やりすぎ限界映画入門

ダイナマイト・ボンバー・ギャル

■自称「本物のエド・ウッド」(※活動再開準備中)
■「やりすぎ限界映画」評論


テーマ:

■『羊たちの沈黙』
やりすぎ限界映画:☆☆☆☆★★★[95]

1990年/アメリカ映画/118分
監督:ジョナサン・デミ
出演:アンソニー・ホプキンス/ジョディ・フォスター/テッド・レヴィン

D.B.G.生涯の映画ベスト10
第3位『羊たちの沈黙』
(『ハンニバル』『レッド・ドラゴン』の全3部作を含めて)



[ネタバレ注意!]※見終わった人が読んで下さい。



やりすぎ限界男優賞:アンソニー・ホプキンス


やりすぎ限界男優賞:テッド・レヴィン


やりすぎ限界女優賞:ジョディ・フォスター


■第3稿 2017年4月27日 版

[「人間の言葉を絶対簡単に信じてはいけない」]



「人間の言葉を絶対簡単に信じてはいけない」。甘い言葉を言われても絶対簡単に鵜呑みにしてはいけない。僕のこの言葉も疑わねばならない。もし僕が「D.B.G.は♀子が好きだろ?」と聞かれて絶対「好きです」とは言わない。99.9999……%以上の人間が本当の気持ちを正直に話すことはまずない。人間はこれほど日常茶飯事で「簡単に嘘を吐く」。むしろ「嘘をついてる自覚さえない」と言う方が正しい。殆ど人間の言葉は当てにならないと思うべきだ。

「人間の思考は全て行動に現れる」。「あの人が何を考えてるかわからない」。恋人でも会社の上司でも人間関係で最も不安に思うこと。だが「人間の行動の客観視」をすれば人間の思考は極限まで見破れる。絶対人間に騙されない方法だ。

[「人間の思考は全て行動に現れる」]



僕は恋人や家族の言葉も絶対疑う。上司が「汚職」「不正」をしてる場合、言葉を疑わず「はい」と指示に従い犯罪の片棒を担ぐのは絶対ごめんだ。現実に「はい」と返事した結果「自殺」する人間は後を絶たない。言葉は絶対疑わねばならない。「自分の目で真実を確かめる」まで絶対信じてはいけない。これは僕の生き方の信念だ。

ではどうしたら「自分の目で真実を確かめる」ことができるか? D.B.G.の♀子への「思考」はD.B.G.の♀子への「行動」に全部表現される。♀子への関わり方「感情」「仕草」「態度」…。さらに「引いた視点」で「仕事」「趣味」「服装」「好きな食べ物」……、に至る全ての「行動」にD.B.G.の「思考」が表現される。「人間の行動の客観視」でD.B.G.の「思考」だけか「どんな人間か」まで「自分の目で真実を確かめる」ことができる。

[「他人のことを考えない人間」と「サボる人間」]



「自分さえ良ければいい人間」=「他人が苦しむのを見て平気な人間」=「他人のことを考えない人間」を僕は「悪人」だと思う。「善人」と「悪人」。どちらにもなれる「中間の人間」。人間は大体3種類。この世の3分の1は現実に「他人のことを考えない人間」と思った方がいい。

実際の職場で「他人のことを考えない人間」とは? 5人従業員がいて現場を4人で経営する場合、仕事をちゃんと4分割すれば1人が抱える仕事量は少なくなる。4人が「他人のことを考える人間」なら負担が減り4人は「楽」に働ける。だが「サボる人間」が一人いると、そのサボった一人分の仕事を残りの3人がやらねばならなくなる。3人は仕事の量が増えすぎた「苦」に倒れ、「過労死」「退社」する可能性に追い込まれる。



だがこの「サボる人間」を簡単に解雇はできない。解雇すると4人の「休み」がなくなるから。5人いないと会社は運営できない。さらに倒産したら5人全員生活できなくなる。「なでしこジャパン」が金メダルを獲れたのはチーム全員が「他人のことを考える人間」だから。全ての会社が「なでしこジャパン」になれない真実がここにある。

だが正確にはこの世の殆どがどちらにもなれる「中間の人間」。どこまでが「サボる人間」かの判断は難しい。サボる理由にも「悪意」が「ある場合」「ない場合」、また「本当にできないのにサボってると思われてしまう場合」「純粋に他人のことを考えないだけな場合」で「中間の人間」の基準は変化する。サボる理由が「中間の人間」か「他人のことを考えない人間」かを見抜くためにも、「自分の目で真実を確かめる」「人間の行動の客観視」が重要となる。

[「敵」と「味方」]



この世に「敵」がいない人間は絶対いない。「非暴力運動」のマハトマ・ガンジーが暗殺される現実。「この世の全部が良い人」だと「油断」すると痛い目に合う。哀しいが「戦争」がなくならない現実だ。

自分が「他人のことを考えない人間」か「他人のことを考える人間」かで「敵」と「味方」は明確になる。全部の人間と「味方」になれない哀しい現実。「核ミサイルのスイッチを押せる人間」と「核ミサイルのスイッチを押せない人間」は絶対「友達」になれない。「友達」になって「共感」することは「スイッチを押せる」ということ。「敵」に「共感」しては絶対いけない。「スイッチを押せる」行動は「スイッチを押せない人間」との生涯の「決別」。自分が「どんな人間か」の「信念」「価値観」「倫理観」を問われる。



「サボる人間」の中には「スイッチを押せる」「要素」を持つ人間が潜んでる。なぜなら「自分さえ良ければいい」「他人が苦しむのを見て平気」でなければ「サボれないから」。「サボる人間」の全員が「中間の人間」ではない現実から目を背けることはできない。“本物” の「他人のことを考えない人間」は、たまたま今目の前にスイッチがないだけで、「自分さえ助かるなら」と押しかねない人間だ。

「スイッチを押せる人間」は「妻」「子供」に「豊かな生活」をさせるための「男性社会」を破綻させる。「スイッチを押せる人間」が「男」の場合、「妻」「子供」を「最も苦しめる人間」となる「真実」を女性は絶対理解してなければならない。

[「スイッチを押せる男」と『女の子ものがたり』]


■『女の子ものがたり』より

「何でこの女性がこんな男と?」と思うカップルを数多く見てきた。明らかに「男の視点」から見て「スイッチを押せる男」と交際してる女性が、彼氏を「スイッチを押せる男」だと何も感じてない驚愕の光景。その「謎」が僕なりに最近理解できた。

「育児」の本能を持つ女性にとって「男性社会」は女性の「子育て」に殆ど影響ない。「安心して子育てができる環境を与えてくれる男」なら、「スイッチを押せる男」かは女性には殆ど関係ない。つまり「自分にはやさしくしてくれる男」ならあとはいいのかもしれない。「スイッチを押せる男」の “本質” が「男性社会」を破綻させる人間であっても、「自分にはやさしくしてくれる男」「安心して子育てができる環境を与えてくれる男」である方が最も重要なのだ。



多くの女性が「スイッチを押せる男」が「見えない」「本能」を知った。俺はこの年で『女の子ものがたり』の「悲劇」を理解した。だが「男性社会」を破綻させる「スイッチを押せる男」は将来「妻」「子供」を「最も苦しめる男」となるかもしれない。

[「女性の幸せ」]



だが「スイッチを押せる男」でも女性にとって「自分にはやさしくしてくれる男」「安心して子育てができる環境を与えてくれる男」は「最高の男性」なのかもしれない。「どんな人間か」など大きなお世話かもしれない。「男の視点」で、「スイッチを押せる男」の価値観に翻弄されて生きる女性を見るのが辛かった。「スイッチを押せる男」と同じ価値観に染まり、「スイッチを押せない人間」達と「決別」する女性を見るのが辛かったのだ。だが男の僕に本当の「女性の幸せ」はわからない。

[「人間の行動の客観視」「他人版」=「批判」]



だが「自分にはやさしくしてくれる男」「安心して子育てができる環境を与えてくれる男」が、はたして「スイッチを押せる男」かの “本質” を「自分の目で真実を確かめる」方法はある。「人間の行動の客観視」。「人間の行動の客観視」の「他人版」は「批判」だ。

人間は「多面的」な生き物。全ての人間が「職場」「学校」「家庭」で「多面的」な人間との関わり方をして生きてる。「親」「恋人」「友達」「先生」「上司」……「道ですれ違っただけの人間」まで、全部違う接し方をする。「全部の行動」を合わせた姿こそその人間の “本質”。ある一面の「自分にはやさしくしてくれる男」の「行動」「だけ」「しか」見てないと「真実」が見えなくなる。



「目の前で自分にだけ見せる行動」から離れた「引いた視点」。男が「親」「友達」「先生」……、にする「行動の客観視」から「自分の目で真実を確かめる」ことができる。「あらゆる視点」からの「行動の客観視」=「批判」こそが運命を決める。

「スイッチを押せる男」が多い職場に苦しむ人も多いはず。「スイッチを押せる男」が多い職場は「不正」が「正義」のように錯覚される悲劇が起きる。だがその人間が「解雇」「移動」した場合、「共感」した人間は「協力者」として「仏様の裁き」が下る。「スイッチを押せる男」が『ハンナ・アーレント』のアイヒマンと同じ運命を辿ることは「歴史」が証明してる。俺は「地蔵菩薩本願経」を信じる。「これらのごとき輩は まさに無間地獄に堕ちる」。「自分が他人にしたことは、いずれ全部自分に返ってくる」はず。

[「人間の行動の客観視」具体的方法]



その答えは全てハンニバル・レクター博士が教えてくれる。




画像 2017年 4月
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