:40

私のスイス My Switzerland 11 Winterthur ヴィンタートゥール

テーマ:├ SWITZERLAND スイス

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(1:27)

 

ヴィンタートゥールのオスカル・ラインハルト・コレクション「アム・レマーホルツ」

 

そう、確か渡辺さんとかいう名前だったような気がします。

いつも電話で話すだけで、一度も会ったことはありませんが、とても感じのいい青年で、いまでも覚えています。

 

その頃私はMid-Wilshireにあるゲイト・ウェイ (Gateway)という旅行社を利用していました。

11階建てぐらいビルの一部屋を借りて、渡辺さんは旅行社をやっていました。

 

私が渡米した1960年代の後半、そして、70年、80年前半はウィルシャー通り(Wilshire Blvd.)には、いまのような何十階建という高層ビルはまだ建っていませんでした。

南北に走るクレンシャー通り(Crenshaw Blvd.)T字路に交差している辺りにあって、あの高いビルといったら、すぐわかりました。

 

渡辺さんはゲイト・ウェイ旅行社の社長さん。

社員も1人いるかいないか。

電話の応対から何でも、ほとんど独りでやっていました。

 

毎年ヨーロッパの切符は彼に任せていました。

1981年も飛行機の予約を入れてもらいました。

「今度はどこに行きますか?」と聞かれたので、

「多分スイスにも行ってみます」と答えたら、

「大湾さんならここの美術館きっと気に入ってくれますよ。ぜひ行ってご覧なさい」と、教えてくれたのが、ヴィンタートゥールの小さな美術館でした

 

正式には『オスカル・ラインハルト・コレクション「アム・レマーホルツ」』。

The Oskar Reinhart Collection “AM Romerholz”

オスカル・ラインハルト(1885-1965)はスイスの芸術品コレクターで、彼のヴィンタートゥールの邸宅「アム・レマーホルツ」とコレクションを国に譲りました。

彼のコレクションは古代から20世紀初めの作品が集められ、特に19世紀後半のフランス絵画が多く展示されています。

 

旅行社の渡辺さんは以前フランクフルトに仕事で住んでいたことがありました。

それで、そんな穴場の美術館も知っていたのです。

彼の紹介がなければ決して行くことのなかった美術館ですが、いまでは私の一番大好きな美術館になりました。

 

教えてもらったのは、36年も前のことです。

あの時はまったく先のことなど考えられませんでしたが、いまになって振り返ってみると、私の旅や人生の地図はこうして、ふと出会った人たちの様々な会話やアドバイスから出来ているのだと深く感じることがあります。

 

それにしても、もう決して会うことのない渡辺さん。

懐かしいですね。

いまはどこで生活していらっしゃるでしょうか。

第一、お元気で生きていらっしゃるかどうか。

私の名前を覚えていてくださるかどうか。

 

いまはインターネットで昔会った人を探し出すのも可能になりました。

とはいっても、彼を探し当てることは絶対できないでしょう。

 

彼以外にもたくさん連絡を取りたい人たちがいます。

例えば、私のブログにロス・アンジェルスの日本語テレビ局の番組(You tube)を載せていますが、インタビューをしてくださった木原順子さんや、水野アナウンサーとも絶対会うことはないでしょう。

 

2016年、久しぶりのスイスを訪れた際に、ヴィンタートゥールの美術館も訪れました。

それで、この美術館を訪れるきっかけを作ってくださった渡辺さんのことを思い出したのです。

 

人生のなかで起こったほんのささいなきっかけが、1本の糸を引くように細く長く切れることなく延々と続いています。

それはまるで水気を含ませた画用紙にインクを1滴垂らし、それがずっと広がっていくかのようです。

 

いまの私が心の中や実際経験していることは、すべて大昔に出会った人たちの様々な出会いからスタートしているのです。

 

旅先で買った絵葉書で、何点かどこの美術館で購入したか忘れていた絵葉書がありました。

今回ヴィンタートゥールの美術館を訪れて、やっと回答が出ました。

この美術館に展示されていたのです。

 

大好きな印象派のアルフレッド・シスレー(1939-1899)やカミーユ・ピサロ(1830-1903)の作品も見つかりました。

 

Alfred Sisley-Barges on the St Martin Canal, 1870

マーティン水門のはしけ(小舟)(4)

 

Camille Pissarro: “Paisaje en Pontoise (Landscape at Pontoise) (1874)

ポントワーズ(フランス中央部)の風景 (3)

 

今回胸を締め付けられるような感動を覚えたのはヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(ファインセント・ファン・ゴッホ)(Vincent Willem van Gogh 1853-1890)の作品でした。(5)

アルルの精神病院の室内を描いた油絵です。

アルル市立病院の部屋 (1889

Ward in the Hospital in Arles.

バカに長い廊下に患者たちが暖炉を囲んで座っています。

この中の一人が、ゴッホでした。

画家ポール・ゴーギャンとの強烈な共同生活が終結して、彼はアルル市立精神病院に収容されます。

 

ゴッホの超デリケート過ぎる心の痛みや苦悩が伝わってくる油絵です。

彼の痛みと私のいままでの歩んできた道のりやいま置かれている幸せな瞬間など幾つもの思いが一度に頭の中に広がり、感動を覚えたのです。

 

今回はヴィンタートゥールの駅から美術館行き専用のミニバスで行ったので、とても楽に行けました。

庭園は改造中で芝生が植えてありませんでした。

 

それでも中庭やヴィンタートゥールの町が木々の間に見え隠れる景色を見ながらケーキとコーヒーを味わうのは最高の喜びでした。

この美術館はまたぜひ訪れたい所の1つです。

 

『美術館のコレクション』

 

https://www.google.com/search?q=Winterthur,+Collection+Oskar+Reinhart+Paintings&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwi-4qiS7e3TAhUM3GMKHbBSDlwQsAQITA&biw=1283&bih=923#imgrc=sK9l362Efh8H6M:

 

 

 

 

(1) 邸宅

(写真は大きくしてご覧ください)

 

(2) 館内

 

(3) カミーユ・ピサロ

 

(4) アルフレッド・シスレー

 

(5) ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

 

(6) 庭園

 

(7)

 

(8)

 

(9)

 

(10)

 

(11) 手入れ中の庭・右手前の建物がコーヒーショップになっている。

 

(12)

 

 

『幻の旅路』よりヴィンタートゥールを訪れた時のエッセイが載っています。

http://ameblo.jp/romantictravel/entry-12278265224.html

『幻の旅路』より『ヴィンタートゥールの美術館』

 

毎日聴いている大好きな曲:

クロード・ドビュッシー(Claude Achille Debussy, 1862-1918

https://youtu.be/OUx6ZY60uiI

The Best of Debussy

 

ロス・アンジェルスの日本語テレビ局で写真を紹介した時のYoutubeです。

お時間がある時にご覧ください。

Setsuko Owan Travel Photography Part 1
“Seko’s Photo Journey” Part 1
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第1部
『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子

モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
https://youtu.be/yUf3Gh42OeQ
軽快な曲:Lively music
https://youtu.be/_JIYv6eBG4M


YouTube Setsuko Owan Travel Photography Part 2
“Seko’s Photo Journey” Part 2
大湾節子 ヨーロッパ・カメラ一人旅 第2部
『幻の旅路』“Maboroshi no Tabiji” (“Revived Journey”) 大湾節子
モーツアルトの曲:Music: Wolfgang Amadeus Mozart-Piano Concert No. 21-Andante
https://youtu.be/N5cWvsNZ6NE
軽快な曲:Lively music

https://youtu.be/xAVcyh0YwIw

 

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2017-05-27 05:51:44

『幻の旅路』より『ヴィンタートゥールの美術館』

テーマ:『幻の旅路』より 第4章

1981.10.9

Offenburg---Zurich---Winterthur, Switzerland---Offenburg, West Germany

 

チューリヒから北東約28km、ヴィンタートゥールの賑やかな商店街を過ぎ、町の外れから坂道を登ってかなり上の方まで登りつめたのに、美術館らしい建物にぶつからない。

「スイスに行くのでしたら、是非ヴィンタートゥールの美術館に行って下さい。とてもいいコレクションがありますよ。」と、出発前にドイツに住んでいたことのある旅行社の人に勧められた。

 

駅から歩いて行けると言われて歩いているのだが、実際自分の足で歩いてみるとかなり歩く。

この美術館にはお年寄りの美術愛好家は来られないなあと思いながら、なおも大きなカーブのある坂道を歩き続け、やっと上まで登り切ったら雑木林が出てきた。そこでおじさん達が材木を切って焚き火をしている。

こんな所に美術館がありそうもないと思いながら少し後戻りしたら、右手奥にこんもりした木立の間に鉄の扉が見えた。

 

ヴィンタートゥールの美術館はドクター・オスカー・ラインハルトの屋敷を改造したもので、道理でこんな町から大分離れた丘の上の雑木林の中、しかも人目につかない不便な所にあったのだ。

 

館内には、ルノアール、シセロ、ピスレーといった印象派の画家の柔らかい色調の心落ちつく作品やフランドル絵画など世界に誇る作品が集められている。

(ラインハルト・コレクション) 

 

それ等の作品は広い空間を贅沢に使って整然と、かつ大きな屋敷のインテリアの一部のように居心地よく展示されている。

館内は他の見学者が居るか居ないか分からないくらい、ひっそりしていて、まるで私一人のために館が開いているのかと思われるくらいである。

 

入口の横にあるガラス張りのコーヒールームから、彫刻の置いてある美しい庭園が見渡せ、その庭の生垣の向こうには木々に囲まれたヴィンタートゥールの町が下方に望まれる。

このコーヒールームではすごくこくのあるコーヒーと舌のとろけそうなケーキを出してくれる。

美術館の雰囲気といい、ロケーションといい、コレクションといい、コーヒーやケーキの味といい、もう最高点をつけられる。

「あの美術館はとても気に入ると思いますよ。」という期待以上で、私の一番好きな美術館になりそうだ。

 

帰りに、スイスの代表的な画家の作品が集められている国立美術館に立寄る。

牧歌的なスイスの人々の生活を描いたアルバート・アンカー( 1831年1910年)の作品に初めて接する。

 

老人や子供達を題材にした彼の作品を見ていると、「心温まる」とか「心安まる」という言葉がぴったりの作品ばかりで、彼は私の一番好きな画家になりそうだ。

他の画家の作品も、几帳面な物のとらえ方をした整然としたイメージの写実画で、スイス人の国民性が感じられる。

 

今日は遠方へ出掛けたが、気に入った美術館と画家に出会えてとても満足してホテルに帰る。

 

『幻の旅路』第4章1981年、第4回目の旅(P217)より一部引用

 

ヴィンタートゥールの写真が載っています。

ご覧ください。

http://ameblo.jp/romantictravel/entry-12274466909.html

私のスイス My Switzerland 11 Winterthur ヴィンタートゥール

 

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