やりすぎ限界映画入門

■自称「本物のエド・ウッド」(※活動再開準備中)
■ダイナマイト・ボンバー・ギャル(仮名)
■「やりすぎ限界映画」評論


テーマ:

■『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
やりすぎ限界映画:☆☆☆☆★★★[95]

2015年/オーストラリア映画/120分
監督:ジョージ・ミラー
出演:トム・ハーディ/シャーリーズ・セロン/ヒュー・キース=バーン/ロージー・ハンティントン=ホワイトリー/ライリー・キーオ/コートニー・イートン/アビー・リー/ゾーイ・クラヴィッツ/ニコラス・ホルト

D.B.G.生涯の映画ベスト50
第22位『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
(『マッドマックス』『マッドマックス2』『マッドマックス サンダードーム』の全4部作を含めて)



[ネタバレ注意!]※見終わった人が読んで下さい。



やりすぎ限界男優賞:トム・ハーディ


やりすぎ限界女優賞:シャーリーズ・セロン


やりすぎ限界女優賞:ロージー・ハンティントン=ホワイトリー


やりすぎ限界女優賞:ライリー・キーオ


やりすぎ限界女優賞:コートニー・イートン


やりすぎ限界女優賞:アビー・リー


やりすぎ限界女優賞:ゾーイ・クラヴィッツ


やりすぎ限界男優賞:ニコラス・ホルト


やりすぎ限界男優賞:ヒュー・キース=バーン


■第2稿 2016年7月21日 版

[ “ダイナマイト・ボンバー・ギャル” 「この世で一番価値のあるもの」]



1作目の救いのない残虐な「絶望」が4作目で救いある情愛の「希望」に変化する。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は全4部作において「一番優しい」観客への「慈悲」と「情愛」に溢れた「愛の映画」へ豹変した。僕はこの「愛」でパンツについてしまったばかりか涙が出た。魂が震えた。



1作目2作目の「暴力が支配する世界」において、「女性」への「レイプして殺す」という目を覆いたくなる残虐な扱いにショックを受けた。「男尊女卑」「人権侵害」になる大問題の扱い。だがジョージ・ミラー監督の価値観が34歳から70歳までの時間に天地が引っ繰り返るほど豹変。“ダイナマイト・ボンバー・ギャル” こそ「この世で一番価値のあるもの」。「子産み女」は決して良い言葉ではないが、「暴力が支配する世界」「文明が崩壊した世界」で「一番価値のあるもの」は「子供」、そして子供を産む「女性」であることを叩きつけた。『気狂い太郎』伝説の偉大な「創始者」へ昇華したジョージ・ミラー監督を尊敬した。

[揃いも揃ってよくぞここまで!]



イモータン・ジョー(ヒュー・キース=バーン)の極限の「お宝」は5人の「子産み女」達。人間を「物」扱いしてはいけないが「一番大切な存在」であることは間違いない。「文明が崩壊した世界」で最期に到達したのは「子孫繁栄」。「人類滅亡」の危機を防ごうとした。



ジョーが「選んだ5人」に魂が震えた。スプレンディド(ロージー・ハンティントン=ホワイトリー)フラジール(コートニー・イートン)達5人の「妻」(ライリー・キーオ)(アビー・リー)(ゾーイ・クラヴィッツ)は全員「揃いも揃ってよくぞここまで!」という圧倒的「極限」 “ダイナマイト・ボンバー・ギャル”。その「極限の美」に「眩暈」がした。



最期に到達した「この世で一番価値のあるもの」が圧倒的「極限」 “ダイナマイト・ボンバー・ギャル” である極限のくそリアリズム。「男」の心を狂わす恐るべき「脅威」。70歳で豹変したジョージ・ミラー監督の価値観に「完全共感」した。人間が人間である限りこの「普遍性」は崩れない。「子孫繁栄」「人類滅亡」の危機を救う「一番大切な存在」に「説得」させられた。魂を撃たれた。

[旧3部作「極限のくそリアリズム版リメイク」]



4作目『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は旧3部作の「極限のくそリアリズム版リメイク」だ。旧3部作を「2時間」にまとめ1本の映画に凝縮した。残虐で救いのない「妻」と「子供」が「惨殺」される1作目は「回想フラッシュバック」と「ナレーション」のみでカット。「石油戦争」「核戦争」を経て2作目「緑の地」への逃避行から始まる。「暴力が支配する世界」の終わりが見える3作目「砦」に帰る「希望」の物語を1本に凝縮した。

[ジョージ・ミラーの「CG」]



「神への冒涜」となる「CG」で過去の映画を “本物” に撮り直す。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の「CG」は全4部作「極限」の「圧倒的美術」「狂気の世界観」を完成させた。観客は “棲息速度域” を超えた「狂気」におしっこを漏らして震撼する以外もはやなす術はない。



極限のくそリアリズムの追究において全部 “本物” に見えるほど怖い映像はない。監督によって「CG」はパンツにつくほど豹変する。『チャーリーズ・エンジェル』のキャメロン・ディアスの「CG」と『グリーン・デスティニー』のチャン・ツィイーの「CG」の違い。“本物” の殺陣に融合した「CG」は壮絶な破壊力を生み出す。つまり『北斗の拳』のジャギの「銃」と『蒼天の拳』のシャルル・ド・ギーズの「銃」の違いと全く同じだ。ジョージ・ミラーの「CG」。「天才」という言葉の意味を思い知らねばならない。

[「CG」があっても「本当にやるしかない」]



だが「CG」があっても「本当にやるしかない」。「狂ってる」。まさに『マッドマックス』。恐るべき「カー・バトル」「爆発」「衝突」「スタント」は結局殆ど全部「本当にやった」。撮影場所や背景の合成に多少使用したらしいが、結局ジョージ・ミラーは「CG」があっても本当にやらなきゃ気が済まない! 「これでもか」という「最初からラストシーン」級の「シリーズ極限」「カー・バトル」におしっこ垂れ流しだった。

[『マッドマックス 怒りのデス・ロード』「圧倒的美術」「狂気の世界観」]



「圧倒的美術」「狂気の世界観」は全4部作で「最強」の極限のくそリアリズムに到達。「石油戦争」「核戦争」から人間の「寿命は半分に…」。もはや「奇形」は当たり前。「赤ん坊」が「健康体」「Aランク」「カンペキ」である値打ち。あってはならない極限のくそリアリズムは人類への「警告」だ。「核戦争」が起きたら本当にこうなるように見える。ミラー監督に共感する。この世から「核ミサイル」は絶対消滅しなければならない。

[シリーズ「初」完全「ハッピーエンド」]



■「希望はある」
 「気に入った やり直すのよ
  昔みたいに」
 「いいか
  かなりキツいぞ
  だが160日かけて
  走っても-
  塩しかない
  無事に砦に
  戻ることができれば-
  皆-
  いちから やり直せる」


旧3部作の1作目は人間の「怖さ」「残酷さ」で観客を打ちのめした。2作目は「正義」が蘇るものの「太陽の楽園」が本当に存在したかは描かれない。さらに「マックスは どうなったか知らない」という不安を残した。3作目「行きつく所は バーター・タウン ここの千倍 ひどい所だ」 “明日の国” などなかった「絶望」。完全な「ハッピーエンド」は今までなかった。



「緑の地」がない現実。だが「幻想」で物語を終わらせなかった。「いいか ここが故郷だ」と現実の生きる「希望」を「砦」に見い出すマックス(トム・ハーディ)。「幻想」ではない「答え」。シリーズ「初」完全「ハッピーエンド」を初めてミラー監督は観客に見せた。



『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の「カー・バトル」で涙が出た。人間が「希望」を持ち「生きる」ことに挑むドラマを見た。「いちから やり直せる」という「夢」に向かって戦う姿に魂を撃たれる。「ジャマ者を消す」と言うフュリオサ(シャーリーズ・セロン)の魂の叫び「情熱」に共感した。

[観客への「慈悲」と「情愛」に溢れた「愛の映画」]



だが一番驚愕したのはミラー監督がフュリオサを「殺さなかったこと」。「輸血」してフュリオサを救うマックスにおしっこは全部出尽くした。「血液型」「バイ菌」など細かいことは気にするな! 「寿命は半分に…」なった説明で極限のくそリアリズム「成立」だ! 一番重要なことはミラー監督の「慈悲」。フュリオサに「幸せ」になる「希望」を与えた。涙が出てしまった。旧3部作ではありえなかった「一番優しい」観客への「慈悲」と「情愛」に溢れた「愛の映画」となった。



30年経った「極限のくそリアリズム版リメイク」に見せた観客を「絶望」させない「情愛」。このミラー監督の変化に度肝を抜かれた。パンツについてしまった。




『マッドマックス』
『マッドマックス2』
『マッドマックス サンダードーム』
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

画像 2016年 7月
AD
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。