やりすぎ限界映画入門

■自称「本物のエド・ウッド」(※活動再開準備中)
■ダイナマイト・ボンバー・ギャル(仮名)
■「やりすぎ限界映画」評論


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■『ターミネーター 新起動 ジェニシス』

■2015年 劇場公開作品 6本目

これ僕は全然面白くなかった。話は結局「2作目」と全く同じ。何も進歩がない。「訴えるもの」が何も感じれなかった。

僕は『アメイジング・スパイダーマン』も『マン・オブ・スティール』も『ターミネーター 新起動 ジェニシス』も大嫌い。これらの「オリジナル」となった「ファースト・シリーズ」達が、なぜ「偉大」な「名作」となったかの理由は、その「リアルタイム」で「誰も見たことがない」「最先端技術」を見せたことにある。今見返すと「ちゃち」に見える特殊撮影技術は、公開当時では「誰も見たことがない」衝撃映像だった。

クリストファー・リーブ『スーパーマン』の「ワイヤーが見えないで飛ぶSFX」。トビー・マクガイア『スパイダーマン』の「超人的能力の境の見えないCG」。ジェームズ・キャメロン『ターミネーター2』の「CGの創始者」。リアルタイムで「誰も見たことがない」「新しいもの」だった。

だが『アメイジング・スパイダーマン』『マン・オブ・スティール』『ターミネーター 新起動 ジェニシス』は、「もうどこかで見たことがある当たり前の映像」でしかない。「新しいもの」ではないことが「つまらない」最大の核心だ。『クロニクル』の凄さは、「ダメ人間が超能力を持ったらこの世はどうなるか?」だった。「新しいもの」「誰も見たことがない」面白さがあった。

『ターミネーター 新起動 ジェニシス』は5作目にして「ドリフのコント」にしか見えない。同じ話は「2作目」で描き切ってて、「スカイネット」は消滅してる。3作目から5作目をやってしまうと、「1年ごと」にターミネーターを過去に送り、「無限」に続編が作られ「無限」に歴史が書き換えられる。「ドリフのコント」=「同じことを永遠に繰り返す」「お笑い」だろう。ジョン・コナーがターミネーターになってもはや何が面白いのか理解できない。

「シュワルツェネッガーのターミネーターが見たい」ファンのために作られたのだろうが「ダメだこりゃ…」だった。
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